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ダイビング部の生徒……いいっすね。
ココロを、お迎えしました。
こんな娘が目元に影を落として、鋭い目つきするの……良い。
コトネもお迎えしたいです。
が、突然サユリがピックアップされないか不安で石を保持してます。
引くべきか……⁉
「え、嘘っ⁉ 嘘ですよね⁉」
明日は第2次特別学力試験だった。
外は日が落ち、濃藍な色になっている。刻一刻と、その時は近付いていた。
そんな中、合宿所の教室にヒフミの悲鳴に似た叫び声が響く。
彼女の手元には端末が握られている。画面にはトリニティの掲示板が映されていた。
「えぇっと……補習授業部の『第2次特別学力試験に関する変更事項のお知らせ』?」
ふるふると震えるヒフミの代わりに、覗き込んだハナコが読み上げる。
「試験範囲を、既存の範囲から約三倍に拡大……?」
「はぁっ⁉ 何それ⁉」
「また、合格ラインを60点から90点に引き上げとする……?」
「わ、私でもまだ90点なんて超えたことないのに……」
つまりヒフミも落ちてもおかしくない、試験内容の変更だ。
この無茶苦茶な変更に対応し、合格ができるのは現状ハナコただ一人だけだろう。
しかし補習授業部は一蓮托生、連帯責任だ。
一人が合格しても、他が不合格であれば待っているのは退学である。
何だなんだと集まり、教室にいる全員がヒフミの端末を覗き込んでいた。
自分の目で確認し、冗談ではないと分かったコハルは困惑気味に呟く。
「ど、どういうことよ……」
「昨日、急にアップされたみたいです……試験直前になって、こんな……」
「無茶苦茶、ですね……」
斑目は表情を歪めた。
こんなことが、こんなことが許されていいのか……。
斑目はこの教室で、補習授業部の努力を傍で見てきた。
当初は不安になる成績が黒板に書かれていたが、今は絆を深め、着々と学力を身に着けている。
ちゃんとした試験を用意したなら、間違いなくそれが証明される筈だ。
なのに、試験を課す者はそれを許してくれない。
ナギサにとって、補習授業部が赤点を回避することは望ましくないことだからだ。
「……ナギサ」
先生は強く拳を握る。
その脳裏には、ナギサが斑目をトリニティに誘き出したことを明かした後の出来事が思い返されていた。
『ねえ、ナギサ。よく聞いて。斑目君も、ヒフミもエデン条約を邪魔するような子じゃないよ』
『どうやってそれを、証明できるのです?』
『証明……?』
『できるのですか? 二人の心を、本心を、本音を、どうやって証明するというのですか?』
トリニティの大理石で張られたバルコニー。
今のナギサは、そんな風景に似合わない。高貴さはなかった。
取り乱すように、話す速度が早まっていく。
それはティーパーティーという長ではない、年相応の子供のように見えた。
『先生は言うかもしれません。そうではない、誤解だ、事情がある……その言葉にどれだけの意味が? どれだけの真実性が? ……心の中身など、証明できるものではありません』
溜息を吐くように、ナギサは静かに言う。
『ヒフミさんの優しい心、礼儀正しい心、優しいところ……それらを痛いほど知っていても、本音を知ることはできないのです。当然です……どう足掻いたって私達は、所詮『他人』ですから』
ヒフミのような善性の塊のような、清い少女であったとしても。
犯罪集団のリーダーであるという情報が入る。危険な便利屋である『
火のない所に煙は立たない。
自分の見ているヒフミは一つの側面でしかなく、恐ろしい側面を持っているのではないか。
その側面が、自分に牙を剥くのではないか……。
『ですから、退学させるしかないのです。エデン条約……その成功のために』
そう言い切るナギサ。顔を上げたナギサの顔から、先程の未熟な様子は見受けられない。
上に立つ者らしい、冷たい表情だ。
だが先生はその姿が助けを求めているように思えた。自然と口が開く。
『……分かったかもしれない』
