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次回、ついに補習授業部編です。
その前にアリウスで何が起こったのか……。
本編をどうぞ。
サオリと間平がアツコ達の元に戻る。
先程のやり取りで二人の心の内は、『いかにしてアツコに知識を与えないか』で共有されていた。
そのためのジャブを、サオリが放つ。
「子供を作る方法は、生半可な気持ちで聞いていいことじゃない」
「え。そ、そうなんですか……⁉」
「ああ。子供を作る時にも、この世に誕生させる時にも、私達はとてつもない痛みを経験することになる」
サオリと間平の作戦はシンプルだ。
『子供の作り方について、続きを聞くのに抵抗を持たせる』。
前置きをネガティブな印象にすれば、続きを聞きたくないと思わせられる。そう考えた。
だからヒヨリの反応は、サオリにとって助けになるものだった。
ダメ押しとばかりに、力を込めてサオリは言う。
「例えば、子供をこの世に誕生させる時だ。場合によっては私達は、生きたまま腹を裂かれることになる。子供は普通、身体の中に宿るからな」
「ひぃぃぃっ。い、生きたままですかぁ⁉」
「うわ……私達もそうやって生まれてきたんだ」
(……嘘はついてないな)
間平はそう小さく頷いた。
サオリが言っているのは帝王切開のことだ。
確かに生きたまま腹は裂かれている。
しかし方法の一つに過ぎないこと、その間に麻酔を掛けられていること、死亡率が極めて低いこと等は省かれていた。
なのでヒヨリ達にとっては、さぞ恐ろしい話のように聞こえたことだろう。
「うぅ。やっぱりこの世は苦痛で満ちているんですねぇ……もういいです、これ以上聞くのはやめときますぅ……!」
「私も。好奇心だけで聞いていい話じゃなかったね……」
実際、ヒヨリは泣きそうになりながら、ミサキは興味を無くしたようにこの場を後にした。
サオリはその背を見届け、目を瞑る。
(すまない。ミサキ、ヒヨリ。いつか本当のことを教えるから、許してくれ)
必要以上に怖がらせてしまったことを謝り、サオリは目の前の仮面の少女に目を向けた。
後はアツコだけである。彼女は最年少だ。
ミサキもヒヨリも立ち去る程の話を聞けば、二人の後に続くことだろう。サオリはそう思った。
『それは痛そうだね。でも、さっちゃん。そもそも何で私達の身体の中に子供が出来るの?』
「な……⁉」
だが手話にて、アツコは掘り下げを行う。それも核心に至る問いかけだ。
想定外の反応に、サオリは絶句した。大きく目を見開いている。
サオリの隣にいる間平と、正面にいるアツコは心の中で呟いた。
(意外とサオリも表情が豊かなんだな……)
(ふふ。さっちゃんたら、固まって面白い)
まず前提条件が違ったのだ。
アツコは『知っている』人間だった。
そしてその目的は、いかに間平とサオリが子供の作り方について、自分に誤魔化そうとするのか。その行動を観察することにある。
(もう少し楽しませてもらうよ)
仮面の中で、アツコは小さく笑った。
無防備なサオリに照準を定める。
『ねえ。さっちゃん。教えてほしいな』
「それは……身体の中に向けて、あるものを入れられるからだ」
『あるもの? 誰に? 男の人?』
「う、うぐ……」
サオリは言葉に詰まった。誰の目から見ても追い詰められている。
そして。
(ま、間平。私はどうすればいい……っ?)
