憑依in実験体のアビドス生徒   作:改名

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ここからはエピローグです。
エピローグなのに2.3話かかりそうですがご容赦くださいませ。
ではどうぞ。


エピローグ
1.残された者達の世界


 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りが静まった。

 白い空間の中で、もう自分の息遣いしか聞こえない。送り出した子の姿はもう見えなかった。

 

 

 

「……行ったか」

 

 

 

 無事に帰れたのか。

 今後、問題なく生活ができるのか。

 それを確かめる術はない。

 

 

 だからせめて、今後彼が自分の人生を送ることができることを祈る。

 

 

 

 ここに取り残された、間平悠ができるのはそれだけだった。

 

 

 

「さて、この後どうなるのかね……」

 

 

 

 間平としての希望は、ここを去ることだ。

 

 顔無しだった時、斑目の魂が残っていたためヘイローは固体化していた。そしてこれから、その立場は逆転することになる。

 

 自分とは違い、好戦的でない彼に一撃致死の弱点などあるべきではない。

 だから消えるつもりだった。そうすることでヘイローは物理的な干渉が不可能になり、斑目が生きれる可能性が上がるのではないかと。

 

 

 

(とはいえ、やっぱ身構えちまうなぁ)

 

 

 

 間平の吐き出される息の速度は遅い。

 速くなった脈拍を抑えるために、意図的にしている。

 

 やはり人間は未知の経験に対し、少なからず恐れを抱くようだ。

 

 意識のある状態で、死の先の確実な終わりへと近付く。

 いつ来るか分からないそれに、冷や汗が垂れた。

 

 

 

「……お」

 

 

 

 声が漏れる。身体に異変が訪れた。

 何か、見えない力で引っ張られるような感じがする。

 

 抵抗する気はなく、脱力した間平の身体は簡単にその場から動いた。

 透明人間になったように、実験室を通過する。辺りは暗闇だ。

 

 魂という内容物をなくした実験室は、ひび割れて形を無くしていく。

 これで、ヘイローが固定化されることはない。

 

 

 

「しっかし……」

 

 

 

 塵になりつつある、その場所はもう遠くにあった。

 間平が何らかの力で遠ざけられているからだ。溜息を一つ吐く。

 

 

 

「成仏ってのは、随分とまあ強引なんだな」

 

 

 

 光に包まれて静かに消えることを想像していたが、思いの外アクティブだ。

 引力が働いているかのように、ぐんぐんと速度を上げて身体……いや魂がどこかに向かっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで誰かの意思によって行われているかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病室の外の廊下にあるベンチクッションに、先生は座っていた。

 

 その表情は決してよくない。まるで判決を待つ囚人のように、俯いて目を瞑っていた。

 

 

 この時、病室で数秒の物音がしたのだが、先生は気付かない。

 

 

 反応を示したのは、引き戸が開けられる音だった。

 先生がそちらに顔を向けると、自分がこの場に呼んだチナツが病室から出てきたところだった。

 

 

 

「チナツ……どうだった?」

 

「……」

 

 

 

 先生からの問いかけに、目を瞑り首を振る。

 彼女は先程まで、ベッドで寝る彼と問答を行っていた。その結果を、報告しに来たのだ。

 

 

 

「……結論から言います。彼はもう、私達の知るあの人じゃありません」

 

「! ……そっ、か」

 

 

 

 何となく、察してはいた。

 だがそれが現実で、このように生徒から直接言われると堪える。

 

 

 

(やっぱり、チナツだけを呼んで正解だった……)

 

 

 

 目覚めたことで様子を見に来た医師から、待合室にアビドス対策委員会とゲヘナの風紀委員会、そして便利屋68とヒフミといった生徒達がいることを聞かされた。

 

 皆、その表情は優れていないようである。

 医師からはすぐに、目覚めたことを報告して、安心させてあげなさいと言われた。

 

 だが先生はそれを断り、チナツだけを呼ぶように頼んだ。

 

 先延ばしにしかならないことは分かっている。でも、再会してすぐにこの現実に直面するのは……あんまりだと思った。

 

 自分と同じ苦しみを、生徒にも味わわせたくない。どちらも嫌だが、前置きがあった方が幾分か、マシな筈だ……。

 

