「チハル……本当に、本当にチハルなんだよな……?」
ボロボロになった服。酷い寝ぐせのようなクセが付いてしまっている髪。戦場だというのに神機を手にしておらず、そして何より──随分と久しぶりに見た、バンダナを着けていないその姿。
人と触れた時だけに感じる特有の暖かさ。ちょっと心配になってくるほど軽く、少し力を入れればそのままへし折れてしまいそうなその華奢な体は……間違いなく、チハル本人のものだ。
そう、あれほど会いたいと願っていたチハル。この腕の中にいるのは間違いなくチハルであるのに……どうしても、キョウヤはそれを確かめずにいられなかった。
「えへへ……うん、チハルだよ。バンダナは無くなっちゃったけど……」
照れくさそうに、はにかみながら。本当に、心の底から嬉しそうに笑ったチハルは、感極まったかのようにキョウヤの頬へと手を伸ばして。
「……ぬ?」
「……あ?」
その指先が触れた瞬間。
キョウヤの目からも、チハルの目からも──ぽろぽろと、大粒の涙が流れ始めた。
「キョウヤぐううん……!」
「ばっ……おま、チハルぅ……!」
嬉しいはずなのに、どういうわけか涙が止まらない。
自然と頬が緩み、笑うのが止められないのに……同じくらいに、涙が止まらない。涙で視界が歪んで、もう一度会いたいと願っていたその顔が良く見えない。
「なんでだろ……! 全然涙が止まんないや……!」
「はは……! あはは……! ぶっさいくなツラしやがってよぉ……!」
「ふふ……っ! キョウヤくんこそ……! 全然似合ってないよ、そのバンダナぁ……! へたっぴすぎて、涙が出るほど可笑しいってばぁ……!」
でも、そんなの全然気にならない。笑いながら軽口を言い合えるというその事実が、堪らなく嬉しい。お互い涙でぐしゃぐしゃで、目も真っ赤になってしまっているのに……眩しいくらいの笑顔であるのがその証拠だ。
「頭バンダナ娘が、心配かけさせやがってよぉ……! 寄り道しないで帰ってこいって言ったのは、お前じゃねえか……!」
「えへへ、ごめんね……! でも、ちゃんと帰ってきたんだよ……! そこは、褒めてくれてもいいじゃん……!」
「しょうがねえなあ……!」
何で笑っているのかもわからない。何で涙が止まらないのかもわからない。
だけど、今この瞬間が堪らなく心地よい。ずっとずっと、こうしておしゃべりしていたい。
こうして──再び会えたというその事実が、堪らなく嬉しい。いや、嬉しいというよりも幸せで。もう、この気持ちをどう表現するべきなのか、チハルにもキョウヤにもまるで分らなかった。
──ルゥゥォァァァァッッ!!!
「「!?」」
轟く雷鳴。ずん、と腹の芯まで響くような思い衝撃。何発もの雷が周囲に落ちて、そんな雷が可愛く思えるほどの悍ましい獣の雄叫びが、戦場の空気を切り裂いていく。
──ルゥゥァァ……ッ!!
キョウヤたちの意識を戦場に引き戻したのは。
今までに聞いたことが無いほど恐ろしげな、アラガミの雄叫びだった。
「そうだお前、この白いのは──!」
一瞬で切り替わる意識。よくよく見れば、いつのまにやらキョウヤの目の前にできていたこの白い壁は──そう、まるで生き物のように見える。視界の端にはオオカミを連想させる肢体が映っているし、なにやらヴァジュラのそれによく似た青いマントのようなものまである。
というか、この凄まじい雄叫びはこの白い壁から聞こえてきたのだ。状況的に考えても、これは間違いなく。
「──アラガミじゃねえか!」
白い壁──アラガミの体。それも今までキョウヤが見たことのない種類のアラガミで、後ろ姿だけでしかないのに、凄まじく強そうでヤバそうな気配をひしひしと感じる。
「あっ、ごめんね? ……うん、偉いぞぉ!」
「おい、チハルっ!?」
しかもあろうことか。
まるでそれが当然だとばかりに……チハルが、そのアラガミに触れているではないか。
「ち、ちち、チハルさん……! こ、このアラガミは……!」
「あーっ! エリナちゃん! 久しぶりっ! ……って、どうしたの!? ボロボロじゃん!」
キョウヤに突き飛ばされて難を逃れていたエリナ。彼女の位置からは、
端的に言えば……今のエリナは、腰を抜かす一歩前である。足はがくがく震えているし、神機を支えにしてようやっと立てているといった有様であった。
「あ……そっか、そうだよね。確かにこの子……すっごくおっかない見た目しているもんね」
ここでようやく、キョウヤは思い出した。
チハルと再会できてすっかり忘れていたが──あのカリギュラはどうなったのか。そもそもどうして、こうして自分は無事でいられるのか。何で長々と話していたのに、あのカリギュラは大人しくしているのか。
「大丈夫。この子は……味方だよ」
白い壁の、その向こう。
──ルゥゥ……ッ!!
