GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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107 気遣い

 

 訓練室。それは、その名の通り神機使いの訓練を行うために設けられた部屋だ。体を動かすのに十分なスペースがあり、そして万が一の事故に備えて部屋の装甲は非常に分厚くなっている。部屋自体に各種測定装置が組み込まれているほか、立体映像(ホログラム)の投影装置もあるため、射撃訓練用のダミーターゲットはもちろん、近接戦闘訓練用にアラガミの姿を模したダミーターゲットでさえも投影できるという、ハイテク技術が詰まった部屋だ。

 

 そんな訓練室の真ん中に、ルーの蛹は安置されていた。

 

「……ご飯の時間だよ、ルーちゃん」

 

 ルーの蛹が安置されたあの日から、この訓練室は本来の用途で使われたことは一度も無い。ルーの蛹の周りには新たに設置された奇妙な機械があって、そこから延びる配線や測定端子などがルーの蛹に繋がれている。

 

 全体としてはがらんとしているのに部分的に妙に息苦しい雰囲気がする、そんな奇妙で静かな部屋には、ピッ、ピッ、ピッ……という規則的な電子音と、機械の筐体内部に設えられた空冷ファンが唸る音だけが響いていた。

 

「今日はねえ、アナグラの近くで新鮮なコクーンメイデンが獲れたんだよ。ついさっき狩ったばかりだから、新鮮さは保証するよ。ルーちゃんにはちょっと物足りない量かもだけど……でも、ルーちゃんの大好物だよ」

 

 食べるのは久しぶりだよね──と静かに笑いながら、桜田チハルはついさっき仕留めたばかりのコクーンメイデン……の、コアを取り出す。本来であれば任務中に仕留めたアラガミの素材は一定数を除き引き渡す義務があるのだが、たかがコクーンメイデンのコアということで、特例的にこうして個人用に確保することを認められたのだ。

 

「……美味しい、ルーちゃん?」

 

 蛹の上に、いまだ妙に生々しくぬめっているコアを置いて。

 

 桜田チハルは、泣きそうになりながら何も言わないルーを撫でた。

 

「……その姿で返事をされたら、それはそれで怖くないか?」

 

 いつものヘラヘラとした様子をすっかり潜めた片桐キョウヤが、チハルの肩を優しく叩く。そして、さらに追加のコクーンメイデンのコア──原種でなく、堕天種のものだ──を、ルーの蛹の上に置いた。

 

「しっかし、不思議だよなあ。蛹の状態でも、オラクル由来材料を接触させておくだけでじわじわ喰っていくってんだから。……喰っているというか、溶かして吸収しているって言うほうが正しいのかね?」

 

「……本当なら、口いっぱいにかぶりつきたかっただろうに」

 

「言うなよ……まぁ、こんなナリでも食欲だけはあるんだ。喰わせられるだけ喰わせてやろうぜ……味変として堕天種のコアを持ってきたけどさ、どうせならヴァジュラとかサリエルとか、もっと強そうなやつのコアの方が良かったか?」

 

「どうだろ……そりゃあ、強いアラガミのコアの方が好きだったけど。そんなに強いアラガミのコアじゃ、ルーちゃんのご飯として貰うってのは無理だと思う……」

 

「……じゃあ、ナマはやめて火を通したりしてみるか? あるいは冷やすか、消化に優しいようにミンチにしたりスライスしたり……」

 

「普通に食べてくれているし、今はまだいいんじゃない? ルーちゃんがナマのコクーンメイデンのコアに飽きたら、考えればいいじゃん」

 

「それもそうか……いや、そもそもこいつが喰い飽きるなんてこと、あるのかね?」

 

 ぽんぽん、とキョウヤはルーの蛹を優しく叩く。手のひらから伝わってくるその感覚はどこか硬質で乾燥した感じがして、とてもあのふわふわで柔らかな毛皮を持つ存在だとは思えない。ついでに言えば、計器はルーの規則的な心音──あるいはオラクルの鼓動とも言えるものを捉えているのに、素手で触った限りでは、そういったものは一切感じない……まるで、置きものか何かのようにしか思えなかった。

 

