GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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133 死に至る病

 

 ティターニアめっちゃうめえええええええ!!

 

 いやね、もうね、マジで今まで食べた中で一番美味しいっていうね。一目見た時からこいつぁ美味そうだ、ぜひとも味見させてほしい……なんて思っていたけれども、もうマジで美味すぎて言葉にならないっていう。

 

 ほら、最初はなんかこう……良い感じのイベントシーンというか、強大な敵の滅びゆく最期を感慨深く見つめる……みたいな雰囲気あったじゃん? エンディングとして大いに盛り上がりつつも、余韻に浸らせながら静かにその幕が下りるのを見守る……てきな雰囲気あったじゃん?

 

 だから私も、せっかくのエンディングに水を差しちゃいけないと思って、大人しく空気になってそれを見守っていたわけだけれども。そしてあわよくば、ラスボスの首というあまりにもデカい手柄をチハルちゃんに取らせようと密かに画策したりもしていたけれども。

 

 あのバカでかいティターニアが空を飛んで逃げようとしたってんだから……もう、我慢しなくていいと悟ったというか。いやいや、あそこできっちり確実に仕留めるのは人としての義務だと感じたというか。

 

 ぶっちゃけもう、ヨダレだらだらで辛抱たまらなかったというか。

 

 んで、いざ思いっきり丸かじりしてみたら……これがもう、美味しいのなんのって。ぶちっという小気味よい歯触りはもちろん、そのとんでもなく濃厚なコクーンメイデン()がもうたまんねえっていう。

 

 なんだろね、本当に味がめっちゃ濃縮されていて……たとえとしてあっているかどうかはわかんないけれど、なんとなく魚のめんたまみたいな感じ? 今まで食べてきたアラガミのコアの中で一番味が濃くて、濃厚で、芳醇で……それでもって満足感が半端ない。

 

 何かほかの食べ物に例えることなんてできない……というよりも、アレはもう、ティターニアの味としか形容できないものなのだと思う。

 

 くっちゃくっちゃくっちゃくっちゃ。

 

 惜しむらくは、あの上半身のボリュームがあまりにも少なすぎたことだろうか。別嬪さんでちょうせくしーで、食べるのはちょっともったいないかもだったけど……アマテラスくらいデカくてもよかったんじゃねって思わないこともない。でもまあ、一口で丸かじりできるサイズ感だってのはそれはそれでよかったか? やっぱあーゆーのは一口で全部楽しめてこそってところもあるし?

 

 くっちゃくっちゃくっちゃくっちゃ。

 

 あとね、なんだろねコレ? 頭の後ろに生えていた……よく言えばウェディングドレスのヴェールみたいなひらひらしたやつ。近づいてよくよく見ると、こぶ状のよくわからん肉の塊で、どっちかっていうとイカのえんぺらっぽいかんじ。

 

 体があれだけ美味しかったんだから、こいつも美味いと私の中の本能がささやいている。

 

 くっちゃくっちゃくっちゃくっちゃ。

 

 んー……確かに表面は肉の塊で、そこはかとなくイカっぽい感じがしなくもない。ただそれ以上に不思議なのは……なんか中身がトロっとしている? 美味しいことには美味しいけれど、焼き肉みたいな【肉らしいがつんとした美味さッ!!】って感じじゃあなくて、もっとこう……珍味みたいな? いや、この味の濃さと独特の風味を考えると……白子とか脳みそとか、そっち系?

 

 ……えっ、これもしかして脳みそ? あらやだ、最近のコクーンメイデンは脳みそまで美味しいのね……。おまけにこんなにたくさんに分かれているだなんて、ママ初耳ですわよ……?

 

 ──ルゥ!

