「それじゃあ今日は、実地訓練に行くからねっ!」
──ルゥ!
あの何やら奇妙なIQテスト(?)てきな知能訓練から早二日。割と早い時間にこのエイジスにやってきたチハルちゃんは、私の顎の下をわしわしと撫でながら明るい笑顔で言い切った。
「うふふ……! いつかあなたにも、おっきなバンダナをあげたいな……! 首元にスカーフみたいに巻くと映えると思うんだよねえ……!」
どうやらチハルちゃん、なかなかにオシャレさんであるらしい。この前は赤いバンダナをオーソドックスに頭に巻いていたのに、今日は……紫色のバンダナをまるでカチューシャみたいな感じで装備している。何をどうやっているのかようわからんけど、なかなかの腕前と言えよう。
「角とかなら小さいバンダナでもいけるだろうけど……戦ったらすぐに黒焦げになっちゃうだろうしなあ……」
はっきり言って──チハルちゃんは、GOD EATERという一つの物語においてはいわゆるモブキャラであるのだろう。原作ゲームには存在しないし、第一部隊の面々のような際立った実力も無いと思う。そうでなければ、たかだかアラガミ七体程度に囲まれただけで死にそうになるはずがない。
なにより、見た目がネームドキャラにしてはすんげえ地味だ。デザイン的な華が無い。
だけれども……いいや、それゆえかバンダナにはこだわりがあるのだと思う。アリサちゃんやサクヤさんみたいな派手な服装ができない分、こういった小物で精いっぱいのオシャレを楽しんでいるのでなかろうか……とママは愚考する次第。
──ルゥゥ……。
「あは、どーしたの? 今日はいつになく甘えん坊だね!」
ああ、こんなクソッタレな世界だもの。せめて出来る限りでのオシャレはさせてあげたいわ。古今東西、女の子は綺麗なおべべに憧れるって相場が決まっているもの。なのにバンダナだけで精いっぱいのオシャレを楽しむだなんて何ていじらしいのかしら。ママなんだか泣いちゃいそうっていう。
「…………ただ単純に、俺への当てつけじゃないのか?」
で、だ。
私の目の前にはウチの娘以外に──この、不機嫌そうなツラを隠そうとも知らない神機使いがる。
「んもう! そんなこと言ってるからキョウヤくんには懐かないんだよ!」
「いーや、割と最初からこいつは人によって態度変えてるぞ。報告書、見てないわけないよな?」
「……ルーちゃん、こーやってキョウヤくんが私を虐めるの」
「マジでやめろ、そういうの! こいつが本気にしたらどうするんだよ!?」
「本気にさせるようなこと、しなければいいんじゃない?」
ねー、ってウチの娘が私に同意を求めてくる……のはともかくとして。この二人のやり取り、なんとういうかこう……本気で言いあっているわけじゃなくて、ちょっと特別な信頼関係があるというか、まるで幼馴染であるかのような気安さを感じるような。
このキョウヤってやつも神機使いなわけだし、悪い相手じゃないのは間違いない。社会的地位があって身分も保証されており、稼ぎも悪くない。配給は優先的に受けられるだろうし、住む場所も安全な所であるはずだ。
ウチの娘を任せるという意味では、悪くない……いいや、かなりの優良株のはずなのに。なんでこう、二人が仲良く話している姿を見るとこうも胸がざわつくのか。もしかして、世の中のパパさんはみんなこんな気持ちを味わっているのかな……。
「ま、いいや。それより早く出発しないと……ね、ルーちゃん!」
──ルゥゥ。
チハルちゃんに声を掛けられ、そして私は身を伏せる。勝手知ったるなんとやら、チハルちゃんは華麗にぴょこんと私の背中に飛び乗った。神機は修理中とはいえ、さすがは神機使いの身体能力といったところ。ヒバリさんやリッカさんの時は乗るのに結構苦労したもんな……。
「……俺の時は、しっかり指示を口にしてもあんまり言うこと聞いてくれないんだけどな」
続いて、キョウヤの方がひらりと私の背中に飛び乗った。神機を片手にしているのに随分と身軽な……なんだよこいつ、ショート、アサルト、バックラーの超軽量装備じゃねえか。さては回避特化の手数で勝負するタイプか?
「おい、もうちょっと詰めろよ」
「えー? あんまり離れると、キョウヤくんを背もたれにできないじゃん?」
「お前……」
「それにキョウヤくん神機持ってるし、けっこー不安定でしょ? 腰でも肩でも好きなところ掴みなよ。ほら、むしろキョウヤくんのほうが役得じゃん!」
「はっ! その貧相な体のいったいどこに掴まれるってい──」
「ルーちゃん、全力でGo!」
──ルゥゥッ!!
