GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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20 じゅうりん/先輩たちの見栄

 

「……やっぱりキミ、本当に賢いよね?」

 

 ──ルゥ!

 

 ひとまずの食事を終えたチハルは、その白いアラガミの背に揺られながらぼんやりと呟いた。

 

 おなかを空かせたチハルのために、食べられそうなものを見つけてくれた……ここまでならまぁ、信じられた。いや、アラガミがそんなことをしてくれるという段階ですでに眉唾なところがあるが、全く想像できないわけでもない話ではあるだろう。

 

 チハルの想像を超えたのは、その後のことだ。

 

「……それ、動かせるんだね?」

 

 ──ルゥゥ。

 

 おなかいっぱいになったチハルに対して出てきた問題。目の前にたくさんの食料はあれど、これを持ち運ぶことが叶わない。せいぜいがポケットに入れられるくらいの量しか運べず、そしてここで沢山食べ溜めしておく……なんて都合のいい芸当が出来るわけもない。

 

 どうしたものかと頭を悩ませていたチハルだったが、そんなチハルの問題をこのアラガミは一気に解決して見せたのだ。

 

「ボックスごと回収してマントで押さえつけておく……そりゃ、できないことはないんだろうけどさ」

 

 食料が詰まった、段ボール箱大のそのボックス。そいつを背中にひょいと乗せて、落ちないように青いマントで押さえつける。この白いアラガミがやったのは言って見ればそれだけの話だが、いったい誰がアラガミがそんなことをしてくれるだなんて想像するだろうか。

 

「まぁ、ご飯の心配が無くなったのは良いことかあ……」

 

 食料がぎっしり詰まった箱が四つ。これだけあれば、少なくとも二週間は困らないだろう。さすがにいつまでもこうして外を放浪するつもりはチハルにはないが、当面の心配がなくなったことで気持ちが軽くなったのは紛れもない事実であった。

 

「これで、あなたがアナグラに向かってくれれば言うことなしなんだけど……」

 

 いろんなお願いを聞いてくれるし、こちらに必要なものを察して自分から動いてくれるのに、どういうわけが一番大事なそれだけは叶えてくれない。簡単ではあるが意思疎通ができるのに、こんなにも切望していることが伝わってくれない。

 

 能力的に不可能ではないはず……と、チハルは考えている。これが弱いアラガミだったら移動に慎重になるのも理解できるのだが、このアラガミはすさまじく強い。七体もの上位個体のアラガミに同時に喧嘩を売って無傷で打ち倒しているのだから、この辺りで勝負になるアラガミなんていないと言って良いだろう。

 

 つまり、このアラガミはアナグラに向かう能力がありつつも、あえてそれを避けているということになる。

 

「なんだろ……神機使いに討伐されるかもって思ってるのかなあ……」

 

 ──ルゥゥ。

 

「それとも昔、神機使いに襲われてトラウマになってる……そんなわけないか」

 

 ──ルゥ。

 

「あなた強いもんね。それに、未発見のアラガミみたいだし」

 

 ──ルゥ!

 

「……ねえ。私がちゃんとあなたが良いアラガミだって説明してあげるからさ。お願いだから……アナグラに行かない? 大丈夫、みんな最初はびっくりしちゃうかもだけど……きっと、受け入れてくれるよ」

 

 ──ルゥゥ。

 

「ほら、あっちのほう」

 

 とんとん、とチハルは左手でその背中を叩く。このアラガミの賢さなら、これでチハルの意図していることは間違いなく伝わるだろう。そう確信できる程度には、チハルはこのアラガミのことを理解しつつある。

 

 けれども。

 

 ──ルゥッ!

 

「……ダメかあ」

 

 やっぱり、そっちの方向だけにはいかない。少し近づくことはあっても、ある一定以上の距離を必ず保っている。

 

「この子の気が変わるのを待つか……偵察用のヘリか何かに見つけてもらうしかないのかな……」

 

 大きく場所を離れてしまった以上、救援部隊に発見してもらうのはあまり期待できないだろう。加えて結構な速度で頻りに移動しているものだから、展開中の部隊に見つけてもらうのも現実的な話じゃない。

 

「これ、どう考えてもMIA扱い……下手するとKIA扱いになってるよね。捜索打ち切りの可能性もある……あっ」

 

 そんなことを、考えていたら。

 

 

 ──アアアアアッ!

 ──シャァァァァ!

