GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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10 新人指導実地訓練(ミッションコード:7404FE043)

 

『──目標の周囲に小型アラ…ミの反応あり。数は…四つ。オウ…テイルだと推測さ…ます』

 

「うん、だいじょーぶ……こっちも見えてる。一匹だけ堕天種が混じってるかな?」

 

 インカムから聞こえてきたオペレーターからの通信と、すぐ隣から聞こえてきたベテランの先輩──チハルの声。相も変わらず通信音声はノイズ交じりで少々聞き取り辛かったが、今のケイイチにはそんなことを気にする余裕はあまりなかった。

 

「んー……どうしよっか。最悪グボロ・グボロだけやっつければいいんだけど」

 

 やや下の方向から聞こえてきた、幼げな女の子の声。まるで今日のランチを決めるかのような気軽さに思えるのは、決して気のせいじゃない。ケイイチよりもはるかに身長が低く、どう見ても守られる側であるこのバンダナ姿の少女は、ケイイチなんかよりもはるかに腕の立つ中堅の神機使いだ。

 

 未だに現場に慣れず、そしてこの状況における選択肢としては「逃げる」しかないケイイチやレイナとは違い、この先輩は「グボロ・グボロだけ始末する」、「オウガテイルごと始末する」の少なくとも二つの選択肢を有している。それもたった一人でそれを成すことができるというから驚きで、ついでに言えばこの極東支部に所属する神機使いであればそれがスタンダートだ。

 

「ケイイチ、レイナちゃん。二人の考えを聞かせてほしいな」

 

 命令でもなく、かといって丸投げでもない。唯々純粋に、その考えを知りたいだけ。こういう場なら隊長の命令に従うのが普通だというのに、この先輩はそれをしない。

 

 命令してくれた方がやりやすかったかもと思う自分と、ちゃんと教え導こうとしてくれているんだと思う自分。まさか年下の女の子相手にこんな気持ちになるなんて……と思いながら、ケイイチは学ぶ側の人間として、精いっぱいの判断をした。

 

「オウガテイルを放置するってのは無いっす。万が一の事故が怖いし……そうでなくとも、アラガミを放置して良いとは思えない」

 

「わ、私も……。ここはなんとか分断して、一匹ずつ各個撃破したほうがいいかなって……」

 

「ん、おっけー」

 

 にこりと笑ったチハルが神機を構え直す。その身の丈をはるかに超えたバスターブレードだ。チハルの身長が身長だから、物自体は標準サイズでも余計にその大きさが際立ってしまうのである。

 

「二人とも、良い回答だよ! ……でもね、この状況だとちょーっと厳しいかな? それに今日は二人でグボロ・グボロを討伐するために来たんだから、余計な体力は使いたくないよね?」

 

「う……では、どうしましょう?」

 

「──二人はグボロ・グボロに集中して。他のは全部、私が引き受けるから」

 

「「えっ」」

 

「だいじょぶ、問題ない」

 

 オウガテイル一匹なら、ケイイチは一人で倒すことができる。二匹同時となるとちょっと不安で、三匹ともなれば手は出せない。レイナもそれは同様で、もっと言えば──いくら引き付けてくれる人間がいるとはいえ、中型のアラガミと同時に相手にしたくはない。

 

 少なくとも、綿密な作戦を立ててじっくり攻める必要がある。そうじゃないと死ぬ。

 

 だけど、チハルは問題ないと言い切ったのだ。

 

「それじゃあ、行くよぉーっ!」

 

「ひゃん!?」

 

「うぉ!?」

 

 ぱしんと尻を叩かれて、ケイイチとレイナは走り出した。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 ──ォォォォォ!

