憑依in実験体のアビドス生徒   作:改名

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だいぶ遅刻をしてしまった感じがする......。
ごめんなさい。いつも執筆している日曜日に、雨の中フルマラソンしてたんす。
42.195km走ってきたんす。記録は4時間15分でした。

そのせいで足の筋肉痛が激しかったんだぁ......!


9. vanitas vanitatum et omnia vanitas

 

 

 

 

 

「……人数が減っている?」

「はい。体感的に、10人くらい」

「10人の人間が、短期間でいなくなる......か」

 

 

 

 サオリと共に自治区の外に出て、しばらく経った日のことだ。

 アリウス自治区に足を踏み入れた間平は、道中でアリウス生の1人に急に呼び止められた。その内容にほんの少しだけ眉が寄せられる。

 

 彼女は慌てて首を振った。

 

 

 

「あ、いや、確実というわけではなくて! ……勘違いかもしれないので、そんな真剣にならなくても」

「いいや」

 

 

 

 自信がなくなってきたのか、徐々に声が小さくなるアリウス生徒。

 彼女が言い終える頃。対照的にはっきりとした、間平の声が覆い被さった。

 

 

 

「違和感を覚えたんだろ? なら、その直感は大切にしとけ。そう卑屈になるな」

「……でも、それで気のせいだったりしたら、間平さんの迷惑に。時間も無駄にして、それで......」

 

 

 

 アリウス生徒は俯く。その身体は少し震えていた。 

 

 ......きっと彼女は以前、同じように誰かに対して懸念を示したことがあるのだろう。

 それに対して得たものは、ろくでもないものだったらしい。この反応がその証明だ。

 

 間平は首を振った。

 

 

 

「迷惑なんてことあるか。気のせいだったら気のせいだったで良し。一緒に笑ってやるさ」

「間平さん......」

「だが本当に何かが起こっていて、既に手遅れだったら俺達は笑えない。だろ?」

 

 

 

 彼の目配せを受け、アリウス生は頷く。

 自身の不安に、間平を巻き込む決心が付いたようだ。自分の考えを整理するように、ゆっくりと話していく。

 

 きっかけは演習中。整列した際に、人数が少しずつ減っているように感じたのだと言う。

 その期間、アリウス自治区の人間が外に出ていく姿を見たという報告は出ていない。外と自治区を一人で行き来するのは不可能に近いため、必ず目撃者が出る筈だ。

 

 そこまで聞き終え、間平は一度頷く。

 

 

 

(目撃者をグルにすれば行方不明になるのは簡単だろうが......まあ、それは無理だろうな)

 

 

 

 バレた際に行われるであろう、ベアトリーチェによる仕置き。それを恐れ、例え仲間であろうとアリウス生達は協力しない。

 何ならその場で裏切り者を制圧し、自分の身の安全のために従順であることを示す選択しか取れないだろう。

 

 となると、姿を消したアリウス生達はこの自治区のどこかにいると考えていい。

 そして、その鍵を握るのは。

 

 

 

(......ベアトリーチェ)

 

 

 

 間平には一つ心当たりがあった。

 

 以前黒服から話された、ベアトリーチェに渡したとされる特殊なコンタクトレンズ。 

 そして今聞いた、一部のアリウス生が行方不明であることが絡み合う。

 

 コンタクトレンズは元々、カイザー理事に頼まれて黒服が発明したものだ。

 その用途は、端的に言えば兵士の育成。コンタクトレンズを介し、現実と遜色のない幻で作られた敵と何度も戦わせ、確実に勝てるようにする。

 

 

 ベアトリーチェのことだ。

 それを利用し、自分を排除することを考えてもおかしくない。

 

 

 

「分かった。ありがとな」

 

 

 

 間平はそう言うと、アリウス生に背を向ける。

 あのコンタクトレンズは、長時間使用すれば身体に多大な負荷を及ぼすのだ。

 

 そうでないことを祈りたいが、ベアトリーチェが無理な使用を子供に強いている可能性もある。手遅れになる前に見つけ出し、止めなければならない。

 

 

 

「俺が探してくる。お前も早く仲間見つけて、安心したいだろ?」

「っありがとうございます! ......そうだっ。サオリさん達も呼んできますか⁉」

「......いや」

 

 

 

 感激したような表情を浮かべてから、尋ねてきたアリウス生に対し......間平は数秒考え、首を振った。

 

