憑依in実験体のアビドス生徒   作:改名

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11.第三次模擬試験の結果

 

 

 

 

 まだ疲れは抜けきっていないらしい。

 斑目はゆっくりとベッドの上で身を起こし、そう自分の状態を認識した。

 

 筋肉痛のように身体が痛んで動きに支障が出る。

 というよりは、エネルギーが身体に行き渡っていない感じだ。 

 

 

 

「……まあ、あまり寝れてないしな」

 

 

 

 その声も眠たげなもので、はきはきとしたものではなかった。

 深夜の散歩のつもりが、ちょっとした騒動に巻き込まれたわけである。そうなるのも仕方がない。

 

 斑目は寝間着からいつもの制服に着替える。

 ワイシャツのボタンを閉めていく際、撥水性が高い白の下着と、自分の肌が見えた。

 

 数時間前のトリニティの商店街で起こった出来事を思い出し、溜息を吐く。

 

 

 

「それにしても、あの時は危なかったな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「斑目さん、『顔無し』って便利屋さん、ご存じです?」

 

 

 

 トリニティの商店街にあるスイーツ屋にて。

 クロノススクールの生徒がそう言って、斑目に迫り寄ってきた。

 妙に鼻息が荒く、目が光り輝く彼女。

 

 それとは対照的に、斑目は瞠目するだけだった。

 

 

 

「『顔無し』……ですか?」

「あ、この反応は初めて聞いたって顔ですね。残念、新たなスクープを手に入れられると思ったのにぃ」

 

 

 

 クロノススクールの生徒はそう言って溜息を吐く。

 興味津々だった顔は既に落胆の表情を浮かべていた。

 

 ころころと変わる彼女の態度の変化に、困惑しつつも、斑目は言った。

 

 

 

「ええと……なんか、ごめんなさい?」

「ああ、気遣わせてごめんなさい、こちらこそ。ええい、しっかりしろ私! インタビュー相手に気遣われてしまう等、ジャーナリストとして恥ずかしいことだぞぅ!」

 

 

 

 そう言って、頬を叩くクロノススクールの生徒は自分の頬を叩く。

 物怖じせずインタビューを試みた経験から得たのか、熱血なタイプのようだった。

 

 とはいえ、それを異性に見られるのは恥ずかしかったようで。

 斑目に見られていることに気付いたクロノススクールの生徒は、咳払いの後、捲し立てるように言った。

 

 

 

「いやあ、ごめんなさいね。実は『顔無し』っていう、それはもう正体不明の凄腕の便利屋がちょっと前までいたんですよ。今ではすっかり姿を消してしまっているのですが」

「はあ」

「その正体が私、斑目さんだと思っていたんですが……あやや。外れてしまいました。しょぼん」

「そう、ですか」

 

 

 

 凄腕の便利屋。

 『顔無し』という名前は初めて聞いたが、そんな人物と間違えられて悪い気はしなかった。

 

 好奇心から斑目は聞いてみる。

 

 

 

「因みに、どうして僕がその便利屋と?」

「人間型男子生徒だからですかね」

「思ったより単純な理由だった」

「彼は凄いですよ、斑目さん。上半身を露出して大勢の不良達を単身で骨抜きにして全滅させたらしいです。ビバ! セクシータイフーン!」

「ううん、凄いっちゃ凄いですけど……」

 

 

 

 実力は確かなのだろう。

 一人で多数を相手取り、倒しているのだから。

 

 だがその方法が、色仕掛けを含めたものであるらしい。

 同性である斑目は反応に困った。

 

 しかし、この生徒自身も現場を見てはいないようだ。

 もしかしたら、伝聞の最中にあることないことが含まれていったのかもしれない。

 

 というかそうであってほしい。

 凄腕とはいえ、女子の前で上裸になる同性と一緒にされるのは複雑な気持ちだった。

 

 

 

「他にもブラックマーケットでトリニティの生徒とランデブーする姿の目撃談や、仮面越しに飲食をする目撃談もあって……正直、知れば知る程、人物像が分からなくなっていきます」

「本当ですね。何というか……人間味があるというか」

「……因みに斑目さん、トリニティに彼女さんがいたり、仮面付けながら飲食できる技術は?」

「両方ないですよ」

 

 

 

 ですよねぇ。とクロノススクールの生徒は溜息を吐く。

 勿論、彼女は既に予想を外したと思っている。

 

 しかし『顔無し』と同じ、人間型男子生徒はここにいる斑目一人だ。

 何度も確認してしまうのも仕方なかった。

 

 彼女は斑目の腕に目を向ける。

 普通の腕が目に入った。筋肉も血管も浮き出てない、女子と変わらない腕。

 

 

 

「身体も細いですしねぇ。はぁ……」

「ぐ……一応鍛えているのに」

「ほう! つまり、身体に自信があると?」

 

 

 

 俯く姿から一転。

 ばっと、クロノススクールの生徒が身体を起こす。

 

