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次でアビドス編が終わりかぁ……。
感慨深いな。
斑目ユウの胸中は複雑であった。
喜びもあるが、悔しさもある。
嫉妬もあるが感謝もあり、無力感もあった。
「君が眠っていた間の出来事は、こんなところかな」
「そう、ですか。あの理事が黒幕で……先生達が、やっつけてくれたんですね」
「うん。だから安心してほしい。少なくとも、君を洗脳しようとする奴等はいないし、私達がさせない」
その要因はベッドの傍にある椅子に座っている、先生である。
彼女が今、ここにいるのは斑目の様子を見に来たからだ。
病院から自殺衝動が治ってきたとの連絡で赴いた。
(ホシノ達にも連絡を入れたし、少しでも和やかな空気にしておきたいけど……)
勿論、アビドス対策委員会にもこのことを伝えてある。
きっと数時間後には、この病室に来ているはずだ。
だが仮に話すとして、彼には対策委員会にはない空白の時間がある。
これを埋めない限り、スムーズな会話はできない。
だから先生は『顔無し』の存在を伏せ、これまでの話をした。
君を脅かすものはいないのだと。
「……ありがとう、ございます。本当に」
(声が固い……! 『
斑目は俯き、その声は震えていた。
先生は自分の話し方が悪かったのかと思い、口の端を引く。
実際その考えは近い。
斑目からしたら、先生の話を総括すると簡単に纏められる。
彼女が来て、ユメ・ホシノ・自分では知り得なかった真実が次々と浮き彫りになった。
そしてホシノ達の信頼を勝ち取り、対策委員会を纏め巨悪を打ち倒した。
アビドスが救われたことには喜んでいる。
それを成し遂げた先生に対して、感謝もしていた。自分にとって、間違いなく彼女は恩人だ。
でも、少し胸が苦しかった。
自分達の時間が否定されたような気がして。
斑目の変化を感じ取ったのか。先生の表情に陰が落ちる。
それを見て、斑目は心の中で首を振る。
(っ駄目だ、こんな感情を持っちゃ……! 先生は、小鳥遊さんを……アビドス高等学校を救ってくれた恩人だぞ……!?)
頭では分かっているのだ。
しかしその分、悔しさや嫉妬、無力感をどうしても抱いてしまう。
結果的に脅威にはならなかった。
しかし自殺もできず、何も役立てず、ただ眠っていたことに対する悔しさと無力感。
同じような脆い身体にも関わらず、自分にできなかったことを成した先生への嫉妬。
何故もっと早く来てくれなかったのか、という理不尽な怒りが生じる自分が怖かった。
「……い、いやぁ。それにしても、よかったね! 心身共に落ち着いてきたから、近いうち退院できるらしいよ」
先生と同じように、斑目も頰の肉に力を入れる。
何度も阻止されて、善意しかない病院の人達に説教をされれば、その気は失せてくるものだ。
「あはは……。まあ時間と、何度も阻止されましたから。する気もなくなりますよ」
「……退院してすぐ、しないよね?」
先生に両手を重ねられ、顔を近付けられる。
その目は真剣だ。命を捨てるのは認めない。そう言ってるようだった。
数秒あけて、斑目は首を縦に振る。
「僕が自殺しようとしたのは、カイザーに身体を奪われないためです。あの人達が去った今、する理由はありませんよ」
「そっか……うんっ。ならよし!」
「適当に、どこかで静かに暮らします」
「え……?」
先生は首を傾げる。
今の斑目の発言に違和感を覚えた。
彼には帰るところがある。
なのにその言い方は、そこからまるで離れるようではないか。
だからつい、聞き返してしまった。
「えっと……アビドスに戻るんじゃないの?」
「……僕は、戻るつもりはありません」
顔を伏せて、斑目が言う。
絞り出すような声だった。
その声は小さかったが、病室が静かなためか先生にはっきりと聞こえる。
斑目の発言を耳にしたのは、彼女だけではなかった。
「っどういうこと……? 斑目」
「「「……」」」
病室の扉が開かれる。
