ピアノが弾けない少女たち   作:エビフライ定食980円

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第24話 泥沼の消耗戦

 実を言うと私の地元である名古屋は、ショッピングモールの激戦区である。一般に『ショッピングモール』と言われて想像するような郊外にあって駐車場が広大な大型店舗は勿論のこと、ショッピングセンターのような駅前に数階建てであるような中型店舗もモールの系列店舗であったりする。

 

 とはいえ、百貨店がまるで無いわけではない。名古屋駅前とか栄の辺りにはまだまだ隆盛を誇っている辺り、棲み分けが出来ているのかもしれない。

 とはいえ中学生の買い物で百貨店に行くことは少なかった。ファストファッションのお店だったりショッピングモールだったりに行く方が多いのは、お小遣い的な意味でも必然であったと言えるだろう。

 

 おまけに言えば。お爺様の仕える家では、百貨店のスタッフが定期的に訪問していたので、そっちからおこぼれというかお下がりみたいな形で手に入るものもあっただけに、余計に百貨店に行く機会が減ったという要素もある。

 

「……じゃあ、明菜は都会に住んでいたのにデパートとかあんまり行かなかったの?」

 

「洋服とかコスメとかそういう用途では全然かな。

 でも有名な楽器店とかは、百貨店の中にあったりすることもあるから、そっちの目的で行くことはあったよ」

 

もっとも、それも楽器店巡りの中でたまに行ったりする程度だった。消耗品の補充には割安な個人店を使っていたので。

 

「え、でも明菜って中学の吹奏楽部じゃ指揮者だったんでしょ?

 わざわざ楽器屋さんで買うものなんかある?」

 

「あのねえ……私はサポートとかで楽器を弾くこともたまにあったし、何より。

 指揮棒って、消耗品だからね?」

 

「あっ、そうなんだ……」

 

 私は学校での練習のときでも指揮棒を使うタイプだったので、それはそれはガンガン消耗した。単純に腕を振り下ろしたときに誤って指揮棒が譜面台にぶつかったりするだけでもバキッっていったりする。

 また運よくそういった不運な破損を逃れた無事故指揮棒も、使い込んでいるうちに多分手汗などの影響だと思うが、徐々に持った時の感触が悪くなるのでどの道寿命を迎えてしまう。

 

 ついでに言えば、実家に置いてあるアップライトピアノのお手入れ用のクリーナーやコンパウンドも消耗品の類である。

 

 

「――というか、ひなのさんこそどうだったの?」

 

「あ、私? 実家はね……うん……最寄りのショッピングモールは車で1時間くらいかかったから、家族と行くものって認識だったかな。友達と一緒に行くにしても、誰かの親に運転をお願いする感じ」

 

 部活の遠征みたいな感じで大型ショッピングモールに行ってたのね……。一見すると車社会な名古屋だが、地下鉄駅の周りはちゃんと場所を選べば駅チカで色々買い物が出来たから、やっぱり都会は都会だったのだなあ、と内心で思う。

 とはいえ名古屋の地下鉄移動はなんか電車がやや狭い上に、特定エリアで激混みするから、ひなのさんには合わないかもしれない。

 

「でも、こっちに来てからは結構百貨店に行ったりしてるの?

 ……ほら、前に大阪の百貨店のマジックショップに通ってるって話してたじゃん」

 

「あー、あれね。面白そうだから行ってるのが一番で、別に青森に居た頃にデパートに行けなかった反動で通ってる訳じゃないよ」

 

 

 そうやって話し込んでいると、いつの間にかバスは四条河原に到着したようで私たちは慌てて降りる。学校から乗り換えなしの1本で来れるのは凄いけども、今日は終点じゃなくて途中のバス停なので危うく話に熱中しすぎて乗り過ごすところだった。

 

 

 

 *

 

 アーケードが並んだ京都でも有数の繁華街。前に来た時は裏路地に入っていったけれども、今日はそのメインストリートにどーんと鎮座している百貨店が目的地だ。

 どうやら目的地は4階らしいので、百貨店1階の化粧品売り場の中を突っ切って、エスカレーターを利用する。

 