 サオリ達は頼りになる。それは確かだ。

 だが今回の件に巻き込むべきではないと考えた。

 

 

 

(ベアトリーチェはアリウス生を使って、俺の命を狙いにくる筈だ。特殊なコンタクトレンズをフル活用してな)

 

 

 

 そんな状況下にサオリ達を連れていき、長年植え付けられた恐怖から敵対されれば、こちらが不利となる。

 サオリ達が積年の恨みに加え、今回のベアトリーチェの所業に反旗を翻す可能性も0とは言い切れないが、その場合、ベアトリーチェの牙は彼女達にも向くだろう。

 

 

 

 それはダメだ。子供に一緒に死んでくれと頼むようなものである。

 間平はアリウス生に向き直り、言った。

 

 

 

「大丈夫だ。必要になったら、俺から声を掛けるよ」

 

 

 

 そんな機会はないだろうが。

 心の中でそう呟き、間平はその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず探索先として、ベアトリーチェの屋敷は論外だ。

 ただの道具としか思ってない子供を、強くさせるためとはいえ自らの屋敷に彼女が隠すとは思えない。

 

 目撃情報が出やすいのもそうだが、恐らく内装が汚れるといった私的な理由で人目につかない場所を拠点にさせている。間平は自分の知る、ベアトリーチェの人物像からそのように推理した。

 

 したのだが。

 

 

 

「......くそ」

 

 

 

 間平の口角に微かな皺が出来る。

 

 白シャツが微妙に汗で素肌に張り付いている不快感でも。

 アリウス自治区を休まず巡ったことによる疲労感によるものでもない。

 

 額から汗が流れ、間平は手の甲でそれを拭った。

 彼の表情に微細な変化が見られるのは、焦燥によるものだ。

 

 

 

(コンタクトレンズの副作用......ベアトリーチェならそれを知った上で使わせる筈だ。急がないと本当に手遅れになっちまうかもしれねェってのに)

 

 

 

 それこそ本当に笑えない。

 一度大きく息を吐き出し、回ったところを思い返す。

 

 森、川、居住区は巡った。後は......。

 

 

 

「......廃墟」

 

 

 

 そうだ。滅多に人が出入りしない場所があった。

 

 朽ちた中世風の建物が並び、復旧すれば見栄えが良さそうな街になりそうだと思ったことを思い出す。

 人が住める程の環境ではないが復旧を行える者もいないため、そのまま放置されている場所だ。

 

 足を踏み入れてないのは、そこだけだった。

 

 

 

「行くしかないな」

 

 

 

 目的地を定めた間平は強く地面を蹴る。

 風を切るように進んでいたが、廃墟の街に着けば地面に散らかる小さな瓦礫等がそれを阻んだ。

 

 革靴とは相性が悪い。

 仕方なく、踏まないように不規則な歩幅とリズムで進んでいく。

 

 人が入れて、完全に隠れそうな建物をピックアップしようと周囲を見渡す間平。

 そんな彼の鼓膜が、大きく震えた。

 

 

 

「......発砲音」 

 

 

 

 パン、と銃声が鳴り響いたのだ。

 その方角に顔を向けると、一つの建物がある。罅が入ってはいるものの、形はちゃんと保っている白い屋敷だ。

 

 間平にとっては祝砲のように感じるべきだろう。

 探していた者達がそこにいるかもしれないのだから。

 

 だが間平の表情に動きはない。寧ろ、纏う空気が固くなった。

 

 

 

(今まさに探そうとしたところで、居場所を知らせるように発砲音ね......随分とまあ、俺にとって都合の良いことで)

 

 

 

 ......罠だ。誘われている。

 間平はそう推測した。いくら何でもタイミングが良すぎる。

 

 恐らく、これから相手にするのは個人ではない。集団だ。

 既に姿を消したアリウス生は、救うべき人質ではなく兵士とされている可能性があった。

 

 

 

(さっきの発砲は恐らく、俺に対しての撒き餌。そして仲間達に対する、標的が現れたメッセージって考えた方がいいかもな......だからといって、逃げるわけにはいかねェけど)

 

 

 

 兵士とされているということは、既に誰かが例のコンタクトレンズを使用している可能性が高い。

 今、間平が逃げたり応援を呼ぶのは、結果的に着用時間を延ばすことにもなりかねなかった。

 

 だから間平の選択は実質一つだ。

 

