GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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・だいぶ期間が空いてしまったので、できれば93話から、最低でも100話から見直すと良いかもです。


105 女王の食卓:Table manners(前)

 

「──お呼びでしょうか、ラケル先生」

 

 少し前にも、同じように呼び出されたな──なんて、どこか現実逃避気味に思いながら、ジュリウスは部屋の主の返事も待たずにその扉を開けた。

 

「ええ……待っていましたよ、ジュリウス」

 

 返事も待たずに扉を開けるだなんて、本来であればいくら身内とはいえあまり褒められる行為ではない。ましてや、こんな遅い時間に男が女の部屋に入るのだ。常識外れも良い所ではある……のだが、どうやらラケルはそのことをなんとも思っていないらしかった。

 

 というか。

 

「……ラケル先生?」

 

 ラケルにしては、非常に珍しいことに。

 

 自らジュリウスのことを呼び出したというのに──ジュリウスの方なんて一切見ようともせずに、手元の資料にくぎ付けになっている。

 

「申し訳ないのだけれど……紅茶を淹れてもらえるかしら?」

 

「え、ええ……」

 

 はて、なんだか少しいつもと様子が異なるぞ──と、ジュリウスは心の中だけで訝しむ。

 

 異常進化したコクーンメイデンの集合体……フラックメイデンと、その中に潜む女王個体である感応種……ティターニアの話をしたのは日中の話だ。あれから数時間は経っているとはいえ、もたらされた衝撃はあまりにも大きく、正直なところジュリウスは何もかも忘れてベッドの中で目を閉じたい気分であった。おそらく、ほかのみんなも大なり小なり似たような気分であろうと、ジュリウスは確信をもって断言することができる。

 

 だけど、ラケルの様子は。

 

 絶望しているわけでもないし、かといって何かに希望を見出しているわけでもない。

 

 良くも悪くもいつも通りのマイペースのように見える……のに、そこには確かに、明らかに普段とは異なる強い意志のようなものが感じ取れるのだ。

 

「……どうぞ」

 

「ふふ、ありがとう……やっぱり私、あなたが淹れてくれる紅茶が一番好き」

 

 熱い紅茶。ふわりと香る甘い香り。こんな絶望的な状況でも、この素晴らしい香りは変わることなくジュリウスの心を包んでくれる。紅茶の香りにはリラックス効果があると言われているが、ジュリウスは今まさに、そのことを体感していた。

 

「ごめんなさいね。こんな夜遅くに呼び出してしまって」

 

「いえ……ラケル先生が必要だと判断したということは、それはきっと正しいのでしょう」

 

 二人だけの秘密の会談。今までに何度か似たようなことがあったわけだが、そのたびにジュリウスは自分で自分の愚かさを呪いたくなるほどの衝撃の事実を突きつけられている。こうして二人きりで呼び出されたということは、今回もまた同じような何かであるのは疑いようがなく……そして本音を言えば、ティターニアと言う絶望的なアラガミの出現以上に恐ろしい話なんて、これ以上知りたくない。

 

 とはいえ。

 

「教えてください、ラケル先生」

 

 ラケルがこうして自分を呼び出したというのは、それが必要だったからだ。

 そしてジュリウスには、自分の責務を全うする義務がある。

 

 何より。

 

「少しでも先生のお役に立てるのなら……先生の思考の整理に、少しでも貢献したいです。俺だって、いつまでも貴女に頼りっぱなしの子供じゃない」

 

 もう、事実をただ受け入れるだけの自分じゃない。あらゆる事実を多角的に捉え、その裏にある真意を、隠された真実を見極めることができる……その、スタート地点くらいには立てているとジュリウスは自負している。まだまだ未熟かもしれないが、もうただ狼狽えるだけの自分じゃない、これまでの経験をもとに成長しているんだ──なんて、そんなちっぽけなプライドがジュリウスにはあるのだ。

 

「まぁ、頼もしい」

 

 資料から目を離し、紅茶にゆっくりと手を伸ばしたラケルは。

 