「たくさん喰って、早く元の姿に戻ってよぉ……また、背中に乗せてくれよ。俺とチハルとお前で、心行くまでアラガミぶっ殺してさ。んで、仕事の後はエイジスで昼寝するんだ」

 

「……」

 

「ちょっと前までは、そんなのが当たり前だったんだよな……」

 

 任務があれば、その背中に乗って一緒にアラガミの討伐をして。任務が無くとも、ねぐらとなっているエイジスでのんびりと一緒に過ごして。そのふわふわの体をベッドやクッションにしておひるねするのはとても気持ちが良くて。時折ふざけてじゃれつかれて、全身をヨダレ塗れにされることもあって……そんな何気ない日常はもう、すべて過去のものとなってしまった。

 

 そして、再びそんな日常が訪れるかどうかなんて誰にもわからない。元の通りのルーに戻ってくれる保証なんてどこにもない──それどころか、この世界そのものが終末捕喰で滅びる可能性が目前に迫っているのだから。

 

 

 

「あ……二人とも、来てたんだ」

 

 

 

 唐突にかけられた声。

 

 声の方向に振り返ってみれば、そこにいたのは。

 

「ヒロくん?」

 

「それに……九条博士?」

 

 いつも通りの装いをした、ブラッド隊副隊長のヒロ。

 そして、その後ろには──いつぞやフライアで顔を合わせた、痩せぎすの白衣の男……九条がおどおどした様子で立っていた。

 

「どうした、ちょっと珍しい組み合わせ……でもないか。けど、九条博士がどうしてここに?」

 

「……待って、ヒロくん。そもそも、その、九条博士って……」

 

「──状況が状況だからね。ラケル博士の判断で、九条博士にも情報共有することになったんだ。ルーの存在自体はフェンリル関係者ならそれなりの人数が知ることになっちゃったし……どういう形であれ、ティターニアの対策は必須だから」

 

 元々、九条にはルーに関する一連の情報は伏せられていた。ブラッドやラケルが極東を訪れたのはあくまで神機兵開発に必要なアラガミのデータ収集のためという建前だったから、九条はルーのことを一切知らされないまま、神機兵の無人制御の研究に専念していた。

 

 だけどもう、今はそんなことをしている場合じゃない。

 

「お、お久しぶりです、二人とも……その、この度は何と言えばいいのやら……」

 

 ちら、とチハルたちの後ろのルーの蛹を伺い見ながら、いっそ気の毒に思えるほど恐縮しきって九条は言葉を選んでいる。文字通り、今の二人にかける言葉が思いつかないのだろう。大切な友人が事実上の死に瀕していて傷心にある人間に対してどう振る舞えばいいのかなんて、九条のコミュニケーション能力で対応できる範囲を明らかに超えているのだから。

 

「そ、その……一連の報告書や関連資料は確認させてもらいました。にわかには信じがたいですが、その後ろのが、その……」

 

「ええ。ルーの頭が蛹化したものっす。こんなナリでも、一応はちゃんと生きてるって話です」

 

「は、はは……本当に、本当にこんなものがあるだなんて……。最初に聞いたときは、からかわれているのかと思いましたよ……」

 

 改めて、じっくりとルーの蛹を見てから。

 

 そして九条は、どこか申し訳なさそうに話し出した。

 

「さ、先ほどヒロくんが言ってくれた通り……これからは私も、今回の案件に関わることになりました。神機兵の無人制御の開発はペンディングとし、ティターニアの対策に注力していくことになります……とはいえ、正直どれだけお力になれるかわかりませんし、ラケル博士やレア博士の補佐がメインになると思いますが」

 

「もちろん、ルーの復活についてもいろいろ協力してもらうつもりだよ。これからはいろんな解析や研究が今までよりもずっと捗ることになりますよ……って、ラケル博士も言ってた」

 

「い、いえいえ! 私なんてものは、神機兵以外は専門外であるからにして……」

 

「……でも、無人神機兵開発をほぼ一人で主導していたようなものなんですよね? そんなすげえ人が手伝ってくれるってのは、マジで心強いっす。結局のところ俺らは肉体労働が専門ですし、俺らがあーだこーだ考えるよりも九条博士が知恵を出してくれる方が絶対良いですから」

 

 純然たる事実として。

 