 

 

 

「それはもう、記憶を完全に無くしたってこと……?」

 

「いいえ」

 

「え?」

 

 

 

 彼の反応から、てっきりそう思っていた。

 だからチナツから飛び出た否定の言葉に、先生は驚きから短い声を上げる。

 

 チナツは眉頭を寄せた。

 

 

 

「私も何故かは、正直分かりません。ですが彼の記憶は……過去で止まっています」

 

「アビドス高等学校二年生の斑目ユウ。そう、私に名乗りました……」

 

「自分は自殺した筈だ。どうして生きているのか。このままじゃ皆が危ない」

 

「そのまま舌を噛み抜こうとしたので、反射的に私の腕を噛ませました。怯んだ隙に精神安定剤を打ち込み、今は眠っています」

 

 

 

 チナツの衣服の腕の部分には、噛み跡とその形に染まる少量の唾液が含まれている。

 それを見た先生は目を丸くした。物音があったことに気付いてなかったのだ、それも仕方ないことだった。

 

 

 

「え!? それ、大丈夫……? というか、そんなことがあったんだ……私、気付かなかった……ごめん」

 

「いえ、そんな……先生は回復したばかりですし、まだ精神的に心配な面もあります。あまりお気になさらないでください……私も怒っていませんし」

 

 

 

 怯んだ際、チナツは驚きの他にこちらに対する罪悪感を斑目が向けたことを思い出す。

 本当に自分の舌のみを噛むつもりだったのだろう。こちらに害意はなかった。

 

 だから、チナツは怒らない。

 こほん、と咳をし話を再開する。

 

 

 

「『顔無し(ノーネーム)』さんは脳を完全に破壊されました。しかしその後、再生してまた新しい脳が作られた」

 

「それは記憶も何もない、真っ白な脳……本来なら記憶も何もない筈です」

 

「しかし何らかの原因で、斑目さんが自殺を試みた直前の状態の脳になった……そういうことだと思います」

 

 

 

 分からないことだらけだ。だが一つだけ、明らかなことがある。

 過程はどうあれ、結論は一つだ。

 

 

 『顔無し』は既にいない。

 代わりに本来の身体の持ち主である、斑目ユウが病室の中にいる。

 

 その事実が今更になって、先生の心に重くのしかかった。

 

 

 

「そっか……じゃあ『顔無し』はもう、いないんだね……」

 

「……先生」

 

「っ寂しいけど……私は、笑ってあげないと。だってこれは、『顔無し』が望んでたことで……! それを悲しんじゃ私は、その思いを否定することになる……ッ」

 

 

 

 チナツは先生の肩に手を乗せ、優しく摩る。

 

 下手な同情の言葉は、余計先生を傷付けるだけだ。

 

 一番近い距離で『顔無し』と接していたのは先生である。

 先生の発言を聞き、チナツは難しい立場だと改めて思った。

 

 

 本当は誰よりも泣きたいであろうに、先生という立場も守らなければならないなんて……。

 

 

 

「……今日はもう、待合室で待つ皆さんにこのことを話したら……帰りましょう。それが私達のためにも……斑目さんのためにもなります」

 

「今は……全員、心を整理する時間が必要です」

 

「……うん。そうだね」

 

 

 

 心の整理……それは確かに必要だった。

 

 こんな話を聞かされたら、特に『顔無し』と親交が深かった生徒達は病室に雪崩れ込むことだろう。

 

 

 そして彼を目の当たりにすることで……どんな反応を見せるか分からない。

 少なくとも、好ましいものではない筈だ。

 

 またその中には対策委員会も含まれる。

 

 チナツとの問答でさえパニックを起こした斑目が彼女達の姿を見た時、どんな反応を示すのか……それも計れない。

 

 

 

 故に、時間が必要だと言える。

 残酷なことだが、毒を慣らすように……じっくりと時間をかけて現実を受け入れる。必要な処置はそのように思えた。

 

 

 

「病院の方には、斑目さんに注意するよう私から伝えておきます……流石にこれ以上、死なれるのは嫌ですから」

 

 

 

 チナツの言葉に、先生は力無く頷いた。

 その後、待合室に先生が現れ、深刻な空気が霧散する一同。

 

