【付和雷同】 自分の考えを持たず、他人の考えに同調すること。
「よし……いいぞ! このままティターニアまで突き進め!」
作戦本部。止まることのない神機兵の快進撃。今まで散々溜まっていた鬱憤をようやく晴らすことが出来て、技術者としての喜びにあふれているのだろうか。自分が設計したものが、自分の想定通りに動く……ある意味では当然のはずのその事実に、九条は普段の陰気な様子が信じられないほど上機嫌に、そのモニターを見つめている。
「す、すごいねー……神機兵を一体造るくらいなら、その分神機使いにお金を回した方がいいって噂を聞いたことがあるけど……こんなの絶対、神機兵を作ったほうがいいやつじゃん」
少し分野は違えど、同じ技術者であるリッカからしてみても、神機兵の活躍は凄まじいものがあった。神機使いと違って人が傷つく恐れが無いというだけでも特筆に値すべき事なのに、今の神機兵であれば明らかにそこらの神機使いを上回る実力を有している。下手をしなくともアナグラに所属している──必然的に優秀な神機使いが集まらざるを得ないこのアナグラを基準に考えても、その上澄みに近い実力を持っているのは明らかだ。
「これでもまだ本領を発揮できていないだなんて……」
──職場環境が違ってたら、もっとすごいのがもっと早くできていたのでは?
先ほど怒鳴り込んできたグレム。言っては悪いが、何を考えているのかよくわからないラケル。そんな二人の下で開発業務をこなしていた九条は、もしかしてとてつもなく職場環境に恵まれていなかったのではないか。もし、このアナグラで……榊の下で、自分やほかの技術者と一緒に開発を行っていたら、九条ソウヘイと言う人間はそのポテンシャルを、ひいてはその実力を今以上に発揮できていたのはないか──と、リッカにはそう思えてならない。
「……あっ!?」
──そんな風に、余計なことを考えていたのがいけなかったのだろうか。
唐突に、今まで鳴っていたものとは違う警告音が、作戦本部に響き渡った。
「──神機兵W-β27、右腕欠損!」
「なにぃ!?」
損傷ではなく、欠損。ダメージを受けたのではなく、まるまる失った。
フランが伝えたのはそういうことであり──そしてそれが呼び水になったかのように、新たな警告音が響き渡る。
「神機兵N-α07、装甲の68%を失う深刻なダメージ! 神機兵S-δ30、背部損傷! 神機兵E-γ15、脚部損傷! 移動不可!」
「ば、バカな!? 背部損傷だとぉっ!? くそ……! 回避制御の調整に不備があったか……!? いや、空間把握処理の問題か……!」
次々に入ってくる神機兵の損傷報告。ほんの数十秒前までは目を見張るほどの快進撃をしていたはずの神機兵が、次々に撃破されている。
リッカは神機兵の構造にそこまで詳しいわけではないが、右腕の欠損に背部の損傷……それがどれだけ深刻なダメージであるのかは想像がつくし、そしてなにより、ダメージそのものよりも【そうなってしまった】という事実がどれほど重大な意味を持つのかも、わかるつもりであった。
『どうした!? 神機兵に何があった!?』
「ジュリウス隊長……! そ、それが……先行している神機兵の多くが、戦闘の継続がほぼ不可能な状態に……!」
『なんだと……砲撃を受けたのか? それともアラガミとの戦闘でそうなったのか?』
「……! そうだ、ログを! 撃破された神機兵から戦闘データのログの吸出しをしてください!」
「は……はいっ!」
一機体目。メインコンピュータがやられているのか、通信不可。つまりログの吸出しは不可能。二機体目は通信こそできているものの、データ破損のためやっぱりログの吸出し……正確には、読み込みが不可。
三機体目になって、ようやく。
「……! ログデータ抽出できました! ファイル読み出しに問題ありません!」
「メインモニターに表示を!」
メインモニターに表示される、撃破される直前までの戦闘ログデータ。みっしりと隙間なく書かれたそれが、つらつらと画面を流れていく。生憎リッカはソフト屋ではないので、そのログが示すことはそこまでしっかり理解できなかったのだが、しかし確かなことが一つだけあった。
「……アラガミの攻撃でやられている? これは……サリエル寄生体?」
ちらりと見た限りでは、たぶんそう。どうにかこうにか前後のログを読み解いて繋ぎ合わせれば、この神機兵は……サリエル寄生体の攻撃によって撃破されたことが読み取れる。
だけれども。
