GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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114 決戦の刻

 

 支部長執務室。いわば完全にアウェーとなるそこで、グレゴリー・ド・グレムスロワははっきりと宣言した。

 

「──そういうわけで、神機兵の配備は認めよう。ただし、これはあくまで非常時に備えてのものであり、近隣住民への安心感を与えるための措置となる。ティターニア討伐のための戦闘を考慮したものではない──そちらの問題は、そちらだけで片付けるようにしていただきたい」

 

 たったそれだけ言って、グレムは支部長執務室を後にする。今この場には一連の事件の関係者が──それこそ、極東支部で一番偉い人である榊だっているのに、ろくに挨拶すらしていない。滞在時間なんて五分にも満たず、文字通り、言いたいことだけを言ってさっさと帰ってしまったのだ。

 

『なんすかあのオッサン。感じ悪いなあ……』

 

 黒蛛病を発症しているために、隔離病棟からリモートで参加しているキョウヤ。カメラやマイク越しでも、グレムの態度の悪さはしっかりと伝わったのだろう。あるいはこの場にいないからこそ、その不満をそのまま口に出してしまったのかもしれない。

 

「……ごめんなさいね、キョウヤくん。あの人も今は結構ぴりぴりしているから……でも」

 

 そんなキョウヤの姿が微笑ましく思ったのだろうか。くすくすと小さく笑いながら、ラケルはつぶやいた。

 

「滅多なことは言わないほうが良いですよ。あのひと、フライアで一番偉い人ですから」

 

『え゛』

 

「ふふ……アラガミ大好き解剖おばさんとの、お約束ですよ?」

 

 カメラの向こう──モニター越しに青くなっているキョウヤの顔をおかしそうに眺めてから、そしてラケルは部屋の中を見渡す。

 

 自分に、レアに、九条とフラン──そして、先日見事に復帰が叶ったロミオも含めたブラッド隊。

 榊に、ヒバリに、リッカ──そして、極東の神機使いたち。

 

 文字通り、ここには一連の関係者が全員揃っている。ルーのことも、ティターニアのことも知っていて、この極東の未来を……ひいてはこの地球の命運を託された人間たちとも言っていい。

 

 そう、そんな人間たちが一堂に会しているということは──ここに呼び出されたということは。

 

 それが意味することは、つまり。

 

「教えてください、榊博士」

 

 ラケルは、みんなをこの部屋に呼び寄せた張本人──この部屋の主である榊に、静かに問いかけた。

 

「──とうとう、時間が来てしまったのですね」

 

「……うむ」

 

 ラケルのその問いに、榊は重々しく頷いた。

 

 

 

「結論から言おう。……ティターニアから観測される終末捕喰の反応が、危険域を超えた」

 

 

 

 榊のその言葉に、部屋の中にある種のどよめきが広がっていく。

 

 とうとうその時が来てしまったのか──と、静かに覚悟を固めていたもの。

 思ったよりもずっと早い──と、動揺を隠しきれていないもの。

 まさか、本当に──と、いまだにその事実を受け止めきれていないもの。

 

 いずれにせよ、その言葉がもたらした衝撃は決して小さくない。あの日……ティターニアの出現した日からなんだかんだで一か月と半月程度。もしかしたら、終末捕喰なんて実際は起きないのではないか……という誰かの切実な祈りを裏切る様に、その反応は少しずつ、少しずつ増していた。

 

 そして、とうとう今日の朝早くに危険域を超えてしまった──これ以上の放置はできないレベルまで到達してしまった。いつか来るとはわかっていても、その事実を実際につきつけられれば……誰だって、動揺してしまうのも無理はない。

 

「残念ながら、これ以上の猶予はない。これ以上放置すれば、終末捕喰は確実に起動する。だから……今ここにいるメンバーで、ティターニアを討伐する必要がある」

 

『あの……そういう言い方をするってことは、ルーのやつは……』

 