「しかし、まさか1年中水着が売っている場所があるなんてね」

 

「ねー? 区分としてはスポーツとかフィットネス関係の場所にあるっぽい。でもでも、一応ブランドメーカーのものらしいよっ!」

 

「……一応?」

 

「水着のブランド名なんて、そんなに知らんし……」

 

「それはそうかも」

 

 それでも、ひなのさんが言うには、ネットのまとめサイト的なので人気ブランドとして名を連ねているくらいには有名らしい。晩秋とかいう完璧に時期外れに水着を買い求めているから、デザインはある程度犠牲にしなきゃダメかな……と思っていただけに、これは良い意味で想定外になりそうだ。

 あ、でも、そっか。年末にオーストラリアとかの南半球に海外旅行勢とか、そういう形で今の時期でも微かな需要はあるのかも。

 

 

 で。到着。

 

「……売り場面積結構広くない? ひなのさん」

 

「だねー。これだけあるなら……ねえねえ、明菜っ!

 明菜の水着さ! 私に選ばせてよっ、ねっ?」

 

「……変なのを選ばないよね」

 

「だいじょーぶ、だいじょーぶ! 明菜の意見も聞いて選ぶからさ!」

 

 正直、こういうことは言ってくるとは思っていたので、そこまで強固に拒むことはせず諦め半分で受け入れることにした。

 

「……というか、ひなのさんの水着ってどういうやつなの? 話だけはちらっと聞いていたけどさ、やっぱり2人で行くならある程度は傾向を知っておきたいかも」

 

「あれ!? 見せてなかったっけ……あ、確かにそうかも。

 ちょっと待ってね――」

 

 そう言うとひなのさんは自身のスマートフォンのアルバムを開いてガンガンスクロールさせていく。まあ、文化祭もあったしね。写真がいっぱいフォルダにあるのは納得だ。

 1分くらい待っていたら、ひなのさんがスマートフォンの画面を『これっ!』と言いながら見せてきた。

 

 何人かの彼女の友達――いつもの1組のひなのさん友人グループだ――と写っていた銀髪少女の水着は、上下長丈のラッシュガード&トレンカであった。黒を基調としていてサイドラインに翡翠色がアクセントで入っているような感じ。

 しかし見た目に反して、ピシっと体型が出るような感じではない。でもサンバイザーもしていることも踏まえて非常にスポーティな恰好と言えよう。

 

 正直、似合っていた。けれども、茶化し4割、ぱっと見での第一印象6割で思ったことをそのまま口に出す。

 

「――海女さん?」

 

「……それ、友達にも夏のとき同じこと言われたんだけど!?

 ダイビング用のウェットスーツじゃないよー。いくら私の実家が漁師だからってウェットスーツでプールとか行くわけ無いでしょっ!」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 私だって露出はそんなにしたくない方だが、そうは言っても水着で長袖・ロングパンツはちょっと隠しすぎじゃない? って思ってしまう。でもまあ、フリルとかリボンみたいないかにもって感じの可愛さよりも、『遊ぶぞ!』って感じの快活さ溢れる雰囲気はひなのさんに合っているのは間違いないわけで。

 

 しかし、同時に大義名分を得たことは間違いないから、私はひなのさんに対してこう告げる。

 

「――でも、そうなると。これを着たひなのさんの隣に居るってことを考えたら、私もあんまり露出が激しいのはキツいかも」

 

「……ま、そーだよねえ。

 じゃー、まずはオーソドックスにこれ!」

 

 

 そう言って、ひなのさんが手近な棚から持ってきた紺色の水着は、下がロングパレオタイプになっている水着のセットであった。まあ露出を減らすという意味では一番一般的かもしれない。

 

「長いタイプのパレオって、水の中に入っていくイメージが無いんだけど……」

 

「それはそうなんだけど。一応候補として、ね?