 

 んで、だ。

 

 せーっかく私が倒した獲物だってのに、体中にコクーンメイデンが突き刺さった寄生体どもがおこぼれにあずかろうとしているっていう。どういうわけか私の命令を聞いて、人間の皆さんを守ってくれたりもしてくれたみたいだけど……さすがに、人の食事を邪魔するってのはいけねーよなあ? ママはお前をそんな風に育てた覚えはねえぞっていう。

 

 ──ア

 

 くっちゃくっちゃくっちゃくっちゃ。

 

 そんなわけでお仕置き。言ってわからねえやつには、体で覚えさせるしかない。私だってできることなら平和的に済ませたかったけれども、それができない以上は仕方がな……アッ、寄生体だとなんかちょっといつもより味が良い気がする……! なんかちょっとコクーンメイデン味もするし、歯ごたえというか食べ応えがダンチじゃん……!

 

 もしかして、コクーンメイデンって調味料として最強なのでは? ……なんかこう、うまい具合に栽培とかできないかね? で、味変とかしたくなったら、コクーンメイデンを収穫してごはんにぶっ刺すの。夢が広がるぜえ……!

 

 くっちゃくっちゃ。

 

 ともあれ、神機兵にも寄生体にも、【これはママのおやつです。横取りしたらあなたがおやつになります】……って念じて下がらせる。一応引き下がってはくれたけど、どうせこれもしばらくしたら食欲に負けるやつがちょいちょい出てくるんだろう。その時はまぁ、ご飯として美味しくいただいてあげるほかない。

 

 んー……このお腹の中にいるちっちゃいコクーンメイデンっぽい何かも美味しい。プチプチしていて新食感。何気に結構するするっておなかの中に入っていく。こっちも微妙に白子っぽい気がしないこともない……けど、私が知っている白子よりかは微妙に味が薄く、そして不自然なほどにクリーミー。

 

 ……ありよりのありだな、これは。たぶんもう二度と食べられないものだから、この機会にしっかりばっちり食べておこう。……アッ、でもこのでっけえ腹の肉も捨てがたい……! こっちはもうシンプルに、【肉ですよッ!!】って感じの肉で美味しい!

 

 くっちゃくっちゃくっちゃくっちゃ。

 

 うめえうめえ!

 

 どんだけ食べてもまだまだたくさんあるッ!! 食べ放題だぜえええええ!

 

 ……いやマジで結構デカくて食べ応えがすごい。私ならこの大きさだろうと数時間もかからずに食べきるし、なんならそれでも腹は満たされずに余裕がだいぶあるだろうけれど……私のおくちはちっちゃいから、単純に時間がかかっちゃいそう。

 

 あと、仮にティターニアを食べきったとしても。

 

 このめっちゃうんざりするほどたくさんいる寄生体も残っている。あと、コクーンメイデン……いいや、この場合はフラックメイデンというべきか? ともかく、東京タワーくらい高く積みあがっていたコクーンメイデンもまだまだ残っている。

 

 あとできれば、せっかくだしこの蒼い神機兵も後学のために一体くらいはちょろまかしてお腹にいれておきたい所存。わたしすっごく頑張ったんだし、それくらいは報酬でもらってもいい……よね? だいじょぶ、一体だけ! 一体だけだから!

 

 くっちゃくっちゃくっちゃくっちゃ。

 

 あーんもう、マジで幸せ。気兼ねなくたくさん食べられるってのがもう本当に最高。しかも私の場合、食べれば食べるだけ褒めてもらえる。子供のうちはたくさん食べた奴ほどえらくて褒めてもらえる……みたいな風潮があるけれども、それが大人であっても適用されるとかホントマジ最高。これだからアラガミはやめられねえぜ……!

 

 

 

「──キョウヤくんッ!?」

 

 

 

 なんて、思っていたら。

 

 明らかに──どう考えても非常事態としか思えないほど切羽詰まったチハルちゃんの声が聞こえた。

 

「キョウヤくん! キョウヤくん!!」

 

「あ、あー……」

 

 キョウヤが倒れている。

 

 いや、ただ倒れているだけじゃない。

 

 ちょっとマジで、冗談として茶化すことができないほどの……尋常じゃない量の血を吐いている。

 

「うっぷ……ちょっと咳き込んだだけのつもりだったんだが」

 

 慌てて駆け寄る。どう見ても、ちょっと咳き込んだだけ……には見えない。服は吐いた血でびちゃびちゃだし、弱弱しく起き上がった……いや、起き上がろうとしたキョウヤは、足腰に力が入らないのか、腰を地面につけたままチハルちゃんに支えられている。

