『それこそが私の戦場で──組織という群れにおける、私の役割なのだから』
アナグラのロビー。大きな大きなモニターには、記者会見をしているグレムが映っている。その隣にはどこかおどおどした様子の九条もおり、そして二人ともが顔に大きな白いガーゼを貼っているせいで……なんだか奇妙な雰囲気になっていると思えないこともない。
「ひゃあ……いったい何人、来てるんだろ……?」
「下手したら百人くらいはいるんじゃないか?」
チハルの隣に腰かけたキョウヤが、缶ジュースをちびちびと飲みながら答える。その額にあったはずの赤黒い紋様はすっかり消え去っていて、紋様どころか傷の一つ、染みの一つもない。いつもの上着の下はいつものインナーで……スパンデックスの特性スーツも着用していなかった。
「しっかしまぁ、なんだ……あのおっさん、感じ悪い奴だと思ったけど意外と良い人じゃねえか。マスコミ相手にあそこまでしっかり啖呵を切るような人間だとは思わなかったぜ」
「──いえ。アレは全力で保身に走っているだけですね」
「こういうの、あの人すごく得意だから」
「……お」
聞き覚えのある声。チハルとキョウヤが振り返ってみれば──そこには、シエルとヒロ、そしてレアが連れ立ってこちらに歩いてくるのが見て取れた。
「隣、いいかな?」
「おう」
少し腰を浮かして、チハルとキョウヤは三人が座るペースを作る。どうやら三人とも、もともと休憩するつもりだったのだろう。三人ともがキョウヤ達と同じように片手にジュースを持っていて、そしてようやく一心地が着いたと言わんばかりにゆったりと顔をほころばせていた。
「でっかいヤマが終わったばかりだってのに、仕事してたのか?」
「まぁ、ね。ラケル博士やジュリウスがグレム局長の記者会見の手伝いにかかりきりになってる分、今回の件の報告書とかはこっちでまとめる必要があって……」
「副隊長様は忙しいんだな……」
「ははは……ホントにね。特に今回は、あらゆる意味でいろんなことがありすぎたし……」
前代未聞の大規模なアラガミ侵攻。それだけでも後処理含めて大変なことになるというのに、その中でも想定外の事態があまりにも起きすぎた。本来であれば、対外向けの記者会見なんてやってられない──そんなことをする時間があるなら、もっと別のことに時間を使いたいというのが関係者全員の本音だろう。
「珍しく、ジュリウスがボヤいていたよ……。『何の成果も得られない記者会見の準備をするなんて、これほど無駄で空虚なことはない』って」
「おま……そりゃ、だいぶ重症だな」
「でも、記者会見も何とか無事に終わったんだし、一応はすこしはゆっくりできる……んだよね?」
「そうなったら、いいんですけどね」
静かに小さく喉を動かしながら、シエルがつぶやく。ロビーのモニター──今は記者会見の解説をしているニュースが映っている──を見て、どこか意味ありげに言葉を紡いだ。
「もしかすると……この記者会見をきっかけに、余計に忙しくなる……かも?」
「えっ……そ、そうなの?」
「確かに記者会見にしては言い方が乱暴だった気がするけどよぉ……。どう見ても”してやられた”のはマスコミのほうだろ?」
先ほどまで続いていた記者会見。フェンリル側の対応に不備がなかったのかと突くマスコミを、真っ向から返り討ちにしたグレム。チハルやキョウヤから見てもグレムの態度はあまり褒められたものではなかったが、しかしそれでも、話の筋道自体はグレムのほうがしっかりしていたように思える。
それなのに、いったいどうして……【余計に忙しくなる】のか。
「先ほど言った通り、あの記者会見は……グレム局長の、全力の保身です」
「そーかぁ? そもそも、改めて考えるとそんなに突かれるようなこともなかった気がするが」
「神機兵を九条博士が動かしてしまった……というのが、グレム局長にとっては大きな問題になるのですよ」
「……ぬ?」