 アナグラにおける、いわゆる頭脳労働者の数は圧倒的に不足している。榊は支部長としての仕事があるし、レアやラケルもまた、技術開発局としての仕事がある。時間の許す限りルーの研究やティターニアの対策に注力しているのは間違いないのだが、【偉い人】としての仕事もまたおろそかにすることはできず、そしてそんな仕事は彼らで無いと務まらないものだ。

 

 ゆえに、彼らと同じ程度の知識や能力を持ちつつも、管理職としての仕事はあまり持っていない──現場と管理職の橋渡しにちょうどいい立場である九条の存在は、実はかなりありがたかったりする。神機使いが集めたデータを一度九条が精査するだけでも、榊たちの負担は大きく減るのだから。

 

「そ、それよりも……チハルくんもキョウヤくんも、かなりの大怪我を負ったという話でしたが……だ、大丈夫なのですか?」

 

「あー、なんだかんだで神機使いなら寝たら治る程度の軽いものでしたよ。オラクル機能の所は医療班にブチ切れられる程度にはダメージありましたけど、それも完治しました。何気に今日が復帰初日です」

 

「私も……キョウヤくんに比べれば、全然かすり傷でした。それよりも、コウタさんやロミオくん、ルーちゃんの方が、ずっと……」

 

「あ……」

 

 失敗した──と、九条も気づいたのだろう。元々あまり明るくなかったチハルの表情はさらに暗くなり、そして今や泣き出す一歩手前だ。あともう少しでも何かしらのきっかけがあれば、きっとその丸い目からは大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちることだろう。

 

「そ……そういえば!」

 

 殊更に、精いっぱいの明るい声を上げて、九条はルーの蛹に触れる。

 

 その話の切り替え方はいくらなんでも露骨すぎる──と、そんな野暮なことを言う人間は、どこにもいなかった。

 

「かの白いアラガミ──ルーは、き、キミが名付けたそうだね?」

 

「……はい」

 

「いやあ、実にイイ名前ですね……! 教養も感じられるし、意味も掛かっている……本当に、素晴らしい名前だ!」

 

「……」

 

 チハルの表情は変わらない。というか、何を言っているのか理解できない……と、そんな感じの顔だ。

 

 九条にもう少しだけ人付き合いの経験があれば、そのことに気づけただろう。

 

「たしか、ルーとはケルト神話の太陽神の名前だったはず……。アラガミには神話に出てくる神の名前を付けるのが慣例となっていますが、我々からしてみればマイナーな外国の神の名前なんてよく知ってましたね……!」

 

「……」

 

「今の時代では、調べもの一つするのも大変なのに……! その上さらに、ルーはLoup……つまり、フランス語で狼を示す言葉です……! よくぞまあ、ここまでピッタリの名前を──!」

 

「……初めて、知りました」

 

「え……」

 

「……るーって鳴くから、ルーちゃん」

 

「……」

 

 沈黙。いっそ、痛々しいと思えるほどに重い──というか、冷え切った空気。

 

 どうしよう、助けてくれ──と言わんばかりに、九条はキョウヤとヒロにアイコンタクトを送る。藁にもすがる気持ちがありありと伝わってくるほどで、なんだか見ていて気の毒になってくるかの表情である。

 

 誰かが悪いわけではない。誰も、悪いわけではない。

 

 だからこそ、居た堪れなかった。

 

「そ、そういえば……」

 

 仮にも同じフライア所属の人間としてか、あるいはこの場の全員と一定以上の面識があるからか。

 

 ともかく、場の空気を整えようと声を上げたのはヒロであった。

 

「その蛹の上に乗っているのって……アラガミのコアだよね?」

 

「おう。コクーンメイデンの原種に、堕天種のコアだな。こうしておけば少しずつ吸収してくれるし、少しは復活するのも早くなるんじゃないかなって」

 

「そっか、ルーはコクーンメイデンが大好物だったっけ……そっちの方がよかったかな」

 

「うん? なんだ、そっちはほかになにかやってたのか?」

 

 キョウヤからの当然の疑問。別に今更隠すようなことなんて何もないので、ヒロは自分が知っていることをそのまま言葉にした。

 

「生き物の卵は、お母さんが大事に温めることで孵るって本に書いてあったらしくって。だからこの前、ナナがルーにずっと抱き着いていたよ」

 

