GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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40 感応実験結果:考察

 

 ──なんだかちょっと、おなかが空いたな。

 

 夢現(ゆめうつつ)のようなぼんやりとした気分。そんな中でアリサが感じたのは、人間の三大欲求の一つでもある本能染みた気持ちであった。

 

 そう、アリサは酷くおなかが減っていた。もし許されるのなら、内緒でこっそり配給のジャイアントコーンをこの場で食べてしまっていたことだろう。とにかく何でもいいから口に入れたくて、味なんてどうでもいいから食べられるものが欲しかった。

 

 一方で……少なくとも、そう言ったことを考えられる程度には余裕がある。おなかが空いて堪らないけれど、結局はそれだけ。飢えているだとか、飢餓感を覚えるだとか、そういった切羽詰まった感じではない。【空腹であること】と【飢えること】は全くの別物であることを、悲しいことにアリサは実際にその目で見てきてしまっている。

 

 例えるならそう……夜中にふと、おなかが空いて目覚めた感じ。おなかが空いてとてもじゃないけど眠れそうにないけれど、だからといって死にそうなほどではない。部屋を漁って目ぼしい食料が無ければ、我慢して朝日を昇るのを待てるような……そんな気持ちだ。

 

 ──なにか、無いかなあ。

 

 だから。

 

 だからアリサは、自分が今どこにいるかもわからないまま、辺りを探った。ジャイアントコーンでもいいし、この際だからあんまり美味しくない軍用レーションでも構わない。ムツミが作った夜食があれば最高だが、そこまで望むのは流石に贅沢が過ぎるだろう。

 

 ──あ。

 

 そんなことを考えていた。

 

 考えていた、のに。

 

 

 

 ──やだあ……! もうやだあ……!

 

 

 

 気づけばアリサは、戦場に立っていた。

 

 そして、そんなアリサの目の前に──泣きじゃくる、傷だらけの小さな女の子がいた。

 

 

 

 ──おかあさあああん……! おかあさあああん……!

 

 

 

 小さな、小さな女の子だった。少しでも触れたら粉々になってしまうのではないかと恐れてしまうほど、か弱い女の子だった。

 

 頭からは血が流れているし、足は見るも無残に腫れている。どこからどう見ても、痛々しくて哀れな女の子だった。

 

 

 

 ──おかあさああん……! おか、おかあさぁああん……!

 

 

 

 その女の子は、ずっとずっと泣いていた。アリサの目の前で、アリサに気付いていないかのように泣いていた。わんわんと大きな声を上げていて、その瞳からはポロポロと大粒の涙がこぼれていた。

 

 

 ──ッ!

 

 

 その泣き顔を見る度に。

 その頬に涙が伝う度に。

 

 アリサの胸は、きゅっと切ない気持ちで締め付けられた。悲しくて悲しくて堪らない気持ちになって、自分の事じゃないはずなのにわんわんと泣きだしたくなった。

 

 いや、ちょっと違う。

 

 アリサはこの時──出来ることなら、自分が代わってあげたいと思った。その女の子が泣く姿を見せつけられるくらいなら、自分が代わりにその苦痛を受け持ちたいと考えた。いったいどうしてそんなにも泣きじゃくっているのかなんて皆目見当もつかなかったが、とにかく一刻も早く、その娘を苛む何かを取り除いてあげたかった。

 

 そう、アリサは悲しかった。その娘が泣いているという事実そのものが悲しかった。それは心をズタズタに引き裂かれるよりもなお辛いことで、とてもじゃないけど耐えられそうにないものだった。

 

 もし、自分の身が八つ裂きにされることでその娘が泣き止んでくれるのだとしたら。

 

 アリサは、何の迷いも躊躇いも無く、喜んでその身を差し出したことだろう。

 

 

 

 ──やだよう……! 助けてよう、おかあさあん……!