 ──キィィィ!

 

 

 おどろおどろしい叫び声。気づけば、前方にアラガミの群れがいる。

 

 目視で確認できる範囲で……サリエル、アイテール、クアトリガ、テスカトリポカ……そしてヴァジュラとプリティヴィ・マータの合計六体。チハルの直感が正しければ、そのどれもがランク5以上はありそうな雰囲気を纏っている。

 

「接触禁忌種……こんなに集まっているのは初めて見たかも」

 

 アイテールはサリエル神属の、テスカトリポカはクアトリガ神属の、そしてプリティヴィ・マータはヴァジュラ神属の第二種接触禁忌種のアラガミだ。チハルもその存在こそ知っているものの、階級が足りないためにその討伐に参加したことは一度も無い。少なくとも曹長以上でもないとまともに相手にすることは不可能で、部隊を組んで綿密な作戦を立てて挑むべき相手である。

 

 そんな接触禁忌種が、同時に三体もいる。そもそもとして滅多に出現しないアラガミではあるが、どうやら互いに縄張り争いでもしているのか、三神属で対立しているような雰囲気を醸し出していた。

 

 ──ルゥっ!

 

「あ」

 

 神機があってもチハルじゃ太刀打ちできない相手ではある……のは当然として。

 

 その白いアラガミは、サリエルたちの知覚範囲外で足を止めて地面に伏せた。

 

「降りろ……ってことだよね?」

 

 ──ルゥ!

 

「……倒すの? 接触禁忌種が三体もいるけど……大丈夫なんだよね?」

 

 ──ルゥゥ!

 

「ふふっ……行ってらっしゃい、気を付けてね」

 

 ──ルゥゥッッ!!

 

 チハルが背中から降りた瞬間、その白い巨躯が疾風となって駆けていく。長い雄叫びに最初に気付いたのがクアトリガで、少し遅れてにらみ合いをしていたサリエルたちもこちらに振り向くのがチハルからも見て取れた。

 

 ──ギャアアアア!?

 

「うわー……」

 

 最初にやられたのが、サリエルだった。迎撃するために放ったレーザーを全て紙一重で躱され、そのまま飛び掛かられて成す術もなく地面に叩きつけられた。ガントレットによる重い一撃で頭を潰され、そのまま胸元を抉るように噛み千切られて。止めとばかりにその状態で電撃を叩きこまれて、ぴん、と指先まで体を硬直させた後はピクリとも動かなくなった。

 

 ──シィィィ!?

 

「うぉう……」

 

 次にやられたのが、クアトリガだった。サリエルの体ごと消し炭にするかのように放った何十発ものミサイルをそのまま受け止められて、排熱の隙をつかれて前面装甲を叩き潰された。その衝撃で左の前脚も砕けて、体が傾いたところでミサイルポッドも雷を纏った一撃でもぎ取られた。

 

「……あっ!?」

 

 さすがに、同族をやられて黙ってはいられなかったのだろう。

 

 テスカトリポカが巨大なトマホークミサイルを射出し……そして、最後の抵抗とばかりにクアトリガもまたボロボロになった前面装甲からトマホークミサイルを露出させる。

 

 加えて、上方に発生した特徴的な黒い渦。そこからは、全く別のトマホークミサイルが姿を覗かせている。

 

「……危ない!」

 

 ──が、しかし。

 

 チハルが叫ぶよりもずっと前に、その白いアラガミは離脱している。

 

 後ろから迫るトマホークミサイルはもちろん、上方にワープしていたミサイルも、クアトリガが自ら燃え上がり周囲を焼き尽くすこともわかっていたかのように、いつのまにやら安全な場所へと跳んでいた。

 

 ──ギャアアアア!?

 ──アアアアアア!?

 

 結果として。

 

 クアトリガが放ったミサイルはテスカトリポカへ。

 テスカトリポカが放った二発のミサイルは、クアトリガへ直撃することとなった。

 

「うそ……!? 全く見ていなかったのに、どうやって……!?」

 

 チハルが目を見開いている間にも、テスカトリポカが嬲り殺されて。その巻き添えを食らう形で、アイテールにも雷が直撃して。完全に死角からの不意打ちであったはずのマータの氷柱をこれまた完璧に避けてみせたその白いアラガミは、楽しくて楽しくて堪らないとばかりに雄叫びをあげる。

 

 ──ルゥゥゥァァァッ!!

