「──ん?」
コウタがそれに気づけたのは、ほとんど偶然だった。
アラガミに何度も何度も銃弾を叩きこんで。ずっとずっと走りながら、いろんなアラガミを撃ち落として。そこまで強くない相手──加えて言えば、久しぶりに実力的に対等な仲間と組んで仕事をしているだけあって、アラガミ討伐自体は実に順調だった。
だけどやっぱり、数が多い。そして銃というのは、相手の弱点属性の弾を的確に打ち込んでこそ意味がある。だからコウタは、バレットを変更する時の癖でほぼ無意識的に周囲を見渡して……そして、視界の端に何かキラリと走る光に気付いたのだ。
「なんだ、今の……?」
視界の端というか、空の方。気のせいかも知れないが……たしかに、何かが光ったような気がしたのである。
「なあソーマ、今ヘリコプター見えた? こっちまで近づいてくる予定だったっけ?」
ヘリコプターか。あるいは飛行機か。あり得るとしたらそのうちのどちらかだろう。あんな風な直線的な動きをするものなんて、それくらいしかないのだから。
「……ヘリコプターだったら、良かったのにな」
「えっ」
が、しかし。
眉間に皺を寄せたソーマから返ってきたのは、そんな言葉だった。
「……リンドウ」
「あー、嫌な予感は当たるというか、見たくないものばかり見つけちまうというか」
リンドウもまた、非常にシブい顔をしている。何かのっぴきならない事態になっているのは疑いようがなく、そして悲しいことに、この極東では割と日常茶飯事的なことであった。
「ちっくしょう、やっぱダメだこりゃ。本部ともキョウヤの所ともつながらない」
「え……リンドウさん、何か見えたんですか? 俺、なんか光るのがチラッと視界の端に映ったくらいなんですけど」
「微妙に縁があるヤツだからかな……普通に見えちまった。まったく、これだから極東は嫌になるぜ」
神機を肩に担ぎ直したリンドウは、忌々しそうにその言葉を口にした。
「作戦変更だ。これから出来るだけ急いで、キョウヤたちと合流する。このままじゃ──あいつらが危ない。今のあいつらじゃ、アレは手に負えない」
「それって──」
「ミッション想定外のアラガミが作戦エリアに侵入した──ありゃ、カリギュラだな」
「カリギュラ……!?」
カリギュラ。機械的な見た目をしたハンニバル神属の青いアラガミ。およそ生物のそれとは思えない鉤爪状のブレードのほかに、背中についたブースターによる飛翔能力すら兼ね備えた、非常に凶悪で手ごわいアラガミである。
加えて言えば──カリギュラは第一種接触禁忌種でもある。非常に危険なため、通常の神機使いでは戦闘行為そのものを禁じられるほどのアラガミだ。
「こんだけドンパチやってるうえでより取り見取りの食べ放題なんだ、招かれざる客もやってきてもおかしくない……と」
──アアアアア!!
──シィィィイ!
向こうの方からやってきた、アラガミのおかわり。どうやら彼らもその新たなる脅威を感じ取ったのだろう。先ほどまでとは明らかに様子が違う……端的に言えば、気が立って凶暴になっている。
「……大盛況だな」
「……嫌な祭りだ」
お互い示し合わせたように舌打ちをして。援護射撃の発砲音が轟いたのを合図に、リンドウとソーマは走り出した。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「……あ!」
前方から聞こえてきた戦闘音。本来聞こえないはずのその音が聞こえて……エリナは、ついつい声を上げてしまった。
そう、本来であれば戦闘音なんてろくなものじゃない。それすなわち誰かがアラガミに襲われているか、あるいは神機使いがアラガミと戦っているかのどちらかだ。自分たちこそが最前線であることを鑑みるならば──良いところ、アラガミ同士の共食いってところだろう。
しかし、今回に限って言えば。
「チハルさん……!?」
『会えたのかね!?』
後方で戦っているエミールとはつながるが、本部とはつながらない通信──この、特有のジャミング状態。例のチハルと行動を共にしているアラガミが近くにいることはほぼ間違いなく、そしてエリナたちは本来の予定よりもはるかにスムーズにアラガミたちを食い破ることができている。
つまり、もうそろそろ。
チハルと合流できて、おかしくない頃合いだった。
「まだだけど……! なんか、前から戦闘音が聞こえてきてるっ!」
自分たち以外に、前方に神機使いはいない。いるのだとしたら、おそらくこちらとの合流を目指しているであろうチハルだけ。そして前方から聞こえるのは、明らかに今までのアラガミとのそれとは違う戦闘音。
