「──そんな顔すんなって。救援要請も入れてあるし、大丈夫だよ」
「隊長ぉ……!」
「無念……ッ! 僕は今、自らの不甲斐なさで胸が張り裂けそうだ……ッ!!」
ああ、失敗したな──と、コウタは痛々しく笑いながら心の中で自分に舌打ちをした。
コウタ、エリナ、エミール。第一部隊のいつものメンバー。最近ようやくエリナとエミールで連携らしきものができるようになり、このままいけば一部隊として戦力的にまとまるのもそう遠くはないのではないか──なんて期待していたところでのこの災難。
「なんだ……! なんなのだ、アレは……!」
「……感応種ってやつだな。噂には聞いたことあるだろ?」
ヴァジュラ一体、コンゴウ一体。極東ではありふれたそんなアラガミを討伐し、そろそろ帰投するか……と周囲を探索していた時に入った緊急入電。これまたやっぱり、【想定外のアラガミ反応が作戦エリアに侵入した】という極東ではよくあるものであったところまではよかったのだが。
「私が……っ! 私があの時、動けなかったから……っ!」
「しゃーない、あんなの初見じゃ無理だって」
現れたのはまさかの未確認アラガミ。少なくとも、この極東でそれなりに戦闘経験を積んでいる
「そうだエリナ! キミは悪くない! 本当に卑怯で下劣で唾棄すべきなのは……ッ!」
──確かに、アレは反則だよなあ。
じわじわと痛む脇腹のことを考えないようにしながら、コウタはほんの数分前の出来事を思い出した。
「──あのアラガミだッ! あのアラガミは卑劣にも仲間を呼んだッ! そのうえで、無防備なキミを多数で嬲ろうとしたのだッ!!」
そのアラガミは、単独で行動していた。
そのアラガミは、中型種だった。
そのアラガミは──そう、シユウによく似たシルエットをしていた。
だからコウタは、その場で討伐する判断をした。シユウ程度であれば新人二人だけでも相手どることができるし、アラガミの奇形や堕天種なんてこの極東では珍しくも無い。なにより、中型種で単独行動をしている──つまり、新人神機使いの練習台としてはなかなかに理想的で、今は隊長である自分も付いている。
だから、ちょっと珍しいシユウを倒すつもりで戦って……実際、あと少しで討伐するところまでいけたのに。
「おかしいでしょ……! 神機が動かなくなるなんて、そんなのずるいじゃん……!」
「いやもう、ホントそれだよな」
──まさか神機を無力化してくるだなんて、いったい誰が思ったことだろう?
人類が唯一アラガミに対抗できる手段が無力化されたとあっては、経験の浅いエリナやエミールが動揺するのも無理はない。アラガミと真正面から切り結んでいる最中ならばなおさらの話で、正直な所、コウタがほとんど動揺せずにいられたのは銃撃で後方支援をしていたから──アラガミと物理的な距離があったからという、たったそれだけの理由でしかない。
そして気づけば自分たちの周りにさっきまではいなかったはずの別のアラガミが接近──いいや、肉薄していて。
その場からは何とか離脱することができたものの、遁走の際にエリナを庇ったコウタは決して軽いとは言えない傷を負ってしまったというわけだ。
「いやあ……スタングレネード、多めに持ってきておいてよかったよ……」
「チハルさんの件があってから、簡単な任務でも多めに持ち込むように言われてましたもんね……って、そうじゃなくて!」
声を潜めながら声を荒げるという、なかなかに器用な芸当をエリナはしてみせた。
「感応種ってなんなんですか!? 神機が使えないのにあんなのどうしろって言うんですか!」
──キィィ……!
