GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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113 土下座

 

 

「……どうか、どうかこの通りです。どうか……神機兵の出撃を、認めてください……!」

 

 

 土下座。その存在はグレムも知っている。この極東に伝わる最上級の礼の一つ……というか、今となっては完全に屈服した証の一つとも言えるだろう。土下座をするということは全面的に自分に非があると認め、それでもどうにか許してもらうために頭を下げるということであり、事と次第によってはこれ以上にない恥辱ともとれる行いだ。

 

 少なくとも、自分ならやらない。そんな屈辱的なこと、できるわけがない。こんな風に惨めに情けなく、人に頭を下げるだなんて……そんなことをするくらいなら、死んだ方がマシだと言い切ることさえできる。

 

 そうまでして、九条は覚悟を見せた。

 

 そんなあまりにも予想外のことをした九条のことを、グレムは。 

 

 

 

「──困るなあ、九条くん(・・・・)

 

 

 

 ──心の底から、無様で惨めな負け犬の様にしか思えなかった。

 

「お前のその土下座に何の価値がある? お前が頭を下げたところで、俺にどんなメリットがあるんだ?」

 

「……」

 

「──何の意味も価値も無い。時間の無駄でしかない。そんなことをするくらいなら、機関銃でも持ってアラガミに突っ込んだ方がまだしも建設的だぞ」

 

「……っ!」

 

「……ま、お前がそこまでしたという気概だけは買ってやろう。……いいか、現実的な話をするぞ」

 

「……」

 

「神機兵は動かせない。これは絶対だ。そしてお前が土下座したところで何も変わらない。そんなことをするくらいなら、もっと別のことに時間を使うべきだ」

 

「……」

 

「アナグラの連中の説得辺りが無難なところか? 黒蛛病の研究でもいい。神機兵のさらなる強化と実運用化に動いてもらうのが、組織の目標としてもありがたいが……まぁ、何とかするのがお前の仕事だ。俺は【うまくいった】という結果だけを求めているのであって、結果さえあれば手段は問わない」

 

「……」

 

「わかったのなら──その頭をあげて、さっさと行動しろ。時間は有限で大事な資産だ。無駄に費やすなんて馬鹿な真似はせずに、少しでも利益につながることをしろ」

 

「…………失礼、します」

 

 のろのろと、頭をあげたその男は。

 

 ──いつも以上に陰気があふれた、みすぼらしい表情をしていた。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「まったく……今日はいつも以上にあいつにイライラさせられた」

 

 九条がこの局長室を去って、ややあってから。

 

 その苛立ちを一切隠そうともせずに、グレムは盛大にため息をついた。

 

「昔からわけのわからんところで突っかかってくる奴だったが、今回は特にひどい。なんであんなにも逆らってきたんだ?」

 

 グレムが知る限り、九条と言うのは極端に気の弱い男だ。少しでも語気を強めれば簡単に自分の意見を変えるし、たとえ筋道が通っていない意見であったとしても、大きめの声で威圧するだけで簡単に屈してしまう。そのくせ、よくわからないところで反論してくる──と、人をイライラさせる天賦の才をもっているわけだが、どうにも今日は、いつも以上にそれが顕著な気がしたのだ。

 

「神機兵の開発はあいつの悲願でもあるはずだ。なのにそれを差し置いてまでティターニアの討伐にこだわるのか、理解が出来ん」

 

「……アナグラで、仲の良い友人ができたそうです。その友人が、ティターニアの被害に遭ったそうで」

 

「は? 友人? あいつに? ……本当か、レアくん?」

 

「ええ……仕事の合間に、何度か嬉しそうに話すのを耳にしましたわ。神機使いの男の子と女の子ですよ」

 

「ふん……あいつに友人ができるなんて傑作だと思ったが……それは本当に友人なのか? あいつが勝手にそう思っているだけじゃないのか?」

 

「さあ……ただ、もしかすると子供のように思っているのかも」

 

「はあ?」

 

「女の子の方は、十二歳とか十三歳くらいにしか見えない小さな娘ですから。もし九条博士が結婚していたら、それくらいの子供がいてもおかしくないですし」

 