 

 

 ああ、でけェなぁ……と、ケイイチはスローになった時間の中でぼんやりと思った。

 

 グボロ・グボロの口はとにかくデカい。体の半分ほどの大きさはあるんじゃないかと思う。その面構えは凶悪で、鋭い牙もびっしりだ。正直、自分が神機使いとしてこいつの正面に立っていることがケイイチは今でも信じられない。

 

「っしゃオラァ!」

 

 攻撃をかわしながら、すれ違うようにして神機でグボロ・グボロの胴体を切りつける。ただ、思っていたよりも全然手ごたえはない。ダメージ自体は入っているのだろうが、切られた当人はまるでそのことなど気づいていないとばかりに平然としていた。

 

「チッ……!」

 

 訓練のホログラム演習では何度も戦った相手だが、やはり現実はそううまくはいかないらしい。

 

「どうしたケイイチぃ! 腰が引けてるぞぉ!」

 

「いや、そんなこと言ったって──!?」

 

 ずん、と腹の底に響くような爆発音。それとほぼ同時に響いたグボロ・グボロの苦悶の悲鳴。あの巨体が大きくのけぞり、そして肉が焦げる嫌な匂いがケイイチの鼻を衝く。

 

「ほら! 足は止めない!」

 

「は、はい!」

 

 気づけば、チハルの神機が銃形態になっていて──そして、グボロ・グボロの砲塔を見事に撃ち抜いていた。バチバチと余韻のように紫電が迸っているところを見るに、きっと雷属性のオラクル弾で銃撃したのだろう。

 

「ロングでこの子と戦うなら、胴体じゃなくて胸ビレか尾ビレ!」

 

「っす!」

 

 グボロ・グボロはアレで結構動きが早い。そうでなくとも、そうやすやすと後ろを取らせてくれるアラガミなんているわけがない。

 

 しかし──こうして怯んでいる今なら。むき出しとなってるその弱点に攻撃を叩きこむのは容易なことだ。

 

「おらあっ!」

 

 

 ──ギャアアアアア!?

 

 

 耳をつんざくような咆哮。確かに感じた手ごたえ。

 

 今度は言われた通り、ケイイチはすぐにその場から転がるようにして距離を取る。

 

「レイナちゃんはショートだから顔面か胴体! でも初心者が正面に立つのはやめた方が良い!」

 

「じゃ、じゃあどうすれば……!?」

 

「撃っちゃえ!」

 

 まるでお手本を示すかのように行われる銃撃。先ほどの銃撃と違うのは、爆発性のオラクル弾ではなく貫通性能を上げたオラクル弾──威力は最低レベルのものだ──を使っている所だろう。それは的確にグボロ・グボロの背ビレと胴体を打ち抜いていく。

 

「ケイイチはとにかく足で稼いで切り結ぶ! その間にレイナちゃんが銃撃! 怯んで大きな隙が出来たら弱点に攻撃を叩きこむ! まずはこれで動いて、慣れてきたら役割をスイッチして!」

 

 戦いやすいな、とケイイチは肌に感じていた。銃の援護があるからグボロ・グボロはこちらの攻撃に集中しきれていないし、上手い具合に隙ができるものだから弱点に攻撃するのだって簡単だ。時折大技が来そうになった時も、余裕を持って対処できている。

 

 やりやすいな、とレイナもその事実を実感していた。前衛が注意を引き付けてくれているから銃撃に集中できるし、たまにこちらに注意が向けられた時は、ここぞとばかりに前衛が神機を叩きこんでくれている。その隙に位置取りを整えれば、また同じように銃撃するという永久機関が完成してしまう。

 

 何より……本当にヤバいときは、チハルがサポートに入ってくれる。

 

「攻撃と防御のメリハリをつけること! 安全第一! 無理に攻撃しようとするのが一番よくないからねっ!」

 

「「はいっ!!」

 

 ケイイチの見立てが間違っていなければ──この自分より年下の小さな先輩は、複数匹のオウガテイルを相手取りながら、グボロ・グボロの牽制をしていた。剣形態と銃形態を巧みに切り替えて、ほんのわずかなスキを見つけて実例を以て銃撃のお手本を見せていた。

 

 そしてすでに、とっくの昔にオウガテイルを始末している。複数匹を相手取っていたというのに……新入りのサポートをしながらだというのに、余裕を持って対処している。

 

(これが極東か……!)