 

 

「飛んで火にいる夏の虫か。ハッ、ただ焼け死ぬ結果にならないよう、努力するさ」

 

 

 

 せめてアリウス生達は、無事な状態で仲間の元に返す。

 その誓いを胸に、間平は丸腰で音の出所であろう屋敷に向かった。 

 

 

 

 

 

 

 屋敷の中に入ると、ここが廃墟なのだと思い知らされる。

 外観と比べて内装は更に荒んでいた。壁も床も亀裂が入っていて、塗料も色褪せている。

 

 天井の隅や窓には蜘蛛の巣が張り巡らされていて、既に人の住む場所ではないことを伝えられているようだ。

 

 間平は視線を正面に戻す。

 

 

 

「ここは俺達が暮らせるところじゃないだろ。お前の仲間も心配している、一緒に帰ろうぜ」

「俺達?」

 

 

 

 そこには1人のアリウス生がいた。

 間平を待ち構えるように隠れることもなく銃器を抱え、立っていたのだ。

 

 彼女は復唱してから、鼻で笑うように言った。その銃器が構えられる。

 

 

 

「ここは私達の場所だ。部外者が我が物顔で......虫唾が走る」

「そんなつもりはなかった......って言ったところで、通じる雰囲気じゃないなこりゃ」

 

 

 

 説得を諦め、間平は身体を脱力させた。

 踵に力を入れれば、普段のように急加速での移動が可能だ。

 

 

 

「仕方ない。まずは大人しくしてもらおうか」

「っうおおおおおお‼」

 

 

 

 アリウス生が大声を張り上げた。

 瞬間的なエネルギーを消費して、弾丸をまき散らしながら迫りくる。

 

 間平は銃口が向けられるたび、進行方向を変えた。地面を滑り弾丸の軌道上を潜り抜けたかと思えば、その次の瞬間には宙で回転し、一つ一つの弾丸を避けている。

 

 

 

「ッ何でここに来たッ‼」

 

 

 

 弾が当たらず、徐々に迫られる恐怖からか。

 アリウス生が叫ぶ。心の中で生じた怒りをぶつけるように。

 

 

 

「お前が来てから、皆変わった......! 外にはもっと美味しいものがあるのか、負け続けで悔しい、強くなって褒められたい‼」

「希望を抱くのは悪いことなのに、それが多数派になっている‼ 私のようにお前を疑う者や、変わらず憎しみを抱き続ける者が異端であるかのようだ‼」

「お前に分かるか⁉ 身近な者達が、同じ姿のまま別人になるような気色悪さを! そしていつか、迫害されるかもしれない恐怖が‼」

 

 

 

 無我夢中に撃ち続けていた。

 今迄抱いていた感情が溢れ出し、頭は真っ白だ。

 

 薬莢が吐き出される音と発砲音が心地よく感じていた。だから弾倉に残る弾の数を考える余裕はなく。

 

 

 

「ッ弾切れ」

 

 

 

 一時的に発砲が不可能となる。

 すぐさまアリウス生は装填を試みるが......その隙を間平は見逃さない。

 

 銃を掴み、それを持つアリウス生の片手の手首を強く掴む。

 瞬発的に万力で挟まれたような痛みが走り、アリウス生は短い悲鳴を上げた。

 

 

 

「ぐぁっ......!」

「悪かった」

 

 

 

 その隙に銃器を取り上げ、銃口をバットのように掴むと、間平はアリウス生の胴体にそれを叩きこむ。

 あまりの衝撃に、崩れるように彼女は地に伏せてしまった。 

 

 

 

「せ、台詞と行動が合ってない......」

「そりゃ、あのままだと会話も出来ないしな」

 

 

 

 アリウス生はくぐもった声しか出せていない。それ程、腹部のダメージが大きかったのだろう。

 少なくともさっきのように襲い掛かれない筈だ。間平は目の前の少女は無力化したと判断した。

 

 こちらを睨むアリウス生に対し、ほんの少し目尻が下がる。

 

 

 

「とはいえ、そう思ったのは本当だ。......そうだな。お前達みたいな奴のこと、よく考えてやれなかった」

 

 

 

 先程の彼女の怒り。間平はそれに対し、理解を示せた。

 

 誰もが彼を慕うような人間になれるわけではない。アリウス自治区の過酷な環境に長い間置かれれば、間平を疎ましく思う人間も現れるだろう。

 

