【急雷】 突然鳴り出したかみなり。
【神明】 超自然的な存在。神。
──時は少し、遡る。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「──くぅっ!」
振り下ろされるヴァジュラの剛腕。咄嗟に展開したシールドに体を隠し、歯を食いしばってチハルは衝撃に耐えた。
神機開放した状態であってもこの重い手ごたえ。向上しているはずの身体能力なのに、まるでその効果を実感できない。神機開放してようやくなんとかギリギリ保てている──いいや、保てているかどうかすら怪しいこの状態。
「ふぅ……っ! ふぅ……っ!」
冗談でも何でもなく。
目の前にいるアラガミのうち一体でもその気になったのなら、三十秒と持たずに自分は死んでいるという自覚がある。今この瞬間チハルが生きているのは、ただ単にアラガミに“遊ばれて”いるからに他ならない。
「キョウヤくんに、約束守れなくてごめんねって言っておいて……って、もう聞こえないか」
ケイイチもレイナも、しっかりと戦闘区域から離脱してくれた。無事にヘリの合流ポイントに辿り着けたかはわからないが、少なくとも目の前にいる連中は自分がこうして引き付けている。
それだけで──チハルは、先輩としての仕事をやり通せたということになる。
──シャァァァァッ!
「っ!?」
横合いから迫ってきた太い尾──いや、尾針。
視認した瞬間、ほぼ反射的にシールドを構えた……はずだったのに。
「きゃっ!?」
咄嗟に手放した神機。本来、神機使いが戦場で神機を手放すなどあってはならないことだ。それすなわち死を意味するし、座学の二番目に教わることが【絶対に神機を手放すな】であるくらいに重要なことである。
それでなお、神機使いとしてそれなりに経験を積んでいるチハルが神機を手放したのは。
「……うそ、でしょ?」
がしゃん、と大きな音を立てて落ちたそれ。もはや神機であったとは思えないくらいにひしゃげていて、とても使い物になるとは思えない。展開していたシールドの所は大きく凹んで一部が砕けているし、変形機構も当然オシャカになっている……つまりは、剣としても銃としても使えない。ありていに言って、ただのガラクタになり果てている。
たった一撃を受けただけでコレだ。もしあのまま、神機を手放さずにいつも通り踏ん張っていたら。
まず間違いなく、チハルの腕ごと“持って”いかれていたことだろう。
加えて、もっと悪いことに。
「……いたっ!?」
中途半端に攻撃を受け流そうとした弊害か、足に変な負荷がかかったらしい。右足が何だか変な方向に曲がった気がするし、なんだか少しずつ熱を持ったかのように痛み出している。感覚的に骨折はしていないだろうが──ちょっと痛めた、で済むようなものではないだろう。
──オオオオオッ!
「あ」
呆然としていた一瞬の隙。そして、体に染みついていたシールド展開の動き。加えて極度の緊張と疲労。諸々の要因が重なって──飛び込んできたシユウへの対処に、チハルはワンテンポ遅れてしまった。
「……っ!」
ふおん、と頭上から聞こえてきた空を切り裂く音。何とかギリギリ、チハルは伏せることでシユウの滑空攻撃を避けて見せた。本来だったらそのまますっぱりと首をすっ飛ばされていたかもしれないが──ここにきて、コンプレックスである子供体型がチハルに味方した。
とはいえ。
完全に避けられたかと言われると、そうでもなく。
「う、わー……」
何かがはらりと、頭から飛んで行って。妙な解放感と共に、そこに触れてみれば。
──目をそむけたくなるほど鮮やかな赤が、チハルの指先をべっとりと濡らした。
「……ここまで、かなあ」
神機は壊れた。相手はいまだ健在。インカムもいつの間にか無くなっていて、足を負傷。
「頑張ったよね、わたし」
攻撃はできない。防御もできない。通信もできない。足でかき回すこともできない。ついでにいきなり体が重くなった──神機開放も解除された。
「……あはは」
精も根も尽き果てて……なんだかとっても可笑しくなったチハルは、乾いた笑みを浮かべながらぺたんとその場に腰を落とした。
──オオオオオ!
「……一回くらい、キョウヤくんのバンダナ姿見たかったな」
コンゴウ二匹が、ゆっくりとこちらに近づいている。
──シャアアアア!