「……あいつはロリコンなのか? うすうすそうじゃないかとは思っていたが」

 

 ラケルが子供好きだというのは、グレムも知っている。ブラッド隊の神機使いとまるで子供と戯れるかのように触れ合っている姿を何度も見かけているし、そうでなくともこの時代に養護施設を営むような人間だ。これで子供好きでないわけがない。

 

 そしてレアもまた、ラケルほどではないが子供好きなのだろう……というのがグレムの認識だ。妹の世話を焼くかのようにブラッド隊の銀髪の神機使いと話している姿をたまに見かけるし、それ以外のブラッドとも気さくに会話をしていると何かの資料で目にした覚えがある。

 

 だから、その流れで九条も子供好きになったのではないか……と一瞬だけそう考えて、こんなどうでもいいことを考えるのは時間の無駄であることに気づいた。

 

 とはいえ。

 

「なあ、ラケルくんにレアくん」

 

「なんでしょう?」

 

 九条に友人がいても、いなくても。

 

 九条がロリコンであったとしても、そうでなかったとしても。

 

 九条が子供好きであっても、そうでなかったとしても。

 

 どういう場合であっても──気になることがある。

 

 

 

「今回の、その変なコクーンメイデンは……そんなに危険なのか?」

 

 

 

 ──事の発端である、コクーンメイデン感応種のティターニア。いまだその姿を見たものは誰もおらず、ただ被害だけが日に日に増えているというそのアラガミ。

 

 そのことだけが、グレムにはどうも気になって仕方なかった。

 

「あら……先ほどは、雑魚と言っていませんでしたか?」

 

 おかしそうにくすくすと笑うラケルにどこか薄気味悪いものを感じつつも、グレムは独り言をつぶやくように続けた。

 

 

 

「──俺は、九条のことは技術者としては認めないことも無いと思っている」

 

 

 

「あら」

 

「まあ」

 

 ラケルも、そしてレアも。

 

 九条と同じく神機兵の開発に携わる優秀な姉妹は、そろって驚きの声を上げた。

 

「だが、それ以外がてんでダメだ。ガッツも無いし、うじうじしているし、いつだっておどおどしている。人と話すときに目を合わせないし、自分の意見をはっきり言ったためしがない。見ているだけでイライラするし……あいつが交渉の席にいようものなら、あっという間に丸め込まれる」

 

 ああ、そりゃそうだろうな──と、レアは表情を変えずに心の中だけでグレムに同意した。

 

「何度俺があいつの尻拭いをしたことか。技術者としての能力があるから顔を合わせているが、そうでなければ話したくもない。正直に言えば、技術者であったとしても視界に入れたくない」

 

「あらあら……それはあまりにも、言い過ぎでは?」

 

「事実だ。……こういうちょっとした反論でさえ、あいつは自分で言うことが出来ない。自分の事なのに、言い返すことが出来ない。競争の激しいエンジニアの世界で、よくぞまあ生き残れてきたものだと思っている」

 

 とんでもない短所を帳消しにできるほどの長所(技術力)があるのは皮肉でならない──と、グレムはつぶやく。その技術力があるから切りたくても切れないというのは、自分にとっても皮肉でしかないのを、理解しているのだ。

 

「ふふ……土下座までさせておいて、酷い言い様」

 

「おいおい、酷い言い様はレアくんのほうだろう? ……俺は土下座しろなんて一言も言っていない。あいつが勝手に、やっただけだ」

 

「それは……そうですけど」

 

「……ああ、そうだよ。俺はそんなこと言ってないんだ(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「……グレム、局長?」

 

 技術者としては評価できても、人として全く評価できない人間が。常に何かに怯えていて、自分の意見なんて全く言えない人間が。

 

 そんな人間が──ここで最も立場が上である人間に、意見をしたのだ。

 

「俺は、土下座しろなんて言ってない」

 

「……」

 

「なのに、あいつは……言われっぱなしで反論することすらできないあいつが」

 

「……」

 

「黙り込むのでもなく、逃げ帰るのでもなく──俺の目を見て、自分の意志で(・・・・・・)土下座したんだ」

 