 その目は、きらり、と光っていた。まるで獲物を見つけた獣のように。

 斑目は嫌な予感がして、生唾を飲み込む。

 

 彼の予感は的中した。クロノススクールの生徒の片手が動く。

 

 

 

「そのワイシャツの中、少し捲って見せてもらえません?」

「見せるわけないでしょ! 放送されますよねこれ⁉」

「へへへっ……! 人間型男子生徒の上裸姿……! 初スクープ……! 部費アップ……‼」

「だめだっ。欲に支配されているっ……!」

 

 

 

 片手をわきわきさせながら、迫るクロノススクールの生徒。

 この場をどう切り抜けるか。活路を見出すため、斑目は必死に目の前の相手を観察する。

 

 そして彼女の片手が、ビデオカメラで埋まっていることに気付いた。

 

 

 

「っさよなら!」

「くぅっ。想定外の素早さ⁉」

 

 

 

 ぎりぎりまでクロノススクールの生徒を引きつける。

 そして服にその手が掛かる直前、斑目は上体を落として、くぐるように抜けた。

 

 土壇場の作戦だったが、上手くいって安心する。そのためかいつもより身体が軽く感じた。

 このままどこまでも走っていけそうな、そんな気分だ。

 

 外から聞こえていた爆発音は聞こえなくなっている。先生達がきっと解決したのだろう。

 斑目はそう考え、合宿所に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん。男子として結構な危機だった」

 

 

 

 逃げきれてよかったと斑目は振り返る。捕まればこの白い下着も脱がされていた筈だ。

 着替え終わり、ドアを開けて部屋を出る。

 

 

 

「そういえば、先生は大丈夫かな」

 

 

 

 教室に向かうなか、斑目はこれから会うであろう先生の姿を頭に浮かべた。

 

 就寝前のことだ。合宿所に戻った斑目だが、まだ先生達は戻っていなかった。

 なので館内にある電話から、先生に戻ったことを伝えたのだが。

 

  

 

『あ……そう、なんだ。よかった、無事で』

 

 

 

 その時の彼女は、いつものような快活な印象はなかった。

 

 

 

『先生……? 大丈夫ですか? 何か、ありましたか?』

『っううん。平気、平気だよ。ごめん……心配かけちゃって。あはは』

 

 

 

 いつもの姿からは考えられない、力ない笑い方。そして掠れた、小さな声。

 彼女に何かが起こり、落ち込んでいるのは明らかだった。

 

 下手な追及や同情は余計に傷付けることになるのではないか。

 斑目はそう思い、電話を終える。それしかできなかった。

 

 

 

「遅い! おはよう!」

 

 

 

 教室に入ると、対照的な明るいアズサの挨拶に迎えられる。

 既に室内には補習授業部の全員が揃っていた。

 

 

 

「おはようアズサさん。皆さんも。早いですね?」

 

 

 

 おはようございます、と返してからヒフミはアズサに視線を向ける。

 眉を下げたまま、困ったように笑った。

 

 

 

「といっても、アズサちゃんには負けちゃいますけどね。日が昇る前からここで予習と復習をしていたそうで」

「やる気マンマンですよね♡ マンマン♡」

「僕はツッコみませんよハナコさん」

 

 

 

 斑目もハナコに対して耐性を得てきたようだ。

 素知らぬ顔でハナコの言動に対応できるようになってきた。

 

 ハナコは嬉しそうに笑う。

 ……最初の初心な反応は見て楽しかった。

 だが、今の斑目とのやり取りも心地よい。

 

 

 

(ふふ。昔は想像できませんでした)

 

 

 

 気心が知れるようになった友人とは、きっとこんな風に話すのだろう。

 過去には想像しかできなかったこと。

 

 今、それが出来ていることがたまらなく嬉しかった。

 弾けそうな鼓動を表に出さず、ハナコはいつものように落ち着きある微笑みを浮かべている。

 

 そして傍観者のように、斑目を含めた補習授業部を視界に収めた。

 一秒たりとも、この時間を零さないように。

 

 

 

「うん。当然だ。なんせ今日も模擬試験がある。だよね? ヒフミ」

「はい、そうですね。アズサちゃんはその様子ですと、もう模試への準備は万端という感じですね?」

「うん。第2次特別学力試験まで二日しか残っていないし、いつまでも皆に心配をかけるわけにはいかない」

 

 

 

 そして今回こそ……! と、アズサは意気込んでいる。

 触発されたようにコハルもやる気を見せ、ハナコも頑張るとしましょうか、と静かに口元に手を添えた。

 

 教室が熱気に満ちているようだ。試験前として相応しい空気だった。

 前の扉が開く。先生が入ってきた。

 

 彼女は補習授業部の皆を見て、笑顔を浮かべる。

 

 

 

「皆……いい感じに張り切ってるね」

(……やっぱり先生、何か変だ)

 

 

 

 斑目はそれに違和感を覚えた。

 

