「俺たちが見たエリックは──感応能力によって顕在化した
ブラッドアーツは意志の力によってオラクルを顕在化させる。そして、オラクルをどのように顕在化させるのかは──使用者の意志に委ねられる。オラクルという不定形のエネルギーに対し、意志という志向性を与えることで顕在化させ、その実体を形作ると言ってもいい。
「キミたちの意志──彼らに対する追憶が元になってオラクルが顕在化しているのであれば、当然キミたちのことを知っているし、キミたちが知る彼らの通りに振る舞うだろう。やっていることの原理はブラッドアーツと同じなのだから、アラガミへ攻撃することも可能だ」
「だ、だからエリックが言いそうなことを言った……俺たちが、エリックならそう言うと思っていたから……」
「遠距離攻撃ができる仲間が欲しい──そんな意志にオラクルが応えたと考えれば、一応の説明も付く」
「で、でもよ! エリックはともかく、ナナはケイト・ロウリーのことを知らなかったんだろ!? ギルだって、香月ヨシノとは出会ってすら──!」
「──ルーくんのリンク能力で、あの場にいた全員が
「……あ」
「はぐれたナナくんを助けてほしいと、無意識にギルくんが祈った。無意識にギルくんが頼った人間が──頼りになると認識していた人間がグラスゴー時代の隊長であった人間であっても、不思議はない」
「だから、ナナの元にケイト・ロウリーが現れた……?」
「同じく、ギルくんの無事を無意識に祈ったナナくんだが……ナナくんの場合、【自分が知っている中で、あの場にいない最も頼りになる神機使い】のイメージが母親だったのかもしれない。そうでなくとも……人間は、母親に対し絶対的救済者という印象を抱くものだ」
「……
「少なくとも、イメージの核にはなっただろうね。ただ、あくまでイメージはイメージだ。今となっては検証のしようもないが、細かいところは不自然にならないように補正がかかっているかもしれない。人間の脳にはもともとそういう機能が備わっている」
本当に香月ヨシノがそのまま蘇っていたとしたら、彼女の神機では旧式すぎてアラガミに太刀打ちできないだろう。何年も更新していない神機では、たとえ相手がオウガテイルやザイゴートであっても碌なダメージは入らない。進化し続けるアラガミに対応できる神機もまた、同じく進化し続けている──たとえ見た目が同じでも、その根本的な性能が天と地ほども異なるのだから。
「あとは……リンドウくんたちは、ティターニアに対して東の方向に配置されていただろう? 東の方向というのは、つまり」
「……最もアナグラからの救援を送りにくい場所だ。ここから直接向かおうとしても海になってるから陸路じゃ向かえないし、空路じゃ砲撃に晒される。救援を向かわせるとしたら、西側から陸路でティターニアを迂回するように動かないといけない。だから、ベテランの俺とソーマが東に配置された」
「うむ。一方で、アナグラに近くて万が一の救援をすぐに出せる南側には、チハルくんやエリナくんらが配置されていたわけだが……他支部からの救援が来る場合にも」
「……! 救援が来るとしたら北か西じゃねえか……! 俺たちのほうに……
リンドウたちが配置されていた、ティターニアから見て東の方向。そのずっと東には、どこまでも広がる果てしない海が──太平洋が広がっている。だからこそこの地域は極東と呼ばれているのであり、太平洋を越えて救援が来るなんてこの時代では絶対にありえない。
一応、北側からやって来た救援がリンドウたちと合流する可能性もゼロではないが……その場合は、北北東で戦っていたヒロたちと出会うことになるだろう。少なくとも、リンドウたちの後ろから救援がやって来るということだけはないはずなのだ。
「感応現象で生まれた存在って、ほぼ確定的じゃないか……」
「……うむ。東側に近づいた飛行機もヘリコプターも確認していないし、そう考えるのが一番しっくりくる」
「じゃあなんだ、やろうと思えば……また、あのエリックたちと会えるのか……?」
「……理論上は、ね。ただ、これはあくまで私の推測に過ぎないということを忘れないでほしい。加えて言えば……彼らは、ここまで追い詰められないと出てこれなかった」
「……俺たちみたいな感応能力が極度に高まっている神機使いが、本当の極限状態にまで追い込まれなければ発現しない……あらゆる意味で、生半可な気持ちじゃ生まれない存在なのか……」