『……?』
『ナギサ。今の君はきっと、疑心暗鬼の闇の中にいる』
『……はい? 疑心暗鬼の、闇……?』
ナギサは困惑したように首を傾げた。
先生は頷いて、続ける。
『見たいものだけを見て、信じたいことだけを信じてるんだと思う』
『……』
『君をそこから出してみせる。そして絶対に、補習授業部の皆を合格させる』
『……ふふっ、そうですか』
ナギサは静かに笑った。
「理解しました。まあつまりは、お話がシンプルになったということですね」
先生の身体に緊張が走る。
不思議と穏やかな筈のナギサの瞳に剣呑な光が宿った。
「承知しました。どうか頑張ってください、先生……私は私なりに頑張りますので」
ここからは意地と意地のぶつかり合いだ。
先生は静かに、踵を返すのだった。
「……なるほど。私達の模擬試験の結果を、ナギサさんが何かしらの手段で把握したみたいですね」
ハナコの声に意識が現在に戻る。
彼女の言う通りだ。まずこの問題に対し、どうにかしないといけない。
「露骨なやり方ですねぇ……どうしても私達を退学にしたい、と」
今回の細工はその本気度を伺わせる。
先生、ヒフミ、斑目は深刻そうに額に皺を寄せた。
だが目を瞬きさせる者が二名。
アズサとコハルだ。
「退学?」
「えっ、た、退学⁉ ちょっとどういうこと⁉」
そういえば、コハルさんとアズサさんはまだ知らないのか。
斑目は今更ながらそんなことを思った。
「そのお話もそろそろお伝えしようと……その前に、他にも変更された部分がありますね」
「あ、試験会場と時間も変更されています。試験会場は『ゲヘナ自治区第15エリア77番街、廃墟の1階』……」
ヒフミの脳内で、一度読み上げたその文言が巡る。
試験会場はゲヘナ自治区第15エリア77番街、廃墟の1階。ゲヘナ自治区第15エリア。
「……ゲヘナ?」
ヒフミは目を見開いた。
困惑と驚愕が入り混じっている。
「ゲ、ゲヘナで試験を受けるんですか⁉」
「な、何でよ⁉ どうしてトリニティの試験をゲヘナで受けるわけ⁉」
「あの……これ」
斑目はトリニティの商店街にあるスイーツショップでの、ハスミの発言を思い出していた。
『トリニティの正義実現委員会とゲヘナ間の衝突』。
そう捉えられるのを防ぐため、シャーレと補習授業部が一緒になって解決する構図が望ましいと言っていた。
「エデン条約を自ら壊そうとしているわけじゃないんですよね……?」
あの時はトリニティで美食研究会が問題を起こした構図だ。
だが今回は、補習授業部がゲヘナに足を踏み入れる。
コハルの所属は現在補習授業部だが、それがゲヘナに知れ渡っているとは思えない。
つまりゲヘナからしたら、正義実現委員会の人間がゲヘナに攻め込んできた。
そんな誤解をしてもおかしくないのだ。
「ややこしい事態になる気しかしないんですけど……」
部外者ではあるが、エデン条約を締結させたい立場の人間の作戦としては悪手ではないのか。
斑目はそう思えた。
ハナコは一つ頷く。
「はい。ですが、もし行かなければ未受験扱いで不合格です」
「……行くしかないってことですよね」
俯いて、スカートの裾を掴むヒフミ。
やるしかない。そう覚悟を決めたような顔つきだった。
「そ、それもそうだけど、さっきの退学ってどういうこと⁉ 初耳なんだけど!」
「……実は」
叫ぶコハルに対し、先生は一から説明を始める。
その間アズサは唇を結んでいた。
言いたいことがあるが口にできない。そんな様子だった。
「試験に三回落ちたら、退学……⁉」
だが皆の視線は驚きを露わにするコハルに向く。
そのためアズサの小さな異変に気付く者はいなかった。
皆がアズサを視界に収めたとき、彼女は既にいつものように落ち着いた様子に戻っていた。
「……なるほど」
「か、隠しててごめんなさい……まさか、こんなことになるなんて……」
「ど、どうすれば良いの……⁉ 退学になんてなったら、正義実現委員会に復帰できない……!」
「それは……」
じわりと瞳を潤すコハルに対し、ハナコも眉を下げる。
