憑依in実験体のアビドス生徒   作:改名

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滑り込みセーフが……出来ませんでしたッッ‼
任せられる仕事の量が増えるの、信頼が生まれてるのを実感して少し嬉しくはありますが、やっぱり仕事したくない気持ちの方が大きいんだなァ。


5.ベアトリーチェとの対話

 

 

 

 

 

 こつこつ、と一定の速度で音が鳴らされる。固い物を指先で叩く、そんな音だった。

 音の大きさは不規則である。時々強く鳴らされることから、その出所の主が苛立っていることが伺えた。

 

 

 

「ッ……」

 

 

 

 実際、その主であるベアトリーチェの機嫌は最悪といっていい。

 

 彼女は材質の良い専用の椅子に座っている。

 対して、その機嫌を損ねた要因である間平は壁に背を預けてはいるものの、自らの足で立っていた。

 

 

 

「……」

 

 

 

 理由は単純。座る場所がないからだ。

 あったとしても、ベアトリーチェが間平を座らせるわけがない。

 

 彼自身何となくそれを察しているため、特に何も言うことはなかった。

 

 

 

「全く……! 余計なことをしてくれましたね? 間平悠」

 

 

 

 ベアトリーチェとしてはつまらない。

 先程、生徒達の前で与えられた屈辱に対するあからさまな報復に、彼が何も反応を示さないためだ。

 

 なので責めるように、視線を間平に向ける。

 

 

 

「黙っていないで、謝罪の一つくらいしたらどうです? 私の領地で、今迄運営してきた方針と異なる行動をしたのですよ。貴方は」

 

「その方針があれか」

 

 

 

 

 間平の脳裏に先程の光景が過ぎる。

 

 空腹に苦しんでいた。

 だが大人を恐れるがあまり、その主張をすることはない。

 ただ冷遇を受け入れる子供達がそこにはいた。搾取されるだけの子供達が。

 

 間平の目が細まる。

 

 

 

(気に入らねェなぁ……)

 

 

 

 そう心の中で呟く。だが口に出しはしない。

 勿論、間平は今の状況を打破するつもりだ。

 

 今は子供の身体である。感情も常人に比べると、表に出ない体質だ。

 だからといって、この環境に何も思わないわけではなかった。大人であるのなら尚更そうだろう。

 

 

 しかし今思ったことを口に出してしまえば、改善の理由が心情的なものになってしまう。

 

 

 

(人間、理屈じゃ動かない。どちらかというと、感情で動く場合が多い気がするが……こいつの場合は違う。そんなものに動かされるタイプじゃないことは明らかだ)

 

(となると必要なのは建前。それもベアトリーチェが納得するような、理に適ったもの)

 

 

 

 気に入らない。

 

 その一言を聞かれてしまえば、今後いかに理屈を訴えたところで、感情によるものだとされる。結果、話は流されてしまう。

 

 間平は経験から、この可能性を危惧した。

 だから脳と舌を直結させず、考えを纏めたところで口を開く。

 

 

 

「ベアトリーチェ。俺は自分を全盛期に近付けるために、ここに来た。そしてお前はその提案を受託した。自分の生徒を強化するために」

 

「ええ。それが何か?」

 

「はっきりと言わせてもらうぞ。現状のままじゃ、いつまで経ってもお前の生徒は強くなれない」

 

「何……?」

 

 

 

 ピクリと目尻を動かすベアトリーチェ。

 そのまま間平に目を向けた。

 

 ベアトリーチェの、頬の筋肉が少しだけ持ち上がっている。不快げなそんな表情だ。

 

 流れから、自分の生徒を低く評価されたからだと普通は思う。

 だが間平は違った。短い間ではあるが、彼女の大体の性格を把握したからだ。

 

 

 

(生徒……というより、『自分の』プライドを傷付けられたからだろうな)

 

 

 

 思いやりなど一切なく、生徒を自分の道具としか見ていない。

 

 

 

顔無し(ノーネーム)!』

 

(……)

 

 

 

 そこで唐突に、脳裏に先生の姿が浮かんだ。

 一度脳を吹き飛ばされたというのに、鮮明にその笑顔と全身が描かれる。

 

 なぜ彼女を思い出したのか。

 一瞬、疑問に思うと同時に納得した。

 

 

 

(……先生なら『生徒のために』怒りを抱くか、話を最後まで聞こうとする。それが『生徒のために』なるなら)

