「え……ちょっと、どうしたの……!?」
なんとかかんとか、不格好ながらも焚火を作って。ホッと安心したように火を見つめて腰を下ろすこの娘のことを、改めてじっと見てみる。
全身に細かい擦り傷。額というか、側頭部のあたりにちょっと目立つ切り傷。加えて、未だ腫れが引いていない右足首。
普通に生活する分なら問題ないけれど、かといって放置するのは憚られる程度の傷。こいつをそのままにするってのは、さすがにちょっと忍びない。
「だ、大丈夫だよね……? わ、わたし、美味しくないからね……?」
うん、まあそりゃこんなデカいオオカミっぽいアラガミにじっと見つめられたらビビるわな。もし逆の立場だったらチビっていたかもわからん。
「まさか、血の匂いで興奮しているとかそういうの……ないよね? ここに連れてきたのも、綺麗に洗ってから食べるためとか……」
ないない。しいて言うなら、足も腰も……というか全体的に細っこくて心配している感じ。この娘ったらちゃんと食べているのかしら? 成長期なんだからその辺しっかりしてくれないとママ困っちゃうっていう。
「……どこ見てるの? ……足?」
うん、足。
見ていて一番痛ましいのはやっぱりそこだ。本人はけっこうケロリとしているけれど、歩くときはひょこひょこしていてぎこちないし、未だに痛みは引いてないと思われる。
早急なる応急処置……ないしは、治せるものなら治したいところ。
「きゃ」
角に気をつけつつ、鼻面を押し当ててみる。やはり、消毒液の匂いはしない──応急処置キットの類は持ち合わせていないのだろう。回復錠やアンプルの類もなさそうだ。全部使いきっちゃったのかな。
「うーん……人懐っこい、とは思うんだけど……」
ゴッドイーターにおいての回復手段は、持ち込みアイテム以外では回復弾が挙げられる。乱戦中に致命的な一撃を受けて吹っ飛ばされてもう終わりだ……と思ったところで、サクヤさんの神業のような回復レーザーで九死に一生を得るというのはあの時代の人間なら誰もが経験していることだ。回復量自体は回復錠には及ばないけれど、重要度としては勝るとも劣らない。
今更ながら、地面に触れる前に回復すれば大丈夫ってどういう理屈だろうね?
まぁそれはともかくとして。この回復弾、回復手段としては致命的なことに【自身が発射した回復弾で自身の回復をすることはできない】という特性がある。アラガミの死体蹴りをすればいくらでもOPが回収できてしまうから、事実上の無限回復を防ぐためにメタ的な意味でそういう特性となったのだろう。
設定的な意味では特に語られていなかったはずだからよくわからん。回復するのに自分のオラクルを使ったら意味がないとかそんな感じだろうか?
ともあれ、そう言った理由のため今回においては回復弾による治療は見込めない。神機も無いし、他の神機使いがいるわけでもない。仮にバレットだけあったとしても、これじゃどうしようもない。
だけれども。
「……なんかまた、光ってる?」
ものすごく限定的で特殊なパターンとして……アラガミが神機使いを回復させたケースも確認されている。シオちゃんが腕輪を失ったリンドウさんの治療をしていたこともあったし、もっと身近な例としてはニュクス・アルヴァの回復弾とかもそうだ。ニュクスの場合、味方のアラガミに放った回復弾を横取りする形ではあるけれども、「回復した」という事実は変わらない。
何が言いたいかって、つまり。
「なんだろ、じんわりとあったかいような……えっ」
オラクルを用いた回復とは、回復オラクルを他者から分け与えられること。そこにアラガミも人も関係ない。別の供給源からオラクルを貰うことさえできれば、理屈は不明ながらもそれは【回復】と成り得るのだ。
「な、治って来てる……? まさか、回復弾……?」
ニュクスにできるんだから私に出来ない道理は無かろう……と思っていたとはいえ、実際上手くいって一安心。さすがにきちんと調整された回復弾や回復錠には及ばないものの、応急処置としては十二分だろう。オラクルのコントロールを練習すれば、もっと回復量をあげることもできるようになるやも。
「回復弾をアラガミが使えるの……? でもこれ、回復弾の形はしてない……よね?」
なんかこう、緑色っぽい色合いをした雷。バチバチ迸っているというよりかは、ぼんやりと輝くランプのような優しい光。あえて名付けるとしたら、癒しの雷と言ったところだろうか。
きっと、アラガミならみんな大なり小なり似たようなことはできるのだろう。オラクルの扱いに(たぶん)長けているニュクスは回復弾として扱えるレベルであるってのと、あと単純に、普通のアラガミに「他者にオラクルを分け与える」という考えがないだけだ。
「ありがとう……! あなた、すごいんだね……!」
わしわし、と顎の下を撫でられる。正直もっとがっつりやってくれないと体格差ゆえにあんまり意味がないけれど……どうしてなかなか、悪くない気分だ。
「その、ついでと言ったらなんだけど……もうひとつ、お願い聞いてくれるかな?」
おん?