「それに……仮にエリックくんたちを呼び出せたとしても、結局は自分たちの想像で作られたものに過ぎない。それらしい反応を示すだけの、いわば」
いわば、人形遊びみたいなもの。自分たちが知っている、自分たちが期待する通りの反応は示すが、それは決して本人ではない。おそらくそれは、その幻影と触れ合えば触れ合うほど突きつけられる事実で──それに気づいたときは、きっと。
「あああ……ッ!! 納得も理解もできるし、すっきりはしたけどよぉ……! それ以上に悩みの種が増えちまったじゃねえか……!」
「たとえ空虚なる幻影でも、あの人にもう一度会いたい──そんな気持ちは、誰にでもあるからね。それを幻影だと割り切れればいいのかもしれないが、そんなことができる人間なんて、果たして存在するのやら」
「…………エリナにもソーマにも、言えねえよなあ。言ったところで良い結果になる想像ができねえや」
「だね。しいて言うなら……戦闘で本当に困ったときだけ助けてくれる、いつでも我々を見守ってくれる存在だ……みたいに、曖昧に答えるくらいだろうか。実例が出ているうえに、キミに至ってはその理屈も理解してしまったんだ。今後、同じように彼らが現れる可能性は十分にあり得る」
「意志の力に応えて様々な現象を起こすのがオラクルの性質だもんなあ……! 想像できることなら、いくらでも実現しかねない……!」
「いやあ……私も、秘密の共有相手ができてほっとしているよ。どう考えても、こんなの一人じゃ抱えきれない。キミのほうから聞いてくれたのは、本当にありがたかった」
「……おい」
「……別に、ごまかすだけならそこまで難しくはないんじゃないかい? キグルミを着た神機使いが暴れていたという証言もあるし……【身元不明の神機使いが助けてくれた】というのも、一番最初に言ったのはキミだろう?」
「…………ハンニバル神速種のときか。……いや、待ってくれ」
あの日。アラガミ化によってほとんど正気を失いかけていたリンドウは──やたらと動きの速いハンニバルの変異種と戦うことになった。そのハンニバルはリンドウがハンニバルを狩り過ぎた影響で生まれた特異個体であり、リンドウ一人では倒せないほどに強力な個体であったわけだが……リンドウの朧げな記憶の中には、その討伐に協力してくれた神機使いが確かにいる。
結局、その神機使いとはハンニバル神速種を倒したきり会えてはいない。あの時は自分の正気が少しでも残っているうちに逃げろと叫ぶのがやっとで、名前を聞く余裕なんてあるはずもなく、そして顔すらほとんど覚えていないのだ。
一連の事件が終わった後に、リンドウは命の恩人に礼をしようと考えたのだが──記録を洗ってもそれらしき人間は見つからず、今に至っている。そういう意味では、【正体不明の神機使いと出会う】、【一緒に戦った神機使いを探しても見つからない】というのはリンドウ自身も経験している、ありふれた(?)話ではあるのだが……。
「あの時助けてくれた神機使い、今から思えば確かにブラッドアーツ使ってたんだよなあ……!」
「三年前なら、誰も使えるはずがないねえ」
「んで、アラガミ化した俺は極度に感応能力が高まっていて、これ以上にないくらいの極限状態だった……と」
「感応能力はもちろん、オラクルの外部出力器官も物理的に生成されていたねえ」
「…………あの時助けてくれた神機使いって、俺の意志で顕在化したオラクルだったのか?」
あの時期に、不自然に殉職した人間はいない。それはリンドウ自身も調べている。そして、あの時期にハンニバルと戦闘をして報告をしない神機使いもいるわけがない。何より、極東所属の神機使いでリンドウが知らない人間も、リンドウを知らない人間もいるはずがない──そのうえ、あの時代に使えるはずがないブラッドアーツも使っていたのであれば。
それはきっと──今回のように、リンドウ自身の意志に応えて顕在化したオラクルである可能性が非常に高いのだ。
「俺は……いない人間をずっと探していたのかよ……」
「あくまでそういう可能性もある、というだけさ。もしかしたら、かつてのキミと同じように【デート】をしていた神機使いという可能性もあるし、あの時のキミはほとんど正気を失っていたんだ。肝心なところを勘違いしている可能性もある」
