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7月もギリギリ投稿ヤッター‼
ノルマ達成。ヨシッ(現場猫)
『伝えたいこと……?』
ホシノから訝しむ声が聞こえて、斑目の鼓動が早まる。
先程、斑目の声が聞けたことによる安堵からホシノは弾けた声を出していた。
しかし今は違う。
電話口でも斑目は分かった。
ホシノが何かを警戒するように、ピリピリとした空気を纏っていると。
でも、後には引けない。斑目は自分の意思を伝える。
「僕はまだ、トリニティにいたい。アビドスには、帰りたくない……」
『勉強に集中できないから、だよね? 先生から聞いた。それなら任せてよ。今日中には奴等の拠点、探し出して全部潰してくるからさ』
「そうじゃない。そうじゃないんだよ、ホシノさん」
斑目は小さく首を振った。
目の前にホシノがいないことは分かっている。自然とそうしていた。
「これ以上、ホシノさん達に甘えたくないからここにいたいんだ」
今のもそうだ。
恐らくホシノは斑目のために、本当に周辺の不良の拠点をなくすだろう。
その強さに甘えるのが恐ろしかった。
いつか、ホシノの強さを盾に人として腐るのではないか。
何の成長もなく、ただ身体だけが大きくなるのではないか。
いや、なるのではないか、ではない。
なる確率の方が高い。周囲がすぐにサポートに駆けつけてくれるアビドスなら。
「守られる、尽くしてもらう対象としてじゃない。皆が対等になって目標に向かってる、今のこの補習授業部にいたいんだっ」
『……分かった』
「!」
分かってくれた。
斑目はそう思ったが、すぐにそれが間違いであったことに気付く。
『今後はもう少しユウにも手伝ってもらうことにする。だからさ、早くアビドスに帰ってきてよ』
「な……」
そう端的に述べるホシノ。
いつもより口調は早く、台本を読み上げるかのように平坦だった。
まるでアンドロイドのようだ。
「待って、よ。ホシノさん。僕、まだ……」
『先生から、トリニティの補習授業部? っていう部活の手伝いをしている話は聞いてる。ユウは優しいから、途中で抜けるのに罪悪感を抱いているんだと思う』
「……」
『でもさ、それって……命より大切?』
「……誰かが僕をトリニティに誘き出そうとしたのは、知ってる。でも、だからといって死ぬわけじゃ」
ぎりっと歯が軋む音がした。
斑目が失言に気付いても、もう遅い。
『でも一度死にかけた‼ 一人で‼ 私の目の届かないところで‼』
「っ」
『! ……ごめん。あれは、私が悪いのに。私が、追い出したからユウは……』
「いい。もういいんだよ、ホシノさん」
今のは自分が悪かった、と斑目は反省する。
死ぬわけじゃない、と言ったが死ぬ一歩手前まできたことはあった。
アビドスを去り、黒服の実験を受け、四肢を破壊され……やがて絶望から自殺を試みたのだ。
どの口が死ぬわけじゃない、と言える。前例があるというのに。
ホシノのように警戒することが普通だ。
『またあのときみたいに後悔したくないんだ。だからお願い、ユウ。はやく帰ってきて』
先程の発言でホシノは感情を抑えられなくなっていた。
当時の悲しみ。これから同じようなことが起こるかもしれない恐怖。
それらにより声は震え、嗚咽が止まらない。
「ホシノさん……」
斑目の意思を揺るがすには十分だ。
ホシノに今すぐ戻ると伝え、安心させたい。
そんな思いが斑目に生じてくる。
だがそれは、自分の成長の機会を逃すということ。
また途中であるにも関わらず、補習授業部と別れるということだった。
両者を天秤にかけ、斑目は。
「ごめん、ホシノさん! 僕、やっぱりまだここにいたい!」
『ユウっ!』
「大丈夫! 絶対死なないで、生きて帰ってくるから! それまで待ってて‼」
『ユ』
ホシノの声が途切れ、通話は切れた。
その一部始終を見ていた補習授業部の反応は様々だ。
「あわわ……」
「意外だ。ユウは大胆なことをする」
「凄い力技だったわね」
「これは……後が怖いですね♡」
ヒフミは小動物のように身体を震わし、アズサは感心するように頷く。
コハルは呆れを見せ、ハナコは困ったように笑った。
斑目の肩が丸まった。
「うう。どんどん怒られる要因が増えている……」
我ながらとんでもないことをしたものだ。
自分の意志を押し通すためとはいえ、通話中の電話を切ったのは初めてだった。
今更ながら、未来の自分が受けるであろう説教のことを考え、その顔が青ざめていく。
「はぁあ。全く……」
先生が近付いてきた。
斑目が持つ端末は先生のものだ。それを受け取りにきたのだろう。
「やっちゃったもんは仕方ない。自分でした選択なら、ちゃんと胸を張ろう。斑目君」
「でも僕、とんでもないことした自覚がじわじわと……」
