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今、エデン条約編です。
不穏な空気になりつつあります……。
何でだ、今迄俺達は補習授業してただけじゃないか……。
どうして急に、特別な日なのに巨大な爆発が起こるんだよ……!!
これじゃあ平和が、う、失われ……!!!
「泣くな、斑目。俺の考えが正しければここであった出来事を……きっと戻ったお前は忘れている」
これは、あったかもしれない世界の話だ。
「ここも苦しい思い出の方が多いからな。……俺の予想通りであることを、祈ってる」
「嫌だ……!! 間平さん!!! 間平さん!!!!!!」
それは、ほんの僅かな違いから生じた。
二人の距離かもしれない。
『顔無し』が斑目を押した力かもしれない。
斑目が振り返るまでの時間、または瞬発力かもしれない。
もし、この時に。
「間平さんッッッッ!!!!」
「ッお前」
伸ばされた子供の手が、大人の腕を掴めていたら。
目を開ける。
まず目に入ったのは、白い蛍光灯だった。
微かに消毒液の匂いがするが、不快ではない。
寧ろ窓から差し込む日光と、丁度良い硬さのベッド、自分を包んでくれる温かい布団が心地よい。
病院の病室で寝ているようだ。
起き上がり、ぼうっと自分の身体を見る。水色の患者衣を豊満な胸部が押し上げていた。
そこで彼女……先生は疑問に思う。
なぜ、自分は病院にいるのだろう。
「っ! そうだ! 皆は、カイザーは……!?」
そうだ。私達は、カイザーPMCと戦っていた。
他の学園に協力を頼んで、彼女達が承諾してくれて……、それで。
「ゔっ……!?」
一面に広がる赤。
それは液体だった。その出所は。
「違う……!!!!」
咄嗟に頭を振る。
違う。違う。そんな筈はない。
いつも彼とは一緒だった。相棒のように付き添っていた。
だから今も、近くに……。
周囲を見渡す先生。そして隣のベッドに眠る人物を見て、動きを止める。
「あ……」
……いた。
そこには、『
よろよろと、歩み寄ってから押し潰すように抱き締める。
溢れる鼻水と涙を、彼の身体が受け止めてくれた。
「よかった……! よがっだよぉ……!!!」
掠れる声で泣き続ける先生。
その時、もぞもぞと布団が揺れた。
「ゔ、うぅ……っ」
「! 『顔無し』……!?」
顔を上げると、苦しげに『顔無し』が顔を起こすところだった。
流石に寝苦しかったのだろう。自分の感情を優先したことを反省し、申し訳なさそうに先生は俯いた。
きっと溜息を吐かれ、やんわりと叱られるのだろう。
薄らと『顔無し』の目が開かれた。その視界が、自分の腹の辺りに両肘を乗せ、体重を預けている先生を捉える。
充血した瞳と、涙が反射しているその顔を見て、彼は溜息を吐いた。
そして再度、枕に後頭部を預ける。
「……叱らねェよ。あんなもん見せたんだし、妥当な反応だ」
「っうん……! ゔん!!!」
叱られない大義名分を得たからか。
『顔無し』が寝直したのを、これからの自分の行動を受け入れるためだと考えたからか。
先生は唇を結んで何度か頷いた後、『顔無し』の元に飛び込む。
布団が少し邪魔ではあるが、その身体の感触は感じられた。
彼が生きていること。それを満足するまで、先生は感じていたかった。
「ぐ……!」
『顔無し』の肺胞が一瞬で縮まり、息が吐き出される。
顔を歪めながらも、震える先生の背中を摩った。
「っ……全く、これじゃどっちが子供か分かったもんじゃないな」
……正しくは、両方大人である。
だが第三者からすれば、子供に大人が縋り付いている図だ。
『顔無し』の身体には、鈍い痛みが続いている。
全身にかかった衝撃の痛みを、先生の体重が後押ししているからだ。
しかし、そんなものは身体を欠損する時の痛みと比べれば大したことはない。
それに心配を掛けたのは事実だ。
生き残りこの場にいるのなら、先生が受けた心の負荷を受け取るのは義務だろう。
だから『顔無し』は、彼女が落ち着くまでその背中を撫でてやるのだった。
(……あの、僕この後出るんですか?)
