GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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139 『キミたちに言ってるんだよ』

 

「どうしてそう思ったのか……聞かせてもらえるかい?」

 

 リンドウのその発言に、驚いた様子もなく──いつもと全く変わらない様子で、榊は問いかけた。

 

「そうだな……まぁ、端的に言うならば」

 

「……」

 

「──あんなの(・・・・)、普通の人間に造れるわけがないから、だな」

 

 榊とリンドウは──ルーの正体を、ラケルが作った人造アラガミだと推測していた。人造アラガミであれば捕喰衝動に飲み込まれずにヒトとしての意識を保ち続けることができるし、フェンリル内部のことを知っているかのような動きについても説明ができる。人間を襲わず、人間と遜色ないふるまいをするのは、そもそもの大本が人間であったからだ──と、そう結論付けていた。

 

 が、しかし。

 

 今改めて、振り返ってみると。

 

「この報告書を見りゃわかるだろ? たかが人間の科学力でここまでのことなんてできるか? そもそも人造アラガミを作るってだけでもなかなかの無茶ぶりなんだ。『ありえそう』って思えるのはそこまでで、これ以上はさすがに……な」

 

「ここまで織り込み済みで人造アラガミを設計し、実際に生み出せるほどの技術力があれば……神機兵の開発に手間取ることもないし、そもそも開発する必要性すらないと?」

 

「おう。こんな言い方は技術者(あんたら)にとっては癪だろうが……ルーの力は人智を超えている。少なくとも今の技術力じゃどう頑張っても作れないってのは、俺でもわかる。なら、もともとそういうものなんだ……って考えるのが、順当だろ?」

 

 人間の科学力で再現できない事象であったとしても。世界というのはいとも簡単に人間の想像を超えてくる。シオというヒトの姿をしたアラガミさえも出現したのだから、頭の中身だけ人間と同じようなアラガミが出現してもおかしくはない。

 

「ま、ある意味じゃ思考放棄みたいなもんだけどよ。けど……無理やり理由をこじつけるよりかは、こっちのほうがよっぽど筋が通っているだろ?」

 

 今までさんざんルーの正体について考えを巡らせてきたのに。何度もこの部屋で榊の長話に付き合って、そのたびに衝撃の事実に頭を揺さぶらされてきたというのに。

 

 最後の最後で、リンドウは──今までのすべてを無駄にするかのような結論を出したのだ。

 

「なるほど……それが、キミの出した答えか」

 

 それを受けて、榊は。

 

 この世界で誰よりも、思考に耽ることを喜びとしている榊は。

 

 

 

「──私も、そう思えてならないんだ」

 

 

 

 意外なほどあっさりと、リンドウのその考えを肯定した。

 

「……普段のあんただったら、もう少し考えを巡らせてみてほしい、なんて言いそうだが」

 

 自分でその言葉を口にしてから、リンドウはふと考える。

 

 榊がこういう言い方をしたということは、自分で自分の考えが信じられなかったから──だから、第三者の客観的な意見が欲しかったのだろう。榊とリンドウの考えが同じであることはこの時点で間違いなく、そして……榊であればほかの視点から、リンドウの考えなんかよりもよっぽど合理的で納得のいく理由を持っているはずである。

 

 つまり。

 

「……なあ、榊博士」

 

「……」

 

 

「あんた──いつから、ルーが普通のアラガミだと確信していた?」

 

 

 リンドウがその事実に思い至ったのは、この【疾風迅雷】の途中だ。復活したルーが、神機兵を操ったり神機使い同士をリンク能力でつなげた時には、『これもう人間がどうにかできるものじゃないだろ』……なんて思いで、心の中がいっぱいであった。

 

 けれども──榊であれば、自分よりもずっと早い段階でその事実に気づいていたのだと、リンドウは断言することができる。

 

「……怒らないかね?」

 

「内容による」

 

 たぶん九割九分怒ることになるぞ──と心の中だけで付け加えて、リンドウは続きを促した。

 

 

 

「…………マルドゥークが見つかった時、かな」

 

「………………は?」

 

 

 

 マルドゥークが見つかった時。つまりは、今から大体三か月ほど前の──【グルメ・ツアー】の時。その時にはすでに、榊はルーが普通のアラガミであることをほぼ確信していたのだという。