「あーあ……せめて、明日がよかったなあ。みんなと一緒に、お茶会したかったなあ」
シユウ二匹が、ゆっくりとこちらに近づいている。
──シィィィィ!
「痛くないと、いいなあ……酷い姿、見られたくないなあ……」
ボルグ・カムランがゆっくりとこちらに近づいてきている。
──ガアアアアア!
「ばいばーい……それと、ごめんね」
鋭い牙を覗かせたヴァジュラが、ゆっくりとこちらに近づいてきて。
──ルゥゥゥゥッッ!!
──その厳めしい頭が、白く巨大なガントレットにごしゃりと押しつぶされた。
▲▽▲▽▲▽▲▽
さて。
さてさてさて。
色々諸々気になることはあれど、ちょいとひとまず状況を整理してみましょう。
いつも通り、ビリビリパワーを使って美味しそうなアラガミさんを探そう……というのが今日の予定。で、いつも通り美味しそうなアラガミさんを手当たり次第に喰い漁っていた……というのがさっきまでの所。
そんな私の目の前で、ゴッドイーターの腕輪をつけた女の子がへたり込んでいる。
……いや、薄々そうじゃないかとは思っていた。なーんか向こうでドンパチやってんな、またゴッドイーターとアラガミがバチバチにやりあってんな、とは思っていた。で、あわよくば加勢という名のおこぼれにあずかれないかしらん、とは思っていた。
でもまさか、こんな小さな女の子一人が戦っているとは思わないじゃん? 思わず二度見しちゃったよね。
しかしまあ、なんでこんな小さな子がゴッドイーターなんてやっているのだろう? 見たところ小学生……いいや、小柄なだけの中学生と信じたい。
いくら深刻な人手不足とはいえ、そこまでフェンリルは腐っていないと信じさせてほしい。いくらクソッタレな職場とはいえ、そこら辺の倫理観はまだまとも……まともだよね?
「……」
あらまぁ、呆然として女の子がしちゃいけないはしたない顔をしていますわよ。ぽかんと開いたお口と真ん丸おめめがとってもキュート。なんだか妙に庇護欲が刺激されるんだけれども……これが母性ってやつかしらん?
んー……見た感じは一般神機使いっぽい。複数の大型アラガミ相手に一人で戦っているから、神薙ユウくんに相当する主人公かと思ったけれど、どうもそういうわけではなさそうだ。
その証拠に、主要キャラにしては服装が常識的で肌の露出も常識の範囲内。何より、キャラエディットでこんな小さな子は作れなかったし。
……ただ、小さい子供にしてはなんだか妙というか。妙に甘い匂いがするというか、大人っぽい色気(?)のようなものを感じるというか。
あらやだ、もしかしてこの子ったらお化粧か香水でもしているのかしら? 女の子はみんなそう言うのに興味津津とはいえ、おませさんなのね。それとも、最近の子供が進んでいるってだけかしらん?
──ギャアアアア!?
おっと。
コンゴウ如きが感動の対面(?)を邪魔してくるとは。雷に弱いアラガミのくせに見るからにビリビリな私にケンカを売ってくるなんて何を考えているのやら。背後から襲いかかれば大丈夫……だなんて考えは、ビリビリパワーのユーバーセンス(仮)を持つ私には通用しないっていう。
で──すぐさま逃げ出そうとしたシユウくんはまだ賢い。判断としては間違っていないと思う。
だけれども。
──アアアアアア!?
逃がすわけないんだよなあ。雷の電熱……つまり火みたいなもんだからさぞかし辛かろう。元より鳥にはかみなりと相場が決まっている。せめて、背中を見せずに逃げ出せばまだ可能性はあったというのに。あれじゃ雷を落としてくださいと言っているようなものだ。
──シィィ……!
一番強そうな黄色のボルグ・カムランは、やっぱ強そうなだけあってきっちりこっちの警戒をしている。何度か戦ったからわかるけど、あの特有の音は奴らの威嚇音だ。たぶん甲殻の隙間辺りから出してるんだろう。知らないけれど。
残念ながら、こいつに雷はあんまり効かない。この場から動かず雷だけで倒す……なんてつよつよアラガミムーヴもこいつら相手にはできない。
ただ、やりようはいくらでもあるわけで。
──ルゥゥゥゥッッ!!