 

 雷撃。大きな大きな衝撃音。目の前が真っ白になるほどの閃光に、一瞬だけ感じた新品の電子機械のような特有の匂い。

 

「……うっわあ」

 

 閃光に眩んだ目が、ようやっと元に戻って。

 

 チハルの目に映ったのは──死屍累々となったアラガミの亡骸のうえで、自慢げに遠吠えする白いアラガミの姿であった。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「キミ……感知能力が凄く高いのかなあ? まるで相手の動きがわかっているかのようだったけど……」

 

 ──ルゥ!

 

 戦いの跡地。見るも無残な亡骸と化したアラガミたちとは対照的に、その白いアラガミは無邪気に尻尾をぶんぶんと振っている。未だぶすぶすと何かが焼け焦げたような嫌な匂いが立ち込めているものの、その尻尾の風圧により幾分かマシなものになっていた。

 

「あれだけいたアラガミをあっという間に倒しちゃうなんて……! あのプリティヴィ・マータをオマケみたいにあしらってたし……!」

 

 強いアラガミだとは思っていたものの、こうして本気(?)で戦う所を改めて見て、チハルはほうとため息を吐く。最初から最後まで危なっかしいところはまるで見受けられず、あれだけの数を相手にして終始余裕をもって戦っていたというのだから驚きだ。それも接触禁忌種を相手取っていたというのだから、もはや驚く以外の感情が出てこない。

 

「ああ、勿体ない……! あのコア全部回収したらすごい金額になるよ……!? 神機があればなあ……!」

 

 接触禁忌種のコアなんて、そうそうお目にかかれるものじゃない。上手く取り出せれば新しい神機を作れるかもしれないし、そうでないにせよ、何かしらの研究の役に立つことは間違いないだろう。神機以外にも有用なアラガミ素材はいくらでも取れるだろうし、文字通り、ここはあらゆる意味で宝の山と言って良い。

 

 ──ルゥゥ。

 

「あっ……そっか、あなたもご飯を食べないとだもんね」

 

 やっぱり、こういうところはアラガミっぽいよね──と、チハルはそのアラガミが食事(・・)をしている様子を見てぼんやりと考える。正直な所なかなかグロテスクな光景であまり直視はできないが、あまりにも美味しそうにその亡骸を貪る姿を見ると、少しだけ心が軽くなるから不思議なものであった。

 

「ね、ねえ……! その、コアはあなたが食べて良いからさ……! それ食べ終わったら、素材の回収に協力してくれないかな……?」

 

 ──ルゥ?

 

「あっちの体の一部とか、なんかこうコア以外でオラクル反応が強そうなやつとか……! 上位素材って全然出回らないってみんな言ってるし、捨てていくのはあまりにももったいないし……!」

 

 ──ルゥ。

 

「その、ね? 持っていけそうな分だけでいいの。私の神機は無いし、あなたのその爪と牙で上手く切り取ってほしいな……なんて」

 

 ──ルゥ!

 

 

 ──まさかこの子、ホントに言葉が分かってたりしないよね?

 

 

 その後、ほとんど指示通りにアラガミを解体する様子を見て、チハルは心の中で首を傾げた。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「お前なあ! 元気づけるにしてももっとこう……なあ!」

 

「“優しい”やり方じゃダメだったんだろうが」

 

 アナグラの、とある通路の休憩スペースにて。白金の上着を羽織った二人が、缶を片手に雑談していた。

 

 一人は、クレイドル兼第一部隊隊長の藤木コウタ。

 もう一人は、元第一部隊であるクレイドルのソーマ・シックザールである。

 

「……どうせお前、ああやって散々おっかないことを言ってビビらせて、エリナを危険なことから遠ざけたい……とか思ってたんだろ」

 

「……」

 

「どうすんだよ。絶対良くない方向へやる気出しちゃっただろアレ」

 

 図星だったのだろう。ソーマは柄にもなくさっと目をそらし……そして、言い訳するようにつぶやいた。

 

「……フォローは頼んだぞ、隊長さん?」

 

「おま……っ!」

 

 ソーマとコウタとでは、文字通り神機使いとしての年季が違う。いくらコウタがあの第一部隊の隊長とはいえ、そのキャリアはせいぜいが三年程度しかない。スピード出世であることには違いないが、十年も神機を振るっている大ベテラン(ソーマ)とはそもそもの戦闘経験に天と地ほどの差があると言って良い。

