憑依in実験体のアビドス生徒   作:改名

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やっぱ土日にバー!って書くのは間違いではなかった……!
今後もこの方針でいこーっと!!!

物語も中間に差し掛かってきました。そろそろこの物語が終わると考えるとら感慨深いものがありますねェ。たぶん今年中にはアビドス編は完結になると思いますので、それまでよろしくお願いいたします!!


38.彼の記録

 

 

 ダンッという大きな音と共に、斑目がかつて住んでいた部屋の扉が開かれた。

 

 

「ハァ……ッ! ハァッ……!」

 

 

 扉を開けたのはホシノだ。息は乱れていた。

 彼女の顔は疲労で歪んでいる。長い桃色の髪が乱れたままで、発汗も放置されていた。

 

 無我夢中。言葉の通りだ。

 

 黒服と別れた後、彼女は一休みもせず走り続けてきたのだろう。その分、ホシノの身体は多くの酸素を求めた。

 

 

 それが、いけなかったのだろう。

 

 

 

「ゔっ……!?」

 

 

 

 鼻呼吸を抑えられれば、ここまでにはならなかったかもしれない。

 突如襲う異臭に、ホシノは口を押さえ、近くにあった靴箱に左手を置く。逆流する胃酸を何とか堪えた。

 

 

(血の匂い……!? ッじゃあ、本当に……ッ!!)

 

 

 濃密な臭いだ。致死量に近い量の血液が流れていることが推測できた。

 それに結構な時間が経っていることが分かる。間違いなく、この部屋で自殺者が出たのだ。

 

 

 その者は自分の同級生だった男。

 

 

「……ッ!」

 

 

 無意識に、これ以上入るのを恐れたのか。ホシノの足が一歩下がる。

 次の瞬間、何かが手に触れた。靴箱の上に置いた左手が出所のようだ。

 

 触り慣れた感触だった。それを見ようと顔を動かしていくのと一緒に、ドクドクと心臓から身体に振動が走る。

 

 

「……!!! 斑、目……ッ!!!」

 

 

 そこにいたのは、斑目だった。

 

 厳密に言えば、生徒手帳に写る斑目だ。

 自分がよく知る幼い顔立ちに似合う笑顔を浮かべていた。

 

 今との差異が凄まじい。この笑顔を自分が奪ってしまったのだという罪悪感に、ホシノは押し潰されそうになる。胸を押さえ、上体を傾けた。

 

 

「だめ、やめて……! そんな顔、向けないで……ッ!」

 

 

 向けられて嬉しかった笑顔に、初めて顔を背ける。

 自分はそれを向けられていい存在じゃない。ホシノは逃げるように、玄関から廊下へと進む。

 

 浴室の前を通ると、臭いが強まった。間違いなく発生源はここであると分かる。

 

 

 

 

 

「……あぁ」

 

 

 中に入り、ホシノは言葉を失う。

 両の手の力は抜け、だらんと下がる。その瞳は絶望からか光を灯さず、薄暗い。

 

 

 臭いが強いわけだ。浴室は天井、床、壁、浴槽と一面が赤に染まっていた。どう見ても致死量だ。これだけの血を流し、生きている筈がない。

 

 

 

 

 

 ホシノは、ゆっくりと浴槽に近付く。そして大量の血が混じった中の水に……迷うことなく両腕を入れた。

 そして呟く。

 

 

「……冷たいなぁ」

 

 

 斑目が最期に浸かっていた浴槽。

 彼を感じられると、求めたホシノに対する答えは無慈悲に冷めた水だった。温かさなど、感じられるわけがない。

 

 名残惜しげにホシノは少し腕を回し、浴槽の赤い水を自分の制服に染み込ませる。斑目と一つになれた気がした。

 

 

「何、やってるんだろうね……私」

 

 

 すぅ……と頭が冷えてくる。そのまま静かに、浴室を出た。

 その弱い足取りはリビングに向けられる。

 

 足の裏が殆ど接地したまま歩いていた、ホシノの足が止まった。

 

 

「あ……」

 

 

 そこには、日記があった。

 震えながらもホシノの手が自然に動き、それを開く。

 

 黒服の話により立てた、自分の仮説。これはその判断材料になる気がした。結果によっては、『顔無し(ノーネーム)』に対する印象が反転することになる。

 

 喉を鳴らし、ホシノは書かれた内容に目を通し始めた。

 

 

 

 