 だが今、彼女達は少数派になってしまった。

 同じ意識を持っていた仲間達が、自身が感じたことのないことをまるで共通認識のように話している。

 

 

 

(まだ多感な時期だ。色々思ったろうな)

 

 

 

 肩身が狭く感じただろう。

 孤独を感じただろう。

 肯定的な反応を見せないことで、多数派であるらしい彼女達にいつか迫害されるのではと恐怖を抱いた筈だ。

 

 間平はそんな彼女達のことを、よく見れていなかったことを反省する。

 もし見れていて、例え邪険にされても気にかけていられれば、ベアトリーチェに利用されることはなかっただろうに。

 

 

 

「別にお前達はおかしくない。全員が同じ考えを持つなんて、俺達が人間として生まれた以上不可能なことだ」

「俺が信頼できないなら、できないでいい。それでお前達が迫害やらの不条理を受けるとしたら、俺が真っ先に止めてやる」

 

 

 

 だから、と間平は続ける。

 

 

 

「仲間達のところに帰れ。ベアトリーチェから渡されたコンタクトレンズを使うな。ろくな結末にならないぞ」

 

 

 

 この場に沈黙が訪れた。

 アリウス生は間平の忠告に対し......首を傾げる。

 

 

 

 

 

「コンタクトレンズ......何だ、それ?」

「......何?」

 

 

 

 本当に知らない。そんな声だ。

 予想外の行動に、間平の動きが止まる。

 

 その時だった。目の前に、丸い物体が着地する。

 間平とアリウス生は、一気に白い煙に呑まれた。

 

 

 

「煙幕......?」

「な、何だよこれっ? こんなの作戦に......あいたっ⁉」

 

 

 

 手に持つ銃器で煙を払おうとした際に生じた発砲音。だが自分には何の異変もない。

 

 その時、困惑していた様子のアリウス生から悲鳴が上がる。

 視線をそちらに移し、間平の目は微かに見開かれた。

 

 

 

「……血?」

 

 

 

 すぐさま駆け寄り、アリウス生の腕を見る。

 確かに赤い液体がそこにはあった。

 

 

 何故、血が出るのか。

 何故、自分ではなく仲間を撃ったのか。

 

 その一瞬の間平の思考停止。それがまずかった。

 触れて気付く。

 

 

 

「ペイント弾......!」

 

 

 

 しくった......‼

 

 手に伝う感触は血特有のドロッとしたものではない。鉄臭い匂いもしなかった。

 気付いた頃にはもう遅く、窓ガラスが一斉に割れる音がする。恐らく他のアリウス生が脱出した音だ。

 

 やられた。これは足止めの罠だったのだ。

 

 

 

 ドゴォン‼

 

 

 

 轟音と共に建物が揺れる。天井からは白い粉が落ちたかと思えば、大小の瓦礫となって降り注ぐ。

 そして傍には、動けないアリウス生が一人。放置すれば、ヘイロー持ちとはいえ無事で済むか分からない。

 

 残された選択は一つだった。

 ようやくここで、間平は自分の思い違いに気付く。

 

 

 

(くそっ。コンタクトレンズは、こいつらじゃなくて......‼)

 

 

 

 間平はアリウス生を庇うように立ち、降りかかる瓦礫に対して銃器を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 荒い呼吸だ。

 酸素を求めているからか、いつもより開いた口に鉄の味が広がった。

 

 恐らく、頭部からの出血が伝ってきているのだろう。

 

 

 

「な、なんで......私を......さっきまで、私はっ......!」

「今は、同じ立場だ。いがみ合ってないで、協同の精神でいこう......といっても、お前の武器壊したから協同も何もない、か。ハハ」

 

 

 

 アリウス生は尻餅をついているものの、怪我は見当たらない。

 対して間平は負傷が激しかった。両腕はだらしなくぶら下がっている。

 

 銃器が壊れた後、それで対応したからか。

 血が滲んでいるのは当たり前で、酷いところは皮膚から折れた骨が突き出していた。

 

 痛覚はない。だが頭部にダメージを負ったことで、気持ち悪さがある。

 そのため息も絶え絶えといった様子だ。

 

 

 

(武器はなし。背後には動けない子供。それを狙う敵は複数。そして頭が揺れるような不快感......ね)

 

 

 