 

「ど……どうしたの!? ど、どこかケガでもしてるの!?」

 

「あー……いや、そういうわけじゃ……ごうぇっ」

 

 

 ──びちゃ

 

 

 声を出そうとしたキョウヤが咳き込んで。

 

 チハルちゃんが真っ青になるほどの血の塊を、吐き出した。

 

「あっ……!?」

 

「……」

 

 咳き込んだ拍子に。あるいは、もともとボロボロで緩んでいたのかもしれないけれど。

 

 ともかく──キョウヤが着けていた青いバンダナがはらりと落ちて。

 

「う、そ……」

 

「あー……やっぱり、だいぶヤバい感じか?」

 

 今まで隠されていた、その額に……黒蛛病の、黒い紋様がくっきりと浮かび上がっている。

 

 ……え?

 

 黒蛛病って、そんな、どうして?

 

 なんでキョウヤが……黒蛛病になんて、罹ってる?

 

「……まさか!」

 

「うおっとぉ」

 

 チハルちゃんが、キョウヤの上着をひっつかんで。神機使いの馬鹿力の元に、無理やりそれを引き千切って。あとなんか、上着の下に来ていた──全身タイツみたいなやつも、服と一緒にびりびりに引き裂いたと思ったら。

 

「そ、んな……」

 

「うそ、だろ……」

 

 誰もが思わず息をのむほどに。

 

 

 キョウヤの体には──黒蛛病の紋様が浮かび上がっている。

 

 

「な、にこれ……」

 

「ひ、ひどい……こ、こんなのって……」

 

 腹も、胸も、腕も……その赤黒い模様が浮かび上がっていないところのほうが少ないくらいで、誰がどう見てもこれは……黒蛛病の末期症状だ。

 

 ……どうなってんだよ。

 

「なんで……なんで!? どうして!? 朝はこんなのなかったじゃん!」

 

「そ、そうですよ……キョウヤくん、あなた、メディカルチェックは問題なかったって……!」

 

 チハルちゃんが泣き叫ぶように、そしてアリサも泣きそうな目でキョウヤに問いかけた。

 

「いや、それについてはマジですよ。なんか微妙に腹のあたりにうっすら見えるかなってくらいで……おいチハル、お前だって知ってるだろ? バンダナをつける前の俺の額はなんともなかっただろうが」

 

「なんともなかったから、おかしいって言ってるんじゃん……! こ、黒蛛病はこんなに早く進行しないんじゃなかったの……!? それにキョウヤくんは、今まで例を見ないほど進行が遅いって……! 言ってたじゃん! みんな、そう言ってたじゃん!」

 

「……」

 

「いつから!? いつから、我慢してたの!?」

 

「や、我慢ってわけじゃないけどさ……しいて言うなら、戦っている途中に微妙にだるくて辛い感じがしたくらいか?」

 

「だったらどうして──!」

 

「言ったところでどうにもならん。あと、その時はマジにただの疲労だと思ったんだよ」

 

 待て。

 

 ちょっと待て。

 

 キョウヤは赤い雨に打たれたのか? いったいいつ? いや……この会話を聞く限り、私がダウンしている間に感染したってことか? それで、みんなキョウヤが黒蛛病であること自体はしっていて……でも、人手も足りないし、症状も現れていなかったから今日の作戦に参加させたってことか?