 気のせいかもしれないが、何というか、口に出す言葉の繋がりがぎこちない感じがした。

 本人は普通に喋っているつもりなのかもしれない。だが、所々にぶれがあるように感じた。

 

 まるで錆びた機械のように。

 

 

 

「はい……! ではせっかくの勢いですし、早速模擬試験を始めましょうか?」

「……」

 

 

 

 ……ここでの追及は、野暮だ。

 ヒフミの言う通り、この場の勢いは大事だ。模擬試験前に相応しい空気に満ちている。

 

 この環境で、自分の気のせいかもしれない先生の違和感について追及すること。

 それは間違っていることだと思えた。折角の勢いを止めてしまう。

 

 違和感が正しかったにしろ、間違っていたにしろそれは変わらない。

 だから斑目は今、口を紡ぐことにした。

 

 

 

「それじゃあ第三次補習授業部模試」

 

 

 

 補習授業部の机の前には、裏返された紙が行き渡る。

 それを確認し、教卓の後ろに立つ先生が声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スタート」

 

 

 

 

 

 

 

 

 模試が終わり、採点結果も出た。

 ヒフミは唇を結び、緊張を露わにしている。そして、声を発した。

 

 

 

「先生……発表をお願いします!」

 

 

 

 一つ頷き、先生は黒板の上でチョークを走らせる。

 ハナコ、アズサ、コハル、ヒフミと名前が書かれた横。

 

 そこに点数と、合否判定が付け加えられていく。

 

 

 

 ハナコー69点(合格)

 アズサー73点(合格)

 コハルー61点(合格)

 ヒフミー75点(合格)

 

 

 

「っ‼」

 

 

 

 息を呑む音が聞こえた。

 それはきっと自分からも出たはずだ。斑目は補習授業部を見渡す。

 

 皆、達成感に溢れた顔をしていた。

 

 

 

「皆さん凄い! 合格点‼ 合格点に届いています!」

「うん……!」

「み、見れば分かるわよっ。そんな喜ぶことじゃないでしょ、もう‼」

「コハルちゃん。頬が緩んでますよ♡」

 

 

 

 素直に頷いたアズサとは対照的に、コハルの反応はぶっきらぼうなものだった。

 

 しかし表情は誤魔化せない。その顔は満面の笑みが広がっていた。

 嬉しさによる興奮からか、頬は薄いピンク色に染まっている。

  

 勉強して結果が結びついたこと。自分のことのように斑目が喜んでいること。

 それが嬉しかったのかもしれない。

 

 

 今迄の努力を称え合った後、教室には笑顔で手を広げるヒフミの姿があった。

 足元には、大中小のモモフレンズグッズが並べられている。

 

 

 

「……ということで、約束通りモモフレンズグッズの授与式を始めますっ!」

「‼」

 

 

 

 アズサは目を輝かせ、ゆっくりとそのグッズに歩み寄る。

 必ずものにしてみせる。以前の誓いがこれから現実で起ころうとしているのだ。

 

 だが他二人はそうではないようで。

 

 

 

「あはは……」

「……」

 

 

 

 ハナコは困ったように笑っている。

 コハルに至っては無関心を隠す素振りさえ見せなかった。

 

 気持ちは分かる。

 斑目はそんな二人に同情しつつ、やり取りを眺めていた。

 

 すると一つの足音が近付いてくる。

 側面に立たれたので見てみると、先生が立っていた。目尻を下げて。

 

 

 

「斑目君。ちょっと」

「?」

「ここだと何だから、私の部屋で」

 

 

 

 そう言って、先生は教室を出ていく。

 補習授業部の方を見ると、モモフレンズグッズの授与式で今のやり取りを見た人はいないみたいだった。

 

 だから、斑目も静かに席を立ち、廊下に出る。

 前を歩く先生に付いて行きながら、何となくこの後分かると思った。

 

 先生の違和感の正体が。

 それに関係がある話だから、教室ではないところで行うのだろう。

 

 

 

(……明るい話題ではないだろうな) 

 

 

 

 良い話題なら、そもそも先生がこのようにならない。

 それに場所を変えるということは、補習授業部には聞かせたくない話。

 

 つまり今、喜びに満ちている彼女達に、水を差すような話題ということだろう。

 

 だが具体的なことは分からなかった。

 推測に推測を重ねていると、いつの間にか先生の部屋に着いていた。

 

 

 

「あのね……斑目君」

 

 

 

 部屋の扉を閉めると、ベッドに座った先生がこちらを見上げる。

 罪悪感を抱いているようで、その瞳は揺れていた。

 

 そしてゆっくりと、声を震わせながら言う。

 弱弱しい口調。それとは裏腹に、確かな意思が込められていた。

 

 

「ごめん」

「?」

 

 

 

 

 

「君にはこれから帰ってほしいんだ。アビドスに」

「……え」

 

 

 

 

 冗談ではないことが理解出来た斑目はただ、そう零すことしかできなかった。

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