視線で間平に助けを求めた。
普段の彼女が見せない、弱弱しい姿。
間平は心の中で溜息を吐きつつ、交代した。
そんな目を向けられたら、無下にするわけにはいかないだろう。
しかし。
(どうするかねぇ……こいつ、多分知ってる側だろ)
間平は何となく、アツコが知識を持っていることに気付いた。
しかし証拠はないので口に出さない。本人に確認するなんてもってのほかだ。
白を切られ、余計に自分達が窮地に立たされる。
間平の推測が間違いでもこうなる。
アツコが認めた場合。
これはサオリがショックを受ける。
彼女は何にも悪くないが、そのような知識を持たせてしまったことに罪悪感を抱きそうだ。
「そこまでにしておけ、アツコ」
つまり、サオリにアツコが性知識を持っている可能性に気付かれることなく、それでいてアツコに性知識を教えずにこの場を納めなければならない。
一か八かで、その情に訴えることにした。
「さっきサオリが言ったように、子供を作るのもこの世で会うのも大変なことなんだ。両方簡単に出来るわけじゃないし、痛みも伴う。そんな事実をまだ幼いお前に教えたくないサオリの気持ち……今回は汲んでやってくれないか?」
「そ、そうだ。本当に申し訳ないとは思う。だが……分かってくれ姫」
『二人ともずるい。私も知りたいのに』
手話をした後、アツコは肩を落とす。
それを見て、サオリは言葉に詰まった。演技の可能性があるとはいえ、間平も罪悪感を抱く。
抱きつつ、説得を続けた。
「そんな慌てて得るような知識じゃない。一部じゃ、結婚もしてないのにそれをしたら『穢れた存在』なんて定義付けられる可能性もあるんだ。慎重に、ゆっくり得ていってもいいんじゃないか?」
『……』
……ダメか。
今迄何かしらの反応を示していたアツコが急に黙り込む。
それを見て、間平はその説得が苦しいものであった気がした。
だから、次のアツコの行動は予想だにしないものだった。
『教えて』
「……あん?」
『どうして穢れた存在になっちゃうの?』
「姫?」
淡々と手話で続けるアツコ。
その様子に、一旦サオリと間平は顔を見合わせる。
興味関心の流れが逸れた。
それは喜ばしいことだが、一体何故……。
どういうことだ、と視線で投げかけるサオリに、間平は黙って首を振った。
分からない、と。
ぱんっ。
そんな二人に苛立ったのか、小さな音が鳴る。
音の出所は、スカートに包まれがらもその輪郭を主張する、アツコの柔らかそうな太ももだった。
太ももから外されて、彼女のお腹前に浮く両手に視線が固定される。
『教えてくれたら、子供の作り方を教えてくれないでいいから』
「間平。説明を」
「概念的な話だな。結婚前にそれをすると、不吉だとか忌避するべきこととか忌まわしいだとか。悔い改めないと霊魂が汚れるとか信じられているらしい。主に宗教の中で」
確か世界三大宗教のうちの二つと、ユから始まる4文字の宗教だった筈だ。
サオリの指示で説明を終えた間平は、そう生前の記憶を振り返る。
ここはキヴォトス。関係ない話であるが。
間平は視線をアツコに戻す。彼女は手話を行った。
『ありがとう。とても勉強になったよ。それに免じて、今日はこれで我慢してあげる』
「そ、そうか。それは何よりだ、姫」
『さっちゃん、困らせちゃってごめんね。今日はありがとう。じゃあね』
そう言ってアツコはこの場を立ち去る。
小さな背中が完全に消えた後、同時に二人分の溜息が出た。
「すまない間平。助かった」
「もうダメかと思ったがな。だがまあ……結果的に上手くいって良かったよ」
脱力するサオリと間平の目が合う。
お互いにあまり見ない、人間らしい姿だった。
サオリにとって間平は、頼りになるが得体の知れない男であるのに変わらないし、間平にとってサオリはリーダーシップのある女教官みたいな印象だ。
だから人間味のある側面が見れたのは安心できた。
「ん」
「? ああ、そういうことか」
間平がサオリの前で片手を開く。サオリは数秒遅れて、その意味を理解した。
そして逡巡する仕草を見せた後、片手を同じようにする。
ぱし。
二人の手が、軽い音を鳴らす。
その表情は、何となく晴れやかなものだった。
「何だ、これは……」
サオリはそう呟く。
その瞳孔は揺れ、吐かれる息は次第に荒くなっていた。
目の前の光景が信じられない。
表情がそれを物語っている。