 ――あ、店員さん、すみませーん!」

 

「……お客様、どうなさりましたか?」

 

 うお、ひなのさんが急にここの売り場のスタッフさんを呼んだ。

 

「この子に、この水着、試着させてあげたいんですけど大丈夫ですかね」

 

「ちょ――」

 

 

「よろしおすえ……あっ!

 試着室はあちらの奥にありますよ」

 

「どうもありがとうございますっ!

 ほら! 明菜、着てみてっ!」

 

「ええー」

 

 

 ひなのさんが居るととんとん拍子に話が進むな!

 ……一応、ストラップレスの下着にしておいて良かった。

 

 

 

 *

 

「やっぱり明菜、パレオめちゃくちゃ似合うじゃん!」

 

「良うお似合いでございますよ」

 

「あ……はい、どうもです」

 

 ひなのさんだけだったら悪態も付けたのに、店員さんが居るから何も言えない。

 

「じゃー、次はこれ! お願いっ、着てみて!」

 

「まーいいけどさー……」

 

 ジト目でひなのさんのことをじっと見つめても、肩をすくめるだけで反応は薄い。諦めて再び試着室のカーテンを閉める。

 そして着替えている間もずっとあの銀髪少女は、スタッフさんと話していた。ちょっと試着室から離れた場所に行ったようで話し声こそ聴こえるが、しかし何を話しているかまでは分からない。

 初対面の相手に話が途切れないのは普通に凄いし、ほとんどひなのさんの方から話を振っているっぽい感じだからスタッフさんを完全に聞き手役にさせているけどさ。でも話しているのってどうせ、私の水着のことでしょ。そんなにガチトークしないでほしいな。

 

 

 再び試着室のカーテンを開けたら、ひなのさんと店員さんは戻ってきた。

 そして店員さんは先ほどのパレオを預かると足早に去って行く。そして間髪入れずにひなのさんは私のことを褒める。

 

「ワンピースタイプもありだねえ。上はフリルだし、下は膝上だけどもスカートがあるから結構隠れている方っしょ」

 

 渡されたのはオールインワンタイプのワンピース水着。色合いも華やかでさっきのパレオとはまた違うアクティブな印象を与えるものだ。

 

「この水着……スカートがハイウエストだから、多分見た目ほどに露出低くないのよ……」

 

 私にとっての問題は、スカートはそこそこの長さが確保されているとはいえ、かなり高い位置にウエストラインを持ってきているから、見た目の割には心許ないということである。

 ピアノ奏者として演奏会のときに着る衣装はドレス系なことが多いから、脚を見せること自体はあるのでケア自体はしているけれども、根本的にインドア派の人間だからそこに自信は無い。

 まして隣に居る比較対象が京都市中を自転車で乗り回しているような脚力の持ち主なのだから、あんまり過度に足を出したくない。

 

「明菜ー……注文が多いよー……」

 

「いや、自分で選ぶから、ひなのさんは休憩していても――」

 

「――なーんてっ!

 実は、大体どういうこと言うかは想定していたから、さっき明菜が着替えているときに、店員さんに相談していたんだよね」

 

 

 あー……さっきの会話ってそういう……。そして相変わらず計算高い不思議少女である。

 

「……そういうことなら、うん。着替えるけど」

 

 その私の呟きと同時にスタッフさんは、別の水着を持ってきたのであった。

 

 

 

 *

 

 三度目となったが、もう一度カーテンを開ける。そして即座に、銀髪少女はそのワインレッドの瞳を輝かせながら、私に近寄ってくる。

 

「うん! やっぱり、こうじゃない!? 明菜も、結構気に入ってるよね? 表情で何となく分かるよ。さっきよりも若干だけど、にこってしてるもん!」

 

「……私って、そんなに分かりやすい?」

 

「うーん、分かる人には分かるんじゃない? でも、明菜って多分表情で嘘は付けないタイプだよっ!