私の背中の上で語り合う二人が、なんだかとってもとっても悔しく思えたので。
憂さ晴らしの意味も兼ねて、私は全力で駆け出した。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「ひどい目にあった……」
「うわー、随分とグロッキーだね……話には聞いてたけど、ホントに嫌われてたんだ」
「笑い事じゃないっすよ、リッカさん……」
さて、そんなわけでやってきたのは愚者の空母。より正確に言えば、ゲームでのステージにおける愚者の空母のその近辺。荒廃したこのクソッタレな世界特有の埃っぽさと、海辺の潮風の匂いがなんとも絶妙なアンマッチを醸し出している気がしなくもない。
現地集合ってやつだろうか。リンドウさん、コウタ、そしてちょっと珍しいことにリッカさんが私達の到着を待っていた。どうやら今回は、神機使い四人、オブザーバー(?)一人、そして素敵なイケメンアラガミママ一匹でのミッションであるらしい。
「んじゃ、簡単にミッションのおさらいするね。今日はこのコ──ルーの実際の能力の確認のための実地訓練を行います。エイジスではできなかったいくつかの能力の確認と、後は実際にアラガミと戦って色々調べるって感じかな」
なんか色々諸々説明があったけど、つまるところは私がやることはいつも通りだ。言われた通りの指示に従って、言われた通りにアラガミを食い殺すだけである。たったそれだけでフェンリル側から……というかアナグラの皆さんの信頼を勝ち取れるってんだから、これほど楽なことはない。
「チハルちゃんとキョウヤは基本的にペアで行動する……というか、ルーに乗りっぱなしね。リンドウさんとコウタくんが私の護衛兼観察係ってことで」
「そーゆーわけだ。ここらに大したアラガミがいないことはわかりきっているが、非戦闘員が二人もいるってことにゃ変わりない。各員、決して油断しないようにな」
了解、とみんながリンドウさんの言葉に返事をして。
そして、今日の訓練が始まった。
「じゃ、まずは──チハルちゃん、例のジャミングをお願いできる?」
「はいっ! ……ルーちゃん、いつものぶわーってやつ!」
とんとん、私にまたがったチハルちゃんが踵で合図を送ってくる。はいはい、ママに任せなさい──っと。
「おお……」
「こりゃすげえな。レーダーが一瞬でポンコツになりやがった」
ビリビリパワーのユーバーセンス(仮)。私の感覚的には微弱な電気をレーダーのように展開することで疑似的なユーバーセンスみたいに扱える……というそれだけど、ゴッドイーターたちからしてみれば、謎のジャミング行為にほかならないという例のアレ。
この人たち優しいから全然触れてこないけど、たぶんチハルちゃんの発見が遅れたのってこのユーバーセンス(仮)のせいなんだよな……。
「レーダーも無線も、軒並み全部ダメになってやがんな……こりゃ、通信関係は全滅かな」
「うーん……だけど、今ここに居る人たち同士でなら通信は繋がるのか。ただのジャミングってわけじゃないのは間違いないみたいけど」
ああでもない、こうでもないとリッカさんが頭を悩ませている。私自身、ジャミングをしているつもりは一切ないから、こればっかりはどうしようもない。
……ああ、そうか。こんなのアナグラやエイジスみたいなところでやったら、一瞬でパソコンとかの大事なシステム関係が止まっちゃう可能性があるのか。現代日本でやったらマジで害獣認定されそうで怖いっていう。
「なんだチハル、お前、髪の毛すっげえ広がってるじゃん」
「そういうキョウヤくんこそ。……静電気みたいな感じだよね、コレ。ルーちゃんがふわふわなのも、これの影響が結構ありそうだし」
「何でこいつがジャミング領域を展開するのかは、お前でも分からないんだよな?」
「うん。割と最初からそうだったし、戦闘態勢か警戒態勢ってのは間違いないと思う……って、榊博士も言ってたんだけど」
そう、まさにそれ。ジャミングではなくユーバーセンス(仮)による警戒態勢なのよ。だけれども、それを彼らが知る術はないし、そして私からそれを伝える術もない。ジャミングという明らかな事象がそこに在る以上、それに注目してしまうのもやむ無しってやつだわ。
「通信関係がオシャカになる以外は、周囲の人間にも乗ってる人間にも悪影響は無し……と。影響範囲は事前に確認されていた通り、数百メートルって感じだね。ジャミング領域の中心に近いと機械が壊れちゃうとか、そういう心配もなさそうだ」
なら、次は──と、リッカさんは私の上にいる二人に声をかけた。
「二人とも、一回降りてくれる? ちょっとこいつを試したいんだ」
すたっ、と綺麗に私から飛び降りた二人にリッカさんが手渡そうとしているのは……なんだこれ、なんかのお薬か? すっげー無骨なピルケースてきなものの中に、何やら怪しげな錠剤が入っている。
はて、こんなアイテム原作ゲームにあったかしらん……?
