ピアノが弾けない少女たち   作:エビフライ定食980円

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第47話 6月の部屋キャンプ

 女の子同士で付き合っている時点で変なのは重々承知だけれども、それを一旦抜きにしたって、私たちの恋愛はおかしいかもしれない。

 

 恋人っぽいことをしている自覚はちゃんとあるのだけれども、でも正直付き合い始めてからの性急だったというか、怒涛だったというか。

 

 それは決して悪くはない……いや、むしろ私としては大歓迎である。ひなのさんとの距離はいくらでも縮めて良いからね。

 

 ただ……まあ。同時に、ひなのさん自身の口から『部屋キャンプ』なるものが飛び出たことは予想外であるとともに、安堵を感じさせるものでもあった。

 

 今まで付き合ってからデートらしいデートが多かったこともあり、こういうちょっと本流からずれた代物は、明らかに『ひなのさん自身の趣味嗜好』であると分かるからだ。なんだかんだで恋人優先なひなのさんが自分を主張してくれるのは心安くなる。

 

 

 だけど、いくら部屋の中でとは言っても、キャンプには準備が必要だ。いやむしろ『部屋キャンプ』の方が最低限体裁は整えないとただのお家デートにしかならない。それならそれで良いし、逆に嫌なら手ぶらでいけるキャンプ場やグランピング施設も今のご時世なら幾らでもあるのだからそっちに行けばいいじゃん、と私個人は考える。

 が、しかしひなのさんたっての希望なので、私は当然ながら彼女のやりたいことを優先する。

 効率よりもひなのさん重視なので、私。

 

 

 

 *

 

「おはよー、湿気凄いねー……って! 明菜、めっちゃ髪爆発してるじゃんっ!」

 

「ひーなーのーさーん、だから朝は私の準備が終わるまで待ってくれても良いじゃんー。

 私がそうして欲しいことくらいは分かってるでしょ、貴方も」

 

「でも、明菜何だかんだで部屋に入れてくれるじゃん」

 

 結局、『部屋キャンプ』の決行日は、準備期間のおかげで6月に入ってからとなり、梅雨になってしまった。今日の天気は今のところ曇りだけど、予報では午後から雨。期せずして屋外でキャンプしない方が賢明なシーズンに突入していたのであった。

 

 そして、ひなのさんは自身の誕生日のときに私の部屋に寝起き凸を敢行してから、度々それをやるようになった。理由は、寝起きの私が可愛いからとのこと。

 毎回、全く準備していないから止めて、とは言っているのだけれども、ひなのさんは意に介さない。

 

 ……どうせ、私が本心から彼女のことを邪険に扱っていないのはバレバレで、むしろ朝からひなのさんに会えて心を弾ませている面もあることを分かっているからだろう。

 

 でも、素の私が可愛いと言われるのは内心複雑だ。ひなのさんの為に私は可愛く綺麗であろうとしているのだから、気を抜くと努力を怠りそうになってしまう。

 そういう意味ではちゃんとケアした後の私を褒めてほしいって気持ちが無いわけでもない。生まれ持ったモノよりも、努力を褒めてほしい。

 

「……ほら、ドライヤー貸して。

 明菜の髪、私が梳かしてあげるからっ!」

 

「……ひなのさんが、私の髪をいじりたいだけでしょ」

 

「そうとも言うねっ!」

 

 私は鏡の向こうに映るひなのさんの揺れる髪を凝視しながら、彼女の指先に身を任せる。

 髪を触られるのは正直に言えば気持ちいい。それは別にひなのさんから教えてもらった新発見ではなく、美容室でよく知る既知のことではあったが、それでも『髪のプロ』を相手に比肩するような心地よさをひなのさんは出していた。恋の力ってすごい。あるいは、そんな精神面の著しい不利を抱えて尚比肩するプロの方を褒めれば良いのかな。

 

「じゃー、朝の準備も兼ねつつ、今日の『キャンプ』の計画を確認しよっか明菜?」

 