 

「おいおいおい……どういうことだよ? なんでマルドゥークが現れたからって、ルーが普通のアラガミってことになるんだ? マルドゥークの出現が意味するのは……ルーが特別なアラガミだったってことじゃなかったのか?」

 

 その骨格から、ルーがガルム神属であるのは間違いない。そしてマルドゥークはガルム神属の感応種で、ガルムと同じく炎を操るアラガミだ。だからこそ、ガルム神属なのに雷を操るルーの特異性が改めて認められ、【ルーはラケルに造られた】という事実が浮き彫りになったはずなのだ。

 

「だいたい……あんただってあのとき、マルドゥークはガルムが順当に進化したアラガミだって、そう言って……いや、待て」

 

 そこはかとない違和感。

 

 というよりも、正しく言うならば──既視感。

 

「……あのとき、あんた」

 

「……」

 

「【言いたくない】だとか、【信じられない可能性】だとか、【滑稽に踊り狂う愚者である】だとか……そんな感じのこと、ぐちゃぐちゃ言ってたよなあ……!?」

 

「……覚えてたか」

 

 全部吐かせた後に絶対とっちめてやる──と心に固く誓ってから。

 

 額に青筋を浮かべたリンドウは、視線だけで続きを促した。

 

「マルドゥークが発見されたとき、気づいたんだ。我々はルーくんをガルムの変異種だと……ガルムの変異種として製作された人造アラガミだと思っていたわけだが、冷静に考えるとそんなのはありえないんだよ」

 

「ありえないことはないだろ? アラガミってのはどんな環境にも適応して、いくらでもその姿を変えるんだぜ? 電気を使う感応能力の高いガルムってのが、そんなにおかしいのか?」

 

「……それだけだったら、おかしくない。でも──ルーくんの場合は時系列がおかしくなってしまう」

 

「……ルーが発見されたときには、ガルムも見つかっていただろ? 一体それのどこがおかしいんだよ?」

 

 

 

「だって……ルーくんが人造アラガミだとしたら。裏金の動きから考えても、製造開始は少なくとも三年は前になる。そのころはまだ、ガルムは発見されていない(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

「…………あっ!?」

 

「……なぜ、普通のガルムが確認される前なのに、ルーくんはあの姿をしているのだろう?」

 

 ガルムが出現を確認されたのは、どんなにおまけしても今から一年くらい前だ。神機使い全体に広まったのは、おおよそ半年くらい前だろう。そして、ルーの出現が確認されたのもだいたい半年くらい前なのだから──人造アラガミとしての製造期間を考えると、ルーはガルムが生まれる前からガルムと同じ姿をしていたということになってしまうのだ。

 

「そうだ……! 言われてみりゃ、人造アラガミだとしたら時系列がおかしくなる……!」

 

「我々の認識は、明らかにマヒしているんだ。この極東のアラガミは多様性に満ち溢れすぎている……それが当たり前になってしまっている。だから、似たようなアラガミが出現しても大して気にも留めない……【似たような姿をしている】ということそのものがおかしなことであるということに、気づけない」

 

 それゆえに。

 

 ガルムが正当に進化することで誕生したマルドゥークを見て──本来の正しい在り方を見るまで、榊は自分たちが想像していた「ルー」という存在が持つ違和感に気づけなかったのだ。

 

「普通に考えたら、最初にあの形を模したのはルーくんだ。しかしそうなると、ガルムという存在が確認されていない中でラケル博士はあの形を造ったということになる」

 

「いや無理だろそんなの……」

 

「そう──無理なんだよ(・・・・・・)。神機兵が神機使いを模して造られているように、何かを造る場合はモチーフあるいはベースとなる何かを必要とすることが多い。ましてや、失敗は許されない……造れるチャンスは一度しかない中で、完璧なものを一から創造するというのは……絶対に、無理だ」

 

 先行研究があるわけでもない。類似の事例があるわけでもない。基礎理論が確立されているわけでもない。

 

 それなのに──たった一回のチャンスで、一から創造した完璧なものを造る。ほかの誰も想像したことがないものを、完全な形で誕生させる。

 

 それがどれだけ難しいことであるのかは、もはや語るまでもないことだろう。

 