「明日でいいの。私を……アナグラまで、連れて行ってくれる?」
あちゃあ。それ以外のお願いだったら聞いてあげられたのに。よりにもよってそれかあ。
私だって、出来ることならそうしたいけれども。挑発フェロモンがまだ残ってますよ、って伝えられないのが本当にもどかしい。
──ルゥゥ。
「あー……やっぱ、言葉が通じるわけないか。……はは、何やってるんだろう私」
通じてはいるんだよなあ。けれど、それを伝える手段がない。まさか向こうも、本気でこっちが言葉を理解しているとは思っていないだろうし。せいぜいが、賢くて人懐こいペット扱いだろう。
──ルゥ。
「……ありがと」
尻尾でこの娘の体を包む。ついでに自身も丸まって、全身のふかふかでこの娘を包み込んだ。傍から見れば、丸っこい毛玉に埋もれているように思えることだろう。
「ふふ……あったかくてふわふわ。アナグラのベッドよりずっと気持ちいいや」
そうでしょうそうでしょう。ママの自慢のダイナマイトワガママボディですもの。
「今日はこのまま、寝ちゃっていいかな……」
そうしなさい。きっと疲れているだろうから。ママがいる限り、そこらの雑魚アラガミなんて蹴散らしてあげちゃいますわよ。
「……あの二人、無事にアナグラに帰れたかな」
あ、やっぱり誰かを逃がしていたのね。
「……うう」
あー待って待って、その声ちょっとホントやめて。マジで心がチクチクしちゃうから。
「おかあさぁああん……! キョウヤくぅん……!」
おい誰だキョウヤって。聞いてないぞそんな男。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「おかえりなさい、って……言いたかったな」
目に涙をいっぱいに浮かべて、千倉ムツミはポツリと呟いた。
「チハルさんは、いつも……いつも、元気いっぱいに挨拶してくれて。私の料理を、美味しかったーって言ってくれるんです」
ラウンジ。いつもはそこで笑顔でみんなを迎えるはずのムツミが、悲しそうに目を伏せている。声はいくらか震えていて、表情を見なくてもどんな顔をしているのかがありありと想像できるほどであった。
「……ごめんなさい。辛気臭くて、気がめいっちゃいますよね」
「いえ……」
無理矢理に作られた、その痛々しい笑顔を見て、竹田ヒバリは心の中で自分のことを罵った。
いくら大人っぽくて、そしてこのラウンジを取り仕切っていると言えど、ムツミはまだたったの九歳だ。本当だったらわんわんと泣き叫んでいるのが普通で、そして気を使ってフォローすべきはどう考えても大人である自分の役割である。
それがわかっているのに……どうしても、ヒバリには気の利いた言葉の一つも思い浮かばなかった。
「えっと……お茶会のために準備したミルクがあるので、ホットミルクにしましょうか」
「ありがとう……ムツミちゃんも、一緒に飲みませんか?」
「え……」
「今日はもう、店仕舞いでしょう? ……もちろん、私の奢りですから」
夜。子供が起きているにしてはちょっと遅い時間。普段なら、この時間でもぽつりぽつりと人の入りがあるというのに、なぜだか今日は、このラウンジにはヒバリとムツミの二人しかいない。
「ねえ、ムツミちゃん」
「なんでしょう?」
差し出されたホットミルクを一口飲んでから。カウンターの中ではなく、自分の隣に座ってきたムツミにヒバリは問いかけた。
「……こういう時くらい、泣いても良いと思いますよ」
「……」
「他に誰もいませんし……二人だけの、秘密ですから」
「……っ!」
その言葉がきっかけだったのか。あるいは単純に、時間の問題だったのか。
子供らしい丸くて大きな目からはポロポロと涙が止めどなく溢れ続け、彼女のエプロンに小さな染みを作り続けていた。
「チハルさんは……っ! 今度、新しい三角巾の巻き方を教えてくれるって……っ! 可愛いバンダナもあるし、かわいいアレンジも、きっと似合うからって……っ!」
「……」
「わ、わたっ! 私っ! すっごく、すっごく楽しみにしていて……っ!」
「……」
「お洋服も……! おさがりでよければ上げるよって……! ちょうど着れなくなっちゃった奴があるから、ちょっと手直しすればきっと大丈夫だって……!」
「……」
「それなのに……! なのに、どうしてチハルさんが……!」
ラウンジに小さく響く嗚咽。気丈に振舞っていたはずのムツミが人前で見せた初めての涙。流れる涙は止まることを知らず、そしてやっぱり、ヒバリにはこの涙を止めるための言葉を紡ぐことができなかった。
「……」
「うあああ……ん!」
だから……ヒバリは、そっとムツミの頭を抱きとめた。ただただ無言でムツミを抱きしめた。耳の後ろから聞こえてくる嗚咽が小さくなるまで頭を撫でて、体温を伝えて安心させようとした。
そうすることしか、できなかった。
「ヒバリさん……わたし」
「はい」
ぎゅ、と強く抱きしめられて。ヒバリもまた、応えるように抱きしめ返した。
「わたし……チハルさんのこと、お姉ちゃんみたいだなって……思ってたんです」
「……」
「もしお姉ちゃんが居たらこんな感じなのかなって……チハルさんがお姉ちゃんだったらよかったのにって……」
「……」
「お姉ちゃんって呼んでもいいですかって……聞こうと、思って……っ!」
言葉にならない言葉。これから二度と、決して紡がれることのない思い。チハルがそれにどう答えるのかなんて想像しなくてもわかっているのに、しかしその誰にでもわかる簡単な予想は、もう絶対に現実にはならない。
「会いたいよう……! もう一度、お話ししたいよう……!」
「……っ!」
ほんのささやかな、悲痛なる願い。いつもだったらそれはオペレーターしてのヒバリの役割で、要請に則って指定先の対応チャンネルにつなぐだけですぐに叶えられることだ。
今だって、耳元のデバイスを指先で少し操作すれば、チハルとの通信が──あれからどうしても設定変更できずにそのままであったチハルとのチャンネルにつなぐことができる。
だけれども。
あれから何度も何度も、繰り返しているのに。
──なんで、応答してくれないんですか。
聞こえるのは、ノイズ音だけ。改めて突き付けられたその事実に、ヒバリの目から涙があふれた。
サクヤさんの回復レーザーには本当にお世話になりました。何度助けてもらったかわかりません。この場を借りて御礼申し上げます。