「ほいー」

 

「まず朝ご飯はふつーに学食で食べます」

 

「今から準備はしんどいもんね」

 

「で、ちょっと休憩してから明菜の部屋でテント作り!」

 

「……テントなんてよくあったよね」

 

 ひなのさんの姉――仙台の専門学校に通っている方の姉らしい――が、ソロキャン勢らしく、先月の誕生日プレゼントのおまけに古いテントやランタンを譲ってくれるって話があって、ひなのさんはどうせならということで貰ったとのこと。……というか、それがあったからこその『部屋キャンプ』要求だった。

 その辺りの話を二言三言したら、ひなのさんは話を戻す。

 

「――お昼は、部屋で一緒にお肉を焼こう!」

 

「まあ、まずは買いに行くところだからだけどさ。

 で、午後は?」

 

「後は、流れで何とかして、完全消灯までには解散!」

 

「適当だなあ……」

 

 ふと気が付いたが。

 私とひなのさんの数少ない共通点として、ゆとりある予定を立てるということがある。

 例えば外出なら。どこに行くのかという計画までは割としっかりと立てるし、そこでどのくらいの時間を使うかの目安も調べてはいるのだけれども、しかしそこで何をするかについては割とふんわりしていたりする。

 桜を見に行くって名目で哲学の道に行くところまでは計画するが、お昼とかショッピングはその場のライブ感で決めたし。もっと前だと日帰り水着温泉に行ったときも、温泉に入ることくらいしか決めておらずその場で休憩スペースに足を伸ばしたりしてた。

 

 なんというか、こういうところは同世代でもちょっと浮いているとは思う。友達とカラオケに行くときとか30分コースとかでも行ったりするのに、ひなのさんと過ごす時間の中においては、特に何もしていないのに30分くらいは余裕で過ぎる。

 時間の使い方が似ている……もしくは、似せられている(・・・・・・・)か。でも、ひなのさんは最初に出会った頃から忙しない時の流れの中に積極的に身を置いていなかったから、私に合わせているわけではないと思う。

 

 多分、どっちかが分刻みのスケジュールを立てるような相手だったら、私たちはもう少しお互いの摺り合わせに苦労しただろうなあ、とか考えていたら、いつの間にか爆発していた髪は整っていた。

 そうして、まだキャンプではない日常の延長線上で朝ご飯を食べる。

 

 私たちが朝食を食べる時間は、この場の誰よりも……遅かった。

 

 

 

 *

 

 ペグとかを打つ必要がないため、オレンジ色のテントの設営は存外さっくり完了した。というか、むしろテントを広げるためのスペースを確保するのとそれに付随して生じた掃除の方が苦労した気がする。

 

 ほんの数時間前まで寝ていた私のベッドは、ひなのさんの『実はヘッドボードの部分はただの棚だから横にすれば立てられるよ』という鶴の一声によって、マットレスごと部屋の隅に立った状態で追いやられている。

 それによってテントを広げるスペースは何とか確保できた……全力で掃除機をかける羽目になったが。いや、ちゃんと掃除しているつもりだけど普段見えない場所はマジで恥ずかしい。

 とはいえ、最初からひなのさんはこの見立てだったのだろう。だって私の部屋の方が彼女の部屋よりも物が少ないし。

 

「というかベッドの構造までよく知ってるね?」

 

 いや、なんとなくそんな気はしていたけれども、流石にベッドを持ち上げて確認はしようとしなかった。

 

「寮に引っ越してすぐのときにレイアウトを変えようと思って色々いじったんだけど、結局初期配置が最もスペース的に良い感じってなって、元に戻したんだよね」

 

「入学直後から物凄い徒労をしてたんだね、ひなのさん……」

 

「まーまー、おかげでテントが置けたからOKだよっ!