ここまで証拠が揃ってしまえば。エリナの期待が最高潮に達するのも無理はない。
「チハルさんっ!」
瓦礫の向こう、その曲がり角を超えて。
そしてエリナは──見てしまった。
「──え」
蒼い蒼い、引き込まれそうになるほど蒼く煌めく体。硬質的というか、まるで生物らしくない機械的な見た目をした異形の竜。なぜだか背中には大きな機械のようなものを背負っていて、その両腕には──信じられないほど巨大で鋭利な、何もかもを刈り取ってしまいそうなブレードがある。
──……。
「ひっ」
そんなアラガミが、ゆっくりと振り向いた。意外と小さい赤い眼が確かにエリナを捉え、そしてブレードの端からはついさっきまで切り刻んでいたのであろうグボロ・グボロのオラクル片がびちゃびちゃと滴っている。
「な、なにこれ……これが、チハルさんと一緒にいるアラガミなの……?」
そんなわけがない。
そうであっていいはずがない。
今、エリナの目の前にいるこのアラガミは──エリナの知っている通りのアラガミだ。食べることしか頭になくて、とにかく凶悪で、人間の事なんて餌としか認識していないようなやつだ。どう考えても、コレが人間を助けるだなんて絶対にあり得るはずがない。
だって、ほら。
ただ真っすぐ対峙しているだけなのに──エリナの体の震えが止まらない。何か恐ろしいものに心臓を鷲掴みされたかのようで、ぞくぞくと背筋に冷たいものが走って。全身に恐ろしい寒気……いいや悪寒がして、体中の毛穴という毛穴から冷や汗が滝のように流れている。
「動くなよエリナッ!」
──後ろからかけられた声。
それが無ければ──エリナは、生物的な本能に従うまま目の前にいるコレに攻撃を仕掛けていたかもしれない。
──シャァァァ……!
「おいエミール聞こえるか!?
一方的にそれだけ告げて。いつものへらへらした笑顔でも、銃を撃つときのトんだ笑顔でもないキョウヤが、実に似合わない真剣な顔をして神機を構えた。
──その銃口の先が、僅かに震えている。幸か不幸か、エリナにはそれが見えてしまった。
「キョウヤさん……あいつは……」
「カリギュラ。名前くらいは聞いたことあるだろ? ──ハンニバル神属第一種接触禁忌種の、本来だったら俺たちは近づくことさえ禁止されてる相手だ」
ハンニバル神属。アラガミの中でもトップクラスに凶悪で手ごわい相手。そのうえよりにもよって、接触禁忌種。単体としてはエリナの想像し得る最悪の相手で、そして考えるまでも無く、今のエリナではどう頑張っても勝てるはずがない。
「ど、どうするんですか……」
「こいつは機動力がありすぎる。もしここで俺たちが引いたら、一人で戦っているエミールや後方のハルさんたちのところに行きかねない。チハルの状態だってわからないなかで、こいつを野放しにできるはずがない」
「じゃ、あ」
「リンドウさんたちが来るまで持ちこたえる。倒せなくとも、引き付けるだけならなんとかなる。あの人たちが来るまで持ちこたえられれば──俺たちの勝ちだ」
「リンドウさんたちなら勝てる……んですよね?」
「あの人たちでダメなら、どのみち全員ダメだからな」
エリナには理解できなかった。
いったいどうして、勝てるはずがない相手に銃口を向けられるのか。いったいどうして、そんな希望ともいえない小さな望みだけを頼りに命を賭けられるのか。
「俺が前に出て切り結ぶ。お前はなるべく後ろにいろ。本当に隙ができたと思った時だけ、銃で支援してくれ」
「なんで!? やるんだったら二人で一緒の方が──!」
「俺たち二人とも、あいつとは相性悪すぎるんだよ──いいか、あいつは刺激しちゃいけないアラガミなんだ」
どんなアラガミでも気持ちよく銃撃をするために、キョウヤはアラガミの弱点については自主的にかなり調べ込んでいる。チハルとの用事も無く、銃撃訓練もできない時はターミナルのデータベースを黙々とあさることだって珍しくない。
そんな中で知った、カリギュラの特徴。あらゆる意味でキョウヤにとって相性が悪すぎたために、殊更に印象に残っていたのだ。
「有効なのは頭と背中のブースター。背中は撃てないし、頭を撃つしかないが……あいつはすさまじく速い。マトとしても小さいから銃撃はかなり厳しい。加えて……あいつの頭は、撃っちゃいけない」
「なんで……弱点じゃ──!?」
さすがに、そう長々と喋る余裕はなかったのだろう。
「あああああッ!!」
──シャァァァァッ!!