「うわ……コレ見るの、すっごい久しぶりだな……」
「ん? チハル、知ってるのか?」
「神機使いの携行アイテムなんだから、ちゃんと覚えておかなきゃダメだよ? ……これ、アンチジャミング剤じゃん」
「あー……なんかあったな、そんなの」
アンチジャミング剤。そう言えば、そんなアイテムもあった気がする……けど、使った記憶は一切ない。あの胡散臭いよろず屋のラインナップにあるのを見たくらいで、まだゲームのことを全然知らなかった新人時代(?)になんとなく買ったことがあるくらいだったっけか。
「ひどい言い草だね、まったく。このアンチジャミング剤だって、技術陣の努力の賜物だってのに」
「とはいってもリッカさん、俺、これを使ってるやつどころか買ってるやつも携行してるやつも見たことないっすけど。言われるまで存在を忘れていたくらいだし」
「ちなみに俺も、ぶっちゃけ何なのか気づかなかった!」
「もぉ……コウタくんは知ってなきゃダメでしょうに。……まさか、リンドウさんも」
「……年を取ると忘れっぽくなるから困るぜ」
呆れたようにため息をつくリッカさん。キョウヤはへらへらと笑っていて、コウタは若干気まずそうに引きつった笑みを浮かべている。一方でリンドウさんはすまし顔──と、年季の違いが見て取れた。
「マジな話、誰も使ってないってのは事実だろ。新人ですら、座学で習ったことがあるってくらいで実物を見たことすらないんじゃないか?」
「まさかあ。いくらなんでもそんなことって……」
「じゃあお前、俺達神機使いをジャミング状態にしてくるアラガミってどいつなのか知ってるか?」
「え? そりゃあ、コクーンメイデンと……」
「と?」
「…………あれっ?」
「そういうこった」
リンドウさんの指摘に、リッカさんがぴた、と動きを止めた。
そう。それなりにゲームをやりこんだ私ですらほとんど使ったことが無く、そして品行方正で優等生なウチの娘にすら「久しぶりに見た」と言わせて見せたこのアンチジャミング剤。リンドウさんやコウタがその存在をすっかり忘れ去ってしまっていたのにも、実はかなり切実(?)な理由がある。
うん、道具として非常に致命的なことに、使う機会がマジでねえんだよコレ。
「コクーンメイデンに後れを取る神機使いなんてそうそういない。そもそもとして、ジャミングに罹っちまうのはあいつらの毒針攻撃だけ……つまり、めちゃくちゃ隙のデカい近接攻撃だけだ。あんな攻撃に被弾するような神機使いなんて新人でもいるはずないさ」
「確かに。まあ、それでも乱戦の時なら被弾することもないわけじゃないっすけど……そんな乱戦だと、レーダーを見る余裕なんてないからジャミングになったことすら気付かないでしょうね」
「……」
状態異常攻撃を仕掛けてくるコクーンメイデンが弱い。弱いうえに隙が大きすぎる近接攻撃で、攻撃そのものが当たらないからジャミング状態になるはずがない。乱戦の時なら被弾してジャミング状態になることもあるけれど、そもそもそんなときにレーダーを気にする余裕はないから、ジャミングになっていることすら気付かない。
で、ジャミングを気にしなきゃいけない状態……レーダーを使って行動している時であるならば、そもそも攻撃に当たるはずがないという振出しに戻る。加えて言えば、ジャミングは放っておいても自然回復する状態異常で、ヴェノムやリークみたいに心身に異常が起きるってわけでもない。
「……昔からあって、ジャミングにしてくるアラガミもすごく身近なのに全然売れないのって」
「そもそも誰も必要としていないから、だな。……一応、コクーンメイデン以外のアラガミで言えばラーヴァナもジャミング攻撃をしてくるんだが」
「ラーヴァナは接触禁忌種で、戦うのはベテランばかりだしなあ。ベテランだったら多少レーダーが使えなくても普通に戦えるし、あいつの場合は毒の方がよっぽど厄介なんだよな……」
「そもそも、接敵しているのに目の前のアラガミではなくレーダーを気にする機会ってのがないっすもんね」
「……チハルちゃん、男どもがよってたかって私をいじめてくるんだけど」
「あ、あはは……」
ともあれ、リッカさんが手にしているコレは紛れもなくアンチジャミング剤だ。その効能は文字通り、ジャミング状態を解除するものになるわけだけれども。
「あれ……そう言えば、なんでこのお薬でジャミングが治るんだろ……?」
私の頭の中にふっと浮かんだ疑問。同じことに思い当たったのだろう、私の代わりにチハルちゃんがその疑問を投げかけてくれた。