 

 

 

 女の子が、泣いていた。

 

 だからアリサは、その娘を抱きしめようとした。

 

 それは至って当然のことで、考えるまでもない事だった。同時にまた、そうしなくてはならないという本能をさらに凌駕した使命感もあった。

 

 ──今すぐ抱きしめて、安心させてあげたい。

 ──あの娘が泣いていることに、堪えられない。

 ──たとえこの身が朽ちようとも、絶対にあの娘を守って見せる。

 

 この時のアリサの気持ちを言葉で表現したならば、きっとこんな感じだったのだろう。だけど、アリサには──自分の胸に渦巻く……いいや、全身に満ち満ちているこの気持ちが、一体何なのかさっぱりわからなかった。そもそもとして、考えるという発想そのものがナンセンスで、それは言葉では表現できない、生物としての根源的な本能だったのかもしれない。

 

 

 

 ──私が、守らなきゃ。私が、抱きしめなきゃ。

 

 

 

 ずっとずっと、耳に残っている泣き声。

 ずっとずっと、目に焼き付いている泣き顔。

 そして──切なく、もどかしく、この世が終わるかのような絶望感。

 

 何か大切なものが永久に失われてしまう前に。

 そのぬくもりが、永久に失われてしまう前に。

 

 アリサは、一生命としての使命を全うしなくてはいけなかった。

 

 

 ──あの娘は、どこ?

 

 

 気づけばアリサは、手を伸ばしていた。

 

 少し離れたところにあの娘がいる。涙がすっかり引っ込んでいることに、堪らなく嬉しい気持ちになった。

 

 

 ──いま、行くからね。

 

 

 そしてアリサは、全力でその娘を抱きしめていた。自分でも一切気づかぬまま、柔らかく、強く抱きしめていた。

 

 

 腕の中にあるこの温もりが愛おしい。

 ──大丈夫、もう大丈夫だからね。 

 

 とくんとくんと聞こえる心臓の鼓動が愛おしい。

 ──もう、怖いことなんて何もないからね。

 

 確かに感じるこの生命の息吹が──今ここに、その娘の存在を感じられることに、言葉にできないほどの喜びと幸福感が満ちていく。

 

 

 

 ──ああ、よかったあ。

 

 

 

 自分にこんな気持ちがあることを、アリサは初めて知った。

 

 

 ──これからはずーっと、(ママ)が守ってあげるからね。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「──なるほど、感応現象でそんな光景を目にしたのか」

 

 アナグラ、支部長執務室。何やら珍妙な空気が満ちるその空間の中で、唯一いつも通りの雰囲気を崩していない榊が、何か面白いおもちゃを見つけたかのような弾んだ声で呟いた。

 

 アリサ、コウタ、リンドウ、キョウヤに──そしてチハル。感応実験に参加した五人の神機使いと、オペレーターとしてモニタリングをしていたヒバリ。そして、この部屋の主である榊を含めた合計七人が、今ここに居る人間の全てだ。

 

「まさか本当にアラガミと感応現象を起こせるとは……! これはもう、ルーくんに明確な意思があると言ってもいいんじゃないのかな?」

 

 にこにことした、どことなく胡散臭い笑み。人によっては警戒心を掻き立てられてしまうそんな表情は、榊がこれ以上に無いほどご機嫌であることを示している。付き合いの長いリンドウであれば、そのわずかな表情の違いから「今日はいつになく機嫌が良いんだな」……と、察することができただろう。

 

 ただ、それ以上に。

 

「……」

「……」

「……」

 

 支部長執務室には、奇妙な空気が満ちていた。

 

「……」

「……」

 

 少し顔を赤らめ、気恥ずかしそうにもじもじと体をゆするチハル。

 そんなチハルにぴったりと寄り添い、やっぱり恥ずかしそうにしながらも──絶対に離さないとばかりに、チハルの肩を抱くアリサ。

 

 なにかとんでもなくヤバいものを見ているのではないか、本当に目の前の光景は現実なのかと唖然とした様子でそれを見守る男が三人。

 

「……あの、一応もう一回聞いておきたいんですけれども」

 

 なんとも困ったような笑みを浮かべて、ヒバリがその言葉を口にした。

 

「ルーさんと感応現象を試みたアリサさんが──いきなりチハルさんを抱きしめて、お母さんを名乗ったんですか?」

 

 改めて言葉にすると、なんともまあ奇妙というかおかしな出来事。それも、コウタのようなおちゃらけた人間がふざけてやったのならまだわかるが、アリサという真面目で堅物な人間がやったのだというから驚きだ。

