ピアノが弾けない少女たち   作:エビフライ定食980円

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第33話 六孫王神社

 一度バスを乗り換えて、目的地最寄のバス停で降りる。

 

「おー、なんか思ったよりも住宅街」

 

 ひなのさんのその言葉の通り、可愛らしく着飾ってしまった私たちが浮ついてしまうくらいには観光地、よりも生活の場感のある道であった。

 私にとっては真新しさのない、それこそ名古屋でもこんな景色があったなあ、という感じの住宅街である。

 

 しかし、それが決してひなのさんも同様の感想を抱くわけではない。

 

 ――大きな風切り音が数秒に渡って周囲に鳴り響く。

 

「……明菜ー、今のって――」

 

「ここからじゃ直接は見えないけれども、でも結構近い場所に新幹線の線路があるみたいだね」

 

 少し歩いて交差点から北に伸びる道を見やれば、確かに新幹線の線路がそこには走っていて、その奥には在来線の高架路線もある。

 更に奥には、都市の中のはずなのに木々が生い茂っている森のようなものがうっすらと木のてっぺんだけチラッと見えていた。

 

 それも踏まえて私はひなのさんに告げる。

 

「場所的に、此処は新幹線の線路を軸にすると京都水族館と線対称の位置にあるから――」

 

「そう言えば、水族館に行ったときも新幹線の音が聞こえていたっけ。

 ええと、京都駅を原点とすると水族館が第2象限で、ここが第3象限って感じ?」

 

「……1学期の数Ⅰのテスト範囲だよね、ひなのさん。

 ちょっと懐かしワードすぎじゃない?」

 

「もー、明菜から『線対称』って言い出したんじゃんー。ぶーぶー」

 

 象限とか学習した後、全然出てこない一発屋だったから記憶の片隅に追いやっていた。

 そんな数学トークはともかくとして。

 

「……ひなのさんって新幹線には多分乗ったことはないよね?」

 

「まーねー。一応帰省のときに東京経由で帰れば乗れないことはないんだけどさ。

 新幹線を使うために新幹線に乗るってなんかスゴい本末転倒感あるよね」

 

「言いたいことは分かる」

 

 かくいう私も、別にそんなにびゅんびゅん乗りこなしていたわけではないけれども、とはいえ両手で数えるくらいは乗った経験がある。中学のときの修学旅行が『東京』だったから、名古屋駅集合だったし。私がしおりの表紙を描いたやつね。

 

 

「多分、最初に乗るときは。

 明菜の実家にご挨拶するとき……とかかな?」

 

「……私が京都から帰省するときは在来線を使ってますし、多分青森からならセントレア経由で飛行機で来た方が良いと思うけど」

 

「――真面目な経路検索リアクションは求めてないの、そこは!

 乗換案内アプリかいっ!」

 

「入力した名古屋駅とは、名古屋駅のことですか? 名鉄名古屋? それとも近鉄名古屋――」

 

「あー……多分、そんなに変わらないやつだ……」

 

 

 ネタで遊ぶのはこれくらいにして、ちょっぴり真面目な話を入れる。

 

「とはいえ、実家に紹介は多分結構先になると思うけどねえ」

 

「え、そう? 『友だち』同士でも、家に遊びに行くのはありなんじゃない?」

 

「……だからじゃん。

 実家じゃ、お互い友だちとしてしか振る舞えないよ? 2人で一緒に居て、それだけで我慢できないでしょ、しばらくは――」

 

「あ……。そうかも……」

 

 その具体例の例示のために、優しく彼女のふんわりウェーブを撫でてあげれば、『ひゃいっ!』っととっても可愛らしい鳴き声(・・・)をあげてくれた。

 

 

 

 *

 

「まあ、実は既に目的地に到着しているんだけども……」

 

「だったら私の髪を撫でて遊ばないでよ、もうっ!