 圧倒的不利な状況だ。それでも何とかしなければならない。

 恐らく背後のアリウス生は生贄だ。彼女自身聞かされていなかったのだろう。もし聞かされていてこの反応なら俳優になれる。

 

 彼女を先に逃がしたところで、人質となる確率の方が高い。

 なら自分達を狙う他の全員を制圧した方が、身の安全は保たれる筈だ。

 

 

 

 だが。

 

 本調子でなく、守るべき対象一人に対し、複数人の敵と何百を超える弾丸を前に。

 

 

 

 

 

 ドチュドチュドチュッ‼

 

 

 

 

「くそっ......。こんな形で成長を感じることになるとはね」

 

 

 

 

 

 間平の両脚が破壊された。

 

 

 

「今だ! 押さえろ‼」

 

 

 

 身体が再生する前に、アリウス生達に地面に押し倒される。

 

 両腕2人、両脚2人、胴体2人、後頭部1人が自らの身体を使って、間平の動きを封じた。

 抵抗を試みるが、女子特有の柔らかい感触に反発されるだけで、身を起こすことは叶わない。

 

 そしてコツコツと、ハイヒールの音が近付いてくる。

 

 

 

「フフフッ......! やはり『お優しい大人』ですね? 間平悠」

「ベア、トリーチェ」

 

 

 

 廃墟と化した街にそぐわない、ゆったりとした歩きだった。

 勝者の余裕、といったところだろう。

 

 そんな彼女に、間平に庇われていたアリウス生が声を上げた。非難するような、そんな声色だ。

 

 

 

「マダムっ、何故ですか......⁉ 屋敷という限られた範囲内で、物量で制圧する。そういう話だった筈です......! この男に守られていなければ、私も、しっ死んで......‼」

「うるさいですね。死んでいないのだからいいでしょう」

「なっ......⁉」

 

 

 

 無駄な時間。

 ベアトリーチェにとって子供の癇癪に思えるのだろう。容赦なく切り捨てる。

 

 

 

「戦力の逐次投入は愚策というものです、特にこの男に対してはね。貴女達が束になったところで、勝てるわけないでしょう」

「だから贄が必要だったのです。彼の気を引くための。その結果がこれですよ、想像以上に上手くいきました。寧ろこれ程の作戦を考えた私を褒めて頂きたいですね」

 

 

 

 もし何も対策もなしに、全員をかからせたとして。

 動きに制限がある屋敷とはいえ、アリウス生達が間平に勝つことはできない。ベアトリーチェはそう考えた。

 

 そこで間平の性格を逆手にとったのだ。

 もし命が迫るような場面に自分と子供がいたら、彼は間違いなく後者を優先する。

 

 

 

「誘導場所である屋敷で間平と子供の一人を戦わせ、後者を戦闘不能にさせる」

「そこに煙幕を投入。ペイント弾を貴女にぶつけ、間平の気を引いている間に、事前に仕掛けた爆弾を起動」

「傍に動けない貴女がいれば、必ずこの男はそちらを優先する。大きなダメージを負うことは想定していました。その状態であれば......このように、複数人であれば捕獲することは容易い。フフフッ」

 

 

 

 上機嫌に口に手を当て、ベアトリーチェは笑った。

 

 悔し気に顔を歪めるアリウス生。それを見て更に気分を良くしたのか。

 彼の上に跨る少女達を視界に入れる。

 

 

 

「それにこの作戦、彼女達はすぐに受け入れてくれましたよ?」

「ッ⁉」

 

 

 

 信じられないような表情で、彼女達に顔を向ける間平に守られたアリウス生。

 視線を合わせることなく、各々が口を開く。

 

 

 

「私達の目的は、今のアリウスを変えること。そのためにはこの男を排除しなければならない。そうでしょ?」

「マダムはそんな私達に声を掛けてくれた。苦しいことは変わらないけど、これで皆同じ元のアリウスに戻れる」

「間平さんは強いから、正面から戦っても演習と同じ結果になるだけ。手段なんか選んでられないよ」

「今回はあんたが貧乏くじ引いただけ。......どうせこっちの立場になったら、私達と同じ選択をする癖に」

「ッ......!」

 

 

 

 そこに謝罪の言葉はなかった。自分達は正しいと、責められる謂れはないという態度が出ている。

 同志であることは確かだが、そこに間平とサオリ達、他のアリウス生のような信頼関係は見られなかった。

 