「お、おお……」

 

「あとは……この前ラケル博士も言っていたけど、胎教ってのもおなかの子……であってるのかわかんないけど、ともかく結構効果があるらしい。だから、シエルはルーの近くで歌を歌ってあげていた」

 

 どっちも小一時間くらいはやっていたかな……なんて、ヒロはその時のことを思い出す。あの時のナナはルーの蛹に全身で抱き着く──というか、もはやへばりついているかように密着していて、そしてシエルはどこか外国の子守歌のような唄を、とても穏やかな表情で優しくつぶやいていた。

 

 そんな二人の様子が、なんとなく「おかあさんらしい」と思えてしまったのは、ヒロだけの秘密である。

 

「そういやァ、アリサさんもルーに優しく語り掛けているって言ってたな……。カノンさんも、絵本を読み聞かせしてみるって言ってたような……」

 

「あれ……待って、そういえばフランさんも今度音楽でも流そうかなって、言ってたような……」

 

「……」

 

「……」

 

 ちら、とヒロとキョウヤはルーの蛹の傍らに立つチハルに目を向ける。

 

「……なに?」

 

 チハルは、とても愛おしそうな手つきでルーの蛹を撫でていた。

 

「…………アレか、あいつに触れるとママ化するってやつか?」

 

「ま、まさか……単純に、女の子の方が優しくて母性的ってだけじゃない? それにほら、榊博士も言ってたじゃないか。外部からの刺激を与えたほうが良いから、積極的に声をかけてくれって」

 

「そりゃ、そうだけどさ……」

 

「ちなみに俺も、同じように触れて……《喚起》できないかなって思ってるんだ。や、本当にできるかどうかはわからないし、効果があるのかもわからないけど……俺の《喚起》って正直なんかフワっとした効果だし、目覚めさせるって意味なら試してみるのもいいのかなって」

 

「……だな」

 

 ヒロもまた、優しくルーの蛹を撫でる。果たしてそれで本当に《喚起》ができるのかどうかなんて誰にもわからないが、しかし外部からの刺激と言う意味で、全くの無意味と言うことは無いだろう。正しいことなんてわからない以上、やれることはすべて試すに越したことは無いのだ。

 

「あ、そうだ。ちょっと話は変わるんだけど」

 

「うん?」

 

「正式な通達はこの後されるそうだけど……少しばかり、配給の量が減るかもって」

 

「え」

 

「ティターニア……というか、フラックメイデンになるのかな。あいつの周囲30kmは原則的に立ち入り禁止にするらしい。その影響で物資の輸送隊のルートもだいぶ制限されるから」

 

「ティターニアから30kmって言うと……サテライトはギリギリ範囲外って感じか。ま、余計な遠回りで物流が滞るんだからしょうがないか」

 

「……マスコミやサテライトからは苦情がたくさんくるだろうって言われている。俺たちは立ち入り制限の理由を知っていても、彼らはまだ知らないから」

 

「……」

 

「尤も、知らないままで終わるのならそれでいいんだけど。もしも……彼らが知ってしまったら。あるいは、彼らにもわかる形で被害が出てしまったら」

 

「……パニックどころの話じゃなくなるだろうなあ。移動制限だけならまぁ、実際は関係ないやつばかりだけど……安全であるはずのそこでさえも安全じゃないってのは、マジにヤバいもんな」

 

「その場合、少しでも安心できる場所ってことでアナグラ(ここ)に避難民が押し掛けてくるんじゃないかってジュリウスは危惧している。ある程度の受け入れは覚悟しなきゃいけないから、その準備も進めなきゃいけない。……ジュリウスはすごく気が重そうにしていた」

 

「あの人、いつ見ても胃を痛めてそうな顔してるもんな……というか、そんなことまで考えなきゃいけないのか」

 

「ははは……良くも悪くも、本当の意味で今の状況を知っているのは俺たちだけだからね……」

 

 そのため、これからはいつも以上にアラガミの討伐依頼が増えるだろう──と、ヒロは続ける。フラックメイデンの勢力を落とすためにコクーンメイデンを積極的に倒す必要があるのはもちろん、万が一避難民の大規模な移動が発生した場合に備えて、それ以外のアラガミの駆逐もいつも以上に念入りに行う必要があるのだ。