 

 だけれども──こと、この手の人間関係的な部分においては。自分の方がはるかに勝っているという確信をコウタは抱いた。

 

「はぁ……ま、そう言う風に人のことを思いやれるようになっただけ、マシなのかな。俺が入ったころのお前、めっちゃ冷たくて一匹狼ぶってたし」

 

「言ってろ」

 

 任務と任務の間の、僅かな休憩のひと時。ある程度のベテランともなれば、良くも悪くも非日常でクソッタレなこんな日常にも慣れてしまい、スイッチの切り替えもそれなりにちゃんとできるようになってくる。休める時はきっちり休まないと、それこそ次の仕事に差し支える──つまりは、自分の番(・・・・)になってしまいかねないというのを無意識的に理解しているのだ。

 

「チハルってやつは……随分と、ここに馴染んでいたんだな」

 

「あれ、あんまり一緒に仕事したことなかったんだっけ?」

 

「一回、バンダナを渡されたことがあるが……階級も部隊も違ったからな」

 

「ああ、それもそうか……チハルはお前と違って、入隊当初から明るくてムードメーカーなちっちゃいお姉ちゃんって感じだったんだよ」

 

「……」

 

「なんかちょっと珍しいな、お前がこういうこと気にするなんて」

 

 コウタの何気ない疑問。ソーマという人間は良くも悪くも口数が少なく、そう言ったことにあまりこだわる様子は見せない。心の中では誰よりも仲間のことを大切に思っているものの、ちょっぴり冷たすぎると誤解される程度にはいつも冷静沈着だ。

 

「……エリナもそうだが、みんな酷い顔だったから」

 

「……あの時も言ったけどさ。あの日……任務が終わったら、チハルの入隊二周年のお祝いのお茶会をやろうって。だから、余計に」

 

「そのお茶会って、準備をしたのは──」

 

 

 

「──私ですよ」

 

 

 

 カチューシャのように巻いた三つ編みとポニーテール。緑色のエプロン風のワンピース姿。

 

 通路の向こうからコウタたちに声をかけたのは……現第四部隊所属、元第二部隊防衛班所属の台場カノンであった。

 

 ちなみに、その後ろには第四部隊隊長であるハルオミもいる。

 

「おつかれさまです……ソーマさんたちも、周囲の偵察任務に行ってたんですか?」

 

「ああ。そう言うお前たちも……」

 

「お察しの通りさ。今のこの状況の中で、周囲の安全確認なんてできる人員は限られてるからな。……つくづく、防衛班の連中がサテライトの方に行っちまってるのが悔やまれるぜ」

 

 ちょうど、カノンたちも任務帰りなのだろう。自動販売機で同じように飲み物を買って休憩する動きを見せたので、ソーマもコウタも腰を上げて少しだけ横の位置にずれた。

 

「……ソーマさん? どうかしました?」

 

「いや……」

 

 ミッションカウンターに立つヒバリは、ソーマが見てわかるほどに酷い顔をしていた。神機を預けに行ったときのリッカも、今までにないほど暗い顔をしていた。泣いて取り乱していたエリナはもちろんのこと、ラウンジのムツミも必死に涙をこらえていた。

 

 それに比べて、ソーマの目の前にいるカノンは。

 

 ソーマが知っているカノンにしては、妙に落ち着いているように見えた。

 

「少し、意外に思っただけだ。……お前が一番、取り乱すと思っていた」

 

「おま……本当にデリカシーねえな」

 

「ふふ……いいんですよ、コウタくん。悲しいことは間違いないし……でも、私も結構、長いですから」

 

 こく、こくと喉を小さく動かして。

 

 ふう、と一息をついたカノンは、自分に言い聞かせるようにして呟いた。

 

「正直今も、泣き出したいです。でも……それでチハルちゃんが、いなくなってしまった人が喜ぶとは思えない」

 

「……」

 

「それに……先輩がしっかりしないといけないでしょう? 私がわんわん泣いてたら、エリナちゃんが泣けなくなっちゃいます」

 

「……」

 

「私の時もそうだったから……だから今度は、私が頑張る番。それだけの、話なんです」

 

 カノンのその言葉を、その通りに受け取る人間はここにはいない。誰がどう見てもカノンが無理しているのは明らかで、その弱弱しい笑みは見ていて痛々しいほどだ。 

 

