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斑目はアビドス高等学校の生徒会室にいた。
ここでは、毎日アビドス復興についての会議が行われている。生徒を集める方法、お金を集める方法、そういった議題でだ。
大体が実現可能か怪しい方法が候補に上がり、斑目の同級生である小鳥遊ホシノがバッサリとこれを否定する。
それがいつもの流れだった。
「……ユメ先輩。またですよ」
「う〜ん……ホシノちゃん。ユウくん、この頃ずっと様子が変ね。どうしたのかしら?」
だが、それは変わってきていた。具体的に言うと、斑目が黒服と遭遇した日からだ。
斑目は船を漕ぐことが多くなった。目を開けて、何とか眠気に勝とうとしている様子だ。目の下には隈が出来ているし、斑目が十分な睡眠が取れてないことは、ホシノとユメにも分かることだった。
「知りませんよ。斑目のことですから、夜遅くまでトレーニングでもしてたんじゃないですか?」
「そうね……。ユウくん、変に自己評価低いもの」
2人にとって斑目は大切な仲間である。別に自分達と違って脆弱だからと、彼を邪魔に思ったことはないし、寧ろいてくれるだけで救われていた。
だが当の本人はそう思っていないようで、いつも申し訳なさそうにしている。それをホシノは気に食わなかったし、ユメは悲しく思っていた。
「よっこいしょ」
ユメが自分の席から立ち上がる。そして斑目の傍に立ち、その耳に唇を寄せた。
「ユウくん!」
「うわっ!? ……ああ、ユメ先輩。ごめんなさい、寝てました?」
発声と同時に両肩に手を置かれ、斑目は声を上げて顔を上げる。そして状況を理解し、眉を下げた。
ホシノは座ったまま、視線を斑目に向ける。その目は、彼を非難していた。
「それ聞き飽きたんだけど」
「ご、ごめん。小鳥遊さん」
斑目は苦笑しながら、頭を掻く。
「そんなに眠いなら、無理に学校へ来なければいいのに」
「っ! それは嫌だ! 絶対ッッ!! ……あ」
立ち上がってから、斑目は自身の行いを後悔する。
突き刺さるのは二つの視線だった。ユメは不安げな表情をした後、その顔を引き締めた。
ホシノも一瞬目を丸くしたが、すぐにそれを鋭い形にする。
「……ねえユウくん。何か、あったよね?」
「最近の斑目、本当に変だよ。私達に、何か隠してるでしょ?」
疑問系ではあるが、2人とも自分の異変に気付いてる。雰囲気でそれを察した斑目は、冷や汗を垂らす。
「あ……う」
上手い言い訳が思い浮かばず、斑目は意味をなさない言葉を漏らすしかなかった。
2人と目を合わせることを恐れ、視線が合わないよう下を向く。
それを見たホシノが、歯を噛み締め、椅子を鳴らして立ち上がった。
「っいい加減に……!!」
「ホシノちゃん待って!」
斑目に詰め寄るホシノを手で制し、ユメは斑目の前に立つ。
「……ユウくん。私達はね、ユウくんを責めたいわけじゃないの。助けたいのよ。だってユウくん、最近凄く苦しそうよ……?」
「っ……ユメ、先輩」
静かに抱きしめられ、斑目は自分の視界が歪んでいくことに気が付いた。
優しい匂い。柔らかくて温かいユメ先輩の身体。
それに包まれ、安心感が斑目を覆った。
「うっ……ひぐっ……ユメ、先輩ッ……!!」
斑目はあれ以来、まともに眠れてなかった。
期間は刻一刻と迫る一方、アビドスの借金を返済出来る方法は未だ見つからない。
だから毎晩、寝る時に考えるようになったのだ。
明日、黒服に実験台になると伝えることを。
だがその度に、頭に浮かぶ生徒会での思い出。それが終わり、どこに行くのかと告げぬまま、2人と別れなければならないことが苦しかった。
その苦しみと戦うだけの夜。斑目は、眠ることさえも恐れるまでにもなった。
「……2人の意見を参考にしたいんですけど、いいですかっ……?」
「! ええ! いいわよね? ホシノちゃん!」
「はい。勿論」
斑目が自分達を頼りにした。
ユメは笑顔でホシノに顔を向け、ホシノも簡潔に答える。
……どう、切り出そうかな。
ユメの胸の中で、斑目はそう考えた。
つい安心感で弱音を吐き出してしまったが、黒服から提案された実験の内容は、話さない方がいいだろう。
斑目は彼に対して、恐怖心を抱いている。
もし内容を話せば、アビドスの借金返済の目処が無くなるだけでなく、黒服によりホシノとユメが何か被害を受けるのではないかと考えた。
「もし、もしですよ……? もし、自分がここから立ち去ることで、アビドスを救えるとしたら……2人なら、どうしますか?」
だがこれは、いい機会なのかもしれない。
もしこの問いに、1人でも『立ち去る』を選んだら斑目は黒服の話を受けるつもりだった。
何故なら彼女達が選べるのに、自分が選べないのは『覚悟』と『アビドスを思う気持ち』が足りないことの証明になるからだ。
「……それは、もう二度と会えないの? それとも一時的なもの?」
ホシノの声が耳に届く。すこしだけ固いその声色に、内心ドキドキしながら答えた。
きっと彼女は、この先の解答が分かっているのだろう。
「……分からない。けど二度と会えない確率の方が、高いと仮定すると。どうする?」
「何それ。話にならないよ、斑目」
「そうだね。ホシノちゃん。いい? ユウくん」
ユメに両頬を掴まれ、顔を上げさせられる。その途中、こちらを見るホシノとも目が合った。
「「立ち去らない」」
「かわいい後輩2人を置いて、立ち去れるわけないでしょ! 例えそれでアビドスを救えたとしても、そんな救い方、私が嫌! まだユウくんとホシノちゃんと別れたくないもの!!」