 その香りを十分に楽しんでから──ジュリウスの目をしっかり見据えて、静かに呟いた。

 

 

 

「──榊博士、まだ私たちに隠していることがありますね」

 

 

 

 ジュリウスは、心の底から泣きたくなった。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「え……いや、え……?」

 

 何を言っているのかわからない、というのがジュリウスの率直な感想であった。

 

「隠すって……今回の一連の件について、ですか? あの、フラックメイデンとティターニアの件について……ですか?」

 

 そんなことはないだろう、さすがにありえない話だとジュリウスは自分で自分の考えを否定する。いくらなんでも、この期に及んでアナグラとフライアの間で隠し事をするなんてあまりにも意味が無い行いだ。事態は支部の存続……いいや、世界が滅びるかどうかの瀬戸際にある中で、そんな政治的な駆け引きをするだなんて愚の骨頂としか言いようがない。

 

 そりゃあ、最初にここを訪れることになったときは、あまりにも真っ黒すぎるアナグラの経歴に、いかにも(・・・・)胡散臭い榊の言動のせいで警戒を緩めることはできなかったが……実際にアナグラの面々と触れ合えば、彼らの優しさや正義感に気づかないはずがない。

 

 そう、フライア(自分)アナグラ(彼ら)はもはや身内のようなものなのだ。戦友であり、家族であり、かけがえのない仲間なのだ。ジュリウスは、自信をもってそう言うことができる。

 

 なのに──ラケルは、榊が自分たちに隠し事をしていると言っているのである。

 

「あ、ありえない……いくらなんでも、ありえないです。あの榊博士が……こんな時に、そんなことをするなんて……そんなメリット、どこにもない……」

 

「……そうね。隠している(・・・・・)というのは意地悪な表現だったかも」

 

「……ですが、意図的に伝えていないことがある?」

 

 ジュリウスのそのつぶやきを聞いて、ラケルはにっこりと穏やかに笑った。

 

「ええ。では、どうして伝えなかったのでしょう?」

 

「…………不確定的な事実だったから? いや、違う……不確定であったとしても、重要事項であるならばあの場で共有していたはず。単純に……あの場で共有するにはふさわしくないと判断した?」

 

「……」

 

 考えて、考えて。

 

 そしてジュリウスは……酷く単純で、そして恐ろしい事実にたどり着いてしまった。

 

「不確定的な事実であり……そして、あまりにも絶望的な推測だった?」

 

 ティターニアと言う史上最悪のアラガミの出現。

 ルーと言う絶対的な強さを持っていたはずの仲間が事実上死にかけていて。

 そして、何もしなければ終末捕喰で世界が滅ぶ。

 

 あの数十分の間に、これだけの事実を突きつけられたのだ。もしここに、不確定的とはいえさらなる絶望が追加されたら……それこそ本当に、心がくじける人間が出てしまってもおかしくない。というか、すでに挫けている人間が大半だろう……というのが、ジュリウスの見立てであった。

 

「ええ。あの榊博士なら、そう判断してもおかしくないと思います。尤も、雨宮少尉あたりには共有していると思いますが」

 

「少なくとも、リンドウ殿でもなければ伝えられないほどの事実である、ということですね……」

 

 まず間違いなく、その【重大な事実】に自分はこれから触れることになるのだろう。その相手として選ばれたことが果たして良いことなのか悪いことなのか、ジュリウスにはどうにも判断が出来なかった。

 

「ラケル先生が私を呼んだ理由はなんとなくわかりましたが……しかし、今日の榊博士の説明におかしいところなんてあったのでしょうか?」

 

 しいて言えば、全部がおかしい。というか、信じたくない。あんなデタラメみたいなアラガミが平然と出現するなんて、悪夢としか言いようがない。残念ながら、今のジュリウスがわかるのはそれくらいだ。

 

 一方で、ラケルは。

 

 そんなジュリウスの疑問を、真っ向から否定した。

 