 

 もちろん、女の子同士がふざけて抱き合うくらいであれば珍しい話でも何でもない。チハルだって、ムツミやカノンとはそうやってじゃれあって親交を温めることがある。

 

 しかしながら、いったいどうしてまじめに仕事をしている最中にそんなことを……おまけに、母親になりきるというトンチキなことをしでかすというのか。

 

「……イヤ、でしたか?」

 

 酷く不安そうな顔をしたアリサが、恐る恐る問いかける。

 

「聞かれてんぞ、チハル」

 

「……えっと、その」

 

 恥ずかしそうに顔を赤らめたチハルが、ごにょごにょと呟いた。

 

「あったかくて、やわらかくて」

 

「ほお」

 

「すっげー良い匂いしたあ……!」

 

「そりゃよかったな」

 

 恥ずかしいことは恥ずかしい。だけど、それ以上にとても幸せな気分になれたのだろう。ゆるゆると緩み切ったチハルの柔らかな表情を見れば、それはまるで疑いようのない事であった。

 

「でも、いったいどうしてそんなことを……?」

 

「……それが、その、さっきの話に繋がるのですが」

 

 見ていて気の毒になるほど顔を赤くしたアリサが、ぽつぽつと呟き出す。

 

「ルーさんに触れた瞬間、大きな記憶のようなものが流れ込んできました。……一番最初に感じたのが、空腹感です」

 

「ふむ。アラガミらしいと言えばアラガミらしいね」

 

「その次に……ボロボロの、傷だらけになったチハルさんが見えました」

 

「あいつはあの日、嬢ちゃんを助けた張本人だからな。その時の記憶が共有されたってことなんだろう」

 

「それで、その……気づいたら、抱きしめてました」

 

 そこがわからないんだよ、とこの部屋の中にいる大半の人間の気持ちが一致した。

 

「真面目な話……とにかくチハルさんを守らなきゃって気持ちでいっぱいだったんです。チハルさんが泣いている姿を見るのが悲しくて、どんな手段を使ってでも助けてあげなきゃって……そんな気持ちが止められなくて」

 

「それはつまり……庇護欲というものになるのかね?」

 

「……今となって思えば、そうかもしれません。ただ、どちらかというとこれは」

 

「……これは?」

 

 言葉をいったん区切ってから、アリサは恥ずかしそうにつぶやいた。

 

「……母性ってやつなのかも。本当にそうなのかはわからないし、単純に私が女だからそう感じただけかもしれませんが」

 

 泣いている女の子を見て、守りたいと思ってしまう。人間としてはそれはまともで真っ当な感性であり、庇護欲と表現できるものであるのだろう。母性とは母親が子供を守り育てようとする本能的な性質であるのだから、ある意味では同一のものと言えるのかもしれない。

 

 女性であるアリサが、そう言った気持ちを抱くことは別に不思議ではない。

 

 問題なのは、この気持ちが感応現象によって引き起こされたものであるということだ。

 

「……で、アリサはどうしてそんなにぴったりとチハルに寄り添ってんの? なんで、そんな風にチハルの肩を抱いているんだ?」

 

「……え? でもそうするのが……あれ?」

 

 少し冷淡で冷たく見えてしまうこともあるが、アリサが心優しい人間であることはこの場の誰もが知っている。だけれども、こんなふうにスキンシップを取ったりすることはないこともまた、この場にいる誰もが知っていた。

 

 アリサ自身、胸に満ちるこの気持ちも、自分がどうしてそんなことをしているのかもわかっていないが……結局のところ、「そうしている」という事実は変わらない。

 

「感応現象で感じた母性に、完全に引っ張られているようだね。ルーくんの心がそれほどまでに強いものであったのか、あるいは元々アリサくんの中にあった母性が強いものであるのか……」

 

「なんか意外だよなー。俺、アリサがあんな風に笑うのも、あんな風に泣くのも初めて見たもん」

 

「……私自身、ちょっと自分でも驚いてはいますが。でも、あんな風におかあさん、おかあさんって泣いている姿を見れば……誰だってそうなりますよ」

 

