【fate】 運命、宿命、末路、因縁、最期。
『──キョウヤさんたちが、ティターニアへと到達! 距離およそ150m! ほかの班も間もなく到着の見込みです!』
オープンチャンネルで展開される情報。最初にティターニアへ到達したのは──当初の予想に反して、キョウヤたちであった。
「こ、これは……」
「うっ……」
ルーから降りた二人は、ティターニア……より正確に言えば、ティターニアが潜むフラックメイデンを見上げる。まだあと150mは離れているはずなのに、高さが高さなものだから圧迫感というか、重圧感が凄まじい。これほど高く、大きなものは二人とも見るのは初めてであり、そして──これほど気色の悪いものを見るのもまた、初めてであった。
──ギィィィ……!
──ギャァァァ……!
びっしり、みっしりと集合しているコクーンメイデン。フラックメイデンは、通常サイズのコクーンメイデンが何百体も積み重なって生まれたものだ。そう聞かされていたのは間違いないのだが、実物を見てみると、思った以上に生理的嫌悪感が湧いてくるというか、本能的な忌避感が止められない。単体であればそこまで気持ち悪くないはずなのに、隙間なくわらわらと蠢いていると……どうしても、そう思わずにはいられない。
「きもちわるい……!」
「夢に出てきそうだぜ……」
すでにこの時点で、二人の気力というか、やる気はすっかり削がれている。そういう意味では、集合することによって発生する視覚的威圧効果はなかなかのものがあったのかもしれない。
が、しかし。
──ギャアアアア!?
──ガァァァ!?
「…………これ、私たちが手を出す必要なくない?」
「…………だな」
チハルたちが手を出すまでもなく──すでにフラックメイデンは、瀕死の状態になっている。寄生されたアラガミや蒼い神機兵がフラックメイデンによじ登り、その体を貪り食っているのだ。
「うぇ……っ」
「……うっぷ」
わらわらと群がってきたそいつらが、我先にとフラックメイデンにかじりつき、コクーンメイデンを引き千切って食べている。悲鳴を上げるのもお構いなしに、ブチっと千切って喰らっている。そしてここまで接近された以上、コクーンメイデンに有効な反撃方法なんてあるはずがない。抵抗むなしく、食い千切られて……その破片がぼろぼろと落ちていく。
もし、チハルたちがかつての時代のことを知っていたならば。
その光景を……砂糖の山に群がるアリのようであると例えたかもしれない。
「あーあーあーあー……砲撃もできず、文字通り手も足も出ない状態ってか」
「あれだけたくさんアラガミを従えていたのに……その全部が、敵になっちゃったんだもんね……」
「数の暴力を押し付けてきたやつが、逆に数の暴力でやり返されてるんだ。ざまぁねえな」
話している間にも、どこからか集まってきた蒼い神機兵や寄生体がフラックメイデンに群がっていく。あまりにも群がっているせいで、もはやフラックメイデンの姿はほとんど見えない。時折、アラガミたちの隙間からちらっとその姿が覗くくらいで、これがコクーンメイデンの塔だと初見で気づける人間はいないことだろう。
「──おーい!」
「……あっ!」
向こうのほう。
ぶんぶんと神機を振ってその存在をアピールしているのは。
「……ナナちゃん!」
ナナとギルが、手を振りながらこちらに駆け寄ってきている。どうやら彼らもまた、無事にここにたどり着くことができたらしい。それ相応に服装はボロボロになっているものの、大きなけがはしていないようで……そして、その傍らには蒼い神機兵が着いていた。
