「──【寄生蜂】。相手に寄生するタイプのハチが、かつての時代にはいたんですよ」
寄生蜂。読んで字のごとく、寄生するハチ。すでに字面だけでも嫌な予感しかしないそんな生物が……アラガミに勝るとも劣らない嫌悪感を抱かずにはいられない生物が、かつての時代にも存在していた。その事実は、昔は平和な時代だったという漠然なイメージを持っていたジュリウスに、少なくない衝撃をもたらした。
「寄生って……オラクル細胞の浸喰と同じようなモノでしょうか? かつての時代に、本当にそんな生き物が……?」
「いえ。ここでの寄生はちょっと特殊でありまして。……ハチの毒針は知っていますよね? アレは元々は毒針じゃなくて産卵管だったの。その産卵管を寄生対象となる宿主に突き刺して……卵を産み付けるハチがいた」
「そ、れは……」
「宿主の体内で孵化した幼虫は、宿主の体を喰い荒らして成長する。……生物の寄生にはいろいろな形態があるけれど、この手の寄生は【捕食寄生】と呼ばれるらしいわ」
「は、はは……」
大なり小なり、生物はほかの生物を何らかの形で体内あるいは体表に宿していることが多い。そのうえで、お互いに協力し合って生きていればそれは【共生】と呼ばれ、片方がもう片方を一方的に利用している──例えば、体表に取り付いて宿主の体液を啜ったりしていれば、それは【寄生】と呼ばれる関係になる。
そんな寄生形態の一つである【捕食寄生】は、宿主そのものを喰らい尽くしてしまうという寄生の中でも悍ましいものだ。あくまで宿主を殺さずに利用し続ける一般的な寄生に対し、捕食寄生は発動したが最後、宿主を殺してしまうのだから。そういう意味では、【寄生】と呼ぶのも憚られる行いであると言えないことも無い。
「かつての生物も……そうまでして、生存競争に打ち勝とうとしていた……そうまでしないと、生き残れなかったというのですか……?」
「……あなたがどんな印象を受けたのかは、わかるけれど。生物の間ではそんなに珍しいことではないわ。
「……そうかも、しれませんが」
たとえ生物的に普通だったとしても、自分が生きるのに他者を一方的に利用するだなんてジュリウスにはできない。これが一対一の喰らい合いだったらまだ理解できるが、相手に卵を産み付けて幼虫のエサにするだなんて、本能的な忌避感がある。
もしかしたら。
アラガミが存在する前の時代も、今と同じくらいに……いいや、それ以上に過酷な世界であったのではないかと、ジュリウスはぼんやりと思った。
「話を戻しましょう……今話した通り、ハチには【寄生蜂】と呼ばれる相手に寄生するタイプのハチがいます。ただ、これはあくまで幼虫のエサの確保が特異であるというだけで、成虫は通常通り狩りを行ったり、花の蜜などを食べていたそうです」
「……【狩蜂】は幼虫のエサを巣に持ち帰り、【寄生蜂】は
「……」
「ラケル先生が先ほど仰っていた、旧い時代の生き方のハチというのが寄生蜂なのでしょう。……その中でも、さらに特殊な生き方をしたハチと言うのは」
「寄生蜂と狩蜂の中間の生き方をしたのであろうハチたちです。
「細工、ですか? それはいったい──」
「──相手の
何を言われたのか、わからなかった──いいや、信じたくなかった。
そんなあまりにも悍ましくて残酷なものが存在するだなんて、認めたくなかった。
なにより──そんな生物が存在したという事実がもたらす、この議論の終着点に気づいてしまったからこそ、ジュリウスは底の見えない深淵をのぞき込んでしまっているかのような気分になった。
「詳しい話は割愛するけれど。そのハチは、操り人形と化した宿主自身にその巣まで連れて行ってもらって……巣の中で宿主に卵を産み付け、そして巣の入り口を塞いで立ち去るの。やがて孵化した幼虫は、安全な巣穴の中で、全くの無抵抗の宿主を食べて成長する」
「待ってください、ラケル先生……! もしそうだとしたら……! そうだとしたら、ティターニアの捕喰方法とは……!」
「……」
撃ち出される。毒。そして──操り人形。