真実は誰にもわからない。
わからない、のだが……一応はちゃんとした説明ができてしまい、そしてそれ以外に筋道の通った説明ができないのであれば、それはもう事実上の真実といってもいいものになってしまうのだ。
「くっそ……! やっぱりまだまだ、この事件にはわかってないことがあったんじゃねえかよ……!」
「あまり大っぴらにはできないことであるのは認めよう……さて、せっかくブラッドアーツの話が出てきたのだから、それに関連して話そうと思うのだが」
「やっぱまだ終わらないのか……」
「……話のお供に、お茶請けも出そうかい? あまり、好みに合うものはないかもしれないが」
「いや、いい。なんか余計に喉が渇きそうだ」
少しばかりぬるくなってしまったオレンジジュースをちびちびと舐めて。
半ば諦めの境地に至ったリンドウは、視線だけで続きを促した。
「ははは、そんなに身構えないでくれたまえ……話したいのは、ロミオくんの《血の力》についてだよ」
「お」
ロミオの《血の力》は、まだ目覚めていないというのが共通認識だ。一応、すでにその下地はできているというか、いつ発動してもおかしくないという状態ではあるし、何なら今回の任務を通してブラッドアーツも使えるようになっているものの、本人にもまだ目覚めたという自覚はない……というのが、リンドウが聞き及んでいる事実となる。
「何かわかったのか?」
「うむ。実は、ちょっと意外な方向からその正体がつかめた……と、思ってる」
「意外な方向?」
「──例の、蒼い雷だよ」
蒼い雷。この報告書にも記載のある、ルーの力を借りて放つことができる人智を超えた力。上手く使えば新兵が接触禁忌種を倒すことも可能なその力に、ロミオの《血の力》を探るヒントがあると、榊は確かにそう言ったのだ。
「蒼い雷の威力は、キミも知っての通りだ。だけど……普通の雷にしては威力が高すぎるし、そしてオラクル由来の雷にしても……ルーくんの雷だとしても、威力が高すぎると思ってね」
普通の雷では、アラガミは倒せない。一時的な戦闘不能に追い込むくらいならできるかもしれないが、それでどうにかなるなら人類はここまで追い詰められていない。オラクル由来の雷であれば相手のオラクル細胞を喰い破れるため、アラガミ相手にも有効打になれる──が、あの時観測された蒼い雷は今までルーが使っていた雷に比べて威力が高いのだという。
「そこで、例の蒼い雷に対してオラクル的な分析を行ってみたところ……」
「……」
「──なんと、合計
「…………えっ?」
「どうやら、ブラッドたちの《血の力》の補助を受けることで、あの蒼い雷は驚異的な威力と精度を確立していたらしい。具体的には──」
シエルの《直覚》により、知覚能力の強化および情報共有を補助し、標的を捉える。
ナナの《誘因》により、標的にターゲットマーカーとなる固有の偏食場パルスを発生させる。
ギルの《鼓吹》により、標的に放たれる蒼い雷の威力は飛躍的に向上して。
ジュリウスの《統制》がこれらの動きを一つのプロセスとして、オラクル的に制御する。
そして、ヒロの《喚起》は意志の力を増幅させる──つまり、この一連の流れのすべてを増強させる効果があるのだ。
「これだけでも十分に強力だが、さらに──相手のオラクルの動きを不活性化させる効果も、あの蒼い雷にはあるようでね」
「それってつまり……オラクル的な防御力をゼロにするってことか……?」
「うむ。弱体化と同時に高威力の雷撃が叩き込まれるから、それに耐えられるアラガミはほとんどいない。この不活性化作用を持つ《血の力》のパターンが、ロミオくんが放つパターンと合致したんだ」
蒼い雷を受けたアラガミのオラクル片にわずかに残っていた、そんな《血の力》の残滓。コアの活動停止に伴う不活性現象とは明らかに異なる反応を見せていたために、榊たちはそのことに気づけたのだという。
「正式発表はもう少し後になると思うけどね。我々はロミオくんの《血の力》を──《鎮静》と名付けた」
「《鎮静》……」
「効果はそのまま、【周辺のオラクル細胞に感応現象を通じて干渉し不活性化させる】というものだ。わかりやすく言えば、ギルくんの《鼓吹》と正反対の能力だね。アラガミの活性化状態の解除、動きの鈍化、防御力の低下に……攻撃力の低下も。オラクルが不活性化するということは、封神状態と同じように特殊行動を封じることも、ホールド状態のように拘束することだってできるというわけだ」