 たった一点。その事実だけが、どうにも気にかかる。グレムにとっては前代未聞のアラガミが現れたことよりも、あの九条がそんな覚悟を見せたというその事実の方が、よほど衝撃的で考慮すべき事態に思えてしまう。

 

 だからこそ。

 

 あの九条が──初めて見せたその行動。そのきっかけとなったそれも、重大なことではないか……と、思えてしまうのだ。

 

「……で、どうなんだ? そのティターニアってのは、キミたちから見てもヤバいのか?」

 

「そうですね……主観を抜きにして、事実を羅列すると」

 

 どこか気分がよさそうに、ラケルはつぶやいた。

 

「半径15kmの範囲で自由自在にオラクル弾やミサイルの攻撃が可能なアラガミです。砲撃はたった一発で居住区の小区画を更地にするほどの威力があり、攻撃すればするほど射程範囲も精度も加速度的に上昇していきます。……ミサイルの速度は音速(マッハ)を越えます。撃墜するのはもちろん、ティターニア本体に近づくのも非常に難しい」

 

「……」

 

「加えて、他のアラガミに寄生するのもほぼ確定的となりました。ティターニアに近づこうとするなら、砲撃だけでなく……フラックメイデンに寄生された、この極東の多種多様なアラガミまでもが連携して襲ってくることでしょう」

 

「……」

 

「加えて──実に狡猾で、知能も高い。ご存知でしょうが、ブラッド隊も……ジュリウスに次ぐ経験を持つロミオが、フラックメイデンの攻撃により瀕死の重傷を負うことになりました」

 

「……うん? そいつは未だに《血の力》も発現してない奴だろう? ブラッド隊とはいえ、新兵とほぼ変わらない実力だったと思うが」

 

「《血の力》が発現していないのは、その《血の力》があまりにも強力なものだからだ……と、榊博士も仰っています。……言い方を変えましょう。ティターニアは目先の脅威よりも、将来的な大きな脅威の排除を選ぶだけの知能と観察眼がある」

 

「考えすぎだと思うが」

 

「──同じタイミングで、あの(・・)クレイドルの藤木コウタ少尉も襲われました。というか、報告書を見る限りでは狙われていたのは藤木少尉の方です」

 

「……」

 

「──彼は榊博士の懐刀で、権謀術数にもアラガミ討伐にも長けた文字通りの化け物です。冗談でも比喩でもなんでもなく、彼の存在はアナグラにおいて非常に大きな意味を持つ」

 

 政治的手腕もあり、諜報活動や情報戦にも長けている。人の心に寄り添うのが異様に上手く、そしてあの若さでありながらアラガミ討伐の腕も本物。民衆の支持を集める──世論を操作するのに非常に向いていて、弱点らしい弱点は存在しない。

 

 そして、特殊部隊や諜報部隊を遥かに凌駕する実力を持ちながらも──その過去は、いたって普通。それらしい経歴は一切なし。少なくとも──フライアの情報能力では、どう頑張ってもそれ以上の成果を挙げることはできなかった。

 

 そんな藤木コウタを、ティターニアは真っ先に潰しにかかったのだ。

 

「彼は、ありとあらゆるすべての分野において類まれなる才能と実力を持っています。この私がここまで手放しで称賛するという意味を……局長なら、ご理解いただけますよね?」

 

「……まあ、そうだな」

 

「そんな藤木少尉を真っ先に潰そうとした──そんな判断をしたティターニアは、紛れもなく脅威です。アレだけは絶対に生かしてはおけない。存在してはいけない生き物がいるとしたら、それは間違いなくティターニアで……この世界から、退場してもらわないといけないのです」

 

「……」

 

「さらに付け加えるなら──」

 

「いや、もういい」

 

 超威力攻撃。超遠距離攻撃。寄生に操作、感応波による連携。何者も寄せ付けない鉄壁の布陣に、どこまでも獰猛で凶悪、そして悍ましいほどに狡猾で殺意にあふれる化け物。

 

「あら……まだまだ、語るべきことはありますのに……」

 

「ふん……実質的な被害報告なのに、ハイライトが多くて嬉しいわけがない」

 

「ですね……なんだか、技術展示会でのプレゼンのようでしたし」

 