「ど、どういうこと……? サリエル寄生体なんて、さっきまでは普通に楽勝で倒していたはず……なんで、いきなり……?」
「……あっ!?」
その事実に気づいたのは、レアだった。
「これ……! 攻撃を受けたはずなのに、その攻撃を検知できていない! それ以外も! ログ上ではアラガミ反応の連続性が無い!」
「バカな……高性能センサでも対応できないほどの動きで攻撃をしたというのか……!?」
センサで検知できないほどの速さで攻撃をした。あるいは、センサで検知できていても動きとして反応できない攻撃をした。もっと簡単に言えば……相手が神機兵の能力を上回る動きをしたために、対応が出来なかった。
ログだけを見れば、そういうことになり──そしてそれは、間違っていないのだろう。
「じ、神機兵S-αの複数機体、同じくE-βの複数機体が同様に破損……! これは、まさか……!」
「──よりティターニアに近い機体ほど被害を受けている、というわけか」
モニターをじっと見つめながら、榊が呟いた。
「神機兵に問題があるわけじゃない……神機兵は先ほどまでと同じ通り、正常に動いている」
「い、いや……しかし! 現に、アラガミの攻撃によって行動不能になる神機兵がこんなにも出てきている! これは絶対、制御系かどこかに何らかの問題が──!」
「違う……違うのだよ、九条博士。そうじゃあなくて、単純に……奴らが強すぎるというだけだ」
「な……」
「神機兵には、我々が提供したアラガミの行動データを学習させている。だからこそ、まるで相手の動きが最初から分かっているかのように神機兵は最適な動きを取れる……そのはずだね?」
「え、ええ……それは間違いない、はずなのです……」
九条のその言葉を聞いて、榊は改めて語りだした。
「──そのデータの中に、ティターニアが本気で操るアラガミのデータは無い」
「……あ」
「通常のアラガミのデータはたくさんあるのだろう。だけれども……ティターニアによって操られた、通常とは異なるアラガミの動きには対応できない」
「そっか……! もし、追い詰められたティターニアが本気になってアラガミを操ったのなら! ううん、そうじゃなくても……神機兵がアラガミの数を減らしたことで、残ったアラガミにその情報処理能力のリソースをつぎ込める状態になっている! だから!」
だから、同じ寄生体でも先ほどよりもはるかに強い。単純なたとえ話として、今までは100体を同時に操っていたのに対し、操る数が50体にまで減ったのなら、当然100体を操っていた時よりも一体一体の操作精度は上がる。そして、ティターニアによって操られた──通常のアラガミとは明確に異なる、自らの肉体なんて度外視した動きをするアラガミのデータなんて、いくらこの極東でも存在しないのだ。
「……通常であれば、それさえも戦闘経験を積むうちに学習するのだろう。でも、今回は」
「ダメ……! だって、攻撃力が桁違いなのが寄生体の特徴なのよ……!? 一撃でも食らえば、それで終わってしまいかねない……! 学習する機会が無い……!」
これこそが、神機兵が撃破されたからくり。コクーンメイデン寄生体は、数が減れば減るほどその実力が跳ね上がっていく。そして、神機兵のデータにはない動きで……相手に学習させないまま、その実力を以て相手を捻じ伏せた。
神機兵に問題があったわけでも、不測の事態が起きたわけでもない。
本当に、それだけのことなのだ。
「くそぉ……! い、今からでもいい! 撃破された機体からサルベージできた戦闘ログを解析に! まだ無事な神機兵に同時並行で学習させるんだ!」
「で、ですが! 軽微な補正ならまだしも、ここまで大きな学習には非常に多くの演算能力を求められます! 戦闘シークエンスの高速演算処理を維持しながらでは、OOM*1でシステムが強制終了する恐れが!」
「む、むむ……! インストールに時間をかけてもいい! とにかく戦闘能力を維持したまま、少しずつでも学習を──!」
「──あっ!?」
悲鳴にも似た、フランの声。
モニターに表示されている青プロットが、一つ消えた。
「じ、神機兵E-γ07の反応、完全に消失……
「学習を始めたせいで、全体の処理速度が落ちて……アラガミの攻撃に対処できなくなったのね……」
「……くそぉっ!」
神機兵の投入により、盛り返したかのように見えた状況は。
あっという間に、ティターニア優勢に戻りつつあった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「おいおいおい……どうなってんだこりゃあ……」