エリナが呆けている間にもキョウヤは剣を構え、カリギュラに突っ込んでいく。
「こっちだクソ野郎ッ!!」
やや大ぶりな……しかしそれでも、凄まじい速さのブレードの一撃。まともに食らったら神機でガードしてもただでは済みそうにないその攻撃を、キョウヤは紙一重の所で潜り込むようにして躱し、カリギュラに肉薄する。
そのまま無防備な顔面に一撃を加える……ことはせず、すり抜けるようにしてその後ろ脚を切りつけ、そして遠すぎず近すぎない絶妙な位置で神機を構え直した。
──ウゥゥン……!
特徴的な吸気音。エミールのブーストハンマーのそれに少し似ているが、何かが異なるその音は、カリギュラの背中から聞こえてきている。
──シャアアアアッ!
「食らうかよ!」
カリギュラを中心に吹き荒れる冷気の風。いや、風なんて生易しいものじゃないだろう。そこそこ距離があるはずなのにエリナの方にまでその冷気が漂ってきている。南極の吹雪が暖かな春風に思えてしまいそうなほどその冷気の暴力はすさまじく、冗談でも何でもなく……その余波だけで、周囲が真っ白に凍り付いてしまっていた。
加えて。
「危ない!?」
一瞬真っ白になった視界。キョウヤは確かにその冷気を避けたが……ほんのわずかばかりとはいえ、そのアラガミから目を離してしまった。
──アアアアア!!
離れて見ていたはずのエリナでさえ気づかなかった高速移動。背中のブースターの推進力を遺憾なく発揮したカリギュラは、冷気の嵐を避けた直後のキョウヤの背後を取っていた。
もちろん、背後を取るだけで終わるはずがない。
禍々しく煌めくそのブレードが、キョウヤの背中を捉えようとしている。
「おおおおッ!」
キョウヤが振り向く。が、もう間に合わない──と思ったところで。
まるで見えない糸に引っ張られるかのように、キョウヤの体がカリギュラから離れるように吹っ飛んでいく。
ほんのちょっぴり。ブレードの切っ先が神機の銃口を掠めたのをエリナは確かに見た。
──シャアアア……!
「ふゥゥ……!」
一回突撃して、一太刀浴びせて、また離脱した。
たったそれだけのはずなのに……キョウヤの全身からは汗が噴き出ているし、エリナだったら気絶してしまいそうなほどの緊張感に満ちている。
「さっきの続きだが」
カリギュラから決して目を離さないまま、キョウヤは告げた。
「頭を潰すと、これよりももっと速くなる」
「え……」
「ブースターを狙えりゃ一番いい。俺たちの神機であればそこしかない……が、ただでさえ速いのに後ろを取れると思うか?」
「無理……」
「だから俺が前に出る。確実に背中を攻撃できる時だけ攻撃してくれ。安心しろ、俺の神機は銃撃するために……守るよりも避けることに特化して調整してもらってる。さっきのドローバックショットもなかなかカッコ良かっただろ?」
──避けることに特化して、ドローバックショットという小手先の技を駆使して。それでようやく、本気でもないカリギュラの動きにギリギリ何とかついて行けているだけ。
新兵と言えど座学の成績が優秀なエリナは、キョウヤの話の裏に隠されている本当の意味を、しっかり見抜いてしまった。
「な、なんか他に弱点は……! きっと、あいつにだって有効な戦術があるはず……!」
「無い。誰かが引き付けている間に残ったやつが後ろから全力を叩きこむ。カリギュラに有効なのはそれだけだ」
あるいは、カリギュラの動きを圧倒する動きをするか、真正面から有無を言わせぬ火力を叩きこむか。それが出来る人間がいるとしたら、それこそ本当の化け物と言って良いだろう。
というか、それ以前に。
「キョウヤさん……! 手ぇ……!」
「……ま、バレるよな」
神機を握るキョウヤの手に、うっすらと白く霜が降りている。ぴしり、ぴしりとひび割れたそこからは赤い血がにじんでいて、肌全体が薄紫ともとれる奇妙な色に変色していた。
「ヤバい冷気を操るとは聞いていたが……まさか、ここまでとは」
少し近づいただけで、手を負傷するレベルの冷気。この様子だと神機を持つのでさえもやっとで、まともに振るうのは難しいことだろう。
「まぁ、なんだ。最悪お前だけでも撤退しろ。というかその方が、俺も周りを気にしなくて良い分楽になるかもわからん」
「バカなこと言わないでくださいっ! だいたい──!?」
──ウウゥン……!!