そこで斑目は端末を返した際に、先生の様子があまり変わっていないことに気付いた。
驚くわけでも、苦笑しているわけでもない。それが不思議だったので、聞いてみる。
「先生はあまり驚かれていないですね……?」
「まあ……ね」
先生と斑目の視線が重なった。
微かな笑みを浮かべる先生に対し、斑目は首を傾げている。
別人だ。それでも名残がある。
彼の背後に、黒いレインコートの彼を幻視した。
先生はしみじみと呟く。その胸に懐かしさを抱いて。
「デジャヴってやつかな?」
特に斑目が攫われる、といったこともなく。
補習授業部は第二次特別学力試験を明日に控えていた。
彼女達と斑目は、合宿所で勉強にラストスパートをかけている。
そんな中、先生はというと。
「……お待ちしておりました。ご無沙汰しております、先生」
「久しぶりだね、ナギサ」
ティーパーティーのナギサと会っていた。
大理石で張られたバルコニーに、柔らかい風が吹き込む。
そこにポツンと置いてある大きな白いテーブルで、ナギサは美しい所作で紅茶を一口だけ飲む。
どこから切り取っても、美術品のようになる光景だった。
「あれからお変わりはありませんか? 合宿の方はいかがでしょう、何か困ったことなどありませんでした?」
「ううん。特に変わったことも、困ったこともなかったかな」
「それはそれは。良いことですね」
嘘である。困ったことには巻き込まれたばかりだ。
しかしそれは、補習授業部の皆と夜の商店街に遊びに行ったことが原因である。
先生として頷くわけにもいかないし、そのことを口が裂けても言えなかった。
「……ところで今日はどんな用事?」
「ふふっ……この合宿は言うなれば元々、『生徒達をよく観察できるように』という配慮でした」
「?」
「そういうことなのですが、いかがでしたでしょうか? 何か判明したことなどありましたか?」
「ナギサ……」
先生はナギサが言いたいことを理解した。
理解した故に、悲しそうに眉を下げる。
それに対し、ナギサは意に介さず続けた。
「もっと直接的に言いましょうか、『トリニティの裏切り者』はどなただと思いますか?」
「前と同じになるけど、私は私のやり方で対処するよ」
「……そうでしたね。ただ第二次特別学力試験を目の前にして、あらためてそこを確認したかったのです。そこで、本日もこうしてお越しいただいたわけでして」
すぅっとナギサの目が細まる。
「……おそらく、ミカさんも接触してきましたよね?」
「……」
何も言えない先生に対し、ナギサは美しい笑顔を浮かべた。
「ミカさんと何をお話になったのか……よろしければ、教えて頂けません?」
トリニティの裏切り者は、白洲アズサである。
ミカはそう言っていた。そのことをナギサに伝えることは簡単だ。
だがそんなこと、できる筈がない。
したらきっと、ナギサはあらゆる手段を用いてアズサをトリニティから追放する。
アズサがいなくなるだけで、補習授業部の他のメンバーは退学せずに済むかもしれない。
だからといって、アズサだけがトリニティから消えること。
それをヒフミが、コハルが、ハナコが、斑目が望むわけがなかった。
「私は、誰かを疑うことに時間を費やすつもりはないよ」
「?」
「あの子達の頑張りが報われるように最善を尽くすだけ」
「……」
問いへの、先生の遠回しな拒絶。
そこで初めて、ほんの僅かにナギサの表情に苛立ちが現れる。
だがそこはティーパーティー。すぐに上げた片眉を元の位置に戻した。
「一度あらためて、説明してみましょうか? どうして彼女達なのか。先生の方にも色々と情報網があると思いますが……順番にお話ししましょう」
まずコハル。
彼女はハスミを統制するための存在だった。
ハスミは誰よりもゲヘナのことを憎んでおり、いつ何をしでかすか分からない時限爆弾のような存在。
それを押さえるためだった。
人質のようなものだ。
そんな手を容易に実行するナギサに、先生は何とも言えない気持ちになった。
「そしてハナコさんは、本来誰よりも優秀な才能を持っていたにも関わらず、今はわざと試験で本気を出していません。何を企んでいるのか、全く理解できない状態です」
「アズサさんは、そもそも存在自体が色々と怪しいところばかりです。それに他の生徒達と何度も暴力事件を起こしている、統制不能な存在ですし」
何故、トリニティの裏切り者の候補が補習授業部なのか。
言い淀むことなく説明できていたナギサに変化が訪れる。
「ヒフミさん、は……」
そこで歯切れが悪くなった。
先生は躊躇することなく、切り込む。
「ナギサは、ヒフミのことを……」
「……はい。そう、ですね。ヒフミさんへの思いは……かなり特別です」
「特別……」
「私はヒフミさんのことを、とても大切に思っています。私は彼女のことを好いている……そのことは、間違いありません」