 アリサが言っていること自体は間違いない。大なり小なり、人間には慈愛の心というものが備わっている。例え行動に移さなかったとしても、心の中ではそういった気持ちが生まれることは疑いようがないだろう。

 

 今ここで一番重要なのは、そんな気持ちをアラガミが抱いていたという所だ。

 

「時にチハルくん。一応確認しておきたいんだが」

 

「なんでしょう?」

 

 次の話に行く前に。榊は、チハルに問いかけた。

 

「キミの母君は……存命だったよね? たしか、外部居住区にお住まいの一般人だったと記憶しているが」

 

「あ、はい……毎日メールでやりとりしていますよ? ……その、この前会いに行ったときは泣きながら神機使いをやめてくれーって言われちゃいましたけど……それが何か?」

 

「……念のための事実確認さ。ほぼあり得ないだろう可能性のいくつかが、これで確実に潰せたってだけだよ」

 

 例えば、キミと母君の親子の触れ合いをルーくんがどこかで見ていたために母性を学んだとかね──と、榊はどこか曖昧な笑みを浮かべる。その言葉で、その場にいた何人かが【例えば】という言葉で濁された趣味のよろしくない想像(・・)に思い当たってしまったが、幸いにしてチハルがそれに気づくことは無かった。

 

「それで……アリサくんが見たという、キミが泣いているという光景。これは本当にあった出来事なのかね?」

 

 ルーがチハルに抱いているイメージが「泣いている女の子」として出てきたのか。それとも、過去の出来事をそっくりそのまま共有されただけなのか。榊が確認したいのは、つまりはそういうことだ。

 

「うー……まぁ、そうなります……。その、ルーちゃんと初めて会ったとき、私、今度こそ死んじゃうと思って……『おかあさん』って言いながら泣いちゃった……」

 

 恥ずかしそうに頬を赤らめるチハル。そんなチハルとは対照的に部屋の空気は一瞬にして重くなる。

 

 それもそうだろう。結果的にはこうして生きているとはいえ、最期の瞬間を生々しく語られて、平常に聞き流せる人間なんてそうそういるわけがない。

 

「今となっては、ちょっとかわいそうなこと……わ」

 

 チハルの細い体を、堪らないとばかりに抱きしめたのは……目に涙をいっぱいに浮かべたヒバリであった。

 

「……ひ、ヒバリさん?」

 

「……抱きしめたかったんです。ダメ、ですか?」

 

「……い、いえ。そんなことはないですけど」

 

 感応現象により母性にひっぱられたアリサが自分を抱きしめるのはまだわかる。だけど、先ほどまでは普通であったヒバリが、なぜアリサにも負けないほど強く、優しい表情で自分のことを抱きしめてくるのか。当然のことながら、チハルがその真実に気づけるはずもない。

 

「悪ぃな嬢ちゃん。ヒバリ(こいつ)にもちょっと事情があるんだわ。すぐ落ち着くと思うからしばらくは付き合ってくれよ……と」

 

 この中で唯一ヒバリの行動に心当たりがあったリンドウは、ヒバリたちを慮るようにして話題を切り替えていく。

 

「いろいろごちゃごちゃ話したが、あいつに人を守る意思があるってのは確定でいいんだよな?」

 

「うむ、それは間違いないだろうね。ただし、チハルくんが抱いていたイメージ……つまり、やんちゃな甘えん坊としてチハルくんに接していたのではなく、チハルくんを守るべき我が子として接していたのだろう」

 

 アラガミの攻撃からチハルを助けたのも。寒さに震えるチハルを自らの体で温めたのも。水や食料を分け与えたり、チハルの指示に従ってあちこち走り回っていたのも。

 

 その行動の全てが──自分の子供の面倒を見ていたからだ、ということで一応の説明ができるのだ。

 

「あんなおっかねえツラしてんのに、ママ気取りってか? 俺、あいつのことは悪い意味で女好きなおっさんみたいにしか思えないんだが。毎回毎回女の体の匂いばかり嗅いでるし」

 

 呆れたように愚痴るキョウヤの言葉に反応したのは、今なお愛おしそうにチハルの肩を抱くアリサであった。

 