「ええ。みんな、ティターニアやフラックメイデンの衝撃が強すぎてすっかり見落としているけれど……かくいう私も、後になって気づいたのですが」

 

「……」

 

「あの説明の中に、明らかに矛盾している……いいえ、説明が不足しているところがある」

 

 そんなもの、あっただろうか……と、ジュリウスは思考を巡らせる。ティターニアについてもフラックメイデンについても、榊はコクーンメイデンの生態から見事にその特徴を説明して見せた。ジュリウスが聞いた限りでは、そこに一切の矛盾はなく、独立していた点と点が線で結ばれていくあの独特の爽快感が嘘であったとは言い難い。

 

 そもそも、ティターニアにしてもフラックメイデンにしても、今まさに見つかったばかりの新種なのだ。過去に類似例が無いほどの特異なケースなのだから、説明が不足している……なんて判断は、本来ならばできないはずなのである。

 

「よく思い出してみて、ジュリウス。……あの時榊博士は、正体不明の攻撃をコクーンメイデンの不思議な生態と紐づけて推測していたわ。極東で発生した既知の現象や、かつての生物の生態とも照らし合わせていたけれど……どうしてロミオたちを襲ったミサイルを、コクーンメイデンだと疑ったのかしら?」

 

「それは……コクーンメイデンが、ジェット噴射で移動できるからでしょうか? 形が類似していて、機能を満たしているから……だから、ミサイルの正体がコクーンメイデンであると考えたのでは……」

 

「それも答えの一つではあるけれど……より正確に言うならば、【単体の生物として歪だから】ですね。だから榊博士は、コクーンメイデンの本来の使い方(・・・)を推測した。その結果が群体として活動する遠距離用の砲弾と言うだけなの」

 

「……」

 

「では、なぜ歪であることが──」

 

「……いえ、待ってください」

 

 ジュリウスは、ラケルの言葉を遮った。

 

 言葉の端々に眠る違和感。昔の自分なら気づけなかったそれに、今のジュリウスは確かに気づけている。ほんの些細なきっかけからとても想像できないほどの隠された真実を見出す榊にしては、あまりにも迂闊と言うか、違和感のあるその事実。

 

 そしてジュリウスは、自分でも信じたくないその言葉を口にした。

 

「榊博士がコクーンメイデンを弾丸だと疑ったのは…… 【捕喰が出来ない】という生物としてあまりにも致命的なその事実に、【群体の弾丸だから】という説明がつけられるからだ……」

 

「……」

 

「だから、コクーンメイデンは捕喰が出来ない。だから、そんな歪な生態をしている理由になる。でも──だとしたら(・・・・・)!」

 

 言われてみれば、明らかに不自然なこと。誰かに言われれば、どうにも気になって仕方が無いこと。むしろどうしてあの場で誰も疑問の声を上げなかったのかが不思議なほどのその事実に、ジュリウスはたどり着いてしまった。

 

 

 

ティターニアは(・・・・・・・)? フラックメイデンに引きこもっているティターニアは、どうやって捕喰するんだ……!?」

 

 

 

 コクーンメイデンが移動できず、まともな捕喰手段を持たないのは……彼らが群体として、道具のように扱われるから。それはこれまでの状況から見て、ほぼ間違いない。

 

 では、そんなコクーンメイデンを統率する……彼らの女王であるティターニアは、いったいどうやって捕喰をしているのか。群体を統率する女王こそ、生物として捕喰が必要な存在であるのに、フラックメイデンに引きこもっていたら捕喰はままならない。群体と言う生き方を選んでいる以上、何かしらの捕喰方法を持ち合わせていなければならないはずなのに……その説明が、一切ない。

 

 榊が意図的に説明しなかったのは、まさしくその部分なのだ。

 

「うふふ……あなたも、同じ考えに至ってくれたのですね」

 

「よしてください、ラケル先生……あなたにここまでヒントを与えられて、ようやく気づけたんです。……そうまでされないと気づけなかった」

 