「……アレか? 実は部下が全部勝手にやりましたってことがバレたら、今回の功績全部が横取りされると思っている……とか?」
あの日。本来は待機するだけのはずだった神機兵を出撃したのは、紛れもなく九条だ。そして結果論とは言え、九条のその決断があったからこそ、ティターニアの討伐をすることができた。グレムは逆に神機兵の出撃には断固反対の立場であり、もし九条がそれを厳守していたら……おそらく、この極東は滅んでいたことだろう。
ついでに言えば。
チハルもキョウヤもあまり詳しくは知らないが──その中で、グレムと九条は
「実際は何もやってない……というか、作戦本部にすらいなかったからなあ。偉そうなこと言える立場じゃないよな」
「九条博士の手柄になってしまう、というのもありますが……それ以上に、部下の制御も、指示も監督もできない愚物と自ら公言するようなものですからね」
「……あ」
「結果的に作戦が失敗であれば、錯乱した現場が勝手にそうした……と言えないこともないですが。それでもやっぱり、作戦が失敗している以上責任の追及は免れません」
作戦が成功しても、実際は自分はなにもやってない──どころか、部下の制御もできていないと公言するようなもの。
作戦が失敗したら、当然最高責任者としての責任を追及される。
そう、あの時九条がグレムの命令に背いて動いてしまった段階で。
グレムは、かなりの窮地に追い込まれていたのだ。
「さて、それを踏まえたうえで……神機兵を動かしてしまった以上、グレム局長が生き延びるには作戦の成功は必至です」
「そっか……勝手に動かれた上に作戦も失敗したんじゃ、目も当てられないもんね」
「……ん? 待てよ、その理屈だと……【部下が勝手にやって】、【作戦も成功した】ってのは、グレム局長的には最悪一歩手前くらいには悪い結果なんじゃないか?」
【自分が指示して】、【作戦は成功した】なら最善の結果だ。
【自分が指示して】、【作戦は失敗した】なら、状況次第ではあるものの、少なくとも管理責任を問われることはない──業務フローとしておかしくないし、想定されうるものではある。
【部下が勝手にやって】、【作戦は失敗した】場合は、監督責任は問われるが、作戦失敗に対する責任の大半は部下のものと受けとる人間が大きいだろう。
そして、【部下が勝手にやって】、【作戦は成功した】場合──特に今回は、グレムと九条で真っ向で意見が対立しており、そしてグレムは何もしていない。つまり、グレムの管理能力にも業務遂行能力にも疑問が生じる結果となってしまうのだ。
「ええ、その通り……だからせめて、自分で指示したということにしないといけない。自分がそれを承認したということにすれば、なんとか立場も保つことができる。ですが」
「うん?」
「損失が大きいというのは事実だからね……特にあの人は根っからの経営者だから、自分の責任として大赤字になることが、耐えられないのよ」
今回の事件に対応するためにかかったありとあらゆる費用。普通のアラガミ対応とは規模は比べるまでもなく、そしてイレギュラー的に発生した案件であるために、必然的に対応は後手に回りがちだった。それだけでも気の遠くなるほどの費用が発生しているのに……虎の子の神機兵の多くが、失われてしまっている。
少なくとも、対外的には……【神機兵は100体以上壊れた】ということになっているのだ。
「あれ……でも、蒼い神機兵ってアラガミ喰えば再生するんだろ? 元の神機兵に戻らないって意味では修復不可だけど、実質的には超改良した新型機体になってるよな?」
「そうだとしても、それをそのまま公開なんて……いろんな意味で、できないわよ」
「……まぁ、確かに」
「ゆえに、グレム局長はこの抱えた【大赤字】を少しでも減らす対応をとる必要があった。その方法の一つが──感情論に訴え、地域住民を味方につけ、そしてマスコミを悪役にすることなのです」
「……あ」