 

 でも、どういうことだ? 黒蛛病ってのは、そんなに一気に症状が悪化するようなものじゃない……はず。確かゲーム本編でも、すでに全身に紋様が表れていても普通に生活している人たちはそれなりにいた。そりゃあ、ここまでびっしり浮き上がっている人はそんなにいなかったけれど……だからと言って、ほんの数時間で全身に回るような描写ってのはなかったはずだ。もっとこう、長い時間をかけてじわじわと苛まれるって……辛い期間がずっと続くっていう、そういう話だったはずだ。

 

 そして、なにより。

 

 黒蛛病は、治療方法がない。感染したら、絶対に死ぬ。

 

「ごほっ!? ぐ、ぐ、げほっ!?」

 

「キョウヤくんッ!?」

 

 けれど、そんな黒蛛病を、ゲーム本編ではヒロとユノの感応現象でなんやかんやしてどうにかした。確か、ジュリウスの終末捕喰と黒蛛病患者の偏食因子を増幅させた終末捕喰で……いや、どうだったっけ? なんか、黒蛛病因子を《統制》でどうにかしたとも言っていたような……。

 

 ともかく、重要なのは──ゲームでは、あの二つの終末捕喰をぶつけ合うことで結果として黒蛛病患者の体から偏食因子を取り除いた。そうすることで、黒蛛病の治療が行えた。

 

 けど、今は──私が生きる、この世界では。

 

 そんなイベント、起きていない。ジュリウスが特異点化してアラガミになったわけでもなければ、ユノが関わったりしているわけでもない。終末捕喰は喰らいあいをしているのではなく、私が直接食べて消滅させた。

 

 つまり。

 

 黒蛛病の患者は。今まさに黒蛛病に罹患しているキョウヤは──助から、ない?

 

 ……認めるかよそんなことッ!!

 

「あ……ルーちゃん?」

 

「おお……やっぱ効くなあ、お前の癒しの雷は」

 

 ダメだ。

 

 癒しの雷を撃っても、キョウヤの赤黒い紋様は消えない。体の傷はみるみる癒えていくけれど、本当に消し去りたいものだけは、無くならない。

 

「気持ちはありがたいが、別の人間にやってくれよ。お前のそれはあくまで回復弾なんだから、病気に効くものじゃないんだ」

 

 ンなわけあるかよ……! 大体何でもできるのがオラクルだぞ……! てめえ、オラクルがどれだけトンチキな存在か知らないはずないだろうが……!

 

 ──ルァァァ……!

 

「ルー、ちゃん……」

 

「ははは……こいつがここまでマジになってくれるなんてな。最期に面白いモンがみれたぜ」

 

「……っ!」

 

 どれだけ力を込めても紋様が消えない。キョウヤの言う通り、私の雷はあくまで回復弾と同じ効果しかない……のだろう。それで消えるのであれば、とっくに黒蛛病の治療は確立されているはず。だから、私の雷で癒せないということは。

 

 ……私にできることは、ない?

 

「……もしかしたら、神様が気ィ利かせてくれたのかもな。最期まで、しっかり見届けられるようにって。だから、本当は体にガタが来ていたのに……この瞬間まで大丈夫だったのかも」

 

「やだ……いやだよぅ……。せっかく、せっかくここまできたのに……!」

 

「泣くなよ……どうせなら、笑った顔で送ってほしいんだが」

 

「やだっ!!」

 

 げほげほとキョウヤがむせる。そのたびに真っ赤な血が地面に飛び散る。

 

 すでにキョウヤは諦めたように儚く笑っていて……そしてそんなキョウヤを、誰もが悲痛な面持ちで見つめている。

 

「……榊博士! なんとか、なんとかできませんか!? キョウヤくんを助けられるなら、私、なんでもするからっ!」

 

『……すまない』

 

「……ラケル博士!」

 

『……彼の望み通り、笑って見送ってあげましょう……それが、せめてもの』

 

「……ッ!! 九条博士ぇ!!」

 

『…………ッ!』

 

 誰も、何も答えない。

 

 だって……もう、どうしようもないのだから。

 

 榊博士でも、ラケル博士でもダメで。

 

 私という、理外の反則すら通用しないのであれば。

 

 もう……どうにも、できない。

 

「か、回復錠……! それに、みんなで回復弾を撃てば!」

 

「やめろ、チハル……薬がもったいないし、みんなの余力ももうないだろ? それに……自分の体のことは自分が一番よくわかる」

 

 チハルちゃんの流れる涙を拭おうとして。

 

 キョウヤは伸ばした指をひっこめて、優しそうに笑った。

 

 

 

「俺はもう、ここまでだ」

 

 

 