 少しばかりぬるくなった紅茶。まだまだ半分ほど残っていたそれを一気に飲み干し、ジュリウスは新しい紅茶を淹れ直す。どうにも喉が渇いて仕方がないのに、いざ考えてしゃべり始めると紅茶を飲む暇がほとんどない──稀に訪れる小休止で一気に飲み干さざるを得ないのが、不満と言えば不満であった。

 

「先生はいかがですか?」

 

「私はまだ大丈夫。……あまり飲み過ぎると、夜のおトイレが近くなってしまいますよ?」

 

「…………これでももう、二十歳なのですが」

 

「いくつになっても、私の子供であることには変わらないわ……」

 

 くすくすと小さく笑ったラケルは、ジュリウスが新しい紅茶で唇を湿らせるのを見届けてから語りだした。

 

「捕喰が出来ないから生物として歪であるコクーンメイデン。その補完として、【群体として生きる生物であるから】と言う説明があったのに、その群体の頂点たるティターニアの捕喰方法が、あの場では説明されていない」

 

「少なくとも、現在推測されているフラックメイデンの生態では……群体としての捕喰方法がわからない。もしティターニアの捕喰方法が……その生態が少しでもわかれば、この事態を解決するヒントになるかもしれないのに」

 

「どうして榊博士がそれを意図的に伏せたのか……私には、【不確定的で、そして絶望的な情報だから】という答えしか想像できなかったの。あなたがさっき言った通り、今この状況においてお互いに隠し事なんてするメリットなんてどこにもありませんから」

 

「……」

 

「たぶんだけれど……榊博士は何かしらの確証を得てからこちらに共有をしてくるはず。あるいは、私やあなただけに、その可能性を伝えてくる……とか」

 

 ありえる。というか、もはやそれしか考えられない。もし自分が榊と同じ立場だとしたたら、あの場での迂闊な発言がどれだけ全体の士気に影響を及ぼすのか、想像しないはずがない。だとすれば、ある程度情報の精度を高めてから、必要な人物だけに周知をするのがベターだろう。実際、同じような理由で役職持ちにしか共有されない情報なんていくらでもあるのだから。

 

「となると……こちらでも、榊博士があえて伏せたことを推測しておくべきでしょうか」

 

「ええ。結果として想像が外れていたとしても、別の視点からの意見と言うのは大事だわ。……文字通り、この極東では何が起こるのかわからないのだから」

 

「……ええ、まさしく」

 

 多角的な視点じゃどうにもならないくらいの出来事が今まさに起きているのだ。もはやそれは無駄足と言ってもいいものなのかもしれないが、それでもやれることはやるべきなのだろう。

 

「しかし……ティターニアの捕喰方法、ですか。まさか、食事の時だけフラックメイデンの中から出てくれるだなんてことは……」

 

「うふふ……もしそうだとしたら、それこそ【その時こそが唯一の好機だ】……って、榊博士は仰るでしょうね。討つべき敵がみすみす無防備になってくれるんだもの、むしろ希望の光として積極的に喧伝すべきだわ」

 

 ティターニアが捕喰の時だけフラックメイデンの外に出る。つまり、普通のアラガミと同様に単体での捕喰活動を行う。一番すっきりとしていてわかりやすい仮説だが、そうだとするとあえてわざわざ群体という生き方をする意味が無い。群体という特殊な生態をしている以上、その捕喰方法も通常のそれとは異なると考えるほうが自然だろう。

 

 つまり、無防備な捕喰中に討伐するという希望的な案は潰える。榊がその可能性を話さなかったことからも、それはほぼ間違いない。

 

 わかっていたことではあるが、自分で出したその結論に、ジュリウスは少しばかり心が重くなった。

 

「となると……ここは先ほどの榊博士に倣って、かつての生物の生態から想像を膨らませるべきでしょうか。きっと榊博士も、ティターニアの生態を推測しているうちにその事実に気づいたはずですし」

 

「いい着眼点ですね、ジュリウス……では、どの生物に着目しますか?」

 