「じゃあ、何でヒフミを……?」
ヒフミへの感情について、先生はナギサが嘘をついているとは思えなかった。
だから解せない。どうして好いている相手を、トリニティの裏切り者と疑うのか。
退学させることができるのかを。
ナギサは先生から目を逸らして言った。紅茶のカップを持つ手は微かに震えている。
「あの子の正体が実は、恐ろしい犯罪集団のリーダーである、という情報がありました」
「……」
「こういったお話が、かえって一番怖いのです。信じていたからこそ、何かが見えなくなっている……盲目な状態になっているのでは、と」
ヒフミの情報について覚えがあった。
先生はナギサとヒフミに対し、罪悪感が湧いてくる。今の二人の状況に、自分は無関係ではないからだ。
何をいうべきか。どう弁解すべきか。
それを考えていたが、ナギサの口から飛び出たワードに思考は吹っ飛ばされる。
「実際、ヒフミさんとあの『顔無し』が共に行動している姿を見たという目撃情報も複数聞いています。ヒフミさんがもし裏切り者だったとしたら、彼も当然、ヒフミさんに付くでしょう。そうなれば……エデン条約の締結は困難になる」
「! 『顔無し』はそんな子じゃないよ!」
「何故、そんなことを……? 先生も彼を、指名手配されていたじゃないですか。それは彼の危険性に気付いたからでしょう」
「っ」
確かに先生は、『顔無し』を指名手配したことがあった。
だがそれは、無茶をさせないためだ。
断じて彼が危険であることが分かり、身柄を押さえようとしたわけじゃない。
「取り繕わなくて結構です。先生。私は理解していますから」
「何を、理解しているの……?」
「『顔無し』の危険性を、です。自分より遥かに大きい化け物を相手に、傷だらけになって血をまき散らしながら、笑みを浮かべて特攻していくなんて……普通じゃない」
「っ」
最初に抱いたのは怒りだった。
それだけで、どうして『顔無し』をまるで人間じゃないように言えるのか。
だが先生は次いで、自分の顔から体温が抜けていくのを感じた。
(どうして、それを……)
知っているのか。『顔無し』の特異性を、ナギサが。
ここまで考えて、思い出した。
カイザーPMCにより、アビドス高等学校が窮地に陥ったことがある。
そのとき、支援してくれた学園があった。
ヒナ率いる、ゲヘナ学園の風紀委員会。
そしてヒフミが連れてきてくれた、トリニティの生徒達。
(あの子達か……!)
後者の誰もが『顔無し』の戦いを見ていたに違いない。
あの戦いを見れば、上に報告をするのは当然だと思えた。
「ですがそんな『顔無し』も今、ヒフミさんと共に監視下に置けています。先生。貴方のお陰です」
「え……?」
「斑目ユウ……彼が、『顔無し』なのでしょう?」
厳密にいえば、違う。
斑目は斑目だ。彼じゃない。
だが限りなく正解に近く、それにナギサが近付いていることに先生は焦燥した。
(待って……)
そういえば、と先生は思い返す。
自分が斑目を、補習授業部の手伝いに加えたいと伝えた相手は誰だ。
ナギサだ。
快く快諾をしてくれたことを覚えている。まるで、『ナギサもそれを望んでいた』かのように。
それとは別に、トリニティの誰かが求人サイトを使って男子生徒を募集していた。
男子生徒は斑目しかいない。
だから彼のみを標的にしていることはホシノが見抜き、妨げた。
一見関係ない二つの事柄が結びつく。
(まさか……)
「ナギサ、なの?」
「……何の話ですか?」
「求人サイトを使って、好待遇な条件で斑目君をトリニティに呼ぼうとしたのは。アビドスが、他所の学園より厳しい状況であることを利用して」
ナギサは答えない。
「そこで自分の監視下に置くつもりだった。でも中々募集はこなかった。焦る中、私が斑目君を連れて行きたいって言ったから快諾した。そうでしょ……?」
「はい」
悪びれる様子もなく、ナギサは頷いた。
涼しい顔で、背筋を伸ばして、堂々としている。
自分の行動は間違っていない。正しいことをしたと言わんばかりに。
「エデン条約が締結されるまで『管理すること』。それは彼について知ったときから、決めていました」
アビドス高等学校。対策委員会の部室にて。
装備、問題なし。弾薬、問題なし。目標、問題なし。
各自で確認は終えた。
アヤネはサポートで部室に残り、それ以外の四人は外へ出る。
「さ~て、皆。それじゃあ行こうか~。しばらく学校を空けることになるからね~」
ふにゃふにゃしたいつもの笑顔で、ホシノが言った。
だがその身体から、黒い靄のようなものが出ている。
そんな気がして、他のメンバーは緊張に包まれていた。
原因である斑目に対して、ほんの僅かな怒りと、その倍の同情をした。
(((ユウ先輩。大人しく怒られて)))
「まずは片っ端からうちにちょっかいかけてくるやつ。潰しに行くよ」