「仮に……仮に、だ。ラケル博士が完全に一からルーくんを造ることができたとしよう。しかしその場合は……ガルムがどうやって発生したのかという問題が出てくる」

 

「……」

 

「たまたまラケル博士が描いた姿と同じ形になったというのは、ありえない。確率としてあまりにも低すぎる」

 

「……ルーの細胞を取り込んだオラクル細胞から生まれた可能性は? ラケル博士がルーをどういうふうに扱っていたかはともかくとして、生きているオラクル細胞があいつの抜け毛とかを取り込んだら──」

 

「ルーくんの細胞を取り込めるオラクル細胞なんているのだろうか? 逆に取り込まれるのがオチじゃないかい? それに……ルーくんはどこかの研究施設で飼育されていたのはほぼ間違いないだろう。外部のオラクル細胞がそんな中に入り込めるはずがないし、あのラケル博士がルーくんの痕跡を外部に残すことも考えにくい」

 

 そんじょそこらのアラガミではとても太刀打ちできないほど強力なアラガミであるルー。そんなルーのオラクル細胞と、別のオラクル細胞が喰いあえば──勝つのは間違いなく、ルーのオラクル細胞だ。

 

「……ツクヨミみたいなケースは? アレはたしか、アルダノーヴァの廃棄された試作品が元になって生まれた可能性が高いんだろ? 同じように、ルーの試作品……廃棄されたそれらからガルムやマルドゥークが生まれた可能性は……」

 

「可能性としてゼロではない……が、前にも言った通り、オラクルリソースなんてものは秘密裏に準備するのは大変で、大なり小なり確実に足が着く。そりゃあ、私が調べられたものがすべてというわけではないだろうが……」

 

「試作品を作れるほどのオラクルリソースはなかった、ってか……」 

 

「うむ。ツクヨミのように比較的小型のアラガミなら、試作を作るリソースもあっただろうが。あの巨体を何体も作るのは物理的に不可能だろうね」

 

 ルー由来のオラクル細胞を、別のオラクル細胞が捕喰することで生まれた可能性は限りなく低い。

 

 ルーの試作品(プロトタイプ)がアラガミ化した可能性もまた、限りなく低い。

 

「ガルムの発生、そしてその流れで──ガルムが赤い雨に打たれることでマルドゥークが誕生したのはわかる。少し前に話した通り、それこそが感応種の発生の原理なのだから。けれど、ここに……ルーくんという存在が混ざると、途端にわけがわからなくなる」

 

 ルーはガルムが発生する前から誕生していたはず。そうでないと時系列があわない。

 けれど、ガルムが発生する前に誕生していたはずなのに、ルーはガルム神属だ。

 

「ルーくんを人造アラガミとしてみた場合、時系列的にラケル博士がガルム神属を模倣することは不可能だ。裏金の流れから、三年前には製造されていたはず……まだガルムは、出現していないんだよ」

 

「……少なくとも、ガルムを模倣した可能性は完全に否定される。でも、それじゃあ」

 

「うむ──もし、ラケル博士がルーくんを一から創造していた場合。その場合は、ガルム神属がルーくんを模倣していることとなる。……いったいいつ、どうやって? 我々がルーくんの存在を知るよりもずっと前に、ガルム神属はこの極東に現れている。そもそも、たかが人間があれほどまでに完璧なアラガミ(ルー)を造れるのだろうか?」

 

 ルーがガルムを模倣して造られるというのはありえない。

 ガルムがルーを模倣して生まれるというのもありえない。

 

 ならば、答えは一つしかない。

 

「これが示すのは──ルーくんは、ラケル博士に造られたものではないということだ。超自然的に、たまたま偶然、似たようなタイミングで発生したイレギュラーなんだよ」

 

 想定される推測を一つ一つ潰した結果残ったもの。明確に肯定する要素はなくとも、もうこれ以上否定することができないほどに想像を巡らせた結果、辿り着いたもの。

 

 たとえそれが信じがたい事実であったとしても──もうそれ以上ほかに可能性がないのであれば、それこそが真実であると判断せざるを得ないのだ。

 

「じゃあなんだ、やっぱり俺たちは……」

 