コクーンメイデンは単体では狩りが出来ない。だから群体であると推測されるが、群体であるとしてもエサを外部から調達する必要がある。そうじゃないと群体の頂点である女王が生きられない。
じゃあ、どうやってティターニアはエサを調達するのか。
コクーンメイデン──単体じゃ狩りが出来ない群体をどう使って、捕喰を行うのか。
そこから導き出される答えは、すなわち。
「──撃ち出したコクーンメイデンを別の生き物に寄生させて、配下を増やす……! 操った宿主をそのまま捕喰してもいいし、代わりに狩りをさせてもいい……! これなら、コクーンメイデンでも狩りが出来てしまう……!」
コクーンメイデンがハチとしての形質を獲得しているのなら、それができてしまう。そうであれば、フラックメイデンに引きこもったティターニアも捕喰が出来てしまう。
「繭も卵も、成長途中の幼体を保護する器と見ればほぼ同じだ……! 直接産み付けるか、撃ち出して産み付けるかの違いでしかない……!」
「件のハチは脳に毒を撃ち込みますが、それとは別に体の自由を奪うための毒も撃ち込むそうです。……コクーンメイデンの毒は、
「……ええ。結果としてそれは神機による攻撃の威力を低下させたり、こちらの防御力を低下させるという現象を引き起こします。言い方を変えれば、これも体の自由を奪っているともとれる」
「それらの毒も、ハチと同じく針から撃ち出されるものですね」
ハチの針は、相手の体の自由を奪う毒を持つ。
コクーンメイデンの針も、相手の身体能力を阻害する毒を持つ。
ここまで共通点があるのに、これをただの偶然と切って捨てることはできないだろう。ここでもまたかつての生物の生態から説明ができてしまうのであれば、それはもう純粋な事実として受け止めるべきことなのだ。
「獲物を操り人形にするというのも……寄生したコクーンメイデンがそのまま獲物の体の主導権を握ればいい……! かつてのハチがどうやっていたのかはともかく、オラクル細胞なら相手の体を侵食して、自分がコアになってしまえばそれができてしまう……! オラクル細胞は、元々そういう性質を持っている……!」
「コクーンメイデンを撃ち込むだけで寄生は完了します。さすがに威力は落とすでしょうけれども、あの砲撃に耐えられる獲物であれば狩りの手先として優秀ですし、食べ応えもありそうです……ええ、本当に合理的だわ」
「……まさか、あの針は。弾丸としてのオプションと言うのも副産物……いいえ、解釈違いなのでは? 結果としてそういう風にも捉えられますが、本当は……獲物に刺さった後に、引き抜かれないようにするためなのでは……」
「…………そう、かも。針なんて出しながら飛んでたら、せっかくの流線形のフォルムが活かせないもの。……ううん、あえて形を崩して威力を弱めることで、相手を殺さないようにしている?」
「いずれにせよ、我々にとってこれ以上ないほど悪い意味で合理的だ……」
社会性昆虫である寄生蜂。その中でも特異な生き方をしたハチを参考にすれば、ティターニアの特異な生態にある程度信頼がおける説明が出来てしまう。無論、かつての生物の生き方をそのまま当てはめるのが正解であるとは限らないし、かなり都合の良い解釈も混じっているが……それでも、現状で一番納得のいく説明であるのも事実なのだ。
「……少し、整理させてください。榊博士が伏せたかったのは、ティターニアの捕喰方法。つまり、砲弾として打ち出したコクーンメイデンを別のアラガミに寄生させ、そして操ることが出来るということ」
「寄生させられるのは、おそらくは中型種以上のアラガミになることでしょう。寄生したアラガミにエサを取ってこさせてもいいし、そのまま巣に帰らせるだけでもいい。これなら、
「……ですが、そんなことは大事じゃない。本当に大事なのは……」
「……」
「──我々の敵はコクーンメイデンだけではない! ティターニアが真に我々と敵対したとき、大量のアラガミの群れを我々に差し向ける可能性がある──この極東の、ありとあらゆるアラガミを!」