 ともかく、お先に入ってみな明菜」

 

 勧められるがままに、私は設営したてのテントの中に入る。

 ……なんか小さい入口スペースに入るのって新鮮だ。ちょっともう1回入ってみたくなって一旦出る……お、出るのも楽しい。

 

 

「……なんで、出たり入ったりしてるの明菜」

 

「いや、意外と出入りが面白くて」

 

「そこに面白さを感じるとは思わなかったなー……」

 

 ひなのさんはどうやら私の口から使用感を聞きたがっている感じなので、ちゃんとオレンジ色のテントの中に入ってみる。

 なんというか、まあ。何も中に入れてない閉空間なので、オレンジの狭い世界だなあ、という感想しか出ない。どうせだし寝転がってもみようか、と横になると気付く。

 

「……想像以上のダイレクトに床なんだけど」

 

「え、ホント? ちょっと私も試していいかな?」

 

「どーぞー」

 

 ひなのさんは、そのまま躊躇なく入ってきて私の隣に寝る。

 

「え、え、お姉ちゃんこのテントを外で使って泊まっていたんだよね?」

 

 今は床だが、ひなのさんの言うように外で使ったら地面が直に感じるとは思った。けれども、それよりもより優先順位が高い事項が生じる。

 

 というのも、このオレンジのテントはひなのさんの姉が『ソロキャン』用で使っていたものである。……つまり、1人用なのだ。

 脚をちょっと曲げて寝ているので、もうひなのさんと折り重なるような感じで密着している。そんなひなのさんの息がかかるくらい近い顔――というか実際ひなのさんの息は私の顔にかかっている――に、ささやき声で話す。

 

「1人用テントに2人は狭くない?」

 

「いーじゃん、いーじゃん。

 確か、前にもあったでしょ、こういうの」

 

「あー……温泉の休憩スペースのときのやつ」

 

「そうっ! テントの形をしたハンモックのソファー!」

 

 もう、あれも去年の11月だから随分立つようなあ……と内心思いつつ、そう言えばひなのさんに言っていなかったことを告げてみる。

 

「あのときさ。私、途中でお手洗い行ったんだけどさ……」

 

「あー、そうだった気がしないでもない」

 

「……そのタイミングであのハンモックソファーって2人で入っても大丈夫なのかって職員の人に聞いたんだけど……。

 『カップル』用だから大丈夫だって、言われたんだよね」

 

「へー……って、えっ!?

 明菜、あれ恋人用って気付いていながら、そのまま私と一緒に1時間近く入ってたの!?」

 

「まあ……はい。

 とは言っても、あの段階では恋愛対象としてみていたわけじゃなくて、単に『ひなのさんだし良いか』くらいのノリではあったんだけどね」

 

「え、へへ……そうだったんだ」

 

「照れるの、今更すぎない……」

 

 もっとも、その日の帰りには、私もひなのさんへの恋心を自覚したんだけどさ。

 

 

「あ。明菜、ちょっとテントのチャックを閉めてみても良い?」

 

「うん」

 

「おー……これちょっと楽しいかも」

 

「ちょいちょい、チャックの開け閉めで遊ぶんかい」

 

 私が出入りにハマったように、ひなのさんはチャックの開け閉めにハマったようだ。お互い琴線に触れる部分が謎である。

 

 

 3往復くらいしてひなのさんはやっとテントを閉めたが……気付く。

 

「……これ、ヤバいね」

 

「……うん」

 

 テントが開いていたときはまだ、日常感があったけれども、完全に閉め切ったオレンジ色の世界には隣のひなのさんしか感じられない。

 

 ひなのさんの吐息や鼓動に聞き入るくらいには、近くて。

 そしてテントの中の少ない空気は、急速に私とひなのさんの香りで置換されていく。

 

「出よう! 一旦、出ないとマズい!!」

 

 ひなのさんは閉めたときとは打って変わっての勢いでテントのチャックを開けて、日常(・・)へと一度緊急脱出した。

 

 

 ちょっと舐めていたけど……『部屋キャンプ』。

 侮れないかもしれない。

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