おもっくそ吠えてビビらせてから、そのまま突っ込む。
奴が構えた大きな盾に、ガントレットをそのまま叩き込む。
たったそれだけで両腕ごと盾が粉々になって、丈夫で鋭い爪が奴の胴体にそのまま突き刺さって。
──で、見事に真っ二つ。腰(?)の一番細いところで両断。無駄にくびれて細っこいから、あそこに大きな負荷がかかると折れちゃうんだよね。元よりあの巨体だし、割と耐荷重としてはギリギリなウィークポイントなのだろう。
なんとなくの推測だけれども。腰があんなに細くて弱いからこそ、前脚が盾として発達したのかもしれない。杖代わりにもなるし、上半身への攻撃を防ぐことで腰の負担も減る。ついでに下半身(?)にある長すぎる尾に対してのバランスもとれる。知らないけれど。
──シィィ……!
ああ、そうそう。
なんだかんだで、真っ二つにしても普通にアラガミは生きている。しばらくは動けると言ったほうが正しいかもわからん。こいつはサソリの姿をしているだけに、余計にその傾向が強いのだろう。
だから、ちゃんと潰す。頭を潰して、胸を潰して、足も潰して、尾っぽはしっかり引きちぎって。
幸いにして、私の体ならいかにボルグ・カムランと言えどその程度はたやすい。ましてや横たわってまともに動けないような相手であればなおさら。やはり巨体即ち重さとはパワーですわよ。
──……。
さすがにここまでやれば、もう大丈夫。ちょっと残念なことに、ボルグ・カムランは殻ばっかりで可食部は少ないから、バラしたところで個別に部位を楽しんだり味比べをする……と言ったことはできない。せいぜいが尻尾のところくらいだろうか? 胴体は噛み応えは良いんだけど喉に引っ掛かるんだよなあ……。
──シャアアアアア!
二匹目は普通に喰い千切る。可食部は少ないボルグ・カムランであっても、顎のトレーニングとしては最適だ。腕で押さえつけつつ、一本一本節の所からパキっと噛み砕いていくのがツウの楽しみ方と言ったところ。どこから食べるか、どこを最後に残すのかでその人の性格が出てくる……かもしれない。
何気に、ほんのちょっぴり口の中がピリピリするような気がするのは、こいつが荷電性だからだろうか? 味なのか電気なのか、そこのところがよくわからん。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「あ……ああ……」
──さて、それでは改めて。
私の目の前にいる、腰を抜かした(?)女の子。何やら頭から血を流していてなんとも痛々しい……けれども、致命傷って感じはしない。ちょっとカスって切り傷を負ったって所だろう。そうじゃなきゃ普通に死んでいる。
でもって、この子の神機は……ああ、ダメだありゃ。なんだかとっても前衛アートなテイストに仕上がっちゃってる。無事なところが見つからないというか、コレ初見で神機だと分かる人いるのかな?
「う、うう……」
どーすっかな、しかし。
神機がぶっ壊れている以上一人で帰るのはまず無理だろう。よく見れば足もケガしているっぽいし、それが無かったとしても今のこの子に一人でアナグラまで帰る気力があるとは思えない。そしてもちろんのこと、こんなアナグラから遠く離れたところで放置されたら、遠からずこの子はアラガミに食われることだろう。
見捨てるのは当然無しだから……ここで救援が来るのを一緒に待つか? いやでも、そもそも救援なんてくるのか? あんまり気は進まないけど、最悪の場合は背中に乗せてアナグラまで走ればいいか?
良い機会だし、これを機に人間側と協力体制を敷けたらいいなあ。迷子の神機使いを送り届けたっていうのなら、普通に良いアラガミとして認定してくれたりしないかしら? 前例がないとはいえ、榊博士ならその辺の融通を利かせてくれたりとか……うん?
「ううう……うわぁぁん……!」
えっ。
「やだあ……! もうやだあ……!」
待って。
ちょっと待って、マジで待って。
「おかあさあああん……! おかあさあああん……!」
ねえ待ってよ、何で泣いてるのよねえ。
「美味しくないってばぁぁぁ……! わたし、美味しくないからぁあああ……!!」
うん、知ってるよ。というか食べる気ないよ。襲おうとか全然思ってないし、攻撃しようともしてないよ……? 優しげな瞳で見つめているだけじゃない……!