「ははは……! なんだよそれ、大盤振る舞いじゃねえか……!」
「今までの《血の力》とは……いいや、我々の進化の考えとは全く別の考えだ。我々はどうにかしてオラクルを活性化させ、励起状態を強化、継続することでその戦闘能力を上げようと画策していたわけだが……ロミオくんが発現したその能力は、真逆の考えとなる」
「そりゃ発現が遅れるわけだぜ……。そもそも《血の力》もブラッドアーツもオラクルか活性化することで発動するのに、肝心のその能力がオラクルを不活性化させるものなんだもんなあ……」
今までずっと、発現するはずなのに発現しなかったロミオの能力は。
その驚異的な性質故に、発現するのが著しく困難なものであったのだ。
「もし能力を本当の意味で使いこなすことができれば……アラガミの不活性化どころか、弱体化、無力化を超えて……アラガミの活動そのものを、その意志だけで強制的に停止させることも可能だろう。圧倒的な力による有無を言わさない制圧──まさしく、《圧殺》と言っていい」
「《圧殺》……」
「一方で、これをうまく使えば……アラガミの捕喰衝動のみを鎮静できるかも、しれない」
「それって……!」
「荒ぶる神々が鎮められたら? 捕喰衝動のないアラガミは、果たして人に対してどう振る舞うのだろう? ……以前話した通り、猛獣とコミュニケーションをとれることはかつての時代にすでに証明している。それに、シオくんにルーくんという二つの前例もあるのだから」
「アラガミが人に懐くってのか……!? 特別なアラガミじゃなくても、人との共存ができるってのか……!?」
「本当にそうなるかは、わからないけれどね。けれど、話し合いのためのテーブルにつかせることはできるだろう」
「マジ、かよ……」
「理論上は、ね。すなわちこの力は──《対話》とも呼べるわけだ」
オラクルを不活性化させるという、その本当の意味。ロミオの《血の力》が持つ、その大いなる可能性。荒神を鎮めるその力は、きっとこの未来に大きな影響を与えるのだろう──と、榊はつぶやいた。
「本当に、考えれば考えるほどその力の有効性が際立つよ。《鎮静》でオラクルの過剰活性を防ぐことができれば、今まで出来なかった開発や実験もできるし、捕喰事故が発生する可能性も大きく減らすことができる。アラガミの生態調査にも役立つし、神機使いの適合基準の引き下げだって夢じゃない」
「あー……適合率が多少低かろうと、《鎮静》させながらじっくり体をオラクルに慣らせば適合できるかもしれないのか……」
「神機整備の幅も広がるだろうね……神機を物理的に休眠状態にせずとも整備できるのだから……今まで実現できなかった、新たな機構や性能の開発が期待できるかもしれない」
「リッカが喜びそうな話だなあ……」
「引退する神機使いに行う封印処理も、もっと安全で確実なものにできる……偏食因子の投与も不要にできる、かも」
「ああ……戦いもしないのに偏食因子の投与だけ受けるのも、なんか申し訳ない気がするって姉上も言っていたような」
「今となっては不要となるが……黒蛛病の進行を抑えることも、治療することだって」
「元となっている偏食因子を《鎮静》で不活性化させれば、簡単にできるのか……」
「……加えて」
「あん?」
「──アラガミ化によって命を落とす神機使いも、救えるかもしれない」
例えばリンドウのように腕輪を失った場合や、あるいは単純に加齢など。何らかの理由により体内の偏食因子の制御ができなくなった神機使いは、体がオラクル細胞に浸喰されてアラガミ化してしまうリスクをもっている。従来であれば、そんな状態に陥った神機使いを救う手段はない──アラガミ化する前に、せめてヒトのまま介錯してあげるほかなかったが、《鎮静》の力をうまく使うことができれば。
「腕輪を失っても……アラガミ化せずに済むのか……?」
「理屈上は、ね。さすがに全身がアラガミ化してしまったら救えないと思うが……それでもかつてのキミのように、人間の部分が多く残っているのであれば、あるいは」
たとえ体をオラクル細胞に侵されようとも、そのオラクル細胞を鎮静化できれば。そうすれば、アラガミ化は進行しなくなる。今までは救うことができなかった人間たちでさえも、救える可能性が出てくるのだ。