「自身の損失を厭わず、全力でみんなを守ったということにした。みんなで頑張った結果の、最善の行動であったと繰り返した。実質は現場がやったことであったとしても、その責任はトップである自分が取るという覚悟も示して見せた」
「そ、その通りだけど……! でも、言い方とかが違うだけで、実際は何も変わってない……!」
トップとして責任を取るのは、当然のことだ。そして今回の場合、トップとして責任を取らないとより批判の的とされてしまう。だからトップとして責任を取らざるを得ない……けれど、そこに感情論を持ち込むことで、本来であればやって当然のことに、まるで大いなる決断を持って臨んだかのような意味を持たせることができるのだ。
「過程はともあれ、この結果だけを見れば……グレム局長を悪く言うのは難しい。処罰をすることすらできなくなるかもしれない。そんなことをしたらただでさえ悪いフェンリルの心証が、もっと悪くなる」
「うわあ……」
「実際、すごく印象が良かったでしょう? それも、あえてこういう表現をしますが……現場受けしそうな感じで。神機使いから見ても、現場の人間から見ても、地域住民から見ても……誰から見ても、そして知らない人であればあるほどグレム局長は【良い人】に見えるんですよ」
グレムを知っている人間の視点で見ると、【意外といいやつなのかもしれない】……という印象を受ける。
グレムを知らない人間の視点で見ると、【現場のことをよくわかっていて、率先して責任を取るタイプだ】……という印象を受ける。
そう、どちらに転んでも。
グレムの印象は──【良い人】となるのだ。
「……なあ、グレム局長が心変わりしたかのような発言をした理由はわかったけどよ。結局、忙しくなるってのはどういうことだ?」
「──他所の支部からの、干渉ですよ」
「……ぬ?」
「最悪の状況よりかはマシになった……少しはリカバリーできたとはいえ、グレム局長の権力が揺らいでいるのは間違いありません。そして今、フライアには他所の支部にとって喉から手が出るほど欲しい技術がある」
「……蒼い神機兵、か」
マスコミに対しては秘密の技術であったとしても、同じフェンリル内部であれば、ある程度の情報はどうしても報告せざるを得ない。フェンリル本部であれば……いいや、他所の支部であっても蒼い神機兵の概要を掴むくらいは難しいことではなく、そして概要だけであったとしても、その有効性に気づかない人間はいないことだろう。
「で、でも……! 欲しいのはわかるけど、あげる理由なんてどこにもなくない……?」
「…………緊急事態に対する増援を、貸しにするってことか」
ヒロのつぶやき。それはまさしく、シエルの考えと同じものであった。
「ええ。実際は個人的に力を貸しただけであったにしても、それを切り口に『一枚かませろ』……くらいは、あるでしょう」
「うわあ……ありそうだって思えてしまうのが、悲しいぜ……」
下っ端であるチハルやキョウヤは噂でしか知らない──いいや、下っ端である二人でさえも噂として知っている事実。フェンリル本部はいろいろもろもろ黒い噂が絶えず、表向きはきれいごとを言っている上層部は、裏では実はかなり派手にバチバチとやりあっているらしい。支部同士での対立もないわけではなく、いわゆる権力闘争みたいなことが当たり前のように行われているとかいないとか。
「そっか……だから、これから忙しくなるのかあ……」
「ほかの支部の偉い人も、大なり小なりウチの榊博士やラケル博士みたいな人間ってことだろ? あの記者会見の内容を見れば、その裏なんて当然見抜いてくるか……」
「……でもシエル。グレム局長だったらそんなの全部返り討ちにしそうだけど」
「ええ、そうでしょうね──というか、すでにもう反撃してますよ」
「「えっ」」
他所の支部からちょっかいをかけられるのはほぼ確定。それはフェンリル関係者であれば誰にでも予想できることだ。もし二の足を踏んでいるところがあったとしても、あの記者会見を見れば裏事情なんて簡単にわかってしまうことだろう。