 

 

 

 今、目の前にいるベアトリーチェと正反対だからだ。在り方が。

 

 対比する存在として、今迄の記憶から先生が呼び起こされたのだろう。

 ホームシックのような感覚を抱きつつ、間平は続けた。

 

 

 

「とはいえ、技術は悪くない。連帯も取れてる。じゃあ何が足りないか」

 

 

 

 3本の指を立てていく。

 順番に語り聞かせるように、ゆっくりと。

 

 照準を合わせる能力も、統率も取れてはいた。

 しかし、攻撃を行うまでの動作が遅い。それが高い技量を無に帰している、その要因は。

 

 

 

「俊敏性、力、そしてスタミナだ。それは……お前の教育方針が原因だよ、ベアトリーチェ」

 

「もう少し休息を与えろと、そう言いたいのですか? 甘いですね。疲労を感じても動けるに越したことはありません。休息を与えてしまえれば、彼女達は今後も甘えるようになる。それで質が落ちるのは目に見えているでしょう」

 

 

 

 間平は額を押さえたくなる。

 

 確かに兵士として、極限状態の中でも動けるのは大切なことだ。

 しかしだからといって、常日頃から休息をろくに取らせないのは違うだろう。

 

 素人知識ではあるが、自衛隊には長距離歩き続ける訓練があると聞いたことがある。それで気力と体力を養うのだとか。

 ベアトリーチェの目的と類似している。

 

 だが彼等も、毎日それをやっているわけではない。

 普段はしっかりと8時間睡眠をして、栄養を摂り、身体を休めている。

 メリハリを付けているのだ。

 

 

 

「……今の話を聞いて、休息も追加する気になったよ。そして俺が話していたのは食事についてだ」

 

「食事なら必要な分をレーションで」

 

「あいつらはまだ育ち盛りの子供だ、更に言えば演習で普通の生徒より身体を動かしている。味気のないレーションでその消費を補えるかってんだ」

 

 

 

 それに食事とは娯楽の一つとも言える。

 食べ盛りである今だからこそ、色々な物を食べるべきだ。

 

 今の身体では分からないが、例えば間平は23歳の時点で既に焼肉のカルビを昔ほど食べれなくなっている。

 

 学生の頃に腹一杯食べれていたのであまり悔いはないが、もし大人になってから初めてカルビを食べていたらと考えると、虚しい。

 

 今のアリウスの生徒達は、その道を歩もうとしている。より最悪なケースとして、そういった美味しいものに一度も触れられない可能性もあった。

 認められない。そんなことは。

 

 

 

「要するにお前の待遇が悪過ぎるせいで、技術と身体が釣り合ってない。あいつらを強くするためには、まずそれを直す必要がある。だろ?」

 

「っ……いいでしょう。好きにしなさい」

 

「だからこそ、俺を襲撃してきたあいつ等の凄さが際立つな。よくこの環境で、あそこまで強くなれたもんだ」

 

 

 

 間平の純粋な称賛を皮肉と思ったのだろう。

 舌を打ち、ベアトリーチェは立ち上がった。

 

 そのまま間平の隣を過ぎ去っていく。

 

 足音が止まった。まだ何か言いたいことがあるのだろうか。

 間平が振り返ると、ベアトリーチェはこちらに背を向け、立ち止まっていた。

 

 

 

「間平悠」

 

「あん?」

 

 

 

 彼女が顔だけを動かして、間平に向ける。

 

 

 

「貴方を呼んだのは、私の生徒達を強くするためです。役割はそれだけ。くれぐれも、私の領地で余計なことをしないように……子供に後悔させたくないでしょう? 『お優しい大人』である貴方なら」

 

「……安心しろ、役割は理解している。今後俺がやることは、あいつらが強くなるのに必要なことだ」

 

 

 

 だから、と間平は続けた。

 

 

 

「もしお前が、強くなったあいつらを恐れて潰しにかかることがあれば……全力で阻止させてもらう。『お優しい大人』としてな」

 

「……フン。そこまで強くなってくれれば、私にとっても有難い話です」

 

 

 

 言い捨てた後、ベアトリーチェは足早にその部屋を去って行く。

 彼女を見届けた後、間平は溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曇った窓ガラスの先で、ベアトリーチェの後ろ姿が消えていく。

 そんな彼女を見送る間平。その背中を眺める影が、4つ。

 

 

 

「……終わったみたいだね」

 

