GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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19 ごはん/『ぶっ殺してやるッ!!』

 

「うわあ……」

 

 その白いアラガミの背中にしがみつきながら、桜田チハルはあんぐりと口を開けた。

 

 ──ルゥゥッ!

 

 アラガミというのは、人類の敵だ。例えそれが小型アラガミであろうと、神機使い以外では対抗する術が全くない。出来てもせいぜいが時間稼ぎ程度で、防壁の中にたった一体だけアラガミが侵入しただけでも、その地区すべてが廃墟になってしまう……なんてことも、決して珍しくない。

 

 そのはずなのに。

 

 ──ギャアアアア!?

 ──キィィィィ!?

 ──シャァァァァ!?

 

「……うぇっぷ」

 

 蹂躙。その二文字以外にいったいどうやって、この状況を表現すればいいのだろうか。

 

 この真っ白なアラガミは、チハルを背に乗せて走っている。文字通り、目の前に立ちふさがるものすべてを蹴散らして。

 

 ──オウガテイルの群れは、そのまま体当たりで蹴散らしてバラバラにした。

 ──ザイゴートの群れは、電撃を飛ばして黒焦げにした。

 ──コクーンメイデンなんて、路傍の小石にみたいに蹴り飛ばされてぐちゃぐちゃになっていた。

 

「も、もう……獲物とすら認識してない……」

 

 激しく動く背中と、神機使いであっても顔をしかめたくなるほどにスプラッタなそれ。爽やかな風が常に顔に当たっているはずなのに、チハルの胸はどんどんとむかむかとしてきて、喉の奥から変に酸っぱい何かがこみ上げてきそうになる。

 

 果たして、今日だけでいったいどれほどのアラガミを始末したのか。五十を超えてから、チハルは数えるのをあきらめている。

 

「ちょ、ごめ……おねがい、どこかで止まってぇ……!」

 

 ──ルゥ?

 

 チハルの必死なお願いが効いたのだろうか。やがてその白いアラガミは、やっぱりどこかの水辺でぴたりと足を止めた。おまけにチハルが背中から降りやすいように地に伏せて、さらにはそのふかふかで大きな尻尾で降りる時の補助までするという、まさに至れり尽くせりな状態である。

 

「うーん……気持ちは伝わってる、はずなんだけどなあ……」

 

 こうして定期的に休憩として水場に寄ってくれる。アラガミと戦う時は──まだ大型アラガミとは戦っていないが、チハルが振り落とされないように注意して戦ってくれる。電撃を使う時も全身での発電は行わないところを鑑みるに、チハルを守る対象として認識している……すなわち、すこぶる賢いのは間違いない。

 

 神機を失ったチハルにとって、このアラガミは生き残るための唯一の生命線だ。このアラガミが居なければ……このアラガミが守ってくれなければ、チハルはとっくに死んでいる。そういう意味では、今のこの状況はチハルにとってかなり都合が良いと言っていい。

 

 唯一、問題があるとすれば──あれから一向に、このアラガミがアナグラへ向かおうとしないことだろう。【休憩】、【休憩終わり】の大きく二つは伝わってくれるのに、どういうわけか一番肝心なそれだけがどうにも伝わってくれないのだ。

 

 ──ルゥゥ……。

 

「……匂いを嗅ぐの、好きなのかなあ?」

 

 すんすん、すんすんとそのアラガミはチハルの体に鼻面を押し当てる。休憩の度にこうするものだから、チハルもすっかりそれに慣れてしまった。

 

「見た目はおっかないのに、あなたは随分と甘えん坊なんだね……あ」

 

 きゅるる、と小さく騒ぐチハルの腹の虫。ある程度落ち着いてきたところで、どうやら体が正常な反応を示しだしてきたらしい。

 

「そう言えば、昨日から何も食べてない……キョウヤくんの言う通り、レーション持ってくればよかった」

 

 戦場でご飯なんて食べる余裕はないから、チハルはレーションを携行したことは一度も無い。先輩の神機使いでさえ、持ち込んでいるところを見たことが無い。

 

「……あっ!?」

 

 それでも、ダメもとでポケットをまさぐって……そして、チハルは気づいた。

 

「カノンさんのクッキー!」

 