 ユメ先輩は優しい先輩だ。いつも笑顔で、体力がない僕を気にかけてくれる。

 小鳥遊さんも優しい。ちょっと顔が怖いけど、さり気なく気遣ってくれてることが分かる。いつも物を持つ時、僕より小さい身体で優先して重い物を持ってくれてるし、戦闘に巻き込まれそうになれば、文句を言いながらも助けてくれる。

 ……僕も、少しは役に立ちたいなぁ。戦闘面でも、金銭面でも。

 

 

 

「斑目……」

 

 

 ごめん。私は、そんな優しいやつじゃなかったよ。

 ユメ先輩を亡くして、同じ気持ちを共有できたにも関わらず、あんたに寄り添うことも出来なかった……。

 

 喉が締まるような苦しみを抱きながら、ホシノは読み進める。

 まだユメもいて、斑目もいた懐かしく騒がしい日常が書かれているが、それが余計に苦しかった。

 

 

 そんな時、知った男が出てくる。

 これにホシノは眉をぴくりと動かした。

 

 

 

 帰り道、黒服の男に出会った。そいつは言った。条件を呑めば、アビドスの借金を減らしてくれると。

 

 

 

 

「黒服……」

 

 

 ホシノから低い声が溢れる。そのまま読み進めた。

 

 

 

 

 条件は僕が、小鳥遊さんやユメ先輩と同位の存在になれるかどうかの実験台になること。

 

 メリットは、①アビドスの借金を減らせること。②もう二人の足を引っ張らないで済むこと。③僕もヘイローを持てる。

 小さなことだけど、内心僕も欲しかったんだよね。二人とも天使みたいで綺麗だし、僕だけ仲間外れみたいで寂しかったし。

 

 デメリットは、僕が死ぬ若しくは廃人になるかもしれないこと。

 

 答えを出せなかった僕に残されてる時間は、一ヶ月。その間に必ず答えを出す。

 そして後悔しないように、3人での時間を過ごすんだ!

 黒服の、別の女の子にも同じような話をしているといった話に、惑わされちゃダメだ。僕を焦らせて、『受ける』を選択させるつもりに決まってる!

 もしかしたらその間に、生徒会で改善策が出るかもしれない。だから、焦っちゃ、焦っちゃダメだ……。

 

 

 

 日記から斑目の葛藤が痛い程伝わってくる。

 

 天使のように綺麗だと書かれたことに対する羞恥心など、ホシノにはなかった。あるのは深い後悔だ。彼女は強く日記を握り締めていた。

 

 

「どうして、あの時……!!!」

 

 

 治験バイトの話を聞いた際、どうしてもっと斑目から話を聞いておかなかったのか。

 黒服の話を二人に相談しなかったのか。

 斑目が孤独感を抱かないようにしてやれなかったのか。

 

 

 どれか一つでもしていれば、こんなことにならなかったかもしれないのに。

 

 ホシノは涙を堪えながら、ページを捲る。

 

 

 

 

 やっぱりユメ先輩と小鳥遊さんは凄い。僕が抱いていた焦燥を、簡単に取り払ってくれた。

 僕は大好きなこの人達と、一緒に借金を返していこうと思う。この居場所を捨てるのは嫌だから。まだ2人と別れたくないから。

 

 ……だから、今日の保健室での出来事は忘れないように記憶に刻んでおこう。

 ユメ先輩の抱擁は、天国にいるような気分だった。自宅で眠れなかった原因である、不安や恐怖が嘘のようだった。優しい匂いと抱き方、身体の温かさと柔らかさに包まれて、安心してすぐに眠ることが出来た。

 

 その後、驚くことに小鳥遊さんにも抱き締められていた。完全に寝ていたけど、しっかりと後頭部に腕を回され抜け出せなかった。ユメ先輩のような包み込まれるような感触はないものの、すっぽりと僕の腕に収まるその身体は温かくて、抱き枕を抱いてるような心地良さだった。

 

 その後、起きた小鳥遊さんにヘッドロックをかけられたが気にしない。今日感じたこの人肌の温かさは、僕に安らぎをくれた。このことを思い返せば、もう不眠に悩まされることはなさそうだ。

 

 今日は久々に、ぐっすり眠ろう……。

 

 

 

 

 あの時は自分の胸に斑目が収まっていることに気付き、一瞬で顔に熱が生じた。

 彼に顔を上げられたら、羞恥に染まった自分の顔が見られる。それを避けるために咄嗟に強く、斑目の頭を抱えた。

 