「よお。二人とも無事だったか」
「なんとか、な。それよりも……ティターニアは」
「あのアラガミの山の中だろうな。引きずり出されるのは時間の問題だろ。……ただ、あの
「……そりゃそうか」
ちら、とフラックメイデンを見て、ギルは納得できたと言わんばかりに小さくうなずく。いくらこちらを襲ってこないとわかっているとはいえ、あのアラガミが犇めくなかに突っ込む気力は残っていないのだろう。下手にあの中に混じれば、何かの拍子に一緒に食い千切られてしまうのではないか……と、そう思わずにはいられなかったのだ。
「うぇぇ……なにアレ、キモチワルイ……」
「改めてみるとゾッとするな……ほかの連中はまだ来てないのか?」
「呼びかけてみるか」
微妙にコツがいるんだよな──なんてつぶやきながら、キョウヤは意識を集中した。
《あー、キョウヤです。フラックメイデンの近くまで到着して、ギルたちと合流してます》
《おっ、マジ? 俺らももうすぐ着くんだけど……えっと、6時の方向だっけ?》
《はい。……こっちから合流しますか?》
《や、大丈夫。……みんな、キョウヤたちのところで合流する感じでよろしく! さすがにもう大丈夫だと思うけど、油断しないように!》
頭の中に直接響く、コウタの声。それに遅れてかすかに響く、了承の声。どうやらもうほぼすべての班がかなり近いところまで来ているらしい。フラックメイデンを迂回するようにぐるっと回って、そしてルーを目印にして合流することにしよう……と、あっという間に段取りが組まれていく。
そして。
──るるるるるるる
「「!?」」
みんなと合流するまで少し休憩するか──なんて思っていたキョウヤ達の耳に届いたのは、ぼんやりと木霊するような、どこまでも透き通った高い優しい声であった。
「な、ん……!?」
「みて!」
ぐら、とフラックメイデン──コクーンメイデンの塔が揺れる。ばらばら、ぼろぼろと上のほうからコクーンメイデンが落ちてきて、その下敷きになったアラガミが何体か死んだ。大きな大きな塔がゆっくりと傾いて……そして、ぎちぎち、みちみちと嫌な音が空気を震わせている。
──るるるるる
《なんだこの変な声!?》
《気をつけろ! 倒れるぞ!》
歌うような。あるいは、嘆くような。美しいのに物悲しいその声があたり一帯に響く。それは誰かの子守歌であるのかもしれないし、あげたくともあげられなかった断末魔の声なのかもしれない。ただ、はっきりしているのは──その声は、この世のものとは思えないほど美しく、優しく、そしてどこか悲しくなるような声であるということだけだ。
──ギャアアアアア!?
──グァァァァァ!?
──どしん!
「きゃっ!?」
「うぉっ!?」
大きな地鳴り。体を貫く空気の震え。もうもうと立ち込める土煙。
あれだけ大きかったフラックメイデンが、とうとう倒壊した。単純に、柱の根元のほうを食い破られて強度を保てなくなったのだろう。あるいは、あまりにもいろいろなアラガミが群がってしまったせいで……バランスが崩れたか、はたまた限界重量を超えてしまったのかもしれない。
──るるる……るるる
「う、わ」
「……こいつ、は」
土煙のその向こう。
コクーンメイデンの山の中に佇む、異質なる存在。
崩れた塔の中から、姿を現したのは。
「これが──ティターニア」
それは、ヴィーナスに勝るとも劣らない美しいアラガミであった。