ティターニアまで、残り約9kmの地点。どうにかこうにかコクーンメイデン寄生体を打ち倒し、そして砲撃やコクーンメイデン飛翔体──幾分か頻度が減っている──に冷や汗をかきながらも駆けていたキョウヤとチハルは、目の前に広がる光景に唖然としてしまった。
「じ、神機兵が……ぐちゃぐちゃ……」
「なんかヤバそうな通信が聞こえてたけど……マジだったんだな……」
左わき腹が抉られ、そして右腕は丸々無くなっている神機兵。ボディのほとんどがボロボロになっており、もはやスクラップ一歩手前と言っていい状態だ。ぱちり、ぱちりと時折スパークのような火花が弾けていることから、電源系やメインシステムまで壊れている疑いが濃厚である──つまり、壊れた部品を交換したところで、もう直らない可能性の方が高いだろう。
「こいつ……俺たちを抜かして走っていったやつだよな?」
「う、うん……ヴァジュラとかガルムとかをあっという間にやっつけて、すごい勢いで行っちゃったやつだと思う……」
アナグラのベテラン神機使いに勝るとも劣らない活躍をしていたはずの神機兵が、こうも無残な姿になっている。今の所周囲に目立ったアラガミの気配は無いが、しかし周囲のこの惨状を見るに、相当激しい戦闘があったのは疑いようがない。
「……割と近くに、こいつを倒したヤツがいるってことか。少なくとも、砲撃でやられたって感じはしないな」
戦闘中だったため、途切れ途切れでしか把握できていないが──この先に出てくるアラガミは、神機兵でも敵わないほど強力であるらしい。一応周囲にはまだ何体かの神機兵が展開されているはずだが、この様子だとその神機兵もあまり頼りにはならないだろう。もちろん、合流して一緒に行動することが出来れば心強くはあるが、どう考えても、合流する前に敵と遭遇する可能性の方が高い。
「……」
それどころか。
ヘタをしたら、自分たちの方が神機兵の足手まといになりかねない。
「チッ……ようやく見えてきたってのに」
「……だね」
はるか向こう。
微妙に空気が濁っていて、はっきりとは見えないが──今までに見たことが無いほどに大きい黒い影が、空に向かってそびえている。それはコクーンメイデンのシルエットと非常によく似ており、そして数十秒に一回くらいのペースで、影のあちこちからチカッ、チカッと特有のオラクル光が瞬いていた。
「双眼鏡で見てみるか? うまくいけば、コクーンメイデンが蠢いている姿が見られるかもしれないぞ」
「やだよ、そんなの……」
今この瞬間も、彼方のフラックメイデンはどこかに向かって砲撃を行っている。時折フラックメイデンそのもの──つまりはコクーンメイデン飛翔体も飛ばしているらしき様子も見受けられるが、やはりというか、ちょっとやそっとでは
「このままあいつのところまで……行けるか?」
もし、仮に、万が一。
自分たちが、フラックメイデンの元までたどり着けたとして。
果たして──その中に潜むティターニアを、引きずり出すことができるのだろうか。フラックメイデンの下にたどり着けたとしても、そのまま何もできずに返り討ちになるのではないか。こんな遠くから見えるほど大量に群がっているアラガミたちに対して、果たして本当に対抗手段なんてあるのか。
「……いや、考えても仕方ない。俺たちはとにかく嫌がらせに徹しよう。俺たちが頑張ればそれだけ、リンドウさんやジュリウスさんがどうにかしてくれるチャンスが増える」
「……だね。それにほら、私たちが接近できるってことは、他の人たちならもっと楽勝で接近できるってことだし」
「ああ、そうだ──!?」
──ガアアアアアア!!
咆哮。
ほんの一瞬遅れて、チハルとキョウヤは神機の装甲を展開する。まるで大きなトラックがぶつかってきたと思えるほどの強い衝撃──空気の塊が二人の体を揺さぶり、そして周囲の瓦礫を盛大に吹っ飛ばした。
「コンゴウ……! あんなに遠くに!」
「なんちゅう威力だよ……! 空気弾ってレベルじゃねーぞ……!!」
コンゴウ寄生体。どういうわけか、背中に二体もコクーンメイデンを生やしている。明らかにアンバランスで不格好であり、逆にどうしてそんな状態で生きているのかが不思議なくらいではあるが──しかし事実として、そいつは普通のコンゴウが扱う空気弾よりもはるかに強力な空気弾を撃ち出し、そして二人が目を見張る間にも、信じれない動きで距離を詰めていた。
──アアアアアア!!
