「今日も大量だねえ……」
あれから、四日ほど経った今。私とこの女の子が何をしているかと言えば──相も変わらず、アラガミ☆グルメツアーを敢行している。
この子の挑発フェロモンは未だに落ち切っていない。そして私のおなかはいつだって早く次の飯を寄越せとうるさく鳴いている。アナグラに向かうわけにはいかないし、そして私の食事をしなくっちゃいけないのであれば……アラガミ☆グルメツアーをするのも止む無しといったところ。
「あなた、強い強いとは思ってたけど……どんだけ強いのよ……」
本日の成果。セクメトが三体にヴァジュラが二体、サリエルの堕天種が一体にヤクシャ・ラージャが一体……そして、ヤクシャがなんと五体も。合計十二体のアラガミに加えて、小型アラガミは数えきれないくらいに蹴散らしている。
なんだかんだで結構おいしかったのはヤクシャだろうか。今までにない程可食部がたっぷりでなかなかの食べ応え。ジューシーかつ意外なほどにクリーミー。脂か脂肪かわからないけれども、見た目よりもはるかに大きな満足感があったと言えよう。一度にたくさん食べられるのもイイネ!
もちろん、セクメトも素晴らしかった。接触禁忌種だけあって噛み応えが抜群。そしてなぜだか炭火焼と上等なブランデーを混ぜたお高いおフレンチの鶏肉みたいな味がしたのを覚えている。特に羽先が美味かった。頭の所は妙に口に残る感じだったのが微妙なマイナスポイント。あと可食部が少ないのはよろしくない。
やはりというか、なんだかんだで接触禁忌種と遭遇することは滅多にない。私のビリビリパワーのユーバーセンス(仮)を使っても、引っ掛かるのはヴァジュラとかグボロとかのいわゆるよくいるタイプのアラガミばかり。ゲームの時にはあれだけ苦労させられたハガンコンゴウはまだ見たことも無いし、何気に結構気になっているウロボロス神属とかも見かけない。あいつ一番食べ応えありそうなのに。
ちょいと話が逸れたけれども、ともかくそんな感じで食事を楽しみつつ各地のアラガミを積極的に討伐している。最近はこの娘も慣れたもので、中型程度のアラガミが相手なら私の背の上に乗ったままであることも増えてきた。背中の上でお昼寝しているときさえある。うちの娘ってば適応力マジすげえ。
「うーん……あんまり危ないことはしたくないけど、せっかくならもっと強いアラガミと戦う所も見たいなあ」
うん、それは私もマジでそう思う。感応種とまではいかなくとも、ハンニバル神属とかガルム神属とかと戦ってみたいところ。
なにも、美味しそうだから……って理由だけじゃない。いやま、それも三割くらいはあるけれど、割ともっと切実な理由があったりする。
そう──今の私は、かなり派手に動いている。強いアラガミを集中して狙っているんだから、フェンリルだって確実にその異変の動向を追おうとするだろう。で、さすがにここまでやったらレーダーで捕捉されていないわけがない。
つまり、この娘が私と一緒に過ごしているということはフェンリルもすでに把握していることだろう。神機はなくとも腕輪はあるのだから、もうばっちりきっちり識別だってされているはずだ。
つまるところ……レーダーで見られているうちに、人類貢献の実績づくりをしたいんだよね。私は危険なアラガミじゃないですよ、ちゃんと人間と一緒にアラガミを滅ぼす良いアラガミなんですよ……ってのを、この機会になるべくアピールしたいって寸法ですわよ。
んで、そのアピールが上手くいけば。何も私がアナグラに向かわずとも、向こうの方からヘリとかで接触してくる可能性がグンと上がるってわけだ。
「うー……ちょっと欲張り過ぎたかなあ。もうコンテナいっぱいになっちゃったや。新しいコンテナ、都合よく落ちてないかなあ……」
……あと、なるべくこの娘に手土産を残したいといいますか。娘に嫁道具を持たせるママの気持ちってこんな感じなのかしらん?
「ね、ね。そろそろ休憩にしない? いい加減荷物の整理もしたいし……どうだろ?」
ん、おっけー。
──ルゥゥ!
