【聚蚊成雷】 小さなものでも、数が集まれば侮れない大きな力となること。また、小さな悪口でも多くの人が言えば大きな害悪が発生することのたとえ。
「我々が倒すべき敵の正体は──終末捕喰だ」
榊が発した言葉の意味を、理解できた人間はほとんどいなかった。
「あー……毎回言っているんだけどよ、博士」
その場にいたほとんどの人間を代表して、リンドウがあきれたように問いかける。
「あんたらの言葉はわかりづらいんだ。いいか……俺たちにもわかる言葉で、わかりやすく、順序だてて、過不足なく説明してくれ」
おそらく榊は、結論から言っている。それ自体は間違いないし、無駄に長々と語られるよりもずっと良いことなのだが……今回に限って言えば、その途中経過や過程もまた肝要であり、なにより結論があまりにも突飛すぎるがゆえに、【結論から話す】というそれに何の意味もなくなってしまっているのだ。
「最大限の配慮はするが……だがしかし、事はかなり複雑で相互的に絡み合っている。なるべくわかりやすく説明するつもりだが、わからないことがあればその場で声を上げてもらって構わない」
こほん、と榊は小さく咳ばらいをし、そして語り始めた。
「ルーくんたちを攻撃したオラクル砲撃。アレはまさしく、異常活性したコクーンメイデンによる攻撃に他ならない。あれほどの威力の砲撃ができる存在は、この極東においても異常活性コクーンメイデン以外に確認されていない」
一見普通のオラクル砲撃に見えて、その実タワーシールドでもガードできないほどの超威力のオラクル弾。あのウロヴォロスさえハチの巣にできるほどの砲撃ができる存在がそう何体もいるはずもなく、そういう意味では榊のその見解は理解できるものである。
が、しかし。
「じゃあ、トマホーク……質量弾はどうなるんだよ? 攻撃精度や射程距離は百歩譲ってそういうこともあるもんだ……って納得できなくはないけどよ。いったいいつの間にコクーンメイデンがトマホークなんて撃てるようなったってんだ?」
あのときルーたちを襲ったのは、オラクル弾以外にクアドリガ神属が使うトマホークによく似た質量弾もあった。謎のアラガミの正体がコクーンメイデンだったとして、オラクル弾については説明できても、質量弾については説明が出来ない。
リンドウの……あるいは、この場にいる大半の人間が抱いたそんな疑問。
それを、榊はあっさりと打ち砕いた。
「だから、コクーンメイデンだよ」
「はぁ? あんた、それじゃ説明になってねぇぞ」
「いやいや……コクーンメイデンと言っているじゃないか」
「だから──!」
「……あっ!?」
一番最初に気づいたのは──なんとかそれを辛うじて目視していた、キョウヤであった。
「まさか……まさか!」
「……」
「
コクーンメイデンがトマホーク──質量弾を撃っていたのではなく。
あのとき撃ち込まれた質量弾そのものが、ほかでもないコクーンメイデン。
榊が言っているのは、つまりはそういうことであった。
「言われてみりゃ、形も大きさもそんな感じだ……!」
「た、確かにコクーンメイデンは円錐形で……つまり椎実弾と同じじゃん! それに、そうだとすると胴体にあるあの溝ってもしかして……」
「──ライフリングと同じじゃねえか! 疑似的な施条を銃身じゃなくて弾のほうに施したってのか!?」
銃を撃つのが好きなキョウヤと、神機整備士故に銃の構造を知っているリッカだからこそ気づけた事実。知っている人間たちからしてみれば、むしろ今までどうして気づけなかったのかが不思議なくらいに、その事実はしっくりと馴染むものであった。
「ね、ねえシエルちゃん……キョウヤくんたちが言ってる、ライフリングって……」
「端的に言うと、弾丸に回転を与えるための工夫の一つですね。回転の無い銃弾は空気抵抗などの影響を受けるため、射程距離も命中精度もあまり期待が出来ないのですが、銃身に螺旋状の溝を──ライフリングを施すことで、射出された弾丸に錐揉回転が生まれるのです」