「ぐぁぁぁっ!?」
「キョウヤくんっ!?」
ただの右フック。凄まじい勢いで飛び掛かってきて、凄まじい力で殴りつけただけ。当然、人より少しばかり視力の良いキョウヤは咄嗟に神機の装甲で防御することはできた……のだが、普段はそのまま踏ん張れるはずなのに、その体はゴム毬のように勢いよく跳ね飛んでいく。
「こンのぉ!」
右腕を振り切った後の、大きな隙。キョウヤが吹っ飛ばされたというその事実を今だけは考えないようにして、チハルはその無防備な背中に切りかかる。
が、しかし。
──……。
「えっ……!?」
がちん、という硬くて重い手ごたえ。
背中に刺さっているコクーンメイデンが、針を突き出すことでチハルのバスターブレードを受け止めていた。
「……っ!」
コンゴウがこちらを振り向く前に、チハルは咄嗟に飛び退いて距離を取る。少なくとも、迂闊に接近戦を仕掛けるのは避けたほうが良い──と、チハルの中の経験がそう判断させたのだ。
「いってぇなあチクショウッ!!」
銃撃。土煙の向こうから放たれるオラクル弾の雨。それは寸分たがわずコンゴウに叩き込まれるも、しかしコンゴウの方にこれと言ったダメージは与えられていないらしい。体の表面からぶすぶすと煙こそ立ち込めているが、怯んだ様子も無ければ、堪えた様子もない。
「だいじょうぶ!?」
「なんとかな……気を付けろ、チハル。あれはもうただのコンゴウじゃない。体も中身も完全に別物だ」
先ほどまでは、寄生体とも何とか渡り合えていた。確かに通常のアラガミよりも強くはあったが、弱点さえ攻撃出来れば割とあっさり倒せた──チハルやキョウヤたちでも、倒すことができる相手だった。
でも、こいつは違う。
体の丈夫さも、その狡猾さも──何もかもが、既存のアラガミを越えている。ティターニアの討伐云々以前に、こいつをどうにかすることに全力を注がないといけない。
「……げ」
「……うわ」
二人の口から漏れ出た、そんな声。
それもそのはず──だって、見たくもないものが見えてしまったのだから。
──アアアアア……!!
──グゥゥ……!
──オオオォォォ……!!
「おいおいおいおい……ここに来てコンゴウの団体客かよ……」
「一体だけだとは思わなかったけどさ……なにも、元の特性をそのまま残さなくってもいいのに……!」
コンゴウが三体ほど、チハルたちの方へと向かってきている。そのすべてがコクーンメイデン寄生体で、つまりは今目の前と対峙しているコンゴウと同じくらいの強さを持っているということだ。たった一体だけでも厄介極まりないというのに、それが追加で三体ともなれば……【集団で連携して襲い掛かってくる】ということがどれだけ驚異的なことなのかを、理解できない極東の神機使いはいない。
「コンゴウ四体か……普通のやつだったとしても、勘弁してもらいたいところだな……」
「これ、戦闘音を聞きつけてやってきたやつだよね……絶対、ほかにもたくさんいるよね……」
「……」
「……」
ティターニアに近づけば近づくほど、アラガミは増える。
ティターニアに近づけば近づくほど、アラガミは強くなる。
そして、たぶん──ティターニアに近づくほど、砲撃の頻度も増えるはず。
加えて。
悪い事実と言うのは、とことんまで重なるらしい。
『──これは!?』
通信機から聞こえてきた、妙にはっきりとした音声。
不思議なことに、二人ともが……とてつもなく嫌な予感を覚えてしまった。
『き、緊急事態発生! キョウヤさんたちがいるエリア近辺にて、異様なオラクル反応を確認! これは……まさか、赤乱雲!?』
「うそでしょ」
「うそだろ」
いったい何度緊急事態が起きればよいのか。こうも頻繁に緊急事態が起きるなんて、それはもはや緊急でもなんでもなく、前提とかそういうところになにか致命的な問題があるのではないか。いくらなんでも不幸が重なりすぎているというか、どうしてこうも悪い方に偶然と言うか、下手な脚本みたいなトラブルが頻発するのか。
色々諸々言いたいことはあるけれど……しかし、言ったところでどうにもならないのが、現実というものであった。
『そ、そんな……! 局所的とはいえ、すさまじい勢いで発達しています……! こ、こんなの見たことが無い……! おまけにこの反応……わずかながら、感応種のパターンも、終末捕喰のパターンも混じっている……!』
『まさか……ティターニアやフラックメイデンが放つ感応波の影響を受けて、赤乱雲が発達しているとでも言うの……!?』