コクーンメイデンが、順当にヒト型として進化したなら、きっとこんな姿になるだろう──そんな想像を、さらに凌駕したといっても信じられるほどの美貌。上半身の大きさは、ちょうどサリエルと同じくらいだろうか。見るものに安らぎを与える聖母のような優しい顔立ちに、すべての生物を虜にするような豊満で艶めかしい肢体。余分な装飾などは一切纏っておらず、その美しい体は惜しげもなく晒されている。
彼女は眠るように目を瞑っている。それなのにどこか甘えているような、あるいは何かを焦らしているような表情のようにも見えるのは果たして気のせいか。その両の瞼が開くところを見てみたい──そんな気持ちが心の奥底から湧き上がるのが止められない。あの長い睫毛がふるふると動く姿を見ることができたなら……きっとその人は、人生で最高の瞬間を迎えることが確約されたようなものだろう。
そう、彼女は芸術品のように美しい。もしここに絵描きがいれば、どんな手を使ってでも彼女の姿をキャンバスに収めようとするはずだ。
ただし。
「うぇっ……」
美しいのは、顔と上半身だけだった。
「なに、あれ」
彼女の長い髪。いや、髪のように見えるなにか。
遠目から見れば、地面を引きずるほど長い髪に思えたそれは──しかしよく見ると、肉の繊維を撚り合わせたような、触手としか思えない何かであった。そんな触手がとぐろを巻くようにして、何十本も、何百本も、彼女の頭につながっている。
そしてよく見ると──彼女の後頭部が、異様に大きい。自身の上半身の軽く三倍はありそうな大きさの、平べったくて長いフィン状のヒレのようなものが、四対八つほど生えている。いや、正確に言えば生えているのではなく後頭部が変形しているのだろうが、ともかく頭の後ろにそんなものをはためかせているのだ。
おまけに。
「上半身だけなら……顔と体だけなら、ぜひともお付き合いを申し込みたいくらいなんだが」
「……」
「──下半身、どうなってんだ?」
キョウヤの言葉。
それは、ティターニアを見たすべての人間の気持ちを代弁するものであった。
「気持ち悪い……」
「気色悪い……」
「これが生理的嫌悪感ってヤツか……」
ティターニアの下半身。
それは例えるなら──そう、超巨大なイモムシである。
大きな大きな──ガルムを五、六体ほどは余裕で乗せられそうなほどの長くて丸々と太った胴体。それにはどういうわけか細かい手足のようなものがびっしり生えていて、今この瞬間も波打つように蠕動運動を行っている。さらには、背中側──コレが正しい表現であるかは誰にもわからない──には信じがたいことに、後頭部のフィン状のヒレによく似た翅のようなものが八対ほど生えている。
もし、この巨体がそのまま転がりでもしたら。
おそらく、大半のアラガミがその圧倒的重量によって押し潰されてしまうことだろう。
「でっけェ趣味の悪い芋虫に、とんでもなく綺麗なねーちゃんの上半身をくっつけたようなアラガミ、か……」
「綺麗なねーちゃん、じゃなくて……頭に変なヒレと触手を生やしたヤバいねーちゃんって言うべきだな。いくら顔や体がよくても、さすがにアレはハルさんでも……」
今まで見てきた中で、一番異質で恐ろしいアラガミ。それが、キョウヤ達──ティターニアを見た神機使いたちの嘘偽りのない本音であった。
『聞こえるかね? ……ティターニアは、仕留められそうかい?』
『こちらでも、映像を見ています……なるほど、なんて醜悪で悍ましい……』
通信機から聞こえてくる、作戦本部にいる榊たちの声。
「んー……私たちで仕留めることも、できなくはないと思いますけど」
──オオオオオオッッ!!
──ル゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!