コクーンメイデンなんて、そこらにいくらでも掃いて捨てるほどいる。つまり、寄生のための弾丸は実質無限に存在すると言っていい。
そして、この極東には多種多様のアラガミが信じられないほど多く存在している。つまり、寄生先となる宿主はたくさんいる。それも、通常の神機使いでは太刀打ちできないものや、いまだまともに生態がわかっていないものまで。
おまけに。
「シエル……いいえ、キョウヤくんが言っていましたね。撃ち出されたコクーンメイデンが、
「ただ寄生して操るだけじゃない……! 極東の多種多様で強力なアラガミたちが、女王の命令の下に
「
「……」
「ヴァジュラ、サリエル、ウロヴォロス……ただでさえ強力な極東のアラガミたちが、群体として、本当の意味で統率された動きで連携攻撃をしてくるんです」
「……」
「…………どうしましょう?」
どうしましょうと言われても、正直困る。
それが、ジュリウスの心からの本音であった。
「……榊博士があの場で言わなかった意味が、ようやくわかりました。これはさすがに、あまりにも……あまりにも、絶望的すぎる。可能性であったとしても、言うべきではない」
「……ここまではほとんど、私の想像ですよ? 現場サイドとしてのあなたの意見も聞いてみたいのだけれど……」
「率直に申し上げますと、ラケル先生の想像の三倍以上は悪い想像をしています。あなたが思っている以上に事態は深刻です……少なくとも、私にはそう思えてなりません」
「もしかしたら、私が考えすぎているだけかも。本当は、ティターニアも捕喰の時は巣から出てきてくれたり……」
「ありえませんね、それは。
この極東においては、悪い予感は大体当たる。というか、悪い予感をさらに数倍悪くした現実が待ち受けることが多い。ティターニアやフラックメイデンという規格外の凶悪なアラガミが出現したというその事実が、紛れもない証拠である。
そう──ティターニアの対処だけでも絶望的なのだ。その上さらに、極東の強力なアラガミが連携して襲い掛かってくるのだ。どちらか片方だけでも勘弁してほしい状況なのに、そんなのが二つも同時に起きてしまったら……もう、どうしようもない。
「せめて……せめて、ルーが無事なら。それなら、アラガミたちを抑えている間にティターニアを討つのも、不可能ではなかったはず……」
すっかりぬるくなってしまった紅茶。そんな紅茶を一気に飲み干して、ジュリウスはため息をつく。弱音を吐いたところでどうしようもないのはわかっているのだが、しかしどうしてもそれを止めることが出来ない。どうせここにいるのは自分とラケルだけなのだから、これくらいは許してほしい……と、そう思わずにはいられなかった。
「ティターニアがこんなにも凶悪で厄介な性質を持っているだなんて……終末捕喰云々を抜きにしても、単純にタチが悪すぎる……」
「──終末捕喰としてみても、受け入れがたいですよ。あんなのが終末捕喰をするだなんて……ええ、あまりにも度し難い」
おや、とジュリウスは心の中だけで首をひねる。
ラケルは紅茶を飲んでいる。あれからお代わりもしていないのだから、今はもうすっかり冷めきってしまっていることだろう。ただ、不思議なことにラケルはその状態で静かに笑っている……のに、なんだかその瞳が冷めきっているというか、憎悪の炎を燻ぶらせているようにも見えたのだ。
「喰らうことこそが、アラガミの本質。喰らうというその行為は、アラガミの存在意義にほかなりません……」
「……」
「自分で獲物を喰い漁り、その頂点に立つ……それならば、いいのです。弱肉強食の収斂の結果、ふさわしき絶対的な強者が個の頂点に君臨する……それこそが、本来在るべき姿」
「ら、ラケル先生……?」
「それなのに──
何を言っているのか、わからない。
「誰の……いえ、何の意志……? まさか、全く別のもの……?」
あるいは、わかりたくない。
「アレは……