一声鳴いて、そして私は走り出す。この辺の地理にもだいぶ明るくなってきたから、よく使う水場まで一直線で駆ける。荒廃していてまともに道路なんて使えないけれど、私のスペックならばそんなのお構いなしに進めるから本当に楽だ。
「むぅ……もう少し、素材の目利きについて勉強しておけば良かったや」
水場について、今日の戦利品を広げて。
なんとも可愛らしい感じで眉間に皺を寄せた──あんまりやり過ぎるとお嫁さんに行けなくなっちゃうからやめてほしいのだけれども、ともかくうちの娘がぼんやりと呟いた。
「たぶんコレ、【夜叉神酒】……のはず、なんだけど」
アラガミ☆グルメツアーは、私とこの娘の両方にとってメリットがある行いだった。
まず単純に、私はおなかを満たすため。そしてフェンリルに実績をアピールするため。そしてこの娘に手土産を持たせるため。
この娘にとっては……コアを持ち帰りたいってのが本音だろう。だけど、神機が無いから摘出できないし、私としてもコアが一番美味しいからできればそこは食べさせてほしい。なにより、コアを処理しておかないとそこから再生しちゃうから……結果として、私が食べるのが最適解になっている。
故に、この娘の希望で貴重な
「……わからん」
うん、わかんねえんだこれが。
「見たことないんだもん……名前だけじゃわかんないもん……だいたい神酒ってなんなのさ……!」
この娘に言われた通りにアラガミをバラしてはいる。いるんだけど、それが本当に素材としての部位なのかがこの娘にも私にもわからない。アラガミの部位を示した解剖図なんてゲームの設定集にもなかったし、そもそもとして素材名から推測しようにもスタイリッシュすぎてさっぱりわからん。さすがにフレーバーテキストまでは覚えてないし、たぶん覚えていたところで結果は変わらなかったことだろう。
というかマジで神酒ってなんなんだろね? レア素材でなかなか出ないってイメージだけは強いけど、アラガミのどこから獲れる液体なんだろ?
「どんな地形も突破できるおっきなトレーラーがあればなあ……この子に牽いてもらって全部運べるのに……」
ホントそれ。私の背中に乗せられる量なんてたかが知れているから、オラクル反応がぎゅっと詰まっている……と思しきレア素材っぽいものしか獲得できない。その分私が食べられる取り分が増えるとはいえ、なーんかちょっと惜しいと思わないことも無い。
「……ま、成果があるだけ良いことだよね。こんな上物、なかなか手に入らないもん」
うむ。前向きなのは良いことですわよ。ママ、あなたのそういう所大好きだわ。
……待てよ?
よく考えて見りゃ、この中で一番の上物って私自身か? 未知のつよつよアラガミだし、【人間を餌として認識していない】というこの偏食傾向がきちんと偏食因子に現れているならば、神機の強化以外にもいろいろ使えるのでは?
それが無くとも調べる価値自体はありそうだし……お別れの時は、私自身の毛とマントの切れ端も餞別で渡しておこうか。ちょっぴり痛いかもだけど、アラガミ的に再生するから大丈夫だし……ママ、あなたのためなら頑張っちゃうっていう。
「ん……今日はこんなもんかな? おいで、一緒に水浴びしよう?」
──ルゥ!
最初の内はこっちから誘わないとやってくれなかった水浴びも、今では向こうから誘ってくれるようになった。どうも、私が殊更に水浴びが好きだと勘違いしている節があるけれども……まぁ、結果的には問題ない。
「ほーれほれほれ……ここかあ? ここが良いのかあ?」
──ルゥゥ。
バシャバシャとお互いに水を掛け合って。なんだかんだでこの娘もすっかり水浴びを楽しんでいるのは嬉しいところ。やっぱこういう人間らしいスキンシップは大事にしていきたいよね。
「えへへ……よしよし。いいこ、いいこ」
頭を撫でられたり顎の下をかかれるのも悪くない気分よ……おっと、忘れちゃいけない。
──ルゥ。
「んー……あなたは本当に甘えん坊だねえ。匂い嗅ぐのがそんなに好きかあ?」
やーっぱまだなんか変な匂い残ってんな……。一日数回チェックしているのに、全然この挑発フェロモンが落ちた気配がしない。いや、初日に比べれば確かに薄くはなっているけど、妙にしぶといというか、最後の一押しが上手くいかない。
これもしかして、専用の薬剤とか使わないと落ちないパターンか? ゲーム的にそういうのが無かっただけで、実際はきっちり効果を果たすために時間経過程度では落ちないほど強力だったりするのかも? まさかお湯で落ちるってこともないだろうし……。
ああ、ゲームでの挑発フェロモンの効果時間ってどれくらいだったっけ? そのミッション中ずっとだったっけか? 使ったことないからわかんねえや。
──ルゥゥ……。
「本当に匂い嗅ぐのが好きだよねー……休憩の度にやってるよね?」
──ルゥ。
「……あっ?」
おん?
「もしかして……挑発フェロモンが気になってるのかなあ。アレ、人間にはわからない匂いらしいし……」
そう! それなの! だからあなたをアナグラに連れていけないの! 何も意地悪してたんじゃないのよ!
ようやっとあなたと心を通い合わせることができて……ママは嬉しいわ!
「でもおかしいなあ……」
うん?
「──あれ、効果時間って三十分も無かったはずだけど」
………………えっ?