そう──記者会見は、ついさっき終わったばかりなのだ。それなのに、グレムはすでに反撃をしているとシエルは言っているのである。
「ど、どういうこと……? もしかして、シエルちゃんも裏で何かやってるの……?」
「お、俺何も聞いてないよ……?」
「ふふふ……そうではなくて。ほら、グレム局長と榊博士の連名の嘆願書があったでしょう?」
「嘆願書ぉ? アレって単純に、命令を無視してウチを助けてくれた神機使いを処罰しないでくれーってやつじゃねえか。あんなのに何の意味があるんだ?」
「……ああ、そういうこと!」
ぴん、と何かに閃いたのは──シエルの隣で話を聞いていた、レアであった。
「レア先生は、おわかりになったようですね」
「ええ……まあ、本当はあなたより先に気づいておくべきだったのかもしれないけれど」
こういう腹の探り合いは、あんまり好きじゃないのよね──なんてぼやきながら、レアは解説を待つ三人に向かってゆっくりと話し出した。
「単純な話よ。他所の支部が助けに来た神機使いをネタにしてこちらに干渉してくる場合──もし彼らを処罰なんてしたら、彼らが命令無視をしたと認めることになるじゃない? それってつまり、彼らの行動はあくまで個人的な助力であると認めることになっちゃうわ」
「あ……そっか。貸しにするなら、あくまで自分たちが指示して送り込んだことにしないといけないんだ……」
「そうそう。だから、彼らからしてみれば神機使いたちを処罰するなんて最初からできないのよ。そうすれば、正式な救援であると言い張れる余地が残る」
「神機使いを処罰して蒼い神機兵を諦めるか、神機使いを処罰しないで蒼い神機兵を取るかなら……そりゃあ、神機使いを処罰しないほうがどう考えても美味いよな。むしろ、そうしない理由がねえや」
「でしょう? でも、この展開はグレム局長としては
「……ぬ? 嘆願書って、処罰しないでほしいってお願いするやつですよね……? グレム局長は、神機使いを処罰してもらったほうが都合が良いんじゃ……?」
「そこが面白いところ……って言っていいのかしら? ほら、よく考えてみて? もし、嘆願書が出たうえで神機使いが処罰されなかったら……どうなるかしら?」
神機使いを処罰したら、彼らの行動が個人的なものだと認めることになる……つまり、正式な命令ではなかったと認めることとなり、アナグラやフライアへの干渉はできない。
神機使いを処罰しなかったら、彼らの行動は正式なものだと言い張れる余地が残る……つまり、アナグラやフライアへ干渉できる可能性がでてくる。
そして、ここに【嘆願書】というファクターが加われば。
「……あっ!?」
「きょ、キョウヤくん……?」
「そういうことか……! やっぱあのおっさん、とんだタヌキジジイじゃねえかよ……!」
「ど、どういうこと……?」
「嘆願書が出された上で、神機使いを処罰しなかったら……そりゃあ、嘆願書のおかげだって誰もがそう思う。グレム局長の思いが伝わって、人情的なアレコレがあって寛大な措置をした……って、みんなそう思うだろ?」
「う、うん……だって実際、そういうことでしょ?」
「……でもそれって、嘆願書の内容は認めたってことじゃねえか。神機使いが命令を無視して動いたって……正式な命令じゃなかったって、認めたってことじゃねえか!」
「……あーっ!?」
「そ、そうか……もともと貸しを作るために処罰するつもりなんてなかったとしても……嘆願書が出された時点で、周りからは命令無視を認めたって受け取られてしまうのか……!」
そう、つまり。
神機使いを処罰してもしなくても……彼らの命令無視だけは、認めたということになってしまう。嘆願書とか関係なく、利益のために黙って見過ごそうとしても……周りから見れば、そういうふうにとらえられてしまうのだ。