 

「マスコミやサテライトからの苦情の処理に、アラガミの討伐……あと、素材回収か。やることはいっぱいあるが、なんだかいつも通りな気がしないことも無い」

 

「だね。難しいことは全部ラケル博士たちが考えてなんとかしてくれる……って、信じよう。まぁ、ホントは俺たちも何か考えなきゃいけないんだろうけど……」

 

「適材適所ってやつだ。下っ端の俺らは上に言われたことを確実に実行できればそれが一番いいんだよ……おっと、ブラッド隊の副隊長様を俺たちと一緒にしちゃマズかったかな?」

 

「あはは……ホント、なんで俺が副隊長なんだろうね……。入隊して数か月だし、本当に名ばかりのお飾りみたいなものなのに……」

 

「……」

 

「──ここはひとつ、俺の五倍以上のキャリアを持っていて、しかもあの極東で活躍している先輩の力を借りたいと思うんだけど、どうだろう?」

 

「……今の返し方、なんかちょっとラケル博士っぽい」

 

「そ、そう? 俺もちょっと染まってきたってことなのかな……」

 

 他愛ない軽口。こんな非常事態なのに……いいや、非常事態だからこそ、友人との何気ない時間と言うのは大事だ。ヒロもキョウヤも、心のどこかでそれがわかっているからこそ、気分が暗くならないようにどこか無意識でそんな会話をしてしまっているのかもしれない。

 

「ふー……そろそろ行くか、チハル。九条博士の仕事を邪魔しちゃ悪いし」

 

 ぐうっと大きく伸びをして、キョウヤは傍らに立つチハルに声をかける。

 

 既にここを訪れてからそれなりの時間が経っている。休憩時間としては十分すぎるほどだったし、こうして友人とおしゃべりして心を癒すこともできた。この場を離れるのは名残惜しいが、良くも悪くも今は無駄な時間を過ごすことは許されない。

 

 ついでに言えば、先ほどから会話に交るタイミングをずっとうかがっている──話しかけようとして悉く失敗している九条がいる。この様子を見る限り、自分たちがこの場にいたらろくに仕事ができないだろうとキョウヤは確信に近い思いを抱いていた。

 

「うん……また来るからね、ルーちゃん」

 

「ヒロも九条博士も、こいつのこと……よろしくお願いします」

 

 頑張るよ、とヒロは苦笑しながらそれに応える。

 九条はただ、おどおどした様子で首を縦に振った。

 

「行こう、チハル」

 

「……うん」

 

 最後に、名残惜しそうにルーの蛹を伺い見てから。

 

 チハルは背を向けて、出口に歩いていこう──として。

 

 

 

「……ま、待ってくれ!」

 

 

 

 拳をぎゅっと握った九条が、チハルの背中に声をかけた。

 

「……九条博士?」

 

「その、あの……」

 

 言っていいのか悪いのか。そんな躊躇いと葛藤に打ち勝つのに都合二十秒ほどの時間を要してから、九条はどこか視線をさ迷わせながら言葉を紡いだ。

 

「こ、古来より……太陽というのは、復活と再生の象徴(シンボル)として世界各地で崇められているんです……」

 

「……」

 

「だ、だから……そんな太陽の神の名を冠するこのアラガミも、きっと、その……」

 

「……」

 

「ふ、復活するのではないか、と……ええ、はい」

 

「……」

 

「は、はは……」

 

 言わなきゃよかった──と、そんな後悔の言葉が九条の顔にはありありと書かれている。なんでこんな余計なことを言ってしまったんだ、別にこの場で言う必要なんてどこにもなかったじゃないか、下手に希望を持たせてどうするんだ──なんて、そんな心の内がその場にいる全員に伝わってしまっている。

 

 けれども。

 

 その気遣いの心は、決して無駄なんかではない。

 

 

 

「……ありがとう、九条博士。ルーちゃんのこと……よろしく、お願いします」

 

 

 

 ふわりと小さく笑ったチハルは、九条にぺこりと頭を下げる。

 

 そして、今度こそ──キョウヤと一緒に、訓練室を後にした。

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