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家族と旅行に行っておりました……! 一日遅れで済んだので、許してつかぁさいッッッ!!!
黒服が見せてきたそのページには、一人の少年が風呂に浸かるイラストがある。
それを『
「この現象を引き起こすのに必要な条件は、三つあるとされています」
「一つ、古来より異なる世界を繋ぐ役割を持つ・異界への入り口を為すとされた『水』」
「二つ、その行いの対価となる『血液』」
「三つ、触媒となる『願い』」
それによって為されるのは。
言ってから、黒服が『顔無し』に目を向ける。
「『並行世界への干渉』です。一つでも欠けていたら、成されなかった奇跡」
「この本では、数滴の血液と引き換えに異世界人を数分、自らに憑依させコミュニケーションを取るとあります」
「しかし今回の場合は違う」
ククッと黒服が笑みを溢した。
それには、素直にこの状況を作り出した斑目に対する称賛が含まれている。
何故なら今から挙げる事柄は、彼でなければ出来なかったことだったから。
「対価は人一人分以上の血液。それは憑依の時間を無制限にした」
普通の人間なら、血を出し切っても傷口は治らず、ただの死体が出来上がる。
だが彼は血を出し切っても死なない身体だ。狙ったわけではないだろうが、結果的にそれが今の状況を作った。
「最後までアビドスを思い、恐らく彼は眠りにつくまで願い続けた。自分が持たないものを持つ、理想の自分を」
人間離れした能力を持ってしまった自分。
アビドスの敵になるのを防ぐためにその首を掻き切ったが、それでも大切な場所を守りたいと願い続けた。
「その結果、呼ばれた。卓越した身体能力と戦いを恐れない精神を持つ……ユウさんの理想に最も近い貴方が」
「恐らく名前も近いのではないでしょうか? だから貴方が選ばれた。身体能力が高く、好戦的な人は他にもいるでしょうし」
黒服はジッ……とこちらを見ている。答えを聞きたいのだろう。
『顔無し』は溜息を溢す。
……別に教えて不利益なことはない筈だ。
名前を教えたら元の世界に帰れなくなる、とか聞いたことがあるが『自分には関係ない話だった』。
「
「ククッ……ありがとうございます。お名前も近い」
黒服は気分が良いようだ。しばらくの間、肩を動かして笑っている。
何がそんなに嬉しいのか分からなかった。
眉を顰める『顔無し』に気付いたのか、黒服は謝罪する。
「失礼、つい。異世界人とやり取りできることは貴重ですので、嬉しくて」
「そんな反応される程、大した人間じゃないんだけどな……俺は」
運動神経が良いというのは否定しない。実際、身体を動かすのは好きだ。肉体が追いついていれば、イメージ通りの動きも、初めて見る動きも感覚的に出来た。
しかし、それだけ。
社会に出て、仕事を始めて、それが役に立ったことはない。せいぜい会話のネタになる程度だ。
黒服は首を振る。
「私はそうは思いません、貴方は大した人間だ。何故ずっと平常でいられるのか、気になっていたのですよ」
「……」
目の前の異形が意地悪い笑みを浮かべていることが分かった。
きっと踏み込んでくる。『顔無し』は黙って、続きの言葉を待った。
「ユウさんは貴方を殺したも同然だ。なのに何故、彼の味方で居続けられるのです?」
「……」
『顔無し』はその言葉を、否定しない。
それは事実であるから。
「ユウさんは浴槽の水を媒介にした。であるならば、対象である貴方も浴槽にいた筈」
「意識がここにある貴方の身体は力を失うでしょう。眠っているも同然の状態で、鼻や口を介し水が侵入してもどうもできない。その結果」
割り込むように、『顔無し』が言う。
「溺死する、だろ?」
「はい。だから、『ユウさんが貴方に乗っ取られた』わけではない。『貴方が、ユウさんに憑依をさせられた』のです」
黒服の推測は正しかった。
実際、『顔無し』はこの世界に来る前に自室の風呂に入っている。
……人目のあるプールや彼の実家の風呂なら、このような結果にはならなかったのかもしれない。
開口一番のセリフが『風呂の意味ねぇじゃん』だったのは、先程まで自分が入っていた温かい風呂との対比だった。
『顔無し』は黒服を見る。
「成程。その本を持ってったのはそのためか」
「はい。これはホシノさんの推測を否定する材料になります。そうなればこのように孤立させられず、お話が叶わないかと思いまして」
「んな回りくどいことしなくても、普通にしてやったよ。とはいえ、俺も助かった。それで罪悪感を抱いて、委員長が戦意を失えば大幅な戦力低下になるからな」
黒服は黙って話を聞いていた。
純粋に疑問に思ったのだ。だから、彼は尋ねる。
「全てが終わったとして、貴方の帰る場所はない。肉体は既に死んでいるのだから。さらにその張本人の身体を好きなように出来る状態にある」
「なのに何故、貴方は彼のために戦える? 本来交わらない世界の、アビドスの生徒やシャーレの先生のために戦える? 何故何故何故何故?」
問いに対し、『顔無し』は端的に答えた。一切の迷いを見せず、はっきりと。
「憧れたからだ」
「ほう……憧れ、ですか?」
黒服は予想していなかった答えに、そう復唱する。
『顔無し』は俯き、話し始めた。さながらその姿は、罪を告白する者のようだ。
「昔は、他人を思いやることが出来ていた。困っている人がいたら声を掛けられた、自分より他人を優先することが出来ていた」