──るるる、るる、るるる……
とうとうその姿を現した女王に、蒼い神機兵が、そして寄生体が襲い掛かる。長い長い髪のような触手をブチブチと引き千切って、そしてその大きな胴体に思い切りかじりついて。もとより、ティターニアはあまり動けない体の構造をしているのだろう。逃げることも叶わずに、ただただその体をじっくり、じわじわと貪られている。
──る、るる、るる
触手の先から放たれる高密度のオラクルレーザー。並のサリエルが放つそれよりもはるかに威力が高い……のかもしれないが、所詮はそれだけ。苦し紛れに乱射したところで運の悪いアラガミにしか当たらず、そして当たったところで大したダメージにもなっていない。そもそも、たかだか十数本のオラクルレーザーを撃ったところでどうにかなる戦力差じゃないし、遠距離攻撃では自分の体に群がっている敵を撃ち滅ぼすことなんてできないのだ。
──る、る、るる
見ていて気の毒になるほど傷だらけで、ボロボロな無惨な状態。しかしそれでも、ティターニアはもぞもぞと体を震わせて足掻くのをやめない。自身の肉片に塗れ、体中に寄生体や神機兵をひっつけながらも、切なげで悲しそうな悲鳴を上げている。
──る
「……あっ」
大きな大きなヴァジュラが、とうとうティターニアの胴体を完全に喰い破ったらしい。ばつん、と小規模な爆発が起きたかのような衝撃音とともに、ぱっくり開いたその傷口から赤や緑や黄色が混じった液体がドバドバと流れ落ちる。
「……うっ」
「……うぇっ」
奇妙な液体の中に混じっていた、小さな肉塊。大きさとしては、それこそチハルと同じくらいだろうか。全体としてピンク色をしていて、丸みを帯びた蛹のような形をしている。いや、よく見れば──その表面には無数の血管が浮かび上がっており、先端の少し突起のようになった部分には……あどけなく安らかな笑みを浮かべた、顔のようなものが浮かび上がっていた。
──るるる、る、る、……る、るる
びちゃびちゃ、どばどば。
ばしゃばしゃ、ぐちゃぐちゃ。
傷口から無数に流れ出てくる、そんな肉塊。
百や二百では効かない数であることだけは確か。
遠目からではわかりにくいが、それは小さくもぞもぞと動いている。
「……コクーンメイデンの、赤ちゃ、ん?」
「バカいえ……アラガミが子供なんて生むわけが……あっ」
──ぷちっ。
──ル゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッ!!
蒼い神機兵が、その強靭な脚でピンクの肉塊を踏み潰す。どこか小気味の良い破裂音とともに、あたりに薄黄色の液体がびしゃっと飛び散った。残った肉塊はひく、ひくと小さく痙攣して……そのまま、動かなくなる。中にあったものがすっかり流れ落ちてぺちゃんこになっており、もはや肉というよりかはただの皮にしか見えない。
──ピンクの肉塊を踏み潰した神機兵は、そのまま何事もなかったかのようにティターニアの分厚い肉を喰い漁り始める。もとより、足元の小さな肉塊のことなんて気づいていなかったのかもしれない。
──る、るる……
生きたまま体を貪られる痛みに耐えかねたのか、ティターニアが苦しそうに身をよじる。大きく開いた傷口から信じられないほどの量のピンクの肉塊が流れ落ちて──
──ぶちゅっ!!
「あっ……」
──そして、身をよじらせたティターニアの胴体に巻き込まれて、一気にまとめて押し潰された。
「……あれだけデカい体だ。そりゃあ、ちょっとでも身をよじらせれば近くにいるものはまとめて押し潰されるか」
「で、でも……だからって、こんな……! じ、じぶんの赤ちゃ──」
「──ただの肉だよ、アレは」
「……っ!」
「それっぽく見えるだけの、ただの肉だ」
アラガミが子供なんて生むわけがない。アラガミはそうやって殖えるものではない。仮に子供を産むことができたとして──ハチの、すなわち昆虫の形質を強く発現しているであろうティターニアが、その胎に直接子供を宿しているわけがない。
今だって、ほら。
──る、るる、るるるるる
「…………」
ティターニアは。
自らの触手を使って。
足元に散らばったピンクの肉塊をからめとり──ぴちゃぴちゃ、くちゅくちゅとその肉塊を啜っている。
「しっかしまぁ、なんだ……あんだけヤバいアラガミたちの親玉だってんだから、もっと強そうなのをイメージしていたんだが」
「強いかどうかは戦ってみないとわからねえが……碌な攻撃手段を持ち合わせていないのは間違いないみたいだな。アラガミのくせに、牙も爪もない。あのレーザーだって、取り回しが悪すぎるだろ」
「あー……そっか、こいつは群体のトップだから、そもそも自分が戦うことなんて想定してないのか。だから最低限の攻撃しかできない……のはいいとして、あの異様にデカい頭と触手は何なんだ? 腹はまぁ、わからんでもないが」