「ふむ」

 

 少しばかり、ジュリウスは考える。

 

 かつての生物と言われても、自分はあまりそのあたりのことについては詳しくない。生まれた時には既にアラガミが跋扈する時代であったし、かつての時代のことはせいぜいが周りの大人や書物から見聞きしたくらいだ。

 

 つまり、出せる答えなんてそう多くはない。

 

「例の……バッタはいかがでしょう? コクーンメイデンに起きた相変異も元はバッタの特徴という話ですし、相変異……蝗害はすべてを喰い荒らす厄災だったのですよね?」

 

「まさしく、相変異はバッタの形質を取得しているために発現したものと思われますが……残念ながら、バッタは原則的に草食性です。同じ昆虫を食べたという記録もあるそうですが、群生相になったときも食べたのはあくまで植物由来のものだけだったそうですよ」

 

「ティターニアの捕喰方法のヒントには成り得ない、ということですか」

 

 そこらの草木を食むのであれば、単独で生きるアラガミのそれと変わらない。相変異、つまり蝗害によって大地を喰い荒らすというのは確かに悍ましい出来事ではあるが、それはあくまで規模が尋常じゃないだけで、やっていること自体はありきたりな草食だ。

 

「……では、アリやハチはどうでしょう? それらもまた、女王を頂点として群体のように振る舞うという特徴を持っていたという話ですが」

 

「ええ……相変異はバッタの形質ですが、それを除けばコクーンメイデンはアリやハチに近い生物とみなすことができると思います。そしてアリやハチはやや雑食寄りの肉食であったようです。同じ昆虫の死体を餌とし、時には狩りも行っていたのだとか」

 

「それは……っ!」

 

 諸説あるそうですけど──と、ラケルは補足を入れる。ただ、いずれにせよバッタよりかはよほどアラガミに近い捕喰活動をするのは間違いなく、非常に凶暴かつ攻撃的で、時には昆虫でありながらも獣肉を貪ったという記録があるのは事実なのだ。

 

 ただし。

 

「……いえ。待ってください、ラケル先生」

 

「……」

 

 そうであると決めつける前に、改めて考えてみて。

 

 ジュリウスは、今のラケルの言葉に疑問を抱かずにいられなかった。

 

「ティターニアとフラックメイデンが、アリやハチの形質を色濃く体現しているのは間違いないのでしょう。そして、アリやハチがアラガミの捕喰活動とよく似た捕喰活動をしているのも事実なのでしょう。他の生物を狩って喰らうというのは、まさにアラガミの捕喰活動なのだから」

 

「……」

 

「──アリやハチの女王は、どうやってそのエサを手に入れていたのですか?」

 

「……アリかハチかで多少変わりますが、基本的には同じ巣の【働きもの】が外で狩ってきた獲物です。あるいは、巣の中にいる幼虫などが分泌する栄養価の高い液体だそうです」

 

「……その幼虫のエサは?」

 

「……同じく、【働きもの】が外で狩ってきた獲物ですよ」

 

「つまり……少なくとも、女王自らが狩りにいくわけではない。何らかの方法でエサを外部から調達する必要があるということですよね」

 

「……ええ」

 

 頂点に君臨する女王は、その玉座にいながらエサを貪る。群体として、社会的に生きる彼らはその役割を持った個体が外に狩りに行き、餌を、食料を調達する。時には一個体が単体の生物として扱われず、群れを活かすためだけに消費されることもあるかもしれないが……結果として、群れが一つの生き物として存続するのであれば、それが彼らなりの生きざまだと言うことなのだろう。

 

 ジュリウスは、アリやハチのことなんて詳しくはわからない。だけれども、今までの話でその生き方だけはなんとなく理解することができた。

 

 だからこそ──アリやハチと、コクーンメイデンの決定的な違いに気づいてしまったのだ。

 

 

 

「──コクーンメイデンに【働きもの】はいませんよ……? 奴らは動けない……単体じゃ捕喰活動が出来ないと、最初からそういう話なんですから」

 