 キョウヤの疑問。ちら、と榊は視線でヒバリを促した。

 

「……少しずつ、オラクル反応は強まっています。でも、その……依然として、蛹に変化はありません」

 

『……間に合わなかった、か』

 

 単体の戦力としてみれば、この場にいる誰よりも頼りになるルー。ルーが復活さえしてくれれば、その機動力と戦闘力でティターニアの討伐もずいぶんと楽になるはずだった……が、やはりそううまくはいかないらしい。一か月以上経ってなお復活の兆しが見えないとなれば、ティターニア討伐の戦力として期待するのは絶望的だろう。

 

「……作戦を、説明しよう」

 

 暗い空気。静かに忍び寄る絶望。それでもなお、榊がそうやって話を進めるのは──それが、組織のトップとしての責任であるからかもしれない。

 

「威力偵察の結果より、ティターニアの討伐には多方面からの同時攻撃が最も有効だと考えられる。なるべく相手にプレッシャーをかけることを考えると、戦力は可能な限り分散しないとならない」

 

 戦力の分散をすれば──対応する相手が多ければ多いほど、ティターニアはその処理に時間がかかることになる。どこかの班がティターニアの攻撃を受けている間であれば、また別の班がティターニアに近づくことができる。そうして近づいてきた班をティターニアが対処している間に、また別の班がティターニアに近づく……と、言ってみればそれだけの話だ。

 

 ただし、これは──あくまで理屈の上での話で、現実的に考えると、致命的ともいえる欠陥があった。

 

「なあ、榊博士よお……」

 

 みんな、そのことには気づいているのだろう。

 

 みんな、あえてそのことには触れないでいたのだろう。

 

 けれども──言わなければ始まらない。だからこそ、リンドウはみんなを代表して声を上げた。

 

「ただでさえ少ない戦力を……さらに、分散させるってか」

 

「……そうなる、ね」

 

「今の所の見込みだと、隊長以上の人間で構成された部隊であれば8部隊は必要って話だったな」

 

「……そうだね。どんなに少なくとも、8部隊は必要だ。そのうえで……上手く辿り着けた部隊は、ティターニアと戦う必要がある。つまり」

 

「作戦に参加できるのは、ブラッドかブラッドアーツに目覚めた人間だけ……か。……ええと、全部で何人だ?」

 

「……16人、ですね」

 

 ヒバリが端末を操作すると──中央のモニターに【参加資格者】の表示が現れる。

 

 ブラッドがジュリウス、ロミオ、ヒロ、ナナ、シエル、ギルの合計6人。

 極東支部が、リンドウ、ソーマ、アリサ、コウタ、カノン、ハルオミ、チハル、キョウヤ、エミール、エリナの合計10人。

 

 この16人が、ティターニア討伐作戦に参加できる資格を持つ人間となる。

 

 ──あるいは、この16人しかティターニア討伐作戦に参加できない。

 

「単純に計算して……ペアで8組、か。……マジで最低限体裁を整えましたって感じだな」

 

 どう考えても、圧倒的な戦力不足。本来であれば一部隊につき四名の神機使いが必要だというのに、最低限の頭数すら揃えることが出来ていない。お互いのサポートができるか否かで部隊としての戦闘力、および継戦能力が大きく変わることはもはや語るまでも無く、ましてや超長期戦が予想されるこの状況では、それはあまりにも致命的と言えた。

 

「ま……待ってください! お、俺たちだって戦えます!」

 

「そ、そうです! 感応種は無理でも、囮くらいなら……!」

 

 言外に戦力外と通達されたケイイチとレイナが、抗議の声を上げる。

 

 それを、榊はやんわりと……されど、はっきりとした意思を込めて否定した。

 

「──神機使いとしての経験に乏しいキミたちの出撃を、認めるわけにはいかない」

 

「……っ!」

 

「せめて、ブラッドアーツに目覚めていれば一考の余地はあったかもしれないが。……キミたちはこのアナグラで待機してもらう」

 