「さぁな」
キョウヤとギルの会話。それはきっと、先ほどから感じずにはいられない嫌悪感や忌避感を紛らわせるためのものなのだろう。こうやって少しでも冷静を保とうとしなければ、言葉じゃ表現できないこの異様で狂気的な雰囲気にあてられてしまいそうなのだ。
そしてそれは、ナナやチハルも同じで──二人は、ティターニアをなるべく見ないようにして、お互いのことをそっと抱きしめあっている。できることなら、目を背けてこの場から逃げ出したいというのが本音なのだろうが、それをしないのは……神機使いとしての責任を感じているからなのだろう。
「おーい!」
「お……」
向こうのほうから、神機をぶんぶんと降ったヒロたちがやってくる。いいや、ヒロだけでなく──コウタやリンドウ、ジュリウスにエリナにハルオミ……つまりは、この作戦に参加した全員が集っている。
「久しぶりだね、二人とも」
「……ユウさん! やっぱりユウさんだあ!」
「なんとなく声は聴こえてましたけど……マジでユウさん、戻ってきてたんですね……!」
ここには本来いないはずの神薙ユウ。キョウヤ達は名前くらいしか知らないアネットにフェデリコ。加えて知らない神機使いが何人か……と、どうやら加勢に来てくれた神機使いの何人かも、ここに集まったらしい。久しぶりの再会に笑いあうもの、ルーの姿を見て驚くもの……などなど、ほんの少しだけとはいえ、戦場には似合わない和やかで穏やかな空気が流れた。
「……一応、みんな無事なようだな」
「だな……まだほかの場所で残党狩りをしているやつもいるみたいだが……」
やっぱここにはいねえんだな──なんて小さく呟いて、そしてリンドウが改めて声を上げた。
「まだ余力があるやつはいるか? どうせこのまま放っておいてもティターニアは死ぬだろうが……あれほど強力なアラガミだ、最後に何をしでかすかわからない。だから、俺たちの手できっちり
──なんて、そんなことを話したのがいけなかったのだろうか。
──るるるるるる
「……あーっ!?」
「嘘だろ……!?」
ティターニアが、大きくぶるぶると体を震わせる。その勢いで、体にひっついていた寄生体や神機兵が振り飛ばされた。そして、そんな一瞬をつくかのように……ティターニアはその背中に生えている、八対のフィン状のヒレを大きく展開した。
いいや、より正確に言うならば、
「つ……翼で、羽ばたこうとしているの……!?」
「と……飛ぶのか!? あのデカさで!?」
背中に生えているフィン状のヒレ。ヒレと表現しているだけで、実際は扁平な巨大な肉の塊なのだから……翼として使えないこともないのだろう。この様子を見れば動かすこともできるのは明らかなわけで、たとえ鳥のように羽ばたくことが難しかったとしても──サリエルのように、羽ばたかずとも浮き上がることができる可能性は決してゼロじゃない。
「いや無理だろ!? 自分で動くこともままならない重さだぞ!?」
「ま、待て……! 今のティターニアは、腹の中身が流れ出ている……! 見た目ほど重くないばかりか、腹の皮をそのまま広げれば、風をつかむことくらいはできてしまいかねない……!」
ジュリウスのそんな言葉。まさかそんなはずはなかろう──という希望的な推測と、もしかしたらありえるのかも──という絶望的な推測が、みんなの頭の中に満ちていく。
「それにあいつは、腐ってもコクーンメイデンだ──ジェット噴射か砲撃か、飛び立つだけなら不可能じゃない……!」
「「……」」
ジュリウスのその言葉に──その場にいた神機使いの全員が、ぴしりと固まった。
「──奴を飛ばせるなッ!!」
「撃てる奴は全員撃てーッ!!」
実際のところ、ティターニアが本当に飛べるかどうかなんて誰にもわからない。確かにフィン状のあのヒレは翼のように見えるが、しかし翼と同じ形をしているというだけで、決して翼であるというわけではない。
もし翼であったとしても──翼としてはかなり歪で、まともに使えるようにはとても見えない。自分じゃろくに動けない存在が、満足に飛べるとも……神機使いたちの追撃を逃れられるほどの飛行能力を有しているとも考えにくい。ましてや、すでに死に瀕している満身創痍の状態だ。現実的に考えれば、文字通り最期の無駄なあがきである可能性のほうがはるかに高いだろう。
しかし、それでも。
──るる、るる
今、ここで仕留めないと世界が滅ぶ。今、ここで仕留めないとすべてが終わる。
──る、るるる
今、ここで仕留めなければ──また、同じことが起きる。その時、再び追いつめることができる保証なんてどこにもない。
──るる……るる……
その場にいた神機使い全員が、同じことを思って──そして。
──カァァァァン!!