「か、回転? 回転するとどうなるの……?」
「──射程距離および命中精度が向上します」
「え……」
「回転によるジャイロ効果で弾の軌道が安定するのです。弾の軌道が安定することで、射程距離も命中精度も上がるというわけですね。……にわかには信じがたいですが、今回のケースは弾の方にライフリングを設けることで、弾の回転を実現したということでしょう」
ジャイロ効果に必要なのはあくまで弾の回転だというのであれば、弾を回転させる手法そのものに明確な縛りは存在しない。銃身にライフリングを施す方が安上がりで効率的であるからそれが普及したというだけで、弾の方に溝を彫るのでも理屈上は問題ないのだ。
「しかし……コクーンメイデンが弾丸として最適化された形状であったとしても、弾丸はどこまでも行っても弾丸です。それを撃つ銃が無ければ意味がない。この場合における銃……コクーンメイデンを撃ちだしたアラガミは……」
「そんなアラガミなんて、必要ないんだ」
シエルの言葉を、榊は優しく否定した。
「……どういうことでしょう? 何らかの射出機構を備えたアラガミがコクーンメイデンを撃ちだしたということではないのですか? それとも……まさか、単純な腕力でコクーンメイデンを投げたのでしょうか?」
「──忘れたのかい? コクーンメイデンがどうやってその生息域を広げているのかを」
「「あっ!?」」
コクーンメイデン。直立した、蛹のようにも繭のようにも見える不気味なアラガミ。足も無ければ翼も無い──その見た目通り、自ら移動することが出来ないアラガミで、ある日突然気づいたらそこに生えているという不思議な性質を持っているわけだが、当然のことながら何もない所にいきなり現れるなんてことはありえない。最近の研究で、その移動方法については明らかになりつつある。
その移動方法こそが。
「ジェット噴射……! コクーンメイデンは、自身で自身を撃ちだすことができる……!!」
ジェット噴射。解剖によって判明した内部構造により、コクーンメイデンは水中をジェット噴射で移動している可能性が高いことがわかっている。目撃例こそないものの──少なくとも、ジェット噴射による移動ができる体であるということは、紛れもない事実なのだ。
「コクーンメイデンの下部には排気口もあるからね。それをうまく使えば推進力はもちろん、回転を与えることも、途中で軌道を変えることも可能だろう。物にもよるが、ミサイルであれば音速を超えた速度を出すのも難しくは無いし……条件は整っていると言っていい」
「……条件だけだろ?」
榊の言葉に口をはさんだのは、ソーマだった。
「コクーンメイデンが弾丸に最適な形をしているのは分かった。コクーンメイデンが自身で自身を撃ちだせることも分かった」
「……」
「だけど、それだけだ。
「た、確かに……それに、もしコクーンメイデンがジェット噴射で自身をミサイルのように撃ちだせたとしても……どうやって、遠方で移動している私たちに狙いを付けたのでしょう? 仮に射程距離と精度を確保できたとしても、そもそも私たちを捕捉できなければ意味がないはずです……」
コクーンメイデンが自身をミサイルのように撃ちだせるという衝撃の事実。しかしそれだけでは、あの集中砲火の説明はまるでできない。まだほかに何かカラクリがあるのであろうことを、ソーマもアリサも確かに感じ取っている。
「コクーンメイデンを撃ち出したのは……この騒動の親玉はどんなやつだ?」
ソーマの質問。いや、質問というよりかは詰問や尋問に近しいものがあるだろう。ソーマは榊が既に答えを持っていることを確信している。そして、どんなことをしてでもその答えを引きずり出そうとする気概が見て取れた。
「……それもまた、コクーンメイデンなのだよ」
榊の答えは──やっぱり、コクーンメイデンであった。