「そんな……」

 

「……もとより、このアナグラ周辺の防御も固めないといけない。アナグラの神機使いのほぼ全員は、そっちの任務に就いてもらうことになるよ」

 

 こちらがティターニアに攻め入れば、まず間違いなく相手も反撃してくることだろう。その場合、ティターニアに呼応してこの極東全体のアラガミが活性化する可能性が非常に高く、そうでなくとも相手が差し向けるアラガミの取り逃しは少なからず出てしまう。そういった事態に備えて、普段以上に警戒をする必要があるのだ──と、榊は語った。

 

「ティターニアに対抗できる8組が、それぞれ別方向から近づいてティターニアを討つ……現状、最も勝率の高い作戦だ」

 

 最も勝率が高かったとしても、そもそもその勝率は果たしてどれほどのものなのか。そんなの、作戦と呼べるような代物じゃないのではないか──と、誰もが思う。そんなのみんなわかっている……けれど、わかっているからこそ、それを口に出すことはできなかった。

 

「……一応、良い知らせも無いことは無いのだが」

 

「……それは、それ以上の悪い知らせもあるということですか?」

 

 ジュリウスの問いに曖昧な笑みを返しながら、榊は続けた。

 

「例のコクーンメイデン寄生体だが……ちょうど先日、リンドウくんやソーマくんが彼らと戦う機会があってね。ディアウス・ピターとガルム、それにハンニバルだったのだが……ラケル博士の想像通り、非常に高度な連携をしてきたのだ」

 

 それのどこが良い知らせなんだと、その場の誰もの気持ちが一致した。

 

「──ところが、リンドウくんたちはこれをあっという間に撃破している。ハンニバルなんて一太刀で片付けたという話だったかな?」

 

「……え? いったいどういうことです? コクーンメイデン寄生体は、ティターニアの影響を受けて通常個体よりも強力になっている可能性もあったはずですが」

 

「あー……確かにその通りなんだがよ。けどあいつら、弱点が露出してるんだよな」

 

「……まさか」

 

「おう。突き刺さっているコクーンメイデンを叩けばそれで終わる。結局のところ、寄生されたアラガミはその時点で死んだも同然の状態になってるんだろうな。アラガミとしてのコアがコクーンメイデンになっちまってるから、下手すりゃ銃撃一発でカタがつく」

 

 アラガミのコアは、本来であればその肉体の深くに埋もれていることが多い。コアが体表近くに露出しているケースもないこともないが、それはかなり特殊な例外だ。コアはいわばアラガミの心臓と見えるものであり、普通であれば強固な筋肉なり装甲なりで守られていることが多い。

 

 けれど──コクーンメイデンに侵喰寄生されると、コクーンメイデンそのものがそのアラガミのコアの代わりに肉体の支配をすることになる。であれば、その肉体に寄生しているコクーンメイデンが死に絶えれば、当然肉体の方も死に絶えるのだ。

 

「寄生の仕組上しょうがないんだろうが、かなりバランスが悪い感じで突き刺さってるからな。それなりにデカいアラガミでもなければだいたいコクーンメイデンの頭が貫通して飛び出ているから、そこを叩けばいい」

 

「なるほど……いかに元のアラガミが強力であろうと、コクーンメイデン自体の防御力はたかが知れている。まともに相手をすれば苦戦は免れないが、弱点さえ把握していれば……あるいは……」

 

「……水を差すようで悪いんだがよ、ジュリウス。あのおっさん、まだ悪い知らせのほうを言ってないぞ」

 

「……そうでしたね」

 

 コクーンメイデン寄生体は思ったよりもずっと簡単に倒せそうだ──それが、良い知らせ。

 

 一方で、悪い知らせとは。

 

 

 

「──我々が想像していた以上に、コクーンメイデン寄生体の数は多い」

 

 

 

 沈黙。誰も言葉を発さない。発したくても発せないと言ったほうが正しいのかもしれない。

 