(当たり前だ。今後の生活もあるし、混乱させる前に説明した方が良い)
そもそも、元はお前の身体だろ。お前が出ないでどうする。
あはは……。
今はまだ内に潜んでいる、身体を共有することになった同居人と会話しながら。
そして『顔無し』は、先生に声を掛ける。
「先生」
呼ばれた彼女は、顔をぐしゃぐしゃにしたまま顔を上げた。鼻水を啜る音も、絶え間なく鳴らされている。
これは今、知らせるべきではないなと苦笑する『顔無し』。
なので、一先ずこう言っておくことにした。
「落ち着いたら、俺の話を聞いてくれるか? 取り敢えず今は、嘘みたいな話だけど本当の話なんだって、念頭に置いてくれてればいい」
「っ?」
『顔無し』の前置きに、先生は首を傾げるのみだ。
しかし彼の表情は真剣なものだった。だから戸惑うように一度頷く。
そしてまた、布団越しの彼の身体に顔を埋めるのだった。
『顔無し』が横になっているベッドは、彼がよく知る少女達によって囲まれている。
アビドス対策委員会、ゲヘナの風紀委員会、便利屋68、そしてヒフミだ。
彼女達は、医師から『顔無し』が目を覚ましたことを伝えられ、ここに来たのだが……。
「『顔無し』? どうしてそんな顔してるのよ……」
入ってきた生徒、皆思ったことをアルが代弁した。
ベッドの上の彼は何というか、緊張した面持ちで表情を固めていた。何となく頼りない印象を受ける。
「あ、アル。彼は『顔無し』じゃなくて……」
先生は苦笑した。
既に『顔無し』によって説明されたが、もしされていなければ彼女達と同じような反応をしていたかもしれない。
だがカヨコ、ムツキ、ヒナ、そしてホシノは気付いたようだ。
ゲヘナの3人は、病室に入りベッドにいる彼を一目見た時の違和感と、先生がアルに対して放った言葉から。
ホシノは、病室に入った時点から気付いていた。
「……斑目、だよね?」
ホシノが問い掛ける。
ベッドの上にいる……斑目は、控えめに頷いた。
「うん……久しぶり、小鳥遊さん」
「……!!」
話し方、表情の動き。
全てが自分の知る、斑目のものであった。
それを認識すると同時に、ホシノの瞳から涙が零れ落ちる。
何故ここにいるのか、『顔無し』はどこにいるのか、過去にした行いへの謝罪、そしてアビドスを救ってくれていたことに対する感謝、戻ってきてくれたことへの嬉しさ。
「ゔぅ……! よかった……よかっだ……!!!」
様々な思いが巡り、ホシノはただの少女のように泣きじゃくる。
彼女の斑目に対する想いを知っていた対策委員会は、小さな先輩の肩に手を置いて寄り添う物や、感涙する者もいた。
だが、全員がそういうわけではないようだ。
ムツキが作り笑いをして、口を開く。
「感動の再会中にごめんね? 私達、ちょ〜っと君じゃない人に物申したいことがあってさ」
斑目くんだっけ? とベッドの上にいる彼に目を向けた。
笑みを消したその瞳は、猛禽類のように鋭い。
「その人……ネムネムを、どうしたの?」
その一言に、病室に緊張が走る。
そうだ。
かつてその身体には、別の者がいた。
だが今、その身体を動かしているのは斑目ユウだ。
「まさか……そんな……っ」
それではその、別の者はどうなったのか。
斑目ユウがこうして喋っていることで、一つの最悪な想像が浮かぶ。
勿論、斑目ユウが元々の持ち主であることは分かっているつもりだ。
だが世話になったのは、この男ではない。その別の者だ。
声を震わせて、ムツキが言った。
「ネムネムを、塗り潰したの……?」
仮面を被り、圧倒的な力で助けてくれた男の姿が、対策委員会の後輩達やヒフミ、便利屋68の脳裏に浮かんだ。
斑目の返答次第では、ムツキが彼に飛び掛かりそうな勢いだった。
すぐに動けるよう、神経を尖らせる者も現れる。
全てを知る先生は、慌てて口を開こうとするがその必要はなかった。
「落ち着け、ムツキ」
その声に、全員が斑目の方に目を向けた。そして息を呑んだ。
髪を掻き上げる斑目の瞳が開かれる。それは彼女達がよく知る、鋭い印象のものだった。
『顔無し』である。
「俺もちゃんといるよ。だから斑目をそう脅してやる」
な。
と言い終える前に、『顔無し』の眼前にはムツキのバッグが迫っていた。
持ち手を掴み、掲げることで顔面に当たるのを防ぐ。
それを見届けたムツキは、嬉しそうに口角を上げた。
「くふふっ。本当にネムネムだ♪」
「物騒な確認だな。そこは俺達しか知らないことを質問するでも、よかったんじゃないか?」
「え〜? 私達に助けを求めておいて、勝手に無茶して、私達に結局助けさせてくれなかった挙句、目の前で頭を吹き飛ばす姿を見せるようなネムネムには十分な対応だと思うけど??」