 自分だけバカを見たアリウス生は、敵意に満ちた目で間平の上の少女達を睨む。

 その場で憎しみが生じ、渦巻いているようだ。

 

 

 

「......胸糞悪い」

 

 

 

 大人として、子供によるそんな光景を見せられ、間平は不快気に顔を歪ませる。

 だがベアトリーチェは、対照的に高らかに笑った。

 

 

 

「アハハハハハハ‼ 良いッ、やはりアリウスはこうでなくては‼ 信頼、希望等くだらない。貴女達は、身の丈にあった不幸を噛み締めていればいいのです」

 

 

 

 ですが、とベアトリーチェは続ける。そして間平に視線を向けた。

 口角が最大限まで広げられた、悪辣な笑みだ。

 

 

 

「まだ足りない。まだアリウス・スクワッド、他のアリウスの生徒達が残っています。彼女達にも再び、虚無と憎悪に塗れてもらわなければ......ね? 間平悠」

「やっぱりそうきたか......」

 

 

 

 その手には、黒服の開発したものであろうコンタクトレンズがあった。

 

 ベアトリーチェはそれを用いて、アリウス生を強化し自分を排除しにくる。間平はそう推測していた。

 

 だが現実は違う。建物を崩された時に、何となく察した。

 彼女の目的は間平だったのだ。彼を拘束し、コンタクトレンズを使用させることが本当の狙いだった。

 

 今となっては後の祭りだが、間平は心の内で反省する。

 

  

 

(......これは俺の早合点だった。黒服とした会話に引きずられ過ぎたな。普通に、装着対象が俺だって仮定も出来たろ......)

 

 

 

 ベアトリーチェが初期の頃から、間平を欲しがるような言動をしていたこと。

 それを黒服により、間平自身聞かされていた。その点は反省すべきだろう。

 

 溜息を吐きつつ、ベアトリーチェを見る間平。

 

 

 

「『本人の想像を介して、この場にないものが現れたり、この場にあるものを別のものとして認識させることができる』......だったか。それを利用するつもりだろ」

「ええ。もしこの場にいる敵が味方に、味方が敵だと認識が変われば......とても愉快なことになると思いませんか?」

「流石この自治区を掌握しただけはあるな。良い発想力だ。それを良い方向に向ければもっと良かったな」

 

 

 

 軽口を叩いて、ベアトリーチェの言う愉快なことを想像した。

 すぅっと、全ての感情が消えていくように感じる。

 

 

 

 敵が味方に、味方が敵だと認識するようになったら。

 

 ......ああ。それは、最悪な光景だろう。

 その先に待つのはきっと......ロクな結末じゃない。バッドエンド一直線だ。

 

 間平は静かに問う。

 ベアトリーチェの腹の中は、既に露わになっているも同然だった。

 

 

 

「......それで先生を殺すつもりか? 俺を使って」

「ええ。最も簡単に事を済ませますから」

「独断で決めていいものかねェ。黒服達が何て言うか分からないぞ」

「その時は従順になった貴方を見せればいい」

 

 

 

 ベアトリーチェは間平の髪を掴み、顔を上げさせる。

 コンタクトレンズをつけやすいようにだ。

 

 これから間平は認識を狂わされ、彼女の駒となり、かつて仲間だった者達を排除する。

 そういった人形となるのだ。

 

 にも拘わらず。

 

 

 

「......ははっ」

「......何です。その笑みは......っ‼」

 

 

 

 間平は不敵な笑みを浮かべていた。

 こっちが上の立場にいる筈なのに、見下ろされているような感覚。

 

 それが不快だった。

 ベアトリーチェは地面にその顔面を叩きつける。

 

 ゴンッと鈍い音がした。一瞬の静寂だったが、すぐに軽い調子の声が響いた。

 

 

 

「おいおい、コンタクトレンズ着けるんだろ? 顔を汚したら、着けづらくなるんじゃないか?」

「ッ」

 

 

 

 地面に付したまま、間平がそう言う。

 赤い染みが広がっているのに、気にしていない様子だ。

 

 こちらに対し、恐怖も怯みもしない態度。

 それがたまらなく不快で、もう一度ベアトリーチェはその髪を掴み、顔を上げさせる。

 

 

 

「答えなさいッ! その笑みは、何ですか⁉ 私をバカにしているのですか⁉」

「まあ、そうだな」

「は......⁉」

 

 

 