「うむ……我々は、滑稽にも人造アラガミなどと推測して、ありもしない事実を勝手に作り上げ、自らの妄想に踊らされ続けた愚者である……というわけだ」

 

 それこそが、本当の真実。今までずっと、特別な存在であるルーはその生まれも特別なのだと思われていたわけだが──ふたを開けてみれば、ごくごく普通のアラガミでしかありえないというわけだ。

 

「今までの時間は何だったんだよ……この数か月、無駄に胃を痛めただけじゃねえか……」

 

「ははは……おそらくだが、キミよりもラケル博士やジュリウスくんのほうがそう言いたいだろうね……。彼らからしてみれば、ルーくんの存在を使ってやらかそう(・・・・・)としていたのは我々なのだから」

 

「…………なぁ、もうジュリウスとはマジに腹を割って話してもいいか? たぶん、それが一番いいと思うんだが」

 

「構わないよ。この結論に至った以上、彼らに対して警戒する必要はどこにもない──それに文字通り、世界の滅亡を防ぐべく死線を共に超えた仲なのだから」

 

 これ以上ジュリウスくんが胃を痛めるのはあまりにもしのびないからね──と、榊は穏やかに笑う。元凶の一人が一体何を言っているんだと、リンドウは本当に不思議に思えてならなかった。

 

「さて……これでだいたい、すべて話し終えたかな?」

 

「そうだな……さすがにもう、全部話し終わったと思うが」

 

 ぐびりとオレンジジュースを飲み干したリンドウは、空になったその缶を机の上に置く。なんだかんだでかなり長い時間話していたのは間違いなく、ジュースを一本飲み切った直後だというのに、なんだか微妙に飲み足りない気がしないこともない。

 

 とはいえ、さすがにもう話す内容が無いのもまた事実。今回の一連の事件──ティターニアの討伐やそれに関する一連の不思議な出来事については概ね確認が取れたし、差し当たって今すぐに何かしら議論をするような案件は無いように思えた。

 

「ティターニアの件は片付いたし、ルーのことだって心配事はなくなった。そりゃあ、まだまだわかっていないこともあるし、ルーやロミオの力の運用……明日(これから)のことを考える必要はあるんだろうが」

 

「そうだね……もう、心配することは何もないだろう。ルーくんはただの普通の……ちょっとだけ特別な愛すべき友であり、ティターニアも終末捕喰も黒蛛病も……そのすべての懸念が無くなった今、ついに我々は束の間と言えど平和を手に入れられたというわけさ!」

 

 にっこりと笑った榊が、感慨深そうに締めくくる。いつの間にやら空になっていたオレンジジュースのその缶を、リンドウと同じように机の上に置いた。こん、と小気味よい音が静かな部屋に響き──そして、ふわりとオレンジの甘い香りがリンドウの鼻を衝く。

 

「長かったなあ……! 本当にマジで、しばらく長めの休みがもらいたいもんだぜ……!」

 

「はっはっは! 実に平和的で素晴らしい! これこそが人間としての文化的な営みじゃあないか!」

 

「無茶ぶりする側がよく言うぜ……」

 

「まぁまぁ。ともかくこれにて一件落着、めでたしめでたし──我々の未来は、これからも紡がれていくというわけだね」

 

「だな。できれば、もう二度とあんなのとやりあいたくなんてないが……でもまぁ、次があったとしても、一回なんとかできたんだから次もどうにかできるだろ」

 

「はっはっは! いやあ、実にめでたい! 本当に良かった! これにて我々の長い長いお話も終わりというわけだ!」

 

「ああ、本当にようやくって感じだな──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──本当にそうか(・・・・・・)?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぞっとするほど、冷たい声。

 

 いや──冷たいというよりかは、感情の一切を極力出さないようにした、ただただ冷静で論理的な思考力だけで作られたかのような、無機質な声音。

 

 そんな、今の雰囲気にはあまりにもふさわしくない調子で──榊は、どこか遠くを見ながらはっきりとつぶやいたのだ。

 

「本当に……本当にそうなのか? 本当に、それでいいのか?」

 

「な……なんだよオイ、いきなりどうしたんだよ?」

 