激しく渦巻く冷気。急激な温度変化によって生まれた激しい気流。冷たいを通り越してもはや痛みしか感じない風がエリナのスカートをはためかせ、キョウヤの靴に少しずつ霜を這わせている。
ぴきり、ぴきりと何かがひび割れるような特徴的な音。気づけばカリギュラのその片腕に、ブレードとはまた別の氷の棘……否、槍が生み出されている。
鋭く、長く、そして鋭利で──何かを串刺しにするにはもってこいの形状。それをどう使うかなんて、もはや想像するまでも無い。
──アアアア……ッ!!
「クソ……ッ! 全力出し過ぎだろ……ッ!」
びりびりと轟く咆哮。
荒れ狂う氷嵐を生み出す、背中のブースター。
あまりにも巨大で悍ましい氷の槍。
カリギュラの巨体が、ふわりと宙に浮く。極寒の冷気をその身にまとったまま、赤い眼がキョウヤを捉えた。ブースターの唸りはますます大きくなり、それに比例するかのように、氷の槍はどんどん鋭く、巨大になっていく。
──アアアアアアッ!!
そして、誰もの予想通り。
カリギュラは──その氷の槍を突き刺さんと、冷気を纏ったブースターを唸らせて突っ込んできた。
防御するか?
──無理に決まっている。
避けるか?
──あの速さじゃ無理だ。
迎撃するか?
──こっちだけやられるのがオチだ。
スローになった時間。かつてないほど高速で動く思考。面前に迫りくるその氷の化け物を前に、キョウヤの脳ミソはかつてない程のパフォーマンスで働いて。
「ガラじゃねえんだけどな、こういうの」
「え──」
──隣で呆然と立ち尽くしていたエリナを、安全な方へと突き飛ばした。
「キョウヤ、さ──!」
目を見開いたエリナ。
伸ばされた手。
もう瞼を空けていられないほど冷たい空気。
──否でも感じる、ゾッとするほど冷たく煌めく氷の槍。
──最後にドタマ、ブチ抜いてみるか?
半ば無意識的に神機の銃口を向けた時には、既に。
──ああ、ダメだこりゃ。
もうどうしようもないほど近くに、その氷が迫っていた。
──ルゥゥゥゥッッ!!
「……っ!?」
なぜか、耳がじんじんと痺れている。くわんくわんと頭が揺れて……ついでに、目がチカチカする。
なにか、強い光でも見たのだろうか。なにか、強い音でも聞いてしまったのだろうか。
そう、例えば──雷のような。
「なん、だ……?」
そもそもとして。
なんで、こうして考えていられる? いったいどうして、体のどこにも痛みを感じない?
あのカリギュラは……どうなった?
「……ヤく……! ……ゥ……ん!」
少しずつ戻ってくる視界。少しずつ戻ってくる聴覚。
──なんだこの、白いでっかいの?
なぜだか、キョウヤの目の前は真っ白だ。真っ白くて……なんだか妙にふわふわとしているものが目の前にある。もし両手が神機で塞がっていなければ、きっとキョウヤはこの白いふわふわに手を伸ばしていたことだろう。
「……ョウヤくん! キョ……ヤくん!」
「……え」
だんだん意識がはっきりしてきて──そして、聞こえてしまった。
ずっとずっと探していた、もう二度と聞こえないはずの声が。たしかに、自分を呼ぶその声が。
「あ、ああ……!」
前ではない。だって前は真っ白のふかふかだから。
横でもなければ後ろでもない。
じゃあ、残るは。
「……ョウヤくんっ!」
白い壁のその上。さんさんと降り注ぐ春の暖かい光を背景にして。
ずっとずっと探していた、その小さなシルエットが──たしかに、そこに在る。
「──キョウヤくんっ!」
白い壁からひらりと落ちてきた、小さなその身体。
とても暖かで大切なそれを、キョウヤはしっかりと受け止めた。
「えへへ……ただいま、キョウヤくん!」
キョウヤの腕の中。
まっすぐキョウヤの顔を見上げて、満開の桜のようにチハルが笑っていた。
【蛇足】
主人公さんの認識としては、月が緑で赤い雨にまだ遭遇していないことから、現在はGE2が始まる直前くらいだろうと思っています。この時期における極東のネームド神機使いはコウタ、ハルオミ、カノン、エミール、エリナの五名です(一瞬ソーマさんとリンドウさんの可能性を考慮していますが)。
設定上、接触禁忌種に関しては超精鋭が部隊を組んでやっと相手が出来る……といったものであり、今回カリギュラの相手が出来そうなのはコウタとハルオミくらいです。故に、『設定上はめちゃくちゃヤバい相手にたった二人じゃさすがにちょっと厳しいだろう』……と判断していました。