「ああ」

 

 

 

 アリウス・スクワッドだ。

 気配を消し、外から様子を伺っていたらしい。

 

 静かに息を吐くミサキに対して、サオリは頷くだけだ。

 

 分厚いガラスではないため、耳を澄ませば室内で行われた会話の内容を把握するのは容易い。

 

 

 そのため彼女達は知った。

 間平は、この環境を変えようとしている。

 

 

 二人の会話を聞く限り、奇跡に等しいその事象は……今、確かに実現しつつある。

 

 

 

「え、えーと。難しいことは分からないですけど、つまり……これからは休む時間も、ご飯も増えるってことですか……⁉」

 

「……」

 

「う、うへへへ……。い、いいですよね? 今まで散々苦しんできましたし、優しい人に甘えても罰は当たりませんよね……」

 

 

 

 ヒヨリの確認に対して、アツコが首肯する。

 涎を垂らし、だらしない笑みを浮かべるヒヨリに対して、サオリは首を振った。

 

 その表情は苦しそうだ。

 まるで、現実から目を背けたいかのように。

 

 

 

「っ……ヒヨリ。それは違う。油断をすると、足元を掬われることになる。あいつは、お前が思うような人間じゃない」

 

「……リーダー」

 

 

 

 少しの非難と同情からくる悲しさ。

 それらが含まれたミサキの呼びかけに応じず、サオリは続けた。

 

 

 

「あの間平という男は、優しい人じゃない。さっき本人も言っていただろう、自分のためだと。あいつが満足する水準まで力を取り戻せたら、私達は用済みだ。また元の生活に戻るだけ……苦しみが増えるだけなんだよ」

 

 

 

 俯いたサオリから発せられる言葉は、いつもより早い間隔で紡がれていく。

 他者というより、自分にそう言い聞かせているようにも聞こえた。

 

 

 

「サオリ姉さん……でも、その……あぅ」

 

「……」

 

 

 

 何となく、ヒヨリとミサキはサオリの心情を察した。

 言葉を詰まらせているのは、彼女の立場を考えたから。

 

 長い間共に過ごしてきた。そして自分達は彼女に守られてきた。

 この過酷な環境に対して、立ち向かうサオリの姿を見てきたのだ。

 

 

 だからこそ、サオリの苦しみは理解出来る。簡単に口を開けるわけがなかった。

 

 

 

「さっちゃん……本当は分かっているんでしょ?」

 

 

 

 呼吸だけが聞こえるこの場に、幼く、透き通った声が響く。

 サオリがその主に対して、顔を向けた。

 

 

 

「姫……」

 

「あの人は、そんな人じゃないって。初めて私達を認めてくれて、私は嬉しかった。前に私達を見逃してくれたし、あの人は優しい人。自分のためだって言うのは建前で、本心は今のアリウスを変えようとしてくれている。……さっちゃんは」

 

「っ……そうだ」

 

 

 

 アツコは間違いなく、自分の本心を見抜いている。

 人らしい、身勝手な気持ち。

 

 それを仲間である、アツコから言われたくなかった。

 だからそうなる前に、サオリは自分で本心を語る。

 

 

 

「私はただ、あの男に嫉妬している。そして、身勝手な怒りを抱いているだけなんだ」

 

「私は昔から……お前達を自分が満足できる程、守れなかった。痛い思いもさせたし、我慢させることも多々あった」

 

「だがあの男は違う。この短期間で、アリウス全体が変わる一歩を踏み出して見せた。これからここの生徒達は、昔の私達からしたら考えられないくらい、恵まれた環境で過ごすことになるだろう」

 

「力も、救った規模も敵わない。それが堪らなく悔しいし」

 

 

 

 今迄私がしてきたのは、無駄だったのではないか。そう思うんだ。

 

 

 

 そう、サオリが呟く。黄昏れたように。

 視線の先は遠く、まるで今出した言葉が流れていくのを見ているかのようだった。

 

 

 今迄のことは無駄だったのか。

 

 

 サオリの考えに対する、この場の答えは決まっていた。

 アツコが言う。その声は、真剣なものだ。

 

 

 

「無駄じゃないよ」

 

 

 

 それにミサキが続いた。

 頭を掻きながら、呆れたように彼女は言う。

 

 

 

「あいつがここに来たのはさ、交戦した私達に興味を持ったからでしょ? それは今迄の積み重ねがあったから。苦しくて痛かった記憶が大半を占める気はするけど……少なくとも、今には繋がってる」