「おかあさああん……! おか、おかあさぁああん……!」
ねえこういうのホント困るのよ。この年になるとこういうのにホントに弱いんだよ。やめてほしいのよ本当にマジで。なんかこっちまでつられてすげえ悲しい気分になってくるのよ……!
「やだよう……! 助けてよう、おかあさあん……!」
ああもう、子供みたいに泣きじゃくっちゃって……! 女の子の泣き顔にも子供の泣き顔にも弱いんだよ私は……!
くそう、人間の姿だったら抱きしめるなり頭をなでるなりでどうにかできるのに……! こんな姿じゃどうしようも──この姿のせいじゃねえか! そらこんなデカくておっかないオオカミがじっと見つめてたら喰われると思うわ!
「ぐす……っ! ひっく……っ!」
あーもう、涙でべしょべしょ……これ、わんわんみたいに顔を舐めたらたぶんそのまま気絶しちゃうだろうな……純粋に恐怖でしかないよ、この見た目だと。
というか、ちょっと待て。
──なんか、妙にビリビリパワーのユーバーセンス(仮)に反応が多くない? 結構な数の中型以上のアラガミがここに近寄ってきてない? いくらドンパチしていたとはいえ、嗅ぎつけるのが妙に早いような。
コンゴウかザイゴート……違うな、この感じ。もっとデカい奴だ。聴覚の良い大型となるとクアトリガ……いや、待て。
まさか、この子。
「やあ……っ! いやあ……っ!」
──この甘い匂い、挑発フェロモンじゃねコレ? 初めて嗅ぐ匂いだし、服に染みついているし……このご時世、こんな甘い匂いがするお菓子なんてそうそう食べられるわけが無いし。
ゲームで使ったことないから気が付かなかったけど……まさかこの子、自分に挑発フェロモンを使って囮になってたっていうの?
「食べない、でぇ……っ!!」
──食べるものか。こんなにも勇敢なお嬢さんを、いったいどうして食べると言うのか。
元より、子供を守るのは大人の役目だ。例えこの娘がゴッドイーターと言えど、その事実は変わらない。ましてや今のこの娘は神機を失っている。であれば、疑いようもなく守られるべき人間だ。
「ひゃっ!?」
慎重に首の後ろをくわえて、なるべく優しく背中に乗せる。ちょっと服の後ろのところが傷んじゃっただろうけど、この際気にしない。
「な、なんなのもぉ……!」
ああ、泣かないでほしい。あとできれば、しっかり捉まっていてほしい。
さしあたっては──すぐにこの場を離れて、挑発フェロモンをどうにかしないと。
ルゥゥゥゥ──!
この娘は絶対に……生きて、アナグラに帰さなくては。
【蛇足】
個人的な意見ですが、死に際のセリフってその人の個性とか生き様が出ると思うんですよね。
「相棒の晴れ姿(?)を見たかった」
⇒率直な願望。まだ余裕がある。
「せめて明日がよかった。みんなと一緒にお茶会をしたかった」
⇒率直な欲望。まだ余裕がある。
「痛くないといいな。酷い姿、見れたくないな」
⇒女の子らしい感性。そりゃまあ無残な遺体とか見られたくないですよね。
「ばいばい。ごめんね」
⇒なんだかんだでちょっとヒロイックに浸っている。まだ余裕がある。
「おかあさん、おかあさん」
「やだよう、助けてよう、おかあさん」
⇒本当に死を目前にして幼児退行。
自分で書いていてあれですけど、こういう毅然として最期を受け入れようとしていた人とか勇敢な人が、本当のギリギリになって「おかあさん」って泣いて助けを求めるシチュエーションにすごい弱いんです。
何ですかね、「おかあさん」ってつい口走るところに本能的あるいは原始的ともとれる心揺さぶれる何かを感じずにはいられないというか。仮に本当にお母さんが来たところでどうにもならないことなんてわかっているのに、それでも生物として、かつて絶対的に守ってくれた存在に助けを求めずにはいられないその姿にこう……言葉にできない何かを突き付けられると言いますか。昔はそうでもなかったのに、なんかこう胸がぎゅっと苦しくなってこっちの方が泣きそうになるというか……。それが女子供なら、なおさらの話です。
だから救います。故に救います。そのためだけにこの話を書いているといっても過言じゃありません。もっともっと、純粋に救われる話が増えることを心から願っております。