「技術展示会? そりゃあいい! いっそ動物園も併設して、アラガミのテーマパークにしてしまおう! きっと儲かるぞ!」

 

 くだらない、ありえない仮定。自分でもつまらないと笑い飛ばしつつも──ラケルもレアも、それに付き合って愛想笑いをしている。九条だったらこれすらできないだろうと……どことなく気分を良くしたグレムは、ひとしきり笑ってから、ゆっくりとつぶやいた。

 

 

 

「──神機兵を、ティターニアの周囲30km地点に配備する」

 

 

 

 レアは意外そうに目を見開いて。

 ラケルはおかしそうにくすくすと笑って。

 

 そしてグレムは──誰に聞かれるまでも無く、その理由を語りだす。

 

「いいか、配備するだけだ。戦闘は絶対に認めん。もし何かしらの攻撃を受けようものなら、即座に撤退させる」

 

「あら……でも、それなら配備する必要もないのでは……?」

 

「どういう形であれ、極東と協力体制を敷いている以上何かしらのポーズは必要だ。それに大きな恩は売れるときに売っておくべきだ。あとは……単純に、リスク分散だな。どこにいても砲撃のリスクがあるというなら、分散して配置したほうが合理的だ」

 

 切実な問題。

 

 いま、アナグラを──というか、フライアを砲撃されたのなら、神機兵はほぼ全滅する。であれば、ティターニアを囲むように分散して神機兵を配置することで、砲撃による被害リスクは理屈上最小限に抑えることができる。どこにいてもリスクがあるということは、一か所にまとまっていることこそ最大のリスクと言えるのだ。

 

「だいたい……キミたちも、そうなるように仕向けただろう? なんとかして、神機兵を駆り出せないか……そう考えていただろう?」

 

「あら……私はそんなこと、言ったつもりは無いですが」

 

「私も……聞かれた通りのことを答えただけですわ……」

 

「ふん。俺が何年、腹の探り合いをしてきたと思っている。業務に直接関係のない陳情に、キミたち二人が当然のように同行している段階で、そう言っているようなものだろうが」

 

「……ご想像にお任せしますわ」

 

「ええ……ですが女の胸の内を探るなんて、あまりにも野暮で非紳士的な行いである……と、思いますけれど」

 

 打てば響くように返ってくる返事。九条にもこれだけの気概があればどれだけよかったかと、グレムは心の底から思った。

 

「いいか……誤解の無いように言っておくが」

 

 なんだか妙にほほえましい顔で見てくる二人の姉妹を無視して。

 

 グレムは、自分に言い聞かせるように断言した。

 

「九条に何か感じ入るところがあったわけじゃない。俺はあいつの言うことは信じちゃいない」

 

「……」

 

「技術者と言うのは、99%の成功率でもたった1%の失敗の可能性があるだけで芋を引く臆病者だ。そのくせ、99%失敗するのにたった1%の成功の可能性があるだけでリソースをつぎ込んで研究をするようなわけのわからない生き物だ」

 

 それを技術者(わたしたち)の前で言うのは経営者(あなた)の良い所であり悪い所ですよ──と、レアは心の中だけでつぶやいた。

 

「どうせ今回のも、あいつが敵を過大評価しているだけだろう。技術者と言うのはそういう人間たちの集まりで、どうにもあいつはそういう傾向が強い──生粋の悲観主義者(ペシミスト)だ」

 

 そう──グレムは九条と言う人間をとことんまで嫌っている。その性格が、考え方が、何もかもが肌に合わないと思っている。

 

「俺がこの判断を下したのは──それがリスク分散になり、極東に恩を売れて、最も合理的だからだ。決して、あいつが頭を下げたからなんかじゃない」

 

 

 グレゴリー・ド・グレムスロワは、九条ソウヘイという人間のことをとことんまで嫌っている。

 

 

「頭を下げてどうにかなるなら、みんなそうしている──いいか、本当にそれだけの話だ」

 

 

 だけれども。

 

 

 ──九条(あいつ)が俺に立てつくなんて、絶対におかしい。

 

 

 グレゴリー・ド・グレムスロワは、九条ソウヘイという人間の弱さをこの世界の誰よりも理解しているのだ。

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