 

 正直なところを言えば。

 

 二年後に同じことをできる自信が、今のケイイチには全くない。

 

「おらああっ!!」

 

 裂帛の気合と共に、ケイイチはグボロ・グボロを切りつける。その小さくて大きな背中に少しでも早く追いつけるように、今この瞬間を全力で生き抜けようと決めたのだ。

 

「いいよぉいいよぉ、その調子!」

 

「あざっす!」

 

 切って、切って、避けて。

 

 撃って、撃って、また切って。

 

 途中何度か危ないところはあったものの、概ね問題なく戦えていたとケイイチは思っている。レイナとのコンビネーションも悪くなかったし、途中からは相手の動きをじっくり観察する余裕も出てきた。今まで意図的に狙ったことは無かったけれど、これならいけるかも──なんて、あえて結合崩壊を狙ってみたりもした。

 

「そろそろ止めだっ! 合わせてくれ、レイナ!」

 

「うん!」

 

 だから。

 

 すっかり忘れ去っていた──本来なら常に注意を払っていなきゃいけないそれから警告が発せられた時、ケイイチは一瞬動きが止まってしまったのだ。

 

 

 

『──緊急…態! 複数の大…アラガ…の反応が…ちらに向…ってい…す!』

 

 

 

「え……?」

 

 何が何だか、わからなかった。

 

 目の前にいるのは、もはや虫の息同然のグボロ・グボロだけ。あと一太刀でも浴びせればケリがつくような状況の中で、いったいどうしてオペレーターがあんなにも切羽詰まった様子で叫んでいたのか。

 

『…アラ……対…危険……!』

 

 激しいノイズ。何を言っているのかさっぱりわからない。何かを必死に伝えようとしているのは間違いないのに、肝心のそれが全く伝わらない。

 

「うん? なんだこれ、故障か?」

 

「うーん……? 私のもノイズで全然聞こえない……あっちの通信機器の調子が悪いのかも」

 

「……まあいいか。早いところあいつの止めを刺さな──」

 

 

 

『……げて!』

 

 

 

 次の瞬間。

 

 ケイイチの腹部にとんでもなく強い衝撃が加わり──そして、ケイイチの目の前が盛大に爆発した。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「がっはァ……!?」

 

 何が何だか、わからなかった。

 

 目がチカチカしてよく見えないし、耳はじんじんと痺れて頭が痛い。とんでもない熱気が頬を撫でたせいで肌がぴりぴりしているし、なによりもおなかが凄まじく痛い。

 

「くっそ……!?」

 

 とりあえず、生きてはいる。腕輪も無事で神機も手放していない。

 

 ただ──シールドの展開は間に合わずに、モロに攻撃を受けてしまった。いや、間に合わなかったのではなくそもそも認知が出来ていなかった。攻撃を受けたその瞬間まで……いいや、今この瞬間も、何があったかまるで分かっていない。

 

「ばかっ! さっさと立ってっ!」

 

「う……!?」

 

 ぐ、と無理やり腕を掴まれて引っ張り立たされて。この時になってようやく、ケイイチは自分が無様に地面に転がっていることに気付いた。

 

「チハル、さん……?」

 

「構えてっ! シユウがいる!」

 

 炎と煙のその向こう。ついさっきまでケイイチが立っていたその場所の向こうに、有翼の異形──シユウが立っていた。

 

「そうか……! さっきのはシユウの攻撃か……!」

 

 シユウ。中型のアラガミに分類されるとはいえ、その翼手を用いた独特な肉弾戦は非常に強力であり、飛行能力も有するというなかなか厄介な相手である。中型のために有効部位(マト)は小さく、翼も下半身も硬質で攻撃が通りにくいという、攻守ともに隙の無い存在だ。

 

 その上さらに……掌に超高温のオラクルを集中させて打ち出すという飛び道具も有している。

 

「あのシユウの攻撃が直撃してたら、ケイイチはいまこうして喋っていられないよ」

 

「え……」

 

「さ、さっき……! あいつの炎の球がぶつかる直前に、チハルさんが突き飛ばしたんだよ……!」

 

 だから、この程度で済んだ。それを理解してしまい、ケイイチの背筋に滝のように冷や汗が流れた。

 

「で、でもたかがシユウだ……! 予定外だけど、三人でかかれば!」

 

「……」

 

「……チハル、さん?」

 

 自分はまだ一人じゃシユウは倒せない。でも、複数人であれば倒したことがある。そして、この中堅の先輩であればシユウの単独討伐程度、それこそ朝飯前で処理することができる。であれば、例えイレギュラーなこの状況下においても心配することなんて何もない。