 

「そ、そうですよ。だから無駄なんて、言わないでください。サオリ姉さん……う、うぇぇぇ〜〜〜ん」

 

「っ分かった。私が悪かったから……泣かないでくれヒヨリ。すまない」

 

 

 

 ヒヨリが泣き出したため、その頭を辿々しく撫でながらサオリは謝った。

 それでも中々前向きなことを考えられる性格ではないため、これ以上口を開けば余計に事態が悪化しそうである。

 

 どうすべきかと悩んでいたところ、アツコが助け舟を出した。

 

 

 

「うん。さっちゃんも反省してくれたようだし、そろそろ行く?」

 

「行くってどこへ?」

 

「勿論あの人のところ。皆もお腹空いているでしょ?」

 

 

 

 サオリとミサキの顔にしわが出来た。

 アリウスが良い方向へと進むきっかけを作った男に変わりはない。

 

 しかし、自分達が仕掛けた側ではあるが大敗を喫したので、自分達から出向いて顔を合わせるのには抵抗があった。実戦なら、彼の希望だから仕方なくという大義名分を得れるのだが。

 さらに間平の本心を知った今、これに襲撃を行った罪悪感がほんの少し加わっている。

 

 過酷な演習をすることになった恨みや、自分達を思ってくれている初めての存在に対しての気恥ずかしさ等、とにかく色々な感情が混ざり、顔を合わせるのに前向きではないようだ。

 

 

 

「えへへ……そうですねアツコちゃん。沢山の子達が集まっていましたし、私達の分がなくなっちゃいます。早く行かないとですよね」

 

 

 

 ヒヨリは大して気にしていないようである。

 軽やかな足取りで、シチューが煮込まれている大きな鍋がある方角へと足を進めた。

 

 アツコも同様だった。なのでサオリとミサキも、仕方なくその後に続く。

 その道中、アツコが口を開いた。

 

 

 

「もう……どうせ演習の時に戦うんだから。今のうちに慣れといた方がいいって」

 

 

 

 それに、とアツコが続ける。

 視線の先には、シチューを煮込む大きな鍋がある場所。そこには、一列に並ぶアリウスの生徒達がいる。

 

 列の先には、目当てであるシチューと……アリウス中から集めたのか、模様も劣化具合も散見している並べられた皿。   

 そこから皿を取り、シチューの配給を行う間平の姿があった。

 

 

 

「列を崩すなよー。割り込みも武力行使もなしだ。したらこのシチューはやらないし、ひっぱたく」

 

「するわけないだろ、あんたに対して!」

 

「口より手を動かして、それを早くくれー!」

 

「っはいはい、悪かった悪かったよ。いきなり元気になったな全く……」

 

 

 

 溜息を吐きつつ、間平は動かす手の速度を上げる。だがまだ興奮が収まらないのか、生徒達はぎゃいぎゃいと騒がしい。

 

 その様子を見て、サオリは頭を抱えそうになる。一気に自分の自治区の者の知能が落ちた気がした。

 

 

 

「ふふっ。面白い」

 

 

 

 だがアツコは違う。楽しそうに、くすくすと笑っていた。

 そしてサオリに顔を向ける。

 

 

 

「あそこにいる皆も私達と一緒で、あの人を襲った張本人なんだよ? なのにあんなやり取りが出来るなんてね?」

 

「……むぅ」

 

 

 

 言外に、小さなことは気にしなくて良いと言われた気がした。

 年下であるアツコにそれを教えられ、目の前のアリウスとは思えない光景に、サオリの肩の力も抜けていく。

  

 真剣に考えていた自分がバカのように思えた。ミサキも同じように思ったらしく、溜息と共に目を瞑る。

 

 

 結局、彼女達は列の最後尾に並んだ。

 歩を進めるにつれ、徐々にシチューの匂いが強まる。そして遂に、目の前に間平とシチューが現れた。

 

 顔を上げた間平と目が合う。特に驚いた様子も見せず、彼から声を掛けてきた。

 

 

 

「ああ、お前達か……地上以来だな」

 

 

 

 皿を手に取り、シチューをよそう。それを先頭に並ぶヒヨリに手渡した。

 彼女は表情を輝かせ、皿を受け取ると左へ避ける。

 

 それを見届けてから、再び間平はシチューをよそい始めた。

 

 

 