「ジャミングって、あくまでレーダーが上手く映らなくなる現象です……よね? 異常なのは機械の方なのに、どうしてお薬で治るんですか?」
「んー……原理の説明をすると長くなるから省くけど、神機使いに支給されている通信機器って特別製でさ。簡単に言うと、腕輪を介して神機使いの感知能力を借りることで機能の底上げをしているんだよね」
「……むむ?」
「ジャミング攻撃を受けると、神機使いのオラクルバランスに一時的な変調が起きちゃうの。そのせいで感知能力が十全に働かなくなって、レーダーが上手く表示されない……つまり、ジャミング状態になっちゃうってわけ。アンチジャミング剤は、このオラクル不調を改善するためのものなんだ」
「……私、新人時代にジャミングになっちゃったことありますけど、別に体調不良とかは無かったような」
「それくらい微細な感覚を司る部分の不調ってことだよ。……【相手のオラクルバランスを崩す】というごくごく弱い効果が結果としてジャミング的な影響をもたらしているだけで、神機使いに起こるそれは電気機械的な意味でのジャミングじゃないんだ。体調不良をお薬で治すだけって考えれば、しっくりくるかな?」
「ああ、それならわかります!」
「ちなみに神機使いの感知能力をさらに強化・補助するように神機を調整して、これとレーダーを連携させるとユーバーセンスが使えるようになるんだよ。言い方を変えると、そこまでリソースを割かないとユーバーセンスは使えないんだ」
「なるほど……ユーバーセンスって便利なのにデフォルトで通信に搭載されていないのは、そう言う理由があったからなんですね」
マジかよそれは初耳っていう。ゲームじゃそう言うもんだと思ってあんまり深く考えてなかったんだけど、裏(?)ではやっぱりちゃんとした理由や設定があったのね。
「でも、理屈は理解できましたけど、お薬飲んで機械が直るってのは感覚的に受け入れがたいなあ……!」
「あはは、まぁ気持ちはわかるけどね」
そうして、チハルちゃんらはその小さなお薬をごくんと飲みこむ。錠剤をお水も無しに飲むなんて、お喉に詰まらせないのかちょっと心配ですわぁ……。
「……変わんねえな。無線もレーダーも上手く表示されないままだ」
「あー……やっぱりダメかあ」
チハルちゃんはもちろん、コウタやリンドウさんもジャミング状態は解除されなかったらしい。そしてリッカさんは、さして残念という様子も見せずにその結果を記録している。先ほどの話から察するに、アンチジャミング剤でこのジャミングを解除できるとは最初から思っていなかったのだろう。
「アラガミ由来……ううん、オラクル由来のジャミングって意味では同じだけど、やっぱり規模も原理も違うみたいだね」
「規模と原理、ですか?」
「うん。コクーンメイデンのジャミングはあくまでオラクル変調を引き起こすだけだから、普通の機械はジャミングできないし、傷つけた対象にしか効果が無いんだけど……このコのジャミングはより工学的なそれに近いんだろうね。普通の機械もジャミングできるし、何より影響範囲が比べ物にならない」
まだはっきりとしたことは言えないけれど、特殊な偏食場パルスが空間的に作用することでこのジャミングは引き起こされているらしい──と、リッカさんが手元の計器を眺めながら述べる。実際、私はビリビリパワーを周囲に展開しているわけなのだから、その推察は間違ってはいないのだろう。ただ単に、やっている私自身にも原理が分からないというだけだ。
「うーん! それでもやっぱり、このコがどうしてこんなことをしているのかはさっぱりわかんないや! コクーンメイデンは曲がりなりにも敵に対する武器になっているけど、別にそう言うわけでもなさそうだしなあ」
「となると……榊博士が言ってた通り、結果としてジャミングになっているだけで別の効果があるってことなのかな……。そういう意味では、コクーンメイデンと同じって言える……のかな?」
ちなみに。
念のためということで私にもアンチジャミング剤を与えられたけれども、ジャミング解除はできなかったし、正直全然食べた気がしなかった。爪の先よりちっちゃいし、歯ごたえや舌触りを楽しめるはずもない。そこらの岩でも齧っていたほうがまだ満足感があったんじゃね?
ジャミング/アンチジャミングの原理とユーバーセンスの原理については独自解釈です。どんなに調べても、なんで錠剤でジャミングが治るのかはわからなかったよ……。