「大人になるにつれて出来ることも増えたさ。でもその分、今迄出来ていたことが出来なくもなった」
知識。運動能力。成長するにつれて、身に付けるそれらはより高度になっていった。
だが成長は良いことばかりではない。主に内面が劣化していくように感じた。
「思いやった結果、体よく使われることもあると気付いた。その結果、思いやることが難しくなった」
「困っている人を見掛けても、自分の時間や都合を守るようになった。見て見ぬふりをした」
「他人を優先した結果、ただ自分が損しただけの時も沢山あった。正しいことの筈なのに、損を避けて自分のことだけを考えるようになってしまった」
正直、自分の人生は悪いものではなかったと思う。
そこそこ有名な大学に進学できたし、知名度はないものの定時で帰れて、社会人一年目で賞与が50万円以上貰える企業に就職できた。
しかし幼い頃と比べ、充実感は得られていない。
理由は分かる。子供の時に出来ていた、馬鹿正直に生きることが出来ていなかったから。
そんな中、出会ったのだ。
厳密には出会っていないが、日記でその存在を知った。
斑目ユウという存在に。
「俺は……高校生は大人と子供の中間だと思っている。その頃から嫌なことを知って、悪い意味で大人に近付く奴等も見てきた。俺自身、自信を持ってその一部に含まれていないとは言い切れない」
でも、と『顔無し』は続ける。
「斑目は違った。あいつは最後まで自分の意思を持ち続けた。環境や周りの大人に負けず、腐らず、最後まで馬鹿正直にアビドスを救おうとした。自分が犠牲になることも顧みずに」
実際にその姿を見たわけではない。それでも日記から想像することは出来る。
眩しかった。嫉妬といった負の感情が生じない程に、清々しい。
『顔無し』の鉄面皮のような顔にも変化が現れている。うっすらと目尻が落ち、口角は上がっていた。
尊いものを見たかのように、微笑んでいたのだ。
そんな彼を見て、黒服は少々意地悪な質問をする。
「……では『顔無し』さん、ユウさんに恨みは全くないと?」
「ないね。斑目は被害者だ。怒りを向けるとしたら、大元の原因であるカイザーグループだろうよ。寧ろ感謝してるぐらいだ」
「感謝……?」
斑目ユウは『顔無し』に対し、殺意を持っていたわけではない。
当然だ。名前も顔も知らない相手に向けられるものではないし、そもそも彼は殺意を抱くような人間ではなかった。
斑目は間違いなく自殺するつもりだったのだ。人間離れした身体を持った自分が、大好きなアビドスの脅威になるのを防ぐために。
だが自殺してから意識を失う刹那の瞬間、願ってしまった。
自分に出来なかったことを、いるかも分からない理想の自分が叶えてくれることを。
その結果、『顔無し』である彼は死んだ。それなのに感謝とはどういうことなのか。
黒服の復唱に、『顔無し』は頷いた。
「ああ。今迄、世間体、法律を気にして思うままに動けなかったが……ここに来てからは自由に生きれた。最後に巨大な悪に対して、ドンパチやれてそれが今際の善行になるんだ。感謝しかないだろ」
「ククッ……貴方達は、お互いに生まれる世界を間違えたのかもしれませんね」
身体能力は低く、心優しく暴力を振るえない斑目ユウ。
対して、身体能力が高く、好戦的な本性を持つ『顔無し』。
前者は弾薬が飛び交う世界に生まれ、後者は争いの少ない世界に生まれた。これを生まれる世界が間違えたと言わずして、何と言う。
「俺はそうは思わないが……まあいい。雑談はここまでにしておこう」
それの肯定は、自分と斑目の人生の否定することだ。
今まで積み上げてきた時間と人との繋がりをなかったことにするのは、最大の冒涜である。
『顔無し』がこの考えを話さなかったのは、話が長くなりそうだったからだ。これから哲学的な話をするなんて冗談じゃない。
彼が立ち上がると、黒服が声を掛ける。
「行かれるのですか? ……カイザーPMCに」
「ああ。お前の話から、ある程度の作戦は立てれたからな。これで確実にケリをつけるつもりだ」
金属の棒を背負い、歩き出す『顔無し』だがその足を止めた。
短い声を出してから振り返る。
「っと……その前に、やっておくことがあった。黒服」
「何でしょう? 『顔無し』さん」
座りながらこちらに目を向ける黒服に、『顔無し』は立ったままあることを頼んだ。
「やっぱりあと15分程ここに居させてくれ。それとビデオカメラ3台とUSBメモリを一つ貰えるか? 悪いが返却はできない」
「クククッ……構いませんよ。お話に付き合ってくれましたしね。前者に関しては、『細工が必要ですよね』?」
「察しが良くて気持ち悪いが……助かる」
それから『顔無し』は言った通り、15分程黒服の部屋に滞在した。
ビデオカメラ三台は黒服に預け、彼はUSBメモリと得物である金属の棒を持ち、駆け出す。
行き先はアビドス砂漠にある、カイザーPMCだ。
そして……。
「ッ。先生! 先輩の姿を確認しました! 予測された行き先は……アビドス砂漠……!?」
「ッ。ヒナ然り、『顔無し』然り……やっぱりアビドス砂漠には何かがあるみたいだね」
その姿をアビドス対策委員会は捕捉した。
先生の指示のもと、彼女達もアビドス砂漠へと向かう。
再会の時は近い。
以上が『顔無し』についてですね。
次からまたホシノとか可愛い子達を曇らせてェなァ……。