「来てくれてよかったよ、姿が見えないから来ないかと思ってた」

 

「何? 私達を待ってたの?」

 

 

 

 シチューを待つアツコの背後から、ミサキが言う。

 間平は軽く頷いてから、今シチューを食べているアリウスの生徒達を見渡してから、ミサキに顔を向けた。

 

 

 

「まあな。今シチューを食ってる奴等に聞いたよ。俺のせいで、過酷な仕打ちをされたんだろ? ……詫びと言っちゃなんだが、これで栄養を摂るといい。肉も野菜もたっぷり煮込んだ。味も栄養も申し分ない筈だ」

 

「ああ~……これっ、本当に美味しいですねぇ~……‼」

 

 

 

 既にヒヨリは立ちながら、シチューを口に入れてる。

 半泣きになりながら凄い勢いで食べる彼女を見ると、間平は気が気でなかった。

 

 

 

「火傷しないように気をつけろよ? それにいきなりがっつくと、体に負担がかかるんじゃなかったっけか……? もう少しよく噛んで、ゆっくり飲み込んでいった方がいいと思うぞ」

 

「……」

 

「ん? どうしたマスクちゃん」

 

 

 

 アツコが膝を折り、間平の肩を叩く。

 片手にはシチューが持たれたままだ。手首が震えてないことから、楽々と持ち上げているのだろう。

 

 一人で数皿片腕に乗せ、配膳を行うファミレス店員のようだ。

 そんな彼女が、自分を指差す。そしてアリウス・スクワッドの全員を指差し、臍があるであろう位置を掌で2、3周囲ってから、シチューを持つ片腕を軽く叩いた。

 

 

 

「……成程」

 

 

 

 アツコが自らを指差した時点で、間平はその後の彼女の行動を察している。

 そのため彼女が言いたいことを推測するのは容易かった。間平は静かに息を吐く。

 

 

 

「学生には余計な心配だったな。悪かった」

 

 

 

 お腹が頑丈だから、大丈夫。

 アツコはそういった類のことを伝えたかったのだと、間平は推測した。

 

 ベアトリーチェと言葉を交わし終えた今、間平はその言葉の背景に潜む大人の悪意を見抜いている。

 だが、この場で言うべきことではない。あまり他者から踏み込まれたくないだろう。

 

 

 

 何より……今のアリウスの生徒達が笑顔に溢れているこの場では、野暮というものだ。

 

 

 

 ミサキもシチューを受け取り、最後にサオリが受け取った。

 その際、二人の視線が絡み合う。それは綻ぶ様子を見せなかった。

 

 間平の表情が微かに変わる。訝しむような、そんな顔だ。

 それに対し、サオリの目尻が落ちた。

 

 

 

「……本当に、お前はお人好しなんだな」

 

「なんだよ急に」

 

「……いや、何でもない。忘れてくれ」

 

 

 

 間平はベアトリーチェを経由して、自分達がされていた仕打ちを察している。

 サオリはそのように推測していた。実際、彼女の推測は正しい。

 

 それでも彼は口にしなかった。命を狙って襲撃を仕掛けた自分達のことを気にして。

 

 

 

 足早にこの場を去る。

 心に温かさを感じさせた元凶と一緒にいると、自分が知らない自分に浸食されそうだ。

 

 少し離れた場所で、間平に背を向ける形でシチューを口に運ぶ、アリウス・スクワッドを見つける。

 

 入り込んでみるとヒヨリは言わずもがな、ミサキもアツコもほんの少し顔を赤らめて、夢中で手を動かしていた。体温が上がっているのだろう。

 

 サオリもそれに倣い、シチューを口に運ぶ。

 

 

 

「……美味い、な」

 

 

 

 長年溜まったものが吐き出されたような、感嘆とした声。

 ゆっくりと、震えながらではあるが、はっきりと口に出される。

 

 元凶から離れたというのに、サオリは再び自分の知らない自分に浸食される感覚に陥っていた。

 しかし今は、同じような感覚に陥っているであろう仲間達が傍にいる。

 

 

 

 なら、大丈夫な筈だ。

 

 

 

 サオリは枷を外す。

 そこにいたのは厳しい表情をした、部隊のリーダーではない。

 

 

 

 

 

 ただ美味しいものに顔を綻ばせる少女がいるだけだった。

 

 




アリウスには幸せになってほしい。

あと2話くらいでプロローグ終われそうですねェ……。
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