 チハルちゃんが泣き崩れた。アリサもまた、顔を抑えた指の間から涙がぽろぽろと零れ落ちている。ロミオも目を真っ赤にしているし……ヒロも、見ていられないと言わんばかりに顔を伏せている。

 

「まぁでもなんだ……ティターニアは消えて、終末捕喰も何とかなった。ルーもよみがえって、蒼い神機兵だっている。もう、お前が危険にさらされることはほとんどないんじゃないか?」

 

「キョウヤくぅん……!」

 

「あー……ちょいとマジで眠くなってきた……あと、口の中が気持ち悪ィ……」

 

 けほ、けほとキョウヤが小さく咳き込む。もう、あまり吐き出せる血も残っていないのだろう。キョウヤの顔は先ほどまでとは別人のように青くなっていて……私の雷を浴びているのに、一向に血の気が元に戻らない。

 

「……」

 

「……」

 

 小さな嗚咽。聞こえるのはそれだけ。

 

 

 ──ルゥゥ

 

 

「……ルー?」

 

 なら、せめて最期は。

 

 せめて最期くらいは、綺麗な姿で見送りたい。こんな血塗れな状態なんて、あまりにもみじめだから……せめて、綺麗な格好で。

 

 こんなやり方しかできないけれど……それが、今の私ができる精いっぱいだ。

 

「はは……くすぐったいよ」

 

 ごめんなあ。本当に、ごめんなあ。

 

 ──もっと私に、力があれば。

 

「おいおい……そんな舐めるなっての。まさか、最期に一齧りとか考えてるのか?」

 

 どれだけ強いアラガミをぶっ殺せても。どれだけ私自身が強かったとしても。

 

 人間一人、救えないんだもんなあ。そういう世界だって、わかっていたのになあ。

 

 知ってる人間が、死ぬ瞬間が──こんなにも、辛いなんてなあ。

 

「お前に舐められるのも、これで最後だ……死んだら、お前に喰ってもらうってのも悪くないかもな?」

 

 

 

 

 

「…………あーっ!?」

 

 

 

 

 

 ……うん?

 

 どうしたロミオ……なんだお前、そんなデカい声いきなりあげて……。

 

 

「お、おいチハルっ! キョウヤの腹よく見ろ!」

 

「え……」

 

 

 

「ルーに舐められたところ……紋様、消えかかってるぞ!?」

 

 

 

 ──えっ。

 

「ほ、本当だ……!? ルーちゃんが舐めたところだけ、明らかに薄くなってる……!」

 

「た、確かに……! さっきまで、くっきり浮き上がってましたよ……!?」

 

 まさか、そんな馬鹿な。

 

 そんな……そんな都合のいいことが、本当に。

 

「……ルーちゃん!」

 

「うぷっ」

 

 試しに、キョウヤの顔面をべろりとなめてみる。

 

「……ああっ!?」

 

「き、消えてる……! 額の紋様が、ほとんどなくなってる……!」

 

 ……うそん!?

 

 なんで……なんで、どうして?

 

 どうして私が舐めるだけで……黒蛛病の紋様が消えるんだ?

 

『まさか……信じがたいが、これは』

 

『ええ……間違いないのでしょう』

 

 榊博士と、ラケルせんせーの声。

 

 そして、ソーマがぽつりとつぶやいた。

 

 

「……こいつの唾液が、黒蛛病の特効薬なのか?」

 

 

 さっきまで、キョウヤの全身にびっしりと黒蛛病の紋様が浮き上がっていた。気のせいとかそういうレベルじゃなくて、末期症状として入れ墨よりもヤバい感じでしっかりがっつりばっちり浮き上がっていた。

 

 けれども。

 

 キョウヤの血をキレイキレイしようと私がその体を舐めたら──その紋様が、きれいさっぱり無くなった。あの病気は進行することはあっても完治することはなく、せいぜいがその進行を遅らせることくらいしかできないわけだから……気のせいとか偶然とか、そういう何かでないのだけは確か。

 

 つまり、これは……どう考えても。

 

 ──私のおよだが、超☆最強のお薬で確定したんじゃね?