コハルの不安を和らげてあげられる答えが浮かばず、場に沈黙が訪れた。
それを打ち破ったのは、アズサだった。
「……状況は理解した、とにかく出発しよう」
「えっ、えぇっ⁉」
「試験時間が『深夜の3時』って書いてある。今から出発しないと間に合わない」
「あ、確かに……⁉」
「驚くにせよ、怒るにせよ、絶望するにせよ……それは試験を受けてからでも遅くない」
よく考えてみれば、深夜の3時に試験をさせることもまともではない。
しかしそれに対する反応は小さい。
常識じゃ考えられないことの連続で、皆麻痺しているのかもしれない。
斑目はそう思い、額を押さえなくなった。
「障害物の多さに文句を言ったところで、状況が変わるわけじゃない。大切なのは、それでも最後まで足掻くこと」
「あうぅ……」
「う、うぅっ……」
アズサの言う通りだった。
ここで何か言っていても、事態が好転するわけではない。
行動するしかないのだ。ハナコは小さく頷いた。
「……そうですね。アズサちゃんの言う通りです。今はとにかく動くしかありません」
「それしか僕達にできることはない、ですしね」
「ふふっ……面白そうですね。ゲヘナに試験を受けに行くなんて、初体験です♡」
心なしか楽しそうだ。
そんなハナコと対極にいるコハルは、やけくそとばかりに叫んだ。
「ああもうっ、何もかも意味わかんない! と、とにかく行くのね⁉」
「すぐに出発しよう、各自装備を忘れずに」
「装備⁉ 銃火器ですか⁉」
試験を受けるだけなのに必要があるのか。
驚いたヒフミの表情がそう訴えていた。ハナコはそれに首肯する。
「ゲヘナ自治区はただでさえ無法地帯ですし、今は風紀委員会が条約締結前ということもあって対処しきれていないでしょうし……」
「あ、あうぅ……どうしてこんなことに……」
ハナコの論理的な説明に、ヒフミは諦めたように装備を始めた。
斑目も同様に、防弾チョッキとヘルメットをつける。念には念をだった。
既に準備を終えたアズサが先生に顔を向ける。
「行こう、先生」
「うん。じゃあ準備ができ次第、出発で」
私もできる限りのことをしないと。
先生は自分の端末を開く。画面に映されているのは、モモトークだ。
この時間帯に彼女が起きていることを祈りつつ、先生はメッセージを送るのだった。
「えっと、何とか内部には入れましたが……」
「いくら夜中とはいえ、人気がなさすぎません?」
ゲヘナのスラム街にて、絡んできた不良達を強行突破し、ヒフミ達はゲヘナの内部にいた。
制服には煤が付着している。怪我はないが、戦闘によって汚れた。
斑目もそうだ。戦闘に参加はしていないものの、身体は煤で汚れていた。
額を拭うと汗と煤が混ざり、拳程の太さの線が引かれる。
「いいことです。さっきのスラム街よりよっぽど好ましい」
これ以上襲撃なく、補習授業部が疲労せず試験会場に着くこと。
一番望ましい結果はそれだ。いちいち絡んでくる輩を相手にしていたら、時間も気力も勿体ない。
人気がないというのなら、その隙に試験会場へ向かう。
そう提案しようとしたところで、銃声が響いた。アズサがいち早く反応する。
「……銃声だ。どこかで戦闘が起きている」
「うーん、目的地に行くにはこのまま進むしかありませんし……とりあえず行ってみましょうか」
斑目は心の中で溜息を吐く。
ハナコの言う通りだ。落ち着かない気分のまま、足を進めるしかない。
どこかで銃声が鳴り響くなか、斑目達は試験会場に向けて歩く。
そして検問に辿り着いた。見張るように立つ生徒も複数名いる。
「あれは、検問……?」
「何かピシッとした制服の人が立っていますね」
「……風紀委員会の子達だ」
先生はその制服に見覚えがあった。ゲヘナの風紀委員会だ。
彼女達と初めて会ったのはアビドスで、そのときは『顔無し』がいた。
何かピシッとした制服の人。
もし彼であれば、そんな風に彼女達を呼ばなかっただろう。
……ほんの少し、寂寥感を抱いた。
ヒフミ達を視認したのだろう。起立した状態で声を張ってきた。