 肯定されるとは思わなかったのだろう。

 ベアトリーチェは固まった。呼吸を忘れたように、全ての目が見開かれ、口はだらしなく開けられる。

 

 そんな間抜けな顔を間近で見られたことでも、胸がすいたような気がした。

 間平は鼻で笑う。

 

 

 

 

 

 

「はっ、短い夢だ。せいぜい楽しめ、ベアトリーチェ」

「あと汚れてもいい服をこれから着とけ。夢から覚めたお前は、まず服の汚れに悩まされるだろうぜ......自分の血と土でな」 

 

 

 

 

 黒服との契約はこれで破棄だ。

 

 ゲマトリアであるベアトリーチェが、はっきりと先生への危害を口にした。

 これは明確な違反行為である。ゲマトリアは現時点から、護衛対象ではなくなった。

 

 

 

 つまり、その組織に所属するベアトリーチェに対しても、敵対が可能となる。

 武力行使が、可能となるのだ。

 

 

 

「ッ黙りなさい! 最後くらい、従順でいればいいものを‼」

「......っ」

 

 

 

 顔につけられた傷は既に治っている。

 しかし血で滑るようで、ベアトリーチェの片手の位置が頬ではなく顎に変わった。

 

 コンタクトレンズが目に入った。

 異物が入る痛みと共に、大きな頭痛が走る。

 

 

 

 

 全ての認識が無理矢理崩されていく。

 崩されて、無茶苦茶に縫合されているようだ。

 

 目の前の光景が変わっていって、それに伴い自分自身にも綻びが生じていく。

 辻褄を合わせようと、脳が必死に働いていた。

 

 

 

(こ、れは......マジ、のやつだな)

 

 

 

 カイザーPMCの時は演技が出来る程の、数秒の違和感を抱くだけだった。

 だが今回は違う。今の自分が消えていく。これは嘘偽りなく言えた。

 

 完全に意識が消え去る、僅かな時間。間平は考えた。

 

 

 ......サオリ達は、どうなるのだろうか。

 ベアトリーチェの言った通り、アリウス自治区は再び憎悪と虚無の土地へとなるのか。

 自分が操られたことで、以前より深刻になるのだろうか。

 

 だとしたら、不甲斐なく、申し訳ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(......先、生。悪いな。元に戻れるよう努力はするが……皆と、ありうすを......たのんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリニティのある場所で。

 小さな人影が、一つの人影に駆け寄った。

 

 

 

「サオリ......!」

「......アズサか」

 

 

 

 こちらに駆け寄ってくるアズサに対し、サオリはぼそりと言った。

 その瞳は輝きを失っているように思える。

 

 対照的にアズサは、少しだけ興奮しているようだった。

 空になった水筒を差し出すように持ち、アズサは頬を綻ばせる。

 

 

 

「この前くれた、カレー。とても美味しかった。少しドロッとした舌触りとスパイスが癖になって、私は好ましく感じた」

「......っ」

 

 

 

 

 サオリの両手が強く握られた。

 

 その水筒は、かつて『彼』が作ってくれたカレーが入っていたものだ。

 『今の彼』は......もはや人間とは言えない。

 

 

 

 人形だ。

 あの時の間平を思い出すだけで、サオリに怒りと無力感と抱いた絶望が湧いてくる。

 

 

 

 ミサキは顔を顰めていた。

 ヒヨリは狼狽え、アツコは......悲しそうに目を伏せていた。

 

 

 

 自分達が駆け付けた時には、全てが終わっていた。

 そして今、そんなことを知らずに笑っている目の前のアズサに対し、ドス黒い感情が芽生えてくるのをサオリは自覚する。

 

 

 

「本当にありがとう。次はどんな料理がくるのか、期待している」

「そんな機会はない」

 

 

 

 奪い取るように水筒を手にした。

 突然の出来事に少しだけ身体を揺らし、アズサが恐る恐るといった様子で見てくる。

 

 

 

「......サオリ?」

「希望を持つな。幸福を望むな、アズサ。その先には......何もない。虚無を前に、自分の身の丈を知らされるだけだ」

 

 

 

 自分と同じような苦しみを......彼女に味わってほしくなかった。

 だからサオリは、アズサに伝えるのだ。

 

 この世の真理を。

 身に染みて分からされた、この言葉を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「vanitas vanitatum et omnia vanitas」

 

 

 

 

 

 全ては虚しい。

 どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ。

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