 だがその後、彼女達がどのような顔で病院を去って行ったのか……それはわざわざ、言葉にしなくてもよいだろう。

 

 

 

 

 

 

「……ククッ」

 

 

 

 

 

 誰もいなくなった廊下にて。

 病室にいる斑目を視界に収めた後、黒い影は笑みを溢し、姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あー、あー。もしもーし。聞こえてるか?』

 

 

 

 後日のこと。

 呼ばれた先生を含めた、アビドス対策委員会の部室と、便利屋68のオフィス、ヒフミの部屋に『顔無し』の姿が映された。

 

 映像越しで見る彼が動く姿。つい先日まで当たり前のように見えていたが、今は見れない幻影。

 その現実を改めて突きつけられ、全員が涙を溢す。

 

 だが食い入るように映像に意識を向けた。彼の発言、一言一句見逃さないように。動く彼を、焼き付けるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

『まず言いたいことは一つだ』

 

『おめでとう。お前達は、間違いなくハッピーエンドに辿り着けた』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 は、とヒフミが声を漏らす。

 

 彼女だけではない。

 ビデオを見る、全員が彼の言うハッピーエンドという単語に反応を示した。

 

 

 この結果の、どこがハッピーエンドなのだと。

 映像に映る、貴方が消えたと言うのに。

 

 

 その疑問に対し、映像の中の彼は答える。

 

 

 

『というのも、このビデオが届くには条件がある』

 

『一つ。カイザーがお前達の手によって倒されたこと』

『一つ。お前達全員が生還していること』

『そして最後に……俺が消えて、斑目が身体に戻ってることだ』

 

『最後の条件がある以上、俺は前の二つを確認する術はないが……そこはまあ、私的な知人に頼んである』

 

 

 

 

「「……黒服」」

 

 

 

 先生とホシノが同じタイミングで呟く。

 

 『顔無し』の背景に映る部屋のインテリアに見覚えがあった。そこから黒服と結びついたのだ。

 

 映像の『顔無し』は脱力し、ソファに身を預ける。

 

 

 

『どれか一つでも欠けていれば、このビデオは届いてない。内容が未来を託す感じだからな』

 

『前者二つならお前達は……きっとお通夜状態だろ? 巨悪に負けたり、身近な人間を亡くしてんだ。未来を見ろって言う方が難しい』

 

 

 

「……あんた自身が、死んでんじゃない。バッカじゃないの……っ!」

 

『ああ、因みに俺はノーカンな。そもそも、ここでの死=俺の死とは言い切れないし』

 

 

 

 セリカがしたような反応を予見していたのだろう、『顔無し』はそう言った。

 その言葉に、全員が目を見開く。

 

 

 

『俺の知る物語に、高校生が凄い過去にタイムスリップするものがあってな。ここみたいな物騒な世界だ。そこでは死んだ人間は、元の時代に記憶を持ったまま戻っていた』

 

『先生やアル達には言ったが、俺は異世界からきた人間だ。つまり同じような事象が起きても不思議じゃない』

 

『物語と現実は違う。そう思うか? ……それを言い出したら、俺が体験したお前達との、物語のような日々はどうなる? ……まあつまり、簡単に否定するなってことだ。俺が元の世界で生きてる可能性も十分ある』

 

 

 

 そうは言っても、彼女達の表情は晴れない。

 彼が無事に元の世界に戻る姿を見たわけではないし、最後に見たのがその頭蓋が爆ぜた姿なのだから……。

 

 

 

『あと俺が消えてなかったら、これはただの公開処刑だからな。すぐ停止しろ』

 

『あと逃げる俺を追いかけないでくれ。特にケモ耳ちゃん。お前は率先して捕まえに来そうだ。それで再生するなよ。俺が羞恥心で死ぬ』

 

 

 

 バツの悪そうな表情を浮かべる『顔無し』。

 久々に見る人間臭いその仕草に安心を覚えた。

 

 きっと湿っぽいのが嫌いなのだろう。

 だからこのように、笑わせにきているのだ。

 

 その優しさを無碍にするのは、どうかと思った。アヤネは涙を流しながらも、頬を緩ませた。

 

 