 

 そのはずなのに。

 

「……ダメ、すぐ撤退するよ」

 

「な、なんで……?」

 

 シユウに神機の銃口を合わせたまま、チハルは絞り出すようにつぶやく。

 

 ──その額には、玉のような汗がにじみ出ていた。

 

「さっきの通信は……複数の大型のアラガミ反応って言ってたんだよ」

 

「っ!?」

 

 気づいた。

 

 気づいてしまった。

 

 目の前にいるシユウとは別に……あっちの方に、別のシユウがいる。

 

 そればかりか。

 

「う、嘘……そんな、コンゴウまで……!?」

 

 妙に殺気立っているコンゴウが、よりにもよって二匹もいる。今までそんな気配なんてなかったはずなのに、もはや戦闘は避けられないほどの距離だ。

 

「こ、こんな……中型のアラガミが四体も……!?」

 

 一体でさえキツい。二体はもっとキツい。三体ともなればもはや未知の領域だ。

 

 ただ、それでも。頼りになる先輩がいれば勝てないまでも撤退くらいならできるだろう。逃げに徹すれば、なんとかならないこともないだろう──というのがケイイチの認識だ。

 

 でも、四体はない。そんなの、あっちゃいけない。

 

 しかも、絶望はそれだけにとどまらない。

 

「ケイイチ、レイナちゃん。……こいつら、普通の中型アラガミと思わないほうが良い」

 

「え……」

 

「あの攻撃の威力……大型と間違われるほどにオラクル反応が強い。たぶんだけど、ミッションランク4以上に相当する個体だよ」

 

「それ、って……」

 

 新入りがどうにかできるレベルじゃない。複数人の中堅以上の神機使いが隊を組んで、作戦を立ててようやく討伐できるレベルだ。ましてや、新入りのサポートをしながら相手をするだなんて正気の沙汰とは思えないと言われてもおかしくない。

 

「……ダメだ、通信は完全に死んでる」

 

「そんな……じゃあ、救援要請も送れないってことですか……!?」

 

「大丈夫。大丈夫だからね、レイナちゃん。強い個体って言ったって、所詮はシユウとコンゴウだもん。スタングレネードを使って訓練通りやれば大丈夫だから」

 

 ──正直なところを言えば。

 

 チハルは、この段階ならまだギリギリ何とかなると思っていた。

 

 シユウ二体程度であれば、新人二人を抱えていても何とか倒せそうだと思っていた。

 

 コンゴウが二体追加された段階で、戦うという判断はなくなった。でも、逃げに徹すれば何とかなると思っていた。

 

 そう、ここは極東。最もアラガミが凶悪で、最もアラガミの多いアラガミの楽園だ。そんな極東で二年間も仕事をしていれば、この程度のピンチなんていくらでも体験してきている。これよりももっと酷い状況だったことはいくらでもあるし、それでもチハルはなんとかかんとか生き延びてきている。

 

 チハルは自分の実力をよく理解している。中堅として確実に仕事はこなせるけれど、決して第一部隊のような戦闘のプロほどの実力はない。だからこそ、戦場で生き延びることに関しては人一倍敏感になって、その感覚を磨くようにしてきた。そうして今日この日まで、実際に生き延びてきた。

 

 だから。

 

「は、ははは……」

 

 シユウの後ろの、さらにその向こう。

 

 ちょっと高台になっているところに──赤いマントをたなびかせる虎の姿を見てしまって。

 

 ずっと警戒していたコンゴウのそのさらに向こうから、黄金の体を持つ騎士の蠍が二体もやってくることに気付いてしまって。

 

「そりゃそうだよね……複数の大型って言ってたじゃん……」

 

 シユウが二体。

 コンゴウが二体。

 ヴァジュラが一体。

 それに加えて──ボルグ・カムランの荷電性堕天種が二体。

 

 たとえこの場に新人──ケイイチとレイナがいなかったとしても。

 たとえこの場に相棒──キョウヤがいたとしても。

 

 ──何がどう転んでも逃げることすらできない絶望を目の前にして、今日こそが自分の最期の日だと理解した。

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