「……ヒバリくん、例の画像を」
「は、はい……」
ただし、今回は出し惜しみをする気はないらしい。榊はすぐにヒバリに声をかけ、そして榊からの指示を受けたヒバリは手元の端末をぴ、ぴ、ぴ……と弄ぶ。
ややあってから、室内に設けられた大きなモニターになにやら不鮮明な映像が映し出された。
「これは例のオラクル弾の推定発射地点に飛ばした、無人偵察機が撮影したものなんだがね……」
「なんだこりゃ……コクーンメイデンか? それにしちゃ妙にピンボケしてるようだが」
なんだか妙にピンポケしたコクーンメイデン。そのぼやけたシルエットを見たリンドウに真っ先に浮かんだのはそんな言葉で、その部屋にいた大半の人間もまた同じ感想を抱いている。
「いえ……待ってください、リンドウ殿。これは、まさか……」
気づいたのは、ジュリウスだった。
「榊博士……その、少々お伺いしたいのですが……」
震える声で。信じられない──信じたくないと言わんばかりに、ジュリウスは榊に問いかけた。
「この画像の撮影倍率は……いいえ、この被写体の大きさは」
「推定で250mほどだね」
淡々とした榊のその言葉。
部屋の空気が、確かに固まった。
「周りに比較対象物が無いからわかりづらいが、画像解析により概ねその程度だろうという結果が出ている。誤差はせいぜい5%程度だろう」
「お、おい……今、250mって言ったか? 何かの言い間違いだよな? いくらなんでも250mなんてバカデカいコクーンメイデンなんているわけが……」
「──ヒバリくん、拡大画像を」
ぴ、ぴ、ぴ……と、再びヒバリが手元の端末を操作する。
そして。
「ひッ……!?」
その声は、いったい誰のものだったのだろうか。もはや確認する術はどこにもないが……部屋の中にいる誰もが映し出されてしまったそれを見て目を見張り、ある者は怯え、ある者は顔を背けている。普段は冷静沈着であるはずのソーマでさえも、驚愕に目を見開いていた。
「これは……コクーンメイデンの、集合体……!?」
コクーンメイデンの集合体。おそらくそれが、そいつを一番シンプルに表現した言葉だろう。
ただし、いつもの通り密集して生えているというわけではなくて……無数のコクーンメイデンが積み重なって、一つの巨大なコクーンメイデンを形作っている。先ほどの榊の言葉を信じるならば、その巨大なコクーンメイデンの高さは250mほどになるわけで、外側に見えている奴だけを数えたとしても、控えめに見積もって数百体にはなることだろう。
「なんだよコレ……!? コクーンメイデンがガトリングバレルみたいに重なってるのか……!?」
「い、いいえ……この規模ともなれば、MRL*1と言ったほうが……」
「キミたちにはそう見えるのか……私には、蜂の巣の巣房のように見えたけどね。綺麗に密集して顔を出しているところがそっくりじゃないか」
重ねた砲身か、あるいは蜂の巣か。例える言葉はいくらでもあるが、つまるところコクーンメイデンがみっしりと隙間なく積み重なっているという事実は変わらない。一応はアラガミも生物であるということを考慮すれば、【蜂の巣のようである】という榊の言葉のほうがまだしも真実に近いことだろう。実際、もし彼らが蜂の巣の写真を見たなら……きっと、同じことを言ったはずだ。
「さて……これで大体わかったかな? コクーンメイデン自身が積み重なることで構築された、超弩級アラガミ──これこそが、ルーくんたちを襲ったアラガミの正体だよ」
コクーンメイデンがこんな風に積み重なっていれば。例えばその一つ一つからオラクル弾を発射するだけでとんでもない集中砲火になるし、そして自身がそのままジェット噴射で飛び立つだけで、とんでもない威力の質量弾となる。おそらく見えていないだけで中にもびっしりコクーンメイデンがいるはずだから、たとえ一発撃ったとしても次弾の装填は速やかに行われ、再度射撃が可能となるのだ。
