GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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33 知能確認訓練結果:考察(前)

 

「ふむ……なるほど……」

 

 支部長執務室。この部屋の主である彼──ペイラー・榊は、件の白いアラガミについての調査報告書を確認して、独り言のようにつぶやいた。

 

「実に、実に興味深いね……!」

 

 知能テストはほぼ満点。というか、あまりにも聞き分けが良すぎて調査の必要を感じないレベルにまで到達している。こちらが出した指示についてはほぼ理解して実行して見せるばかりか、指示をしなくとも……ある程度の範囲において、自分で状況を理解、判断して行動しているというのは疑いようがない。

 

 アラガミがここまでの知能を有するなんて、文字通りの前代未聞である。ましてや、そんなアラガミが人間を襲うそぶりを一切見せず、友好的であるというのだ。

 

 これが一体どれだけの意味を持つのかなんて、もはや語るまでもないことだろう。

 

「ほぉ……こりゃまた随分と順調に調査が進んでいるみたいだな」

 

 ソファにどっかりと座り、大して面白くもなさそうに報告書を眺めているのは、クレイドル所属の雨宮リンドウだ。榊につきあって報告書を眺めるのにいい加減飽きてきたのだろう。こんなことをするよりも、むしろ現場でその様子を眺めている方が何倍も楽しそうだ──と、顔にありありと現れてしまっている。

 

「なあ、博士。俺がここに居る意味ってあるのか?」

 

「大いにあるとも。……というか、少しセンシティブな話をしたいからこそ、キミだけを呼んだのだよ」

 

「あん?」

 

「──順を追って説明しよう」

 

「結論から言ってほしいんだが」

 

 リンドウの愚痴っぽいつぶやきを聞かなかったことにして、榊はにっこりと笑みを浮かべたまま述べる。

 

「白いアラガミ──ルーくんに知能があることは疑いようがない。そしてまた、我々人間に対して非常に友好的であるのもまた事実。実際に彼、あるいは彼女を見ているキミからすれば周知の事実であるかもしれないが、今回の調査結果を以って、それを絶対の事実とする……その前提で聞いてもらいたいんだがね」

 

「……」

 

「彼女──シオくんと比べても、ルーくんは随分と聞き分けが良いと思わないかい?」

 

「それは……」

 

 榊の言葉に、リンドウの目つきが少しだけ変わった。

 

 シオ。三年前にこの極東に表れた人型のアラガミ。リンドウたちが知る中で、唯一人間に友好的で、そして人間と意志の疎通をすることができた特別なアラガミだ。

 

 彼女の存在を知っていたからこそ──人とアラガミが分かり合えるという前例を知っていたからこそ、今回の白いアラガミについてもそれなりの対応をすることが叶ったわけだが。

 

「まだ人間とのふれあいが無かった時の彼女は、こちらに敵意こそ示さなかったものの、取り立てて友好的な態度を示すということも無かった。言葉を聞き取ることはできても、理解はしていなかった……それに違いはないね?」

 

「今更そんな話か? ……確かに最初は友好的というよりかは、好奇心で近づいてきたって感じだったぜ。見た目は人間でも、言葉もまるで理解しちゃいなかった」

 

 そんなの、そっちの方がよっぽど詳しいだろう──と、リンドウは視線で榊に促す。

 

「彼女が言葉を覚えるまでにはそれなりに長い時間がかかった。いや、人間としての発達の過程という観点で見ればすさまじい速度ではあったが……あちこち齧ってしまったり、力加減がわからずに物を壊してしまうと言うことは珍しくなかった。しかし」

 

「──ルーは最初から、そのあたりもしっかり弁えているってか?」

 

「ああ、その通りだ。この報告書を見る限りでは、自分にどれだけの力があるのか、我々がどれだけ脆弱であるのかをきちんと認識し、そして明確に言葉を理解している節さえ見受けられる。少なくとも、出会ったばかりのシオくんよりかは知能があると考えて良い……時に、リンドウくん」

 

「なんだよ?」

 

「動物園、あるいは水族館は知ってるかね?」

 

 いきなり変わった話題。いや、変わったように思えるだけで、実際は大事な何かが絡んでいるのだろう。どうせ自分の頭ではこの胡散臭い博士の考えていることなんて一生理解できないんだろうな──なんて思いつつ、リンドウは面倒くさそうに告げた。

 

「そういうものが昔あったってのは聞いたことがある。俺も一回行ったことがあるらしいが……残念ながら、記憶はねえな」

 