 任務前に、カノンから貰ったおやつ。ちょっと作り過ぎちゃったので、よかったらどうぞ──と笑顔で渡されたそれ。甘味なんて滅多に食べられないこのご時世においては文字通りのご馳走で、こんな素敵な先輩になりたいとチハルは秘かに憧れを抱いたものだ。

 

「よかった、防水仕様のポケットで……!」

 

 可愛らしい包み紙を開けて。

 

 そしてチハルは、絶望した。

 

「……うわー」

 

 美味しそうな、クッキーだったもの。いや、クッキーであることには間違いないのだが。

 

「バッキバキに砕けてる……もう、ほとんど原型が残ってない……」

 

 複数のアラガミ相手に大立ち回りをした。そしてついさっきまで、大きく揺れる背中に乗っていた。ここまでやっていたのなら、ポケットの中のクッキーが砕けてしまうのも無理はない。それはチハルもわかっているのだが、理性と感情はまた別の話である。

 

「まぁ、食べられるだけありがたいや……うん?」

 

 ──ルゥゥ……?

 

 先輩(カノン)に感謝を捧げながら、その小さな破片を口に入れようとしたチハルを。

 

 大きな白いアラガミが、じいっと見つめている。

 

「……あなたも、クッキー食べたいの?」

 

 ──……。

 

 返事はない。

 

 ただ、じーっとその可愛らしい包み紙を見つめている。

 

「……そうだね、助けてくれたお礼をしないとだもんね。もうほとんど粉だけど……半分こにしようか」

 

 体感として、粉になったクッキーを食べたところでおなかは膨れない。下手に口に入れる分、余計におなかが空くことにもなるかもしれない。加えて、あくまで嗜好品だ。ほんの一口か二口分程度上げたところで、大して変わらないだろう。

 

 そう考えたチハルは、まだしも原型が残っている欠片をいくつか口に放り込んでから、白いアラガミの口元へその手を伸ばした。

 

「ほら、あー……あっ」

 

 ──ルゥ!

 

「あー……包み紙ごと食べちゃった……」

 

 口の中に入れてあげようと思ったら、なんかそのまま包装ごと食べられてしまった。元よりアラガミなんて悪食の雑食極まりない存在ではあるが、なんとなくチハルの中の良心がちくりと疼く。

 

「この子もお菓子、好きなのかなあ……そんな偏食傾向のあるアラガミなんて、聞いたことないけど……」

 

 誰もいないからいいよね──と、チハルはぺろりと指を舐める。ちょっぴりはしたないが、ここに居るのは自分のほかにはこの白いアラガミだけだ。恥も外聞もあったものじゃない。

 

「あー……そっか、レーションがあんなにガチガチで硬いのって……持ち運びの時に割れないようにするためだったんだ……」

 

 わかってしまった衝撃の事実。あんなにも硬くてパサパサしていて美味しくないレーションであっても、今この瞬間においては恋しくなってくるというから人体というものは不思議である。少なくとも、今この瞬間ほどレーションが食べたくなったことは、神機使いになる前を含めてもチハルの記憶にはない。

 

「おなかすいたなぁ……きゃっ!?」

 

 ──ルゥ!

 

 ゆっくりと立ち上がったその白いアラガミが、チハルの後ろ首を優しく噛んでぽん、とその背中に乗せる。

 

 そして、大きく吠えてから颯爽と走りだした。

 

「もぉ……! 乗せる時は一声かけてってばぁ……!」

 

 ベストのポジションをさぐりつつ、チハルはぺんぺんとその背中を叩く。果たして意図が通じたのかはわからないが、白いアラガミはいつもと変わらない様子で小さく吠えた。

 

「今度はどこに連れてってくれるのかな……」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「ここは……あ!」

 

 ──ルゥっ!