 ともかく──榊はヒバリにアイコンタクトを送る。それだけで榊の意図を汲み取ったヒバリは、やはり手元の端末を操作してモニターに新しい画像を映し出した。

 

「こ、れは……」

 

 ティターニアを中心とした、半径30km。オレンジ色の実線で描かれたその円は、一般人の立ち入り禁止区域を示しているのであろう。そのさらに内側にある半径15kmの赤い円は、これまでの調査より判明したティターニアの砲撃が始まり得る領域を示したものだ。

 

 ──そのさらに内側。一際大きい赤い点を囲むようにして。

 

「な、なんて数だ……!?」

 

「こ、これ……これ全部が、アラガミなの!?」

 

 数えるのもバカらしくなるほどのオレンジ色の点がプロットされている。プロットされている点が多すぎて、もはやただの円になってしまっているほどだ。何も知らなければ……ティターニアの半径10kmほどが、オレンジの円で塗りつぶされているように見えたことだろう。

 

「ここ数日で、少しずつ寄生体を見かけることが増えてきたわけだが……寄生体がこちらの方にまで姿を見せだしたのは、ひとまずの腹ごしらえと戦力補給が終わったからだろうね。見ての通り、10km圏内はコクーンメイデンの反応でいっぱいだ。……少し前までは、あくまでティターニアと重なっていたのだが」

 

「偵察役の【働きもの】が出てきたということは、こちらを襲撃する下見をしている……いいえ、本格的に腹を満たす準備が整ったということでしょうか」

 

 彼らの生態を考えると、その可能性が高いだろうね──と、榊はラケルの言葉を肯定する。

 

「寄生体は想像していたよりかは簡単に倒せる。そしていくら《統制》の力を持つティターニアと言えど、これだけの数を一度に精確に操ることは無理だろう。だから、見た目ほどの脅威ではない……はず」

 

「そんな希望的観測でさえも、ありがたいと思えちまうのが悲しいぜ……なあ、榊博士。感応種なのはあくまでティターニアだけだろ? この寄生体なら普通の神機使いでも対応できる……だよな?」

 

「ああ、それは間違いないだろう……それが?」

 

「──防衛班の連中を、呼び戻せないのか?」

 

 防衛班。この極東において守りの要となる神機使いたち。その実力は折り紙付きで、神機使いとしてのキャリアも非常に長い。ブラッドアーツが使えなくとも感応種から市民を守り続けてきた実績もあるし、【何かを守る】戦いやこういった乱戦においては彼ら以上の適任はいない。

 

 リンドウの頭に浮かぶ、五人の神機使いたち。何年もこの極東で一緒に仕事をした彼らがいれば……たった五人であったとしても、非常に大きな助けとなる。

 

 ──されど、榊の口から告げられたのは否定の言葉であった。

 

「ダメだ……彼らを呼び戻すことはできない」

 

「……どうして?」

 

「彼らにはサテライトの防衛任務がある。……アナグラ(ここ)だけでなく、サテライトの守りも固めないといけないからね」

 

「……」

 

「忘れてはいけないよ。我々の使命はティターニアを討伐することではない(・・・・)。それはあくまで手段に過ぎない──真に達成すべきことは、人々の平和と安全を守ることだ。ティターニアを討伐できたとしても、守るべきものが失われたら……何の意味も無いのだよ」

 

 だから、防衛班を呼び戻すことは出来ない。というかむしろ、できることならサテライトの方も戦力を増強したい。しかしそんな余裕なんてどこにもないから、サテライトの方は彼らだけで頑張ってもらうしかないのだ──と、榊は続けた。

 

「……使命、ですか。やはりあなたも……先を見据えている……」

 

「……九条博士?」

 

 今までずっと黙っていた九条が、泣きそうになりながら笑っている。おそらく、この場の誰よりも取り乱しているのだろう。いっそ不気味ともとれる雰囲気を放ちながら、どこか焦点の合っていない目で……九条は、絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「こ、こんな事態なのに……! わ、私は何も出来ていない……! こんな時のための神機兵なのに、なのに……!」