 アラガミが大量発生し、人類が壊滅的なダメージを受けたのが2050年。当時、リンドウはたった五歳の幼気な子供だった。今ではすっかり信じられない話だが、ほんの少しとはいえ……リンドウは、アラガミが居ない平和な時代というのを経験しているのである。

 

 無論、もう二十年も前の子供の頃の時の話だ。リンドウ自身にはそこまではっきりとした記憶は残っていない。ただなんとなく、ぼんやりと思い出の切れ端が残っているくらいである。

 

「ふむ。では簡単に……動物園も水族館も、あらゆる地域から集めた生き物を飼育、展示する施設でね。研究施設であると同時に娯楽施設でもあり、休日なんかは特に家族連れで賑わったものだが、中には調教した生き物に芸をさせる、なんて展示もあったんだ」

 

「生き物に芸をさせる? そんなことができるのか?」

 

「出来るとも。それこそ、調教師という職業があったくらいでね。反復行動による学習やオペラント条件付け……ヒトならざる獣に対し、指示を伝える手法はノウハウとして構築されていたし、その原理やメカニズムも解明されていたんだ。そうでなくとも、はるか昔においては、人間と獣が協力して狩りを行ったりもしていたんだよ」

 

 犬、馬、鷹、イルカ。古来から人間と協力して生きてきた生き物はもちろん、ライオンやクマといった危険極まりない猛獣でさえも、かつての人類は調教し、手足のように──とまではいわないまでも、意のままに操ることができたのだという。

 

「……わかんねえな。アラガミとかつての時代の生き物は全くの別物だろ? かつての時代の生き物は調教できたとしても、アラガミもそうだとは思えないが……いや、事実として調教できているから、ルーは特別だって言いたいのか?」

 

「半分正解で、半分は外れだ……確かに生き物を調教する術は確立されていたんだけどね、だからといって全ての生き物に適用できるわけじゃない。適用できたとして、上手く心を通わせるには非常に長い訓練の時間が必要となる。つまり……」

 

「……ルーをアラガミではない、かつての生物と同じと見做したとしてもなお何かがおかしいってか」

 

「その通り」

 

 じゃあ最初からそう言ってくれよ──という言葉を、リンドウはぐっと飲みこむ。そもそもとして、一番最初に話していた「センシティブな話」にすら、まだ到達していないのだ。

 

「ではなぜ、こうまでスムーズに意志の伝達をできているのかを改めて考えてみる。この報告書の中で一番上手くルーくんを動かせていたのはチハルくんなわけだが、それ以外の人についてはどうだろう?」

 

「あー……ヒバリやリッカだとぎこちない動きで、コウタだとそれよりかはマシな動きらしいな」

 

 目の前に広がる報告書。つい先ほど上がって来たばかりのそれに書かれている事実を、リンドウは述べていく。

 

「あの嬢ちゃんが上手すぎるってだけで、十分な成果と言って良いんじゃないか? たとえぎこちなかろうと、初見の人間でそこまでしっかり動かせるってのは……かつての生物でもあり得ない話なんだろう?」

 

「まさしく。……さっきの話も、無駄じゃないってわかっただろう?」

 

「……あんた、人の心情を慮ることができたんだな?」

 

「そういうキミこそ、【慮る】なんて難しい言葉、よく知っていたね?」

 

 気心が知れた相手だからこそ叩ける軽口。ほんの少しだけその場の空気が軽くなって、そして榊は言葉を続けていく。

 

「アラガミならこちらの意志が伝わるはずもない。かつての生物なら、意志を伝えること自体は可能だが、それにはある程度の時間と技術がいる。しかしルーくんの場合は出会った直後にチハルくんの指示をかなりの精度で理解し、実行している……そのうえで、今回の調査結果を鑑みると」

 

「……生憎、俺にはそこまで回る頭はないんだ。いい加減、答えだけ言ってくれないか?」

 

 つまらないね、とさして残念でもなさそうに呟いた榊は、意外なことにもったいぶらずに一言で言い切った。

 

 

 

「──ルーくんは、感応現象で我々の意志を感じているのではないだろうか?」

 

 

 

「……それは」

 

 感応現象。新型神機使い同士が物理的接触をすることで発生すると言われている、未だに原因が解明されていない謎の現象。発生例自体が少なく、未だに研究が進んでいないために確たることはわからないが、発生するとお互いの記憶の共有がされるらしい(・・・)ということまではわかっている。

 

 そして……奇しくもリンドウは、かなり特殊なケースとはいえそんな感応現象を体感したことがある神機使いの一人であった。

 