──るっ
ティターニアに、蒼く巨大な雷が落ちた。
──ルァァァァ!!
──る゜
いつの間にか、飛び出していたルーが。
雷を纏って、アラガミを蹴散らしながら大地を駆けていたルーが。
蒼い雷光に、その牙を煌めかせて。
──そして、ティターニアの上半身を一口で喰い千切った。
『ど……どうなりましたか……!?』
完全に喰い千切られたティターニアの上半身。ゴリゴリ、ボキボキと何か硬質なものが砕かれる音が聞こえると同時に、ルーの口の端からはみ出た腕の一部がぽとりと落ちる。抵抗することはもちろん、悲鳴を上げる暇すらなかったのだろう。本当に、気づいた時にはすでにルーが喰らいついていて……おそらく、自分が喰われたということにすら気づけなかったのかもしれない。
ただ、はっきりしているのは。
「は、はは……ルーのやつ、やりやがった……!」
「ティターニアを……頭から丸かじりしちゃった……!」
──ルォォォァァァァ!!
──カァァァン!!
ルーが、ティターニアを喰った。ルーが、ティターニアを斃した。
ティターニアはすでに物言わぬ骸と成り果てて、そしてその骸の上で雄たけびを上げているのは、蒼い雷を轟かせる白き荒神──ルーなのだ。
「やった……! やったやった、やったぁぁぁ!!」
「あ、あっけない……! あんなにもヤバい戦いだったってのに、あまりにもあっけない……!」
あれだけ多くの被害をもたらした、コクーンメイデンの女王──ティターニアは、最後はごく普通のアラガミのように、あっけなくルーに喰われた。近づくことでさえ困難を極め……これだけの奇跡が起きなければその姿を見ることすら叶わなかったはずなのに、最期はろくに抵抗することすらできなかった。
そう……あまりにも突然に、この極東に大いなる脅威をもたらしたその存在は。
現れた時と同じく……あまりにも突然に、あっけなく消え去ってしまったのだ。
『──待ってください! 終末捕喰は……! 終末捕喰は、どうなりましたか……!?』
焦ったような、ラケルの声。
『──終末捕喰の反応は、消えていません! まだ確かに、そこに残っています!』
同じく焦ったような、ヒバリの声。
『──落ち着いてほしい。……誰でも構わない、今のルーくんの様子を教えてくれ』
そして──どこか確信めいた何かを感じさせる、榊の声。
つられるように、その場にいるみんながルーの様子をうかがってみれば。
『……どうだろう?』
「いやぁ……特に変わった様子もなく、普通にティターニアの下半身を喰ってますね」
「あ、でも……心なし、いつもより嬉しそうかも。一応、強力なアラガミだったんだろうし……あと、食べ応えがすごいだろうし」
『その……捕喰衝動に囚われていたりだとかは……』
「…………喰い意地は張ってますね。おこぼれにあやかろうとした寄生体を、喰い殺してる」
「あっ……おなかにいる赤ちゃんも、独り占めしようとしてる……全部、全部食べようとしてる……」
「すげーな……あれだけあるんだから、ちょっとくらい譲ってやりゃいいのに。近づこうとするやつら全員に威嚇してんぞ」
「うわー……神機兵を操ってまで、取られないようにしてる……」
神機使いたちからの、若干引き気味の報告。通信機の向こうで、ラケルが息をのむ音が聞こえ──そして、榊が満足そうに問いかけた。
『……ヒバリくん?』