「それに……終末捕喰や赤い雨も、結局はオラクルに起因する現象だ。だから」
「終末捕喰が発生しても、ロミオが《鎮静》を使えば鎮められるってのかよ……!?」
終末捕喰というたいそうな名前がついているが、結局はそれもアラガミの捕喰活動でしかない。であれば、その活動を──アラガミのオラクル細胞を不活性化することができれば、それは終末捕喰の封じ込めと同じ意味を持つことになるのだ。
「はー……! なんだよオイ、とんでもなく壮大な話じゃないかよ……!」
「もしかすると、我々は歴史が変わる瞬間に立ち会っているのかもしれないね。それほどまでに、ロミオくんの《鎮静》が持つ意味は大きいんだ」
「アラガミを問答無用でぶっ殺せるって聞いた時はすげえ力だと思ったけどよ……この話を聞いたら、そんなのはおまけか何かにしか思えなくなっちまったぜ……これでようやくロミオも報われて、ラケル博士の心配事も減ったってことだよな?」
「そうだね。ただ──《鎮静》は使い方を間違えたら、自身はおろか周囲にいる神機使いをも殺めかねない。アラガミ防壁や神機兵など、オラクル技術が使われている設備類も一瞬で破壊されてしまう。この極東エリアも、文字通りの機能不全に陥ってしまうことだろう」
「げ」
「有効性と同じくらいに、危険性も高い能力だ。だから、伝え方も訓練の仕方も考えないといけませんね──なんて、ラケル博士は言っていたよ」
その能力の本質もさることながら、あまりにも強大で、自分にも周りにも危害を及ぼしかねない能力だから。だから、《血の力》が目覚めるのにこんなにも時間がかかってしまったのではないか──と、榊は締めくくった。
「……ん? 待てよ、さっきあんた……九つの《血の力》の形跡が見つかったって言ってたよな? ブラッド隊は六人だから……あとの三つは何なんだ?」
「……一つは、【自身が別のオラクルに同調し、相手を励起させる】という効果であることがわかっている。ただ、それがあの蒼い雷にどういう形で作用しているかはわかっていないし、その能力の保有者もわかっていない」
「……」
「あの場にいた神機使いか、あるいはこの極東エリアに……まだ誰も気づいていない、P66偏食因子の適合者がいるのかもしれない」
「ふーむ……まぁ、ブラッド隊の連中も蒼い雷に力を貸したって自覚はないんだろうから、その可能性は大いにありってわけか……残りの二つは?」
「一つはルーくん自身の力、だね。あれだけ広範囲に感応能力の影響を与えられるわけだし、ルーくんは広義での感応種と言える。ブラッドという存在がいわば神機使いの感応種とも呼べるものであり、ルーくんの感応能力に由来するパターンが《血の力》のパターンと酷似していてもおかしくはない」
蒼い雷。ひいては、ブラッドの《血の力》を糾いまとめ上げて利用するというそれそのものが、ルーの感応能力そのもの。蒼い雷という特殊な現象のベースとなっているのが、ルーの感応能力なのだ。
「考えてみりゃ、当然のことか……そもそもがルーの能力なんだから、あいつの反応が出ないわけがない」
「所詮は我々が定義したものだから、どう解釈することもできるけれども。ともかくルーくんのそれは、《血の力》と呼んでもよい領域にある。ラケル博士はこれを──《糾雷》と名付けたいらしいのだが、ちょっとした問題が起きてね」
「……あん?」
「いやあ……私は、究めし雷ということで《究雷》でいいんじゃないかと思っているんだ。そこで意見が対立しているんだよ」
「……」
「そして、ここにきて……九条博士までもが、《玖雷》でいこうと言い出している」
「…………一応、理由を聞いておこうか」
「ラケル博士が《糾雷》を推しているのは、それがブラッドの意志の力を糾う
「……ラケル博士が好きそうな言葉だな」
「だろう? 永久なる王の雷──まさしく、ルーくんにぴったりの名前だ。加えて、玖というのは九の
「……」
「そして、奇しくもルーくんの持つ能力は九つだ」
攻撃する雷。
何かを癒す雷。
探索のための雷。
相手の心を読む雷。
神機兵を蒼く変える雷。
寄生体や神機兵を操る雷。
心と心を繋いで情報共有する雷
共鳴しオラクルや活性状態を共有する雷。
繋がった相手が行使できる超遠距離攻撃としての雷。