 ほらっ! 自分でももっかい鏡見て見てっ!」

 

「ひゃぁっ……!」

 

 私のことを試着室にある鏡に真正面から映るようにするため、ひなのさんは私の肩を両手で触ってくるっと180度回転させた。

 ただ、今の私は肩の辺りは素肌剥き出しだったので、ひなのさんの手の体温を直接感じてしまい、ちょっと意図しない声が漏れてしまう。

 

 

 そして、改めて自分の姿を見やる。

 鏡の世界に居たのは、上はふんわりとしたボリューム袖のあるオフショルダーのキャミ系ビキニを纏っていて。

 下には黒の幾何学模様が入った、模様部分以外は半透明な白色のロング丈のワイドパンツ。タイパンツ風みたいな水着だ。

 

 それぞれ別個のアイテムであり、オフショルダーの方は黒を基調としつつも、フリルやら袖部分などでは所々白をアクセントで入れている。セパレートタイプの水着で上下セットなので、ワイドパンツの下にはこのセットの水着を身に着けて。

 全体としては白黒で構成されているものの、別アイテムを組み合わせたことで上は黒地が多く、下は白地が多いことでバランスが取れている。

 

 そしてそんな私の地肌の肩に手を乗せている満面の笑みのひなのさんが密着するように後ろに居て。

 

「――いーじゃん、明菜」

 

「耳元で話すとくすぐったいよ、ひなのさん。

 でも、ちょっと肩が出すぎ……かな?」

 

「袖とか無い方がピアノも弾きやすそうだし良くない?」

 

「水着で弾く機会なんて無いから。

 それに私、コンクールのときの衣装はエレガントな感じのドレスが多かったから、基本的には肩は隠していたんだけど……」

 

 私がこの水着をそこそこ気に入っているからもあってか、ひなのさんの言いくるめがいつになく適当だ。どうせこれ以上に気に入る水着が無くて流れで私が買う、って思っているのだろう。かなり余裕の表情をしている。

 

 

 ――と、まあ。勝利を確信しているその瞬間が、一番攻勢を仕掛けやすいタイミングでもあるわけで。

 

「……まあ、分かった。じゃあ、私はこの水着にするよ」

 

「やった――」

 

「――ただし! ひなのさんには、1つ呑んでもらう条件があります!」

 

「……へ?」

 

 彼女の間延びした声からも分かるように、これは想定外だったようだ。私は内心してやったりと思いつつ、こう続けた。

 

 

「さっき見せてもらったひなのさんの水着だけども。まあラッシュガードは良い――けども!

 トレンカの方は、別のアイテムを今、私が選ぶから」

 

「……ちょい、ちょい待った明菜! 私はもう水着を持っているから別に良いんだって!」

 

「……夏にひなのさんの友達と一緒に着ていた姿とは、また少しだけ違ったひなのさんを見たい……と言っても、ダメかな?」

 

 

「……ずるじゃん、そんなの」

 

 

 ひなのさんから許可が取れた私は。

 彼女の新たなラッシュガードに合わせる水着として、ゆったり素材の薄桃色のショートパンツを選んだのであった。

 

 

「明菜、待って待って! これだと、めっちゃ脚見えちゃうじゃん!!」

 

「どうせラッシュガードやこのショートパンツの中にも、水着を着込むのですから大丈夫だって。

 それに、ひなのさんはちゃんと運動しているから脚も綺麗じゃん」

 

「……そういう問題じゃないんだってば、もー」

 

 結局、それからお店のスタッフさんのアドバイスで、水着は水にさらすと伸びるからちょっとキツめか、洋服よりもワンサイズ小さいものを選んだ方が良いと言われて、私もひなのさんも先ほど試着したアイテムのワンサイズ小さいやつを再度試着してサイズ感を見繕うことになった。

 そして同じデザインの水着なのに、相手を恥ずかしがらせるために褒め合うということをお互い行って、再びダメージを受けるという学習能力の無い行動を繰り返した後に、最後に着た水着のセットとインナーを購入することになったのであった。

 

 

 結局、泥沼の私とひなのさんのからかい試合の結果は、お互いドロー。

 強いて言えば、商品が売れたことによるお店のスタッフさんの1人勝ちの圧勝で終わる結果となった。

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