「……それは単純に、体にケガがないか確認しているだけですよ」

 

「……男の匂いを嗅がないのは?」

 

「雄の成体は守るべき対象としての優先度が低いから、ですね」

 

「女の神機使いを尻尾で包むのは……」

 

「体を冷やさないように、です。女の子は体冷やしちゃダメだって、本能でわかってるんですよ」

 

「……なんでアリサさん、そうやって言い切れるんすか?」

 

「なんでって……」

 

 至極真っ当なキョウヤの疑問。それに対するアリサの回答は、実に堂々としたものだった。

 

「私が親なら、そうするからです」

 

「やべえ、なんだろこの妙な説得力」

 

 キョウヤたちはあくまで、その行動からルーの気持ちや意志を想像することしかできない。一方でアリサは、感応現象で直接その意志と思われるものに触れている。この段階でもう、アリサの発言の有力性というのは保証されているようなものであった。

 

「うーん……だけどやっぱり、アラガミが庇護欲を持つなんて信じられねえなあ……」

 

「そうかね? 私はむしろ、母性と言われてすごくしっくり来たのだけれども」

 

「そうっすか?」

 

「ああ。キミたちも知っている通り、どういうわけかアラガミは女性を象ることが多い。それも妙に豊満で健康的なものばかり──つまりは、母性の象徴だ」

 

 ザイゴート、サリエル、セクメト、ヘラ。アマテラスやヴィーナスはもちろん、プリティヴィ・マータも女性を象ったアラガミと言って良いだろう。一方で、明確に男性を象ったアラガミというのは女性を象ったアラガミと比べて明らかに数が少なく、せいぜいがアイテールやゼウスくらい、オマケしてもディアウス・ピターしかいない。

 

「アラガミという種族そのものとして、彼らのどこか本能的な場所に母性のそれに近いものがあるのかもしれないね」

 

「でも博士……アラガミ同士ならまだしも、人間相手にそんな気持ちを抱くものなんすかね?」

 

「十分にあり得るさ。アラガミが台頭する以前、かつての生物たちにおいても異種の子供を育てる例というのは多く報告されている。それどころか──狼という凶暴な生き物が人間を育てたという話さえある」

 

「マジっすか……」

 

 尤も、本当の意味で最初から最後まで育てられていたわけではなさそうだけれども──と榊は小さく補足を入れる。今となっては資料もほとんど残っていないから、榊としてもあまり詳しい話は分からないのだ。

 

「ともあれ、アリサくんが見た光景はルーくんが目にした光景で間違いない。つまり、感応現象が起こせるということを実証できたというわけだ。加えて、これまでのルーくんの行動や試験結果から──」

 

 その場にいる全員の顔をじっくりと見渡してから。

 

 どこか嬉しそうに、榊は宣言した。

 

「──ルーくんには、感応現象で人間の気持ちを感じ取る能力があると思われる」

 

 何かを言いたそうな顔をしているリンドウをちらりと見てから、榊は言葉を続けていく。

 

「ちょっと気になっていたんだけどね。ルーくんは嗅覚で索敵を行うそうだが……それはそれとして、まるで背中に目がついているかのようにアラガミの行動を察知できるんだよね?」

 

「え、ええ……。明らかに見ていない方向からの攻撃をよけたりしてました」

 

「嗅覚で場所はわかったとしても、どうして攻撃のタイミングまでわかったのだろう?」

 

「……えっと」

 

「【スプリング・フェスティバル】……チハルくんとの合流を目的としたあのミッション。チハルくんは戦場にあがる煙を確認し、その後ルーくんがジャミング領域を展開して走り出したと報告してくれたが……煙や血、砂埃が立ち込める戦場で嗅覚はどれほど役に立つのだろう? どうして、まだ見たこともないはずのキョウヤくんたちの所へ向かえたのだろう?」

 

「……」

 

「そう、ルーくんの嗅覚が優れているのは間違いないだろうが、嗅覚だけでは少し説明がつかない部分もあるのだよ。そのうえで今までの報告を聞いている限り……ルーくんの驚異的な索敵、いいや察知能力は、例のジャミングを行っているときに顕著になっているように思えるんだよね」