 

「名指しされてますよっ……。シロコ先輩っ」

 

「ん。公開処刑してやりたかった」

 

「分かります。その時は、私も参加してました☆」

 

 

 

 少しだけ和やかになる対策委員会の部室。

 だが無理矢理といった感じだ。決して、心の底から安寧を感じているわけではないことが分かる。

 

 映像の中の『顔無し』は一度咳をし、話を戻した。

 

 

 

 

 

『本来いたべき人間が戻り、いないべき人間が元の鞘に戻る』

 

『どうだ? ハッピーエンドだって言えるだろ?』

 

 

 

 

 

 成程。

 そう聞くと、確かにハッピーエンドとも言えなくはない。

 

 だがそれは違う。

 

 ヒフミが返した。

 心穏やかな彼女が目尻を吊り上げ、顔を上げる。その勢いで涙が弧を描いて床に落ちた。

 

 ここが自室だということを忘れ、映像の『顔無し』に叱責するように大きな声を上げる。

 

 

 

 

 

 

「違います!!!!!」

 

 

「ハッピーエンドっていうのは、もっとこう、大団円で、誰も欠けてちゃいけないんです! 皆が同じ場所で、笑顔を浮かべていないといけないんです!」

 

 

「異世界とか、元の世界とか分かりませんけど……勝手にお別れの言葉もなしにさよならは、私が知るハッピーエンドじゃありません!!」

 

 

「ハッピーエンドならっ……帰る手段が見つかって、それまでに時間の猶予があって、『顔無し』さんと皆さんが出会いから今迄の思い出を語り合って!」

 

 

「最後は笑顔で『さよなら』を伝え合う。そうじゃないといけないんです! その後何やかんや、交流できる手段が見つかって関係が続く。そういうのを、ハッピーエンドって言うんです……!!!」

 

 

 

 

 

 

 耐えきれず、ヒフミは顔を抑えて泣く。

 この場に『顔無し』がいたら、きっと話を止めてヒフミを気遣う。

 

 だが映像の彼は、優しくなかった。

 話は続く。彼が消えたという世界の前提の話を。

 

 

 

『この映像は未来を託す。そう最初に伝えたな』

 

『というのもこのビデオを届けるのは、俺が思う、個人的に親交が深くてアビドスの件を深く知る者だけだ』

 

 

 

 あのゲーマーは、斑目関連のことを知る機会はないと思うからな。

 そう『顔無し』が溢す。

 

 誰のことかは分からなかったが、全員がその者に同情した。

 その子は知り合いが姿を消したことに気付くことなく、これから過ごしていくのだろうと。

 

 『顔無し』が後頭部を掻く。

 

 

 

『先生含め、アビドス対策委員会。まずは先生』

 

「っ。なぁに?」

 

 

 

 『顔無し』の呼びかけに、先生はいつものように答える。

 涙を拭いながら、無理矢理な笑顔を浮かべて。

 

 

 

『お前と会えてよかった。この結果に辿り着けたのは、間違いなく先生のお陰だ。本当に感謝している。これからも、委員長達を支えてやってくれ。斑目のこともな……』

 

『あいつは俺じゃないが、きっと先生なら好きになれる筈だ。素直で一生懸命な奴だからな。斑目の人格は、俺が保証する。だからあいつが笑顔で生活をできるよう……頼んだぞ』

 

「っうん……!」

 

『あと先生の仕事量はえげつない。今だから言うが、俺は23の大人だ。散々子供扱いしやがったがな。会社で働いていた身からしてもあれは……一人でやる量じゃない。人員を増やすことを勧めるぜ』

 

「ふふっ。そういうところが、子供っぽいんだよ……! 一つ年下とは思えないっ」

 

 

 

 でも分かった。と先生は頷く。

 一瞬、彼の実年齢が大人であることに部室にいる全員が反応を示した。

 だがそれは些事たるものだ。

 

 寧ろ納得した。

 彼の言動には、妙に子供らしからぬ思考が垣間見えた。その謎が判明したのだ。

 

 

 

 

『次にアビドス対策委員会』

 

『……悪かったな。お前達が本来斑目と過ごすべきだった時間を奪ったこと、本当に申し訳なく思っている』

 