──シャァァ……ッ!!
顔の半分を潰されたカリギュラと、仮面をつけたオオカミのような白いアラガミが対峙していた。
▲▽▲▽▲▽▲▽
──アアアッ!!
最初に動いたのは、カリギュラだった。
獲物に止めを刺すところを邪魔されて、腹が立ったというのもあるだろう。渾身の一撃だったはずのそれを平然と止められてしまった……というのもあるだろう。あるいはもっと単純に、自分の目の前にいるというその事実が気に食わないというのもあるのだろう。
だけど、それ以上に。
カリギュラが持つ生物的な本能が、目の前にいるこいつはヤバいと告げていたのかもしれない。
──アアアッ!!
鋭いブレードによる強力な一撃。どんな相手であっても例外なくズタズタにしてきたその一撃は。
──アアアアッ!?
その白い体に届かない。届くよりも前に強力な雷撃がカリギュラの体を貫き、その動きを止めた。たった一発でしかないのに尋常ならざるダメージなうえ、体の一部がそのあまりの高電圧により赤熱して溶融しかけている。
おまけに。
──ルゥッ!!
何気なく振るわれた、ガントレットによる一撃。たったそれだけでカリギュラのブレードは粉々に砕け散り、そればかりか、ブレードが受けた衝撃に引っ張られてその巨躯が地面へと叩きつけられる。凍った大地に蜘蛛の巣状の大きな亀裂が走り、カリギュラを無様なオブジェとして大地に縫い留めていた。
──アアアアアアアッ!!
ボロボロの全身。使い物にならなくなった左腕。しかしそれでも、カリギュラの戦意は失われない。怨嗟の籠った雄叫びをあげ、背中のブースターを起動させ──そして、荒れ狂う氷の嵐が白いアラガミごとカリギュラを包む。
絶対零度にほど近いその冷気は、例えアラガミであろうと凍り付かせるほど強力なものだ。まともに食らえばあっという間に体中の水分が凝固し、全身にヒビが入って砕けてしまうことになりかねない。それは自然界の摂理として当然の話である。
当然では、あるのだが。
──ルゥゥ……ッ!
その白いアラガミは、氷の嵐を受けても平然としている。攻撃を食らったとすら思っていないらしい。ブースターの冷気ではなく、口からの吐息を直接叩きつけても……まるで、堪えた様子が無い。
ブレードも、荒れ狂う吹雪も。数多の獲物を屠ってきた自慢の武器が二つとも通用しない。それは、カリギュラにとって初めての経験だった。
──ア、アア……ッ!!
もし、ここで明確にこのカリギュラの反応を計測できていたとしたら。全身のオラクル反応が異常なほどに活性化してることがわかっただろう。今までにないほどブースターは大きな唸りを上げているし、その凶悪な相貌に宿る赤い眼には、禍々しい強い光が宿っている。
ブースターに呼応するかのように形成される氷の槍。さっきよりも強く、鋭く、長く、丈夫に──二回りは大きいそれ。
──アアアアアッ!!
出力過剰増加の余波で吹き荒れる氷の嵐。カリギュラの体は浮き上がり、そして。
──ルゥゥゥァァァッッ!!
──ア。
雷と共に振り下ろされた脳天への一撃。
自分が何をされたかもわからないまま、カリギュラの意識は消えてなくなった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「うわぁ……」
あれだけ恐ろしく、あれだけ強かったはずのあのカリギュラが。
エリナの目の前で──信じられないほど呆気なく、倒されていた。
──ルゥゥ……ッ!
白いオオカミのような姿のアラガミ。何気なく振るったガントレットの一撃でカリギュラのブレードを粉々に砕き、ヴァジュラのように雷を操ってカリギュラを迎え撃ったそのアラガミは──まさしく雷のような素早さでカリギュラに飛び掛かり、見事にその頭を粉砕してみせたのだ。
「ち、チハルさん……あれ……」
「あ、あはは……美味しそうなご飯だから、ちょっと興奮しているみたい……?」
カリギュラの首に噛みついて、なんかそこから電撃を浴びせまくっている。
カリギュラの胸元を砕いて、そこからコアっぽいものをほじくり出している。
止めとばかりにじゃれつくように何度も雷を落として、気の向くままに背中のブースターをバラしている。
──何度も何度も、執拗に。もはや原型が何であったのかわからなくなるほどに。大きな大きな口を使ってその躯を貪り食らい、二度と動き出さないように念入りに電撃を浴びせている。
途中までは、電撃を浴びる度に痙攣するように体を硬直させていたカリギュラも。ここまで入念にバラバラにされてしまってはもう、ピクリとも動くことはできない。
──ルゥゥ……!