「私のいない、ユメ先輩と斑目だけのアビドスなんて不安でしかない。またすぐ借金しそうだし。だから私が、ここから一人で立ち去るなんてあり得ないから」
それで、とホシノは斑目に目を向ける。
「今の質問の意図は? 何となく? そんなわけないよね」
この問いに素直に答えることは出来ないため、斑目は真実と嘘を織り交ぜて話すことにした。
「この頃、ずっと寝れてないんだ……」
「数週間前に、報酬の高い治験バイトを見つけたんだけど、採用されたら指定された病院でしばらく過ごさないといけないって」
「ただ薬を打って、変化を観察する内容らしいんだけど、副作用として記憶を失う可能性があるってあって……」
「毎晩、アビドスを救うためならって応募しようとするんだけど、もし記憶を失って、小鳥遊さんとユメ先輩を忘れたらって思うと怖くて……! だってそれは、今の自分がもう二度と2人に会えないってことで……‼︎」
現実に沿った嘘であるためか、次第に言葉に斑目の感情が乗っていく。そして再び、顔を歪め涙を溢した。
「あわわわ! ユウくん、落ち着いて〜!?」
「……どう考えてもそれ、ロクなものじゃない。やっぱり私がいないとダメじゃん。ユメ先輩も、そんな美味い話に乗らないでくださいよ」
「うう……もし私が騙されそうになったら、ホシノちゃん止めてね?」
「勿論。ちゃんと止めますよ。聞き分けが良くなければ……両足を折ってでも止めますから」
「それをこっち向きながら言わないで、小鳥遊さん……」
ホシノの威圧に気圧されたためか、その前の2人の答えを聞いたためか。
斑目の中で、『黒服の提案を受ける』という選択肢は消えかかっていた。最後までこの3人で、抗うことに決めたのだ。
「……僕も決めました。2人と同じで、ここから立ち去りません。やっばり3人でいる、この学校が好きだから」
「うん! いい顔になったね!! 男の子はそうでなくっちゃ!!」
「……まあ、悪くないんじゃない?」
うりうりと斑目の頭を撫でるユメ。笑顔でされるがままにする斑目。関心のないふりをしながら、その光景を頬を綻ばして眺めるホシノ。
どこか曇っていた生徒会室が、晴れた瞬間であった。
「そうだ! ユウくん、夜眠れてないんだよね?」
「え? まあ、そうですね……。でも、今日からは大丈夫だと思います!」
「でもユウくん。まだ眠そうだよ? 隈も残ってる」
ユメの言う通り、斑目は悩みが解消したとはいえ眠気が消えてるわけではなかった。
「……よし! 決めた!!」
ホシノちゃん! とのユメの掛け声に、首を傾げながらホシノがそちらを見た。
「お昼寝しよう!!!! 皆で!!!」
「「はぁ!!!?」」
ユメの提案に、斑目とホシノは大きく口を開いて驚く。
「保健室のベッドでさ! 3人で川の字になって寝るの!」
「待ってください! 何で川の字!? 僕は男ですよ!? そこは普通、僕1人と、小鳥遊さんとユメ先輩で分けますよね!?」
「そもそも、昼寝なんてしてる場合ですか!?」
斑目とホシノはユメに抗議をした。
「でもユウくん。私達と会えなくなることが不安で、眠れなかったんでしょ? なら不安にさせた分、ちゃんと私達は傍にいるって教えてあげたくて……駄目?」
「う」
「ホシノちゃん……ね?」
「ぐっ」
圧倒的な光に飲み込まれるようだった。ユメのお願いに逆らえず、2人は項垂れて保健室のベッドに引き連れられる。
「待ってください! 何で僕が真ん中なんですか!? 男だって言ってるじゃないですか! 小鳥遊さんでしょここは!」
「斑目。今私の身長を見て言ったでしょ? 撃たれたいの??」
その後、寝る位置で一悶着起きるが、結局斑目を真ん中にして寝ることに落ち着いたのだった。
〜
やっぱりユメ先輩と小鳥遊さんは凄い。僕が抱いていた焦燥を、簡単に取り払ってくれた。
僕は大好きなこの人達と、一緒に借金を返していこうと思う。この居場所を捨てるのは嫌だから。まだ2人と別れたくないから。
……だから、今日の保健室での出来事は忘れないように記憶に刻んでおこう。
ユメ先輩の抱擁は、天国にいるような気分だった。自宅で眠れなかった原因である、不安や恐怖が嘘のようだった。優しい匂いと抱き方、身体の温かさと柔らかさに包まれて、安心してすぐに眠ることが出来た。
その後、驚くことに小鳥遊さんにも抱き締められていた。完全に寝ていたけど、しっかりと後頭部に腕を回され抜け出せなかった。ユメ先輩のような包み込まれるような感触はないものの、すっぽりと僕の腕に収まるその身体は温かくて、抱き枕を抱いてるような心地良さだった。
その後、起きた小鳥遊さんにヘッドロックをかけられたが気にしない。今日感じたこの人肌の温かさは、僕に安らぎをくれた。このことを思い返せば、もう不眠に悩まされることはなさそうだ。
今日は久々に、ぐっすり眠ろう……。
〜
〜
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ユメ先輩ごめんなさい。
小鳥遊さんごめんなさい。
やっぱりあの時、自分はここから立ち去るべきでした。2人の優しさに甘え、判断を誤りました。本当にごめんなさい。
もう時間は取り戻せないけど。あの頃には戻れないけど。
アビドスは僕が守ります。命に換えても守ります。
それが最期に僕が出来ることです。
どうか僕を許さないでください。ずっと恨んでいてください。
(所々に血が付着している)
〜