 

「……いや、フライア(そちら)の事情も理解できるつもりだ。後詰めで神機兵が控えてくれているだけでも、我々にとってはありがたい。後ろを気にせず戦えるというのは、それだけの価値があることなのだから」

 

「で、ですが! そんなの何の意味も無い! 動かない神機兵に何ができるというのです……!? わ、私なんて……! みっともなく喚いて、わけもわからない空回りをして、情けない姿を見せただけ……!」

 

『く、九条博士? ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ』

 

 さすがに少し不憫に思ったのか。それとも単純に、誰かがこの場を収めないといけないと思ったのか。

 

 声を上げたのは──九条の実質的な上司である、ラケルであった。

 

「そんな悲しいこと、言わないでくださいな」

 

「ら、ラケル博士……」

 

「あなたが覚悟を示してくれたから──あなたのその意志の力が、グレム局長を動かしたのです。それがあったからこそ、私とお姉さまがほんのちょっぴり誘導するだけでここまでの譲歩を引き出せた。それがなかったら……ブラッドの出撃すら許してもらえなかったのかもしれないのですよ?」

 

「……」

 

「どうか、自棄になんてならないで。今ここにいるみんなの気持ちを一つにしなければ、ティターニアの討伐なんてできないのですから」

 

 状況は最悪。希望の光はあまりにもか細く、そして敵はかつてないほど強大だ。

 

 だからこそ──せめて、今ここにいるみんなの気持ちだけは一つにしないといけない。それこそが、唯一にして最大の武器となるのだから。

 

「……あー、なんだ。なんだかんだで話すべきことは大体話せた……ってことでいいよな?」

 

 いい加減、居た堪れなくなってきたのだろうか。その場の音頭を取る様に、リンドウが声を上げた。

 

「まとめるぞ。ティターニアの討伐に向かうのは、感応種に対抗できる16人。これを8つのペアに分けて、それぞれが別の方向からヤツへの接近を試みる」

 

「……ああ、そうだ」

 

「防衛班の連中はサテライトの守りを担当する。アナグラにいるほかの神機使いは、この辺り一帯の守りを担当する。だから……ティターニア討伐の加勢はできない」

 

「……うむ」

 

「ただ、代わりに神機兵がティターニアを囲んでくれる……そういやァ、その神機兵は何体くらいいるんだ?」

 

 誰が知ってるんだ──と、リンドウはあたりを見渡す。

 

 少なくとも、九条は違うだろう。いや、知っているかもしれないが、今のこの様子だとまともに話ができるとは思えない。

 

 となれば──必然的に、知っていそうな相手は限られるわけで。

 

「……ラケル博士?」

 

「そうですねえ……」

 

 指を顎にあてたラケルは、小さく首を傾けた。

 

「ある程度実戦に耐えうるものであれば……300体程度でしょうか。開発機体や予備機体、初期の試作機体に……PVの撮影用の機体も合わせれば500体程度かと」

 

 もし、神機兵が戦力として期待できるほどの性能を有していたのなら。

 

 そうでなくても、実践投入する許可が得られていたのなら。

 

 きっと、大きな助けになったのだろう──と、その場の誰もが思った。

 

「……よし、わかった。後はもう、やるだけやるしかないな。……榊博士、一応聞いておくが」

 

「……なんだね?」

 

「…………本当に、他に策は無いんだよな? 実は、ハイリスクハイリターンだったり、あるいは可能性は限りなく低いけどルーの復活を見込める方法があったりだとかは……」

 

「……残念ながら、その類のものはないね。そんなのがあったらこっちが教えてほしいくらいだ」

 

「……ま、そりゃそうか」

 