 

 それから約二時間後。丘を走り、崩壊した道路を走り、山を登って、そこから下の景色を見渡したところで。

 

 チハルの視界の端に、光を鈍く反射する人工物が映った。

 

「トレーラー? ん……随分前に事故ったやつかな……?」

 

 山間の崖の下に遺棄された、フェンリルマークのついたトレーラー。車体の一部が大きくひしゃげているところを見るに、道中でアラガミに襲われて転落したといったところだろう。

 

 すでに全体が草木で覆われつつあるところを鑑みると、場所が場所なだけに回収作業もままならずに放置されたのであろうことが見て取れた。

 

「まさか、人はいないだろうけど……ああ!?」

 

 チハルにとって、良い意味で予想外だったのは。

 

「保存食……まだ食べられそうなのが、けっこうある……!」

 

 風雨にさらされ痛み始めてきているコンテナの中に、まだ未開封の保存食が積み込まれている。破損して中身が漏れ出ているものもあるが、それでも無事なものの方がずっと多い。

 

 パッと見ただけで、ジャイアントコーンのシリアルバーに配給でもよく見かけるガチガチに硬いレーションもある。もっと探せば、クッキーやチョコレートと言った嗜好品でさえも見つかりそうな雰囲気があった。

 

「……もしかして、私のご飯を探してくれたの? あのクッキーから、同じような匂いの物を探った……とか?」

 

 横転したトレーラーに寄り添うように伏せ、チハルを見守るその白いアラガミ。そう言えば、なんかやたらと匂いを嗅いでいたな──と思い出したチハルは、信じられないと思いながらも呟かずにはいられなかった。

 

「あなた……実は、キョウヤくんよりも賢かったりしない?」

 

 ──ルゥ!

 

 答える者は、どこにもいない。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 ──藤木コウタは、困り果てていた。

 

「うう……っ! うわああ……っ!」

 

 胸部に感じる、ほのかな圧迫感。首の下の方から聞こえる、女の子の泣き声。

 

 もっと言えば……触れる髪の毛がくすぐったくて、そしてなんだか胸のあたりがしっとりと濡れているような気がする。

 

 そう……藤木コウタは、女の子に抱き着かれている。それは妹でもなければ、ましてや母でもない誰かだ。おまけにこれでもかというほどの全力で──正直に言うと爪が食い込んでちょっと痛い──抱き着かれているというのだから、男冥利に尽きるというものだろう。

 

「うわああ……んっ!」

 

「あー、その」

 

 だけれども、ちっともそんな気分にならない。なれるはずがない。

 

「うぁぁあん……!」

 

 コウタの胸に縋りついて、ポロポロとずっと涙を流し続けるエリナ。決して自分の弱いところを見せようとせず、誰かに頼ることを苦手とするあのエリナが……恥も外聞もかなぐり捨てて、子供のように泣いている。

 

「するって……! お茶会するって、約束したじゃないですか……っ!」

 

「……」

 

「かわいいバンダナのアレンジ教えてくれるって、言ってくれたじゃないですか……っ!」

 

「……」

 

「一緒にまた、訓練してくれるって……っ!」

 

 言葉にならない言葉。涙と共に零れ落ちるのは、そんななんてことのない小さな約束。日常の、何気ない会話の中で交わしたありきたりなものだというのに……だからこそ、その一つ一つがどうしようもない程重くのしかかってくる。

 

「エリナ……」

 

「バカエミールっ! こっち見るなっ!」

 

 エリナはあまり感情のコントロールに長けている方ではない……というのがコウタの認識だ。同じ年の頃の自分と比べて明らかに賢く聡明ではあるのだが、それはそれとして熱くなりやすいというか、良くも悪くも影響を受けやすい方だと思っている。

 

 しかしそれを抜きにしても、今のエリナは感情的になりすぎていた。

 

 ──そりゃ、そうだよな……。

 

 なんて言葉をかけて良いのかコウタにはさっぱりわからない。その気持ちが分かってしまうだけに……加えて、泣いても喚いてもどうしようもないことを理解してしまっているからこそ、かける言葉が見つからない。

 

 なんだかやるせなくなって、コウタはエリナの肩を優しく叩いた。

 

「なんで、ですか……!」

 

 真っすぐ見上げてきた、涙にぬれた瞳。今にも零れ落ちそうなその瞳には、強い悲しみの光が宿っている。

 

「なんで……どうして!? どうして、私の周りばかり……! なんでなんですか!?」

 

「ちょ、エリ──」

 

「お兄ちゃんだって! あんなに強かったのに! あんなにすごかったのに! いつも通りに出撃して……それが、最後の姿だったっ!」

 

「……ッ!」

 