 

 

 困ったように、アヤネが言う。

 何度も聞いているような気がした。

 

 

「もう……何回謝るんですか、先輩」

 

「そうよ。それにアンタが乗り移ってなかったら、ユウ先輩の身体がどうなってたか分からないし……謝罪じゃなくて、もっと胸を張ってほしいわ」

 

 

 

 そう言ったところで、きっと彼は負い目を感じ続けるのだろう。

 

 寧ろ、思い出を残してくれたこと。共に悪い大人に立ち向かい、倒してくれたこと。感謝したいくらいだった。

 

 だが、どうやら彼が自分達に与えた物はそれだけではないようだ。

 

 

 

『あと一時期、お前達の高校に定期的に投げ込まれた金……あれ、俺が犯人だ』

 

 

 

 え、と先生とアビドス対策委員会の全員が声を漏らす。

 

 

 

『斑目の身体を使ってる以上、姿と声を変えようと、お前達の目の前に出てくることは極力避けたかった。だから遠くから支援しようと思って、考えた末の結果があれだ……まさか罠扱いされて、未使用とは思わなかったが』

 

「……ごめん」

 

 

 

 ホシノが俯いた。そして謝罪の言葉を溢す。

 純粋な好意を、無碍にしてしまっていたことを知ったのだ。

 

 だが、『顔無し』は気にした様子を見せない。寧ろ苦笑している。

 

 

 

『まあ、あの状況下では仕方のないことだよ。委員長はアビドスの最年長として、正しい選択をしたと思う。俺が同じ立場でも、定期的に投げられる大金を素直に自分達の物にしようとはしなかっただろうし』

 

『使わなかった分、結構な額はいった筈だ。だろ?』

 

 

 

 その言葉に、対策委員会の面々は頷く。

 大金が詰まったアタッシェケースは、10箱以上はあった。

 

 相当無茶な仕事を受け、毎日身体を酷使していた筈だ。

 そうでなきゃ、時間を積み立てたとはいえあんな量にはならない。

 

 映像の『顔無し』から、委員長、と呼び掛けられホシノは顔を上げた。

 苦笑ではなく、少しだけ微笑む彼と目が合う。

 

 

 

『あれは俺が稼いだ金だ……返済に使って、今迄の時間を取り戻すように、普通の学生生活を送ってほしい』

 

「っ『顔無し』くん……!」

 

 

 

 罠ではないことを知った。

 だが、あの大金を集めた彼の苦労は計り知れない。

 

 故に、その金に手を出すのは……抵抗を覚えた。

 映像の『顔無し』が、両肘を両膝に付け、両手を結ぶ。

 

 アビドス対策委員会に残す、最後の言葉だ。

 

 

 

『最後になるが対策委員会の皆……先生にも言ったけど、斑目を頼んだぞ』

 

『あいつは危なっかしいからな、記憶が失われても本質は変わってないかもしれん。変な研究やら無茶なことをしないように、見守ってやってくれ』

 

「……うん。任せて……2度と斑目を、悪い大人にいいようになんてさせないから」

 

 

 

 ホシノはそう言った。

 それは先生含めた、アビドス対策委員会の総意だ。

 

 託された意思は必ず引き継ぐ。

 斑目をどんな手を使ってでも守り抜くことを決めた。

 

 

 

『……それと俺のことは、斑目に伝えないでほしい。あいつが記憶を失ってても、失ってなくてもだ』

 

『あいつは劣等感を抱きやすい性格っぽいからな……きっと俺の存在が毒になる。そんなことを気にせずあいつには、心赴くままに、お前達との学生生活を送って欲しい』

 

『お前達も見た目は同じで中身が違う人間と接して、すぐに慣れることは難しいとは思う。けど、きっと問題ない。何たって委員長が好きになった男にして、俺が憧れた男だからな……お前達も仲良くやっていける筈だ。……斑目を、頼んだぞ』

 

 

 

 先生とアビドス対策委員会に対するビデオメッセージは、これで終わった。斑目ユウと過ごす未来を託されたのだ。

 彼女達の中に、頷いて応えない者はいない。

 

 強い意志を感じさせる力が、その瞳の中に宿っていた。

 

 

 