 一体いきなりどうしたんだ──というのが、リンドウの偽りのない本音であった。つい先ほどまでは、一連の事件についての確認が終わり、もう何も心配することは無い、これからは明日のことだけを考えていけばいい……なんて、そんな雰囲気だったはずだ。長い長い話し合いも終わって、空気も確かに柔らかいものになって……あとはもう、夕飯のことでも考えながら部屋を後にすればいいだけのはずだった。

 

 それなのに。

 

 いったいどうして。

 

 榊は──今までに見たことがないほど、真剣な表情をしているのだろうか。

 

「あ……あんたも、言ってたよな? もう、何も考えることなんてないって。一件落着で、この件は完全に終わりだって」

 

「ああ、確かに言ったとも。だけど……だけど、あまりにも。今回の件はあまりにも、我々にとって(・・・・・・)都合が良すぎる(・・・・・・・)

 

「……」

 

「事実は小説よりも奇なりとは言う。全部がたまたま偶然そうだったというだけで、そこには何の意図もなかった。単純に、我々が深読みしすぎていただけ──信じがたいが、それが事実だ」

 

 それは、疑問でも何でもない。今まで確認してきたことを、改めて口に出しただけ。

 

 そんなのはリンドウにもわかっている。それはほかでもない榊が言い出したことなのだから。

 

 そのはずなのに──どういうわけか、榊は明らかにそのことに疑問を覚えているのが見て取れた。

 

「だけど……本当に、そうなのだろうか? たまたま偶然が、こんなにも奇跡的に続くことが本当にあり得るのか?」

 

「……」

 

「そう──ルーくんの存在は、我々にとって(・・・・・・)あまりにも都合が(・・・・・・・・)良すぎやしないか(・・・・・・・・)?」

 

「…………それが、奇跡ってやつじゃないのか? あり得ないことが起きるってのが、奇跡なんだろ?」

 

 机の上に置かれた空の缶。その缶を──どこか安心感を求めるように握りながら、榊はリンドウの目をまっすぐ見据えて呟いた。

 

「奇跡と言えばその通りだが、奇跡だとしても奇跡的すぎる」

 

「……」

 

「たまたま、ティターニアの天敵ともいえる能力を有していて。たまたま、唾液が黒蛛病の特効薬で。たまたま、人間に対して非常に友好的で。たまたま、我々と十分なコミュニケーションが取れるほどの高い知能を有していて。そして、たまたま──このタイミングで、ルーくんはこの極東に現れた」

 

「……」

 

「ありえないから奇跡である──なるほど、確かにその通りだ。だけれども……そんな奇跡が、ありえないはずの奇跡がいったい何度起きている?」

 

「……それ、は」

 

「ありえないことが何度も続くのであれば。それはありえないことなんかじゃない……何かしらの作為を疑うべきだ。そうでなければ、【ありえない】ことが起きるなんてありえない(・・・・・)んだよ」

 

 何かしらの確信をもって、榊はそう断言している。そうでなければ、あの榊がここまではっきりと物事を断じることは無い。良くも悪くも、榊は間違ったことは言わないように心掛けている──あとから思えばどういう風にも取れる言い回しをすることを、ほかでもないリンドウは誰よりも理解している。

 

 だからこそ、不思議でならなかった。

 

「でも……深読みし過ぎだったって言ったばかりじゃないか。誰かが画策したわけじゃなくて、本当に全部ただの偶然だったって……」

 

「ああ、その通り──全部偶然さ(・・・・・)それだけは間違いない(・・・・・・・・・・)

 

 リンドウは。

 

 心の底から、榊が何を考えているのか理解ができなかった。もしかしたら、榊と出会ってから初めて──目の前にいるこの人間が、自分と同じ人間ではないのかもしれないと思ってしまった。

 

「…………じゃあ何なんだよ。全部偶然だって言っていて、あんたもそれを認めているのに……いったい何がそんなに気に喰わないんだ?」

 

「……少し、遠回りな話になってしまうかもしれないが」

 

「……あん?」

 

「私は常々、観測者であるように心がけている。結果として当事者となってしまっていることも多いが……常に一歩引いた身で、主観を交えることなく全体を客観的に捉えようと努力している。そうでなければ、物事の本質を見極めることは難しいのだから」

 