唯一分かっているのは──今のラケルは、いつも以上にどこかおかしい。今までに見せたことの無いほどの怒りの炎を燃え滾らせている。
「榊博士は、アレを暴食の女王と形容しましたが……アレを女王と形容するのは耐えがたい。烏滸がましいにもほどがあると思いませんか……?」
「は、はあ……」
「王の在り方として、あんなモノは認められない。暴食ではなく怠惰の王と──いいえ、醜悪な愚物といったところでしょうか」
「……」
「呼ばれてもいない晩餐に乱入して、食卓を食い散らかして。
言葉の意味は分かる。だが、何を言わんとしているのかが全く分からない。いや、なんとなくの想像くらいはできるのだが──何故そんなことを今この場で言っているのかがわからない。
ただ、底知れぬ憎悪と憤怒だけがそこにはある。
今日この瞬間ほど、ジュリウスがラケルの事を理解できないと思ったことはなかった。
「そうですよ……一人で全部残さず食べきるのが一番偉いんですよ……。なのに家族の団欒に勝手に割り込んできて、自分の手も使わずに醜く喰い荒らす存在なんて……
「ラケル先生……あなたは、いったい」
「──ジュリウス」
まっすぐ見つめあった瞳。
ジュリウスはラケルの瞳に冷たい炎が宿っているのを、確かに見た。
「私……終末捕喰は、ルーにやってほしいの。
「それは……」
「終末捕喰をする資格があるのは……王たる資格を備えているのは、間違いなくルーです。ルーこそが、万物の頂点としてすべてを喰らい尽くす存在としてふさわしい。であれば、ルーが終末捕喰をするべきなんです」
「それはまあ……私としても、どうせ終末捕喰が起きてしまうのであれば、ルーにしてもらいたいとは思っていますが……」
だって、それは平和的な終末捕喰のはずだから。ルーと言うヒトを襲わないアラガミが主体となって行われる、制御された終末捕喰なのだから。それはあの榊が主導で計画した、アラガミのいない新しい秩序と平和をもたらすものなのだから。
それが自分とラケルの共通認識で、だからこそ終末捕喰などという危険極まりないその現象にポジティブなモチベーションを持つことが出来ているというのに。
(ラケル、先生……?)
どうしても、今のジュリウスには。
ラケルがそういう意味で終末捕喰を望んでいるようには、とても思えなかった。
「だから……ね? ジュリウス、私の一生のお願い」
「……」
笑っているようにも、怒っているようにも。
優しく諭すようにも、厳しくしつけるようにも。
慈愛にあふれる聖母のようにも、冷酷で残虐な怪物のようにも見える表情で。
ラケルは、ジュリウスにたった一つのお願いをした。
「手段は問いません──礼儀知らずのあの不届き者を、確実に始末してください」
☆おまけ☆
【よくわかるティターニアの捕喰方法】
1 コクーンメイデンを撃ちだし、獲物に刺して寄生させる。
2 寄生された宿主はコクーンメイデンがコアとなり、コクーンメイデンに操られる。
3 感応種の《統制》およびコクーンメイデンのリンク能力で、コクーンメイデンを中継器兼アンテナとしてティターニアが宿主を操る。
4 操った宿主を使って狩りをする、または宿主を直接捕喰する。
【コクーンメイデンの毒針の効果】
原種 :ジャミング
堕天種(火):ジャミング、防御力低下
堕天種(氷):リーク、ヴェノム
堕天種(雷):スタン、攻撃力低下
【ラケル先生がアリではなくてハチだと判断した理由】
極東に生息していた一般的なハチとアリを比較すると……
・ハチも針を持っている。でもアリは持っていない。
・ハチは強い毒を持っている。でもアリは持っていない。
・ハチも分封蜂球で集合体を作る。でもアリは作らない。
よって、「どっちかって言うとハチっぽいじゃん!」と判断しています。ちなみに余談ですが、分封蜂球(集合体)を作った後、そこから飛び立った働きハチが巣に適した場所を探しに行き、そして良い感じの場所に新しい女王を頂点とした新たなる巣をつくる……というのが分蜂の流れ(群れが一つから二つに増える流れ)となります。