震える声で、問いかけた。
「マダム」
「どうかしましたか? サオリ」
「……これは、どういう状況ですか。何故、間平は倒れているのですか。この血痕は……」
ベアトリーチェの足元には、間平が倒れていた。
その上に、数人がかりで体重を預けているアリウス生徒達。周囲には夥しい量の血液がある。
ここで戦闘があったのは一目瞭然だ。
そしてその結果も……。
いくら再生するとはいえ、出血できる量には限りがある筈だ。
血液の量はどう考えても人一人が出せる量を超えていると思う。だから、間平は既に……。
サオリの中で間平の生死は決まっていた。
それ故、理解できない。
「間平と戦うことで、私達は能力を高められた。今後も彼は貢献してくれた筈。なのに、何故……‼」
「この自治区を私の理想とする姿から、これ以上かけ離れたものにしないためです。目に余りましたよ、人並みの幸福を求める近頃の貴女達の姿は」
「ッ」
私達は、希望を抱くことも許されないのか。
射殺すようなサオリの視線を、ベアトリーチェは意にも介さない。
鋭い歯を見せ、嗤った。
「ですが、それももう終わりです。この男には散々屈辱を受けましたが、今回の働きで相殺することにしましょう」
「今回の働き……?」
どういうことだ。
その問いは背後からの無数の足音によって、口から出されなかった。
「こ、これは一体……!」
「マ、マダム⁉ それに……間平さんッ‼」
「あ、あんた達がやったの⁉ どうして⁉ 間平さんは、私達のためにッ‼」
後からやってきた他のアリウス生達だ。
足音が止まれば、何十人分もの声が響いた。それはアリウス・スクワッドを越えた先にいる、ベアトリーチェに協力した生徒達に向けられたものだ。
「そんなこと頼んでない‼ こんなアリウス、私は望んでないの‼ 口を開けばすぐに間平さん、間平さん……もううんざりなのよッ‼」
「ゲヘナやトリニティへの憎しみを忘れた恥知らず共が‼」
「希望を抱くこと自体、無駄なんだって。何で分からないかなぁ」
ベアトリーチェに協力した生徒達も、言われっぱなしで終わらなかった。
間平に対して信頼を向け、友好的な態度で接する者が多い。そんなアリウスが嫌だった。
いつか間平に対し疑念を抱く自分達が、異端とされ迫害されるのを恐れたからだ。
もう既に疎外感を抱いていた。だからベアトリーチェの口車に乗ったのだ。
彼女の支配するアリウスに戻れば、自分達も苦しいが皆も平等に苦しめられる。
疎外感を感じず、皆同じになれる。そう考えると安心できた。
「っこの恩知らず‼」
「うぐっ⁉」
だがそれは、変わろうとしていた者にとっては傍迷惑な話だ。
間平という希望を失った今、その怒りの矛先は奪った者達に向けられる。
発砲音と共に、その弾丸が命中した。
その箇所を押さえた数秒後、憤怒と共にベアトリーチェ側の生徒が反撃をする。
「うるさい狂信者‼」
「きゃっ⁉」
「ッ……よくもやったな‼」
「せ、戦闘開始‼」
一瞬でこの場が、怒号と銃声が飛び交う戦地となった。
互いが憎しみを抱きながら、目の前の仲間だった者に対して、引き金を引きあう。
ベアトリーチェは口に手を当てた。
そして高らかに声を上げる。
「ク、クククク……! アハハハハハハ‼ そう。貴女達はそれでいい。希望を持たず、憎しみを抱いたまま、私の思い通りに動いていればいいのです」
今回の働き。その意味が分かった。
ベアトリーチェは間平を利用し、目の前の紛争を引き起こしたのだ。
アリウスを、自分の望む姿にするために……。
それを理解しても、アリウス・スクワッドは茫然とその光景を見ることしかできない。
トラウマが蘇るようだった。幼少期の、争いが絶えず起こるアリウスの中での生活……。
「っ違う‼」
サオリが叫ぶ。
昔は無力だった。だが今は違う。
戦える力を持っている。武器もある。
この中で一番強いのは、自分達だ。
そう奮い立たせ、後ろにいるヒヨリ達に指示を出す。
このままベアトリーチェの思い通りにはさせたくなかった。
だってそれは、間平に対する……これまでの彼の行動に対する冒涜だ。
「ミサキ、ヒヨリ、姫。あいつらを止めるぞ!」
「いいえ。その必要はありません」
「……え」
ベアトリーチェの声がした。
そしてヒヨリが声を発した。彼女は目を丸くし、信じられないものを見ている様子だ。
呼吸を忘れたようにして、その顔の血の気は失せている。