 

 

 場所はヒフミの部屋に移る。

 

 前半は同じだが、後半は個々に向けたメッセージとなっている。

 

 故にビデオカメラは3台だった。

 個々に向けて、別々のカメラで計3回の撮影を『顔無し』はしていたのだ。

 

 

 

『ヒフミ』

 

「っはい」

 

『ブラックマーケットに付き合うって約束、守れなくて悪かった。お前がまた1人であそこに入り浸らないか、俺は心配だ……せめてアビドスの誰かか先生、他の友達と一緒に行くようにしろよ?』

 

『……まあ、一番良いのはブラックマーケットに入り浸らないことなんだけどな』

 

 

 

 ヒフミは笑みをこぼす。

 

 とても同年代の少年の言葉とは思えない。自分を庇護すべき対象として見ていることがよく分かる。

 ヒフミに対するビデオでは、彼は自分が大人であると明かしていない。だから少し不思議に思うだけで留まった。

 

 彼女は涙を拭いながら頷く。

 

 

 

「分かりましたっ……! 『顔無し』さんともう、行けないことは寂しいですけどっ……心配を掛けないよう、必ず誰かと行くようにしますっ」

 

 

 

 ブラックマーケットに入り浸る。

 ヒフミにとってそこは変えられないようだ。ペロロが絡んだ時の彼女の行動力は目を見張るものがあった。

 

 『顔無し』がいたら呆れて、でも仕方ないと笑ったことだろう。

 

 

 

『それともし、斑目と会う機会があれば仲良くしてやってくれ。俺と全く口調も性格も違くて面食らうだろうが、優しいお前とは気が合うと思う。それにヒフミの明るい雰囲気は接しやすいしな』

 

『実際、それで俺は助けられた。ヒフミと友達になれて、本当によかったと思ってる……』

 

 

 

 ずるい……と。

 ヒフミは思った。

 

 一方的に言って、こちらの返答を聞いてくれない。

 

 その状況下であることをいいことに、当たり前のことだったから、こっちが恥ずかしくて言えなかったことを、平然と言うなんて。

 

 それでもヒフミは叫ばずにはいられなかった。

 

 

 

「私も……っ!! 『顔無し』さんとお友達になれて、よかったでず! 楽しい時間を、ありがとうございましたっ……!!!」

 

 

 

 映像の中の『顔無し』はその叫びに反応しない。

 これは録画で、既に終えたものだから。

 

 

 

『そんなわけで、これでさよならだ。元気でな』

 

 

 そう『顔無し』が手を振り上げて、映像は終わった。

 ヒフミはじっと映像を見ていたが、堪えきれずに崩れ落ちる。

 

 そして大きな声で泣いた。

 

 

 

 

 

 

 便利屋68のオフィス。

 ここでも同じように、『顔無し』が映像として彼女達の前に現れていた。

 

 思い出を振り返るように、後ろに体重を掛けて、『顔無し』は後頭部を掻く。

 

 

 

『何と言うか、お前達との関係が一番希少だよな』

 

『初対面は敵対関係で、途中から協力して、そこからズルズル付き合ったもんだ。最終的に巨大な企業を相手にするんだから……常識なんて知らない、立派なアウトローだったよ。お前達は』

 

『そんな便利屋68に、同業者としての最後の頼みだ。聞いてくれるか?』

 

 

 

 最後の頼み。

 その言葉に、アル・カヨコ・ムツキ・ハルカの表情が引き締まった。

 

 立派なアウトローと言われ、泣きながらも胸を張っていた姿はない。

 鼻を啜ってからは、組織の長としての姿がそこにはあった。

 

 

 

「ずずっ……全員、一字一句聞き漏らさないように。……友人からの、最後の依頼よ」

 

「「「了解」」」

 

 

 

 短く返す。

 そして、映像の『顔無し』が口を開いた。

 

 

 

『俺の望み通りになったわけだが、その後の世界に俺はいない。だから……俺の代わりに、斑目を頼む』

 

『会う機会はあまりないと思うがな。俺が派手に動いたせいで、犯罪組織に狙われる可能性もないとは言い切れない』

 