「あの時助けに来てくれた神機使いは……そのほとんどが、処罰を恐れて名前を明かさなかったと聞きます。嘆願書が出された以上、彼らを貸しとして扱うことは非常に難しい」
「は、はは……」
「公式手続きを経て名前を明かしていた神機使いであれば、嘆願書は関係ありません。だから無理やり正式命令であったとねじ込むことはできますが……そういった方々は、もともと正当な理由があるから堂々と名前を明かしていたわけで」
「今更後付けで、【実は救援でした】……なんて言っても、誰も信じねえよなあ。少なくとも、【世界の果てから助けに駆けつけてくれた】っていうのに比べると、貸しに使うには明らかに
結果として、グレムは。
蒼い神機兵の権益を守りつつ──そして、人情に篤い人徳者としてのイメージを掴むことに成功している。ただでさえフェンリルの心証が悪い中で、グレムだけは権力や利益ではなく、組織としての責任を果たしながらも、人々や神機使いのことを一番に考えている……と、そういうふうに見て取れる状況を作り上げたのだ。
「たぶんだけれど……榊博士は、純粋に神機使いを助けたかっただけでしょうね。駆けつけてくれた子たち、ここで働いていたことのある子が多かったって話だし」
「利益的に考えて、処罰されることはないと確信していたとは思いますが……グレム局長の思惑と利害が一致したために、協力したといったところでしょうか。……私の個人的なイメージですが、あまり榊博士らしくない策に見えますし」
「絶対そうだよ……! 榊博士なら絶対、助けに来てくれた人たちを見捨てるような真似しないもん……!」
「それにあの嘆願書は、【フライアとアナグラは同盟を組んでるぞ】って証明みたいなもんだ……! 他所の支部からしてみりゃ、これだけで手が出しづらくなる……!」
「は、はは……でも正直、グレム局長がここまで頭がキレるなんて思ってなかったや……。嘆願書の準備をしていたってことは、記者会見でああいう質問がくるって最初から予想していたってことだし……」
呆然とし過ぎて、もはや乾いた笑みしか浮かべられないヒロ。そんなヒロを見て──レアが、可愛いものを見たと言わんばかりに妖しく笑った。
「あら。もしかしたらあのマスコミも、グレム局長の仕込み……かも?」
「「えっ」」
「そうですね……。言われてみれば、【管轄範囲外で勝手に行動した神機使いがいる】というのも、【軍規違反だ】と指摘するというのも……普通のマスコミにしては、いささか詳しすぎる気もします」
「お、おいおいおい……嘘だろ……?」
「民衆からしてみれば、フェンリルの軍規も神機使いの管轄もどうでもいいもの。助けてくれるなら誰でもいいし、なんなら規則を破ってでも助けに来てくれた人のほうに好感を持つ。ましてや、普段ろくに助けてくれない人よりも……そっちのほうが、好感度は高いはずだわ」
「た、たしかに……いや、でも! あの時のマスコミは、どっちに転んでもこっちの失言になるように誘導してなかったか……? それに、質問していたのは何人もいたぞ……?」
「…………あの時発言したマスコミ全員が、仕込みだったとか?」
ありそう。
チハル、キョウヤ、そしてヒロ……三人ともが、シエルのその言葉に心の中で全力で同意した。
「縄張りやシマを気にするのなんて、フェンリル内部のトップ層くらいだもの。それに命令無視が軍規違反としてどれだけ大きなものなのかをある程度理解できている時点で、全く無関係の第三者って可能性は低いかもね」
「じゃあなんだよ……あの記者会見、グレム局長を追い詰めているように見えて……実際は」
「追いつめるどころか、イメージアップと権益を守るためのキラーパスを投げまくっていたってことか……。それも、ほかの人にはバレないような自然な形で……」
「そ、そこまでするの……!?」
「そこまでするわよ。あの人、あんな性格だけど伊達に偉くはないもの。あの胸にたくさんついている勲章や実績を見れば、この手のことにめっぽう強いというのも納得できるんじゃないかしら?」