 

『いや……ありえない話ではない。ルーくんのオラクル細胞は何でも喰らう……が、ヒトの細胞だけは食べない』

 

『すでにキョウヤさんの体に浸透していた黒蛛病の偏食因子……いいえ、黒蛛病のオラクルを。【人を害する悪いモノ】だけを、唾液に含まれていたルーのオラクル細胞は狙って捕喰した』

 

『た、体内の特定の偏食因子だけを狙って除去するなんて、普通は無理……! でも、ルーの細胞なら! ルーの細胞なら、それができる……! だって、食べられるのがそれだけしかないんだもの……!』

 

『そ、そうか……! キョウヤくんの下半身だけに黒蛛病の紋様が多かったんじゃない……! そうじゃあなくて、上半身だけ少なかったんだ……! ルーはいつも、彼の上半身を舐めていたから!』

 

 四人の博士による解説。やっぱ頭の回転が速い人ってすげーわね。いくら音とか映像とか繋がっているとはいえ、現場にいないのにあっという間にこれだけの理解をするだなんて。

 

「そっか……! キョウヤくんは、ほかの誰よりもルーちゃんに舐められていたから! 腕も、頭も、体も舐められていたから! だから、ほかの人に比べて黒蛛病の進行が明らかに遅かったんだ!」

 

「…………うっそぉ」

 

 今明かされる驚愕の新事実。私ですら知らなかった……というか予想できなかったことに、キョウヤがアホ面晒して驚いている。……アッ、なんか結構顔の血の気も戻ってきてない? こーゆーのはツバつけときゃ治るって昔の人の言葉は、やっぱり偉大だったんだね……!

 

「おいおいおい……嘘だろ……? 本当にマジで、こいつのヨダレが特効薬だってのか……!?」

 

「そうだよ! 絶対にそう! キョウヤくんは絶対に助かるんだから……ルーちゃん!」

 

 ──ルゥ!

 

 あいよっ!

 

 可愛い娘と……まぁ、そのお友達のためだもの。ママってば一肌脱いじゃうわん!

 

「え……お、おい」

 

 あ、そーれ!

 

「わぷ」

 

 ぺーろぺろぺろ、ぺーろぺろ!

 

 もひとつおまけに、ぺーろぺろ……っと!

 

「………………てめえ」

 

 うーん、文字通り、水も滴る良いオトコ。なんだオイ、私のおかげで随分とまあ男前になったんじゃあないか? どれ、ここはもう一舐め、いいや、三舐めくらい追加してあげたほうがいいんじゃあないか?

 

「めっちゃ薄くなってる……! もう、ほとんど見えない……!」

 

「あ、あとは下半身も! そちらも丁寧に処置をしないと!」

 

「や、やめてくれ! それはマジで……! せ、せめて人がいないところで!」

 

「なぁにを恥ずかしがっているのですか! わがまま言わないで早くズボンを脱ぎなさい! それともなんですか、脱がしてあげなきゃダメですか!?」

 

 うーん、さすがの私もこいつの下半身を舐めたくはないぞ……? いやでも、人命救助のためなら仕方ないのか……? アリサの言う通り、四の五の言ってる場合じゃないのは本当だけど……ええい、チハルちゃんのためだ! 腹ァくくってやらァ!

 

「……ダメ、これだけじゃ」

 

 おん?

 

 チハルちゃん、どした? ちょっとママ、割とマジで今から覚悟決めなきゃいけないんだけど……なんで、そんな据わった目をしているのかしらん?

 

「榊博士」

 

『……なんだい?』

 

「黒蛛病って……全身が侵されるんですよね? もし表面の紋様が消えたとしても……中にはまだ、病気の素って残りますよね?」

 

『ふむ……前例がないから何ともいえないが、その可能性は高いだろう。ルーくんの唾液はあくまで皮膚から浸透しただけに過ぎないのだから、キョウヤくんの体の中にはまだその偏食因子が残っている可能性は高い』

 

「じゃあ……中からしっかり、消毒しないと」

 

『……すでに十分持ち直しているし、こちらに戻ってきてからの処置でも大丈夫だと思うが』

 

「ううん……油断しちゃダメ。やれることは、きっちりやらないと。万が一なんて……起こさない」

 

 あらま。チハルちゃんにしては珍しく、上司の言葉に真っ向から反対している。ただ、それはそれとして中から消毒とはこれいかに? あと、どうして……そんな、ギラついたおめめで私のことを見ているのかしらん?