 ……えっと『ろくそんのう神社』だっけ?」

 

「そ。六孫王神社ね」

 

 『六孫王(ろくそんのう)』とは、祀られている祭神が時の帝の六男の子どもであったことから、六男に生まれた天皇の孫という意味から付いたあだ名だ。

 具体名としては源経基(つねもと)のこと。一般に知られている源氏の大分ルーツ側に居る人物である。

 

「頼朝とか義経みたいなやつの源氏?」

 

「うん。この場所はそのルーツの人の屋敷跡に出来たって調べたら書いてあった。あんまり大きい神社じゃないけれども、それでも源氏にとっては結構大事な神社っぽいよ」

 

 神社そのものは結構こじんまりした感じで、敷地内にあるコンクリート製の建物の方が目立っているほどだ。新幹線の線路が近いから、きっと色々あったのだろう。しかし小さい神社ながらも由緒は確たるものなので、歴史的には重要とのこと。

 

 だが。

 

「……あんまり人いないよ、明菜?」

 

 ひなのさんが言う通り、京都駅近くの立地の割には空いている穴場スポットとなっている。ひなのさんが人混みを嫌がるから選んでいるという面はあるが、実際彼女の混雑苦手ってのも字義通りの意味じゃなさそうなんだよなあ。1人で休日の混みあっている電車に乗って大阪の百貨店でマジックを見ているくらいだし。

 

「混雑を避けるためにここを選んだのは確かだけども。

 でも、もう1個ちゃんとここを選んだ理由はあって……。ここって『縁結び』にも、ご利益があるんだよね」

 

 正直に言えば、先ほど述べた源氏云々の話はついでに過ぎない。

 私がこの小さな神社を『今年2度目の初詣』に選んだ理由は、むしろ縁結びの神社だからというところにある。

 

「……明菜って、そういうとこ、割としっかりするよねー」

 

 ひなのさんは忙しなく手をぷらぷらと手持ち無沙汰に動かしていて、挙動不審になっているのが明らかであった。

 一応、今日のデートはひなのさんへの遅すぎる誕生日プレゼントも兼ねていたので、彼女は具体的にどこに行くまでかは詳しく知らない。だからこそ、連れてこられたこの場所が縁結びにまつわる場所だとは分からなかったのだろう。

 

 ……まあ、ぱっと見でそうと分かる要素はほとんど無い神社だし。あれはまだギリギリ友だちだったときだが、祇園の八坂神社を拒否したことも私は覚えていたので、比較的ハードル低めの縁結び神社を探したという側面もある。

 

 

 薄桃色の着物を着た私たちは、2つ目の鳥居を一礼してからくぐる。

 鳥居からすぐの場所には赤い灯籠がいくつか参道を挟むようにして並んでいて、その先には池と石で出来た太鼓橋がある。

 

「これは、映えスポット!」

 

 そう言うとひなのさんは軽く私の和服の袖をつまんで、2回だけ小さくちょこんと引っ張って写真を撮りたい! って合図をする。

 

「……ヘタレ」

 

「……うっさい」

 

 袖をつまむくらいなら手を握ってよ、恋人なんだし。その意図は正確に伝わったようだが、やっぱり現時点のひなのさんは自発的に手を繋ぐことができないようだ。

 

 ……ちょっと不満です、って意思表示のために、2人で写真を撮る際に着物のレンタル屋さんの近くで撮影したときよりも更にほっぺたを密着させるようにくっつけて。私はその状態で自分の頬を膨らませて怒っていることを表明した。

 絶対、ひなのさんは気付いていたけども、か細い声で『……ここでは、せめてSNSでアップできる写真を撮っておこうよ』という照れ隠しの正論を言われたために、私はしぶしぶ従った。

 

 

 

 *

 

「実は、この石の太鼓橋は別名『恋の架け橋』と言って、渡ると恋愛が成就するらしいよ」

 

「……もう成就してない、私たち?」

 

「ま、それはそうなんだけど」

 

 池の名前が神龍池と言って、先の源氏のルーツの人が死ぬときに『死後龍になってこの池で子孫繁栄を祈る』と伝えたことが由来みたい。そして、その神様の使いの鯉がこの池には住んでいて、そこから転じて『恋』に関わるようだ。

 

「……つまり、鯉と恋のダジャレ?」

 

「一応、子孫繁栄とか安産祈願の文脈からの連想って側面もあるけれども……。

 だけどこうした言葉遊びは案外馬鹿にはできないよ……特に、ひなのさんは、どうにも私に言葉で伝えるのが苦手っぽいし――」

 

 少なくとも『手を繋いで』が言えない人に、『恋』と『鯉』の言葉遊びを悪く言う資格はないと思います、はい。

 

「……まだ引きずるか。

 そういうことなら、明菜は自分がしたいこと言えるのっ!?」

 

「ええ、まあ。

 私もひなのさんにリードされたいし、私のことを愛しているのは伝わっていますが、直接言葉でも伝えて欲しい――何なら、神様へのお願いをこれにするよ?」

 

「みゃっ!? ……もう、分かったよ!」

 

 ひなのさんは橋の前で深呼吸をして。顔を真っ赤にしながらであったがこう紡いだ。

 

「明菜……。……えっと、あの……手、繋がない?」

 

「……及第点ギリギリ。

 もっと、高圧的に上から来て良いよ」

 

「注文多いなっ!?