「止まれ! ここから先は立ち入り禁止になっている!」
「そもそも今日は、街全体に外出禁止令が出されている筈だ! 早く戻れ!」
「あの人気のなさは、それが理由でしたか」
自身の疑問の答えが出て、ハナコは納得したように頷く。
風紀委員は彼女の白い制服に描かれた校章を見て、警戒心を露わにした。
「……その制服、トリニティ?」
ヒフミは肩を跳ねさせる。
バレてしまった。顔がそう物語っていた。
トリニティの集団を前に風紀委員達は唸るように白い歯を見せる。
その両手は武器に伸びており、いつ撃たれてもおかしくない様子だ。
「どうしてここに……! ゲヘナに何をしにきた、目的は⁉」
「い、いえその、本当にここを通りたいだけでして……!」
「何の目的もなしに、トリニティがゲヘナに来るわけがあるか!」
「ですが私達は本当に、ただ試験を受けに来ただけなんです。特に問題を起こしに来たわけではなく……」
「トリニティの生徒が試験を受けるために、どうしてゲヘナの自治区に来るんだ! せめてもっとマシな嘘をつけ!」
「せ、正論……あぅぅ」
斑目もそう思った。
今回に限っては、明らかにこちらのほうが分が悪い。
先生もそう判断したようで、補習授業部の前に立った。
シャーレとしてだろう。なら自分もそうしなければならない。斑目も先生の隣に立つ。
「この子達が言っていることは本当だよ。私が保証する」
「あ、あなたは……先生⁉」
よかった。私のことを知っているみたい。
武器を握る風紀委員の手が緩むのを見て、先生は嘆息した。
そして、にこりと笑う。
「アビドスのときはありがとう」
「い、いえ。そんな。私達は委員長に従っただけで……大した働きは」
「実際、殆どの敵は委員長が倒していましたし……」
「それでもゲヘナから、アビドスまで来てくれたでしょ? その気持ちだけで十分嬉しかったよ」
警戒心を剥き出しにしていた風紀委員の態度は一変した。
純粋な感謝の気持ちを受け取り、気恥ずかしそうに身体を動かしている。
その心の内では、確かな自己肯定感と風紀委員としての誇りが高まっていた。
「僕からも、ありがとうございました。アビドスを守ってくれて」
斑目は話には聞いていたが、ゲヘナの風紀委員会に会うのは初めてだ。
先生と目の前の彼女達の会話から、お礼を言うべきだと思った。
自分が寝ている間、この風紀委員達はアビドスを守るために動いてくれたのだから。
だから予想外だった。
「……う」
「……おえっ」
「……え?」
風紀委員の二人は、顔を青くさせる。
そして口元を押さえた。まるで吐き気をこらえるかのように。
気分が悪くなったのか。
斑目は駆け寄ろうとした。だができなかった。
「……っあの時は、すまなかった」
「……撃っちゃって、ごめんなさい」
恐れるような、後悔しているような。
そんな目を向けてきたのだ。
風紀委員達は斑目の顔を、そして身体を見ないように目を背ける。
……砂漠で自分達の行いにより、穴が空いた彼の姿を思い出さないように。
(まさか、この子達……!)
先生は目の前の彼女達が、柴関ラーメン周辺での戦闘時にいた風紀委員だと気付く。
そして斑目の手を強く引き、自分を見るようにさせた。
訳が分からない。斑目の表情はそう物語っていた。
これ以上、彼に『情報』を与えるわけにはいかない。だがどうすればいい。
「先生、危ない!」
「きゃ⁉」
突然、斑目が抱き着いてきて、共に後方に飛んだのだ。
喉がひゅっとなる。嫌なデジャヴを感じた。
次いで爆発音が鳴り響き、さっき話していた風紀委員達がそれに巻き込まれる。
倒れる風紀委員。燃え盛る炎。それらを見て、斑目が冷や汗を垂らす。
「っ爆発……⁉ って、先生……?」
先生は斑目の頬に手を添えた。
彼は心配そうにこちらを見下ろしている。
どうしたんだろう。そんな声が聞こえそうだった。
頬からこめかみまで、掌で斑目の顔の輪郭をなぞる先生。
……生きてる。
そんな掠れた声が、先生の唇から弱弱しく漏れるのだった。