そこにはホシノを先頭に、対策委員会の姿があった。
瞳を震わせ、動揺した様子を見せるホシノ。
そんな顔をさせてしまった罪悪感で、咄嗟に彼女の名前を呼んだ斑目の声が上擦る。
「小鳥遊さ」
うわっ、と。
斑目が短い声を出す。
ホシノを呼ぶ暇も、再会に驚く暇もなく、彼の身体はベッドに沈まされた。
肩は固定され、顔のすぐ近くにはホシノの顔があった。
押し倒されたのだ。その顔は見慣れた、鋭いものだ。
「う……!」
「っ……!?」
だが、その眉が下がる。
圧迫感からか、顔を顰める斑目。既視感と同時に、その要因がホシノの中で察せられた。
彼女の頰肉が皺を作る。
「……私?」
「え……?」
ホシノの声は掠れていた。
過去に自分が何をしたのか、フラッシュバックする。
そう考えれば、辻褄が合った。
「私がいるからっ、帰ってこないの?」
違う。
そう斑目は声を出すつもりだった。だが声帯が固くなっているせいで、口を開けて閉じることしかできない。
初めて見たのだ。弱々しい、年相応な姿をするホシノを。
この場の誰よりも弱くなった今の彼女は、自分の理性さえ止められなかった。
「……そっ、か。そうだよねっ……! 普通は、そうなるよね……!!」
被害者からすれば、許せないだろう。
『顔無し』は他人だから気にした様子を見せなかった。
だが、これが本来の反応だ。
そう言われても納得できた。それを自覚し、ホシノの胸は大きく締め付けられるような痛みに襲われる。
「っ小鳥遊さん?」
眼前に広がるホシノの表情を見て、斑目は言葉を失う。
声を引き攣らせ、彼女の両目からは多量の涙が溢れ出ていた。
後悔に塗れたような、そんな表情だ。
「私、何であんなこと言っちゃったんだろ……!」
「ごめん。斑目。本当にごめん……! 肩を撃って、酷いことを言っておきながらさ……っ。嘘だと、思われるだろうけどさ……!!」
「私、斑目を仲間じゃないなんて思ってない!!! 出て行けっていうのも、本当はそんなこと思ってなかった……!!!」
「本当にごめん、斑目……!!! あの時、私は貴方を抱きしめるべきだった! 悪くないって伝えて、二人で協力するべきだったのに……っ。私は責任を斑目に押し付けてっ、楽になろうとした!!!」
「貴方も同じ苦しみを抱いていた筈なのに!!!!」
その結果が、今だ。
斑目は人体実験を受け、人外じみた身体を持ち、そしてアビドスのために自殺した。その過程に生じた、精神的・身体的痛みは計り知れない。
さらには異世界の大人まで巻き込み、彼も数多の損傷を受け、この世界から消えてしまった。
ホシノの選択によって、あまりにも多くのものが失われたのだ。
謝って許されることでも、後悔して足りることでもない。
それでも叫ばずにはいられなかった。
「違う……っ」
「斑目……? っあ」
ホシノの視界が揺れる。
斑目に抱き寄せられ、体勢が崩れたのだ。
吸い込まれるようにその小さな上半身が、斑目の顔面から胸板辺りまでを覆う。
薄いホシノの胸に顔を埋めながら、斑目はくぐもった声で叫んだ。
「小鳥遊さんは間違ってない……!」
「あの時僕が風邪を引かなければ、ユメ先輩に甘えて、買い物に行かせなきゃ、ユメ先輩は死なずに済んだ……!!!」
だから、それは違う。
そう言おうとしたホシノを遮り、彼の本音が響いた。
「本当は僕も、アビドスに帰りたい……! 小鳥遊さんを嫌うわけもない!」
「だったら!」
帰ってきて。
ホシノが上擦った声でそう言う前に、斑目が首を振った。
「でも! 今の僕にはっ、アビドスに帰る資格がないんだ……!!」
「ユメ先輩を失わせた罪の証も守れず、自殺なんて楽な道を選んだ僕には……!」
罪の証。それは肩の傷のことだろう。
カイザー理事から話を聞いていた全員の表情に影が差した。
そしてそれを、罪悪感なく伝えていたあの時の理事に対して、ふつふつと怒りが湧いてくる。
もしこの記憶を持ったまま過去に遡れたら、徹底的にあの時点で叩いてやりたい。そんな思いだった。