「うそ……」
ミサキも同じだった。
そうぽつりと呟き、ずっとある一点を見つめている。
「……間平」
そう、アツコが言った。初めて彼女は自らの口で、その名を呼んだ。
間平がどうかしたのか。
サオリはベアトリーチェに向き直る。
「間、平……?」
そこには、間平が立っていた。
身体の至るところに付着している血を気にした様子はない。
あの出血量で生きていることが不思議だった。
だがそれ以上に理解できない。
《私達に任せて。顔無し、あの子達を止めてくれる?》
「彼に任せますから。間平、貴方の力で黙らせなさい」
「ああ、任せろ。危険だから下がってな、『先生』」
何故彼は、ベアトリーチェを守るように背にしているのか。
先生とは誰か。
彼女やアリウス生を視界に入れるたび、目や鼻から血が流れているのに、何故気にしていないのか。
「ぎゃああ⁉」
「うぐ⁉」
「な、何で、間平さ……‼」
「やめっ」
ベアトリーチェ側の生徒。
間平を慕っていた生徒。
関係なく、彼によって沈んでいく。
何の感慨も見せず、ただ淡々と、そうあるべきかのように作業を終わらせていく。
人間らしさのない機械。ただの現象。
今の間平は、そう呼ぶに相応しい姿だった。以前見せていた人間らしい様子もない。
「終わったぞ先生」
《流石だね顔無し。相変わらず強いよ》
「フフフ……! 素晴らしい。素晴らしいですね、間平」
「最初から仲間割れしてたからな。こんなもんだろ」
いや。
ベアトリーチェに対しては以前と変わらない。以前までの態度が嘘だったようだ。
理由は分かる。
きっと彼は今、洗脳されている。
今の彼女は彼にとって、守るべき人間にすり替えられているのだ。
「ま、間平……」
サオリがそう呼びかける。
今の彼が見ていられなかった。
自分のことを分かってくれるのか、確認したい気持ちもあった故の呼びかけ。
ゆっくりと間平がこちらに顔を向ける。
その鉄面皮が、少し緩んだ気がした。サオリは目を見開く。
「何だ委員長か。もしかしてこいつら、賞金首だったりしたか?」
「は……」
誰だ、そいつは。
息が止まるサオリを庇うように、ヒヨリが前に出た。
そして訴えかける。
「ま、間平さん。何言ってるんですか? 一体誰と、勘違いしているんですか?」
「ゆるふわちゃんも来たのか。となると、ツインテちゃんと獣耳ちゃんもいそうだな」
「……っ」
「あんた……何言ってるの」
「……」
「……珍しいな。獣耳ちゃんがいないで、ツインテちゃんと一緒に書記ちゃんとは。実戦の経験でも積みにきたのか? 無理はするなよ」
サオリを委員長と呼び。
ヒヨリをゆるふわちゃんと呼び。
ミサキをツインテちゃんと呼び。
アツコを書記ちゃんと呼ぶ。
その表情は自分達に向けていたものだった。
だが呼ばれるその名前は、全く知らない誰かの名前だ。
アリウス・スクワッドは理解する。
もう、自分達の知る間平はいない。
ベアトリーチェはずっとこうなることを望んでいた筈だ。
彼をこうした方法をいかに誘導しようと、口にすることはないだろう。
「あの時、私が決断していれば……こうはならなかったのか」
もしアツコが生贄にされることを話していれば、ベアトリーチェに反旗を翻し、このような結果にはならなかったのだろうか。
間平は希望だった。
だが失敗を恐れ、行動しなかった結果、今ではその存在を絶望へと変えている。
今後のアリウスの未来を想像するのは簡単だ。再びベアトリーチェの支配下となる。
間平という武器を手に入れ、その力を示したことでより生徒は彼女に対して、従順になるだろう。お互いを憎み合ったまま。
ベアトリーチェが言った、間平の今回の働き。
それは彼を巡っての争いを起こすだけではない。
彼という希望を絶望の象徴に変えて、アリウスを再び支配することにあった。
そのことに気付いたサオリは、ぽつりと呟く。
「全ては虚しい……どこまでいこうとも、全てはただ虚しいものだ……」
刷り込ませるように、ゆっくりと。
ベアトリーチェが歩み寄る。満足げに、そして耳元で囁いた。
「その通りです。良い教訓になりましたね。希望を持ったところで、貴女達は変われないんですよ」
間平はそれを見て、二人を引き剝がすことなく。
ただ黙ってこちらに目を向けるだけだった。
高評価頂けると嬉しいですっ
モチベにも繋がるので、何卒……‼