あれは嘘だ。
次話に斑目(偽)目線での話を終えてから、原作に入ります。
つまりはエピローグですね。プロローグのエピローグって、これもう訳分かんねぇな……。それと次の話でまたアンケートを取りたいと思いますので、ご協力をお願い致します!!
その日、研究所にある者が現れた。大柄な機体の身体が、スーツを内側から伸ばしている。
その者に相対する黒服の表情は読み取りにくいが、その声から訝しんでいることが分かった。
『……何故あなたがここに?』
「何故? 協力者が中々姿を見せないので心配して来てみたのに、随分な言い草だな」
よく言う。と黒服は心の中で呟く。
彼等は協力者ではあるが、お互いを心配し合う仲ではない。大方、興味本位で足を運んだのだと推測した。
『別に貴方の興味を引くようなものはありませんよ。カイザーPMC理事』
「それを決めるのは私だ。黒服」
黒服の意見など聞き入れない。ズンズンと進んでいく姿が、如実にそれを表していた。
斑目の存在を隠すには遅過ぎる。黒服に出来ることは、理事長が余計な真似をして研究に支障を生じさせないことを祈るだけだった。
「む。あれは、アビドス高等学校の一人ではないかね?」
やはりこうなったか。黒服は長い息を吐く。
元とはいえアビドス高等学校の生徒を台に固定していれば、関心を持たれてしまうのは仕方がなかった。
「そういえば最近、貴様によってアビドスの借金が半分減っていたな。彼にはそこまでの価値があると?」
『お答えしかねます』
「そうか。なら本人に聞いてみるとしよう」
くい、と顎で扉を差す理事長。きっとロックを解除するまで彼は動かないだろう。
黒服は黙って、それを解除した。室内に入ってくる自分より背丈の大きい大人2人に、斑目は目を瞬かせる。
「黒服さん……と、そちらの方は」
「カイザーコーポレーション、カイザーローン、そしてカイザーコンストラクションの理事だ、現在はカイザーPMCの代表取締役も務めている」
「カイザーローン……!?」
予想だにしない答えに、斑目は目を見張る。
自分達を苦しめている元凶を目の前にして、平静を装える筈がなく、その表情は険しかった。
良くない感情をぶつけられているにも関わらず、理事長は笑い声を上げる。
「ハハハハ。この反応、やはりアビドス高等学校の一人か。となると君が、キヴォトス唯一の人間型男子生徒というわけだな? いかにも貴様が好きそうな素材だ。黒服」
『否定はしません。彼は言うなれば、真っ白なキャンパス。何色にも染められていない、可能性に溢れた存在ですから』
「……随分と仲が良さそうですね。年単位で付き合いがあるように見えますよ……?」
斑目の視線は黒服に向けられていた。
初対面の時、黒服が自分達の境遇を知っていた疑問は解消された。それと同時に疑念が生まれる。
この二人がグルであるのなら、借金の肩代わりなど無かったことに出来るのではないかと。自分が身を差し出したことが、不意にされるのではと斑目は訝しんだ。
『安心してください。ユウさんが危惧しているようなことを、するつもりはありません。しっかりと契約に則っています』
「その通りだ。アビドスの借金は確かに半分になっているし、今後それを取り消すつもりもない。私達もそこまで鬼ではないからな」
『関係性については、ただのビジネスパートナーといったところです』
「そうだな。世に出ていない武器や防具を取引させてもらっている」
事前に打ち合わせでもしてなければ、このようにスラスラと話せない。言葉に詰まったりしなかったことから、斑目は二人に嘘はないと判断した。
黒服は研究者だ。世に出ていない物を生み出していてもおかしくない。
実際、名前も効果も聞いたことがない薬を、斑目は研究で打ち込まれていた。武器や防具を新たに作っていてもおかしくない。
斑目はそう結論付け、思考を止める。
「それで、今日は僕でも見に来たんですか」
「ほう? やはり何かあるのか。見たところ、か弱い存在にしか見えないが?」
理事の反応に、斑目は目を丸くする。そして黒服に顔を向けた。
「……話されてなかったんですか?」
『……ええ。研究に支障が出そうだったので』
「早く見せたまえ。はるばるこうして、足を運んだのだからな。ハハハハ!」