 

 

 そもそもの大前提。コクーンメイデンは一人じゃ動けない。ジェット噴射での移動が出来ないわけじゃないが、そんな極端な移動ではまともな狩りなんて出来はしない。

 

 そう、コクーンメイデンは捕喰活動が出来ない──狩りができないのだ。だからこそ群体で生きる生物なのだという想定をしているのに、群体であったとしても、群体としての生き方が出来ないというそんな矛盾に陥ってしまっている。

 

「この場合、巣がティターニアの潜むフラックメイデンそのもので、【働きもの】が撃ち出されたフラックメイデンとなりますが……たとえ砲撃によって獲物を仕留められたとしても、コクーンメイデンでは巣に獲物を持ち帰ることが出来ない」

 

「……ええ、そうですね」

 

「どういうことですか……? 群体であったとしても、結局は【働きもの】が捕喰活動、すなわち狩りが行えないと生きていけないのに……コクーンメイデンはそれができない」

 

「……」

 

「……群体であるという前提が間違っている? いや、アラガミをかつての生物と同じ枠組みで考えるということが間違っている?」

 

 ぬるくなった紅茶をちびちびと舐めながら、ジュリウスは思案する。なかなか悪くない推測ができたはずなのに、ここにきて堂々めぐりと言うか、そもそもの前提条件を覆しかねない事実に直面してしまった。こうもあからさまに考えが座礁したとなれば、一度すべてをリセットして最初から考え直すべきだ……と、冷静な自分はそう言っている。

 

 が、今この場で考えを巡らせている自分は、あと少しで何か手掛かりが掴めそうだとも感じている。少なくとも、最初から考え直すというのは悪手であるように思えてならなかった。

 

「……私も、同じ考えに行きついたの。アリやハチなら綺麗に矛盾なく事実が結びつくのに、コクーンメイデンだとそうはならない。でも……あなたが感じている通り、ここまでは間違ってはいないはず。実際、これ以外はすべて説明が出来ているのだから」

 

「アラガミにかつての生物の常識を適応することが間違いである可能性もありますが、しかしフラックメイデンもティターニアも、それで説明できることが多すぎる……今更別の可能性を考えるというのは、安易な逃げであるとも言えそうですね……」

 

「……じゃあ、次はどう考えましょうか?」

 

「……」

 

 考えて考えて、考え抜いて。

 

 そしてジュリウスは、小さくつぶやいた。

 

「…………アリやハチにも、通常とは異なる特異な生態を持つ種がいる?」

 

 ラケルがにっこりと嬉しそうに笑うのを見て。

 

 ジュリウスは、自分のその考えが間違っていないことを確信した。

 

「──その凶暴性や食性、その他いくつかの生態の共通点などから、ここではコクーンメイデンはハチの形質を発現したアラガミであると仮定します」

 

「……」

 

「社会性昆虫であるハチは、主に働きハチと呼ばれる個体が外部でエサを調達します。このエサを、直接女王に献上したり、あるいは幼虫に与えて……幼虫の分泌液を、女王が徴収する」

 

「それが一般的なハチの生態であるとして……そうじゃない(・・・・・・)ハチも存在していた?」

 

「ええ……調べるのに、本当に苦労しましたよ。文献もほとんど残っていないし、昔どこかでそんな記述を見たことがあるような気がしたって……とっかかりがそれだけしかなかったのですから」

 

「……」

 

「先ほど述べたのは、ハチの中でも【狩蜂】と呼ばれるタイプのものです。それよりももっと旧い時代の生き方で、その中でもさらに特殊な生き方をしたハチがいます。それであれば……ティターニアの捕喰の説明ができるのではないかと、私は考えました」

 

「それは、いったい……?」

 

 ただ、単純に。

 

 ラケルは、淡々とその言葉を紡いだ。

 

 

 

「──【寄生蜂】。相手に寄生するタイプのハチが、かつての時代にはいたんですよ」




 今度こそ本当に最終章です。
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