 この期に及んで、そんな隠し事をする理由はどこにもない。ルーが復活すれば状況は大きく改善するのだから、試せることがあれば何でも試している。けれども、休眠状態にあるアラガミ自体が異例と言ってもいい存在なのだから、そんな都合の良い方法なんてあるわけがないのだ。

 

「それじゃあ、改めて──」

 

 いつもと同じ表情で──されど、いつもとは明らかに異なる真剣な雰囲気を放ちながら、榊は言葉を紡いだ。

 

「終末捕喰が始まる前に、ティターニアを討つ。勝算は限りなく低いが、もはやこれしか道は残されていない。……正直に言おう。この作戦に参加する全員の命は──保証、できない」

 

 元々、神機使いという仕事そのものがそういうものだとはいえ。

 

 今回については──あまりにも、分が悪い。「命を失う可能性がある」のが普段の仕事だとしたら、今回の場合は「無事に帰れる可能性がないこともない」くらいだろう。

 

「ここまで、こんな話をしていて自分でも卑怯だと思っている。後方で口だけしか出さない人間の分際で、こんなことを言うのはあまりにも不遜で傲慢だとも思っている。それでも……言わせてほしい」

 

「……」

 

「──これは義務じゃない。出撃要請を拒否してもいい。どんな答えを選んでも……自分の決断に、胸を張ってくれ」

 

 そして、榊は頭を下げた。

 

 それこそが組織のトップとしての榊の責任であり、そしてペイラー・榊と言う個人としての果たすべき責任であるからだ。あるいは……たとえ責任が無かったとしても、きっと榊は同じように頭を下げたことだろう。

 

 そして。

 

「……よしてください、榊博士」

 

 最初に声を上げたのは、ジュリウスだった。

 

「覚悟と言うなら、今更の話です。初めてこの腕輪を付けたあの日から……それは、変わりません」

 

「ジュリウスくん……」

 

「そうだよ! それに俺、あいつに腹に風穴開けられてるし……やられっぱなしは癪だって!」

 

「私だって! 食べるのは好きだけど、食べられるのは嫌だもん! それに……極東のご飯が食べられなくなっちゃうなんて、絶対にやだ!」

 

 ロミオとナナが揃って声を上げる。

 

 次に声をあげたのは。

 

アナグラ(ここ)には大きな恩があるし、酒も美味いしな。いつも通りに命令してくれれば、いつも通りやるだけだ」

 

「ふふ……たとえ命令が無かったとしても。大切なものを守るのに、理由なんていりませんから。……私たちで、終末捕喰を止めましょう」

 

 ギルとシエルが、小さく笑う。

 

 そして。

 

「──それだけじゃない」

 

 それは、心からの願いであった。

 

 

 

「誰一人欠けることなく、みんなで……帰るんだ」

 

 

 

 任務の目的はティターニアの討伐であっても。

 

 それはあくまで手段の一つでしかない。本当の目的は、真に達成すべきことは違うのだ。

 

「……ありがとう」

 

「ふふ……私の、自慢の家族ですわ」

 

 誇らしそうに顔を綻ばせたラケル。そんなラケルをちらりと伺い見て、リンドウもまたジュリウスと同じように言葉を紡いだ。

 

「今更水臭いぜ、榊博士。俺とあんたの仲だろうが」

 

「……親しき仲にもなんとやら、というやつさ」

 

「あんたがそうも殊勝な態度だと逆に怖いんだよ……おっと、前にも似たようなことを言ったか?」

 

「ははは……同じようなやり取りを、もう何度やったかわからないからね」

 

「だな。まぁ、結局はいつも通りだ。お前らも……おっと、聞くだけ野暮か」

 

 勝手知ったるなんとやら。自分の近くにいる仲間たちの顔をほんのちょっぴりだけ眺めて、リンドウは確かめるまでも無いことであったことを確信する。確かに今回の絶望感は凄まじいが、幸か不幸かこの手の危機は極東じゃ割とよくあることだ。そのたびに、リンドウたちは互いの力を合わせてそれを乗り越えてきている──もはや、今更の事なのである。