 

「…………えっと、つまり?」

 

「ルーくんは元々高い感応能力を持っている。そのうえでジャミング能力がある──この二つの能力を併せ持つという事実が、非常に重要なのだ」

 

 言葉をいったん区切り、榊は教鞭をとる教師のような口調で述べていく。

 

「ルーくんのジャミング能力をもっとシンプルに捉えると、【自身を中心として特殊な感応波を照射、展開する】ことに他ならない。結果としてそれは、我々からは通信機器のジャミングおよびルーくん自身のステルスとして観測されるわけだが……この動き、何かに似ていないかい?」

 

 自身を中心として、感応波を照射する。

 

 チハルたちが知っている言葉の中で、それに一番近いのは。

 

「まさか……レーダーってことですか?」

 

「その通り。電波か感応波か、それだけの違いでしかない。ジャミングやステルスといった効果だけ見れば、むしろ電波でない事の方が不思議なくらいともいえる。……さて、【驚異的な感知能力】と【レーダー】と来て、ピンとくるものはないだろうか?」

 

 

 ──神機使いの感知能力をさらに強化・補助するように神機を調整して。

 

 

「まさか、それって──!」

 

 

 ──これとレーダーを連携させると。

 

 

 少し前の、リッカとの何気ない会話。今まで忘れていたそれが、チハルの頭の中に呼び起こされていく。

 

 にこりと笑ったまま、榊は答えない。いいや、チハルたち自身にその答えに辿り着いてほしいと思っているのだろう。

 

「──ユーバーセンスってことですか!?」

 

「──ああ。それとほぼ同じものを持っているんじゃないかと、私はそう推測しているよ」

 

 チハルたち神機使いが持つ、数少ない索敵能力──ユーバーセンス。それは、神機使いが元々もつ人間離れした感知能力をさらに強化するように神機を調整し、腕輪を介してレーダーなどの通信機器と連動することで発動させるものだ。

 

 それに必要なのは、【本人の感知能力】、【感知能力の補助や強化】、そして【レーダーなどの通信機器】の三つとなる。

 

「ルーくんの場合、【感応能力】という並外れた感知能力と、【ジャミング領域】というレーダーの役割を果たすものを兼ね備えている。この二つを組み合わせれば、ユーバーセンスのように用いることができるのではないだろうか?」

 

「つ、使えると思う……! 私達みたいな補助が要らないくらい元々の感知能力が高いわけだし、アラガミか人間か、機械か自前のレーダーであるかの違いしかない……!」

 

「であれば、この感応能力によるレーダーを用いることで……直接触れずともある程度相手の意志がわかるのではないだろうか? その感応波を展開していたためにチハルくんやキョウヤくんたちを見つけ……そして、その心に触れて助けたいと思ったのではないだろうか?」

 

「……あ」

 

「ジャミングは副次的な効果かもしれないとは前にも話したが、そうだとすれば説明だけはつく。あるいは、そうやって気持ちを理解できるアラガミだからこそ、戦闘や索敵の際はジャミング領域を展開して──同じ能力を持った敵がいることを想定して、自分のことを隠しているのかもしれない」

 

 する必要もないはずのジャミング領域を展開している理由。

 あまりにも良い成績を叩き出している知能確認実験の結果。

 実際に確認された感応現象に、神機使いたちからの何気ない報告。

 

 今まで集まった全ての材料を吟味して……榊は、あの白いアラガミの本当の能力についてこれだけの仮説を打ち立てたのだ。

 

「たしかに、あいつの動きってユウの動きになんとなく似てるなーって思ってたけど……」

 

「彼みたいなすさまじい戦闘センスや経験値を元にした動きというわけではなく、その能力で直接動きを感じ取っていたのだろうね。アラガミの動きを予知しているかのような行動も、この能力で可能にしたのだろう。ユウくんは戦闘経験からアラガミの動きを推測しているのだろうが、出現したばかりのルーくんには不可能なわけだから」

 