 それこそが、技術者──いいや、ペイラー・榊という一人の人間としての在り方。森羅万象を観察し、物事を冷静に見つめるというその姿勢こそが、榊が理想とし、あろうとしている一つの姿。その心構えがあるからこそ、榊はここまで至ることができて、そしてそんな榊にリンドウたちは何度も救われている。

 

 そんなペイラー・榊の生きざまを──彼の旧友は、【星の観察者(スターゲイザー)】と呼んでいた。

 

「で、だ。我思う、故に我在り(Cogito ergo sum)……なんて言葉があるが。これを私自身に当てはめて考えると──観測している私は、その瞬間に私がいることで成立するということになる。【観測する】という行為を以て、私自身の存在が確定する──私自身が【観測される】のだ」

 

 榊は物事を【観測する】。

 

 【観測する】ということは、そこに榊が存在しているということが確定する。

 

 すなわち、【観測する】という榊自身の行為が、榊という存在そのものを確定する──榊自身の行為によって、榊という存在が【観測される】のだ。

 

「……なぁ、頼む。俺にもわかるように説明してくれ」

 

 もう、何度考えたかもわからない言葉。

 

 もう、何度口にしたのかもわからない言葉。

 

 けれども──今までのそれが遊びか何かだったと思えるほどに、リンドウは心の底からそう思った。

 

「つまりだね……私は観測者であろうとしているが、観測している私もまた、観測されているのではないかということさ。いや……この場合は、客観的に見られているというべきかな?」

 

「…………それはアレか? 哲学的な話か?」

 

「そうだとも言えるし……そうでないとも言える。いや、今のキミに最もわかりやすく伝えるならば」

 

「……」

 

「それこそが、私の最後の疑問。この奇跡的な偶然(・・・・・・)を解き明かすための最初で最後の挑戦。一連の事件……ルーくんの本当の正体を求めずにはいられない、愚かで矮小なるヒトの傲慢なる行い。つまり──」

 

「……まだある(・・)ってのか? いや……この偶然を仕組んだ黒幕が、いるっていうのかよ……!?」

 

 あまりにも抽象的で、何を言っているのかよくわからない榊の言葉。いいや、もしかしたら──本当の意味で、リンドウが榊の言葉を理解できる日なんて一生来ないのかもしれない。

 

 しかし、それでも。

 

 榊との付き合いが長いリンドウは──榊のその言葉の雰囲気から、何を言いたいかくらいは推測ができる。そしてなにより、自分なりに噛み砕いて咀嚼し、解釈しなおしたその言葉を……榊は穏やかにほほ笑んで、肯定している。少なくとも、否定しているようには見えなかった。

 

 

 

「うむ──というか、すでにそこ(・・)にいるんだがね」

 

 

 

「……は?」

 

 聞き間違いでは、ない。

 

 それだけは、断言ができた。

 

 

 

「せっかくだから、キミたちにきちんと説明しようと──聞いてもらいたいと思うんだ」

 

 

 

「こ……この部屋のすぐ外に、そいつ(・・・)がいるのか? あんたまさか、最初からこうなることが分かっていて……呼び出していたってのか?」

 

 リンドウの、そんな言葉を。

 

 榊は、どこまでも穏やかに笑って否定した。

 

 

 

「おやおや……リンドウくん、キミもまた不思議なことを聞くねえ──最初からずっと(・・・・・・・)そこにいたじゃあないか(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 リンドウが机に置いた、ジュースの空き缶。

 

 榊が片手に持っている、ジュースの空き缶。

 

 そして。

 

 

 

「言っただろう? 来客(ゲスト)が来てくれたのなら、もてなしの飲み物を用意するのは当然だと」

 

 

 

 この場には──まだ誰も手を付けていないジュースの缶が、あと一本残っている。

 

「……だから! 誰なんだよそいつは! あんた一体、何を言ってるんだ!?」

 

「誰って……言ってるだろう? キミたちだよ、キミたち。私は最初からずっと……キミたちに言ってるんだよ」

 

 最後に残った──こちら(・・・)に置かれた一本の缶。

 

 そんな缶の更に向こう。

 

 ここではないどこか遠く。

 

 

 

 ──こちら(・・・)をまっすぐ見て、榊は問いかけた。

 

 

 

「今この瞬間、私たちを見ている……そこのキミたち(・・・・)だよ」

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