「よしよし、良い子!」
そんな見るからに凶悪なアラガミに、この小さな先輩はまるで小さな子供を褒めるかのようにして接している。正直どこから見ても恐ろしい風貌でしかないのに、それが当然とばかりにそのアラガミの顎の下をわしわしと撫でていた。
「そういえば……今更だけど、どうしてキョウヤくんたちはここに?」
「いや……どうしても何も、お前を迎えに来たんだけど……」
「……えっ?」
「むしろ、俺らよりお前の方だよ! いったい何があったんだ!? それに……こいつは、このアラガミは!」
──ルゥ……?
自分のことが呼ばれたのだと、わかったのだろう。そのアラガミがキョウヤの顔を見つめるのを、エリナははっきりと見た。
「……本当に、安全なんだろうな?」
「うー……どこから説明すればいいのやら……」
「意思の疎通ができるらしいってのは聞いているが……本当なのか? そもそもいったいどうして、お前がアラガミと行動している?」
「そうだねえ……まず、この子が味方なのは間違いないよ。……キョウヤくん、エリナちゃん。ちょーっとびっくりするかもだけど……動かないでね?」
できればもう少し近づいて……とチハルに言われて、わけもわからず二人は言われた通りに距離を詰める。
「ね、あなた……私の足の時のアレ、やってくれる? 二人とも、怪我しているみたいなの」
──ルゥゥ!
恐ろしい顔が、じろりとエリナたちを睨んで。
そして──その白いアラガミは、バチバチと緑色の雷を纏い始めた。
「なっ……!?」
「攻撃……!?」
「ううん、落ち着いて──受け入れて」
咄嗟に戦闘態勢を取ろうとする二人を、チハルは穏やかに笑いながらまとめて抱きすくめた。
「やっちゃって!」
──ルゥゥ……ッ!!
雷が落ちたと思った、次の瞬間。
あんなにもボロボロだったエリナたちの体の傷が──少しずつ、癒えていく。かなりゆっくりとしたペースではあるが、小さなかすり傷程度はもうすっかりなくなって、大きな切り傷なんかも明らかに状態が良くなっている。
「なんだ、これ……!?」
冷気でやられたキョウヤの手。見るも無残な色合いだったその手には健康的な赤みが戻り、無数にあったはずの細かい出血もすっかり止まっている。
「私もよくわかんないんだけどね。回復弾みたいなもの……だと思う」
「アラガミが回復弾……? いや、使えること自体はあり得るかもしれないが……それを、俺達人間に?」
「うん。この子は間違いなく私たち人間を助けてくれる良いアラガミだよ……これでもまだ足りないなら、もっとはっきり証明してあげようかな?」
チハルは知っている。ここにくるまでに、まだいくつかの場所で煙が上がっていたことを。つまりは……この付近で、まだ誰かが戦っていることを。
「まだミッションは終わってないんでしょ? 詳しい話は、みんなと合流してからのほうがいいよね」
このアラガミのことを目に見える形で教えるためにも。それは、格好のチャンスであった。
「──乗って! この子の力、見せてあげるんだから!」
銃撃戦闘にはあんまり向いていないけれど、戦っていて一番楽しいのがカリギュラな気がする。あと、カッシウスの紋章の属性攻撃は一つにして、代わりにふんばりとかスタミナ関連、あるいはスタン無効とかにしておいたほうがよりカリギュラ対策に特化したパーツって感じがすると思うの……。あいつで一番やべーの、頭破壊後の乱舞なんですもの。
【蛇足】
春雷、スプリング・フェスティバル(春祭り)、千春、雷のアラガミ、氷のアラガミ(冬のアラガミ)……と、関連ワードがそういうことになっていますが、こんな感じの言葉遊び(?)が結構好きです。
日本人神機使いの名前は必ず植物あるいは自然の文字が入る⇒この展開で雷と組ませるなら春しかない⇒じゃあミッション名はこうで、ボスはこうで……って感じで他の要素も決まっています。
それはそれとして、台場カノンちゃんだけなぜ日本人神機使いの命名規則から外れているのやら……。