 

 そんなことを、ぼんやりとホシノは思い出す。

 希望に続くような文章だが、その結末は知っている。当時のことを思い出し、頬を紅潮させる気にもなれなかった。

 

 無機物のような目で、機械のように腕を動かしホシノはページを捲った。

 

 

 

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 ユメ先輩ごめんなさい。

 小鳥遊さんごめんなさい。

 

 やっぱりあの時、自分はここから立ち去るべきでした。2人の優しさに甘え、判断を誤りました。本当にごめんなさい。

 もう時間は取り戻せないけど。あの頃には戻れないけど。

 

 アビドスは僕が守ります。命に換えても守ります。

 それが最期に僕が出来ることです。

 どうか僕を許さないでください。ずっと恨んでいてください。

 

 

 

「それは、私が言うことだよ……斑目」

 

 

 ひたすら謝罪と後悔が綴られているページを見て、ホシノはポツリと呟く。

 

 許さないでほしい。恨んでほしい。それは自分が彼に言うべきことだ。

 

 もし斑目が自分に対して、負の感情を抱いてくれていたのなら。

 彼は身体を黒服に差し出さなかったかもしれない。自分達を大好きでいてくれたがために、今に至っていると考えると……。

 

 

 皮肉にも程がある。ホシノの瞳から涙がこぼれ落ちた。

 

 

 そのまま日記に付着した、乾いた血を撫でる。

 

 

 

「こんな怪我もさせたのに……本当に、バカだよ、斑目はさ……!」

 

 

 

 この後も、日記の中で斑目がいかにアビドスを大切にしていたかが記されていた。

 

 

 

 

 ああ。ああ。ああ。

 今迄の自分はどうかしていた。

 何でこんな輝かしい思い出を忘れかけていた?

 どうしてこうなったか?

 

 

 アビドスを救うためだ。それしかないだろう。

 

 

 小鳥遊さん、ユメ先輩。ごめんなさい。

 もう二度と、どんなことがあろうと貴女達との思い出は薄れさせません。

 

 

 

 

 

 

 僕に力をくれてありがとう。大好きな人達。

 お陰で僕はまた、守るために戦うことができます。

 

 

 

 

 それを見るたび。

 

 

 

 

 ……此処に来てから、結構時間が経ったのだと自覚した。

 黒服さんが見せてくれたのは、今のアビドス高等学校の動画だった。多分、盗撮。

 そこには、小鳥遊さんだけじゃなくて、知らない女の子達が四人も映っている。

 

 小鳥遊さんは髪の毛が伸びていた。ユメ先輩を思い起こさせるような恰好で、自堕落な姿を見せる彼女を見て、そのギャップに笑みを溢すのと同時に……悲しくなった。

 

 

 

  ……やっぱりまだ引き摺ってるんだ。ごめんなさい、小鳥遊さん。僕はあんなに大好きだったのに、ユメ先輩をちゃんと覚えてることさえ、できなかったよ……。

 

 

 

 シロコちゃん。ノノミちゃん。アヤネちゃん。セリカちゃん。そして小鳥遊さん。 

 皆、アビドス高等学校で笑顔を浮かべている。まるで僕と小鳥遊さんとユメ先輩が過ごした時間のように、眩しくて暖かい光景だ。

 

 

 

 

 

 ぼくもそこにいたかったな。一人は寂しい……。

 

 ああ、神様お願いします。どうか彼女達の日常が失われませんように。

 僕の母校から、笑い声が絶えず響いていますように……。

 

 

 

 ホシノの心が締め付けられた。

 暗くて、地上から完全に遮断された狭い世界で。

 弱音を書くことすら、自分に許さず。

 

 一人ぼっちで、辛い記憶を忘れようともしないで実験に耐える日々。

 

 その苦痛はそう易々と想像できるものではない。にも関わらず、恨みを抱くどころか自分達の幸福を祈ってくれていた。

 

 

「ぐずっ……ずずっ」

 

 

 その事実に、ホシノは顔を歪ませる。

 涙と鼻水を流し、せめてもの抵抗で声は抑えて泣いた。

 

 ふと顔を上げると、自分とユメと斑目が映る写真が目に入る。ホシノにとってその幸せだった光景は眩し過ぎた。

 

 光によって、醜い自分が露わにされているようで耐えきれず、俯く。自然と次の文が見えて、ホシノは目を見開いた。

 

 

 

 もう僕には、小鳥遊さんに顔を合わせる資格がない。

 このまま、消えてしまいたい……。あの傷のように……。

 

 

 

 『あの傷』。ホシノは簡単にその意味を察した。

 それは自分が付けてしまった、肩の傷だろう。

 

 事前に黒服が言った通り、消えたようだ。

 日記で出てきた、斑目を用いた黒服の研究目的である『自分達と同位の存在にする』も合わさり、ホシノは呟く。

 

 

「っ常人離れした再生……斑目は研究で、その特性を手に入れた……?」

 

 

 ここで疑問が生じる。

 

 

 なら、果たして斑目は、本当に死んだと言えるのか?