 

「キョウヤくん」

 

「お、おう?」

 

 明らかにいつもと違う様子のチハルちゃん。

 そんなチハルちゃんを見て、若干ビビっているキョウヤ。

 

 

 

「ルーちゃんのヨダレ……飲もっか」

 

 

 

 ぴし──と、その場の空気が確かに固まった。

 

「は……う、嘘だよな? お前、冗談にしたって笑えねえぞ」

 

「…………」

 

「お、おい……」

 

 チハルちゃんの目は、マジだった。

 

「……やだッ! 絶対それだけはやだーッ!!」

 

「わがまま言わないの! し……死んじゃうかもしれないんだよ!?」

 

「死ぬのは嫌だけれども! でも……さあ! こいつのオラクル細胞を抽出してワクチン作ったりとか! なんかこう注射とか……そういうの、あるだろ!?」

 

「この場ですぐにできるのなんて、これくらいしかないでしょ!?」

 

「大丈夫だってば! すでにかなり良くなってるし! 紋様も消えてるし!」

 

「万が一があったらどうすんの!?」

 

 絶対に私のおよだを飲ませたいチハルちゃんと、絶対に私のおよだを飲みたくないキョウヤ。これも広義で言えば、【やめて! 私をめぐって争わないで!】ってやつになるのだろうか。

 

「わかった、もういい。そんなに言うなら……力づくで、飲ませる」

 

「えっ」

 

「アリサさん、抑えてくれる?」

 

「はい、もちろん」

 

「えっ……ちょ、アリサさん? 触っちゃヤバいですって」

 

「いえ、大丈夫です。グローブも着けていますし、ちょっと表面に触れるくらいならルーに舐めてもらえれば治ります。あなたが証明したことですよ」

 

「う……で、でも! だからと言ってまだはっきりとはわかってないんだから、危ないことには──」

 

「──あなただって、私の可愛い後輩なんですけど?」

 

 ああ、すげえなあ。こんなにもはっきり、しっかりと断言してらっしゃる。有無を言わせないってのはこのことだろう。それにしたってなんだか妙に過保護な気がしなくもないけれども、アリサはもとより、後輩に好かれたいタイプだからな……。

 

「ほら、パパ(ユウ)も手伝って。私たちの可愛い子供(こうはい)のためですよ。さすがに、本気で暴れられたらママ(わたし)だけだと抑えきれませんから」

 

「う、うん……?」

 

「ちょっ!?」

 

 アリサに促されて、神薙ユウさんがキョウヤの右腕をがしっと後ろから抑える。そして当然のように、アリサは反対側の左腕をがしっと抑えた。なんだかすごく誇らしげというか、初めての共同作業感を醸し出しているというか……前みたいに、感応現象で引っ張られている感じがするけれども、気のせいだと思うことにしよう。なんかもう、私も含めていろいろありすぎてテンションがバグっている感じが否めないし。

 

 あと、やーっぱり気のせいでもなんでもなく、マジで神薙ユウさんじゃねえかよぉ……! 今のうちからでも媚売っておいたほうがいいかな……?

 

「く、くそ……ッ! た、たとえ体の自由を奪ったとしても! 絶対に飲まねえぞそんなもん!」

 

 おうコラ。私のおよだを「そんなもん」とはどーゆー了見だぁ?