『ありえない話では、ありませんね……。終末捕喰も赤い雨も、感応種も……付け加えるならば、アラガミと言う存在そのものも。そのすべてが、人類の滅びと言う目的のために相互的に作用しあっているのですから』
『……お二人とも! 今すぐ退避してください! この前とは違って、そこであれば探せば雨避けになる場所は絶対にあります! もう、すぐにでも雨が降り出してもおかしくない状態です!』
悲鳴に近いヒバリの声。しかしながら、言っていることは正しいものの、現実にそれができるかと言うと話は別だ。今目の前にいるコンゴウ四体を撒いて逃げるというのは難しいし、そしてもちろん、討伐するというのも難しい。言葉を飾らずに表現するならば──難しいじゃなくて、不可能だ。
もし、諦めずにコンゴウをどうにかしようとしたとしても……今この瞬間にも赤い雨が降ってもおかしくないという状況なのだ。はっきり言って、あまりにも時間が無さ過ぎるのである。
「勘弁してくれよマジで……あまりにも理不尽だろ……」
「……は、はは。ここまでくると、なんだか笑えてくるね」
「笑えるってのなら悪くないな……どうせなら、最期は泣くよりも笑っていたい」
「……ごめん、嘘。ホントは……泣いちゃいそう」
『──お二人とも、早く! 感応波の影響か、周囲のオラクルが非常に不安定です! 異常励起と活性が……! 新たなオラクル反応!? 新しいアラガミが来ます!』
「……俺も泣きそう」
「……ダメ。私より先に、泣かないで」
こんな異常事態は、極東ではよくあることだ。
コンゴウに囲まれることも、新たなアラガミが作戦領域に乱入することも、よくあることだ。
赤い雨の予報が当てにならなかったり、赤い雨のゲリラ豪雨が起きるのも、よくあることだ。
異常進化したアラガミに襲われることも、予期していないトラブルも、よくあることだ。
そう──絶望的な状況になるのは、この極東ではよくあることだ。
だけれども──それにしたって、そんな絶望的がこの状況で一度に起きるのは酷くないか。いくらなんでも理不尽すぎやしないか。この地球の意志とやらは、それほどまで自分たちを滅ぼしたいのか──と、キョウヤは全力で叫びたくなった。
「まぁ、なんだ……ここは俺が引き受けるから、お前は全力で逃げろ」
「……やだ」
「わがまま言うなよ……それに、最初から言ってあったよな? 命の無駄遣いをするつもりはないけど、無駄に縋るつもりもないって。……いいか、はっきり言ってやる」
「……」
「──どうせ俺の命は長くない。なら、俺が囮になるのが一番だろうが」
「……やだっ!」
キョウヤが言っていることは、きっと正しいのだろう。どう考えても合理的で、この場における最適解ではあるのだろう。そしておそらく、もしも立場が逆だったとしたら……チハルもきっと、同じことを言っていたことだろう。
でも、そうだとしても。
だからといって……またしてもキョウヤを見捨てるような真似なんて、チハルにできるはずがなかった。
「いやだよ、そんなの! キョウヤくんだけこんなところでなんて……! だったらわたしも! 逃げ切れるかわかんないなら、最期まで一緒がいい!」
「んなもん良いって言うわけねえだろうが! いい加減マジであいつら襲ってくるぞ! 最期くらいカッコつけさせてくれよ!」
「やだもん! 絶対、絶対やだもんっ!」
警戒をしていたのか、慎重にこちらの様子をうかがっていたコンゴウも、こちらを襲う決心がついたらしい。四体ともが絶妙に距離を保ちながら、チハルたちの隙を伺って──襲い掛かるタイミングを計っている。
そして、キョウヤの隣には──ぽろぽろと流した大粒の涙をそのままにしたチハルが、神機を構えて立っていた。
「怖いよ……! すっごく、すっごく怖いよ……! できることなら、今すぐにでも逃げたいよ……っ!」
「……」
「でも、一人で逃げるのなんて絶対にやだ……! 一人は、絶対にやだぁ……っ!」
「……そっか」
一人で逃げても、助かる保証はどこにもない。順当に考えれば、おそらく、きっと。
そんな風になるくらいなら──相棒を、そんな目に合わせるくらいなら。
「じゃあ」
キョウヤは、チハルの肩に優しく手を置いた。
「最期は……最期も、一緒だ」
それは、今までで一番優しい声だった。
それは、今までで一番優しい温もりだった。
自分の肩。キョウヤの手からは、どこまでも優しさが伝わってくる。そこにはどこか達観したような、ある種の覚悟も感じられて……この世の全てを受け入れた人間だけが持つ、一種独特の雰囲気があった。
──アアアアア!