 

 

 確かに彼は自殺したのだろう。

 だが、浴槽に斑目の死体はない。よく考えれば、あれだけの出血をしたにも関わらず、現在も『顔無し』として活動を継続している。

 失血死であるのなら、その時点で身体は死に絶えて動かない筈だ。

 

 そうなっていないということは、死より先に致命傷の再生が終わったのではないか。

 

 

「それなら、斑目は一体……」

 

 

 どうなったのか。

 そのホシノの疑問に答えるように、日記に『ある文章』が書かれているのを見つけた。

 

 

 

 

『ご苦労様』

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 何だ、これは。斑目の文字とは違う、見知らぬ文字。

 ホシノは自分の口から、地の底に響くような低い声が出たことを自覚する。

 

 斑目の思い出、葛藤、苦しみ、足掻き。

 日記には正に、彼の生きた道が綴られていた。それに対して『ご苦労様』とは何なのか。

 

 斑目の人生はその一言に片付けられるものではなかった。まるでその人生を嘲笑われたように感じる。

 

 

「成程……確かにこれは、悪霊かもね」

 

 

 そこで思い出すのは、黒服の話だ。

 『悪霊』。彼が自殺する直前に、斑目に見えるようになった存在。

 

 非現実的な話だが、それを言うなら斑目の再生力も同じだ。つまり簡単に否定すべきでない。

 

 

(傷を無くして傷心中の斑目に、悪霊は取り憑こうとした。それを恐れて斑目は脱走して、自分が自分で無くなる前に自殺を試みた……けど死にきれず、悪霊に斑目の魂が負けたと考えれば、今の状況に説明がつく……!!!)

 

 

 『ご苦労様』という言葉は、無駄な努力となった斑目に対する文字通りの嘲笑に思えてきた。

 そして恐らく、その悪霊は……斑目の中にいる。

 

 つまり、『顔無し』。彼が悪霊そのものなのだ。

 

 

 

 

 

(……でも、『顔無し』君は私達のために尽力してくれた……。私にも優しくしてくれたよ?)

 

 

 私達の信頼を得るためだよ。悪意を隠して、油断したところで背後から喰うつもりなんだ。

 

 

(何のために?)

 

 

 さあね。悪霊なんだから、人を襲うのに理由なんてない。信頼してた人間が絶望する顔が好きだからとか、いくらでも考えられるけど。

 

 

 

 

 今迄『顔無し』と過ごしてきたが故に、彼を信じたい心。

 黒服の話とこの部屋での出来事が重なり、彼を悪霊とする心。

 

 二つの相反する心が、ホシノの中でぶつかる。それに決着は着きそうにない。

 

 

 ないのなら、直接問いただす。ホシノはそう選択した。

 言い逃れは許さない。嘘も許さない。

 

 ホシノは逃げ道をなくすため、その日記を手にする。

 

 

「? アヤネちゃん……?」

 

 

 その時、身に付けている携帯端末が音を鳴らした。

 何かと見てみると、アヤネからメッセージが届いている。

 

 内容は、ゲヘナの風紀委員会と一触即発状態になっていること。その前に、『顔無し』が風紀委員会の砲撃に被弾したということだった。

 

 

「……」

 

 

 証人は多い方がいいだろう。仮に『顔無し』が悪霊だとすれば、その危険性を知る者が多くなればなる程良い。

 

 ホシノは玄関まで進み、靴箱の上に置いてある生徒手帳に映る斑目に、顔を向ける。

 

 

 

「待ってて斑目。今度こそ、あんたの笑顔を取り戻して見せるから」

 

 

 

 そう言って、ホシノは斑目の部屋から出て行った。

 生徒手帳に映る斑目は、笑顔を浮かべている。まるでホシノの背中を見て、応援しているようであった。

 

 




以上、ホシノの斑目部屋ツアーでした!
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