 

「た、助けてくれ! だ、誰か……!」

 

 アリサやユウより階級が下の人間は……どこか、気まずそうに眼を逸らした。そりゃまあ、上の人間がやろうとしていることには立場的にも実力的にも反対なんてできるはずがない。おまけに今回は、一応はアリサたちのほうが正しいことをしようとしているのだから。

 

 うわあ……エリナちゃんが、マジに同情する顔でキョウヤを見ている。なんかちょっとショックなんだけど。

 

「じゅ、ジュリウスさん……!」

 

「……すまない」

 

 ジュリウスは申し訳なさそうに目を伏せた。ハルさんはおなかを抱えてけらけらと笑っている。リンドウもソーマもどこ吹く風って感じで……そして、残ったコウタとヒロは。

 

「──諦めろ、キョウヤ。こうなったアリサは、梃子でも動かねえぞ」

 

「それに、自分で言ってたじゃないか……【自分の体はどうなってもいい、どんな薬も飲むし、非合法のヤバい人体実験にも付き合う】って」

 

「あ゛っ」

 

『……あ、ああ! 確かに言ってました! 言っていましたよ! ……飲んでください、お願いですから。か、帰ってきたら……また、チョコレートを上げるから』

 

「ちくしょうがァ……!!」

 

 この場にはもう、キョウヤの味方は誰一人としていない。そしてキョウヤは、アリサ、ユウ、コウタ、そしてヒロの四人に体を押さえつけられている。こうなったらもう……その運命は、決まったようなものだ。

 

「ルーちゃん」

 

 きゃっ!?

 

 あらやだ、ウチの娘ってば……だ・い・た・ん・!

 

 まさか、こんな唐突にくちびるを奪われるだなんて! ママってば、ちょっとドキドキしちゃうわァ……!

 

「ち、チハル……? お前、いったい何を……」

 

「んぐ」

 

 まぁ、ぶっちゃけて言うと。チハルちゃんってば、私の下あごに口をつけて唾液を口に含んだってだけだけれども。ロマンチックな感じとか全然しないし、何ならその瞬間も……母と娘のスキンシップってよりかは【覚悟、決めました】って感じの表情だったけれども。

 

 ……絵面てきにはヤバいけれど、ママと娘ならこれくらいふつーふつー。あと割とマジに人命がかかってるしね。

 

「う、うそだろ……お前まさか、そんな」

 

「ふーッ……! ふーッ……!」

 

 お口の中を、私のおよだでいっぱいにしたチハルちゃんは……据わった目で、動けないキョウヤを見つめている。口いっぱいにおよだがあるせいで、しゃべることもできなければ息をするのも難しいのだろう。鼻息……鼻息か? ともかく、なんか息が荒くて凄まじい形相になっている。

 

 で、まあなんだ。

 

 ここまでくれば……キョウヤにどうやって飲ませようとしているかなんて、誰でもわかる。つまりはまあ、そういうことだ。

 

「や、やめとけって……ほら、やって良い冗談とダメな冗談があるだろ?」

 

「…………」

 

「ほ、ほら。今すぐペッてしろって。あんま無理する必要ないからな?」

 

「ちょっとうるさいので、鼻つまんでおきますね」

 

「んぎゃっ!?」

 

 ああ、チハルちゃんがすごい上機嫌にサムズアップしてる。

 

 ……やっぱチハルちゃんってば、そーゆーことなのかなあ。なんだか嬉しいような寂しいような、複雑な気分だっていう……。

 

「んん-っ! んんーっ!」

 

「ふーッ……! ふーッ……!」

 

 とうとうチハルちゃんが、キョウヤの顎をがしっとつかんで。

 

 だんだんと、顔が近づいて行って。

 

「おっ」

 

「きゃっ!」

 

「わ、わぁ……」

 

 ──これ以上は、さすがに野暮だからやめておこう。空気の読めるママは、ひっそり陰から見つめるだけにとどめておく。

 

 ただ一つ言えるのは──キョウヤが黒蛛病で死ぬことは絶対になくなったってことだけ。これにて全部解決。一件落着。めでたしめでたし。とっぴんぱらりのぷう。以上ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 ……だいぶガチなの、ナマで見たのは初めてかも。なんだか年甲斐もなくドキドキしたっていう。





 全然関係ないですけど、いつぞや食べた真鱈の白子の天ぷらが美味しかったです。あと、クジラの睾丸も美味しかったです。
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