──オオオオオ!
コンゴウたちが、一斉に飛び掛かってくる。もし右のやつを撃墜できたとしても、左のやつに叩き潰されるだろう。左のやつを何とかする場合は、右のやつに攻撃されるわけで……もし左右のどちらをも奇跡的に突破できたとしても、真ん中のやつはどう頑張っても対応できない。
つまり、どう考えても。
「……っ!」
ぎゅっと、チハルは目を瞑る。
ぎゅっと、キョウヤはチハルを守る様に抱きしめた。
迫りくるアラガミの気配。
確かに感じる、死の気配。
相棒と一緒なら、悪くないという気持ちと。
この期に及んでなお、相棒と一緒に生き延びたいという気持ち。
気づけば、チハルは──半ば無意識的に、叫んでしまっていた。
「──助けて、ルーちゃんっ!!」
──雷鳴が、鳴り響いた。
▲▽▲▽▲▽▲▽
『最期は……最期も、一緒だ』
「キョウヤさん! チハルさん! 応答してください!!」
「バカなことを言わないでくださいよ……! 最後まで希望を捨てないで……!」
作戦本部。どんどん悪くなる状況。通信越しでもわかってしまうその絶望的な状況に、ヒバリやフランが必死に呼びかけるも……しかし、チハルもキョウヤも応答しない。何度も何度も呼びかけているのに、二人はまるで……自分たちの死を受け入れているかのような会話をしている。
「くそ……くそぉ……っ! なんで、どうして……!」
「チハルさん……」
レーダーを信じるならば。
二人がいる場所のすぐ近くにはコンゴウの反応があり、それとは別の新しいアラガミも乱入している。赤い雨──つまりは赤乱雲がいつ降り出してもおかしくない状態で、そしてあえて語るまでも無く、他のペアが応援に駆け付けるというのも不可能だ。
「ちょっとキョウヤぁッ! バカなこと言ってんじゃないよ! しゃべってる暇があったら手でも足でも動かしてあがいてよ……!!」
ヒバリやリッカ──いや、そうでなくとも。長い間後方支援に携わっている人間であれば、【最期の瞬間】に立ち会ってしまうことも珍しくない。そういう時は決まって独特の雰囲気がするし、ただの劣勢とは明らかに違うその雰囲気を、間違えるはずも無いのだ。
そして。
──カァァァァァンッ!!
「な、なに!? 何なの、今の音!?」
「お、おそらく雷鳴かと! 現地でかなり大きい雷が落ちたみたいです!」
雷鳴。確かに言われてみれば、そんな感じの音。この場合は、アラガミが放ったそれではなく、急速に発達した赤乱雲によるものだろう。赤い雨とか終末捕喰とかは関係なく、普通の積乱雲の発生のメカニズム的にも、雷が落ちるのはとても自然なことだ。
『…………は?』
スピーカ越しに聞こえてきた、キョウヤの声。
『……なに、これ』
スピーカ越しに聞こえてきた、チハルの声。
「……チハルさん、キョウヤさん! 無事だったんですね!」
二人の
そして──強くはっきりと灯っていたオレンジ色のプロットが一つ消えていて。
その代わりに──
「じょ、状況を! 状況を報告してください!」
『こ、コンゴウが……コンゴウの頭が、潰された。後頭部をひっつかまれて、そのまま思いっきり地面に叩きつけられた』
『ぐ、ぐしゃって……有無も言わせず、たった一撃で……』
「え……ど、どういうこと……いいえ! いったい誰が、何がコンゴウを倒したんですか……!?」
誰かが助けに行くのは絶望的な状況。
というかそもそも、人間の数倍の体躯を誇るコンゴウをそんな風に扱える人間なんて、よほどの例外を除けば存在しない。
そんな中で、チハルとキョウヤを助けたのは。
『じ、神機兵だ……! ぶっ壊れていた神機兵がいきなり動き出した……!』
『しかも、この神機兵……!』
──それは、あまりにも予想が出来ない言葉であった。
『──なんか、蒼くなってる……!』
コンゴウ四体の同時討伐……ウッ……。