だがホシノだけは、斑目に全ての意識を向けている。
罪の証の他に出てきた、楽な道という言葉。
これに納得がいかなかった。
何故なら彼が歩んだのは、それと正反対だったから。
「楽な道っ? どこが……!?」
ホシノが斑目の両腕を掴み、ベッドに押し付ける。
彼も同じように、涙を流していた。それにホシノは面食らう。
「アビドスを守るため、僕はそのために自殺した……! その思いは、嘘じゃないっ。小鳥遊さん達の、対策委員会の皆の足枷になりたくなかった。でも、それは僕が弱かったから選んだ選択でもあった……!」
「皆が頑張って借金を返してるって知ってたのに、ヘルメット団に襲われてることを知ってたのにっ。僕は、楽な道を選んだ……!」
「アビドスに戻って、一緒に戦うことも出来たのに!!!」
「ッ」
先生は息を呑んだ。
脳裏に『顔無し』の姿が浮かぶ。斑目の発言が、彼の行動そのものだったから。
そして改めて突き付けられる。
やはり『顔無し』と斑目ユウは、似ているようで全く違うのだと。
「もういい!!!」
ホシノは斑目を強く抱きしめる。
その小さな腕と顎で、確実に彼の頭を捕らえた。
もう逃がさないとばかりに。
「斑目はもう十分戦ってくれた。アビドスを支えてくれたっ。だってそうでしょ? 借金は大幅に減った、そのために何日も苦痛と戦ってくれたじゃん……!」
「もう、いいんだよ……っ。十分斑目は戦った」
「今度は、私の番。お願い、アビドスに帰ってきてよっ……。絶対に、絶対に私が守るから……!! もう2度と、その手を離さないからさぁ……!!!」
きつく、きつく抱き締められる。
とても苦しかった。
ホシノの胸部は脂肪が少ないため、微かな柔らかさはあるものの、肋骨と顔の骨が押し付けられている。
斑目の瞳から涙が零れ落ちた。
だがそれは痛みからではない。不快なものではない。
自分をここまで大切に思ってくれている。
抱き締められる力の強さで、それを感じられたからだ。
何日も孤独に痛みを与え続けられた男にとって、大切な異性からのそれは劇薬のようなものだった。
「……本当に、いいんですか? 僕が、アビドスに戻ってもっ」
「っ当たり前じゃん」
本心が溢れる。それを了承され、出さまいとしていた恨み言に近い言葉も吐かれた。
「あの時、怖かった……! 小鳥遊さんに嫌われたんじゃないかって、仲間じゃないって言われて、僕は……!!」
「ッ! うんっ……! ごめんね、本当にごめん……!! 私は斑目を嫌ってない。仲間じゃないなんて、思ってない……っ」
幼児のように泣く斑目の頭を、ホシノは抱き締めながら撫で続ける。
先生は二人の姿を見て、まるで姉弟のようだと思った。
実際、斑目の精神年齢は自殺した当時。つまりは過去で止まっている。
彼と違い、現在まで生きたホシノは、身体はともかく精神的には年上と言える。先生の見方も間違いではなかった。
「うっ……うぁぁっ……あああああああああああッッ!!!!」
自分はもうアビドスに帰っていいのだ。
その確定された近い未来は、今までの苦痛や恐怖を上書きする程の幸福であった。
安心から斑目は、大きな声で泣き続けた。
「皆……」
「……はい。そうですね」
「ん……」
先生とアヤネ達は顔を見合わせ、頷く。
ここに留まるのは野暮というものだ。
音を出さないよう、静かに廊下へと出ていく。
病室に残っているのは、斑目とホシノだけだ。
二人の影は重なり合っている。
誰もいない、彼女達だけの世界。
今迄過ごせなかった時間を埋めるように、ホシノと斑目はお互いの体温を分かち合うのだった。
次回、アヤネがエピローグ語りをしてくれます。
『顔無し』が成し遂げた、斑目がいるアビドスの生活を一緒に見ましょう。それでアビドス編は、完結となります。
この章が完結したら、しばらく番外編とかを書こうかなぁ。
というのも、エデンとか、あまねくとか全部まだ読めてないんですよ……。
それらを読み終えて、余力があれば書きたいとは思っています。
へけっ!