 もちろん、この推測が正しいかどうかはまた改めて実験を重ねて確認していかないといけないだろう。榊が語ったのはあくまで状況からの推測であり、結局のところ想像でしかない。合っているのは辻褄だけで、仮説の上に仮説を立ててしまっている部分も無くはない。

 

 だけれども、チハルたちには榊の言葉がすんなりと心の中に入ってきた。アラガミが感応現象で人の心を理解しているという突飛で荒唐無稽な話なのに、それが当然のように思えてしまった。思い返せばそれらしいヒントとなる行動はいくらでもあったわけで、むしろどうして今まで気づかなかったのだと不思議に思えるくらいだった。

 

「んー……ヒバリさん、俺バカだからよくわかんないんですけど、要約するとどういうことです?」

 

 チハルやキョウヤたちの気持ちを代弁するかのように、コウタが未だなおチハルの腕をぎゅっと抱き留めているヒバリに問いかけた。

 

「ルーさんは感応現象で私たちの気持ちや意志を理解しています。例のジャミング領域はその補助で、ジャミング領域内であれば直接触れずとも感応現象を起こすことができるほか、これをユーバーセンスのように用いて索敵もしています。私たちを助けてくれるのは……感応現象でチハルさんの気持ちを知ったのと、アラガミが元々持っているかもしれない母性のため、ですね」

 

「さすがはオペレーターだな。状況を整理して簡単にわかりやすく伝えるってのに手馴れている……誰かさんにも見習ってもらいたいものだね」

 

 ほんのちょっぴりのリンドウの皮肉。しかし、皮肉を向けられた本人はいつも通りの胡散臭い笑みを浮かべたままだ。

 

「……で、ヒバリ。お前なら、この後どうするかも理解できているよな?」

 

「えっと……榊博士が今仰った仮説を立証するための実験を行うのと、あとは……ルーさんの運用方法を本格的に検討していく感じでしょうか。生態もだいぶわかってきましたし、ルーさんの能力であれば、この前みたいな緊急事態への迅速な対応が可能となりますから」

 

「そういうこった。難しいことは考えるのが好きなそこの博士に全部任せて、俺達はその分体を動かそう」

 

 結局のところ、チハルたちにできるのは言われた通りにミッションや実験をこなすだけだ。それ以上のことはどう頑張ってもできないし……なによりチハル自身、自分のことを助けてくれた命の恩人であるあのアラガミが不当な扱いを受けなければ、それでもう十分に満足なのである。

 

「……ところで、さっきから気になってたんだけど」

 

「どうした、コウタ?」

 

 さぁ、これでようやく長い打ち合わせも終わりだ──と心の中で安堵の息を吐いていたリンドウにとって。コウタのその何気ない一言は、そこはかとなく嫌な予感を引き起こすものであった。

 

「いや……アリサのやつ、いつになったら元に戻るのかなって」

 

「……」

 

 リンドウの目の前。

 

 アリサはぴったりとチハルに寄り添い……慈愛に満ちた表情で、その肩を抱きしめている。

 

「……」

 

 リンドウは無言で、チハルの腕を取ってアリサから引き離そうとした。

 

「……なにか?」

 

 そんなリンドウの腕を、凄まじい形相をしたアリサがパッと振り払った。ウチの娘には指一本触れさせないぞ──と言わんばかりの無言の圧を、リンドウは確かに感じ取った。ついでに言えば、ヒバリもリンドウのことをじとっとねめつけるようにして睨んでいる。

 

「……桜田チハル上等兵。所属部隊は違うが、上官としてお前に臨時の命令を与える」

 

「は、はい?」

 

「……アリサ(そいつ)がまともに戻るまで、責任もって面倒見ること。ついでにヒバリにも思いっきり甘やかされること。以上」

 

 

 アリサのメンタルがいつまで引っ張られたままとなるのか。いったいいつまで、チハルが小さな娘としての扱いを受け入れなければならないのか。

 

 その答えを知っている者は──ここには誰もいなかった。





◇アイテールとは

・美しく妖艶なことで知られるあのサリエルの接触禁忌種。
・ウェディングドレスのようなシルエットをもつ純白のアラガミ。
・破壊部位として【スカート】がある。

 嬉々として近づいてみて見た時の衝撃と言ったらもうね……ッ!


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