『……分かりました。しかし操作は私が行います。決して、横入りしないでください。いいですね?』
研究室の外にある廊下に出て、斑目が見える窓の前で二人が並ぶ。
黒服は研究室内の全てをコントロールするパネルを操作しながら、理事にそう言った。
理事は何も答えず、腕を組んで斑目を見ていた。
研究室内の斑目が慟哭する。肩から修復されていく腕を見ながら、涙を流し、首に血管が浮かび上がるほど叫び続けた。
完全に修復された腕を見て、ナイフをアームごと手で掴み、何度も刃先を肩に突き刺す。
まるでそこに傷があるのを望むかのように。
何度も。
何度も。何度も。何度も。
絶えず腕と口を動かしているが、防音に阻まれ黒服達には届かなかった。
廊下にいる黒服は、そんな斑目を見ながら言った。
『横入りしないでください。私はそう言った筈ですが?』
「ちまちまとやっているからだ。あんなに驚異的な回復力を見せておいて、損傷させるのは『片足だけ』。戦場では四肢が吹き飛ぶこともあり得るのだぞ? ……四肢全てを欠損させんでどうする」
理事は悪びれる様子もない。寧ろ、四肢全てを失いながら修復されていく斑目の身体にご満悦だ。
一方で、黒服はそうではない。不満を抱いているようだった。
『私も私なりに考えていたのですがね……』
黒服は研究の際、なるべく斑目の腰から上を損傷の対象とすることはしなかった。
気付いていたのだ。肩の傷が、斑目にとって無くてはならない存在なのだと。
大事な物に触れるように撫でる斑目の姿を見て、彼にとってのそれは忘れたい跡ではなく、一種のシンボルだと言うことを。
『その在り方は歪です。だからこそ、丁寧に扱う必要があった……だというのに貴方は……見てください』
黒服が斑目を指差す。
叫び過ぎて喉が破けたのか、口の端から血を流し、涙が尽きた泣き顔で天を仰いでいる。
『彼の精神は壊れてしまった。これでは研究の成果も、想定より低いものになるでしょう』
「なら私が引き取ろう。中身が崩壊していた方が都合がいい。洗脳で染めやすくなるからな」
『貴方の勝手な行いで研究の計画が頓挫した。それだけでなく、唯一の成果も渡せと?』
理事に身体と顔を向ける黒服。表情は変わらないものの、威圧感が滲み出ていた。
「分かった分かった。金は払う。それで文句ないだろ?」
『……まだ彼が回復するかもしれません。一週間、待って頂けますか?』
「一週間だな? それくらいならいいだろう」
そう言うと理事はどこかに電話をかけ始めた。
きっと部下に連絡し、自分の予定を伝え、その日に人員と車を用意するよう伝えているのだろう。
『……』
まだ自分の研究は終わりとは言えない。完成とは言えない。
黒服は斑目の精神を取り戻す策を考える。
期限は一週間だ。
結論から言うと、黒服の試みは全て無駄に終わる。
アビドス高等学校の動画を見せた。
既に傷のない肩を抑え、謝り続けるだけだった。
日記を渡した。
自分はホシノと顔を合わせる資格がない。消えてしまいたいと綴るだけだった。
何もしなかった。
幻聴と幻視に襲われているのか、ずっと「来るな!」「嫌だ!」「絶対に渡さない!! 僕の身体を奪おうとするな!!」と誰もいないところを睨むが、勢いは弱まり最後は嗚咽した。
「……」
そして現在、斑目は曇った瞳と抜け落ちた表情のまま、部屋から出る。
そのまま黒服と言葉を交わすこともなく、彼は研究室を後にした。
もう疲れたのかもしれない。研究室にポツンと置かれた、彼が大事にしていた日記を見て、黒服はそう推測する。
『……寂しくなりますね』
誰もいない廊下に黒服の呟きは響き、そして消えるのだった。
そして斑目は、武装した理事長の部下達と戦闘車両に乗せられ移動している。黙っているのは自分だけで、他はガヤガヤと騒いでいた。
「聞いたぜお前。特別な身体をしてるんだって?」
「何でもすぐ怪我が治るんだってな? 期待してるぜ!」
左右のアンドロイドに肩を叩かれるも、斑目は無反応だった。
「……おい。こいつ生きてるよな? 人形みたいだ」
「まあ、使えなかったら使えなかったで肉壁として使えるだろ。何でもこいつ、元アビドスの生徒らしいからな」
「マジか! そいつぁいい! 理事がアビドスを乗っ取るのが楽になるな!!」