『もしその現場に居合わせたら、助けてやってくれ。でもって、一人で行動するなと叱ってやってくれ。特にアル。お前の叱責はよく効く、俺と同じように斑目も大人しくなるだろうさ』

 

 

 

「待ちなさい、『顔無し』! 貴方、私を母親か何かだと思ってる!?」

 

「大人しくなるぅ? ……勝手に進み続けて、消えた人がなーんか言ってるよ」

 

 

 

 アルは叫び、ムツキはポツリと呟いた。

 途中までは良かったが、最後の依頼の雰囲気は台無しに終わる。

 

 ムツキは頬を膨らませ、足をしばらく上下に振っていたが、大きな溜息を吐いて動きを止めた。

 

 

 

「しょうがないなー。託されたからには、しっかりと受け取ってあげよ。ね? アルちゃん」

 

「えっ? ええ、そうね……。もうこうなったら、荒事でも叱責でもやってやるわ。今回は、止められなかったけど……リベンジしてやるんだから! 見てなさい、『顔無し』!!」

 

 

 

 空を指差し、アルは言う。

 

 『顔無し』のことは止められなかった。

 それによって未だに残る、胸に穴が空いた感覚は忘れられない。

 

 アビドスもきっと同じだろう。そして斑目を失えば、この苦しさをもう一度彼女達は味わうことを意味した。

 

 それは認められない。『顔無し』もきっとそう言う。

 だから便利屋68は決めた。

 

 

 

 

 赤の他人なぞ関係ない。

 もし目の届く範囲で、斑目ユウに危機が迫っていたら。

 

 

 その敵を排除することを。『顔無し』が残した子を守ってみせると。

 

 映像の中の『顔無し』は手を上げる。

 彼女達の反応を見たわけではない。

 

 だがその意思を確かに見たように、安心したような表情を浮かべている気がした。

 

 

 

 

 

『俺からは以上だ。じゃあな』

 

 

 

 

 そして便利屋68のオフィスでも、映像として残っていた彼は消えた。

 

 

 

 

 数秒後のことだ。

 シロコがあることに気付く。

 

 

 

「ん……また、『顔無し』が出てきた」

 

 

 

 一度切れたビデオに、再び『顔無し』が映った。

 それはアビドス高等学校だけでなく、ヒフミの部屋、便利屋68の部屋でも起こっている。

 

 全員がこのビデオを大切に保管しようと思っていた矢先のことだ。

 もう二度と見れない、彼の姿を残すために。

 

 

 

 だが、それを『顔無し』は許さなかった。

 

 

 

 

 

『因みに』

 

『万が一、これを斑目が見ることのないように』

 

『このビデオは、数秒後に壊れる細工がしてある。今のうちに消火器を用意しとけ』

 

『じゃあな』

 

 

 

 え、と全員から掠れた声が出る。

 それと同時に、小さな爆発音と共にビデオが小さな火に包まれた。

 

 

 

「そんな……っ」

 

 

 

 先生は肩を落とす。

 ここでようやく、彼が自分といた証明となる物がないことに気付いた。

 

 時間が経つにつれ、きっと自分は彼の顔や声を忘れていく。

 斑目ユウと過ごすたびに、上書きされていく。

 

 

 先生としては失格だが、それが酷く恐ろしく感じた。

 後悔が溢れ出す。

 

 

 

 

 

 もっと一緒に写真を撮ればよかった。

 もっと話をすればよかった。

 思い返せば、彼の本当の名前を聞けてもいない。

 

 先生は気付く。

 

 

 

「私、『顔無し』のことっ、何も知ってない……!!!」

 

 

 趣味も好物も、何もかもだ。

 ただ彼の性別と呼称だけを知っている。傍にいるのが当たり前だという甘えがあったから。

 

 

 残っているのは……彼の使っていた、金属の棒だけ。

 

 ヒフミはペロロの被り物を、アビドス対策委員会はアタッシュケースに入った大金を、便利屋68は彼の仮面と黒い衣服を。

 

 全て彼の顔を思い浮かべるには物足りなかった。

 そのことに後悔しつつ、彼女達は燃えるビデオの消火に取り掛かるのだった。









黒服「大変でしたよ。物流業者の手配、火事にならない程度の爆発物の細工は……クックック」
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