 ……もーっ! 明菜は私と手を繋ぐの! ほらっ――」

 

 そう言い切ったひなのさんは、私の手首を勢いだけは強引な素振りで、しかし触るときにはかなり優しく取って、そのまま手首を持ちっぱなしになった。

 

「……今のは良かったよ、ひなのさん?

 でも。1つだけ――」

 

 私はそう言って、私の手首を握っているひなのさんの手のひらを下げ、私の手のひらのところまで持ってきて、絶対に離してやらないという気概で握る。

 さっきの強引な感じ自体はめちゃくちゃ良かったのに、どうして手首なのよ。七夕のときでも手の甲は握れていたのに後退してるじゃん。

 

「……冷たい。明菜の手」

 

「ひなのさんの手は暖かいよ」

 

 

 ――そして私たちは手を繋いで『恋の架け橋』を渡った。

 

 

 

 *

 

「手水冷たっ! ……明菜ー、ハンカチ出してー」

 

「私のハンカチで良いよね……ほら」

 

「うぅ……ありがと」

 

 ひなのさんの後に続いて私も手を柄杓を用いて洗う。確かに水が冷たい。

 

「ほら、ひなのさん。ハンカチ返して」

 

「えっ……それで拭いたら。

 それって、間接……。間接……なんだ?」

 

 2人が同じハンカチで手を拭く。それに概念なんかあるのだろうか。

 

「間接……なんだろうね。というか、これが間接なら直接ってなに?」

 

「……うーん。相手の手で水気を取る?」

 

「それって、ただの嫌な人じゃない? ひなのさん」

 

 ひなのさんもハンカチ自体は持参していたが、先に手を洗った結果取り出せなかったようで。着物がレンタルなだけに、ちょっと濡らすのも躊躇う。

 

 

 で、本殿でお賽銭を入れる前に、ひなのさんから注意された。

 

「明菜はさっきのお願いは禁止ね!」

 

「まあ、それはいいですけれども。私たちが願うことって、基本お互いがずっと一緒に居ることになりそうだよね」

 

「あー……じゃあ、今年1年限定の願い事にする……ってのはどうかな!」

 

「そうしよっか」

 

 そして、願い事をちょっとの時間考えてからお賽銭をひなのさんと同時に入れた。

 

 

 今年1年、神様にお願いしたいこと。それは。

 

(……ひなのさんの願い事が。どうか叶いますように――)

 

 着物レンタルをしたときに、ひなのさんが同じ着物を選んだのだから。

 その同じ薄桃色の着物を着て参拝しているのだから。同じ願い事にするのが筋かな、と思った。

 

 彼女が何を願ったのかは知らないけれども、きっと私の願い事は叶うと思う。

 だって、こんなに可愛い彼女の願い事は、きっと。私が頑張ったら叶うような願い事なのだろうと思っているから。

 

 

 

 *

 

 その後は、おみくじを引いたり、お守りを見たり、ひなのさんが御朱印帳を持ってきていて御朱印を貰ったりなどして時間は流れていった。というか、御朱印集めていたんだ、ひなのさん。

 

「こんなとこかなー」

 

「そうだね、ひなのさん。

 まだ着物の返却まで時間はあるからさ。お店の近くまで一旦戻ってちょっと散策とかしない?」

 

「あ、良いかも! 行こう、行こう! レッツゴー、明菜!」

 

 そう言って、ひなのさんは私の手をしっかりと取ってバス停へと歩き出す。

 

 先ほどよりかは大分ぎこちなさはなくなって、ひなのさんは自然に手を握ることができるようになっていた。

 

 だからこそ……だろう。

 この日の後半の『デート』の写真の私とひなのさんの着物ツーショットは。全部一緒に手を繋いだ写真であった。

 

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