「ゆえに、《玖雷》。九つの力を持つ、永遠に侵されることのない絶対的な王の雷。これこそがルーくんの《血の力》の名称としてふさわしい……と、九条博士は熱弁しているというわけだ」
「……」
「いやあ……さすがに舌を巻いてしまったね。この手の知識は、やはり日本人である九条博士が一番詳しいようだ。ちなみに……レア博士は、『もう救雷でいいんじゃない?』って言っていたよ」
「あんたら、もしかしてヒマなのか?」
名前が大事でないとは言わない。が、フェンリル有数の博士たちがそろって議論を交わすほどの案件であるとも思えない。そんなことをするくらいなら、もっと別のことに時間をかけるべきじゃないか──と、リンドウとしては思わなくもない。
ついでに言えば、ルーが九つの能力を持っていると言っても、その根底にあるのは雷の能力とリンク能力なわけで……つまり、九つというのもこじつけでしかないのだ。
そして悲しいことに──博士というのはそういう良くわからないことに情熱と時間を費やす生き物であることも、リンドウは知っている。
「……で? 蒼い雷から見つかったっていう、九つの《血の力》の痕跡の……最後の一つは何だったんだ?」
オレンジジュースをぐいっと呷って、リンドウは疲れたようにつぶやく。すでに残りは半分を切っていて、なんだかずいぶん味気なくなってしまったが、それでも喉の渇きを癒すには十分すぎるものだ。
そしてそれは、榊にとっても同じだったのだろう。リンドウと同じようにオレンジジュースの缶に口をつけた榊は──榊にしては珍しく、どこか申し訳なさそうに呟いた。
「──わからない」
「……は?」
「文字通りの意味さ。《血の力》のように見える何かがあるのはわかったのだが、それが何に由来するのか、どういう作用をしているのか……それが、さっぱりわからない」
わかっているのは、ルーのものでもブラッドのものでもない、どんな働きをしているのかすらもわからない何かがある──という、それだけ。だからもう、それ以上に語れることなんて存在しないのだ。
「なんかすっきりしないが……まぁ、世の中そんなに思い通りになるものでもないし、どこまで行っても蒼い雷はルーの能力なんだろう? 俺たちにとって都合が悪いってことだけはないんじゃないか?」
「…………そうだね。何もかもを解き明かそうとするのは……人間だけが持ってしまった、傲慢なのかもしれないね」
少々わざとらしく手元の缶に口をつけた榊は──ぐびりと喉を動かしてから、改めて語りだした。
「では、次に」
「……」
「──ルーくんについて、語ろうか」
ルー。数か月前にこの極東に出現した、ヒトの言葉を理解し、ヒトと共存できる──ヒトを襲わないアラガミ。今までに何度もリンドウと榊はその正体について想像を膨らませ、ああでもない、こうでもない……なんて、議論を交わしていたわけだが。
「そうだな……よく考えりゃ、あいつが一番の謎だったな」
結局、数か月たった今でもルーの正体は不明のままだ。いや、正確に言えばその正体について大まかな予想はしているものの、その確実な証拠を掴めていないと言うべきか。前代未聞のアラガミがすぐ近くにいることに──ルーがいる生活が随分と当たり前になってしまったものだと、リンドウはジュースをちびちびと飲みながら考える。
そして。
「でもよぉ……それ、今更考える意味なんてあるのか?」
「……それは、どういう意味だい?」
ルーが持つ、数々の特殊性。普通のアラガミには見られない様々な特徴。その生き様は紛れもなくアラガミであるのに、人間とほとんど変わらないような愛嬌すら備えているその存在。
そう、リンドウは。
今までの議論も推論もすべて無視して──自分の中で、ある一つの結論を導いている。
「おいおいおい……まさか、榊博士様ともあろうものが、気づいてないなんて言わせないぜ? どーせあんたのことだ、俺の考えももうわかってんだろう?」
「……そうだとしても。キミの口から語られない限りは、それは私の想像に過ぎない。だからこそ──キミ自身から、キミの考えを言葉にしてもらいたいんだ」
「そうかい……じゃあ、はっきりと宣言させてもらうが」
たん、とオレンジジュースの缶を机に置いて。
リンドウは、宣言した。
「──ルーは、ただの普通のアラガミだろ?」