「聞き分けが良いのは、言葉ではなく直接その意志を感じ取っているからではないだろうか? だからこそ、人と初めて会った──言葉も知らないうちに、チハルくんの指示を聞いてくれたのではないだろうか? 背中を叩くという同じ指示でも状況によって使い分けてくれるのは……もちろんルーくん自身の判断もあるのだろうが、感応現象によって直接その意志を読み取っているからではないだろうか?」

 

「……確かに、そうだとすれば辻褄は合う気がするな。感応現象は記憶や感情がたがいに伝わる現象だ。意志の伝達としてはこれ以上のものはない」

 

「そうだろう? 報告書にも記載されているが、ルーくんはこちらの意志を汲み取りすぎている(・・・・・・・・・)。【四角を描いて動け】、【ジグザグに動け】という課題に対し、あまりにも滑らかに動きすぎている。進め、止まれ、右に行け……というチハルくんが実際に行った複数の指示を理解して実行しているにしては、あまりにもラグが無い。であれば、直接その意味を理解していると捉えるべきだ」

 

 どんなに賢い生き物であったとしても、命令の数が多ければ多いほどそれを実行するのに時間がかかる。【四角を描いて動け】という指示は今までにしたことがないのだから、その意味をいきなり理解できるはずもない。

 

 そうであるのにほぼラグが無くスムーズに動けているというのは──乗り手が考えていたことそのものを、直接感じ取っているということにほかならない。

 

「チハルくんは第二世代の神機使いだ。この中では一番感応現象に敏感と言って良い。次いで、第一世代神機使いであるコウタくん。そして感応現象が起きにくい……というか、理論上起きないのがヒバリくんとリッカくんだ」

 

「……なるほどな。感応現象自体が未知の現象だが、オラクル細胞由来の現象であることには違いないんだ。元々ルー自体が特殊なアラガミなんだから、本来感応現象が起きないとされる第一世代の神機使い相手に特殊な感応現象が起きても不思議じゃないか」

 

「うむ。ヒバリくんやリッカくんの場合は……感応現象が起きなかったからこそ、戸惑っていたんだろうね。しかし【歩け】という指示そのものは何度も聞いて理解できているために、ぎこちなく動いていたというわけだ」

 

 そこについては、個体としての元々の賢さが関係しているのかもね──なんて、榊はゆったりと笑う。

 

 そして、表情をすっと引き締めた。

 

「……【感応現象で意思疎通を行っている】という仮説が正しいとして。ここでいくつかの疑問が生じてしまった」

 

「ああ、ソーマの件か。……えっと、何て読むんだ?」

 

「【Loup, cours!】……フランスの言葉だね。直訳すると、『オオカミ、走れ!』となるかな。いや、この場合は個体名としての【ルー】と捉えるべきか」

 

 あの嬢ちゃん、絶対フランス語とか知らないで名前つけてるはずだよな──と頭の片隅で考えながら、リンドウは続きを促した。

 

「感応現象で意思の疎通をしているのなら、呼びかける言葉自体は別に何でもいいはずなんだ。なのにどうして、ソーマくんの指示は受け付けなかったのだろう?」

 

「ふーむ……というか、わざわざこうしてフランス語を使ったってことは、この時点でソーマも感応現象で意思疎通をしていると確信したってことだよな? ならなおさら強くその意志を込めていただろうし」

 

「だろうね。本当なら、全く知らない言葉で命令してもきちんと伝わる……ってことを示したかったのだろう」

 

「だけど、そうはならなかった……なんでだ?」

 

「……一切の前提条件を無視して単純に考えるなら、【言ってる意味がわからなかったから】となるんだがね」

 

「……それって感応現象ではなく、言葉で理解しているってことだよな? じゃあ、ヒバリやリッカが上手く動かせなかったのは?」

 

「…………神機使いならまだしも、非戦闘員を背中に乗せて歩き回るのは危ないと思ったから? だからぎこちなく、ゆっくりと動くことしかできなかった……とか?」

 

「そんな……ここまで話してそりゃないだろ?」

 

「そうなんだけどね。だけど……たまたま偶然、図らずもソーマくんが示してくれたこの結果のために、一つの可能性が生まれてしまった」

 

 ふう、と一息ついてから。

 

 榊は、改めて語りだした。

 

「センシティブな話をしたい、とさっき言ったわけだが」

 

「ああ、そういやそうだったな」

 

 

 

 

 

「──ルーくんは、もしかするとアラガミ化した元人間ではないだろうか?」




 長くなったので2回に分けます。
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