「即効性がある代わりに、すぐ効果が無くなる……って触れ込みだったような」
……マジ? じゃあ、未だに少し感じるこの匂いは……まさか、これこそがヒトの匂いなのか? あの時すでにフェロモンは落ち切っていたのか、それとも私の鼻が利きすぎているだけか……。
あるいはもっと単純に。挑発フェロモンの原料って、人間が体内で生成できる成分が由来だったりしない? だから、微かなそれを私が嗅ぎ取ってたりなんてオチが……。
いやあり得るわコレ。どんなアラガミにも効く共通のフェロモンってことは、つまりはどんなアラガミも大好物な生き物──つまりは人間由来の何かが使われていても全然おかしくない。それによく考えたら、ずっと残り続けるフェロモンなんて危なっかしくて使えるわけがない。実運用を考えたら、使った瞬間はすぐに広がって、そしてすぐに消えるってのが理想だろう。
──ル、ルゥ……!
「ぬ?」
──ルゥゥ……!
「なんだあ、もっと撫ででほしいのかあ? ……この、愛いやつめ!」
もしかして。
というか、間違いなく。
──私ってば、無駄にこの娘を連れ回しているだけのヤバい奴だったの?
▲▽▲▽▲▽▲▽
──ごめん。これだけしか、見つけてあげられなかった。
「……っ!」
げっそりとやつれた顔。あまりにも濃すぎる目の下の隈。生気のまるでない死人のような顔に、一筋の涙が伝っていく。
暗い、閉め切った部屋の中。ボロボロになった赤いバンダナをぎゅっと握り、キョウヤはベッドの上で全てを拒絶するように体を丸めていた。
あの日。チハルを救出に行ったコウタたちが持ち帰ってきたのは、原形を留めていない神機と、チハルが愛用していたバンダナだけ。この段階ではまだMIA扱いではあったが、そのボロボロのバンダナが付きつけてくる事実はたった一つでしかない。
そう、キョウヤは知っている。あの桜田チハルという少女はバンダナをこよなく愛していた。中でもこの赤いバンダナは特別思い入れがあるようで、着ける頻度は他の物よりもはるかに多かった。
そんなチハルが──この大切なバンダナを、無くすはずがない。バンダナだけが戻ってくると言うことは、つまりはそういうことでしかないのだ。
「チハルぅ……!」
頭の中に浮かぶ、入隊してからのやり取り。
あの日、一緒に適合試験を受けて。お互い拷問のような痛みで涙が止まらなくて。それから一緒に座学を受けて、一緒にアラガミを討伐して。
「勝手に逝くんじゃ、ねえよ……!」
最初は、同期入隊の小さな女の子という認識でしなかった。明らかに五つは年下だろうと思っていたのに、実はたった二歳しか違わないことに驚いて。誰彼構わずバンダナを布教するところは正直未だに理解しかねるものの、それでもやっぱり……気が合って。いつのまにやら、お互い下の名前で呼び合うようになって。
初めて二人だけで大型アラガミを討伐した時は、ささやかながら夕餉を豪華にして祝いあった。上等兵に昇格した時も、同じようにして祝いあった。
中堅神機使いとなって、別々で任務を受けることが増えてきた後も。必ず一日一回は顔を合わせて話をした。示し合わせるわけでもなく、自然にそうなっていた。お互い、無意識にそれが当たり前だと思っていたのかもしれない。
「あの時……いやな予感が、したんだ」
気づけば、二人で一緒にいることが当たり前になっていた。自分がくだらないことでへらへらと笑って、チハルがくだらないことで口を膨らませて。そうして何気ない日常を過ごして、また明日が来て。
それがずっと続くものだと、思っていたのに。
「あの時、引き留めていればよかったんだ……!」
もう、キョウヤの隣にチハルはいない。
その亡骸すら、どこにもない。
「頼むよ……お願いだよ、チハル……!」
何度目かもわからない、嗚咽交じりの懇願。あの日からずっと、キョウヤは心の底から神に祈り、その言葉をずっとずっと呟いている。
「バンダナなんていくらでもつけてやるよ……なんなら、ペアルックでも何でもしてやるからさ……!」
片桐キョウヤにとって、桜田チハルという少女はどういう存在か。
彼自身、明確な答えは出せていない。恋人ではないが、普通の友達以上の存在であるのは間違いないし、戦友というのも当てはまるが、もっと家族に近い存在でもある。
いずれにせよ、大切な存在であるのだけは間違いない。
「だから……帰って来てくれよ……! もう一度、お前に会いたいよ……!」
赤茶色の染みが付いた、ボロボロの赤いバンダナ。
ここにあるのはそれだけで、他には何もない。
キョウヤの声にいつも応えてくれる少女は。この閉め切られた扉を勢いよく開けて、キョウヤを連れ出してくれる少女は。
「チハル……!」
もう、どんなに願っても……応えてくれないのだ。
『だって挑発フェロモンなんてゲームじゃ使ったことなかったんだもん』
……それはそれとして、GEのアラガミ素材には不思議がいっぱいだと思います。名前からどの部位なのかわからないものも少なくないので、なんとなく雰囲気で何度もミッションを回って集めていたような。あと、意外と神酒に苦労した記憶よりも、油とか角とか針とか、若干マイナー気味(?)の素材が入手条件も含めてわかんなくて苦労したような……。