「……なるほどな」
桜田チハルらがアラガミに急襲されたエリアへと向かう道すがら。ハルオミから事の詳細を聞いたリンドウは、眉間に寄りそうになる皺をどうにか抑え込みながら、小さく頷いた。
自分、ソーマ、コウタ、ハルオミ。神機を携えて走っている全員が少尉以上の階級で、そしてソーマ以外は隊長経験者でもある。この極東においてもここまでガチガチの部隊編成による出撃はかなり珍しく、それがこのミッションの難易度を物語っていた。
「ちょっと補給のために寄るだけのつもりだったんだが……
なんだかんだで、件の七体のアラガミを倒すだけならなんとかなるだろ──というのが、今のところのリンドウの見解だ。このメンバーであれば多少の被害は出つつも問題なく討伐できると思っているし、多少の取り逃しの可能性こそあれど、少なくともミイラ取りがミイラになるような事態にだけはならないという確信がある。
もし、ここにあいつもいたなら確実に全部ぶっ殺せるだろうな……なんて思いながら、リンドウはあまり口に出したくないことを口にした。
「なあ、コウタ」
「はい?」
「桜田チハルってのは……バンダナの女の子か?」
「……そうです」
「……そうか」
桜田チハル。何かの資料でチラッと名前を見た記憶があるのはもちろん、以前何かの用事でアナグラに戻った時に、やたらと周りにバンダナを勧めている少女がいたのをリンドウは覚えている。年の割には小柄で、そして凄まじき熱意で自分にまでバンダナを勧めてきたものだから、妙に印象に残っていたのだ。
「あの子の階級は」
「上等兵です。……ちょうどこの前入隊から二年経って、今日はお祝いにみんなでお茶会をしようって」
「……」
キャリア二年。つまりは今年で三年目。階級の上り方はいたって普通で、特別な才覚があるとは思えない。良くも悪くも一般的な中堅神機使いで、それ以上でもそれ以下でもないのだろう。
ハッキリ言って……チハルの実力では、どう考えても状況を打破できるとは思えないというのがリンドウの本音だった。
「良いやつなんですよ、チハルは。明るくて面倒見が良くて、後輩たちにも慕われていて……。うちのエリナも、チハルと一緒に実地訓練に行くことが多くて。なんかもう、俺よりチハルに懐いている節すらあって」
「……」
「……自分を囮に二人を逃がしたって聞いた時。変な話だけど……ああ、チハルらしいなって思ったんですよね」
新人二人を逃すために、アラガミの群れの中に単身で突っ込んで。二人が逃げられる可能性を少しでも高めるために、神機連結開放をしたうえで自らに挑発フェロモンまで使用して。その前提条件におけるほぼ最適な行動を、チハルは見事に実行している。
シユウ二体にコンゴウ二体。極東の神機使い基準で考えても、一般的な上等兵が一人でこれを相手どるのは実力的にかなり厳しい。そこにヴァジュラや荷電性ボルグ・カムランまで混じったうえ、そのすべてが上位個体だというのならば。
正直言って……新人二人を生きて帰せただけでも奇跡的な話だろう。
『チハルさんらが襲撃されたエリアまで、あとおよそ300m。周囲に大きなアラガミの反応はありませんが、より一層の警戒をお願いします』
「りょーかい」
アラガミの反応がない。普段ならば良いことなのだが、今この場においては良いことなのかわからない。
「……さっき、通信障害が起きたせいでアラガミの接近に気付くのが遅れたって言ってなかったか? この辺りで無線通信が途絶えたって話だったが」
「ん……確かに今は普通に聞こえるね。一応警戒したほうがいいのかな」
「どうだろうな……おいソーマ、念のため──」
「既にやってる」
走りながら、ソーマはチハルへの無線通信を試みていたらしい。というか、だからこそ通信障害の話題を出したのだろう。そして悲しいことに、ある意味予想通り……チハルへの通信は繋がらず、耳に届くのはノイズ音だけであるらしかった。
「……整備班にゃ悪いが、レーダーも無線も肝心な時にポンコツになるからな」
「……」
通信状況は良好。しかしそれでも通信は繋がらない。
大きなアラガミ反応はレーダー上では確認されていない。現地にいる自分たちからして見ても、周囲は静かなままで、何かが潜んでいる気配はまるでない。
(……慣れねえよなあ)
『襲撃されたエリアまであと150m。そろそろ目視できる範囲に入ります』
インカムから聞こえてきたのとほぼ同時に、目の前が開けて。
そしてリンドウは──事の顛末を悟ってしまった。
「……」
黒焦げになった地面。抉られたように裂けた壁。何百発ものミサイルで爆撃されたかのようにデコボコとなった──いいや、クレーター状になってしまったその大地。
そして、見慣れているはずなのにまるで見覚えが無い形となった──とある金属塊。
『……チハルさんのオラクル反応は、レーダー上からは完全に消失しています。現場の方はいかがでしょうか』
誰かが膝をつく音。誰かが息をのむ音。すぐ隣から、忌々しそうな舌打ちの音。
嫌なことばかり、慣れちまったな──なんて思いながら、リンドウはインカムに手を当てた。
「──こちらリンドウ。桜田チハルの神機を発見した。これより回収に入る」
『え……』
「周囲にアラガミの姿はない。直接ヘリを飛ばしてくれても大丈夫そうだ」
『え……神機を、って……チハルさんを、ですよね……?』
「……いいや、見つかったのは神機だけだ」
気を付けて見なければただのガラクタにしか思えない──神機使いであってもそう思えてしまうほど、原型を留めずにひしゃげた神機。リンドウたちの目の前にあるのはそれだけで、それ以外には何もない。
そう、何もないのだ。
「──神機だけしか、残っていない」