「チハルさんも、お兄ちゃんと同じ……! お別れだって言えない……! もう二度と、あの笑顔が見られない……!」

 

「……」

 

「嘘つき……! 二人とも、嘘つきだよ……! なんで、どうして……!!」

 

 言ったところでどうしようもない。何度問いかけても、誰もそれに答えてくれない。

 

 そんなの、エリナ自身も心の奥底ではわかっているのだろう。だけれども、止めることなんてできるはずがなかった。

 

「それにチハルさんは……! 帰って来る(・・・・・)こともできなかった……!」

 

「……」

 

「ひどいよ……どうして、そんな……!」

 

 エリナの兄──エリック・デア=フォーゲルヴァイデ。約三年前にこの極東で殉職した神機使いだ。彼もチハルと同様に任務中にアラガミに襲われて殉職したわけだが、チハルと異なり、同行してた神機使いによりそのアラガミは速やかに駆逐されている。

 

 少し言いかえるのならば。エリックは神機使いとして殉職し、そして無言の帰宅をすることができた(・・・・・・・・)

 

 しかし、チハルの場合は。

 

 壊れた神機と、ボロボロのバンダナしか残されていなかった。

 

 それ以外の物は、一切なかったのだ。

 

「あんまりだよ……! チハルさんが、かわいそうだよ……!」

 

 殉職した神機使いの遺体が、無事に戻ってくることなんてありえない。見るも無残に喰い散らかされて、もはやそれが人の遺体であるかすらわからない状態であることも珍しくない。ただし、それでも……全く何も残らないということは滅多にない。大なり小なり、何かしら埋葬できるものが戻ってくるというのがよくあるパターンだ。

 

 だけれども、チハルはそれさえ無い。何も、何も残らなかったのだ。

 

「どうして……!? どうしてチハルさんなの……!? どうして良い人ばかり、こんな……!」

 

「──良いとか悪いとかは関係ない。どんな奴だろうとあっさり死ぬのがこの仕事だ」

 

 後ろから静かに呟かれた声。コウタが止める間もなく、その声の主はただ淡々と事実を告げた。

 

「それが嫌だと言うなら、今すぐ神機を置け。こんなクソッタレな仕事はやめて、普通に生きろ」

 

「おま、ソーマ!?」

 

 全く表情を変えずに言い切ったソーマ。泣きじゃくるエリナに対して優しい言葉をかけるわけでもなく、かといってそっとしておくわけでもなく、いつも通りの様子を崩さない。あまりの態度にコウタがぱくぱくと言葉にならない言葉を発していても、全く動じていなかった。

 

「新兵だろうとベテランだろうと死ぬ。今日雑談して笑いあっていた奴が、明日には喰い荒らされて帰ってこない……そんな話は珍しくも無い」

 

「あなたは、チハルさんが──!」

 

「だから、関係ない。俺もお前も(・・・・・)、明日には死んでるかもしれない。それだけの話だ」

 

「……っ!」

 

「どれだけ強くなっても、死ぬときは死ぬ。どれだけ努力しても、報われないかもしれない。……俺達がいるのは、そう言う場所だ」

 

「……」

 

「もう一度言う。この現実が受け入れられないのなら……神機使いなんて」

 

「──嫌ですっ!」

 

 ソーマが言い切る前に。

 

 エリナは、ソーマの顔を真正面から睨みつけながら言い切った。

 

「誰が諦めるものか……! 絶対、絶対チハルさんの仇を取ってやるッ! たとえ今は無理でも……!」

 

 エリナの瞳には、涙と共に新たな強い光が輝いていた。とてもこの年の少女が持つとは思えないほどの、力強い意志が宿っていた。

 

 ただめそめそと泣いていただけの少女のはずなのに。自分でもわからないほどの強い激情が、心に誓いを立てさせたのだ。

 

 

「いつか必ず強くなって──アラガミなんて一匹残らずぶっ殺してやるッ!!」




 配属されたばかりで親しい先輩が殉職したとあって、エリナちゃんの情緒はだいぶ不安定になっています。彼女の場合、経歴が経歴なのでふさぎ込むよりかは外部に悲しみをぶつけるタイプだと思うのですが、あまり似つかわしくない強い口調であるのはそれだけ感情が昂っていたから……ということでお願いします。
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