「いろんな意味で、良くも悪くも実利的な人ですからね……目的のためなら、ためらわずに全力でそれをする。……もしかしたら、九条博士が神機兵を動かした時点でこの場面を想像していたのかも」
グレムがどの時点で、この絵図を描いていたのかはわからない。けれど、グレムほどの人間が全く何も考えていないというのもありえない。それこそ本人が言っていた通り、こういうのはグレムが得意とすることで、グレムは今までずっとこういう場所で戦い続けていたのだから。
「み、味方だったら頼りになる……って、言っていいのかなあ」
「お互い利用できるうちは、って言ったほうがいいんじゃねえか? 実際、俺たちよりも神機兵を優先していたじゃないか」
「……だね。神機兵を守るために、シエルを赤い雨の中に置いてけぼりしようとしたこともあったし」
「「えっ」」
「む、昔の話ですよ……? そ、それに、結果的にはそれも悪くはなかった、ので……」
「だとしても、アレはないわよ……。あの話を聞いた時は、本気でブン殴ってやろうかと思ったもの……。正直、今でもあれだけは許せないわ」
結論。どこまで行ってもグレムは利益だけを求める経営者だ。だから、利益になることには全力になるし、利益にならないものは容赦なく切り捨てる。行動方針が明確に定まっている分、動きが読みやすいというのは明確な利点……かもしれない。少なくとも、付き合い方を覚えてしまえば、お互いに利用しあう関係くらいにはなれるのだろう。
「……ま、あの人は何を考えているかわかるだけマシなのかしら。……同じ腹の探り合いでも、ラケルや榊博士は何考えているか本当にわからないんだもの……」
「あー……何かを考えているってことはわかっても、その意味が分かんないって感じっすかね」
「そう! それ! 考えを悟らせないんじゃなくて、考えがわかってるのに意味が分からないの! ラケルに至っては、普段からよくわかんないことブツブツつぶやいたりしてるし……!」
「ウチの榊博士も、一人で勝手になんか納得したりしてるよなあ」
「自分の中で考え事するだけならいいのよ! その考えを周りにわかるように伝えないのが問題なの! 言っている言葉がわからないんじゃなくて、どうしてそういうことになるのか……その過程が大事なのに、それを飛ばして話すから……! わかって当然みたいな感じで、こっちにも同じだけの理解力を求めてくるのが本当によくないの……ッ!!」
「れ、れ、レア博士……? その、お顔がちょーっと怖いような……?」
「もしかして、一番ストレスを抱えているのってレア博士なのかもなあ」
フェンリル極致化技術開発局の開発室長として神機兵開発の全体統括を行いつつ、言っては何だが割と周りを振り回しがちで何を考えているのかわかりづらいラケルの相手もして。おまけに技術的な業務だけでなく、組織運営の絡みで局長であるグレムとのやり取りもして……となれば、その責任もプレッシャーも、そしてストレスもすさまじいものがあることはもはや疑いようがない。ましてやレアは、まだ28歳の──本来であれば、十分若手と呼べる年齢でもあるのだから。
「……シエル。それにチハルちゃんも……ちょっと、こっちに来てちょうだい」
「え……レアせんせ……わぷ!?」
「ちょ、ひっぱら──むぎゅ!?」
「あああ……やっぱり、人肌って落ち着くわぁ……! もう、ずっと抱きしめていたいくらい……! 特にあなたたち、あったかくて本当に抱き心地がいいもの……! ラケルが抱きしめたがるのも、今ならわかるわ……!」
「むーっ!? むーっ!?」
「んーっ!? んーっ!?」
「ふふふ……懐かしいわね……! 私、お人形をぎゅーって抱きしめるのが大好きだったのよ……!」