その言葉に、賛同するように頷く者が何人か現れる。
『顔無し』は居心地悪そうに後頭部を掻いた。
これに関しては、ぐうの音も出ない。
反論したところで、倍の反論が飛んできて潰されるのが目に見えている。
風紀委員会のチナツが、困惑したように眼鏡を上げる。
「に、二重人格になったってことですか?」
「作られた人格じゃなくて、どちらも本物ではあるけどな。似たようなもんだ……いや、やっぱり少し違うか?」
「どっちなんですか!? はっきりしませんね!」
アコがくわっと口を開いた。はっきりしない『顔無し』にイラッとしたようだ。
『顔無し』は面倒臭げに顔を顰めながら言う。
「うるさいな。俺は医者じゃないから、想像でしか解離性同一性障害のことを言えないんだよ。で、その症状は別の人格に切り替わっている間の記憶はないし、別の人格のことを認識できなかった気がする。対して、俺は違うってこった」
「つまり、さっき斑目ユウが表に出ている間も、貴方はこちらを観測していたし、貴方が表に出ている今、斑目ユウもまたこちらを観測しているってわけね。そして、お互いにお互いを認識できている……」
「その通りだよ、風紀委員長。我ながら愉快な身体になったもんだ」
『顔無し』の肯定を受け、ヒナは握り拳を作り、その上に顎を置いた。
表情は真剣そのものだ。
「良いわね。突然入れ替わる、なんてこともなさそうだし。疲れたら交代を繰り返せれば、仕事も捗りそう」
「奇遇だね、ヒナ。私もそう思った!」
「闇が垣間見えるな……」
主に日常生活の労働が占める割合である。
先生はともかく、ヒナもその思考がまず思い浮かぶのはいかがなものか。
『顔無し』は呆れつつ、首を振った。
「あと、そんないいものじゃないと思うぞ。中身が変わるのと同時に、身体の疲労も0になるとは思えないしな」
見方によっては、負担をもう片方に押し付けるようなものだ。
『顔無し』の場合、その対象は自分より年下の子供である斑目になる。そんなこと、出来るわけがない。
だがやはり誰もが、自分とは別の人格がいたらと妄想することがあったらしい。
「でもでも、もう一人の自分がいたら『顔無し』さん達みたいに心の中で会話したいです⭐︎ 絶対楽しいですよ〜」
「王道といえば王道ね! もう一人の自分が身体で好き勝手して、いつの間にか大きな事件に巻き込まれていく主人公……ふふふ」
「アルちゃんの場合、自分から飛び込んでいるようなもんだけどね〜」
「……ムツキとハルカが原因の時もあるけどね」
いつの間にか、病室はそんなもしもの話を披露する場になっていた。
思ったより盛り上がりを見せており、小さな音なら誰もが気に留めないだろう。
コツコツ。……コツコツコツ。
「……」
だが一人、ホシノだけはそれに気付いた。
聞き覚えのある、靴音に。
僅かに目を見開いた後、辺りを見回して何も言わずに病室から抜ける。会話の邪魔をするのが申し訳なく思ったのだろう。
その流れを見ていた者が、もう一人。
「どうしたの、『顔無し』? そんな額に手を当てて」
「いや……知人が上手くやってくれるか心配になってな……」
「??」
渋い表情を浮かべる『顔無し』に、先生は首を傾げるだけだ。
彼は靴音の主が誰か理解している。恐らく自分の頼みを守り、その主……黒服は様子を見にきた。
斑目はこの身体に戻っている。だが、自分もいる。
故に、残したDVDを彼女達に届ける条件は果たされていない。彼女達がその存在を知ることも、見る機会もないだろう。
しかし……。
(判断ミスったか……?)
ホシノに黒服の存在を察知されてしまえば話は別だ。
思い返せば、黒服に自分の状態を確かめさせるのは悪手だったかもしれない。
中身がどうであれ、共にいた時間が長いのはアビドスだ。したがって、自然とホシノがこの病室に訪れる。
振り返ってみれば、そんな所に黒服を赴かせるのは、少々無謀な策だと思えた。
せめて交友関係は把握できていないが、黒服の知人に行かせるよう頼んでもらう、でも良かった筈だ。
(俺が病室から出て、接触を防ぐか? ……いや、多分無理だな。先生が俺から目線を外すことが滅多にない)
何というか、凄い過保護な雰囲気を漂わせている。
出歩くと言えば、「なら私も行くよ。傷は完治しているみたいだけど、一応病み上がりだし。ね?」と言って着いてきそうだ。
その状態で、既に黒服とホシノが接触している様を見られたら……考えたくない。隠し通すのが殆ど不可能になりそうだ。
いっそキャラを捨ててでも、全力疾走で逃げてくれ。
そんな無茶を願うことしか、今の『顔無し』には出来なかった。
このif話は次の終わる予定です。
と言いつつ結局、中編が間に入るのもよくあることなんだよなァ……。