『しゅ、終末捕喰の反応は健在です……! というかもう、普通に臨界点を超えています……! 今まさに、
『……』
『けど、これは……ルーさんから発せられています!』
終末捕喰を引き起こそうとしていたティターニアはルーに喰われた。
そして、ティターニアを喰ったルーから終末捕喰の反応が確認された。
そのうえで、ルーの様子は普段と変わらない。
つまり、これは。
『──ルーが新たなる秩序……! 終末捕喰を司る、アラガミの王となったのですね……!』
『うむ──そしてどうやら、それは我々にとって非常に都合の良いものであるらしい。あるいは、これこそが……大いなる意志が望んだものなのかもしれないね』
ルーこそが、終末捕喰を引き起こすアラガミとなった。詳しい経緯や原理はともかく、それは絶対の事実である。
「すごい……! すごいよルーちゃん……!」
「本当に……本当に、やってのけた……! 終末捕喰を喰い殺して、完全に支配下に置いた……!」
そして──いままさに終末捕喰を起こしている最中であるルーは、捕喰衝動には囚われていない。たしかにティターニアだったものを喜び勇んで貪っているが、それはいつも通りのことであり……この地球上のすべてを喰い尽くそうとするそぶりは一切見られなかった。
『人を襲わない、人と共存できる──人と分かり合えるアラガミによる終末捕喰。ルーくんによって行われる終末捕喰が、我々を傷つけることはないだろう』
「じゃあ……じゃあ! ティターニアもやっつけられたし、終末捕喰もなんとかなったってことだから……!」
『うむ……我々は、明日を勝ち取れたのだ。そしてそれは、この場にいる全員が力を合わせたからにほかならない。誰か一人でも欠けたら、この結果をつかみ取ることはできなかった』
オープンチャンネルで紡がれる榊の言葉。
『みんな、よくやってくれた……本当に、ありがとう』
それがすべてで、その言葉こそが──この、世界の命運をかけた長い戦いの終わりを告げるものであった。
「やったぁ! やったよ、キョウヤくん! ようやっと、終わったんだよ!」
子供のようにぴょんぴょんと飛んだチハルは、その喜びのままに傍らに立つ相棒に笑いかける。この気持ちを分かち合おうと、相棒がどんな顔をして笑っているのかを見てみようと、その顔を覗き込んだ。
「ごフッ……」
チハルの目に飛び込んできたのは。
夥しい量の血を吐いたキョウヤが、ゆっくりと倒れる姿であった。
・傾城
一般的には国の崩壊のきっかけになるほどの絶世の美女のこと。GEにおける傾城とは、GE2のラストミッション(高難度任務10の最後に表示されるミッション)を指す。暴走神機兵、サリエル、マガツキュウビ……そして忘れちゃいけないコクーンメイデンさんが登場する。マガツキュウビが厄介であるのは語るまでもなく、そしてうっかりするとサリエルとマガツキュウビの執拗な集中砲火に晒され何もできずに床を舐めることになる。サリエルを倒しても暴走神機兵とコクーンメイデンが追加される。殺生石の脅威は相変わらずのため、結局のところなるべく早く頭数を減らすのが一番の攻略法になるんですかね……。
・F.A.T.E.
あえてドットを間に入れた意味を考える今日この頃。何かの頭文字をとったのかと思ったのですが、そういうわけでもなさそうですし……。