 女の子同士、お祝いを企画する程度には仲が良かったのだ。気丈に振舞えと言うほうが、無理な話だろう。

 

「あー、お前の言葉を借りるわけじゃないが」

 

 動いたのは──この中ではあらゆる意味で一番人生経験を積んでいる、ハルオミだった。

 

「俺は年上でお前の上司。神機使いとしてのキャリアもはるかに上の先輩だよな?」

 

「え、ええ……」

 

「でもって、ソーマも同じく神機使いとしての大先輩なわけだ」

 

「そ、そうですけど……」

 

「で、コウタは……年下で後輩だけど、隊長格で頼れる男だ。付き合いも結構長いだろう?」

 

「ハルさん、なんか俺だけ扱いが雑じゃない……?」

 

「細かいことは良いんだよ……んん」

 

 わざとらしく咳払いをしてから。ハルオミは、きょとんとしているカノンに優しく語りかけた。

 

「──ここにはお前の“後輩”はいないよ。カッコつけなきゃいけない理由なんて、どこにもないんだ」

 

「……っ!」

 

 その言葉をきっかけにして。

 

 カノンの丸くて大きな目から、一粒、また一粒と大粒の涙が流れていく。

 

「うわぁぁぁん……っ!」

 

 通路に響く、嗚咽の声。あふれ出る涙がカノンの胸元に小さな染みを作り続けていく。

 

「なんとかなるって、思って、たんです……っ!」

 

 目をごしごしとこすっても。それでも涙は、止まらない。

 

「三年前……! あの時の私でさえ、生きて帰ってこれたんだから……! 私よりもしっかりしているチハルちゃんなら、絶対大丈夫だって……っ!」

 

「あ……」

 

 三年前。当時のカノンは、チハルと同じように──アラガミの襲撃から新人を庇い、一時的にMIAとなっている。最終的には全員無事に保護されたわけだが、シチュエーションだけを鑑みれば、状況は非常によく似ていたと言って良い。

 

 当時のカノンは神機使いになって二年目だった。そんなカノンが、第一種接触禁忌種のツクヨミから新人を逃し、そして自身も生還することができた。その時は同部隊の人間──ブレンダンも一緒だったとはいえ、【自分でさえもなんとかなった】というその成功経験は、不安に揺れるカノンの拠り所であったのだろう。

 

 しかし、今回は。当時のカノンよりも経験を積んでいるはずのチハルだったのに、このアナグラに帰ることは叶わなかった。新人二人を逃すところまではできても、チハル自身の姿はどこにもなく、原型をとどめないほど破壊された神機しか戻ってこなかった。

 

 それがどれだけカノンの心に暗い影を落としたのかは、もはや察するまでもない事だ。

 

「だって、だってぇ……! 今までなんとか、なってきたじゃないですかぁ……! リンドウさんだって、戻って来たじゃないですかぁ……!」

 

 曝け出すことができた本音。嘘偽りのない、心からの叫び。

 

 しかし、心情を吐露することはできても……結局は、それだけでしかない。ため込んでしまうよりかはマシだが、それ以上どうにもならないのだ。

 

「は、ハルさん……!」

 

「慌てんな、コウタ。……こういう時は、黙って傍にいるだけでいいんだよ」

 

「で、でも……」

 

「──そう言うお前こそ、無理してないか? ……この時間なんだ、他に通る人なんていないと思うぜ」

 

 コウタとは、あえて目を合わせずに。

 

 ハルオミはその缶に口をつけながら……どこにもいない誰かに語り掛けるようにして呟いた。

 

「……大丈夫、だよ。けど」

 

「うん?」

 

「よく考えてみれば……俺にとっても、この場には先輩しかいないって改めて気づいた」

 

「……」

 

「十分……いいや、五分だけ。忘れっぽく(・・・・・)なってくれないかな?」

 

「……おう。何なら胸も貸してやるよ」

 

 

 ──うわあああん……!

 ──ぐすっ……! うう……っ!

 

 

 その日、人知れず二つの嗚咽が響いていたことを。知っているのは彼らだけだ。





✕:感知能力が凄く高い。
〇:予備動作見たら自然と体が動く。

 尻尾アタックするボルグ・カムランに対してちゃんと右を向いてガードをするかどうかで「あ、初心者ではないのね」ってのが分かると思っています。

 プリティヴィ・マータって発音しにくいから、わたしの周りでは「マータ」、「ママジュラ」って呼ばれることが多かったですね。
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