 

『あ、一応きちんと言っておきますけど、俺も参加しますからね』

 

「キョウヤ?」

 

『前にも言ったかもですけど、役に立ちたいんです。残り(・・)が少ないというのなら、なおさら。無駄飯食らいになるつもりはないですし、鉄砲玉だろうと捨て石だろうと、マジでどんなふうに使ってくれても構わないんで』

 

「……すまない」

 

『あっ!? いえ、マジで変な意味とか無くて、言葉の綾というか……! 辛気臭い気分とかにさせちゃったら申し訳ないんですけど、こっちとしては全然気にしてないんで! むしろ、変に気を使われる方が参るので、今まで通り普通に命令してくれる方がマジでありがたいです!』

 

 スピーカー越しに聞こえてくるキョウヤの声。おそらくは本心であろうその言葉を、そのまま受け取る人間が果たしてどれだけいることか。たとえ本人にそのつもりがなかったとしても、否応なしに滲み出てしまうその覚悟に気づかない人間なんているはずがなく、そしてだからこそ、誰も、何も言葉を発することが出来ないのだ。

 

『まぁ、俺なんてどうでもいいんですよ。……それよりチハル、お前は? お前、今日ずっと黙ってるだろ』

 

「……」

 

 今までずっと、黙っていたチハル。

 

 顔色はひどく悪く、目の下にはうっすらと隈がある。精神的に参っているのは誰が見ても明らかで、普段が明るくて賑やかであるからこそ、今のこの不安定な状態が余計に酷いものに見えてしまうのだろう。

 

『調子が悪いなら無理するな。俺が本気出せばお前の分くらいは働ける。というか、今の調子のお前ならむしろいないほうが──』

 

「……ううん、私も行く」

 

 キョウヤの言葉を遮って、チハルは弱弱しく声を上げた。

 

「今度こそ、ちゃんとやるから。今度こそ、役に立ってみせるから。今度こそ──間違えないから」

 

『……』

 

「だから、お願い……私も一緒に、連れてって」

 

『……本当に、いいんだな?』

 

「……うん」

 

 静かに顔を上げたチハル。

 

 その、瞳には。

 

「どこまでいけるかわかんないけど。私にできることなら、なんでもする。できるところまででいいから、キョウヤくんと一緒に見届けたい……だから」

 

 ──形容することが出来ない、悲愴なる覚悟の光が宿っていた。

 

 

 

「だから──最期まで、一緒にいさせて」




 神機兵がどれだけ作られていたかのはっきりとした描写はなかった(はず)ですが、漫画版にて、黒蛛病患者を奪還するためにフライアに侵入したブラッドに対し、ジュリウスは「(中略)どうせ止められはしない。フェンリルすべての戦力を用いてもな」と発言して神機兵で迎え撃っています。神機兵は一撃で中型アラガミ(コンゴウ)を倒す実力があるので、1体で神機使い数人分の戦力であると考えてよいでしょう。神機使いが世界に何人いるのかもはっきりわかりませんが、各種描写を見る限り、極東支部だけで100人くらいはいそうです。
 ので、世界に1000人神機使いがいたとすれば、神機兵が300~500体もいれば「フェンリル全ての戦力」とつり合いが取れそうです。
 コイメカのPVで12体いる(宣伝用に貸し出せる機体が12体もいる。CGかもしれませんが)ほか、神機兵保管庫では見えているだけで30体程度、神機兵が各地で暴走事件を起こしたときは一か所辺り4~5体はいたので、神機兵の材料となる黒蛛病患者をやたらと集めていたことも考慮すると、300体くらいはいてもおかしくないんじゃないか……と思っています。


 そして唐突にぬるっと入ってくるGE2主人公のセリフ。GEBの「逃げるな!」が良すぎたのはありますが、誰のセリフかわかりづらいですし、もうちょっと盛り上がる状況でのセリフでもよかったんじゃないかって思わないこともないです。
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