ピクっと斑目の身体が動いた。それに誰も気付かない。
「アビドスに攻め込む時は先陣で出てくれよな! そしたら動揺する奴等を、俺らで一網打尽だ!!」
うおおおおおおおお!!!! と雄叫びが車内に轟く。
次の瞬間、ドゴッ!! というそれを上回る重い音が鳴った。
「……な、何やってんだお前!?」
斑目が拳を車内の壁に突き付けていたのだ。その一撃で、壁は大きく凹んでいる。最早、人間の力ではなかった。
それを確認して、斑目は壁をさらに殴り続けた。その凹みが大きくなる一方、斑目の拳も砕けていく。
歪な拳からは骨が飛び出し、血が吹き出していた。
「や、やめろ!! おい、こいつを止めるぞ!!!」
「おう!!!」
斑目の左右にいたアンドロイドに動きを封じられる。
斑目は動きを止めた。突然大人しくなった彼に、戸惑う声が車内に響く。
「何だったんだ、おい……」
「誤作動でも起こしたか? 人間型のくせに」
覗き込んでくるアンドロイドには目を向けず、斑目は自分の両手を見た。
既にそれは回復している。グーパーしても問題はなし。
斑目は左右のアンドロイドの頭を掴む。
「ごめんなさい」
バゴッ!! と音と共に、車内の壁を突き破る。
斑目の身体は薬品により従来に比べれば頑丈になったが、ヘイロー持ちと比べれば劣ると言える。
なら、自分より固い物を使えばいい。
「に、逃げた! あいつが逃げたぞ!!!」
アンドロイドの頭をハンマーにして、車内に穴を開けた斑目は外に飛び出す。
走行中の車から飛び降りた結果、地面に着地した時に足が折れたが、すぐに立ち、走り出す。
「死なないと」
背後からは、理事が声を荒げていてそれと同時に発砲音が鳴り響いている。だがジグザグに走り、加速し続ける斑目に理事達は追いつけなかった。
斑目を突き動かすのは自殺願望だ。
不死身に近くなった自分は厄介そのもの。だから精神的にも戦闘の面でも、負荷を掛けないために母校の同級生や後輩達には敵対してほしくない。
「生きている限り、安心は出来ないな。洗脳とかありそうだし。確実に脳と心臓を止めないと」
だから死ぬ。それだけのことだ。
既に斑目の頭から、黒服との契約内容は消えている。死ねばホシノと黒服が再び邂逅してしまうことを、斑目は覚えていなかった。
とはいえ、死ねば『ホシノが黒服に再び交渉される』。生きれば『敵としてホシノ達に立ち塞がる』。
そんな究極の選択を、まともな精神状態のまま選択しないで済んだことは、彼にとって救いとも言えるのではないだろうか。
気が付けば斑目は、自分の部屋のあるマンションに辿り着いていた。最期の場所としては上等だろう。
部屋に入り、台所から包丁を取って浴槽の湯を沸かす。しばらく経ってから、裸になって浴槽に浸かった。
「……気持ちいい」
全身が温められる。血液が循環している証拠だ。
リラックスしてるこの状態で首を切れば、あっという間に失血死出来るだろう。
急所である、心臓か脳を突き刺すことも考えたが、死までの時間が長いと考え、再生の方が上回るのではと斑目は推測した。
だから、首を切って一気に失血死という手段を考えたのだ。
「……ユメ先輩。今、そっちに行きます」
間髪入れず、恐れることなく、斑目は勢いよく首を掻き切った。赤い噴水が浴室一面を染め上げ、その身体は力を失うのだった。
『こういう結果に終わりましたか……』
黒服は斑目の部屋に訪れていた。そして浴室にて、彼を発見する。その出血量から、既に死んでいると判断した。
『……随分と穏やかな顔だ。楽になれたからですか? それとも……私がこれを持ってきたからですか?』
「……」
黒服が研究室に置いてあった、斑目の日記を掲げる。
フフッ……と眠るように穏やかだった斑目の表情に、微笑みが生じた気がした。
『これは餞別です。短い間ですが、充実した時間をありがとうございました……さよなら、斑目ユウさん』
黒服は日記を斑目の自室にある机の上に置いて、部屋を立ち去る。
静かな空間に、浴槽の湯だけがチャプチャプと音を立てていた。自然に生じていたそれが、一瞬だけ大きく揺れる。
ピクっと死んだ筈の斑目の指が動いたのだ。そして、指だけでなく身体全体が大きく動いた。
「風呂の意味ねぇじゃん」
そして、現在……つまりは始まりに至る。