「どの高さから発射するのか、どの角度で発射するか……砲撃兵器としてみれば、これ以上にないほど高性能だね」
「ウソだろ……これって全身に砲門があるようなもんじゃないか……しかも、360度すべてに死角が無い……」
「加えて、撃ち出す弾も豊富だ。オラクル弾に、質量弾──つまりは、自分自身。そしてミサイルのようにジェット噴射で撃ち放たれる彼らには、さらなる仕掛けもある」
「仕掛け、ですか……?」
「──
「あ……っ!?」
「超高速で回転しながら飛んでいるのだから……まさしく、丸鋸みたいなものさ。少しでも触れたら、ね」
ルーが受けた裂傷の正体。単純に、弾から飛び出た
「そういうことか……! ただでさえ速くて目で追えないのに、高速回転していたらあの細長い針が見えるわけがない……! だから、大きく避けたつもりでも針に当たって腹が裂けたんだ……!」
「待てよおっさん……! こいつはあくまで、コクーンメイデンが積み重なっただけだ。……
「……」
ソーマの確信めいた言葉。
榊はどこか複雑そうに、小さくつぶやいた。
「少し話が前後してしまうが……この画像を限界まで拡大したものがこれだ」
榊の合図とともに映し出された、新たな画像。
「なにこれ……コクーンメイデンが、怒った顔をしている……?」」
「しかもよく見ろ、なんか妙に体が黒っぽい……アレか、さっきカノンさんが言ってたやつか」
無表情であるはずのコクーンメイデンが、この世のすべてを憎むかのような憤怒の表情を浮かべている。あえて語るまでもないが、この極東においてもこんな表情をしたコクーンメイデンは今までに見つかっていない。
「……! 待て、コレは黒いんじゃあない……! いや、全体が黒くなっているのは事実だが、そうではなくて──!」
そして、その体には。
「──黒い模様が浮き上がっている。これは……黒蛛病に罹患したコクーンメイデンですね」
ジュリウスの言葉を引き継いだラケルが、どこか忌々しそうにつぶやいた。
「あのコクーンメイデンの集合体……仮に、フラックメイデンと呼ぶことにしますが」
なるほど、
「あのすべてが、黒蛛病に罹患している。黒蛛病に罹患しているということは、赤い雨に触れたということです」
「……」
「先ほどのソーマさんの質問。コクーンメイデン単体がそれぞれバラバラに襲ってきたにしては、あまりにも連携が取れすぎている──」
「つまり、コクーンメイデンを統率している……
異常活性したコクーンメイデン。
今までに見たことが無い攻撃をしてきたコクーンメイデン。
そんなコクーンメイデンたちはみんな黒蛛病に罹患していて。
そんなコクーンメイデンたちを統率している個体がいる。
「そんな芸当ができるアラガミなんて……周囲のアラガミに影響を与えられるアラガミなんて、私には一つしか心当たりがありませんわ」
「……そのアラガミも、出現時期は赤い雨とほぼ同じだったな」
そう、ルーたちを襲ったそいつの本当の正体は、ただのコクーンメイデンなどではない。
「……ラケル博士やソーマくんは、もう気づいたようだね。そう、フラックメイデンに潜む、コクーンメイデン女王個体の正体は──」
それは、ある意味では誰も予想していなかったものなのだ。
「──コクーンメイデン神属の、感応種だ」
・「コクーンメイデンがジェット噴射で移動できる内部構造をしている」のは公式設定です。
・「コクーンメイデンが弾丸に最適な形状をしている」のは独自解釈です。
・「アラガミが黒蛛病に罹患する」のは創作です。
・フラックメイデン(コクーンメイデン集合体)は創作です。
・コクーンメイデン感応種は創作です。
・コクーンメイデンは、名前は繭(コクーン)で、公式設定資料集だとサナギと称されています。また、直訳すると繭乙女ですがアラガミ素材としての異名は「妖精」で虫要素は特に無いです。結局何なんでしょうね……?