シエルとチハルを、レアは一心不乱に抱きしめている。右腕でシエルを、左腕でチハルを捕まえて……二人の頭を自分の胸に押し付けるようにして、ぎゅっと抱きしめている。なんだかとっても妖しい雰囲気に見えないこともないが、レアの表情はまるで無邪気な子供のようで、ここしばらく見たことがないほどの穏やかな笑みを浮かべていた。
「……俺にもやってくれねえかな?」
「さ、さすがにチハルに怒られるんじゃない?」
「何だよお前、うらやましくないのか?」
「…………」
うらやましいかそうでないかで聞かれれば、間違いなくうらやましい。
けれど──それを言葉にすることなんてできるわけがない。これが男同士だけならばまだしも、よりにもよってこの場で──この二人がいる前で話すだなんて、それはもはや精神的な自殺行為に等しいものだ。
「お、女の子同士でイチャイチャするのもまた良いものだ……って、ハルさんも言ってたじゃないか。シエルとレア博士は昔から仲が良かったわけだし、俺の出る幕はないよ」
「でもよぉ……チハルばっかり役得ってずるくない? 【あったかくて、やわらかくて、すっげー良い匂いしたあ】……って、俺毎回聞かされてるんだぜ? きっと今回だってそうだ……いや、今回はたぶん、もっと」
「ははは……」
「俺とチハルは同期入隊なんだから、立場としては同じだろ。お前とシエルも、ブラッドっていう同じ家族なんだから、レア博士からしてみりゃ妹か姪っ子か、まぁそんな感じなわけだ」
「……」
「だから俺たち二人とも──レア博士にぎゅっ! ってしてもらえる権利があるんじゃないか……?」
「キョウヤ、キミも疲れてるんだよ……」
ヒロはレアたちを心のカメラにしっかりと収めてから、そっと視線を逸らす。このままずっと彼女らを見ていたら、なんだか後でとっても怒られるような気がしてならなかったのだ。
「……でも、ストレスか」
「うん?」
「……いや、レア博士のストレスについてはちょっと考えたほうがいいかもなって。ここのところずっと休みなしで働いていたし……ううん、レア博士だけじゃなく、俺たちみんな、少しくらい休憩してもいいんじゃないかな?」
「おん? アレか、おつかれさま会でもやるってか?」
「うん。今度こそ──みんなでピクニックでもしたいなって。前の予算とか、丸々残ってるしね。それにほら、例の女子会にキョウヤ達の入隊二周年のお祝いだって結局やれてなかったんだろう? ここらで全部まとめて、パーっと騒ぐってのもありじゃないかな?」
もう半年ほど前に企画して結局そのままになってしまった、入隊二周年のお祝い。そしてやっぱり、企画したはいいものの流れてしまった女子会もといピクニックの計画。お祝いやパーティーなんてそもそもが滅多にできるものでもないのだが、そんな滅多にできないお楽しみイベントが、ここ数か月で立て続けに中止になってしまっている。
これは、あまりにももったいない──口惜しいことと言えるだろう。
そしてなにより──そんなことがなかったとしても、ティターニアの討伐というのはそれだけでパーティーを開催してもいいくらいの大きな出来事だ。そう、パーティーをやる理由はいくらでもあっても、やらない理由なんてあんまりないのである。
「どんちゃん騒ぎは願ってもないが……でもなあ」
「何かひっかかることもであるのかい?」
「いや……なんか微妙に、縁起が悪いというか。前だってほら、そういうことを計画した矢先に……なあ?」
変なジンクスになってそうで怖いんだよ……と、キョウヤがわざとらしく肩をすくめた。
「大丈夫だよ、きっと」
気安い感じでキョウヤの肩をポンと叩いて。
そして──真っ赤になって目をぐるぐる回すシエルとチハル、そしてうっとりとした表情で二人を抱きしめるレアを見て。
ヒロは──くすくすと、楽しそうに笑って言った。
「だってもう──心配することなんて、何もないんだから!」
レアせんせーにぎゅっ! ってしてもらいたいです。
シエルちゃんにぎゅっ! ってしてもらいたいです。
リッカさんにもぎゅっ! ってしてもらいたいです。