コウタたちが潜む物陰からおよそ30mほどの距離。青い羽を持つ妖艶な鳥人のような姿のアラガミが、鳥の羽毛を思わせる体毛に包まれたオウガテイルを従わせてしゃなりしゃなりと闊歩している。
「最近になって発見された……なんだっけな、周囲のオラクルを操れるだったか、特殊な偏食場パルスを発するだったか……ともかく、そんな感じの感応能力が高いアラガミを総称して感応種って言うんだ」
「……」
「さっき、エミールはあいつが仲間を呼び出したって言ったけど。いくらなんでも、三人が三人ともあれだけの数のアラガミの接近に気付かないわけがない。あれは呼んだんじゃなくて……たぶん、創り出したんだよ」
「え……」
「小さいオウガテイルみたいなやつにも羽毛があるし、ほぼ間違いないと思う。で、ああやって侍らせて歩いているってことは、シユウみたいなやつが命令を与えて動かしているってことなんだろうな」
動かなくなった神機。いきなり降って湧いたかのように表れた数匹の小型アラガミ。神機が動かないってだけでも十二分に非常事態なのに、熟練の神機使いでさえ避けようとする複数体のアラガミとの戦闘なんてできるはずがない。
故に、コウタたちはこうして身を潜めて救援を待っている。もしこれがコウタ一人であれば、神機は使えずともスタングレネードを駆使して時間稼ぎの囮くらいならできたかもしれないが、この怪我の具合じゃ土台無理な話であった。
「ああん、もうっ! 神機さえ使えればあんなやつらなんて……!」
「この手で正義の鉄槌を振り下ろしてやれるというのに……ッ!」
「ちょいちょい、飛び出そうとなんてするなよー?」
途中までうまく戦えていただけに、エリナもエミールも悔しい気持ちでいっぱいなのだろう。実際コウタ自身も、【不意さえつかれなければあのくらい普通に倒せそうだよな】……なんて気持ちを抱いている。
未知の感応種とそいつにより創られた小型アラガミと言えば恐ろしげに思えるが、結局のところはシユウとオウガテイルと大差ない相手であり──それくらいであれば、今まで何度も打ち倒してきた相手なのだから。
「でも! 隠れ続けていても意味ないじゃないですか! あいつは神機を封じるんだから、誰が来てもどうしようもない! だったら私たちがスタングレネードでも何でも使って──!」
「いや、いるだろ一人。……いいや、一匹か?」
時間的にそろそろだろうな、とは思っていた。
なんか若干通信が不安定なような気がしなくも無かった。
というか早く来てくださいマジでお願いします──と、心の中では必死に祈っていた。
「一匹とは……つまり、それは!」
「そう。俺達神機使いじゃどうしようもなくても──あいつなら、そんなの関係ないだろ?」
神機を封じる感応種が現れたのに、コウタがここまで落ち着いていられた理由。
──ルゥゥァァァァッ!!
耳にびりびりと響く雄叫びに、体にずしんと響き渡る落雷の音。
そう──コウタは、ここからそんなに離れていない場所で彼らが任務を受けていることを知っていたのだ。
▲▽▲▽▲▽▲▽
──奴らは神機を封じる。
ソーマからのそんな言葉に、チハルはぞくりと背筋を震わせた。
アラガミに対する唯一の武器である神機。神機使い──ひいては人類がアラガミに対抗できているのはこの神機があるからで、それが無くなれば文字通り何の抵抗もできなくなってしまう。戦場で神機を手放すことは死と同義であり、【たとえ死んでも神機だけは手放すな】なんて言葉は、神機使いなら誰しも聞いたことがあるものだ。
そんな唯一の生命線である神機を封じるアラガミの元に、チハルは向かっている。ほんの少し前の自分に言っても絶対信じなかっただろうな──なんて、チハルはすごい勢いで過ぎ去っていく風景を見ながらぼんやりと思った。
「なあ、一応聞いておくが」
風を切る音に混じって聞こえてきた、ソーマの低い声。それもそのはず、チハルは今、ソーマと二人でルーに乗っているのだから。
「ここらで降りるか? さすがに神機も無しに感応種に近づきたくはないだろ」
「ソーマさんってば……冗談言わないで下さいよ。私、ここ最近神機持ってミッションに出たこと一回も無いですよ?」
「……だろうな」
「それよりソーマさんの方こそ……神機が封じられるんじゃ」
「いいんだよ、俺は。あの手のアラガミとはこの前も戦ったが、割と何とかなったし」
「またまた……神機を封じるんでしょう? そんなの相手にどうやって……」
「……気合だ」
「え……」
半分冗談だ、とソーマは小さく呟く。
どこまで本当なんだろう、とチハルは心の中だけで首を傾げた。
「……あれだな」
「です、ね」
前方、およそ150mの距離。軽口を叩いている間にはそのアラガミの姿形も見えてくる。
なんだか着飾った女の人みたいだな──というのが、チハルがそのアラガミに抱いた印象だ。シルエットとしてはシユウに近いが、シユウに比べると随分と女性らしい丸みを帯びていて、身を包むその極彩色の羽がちょっとしたドレスのように思えないことも無い。
「……」
そしてやっぱり、すごくグラマラスだ。アラガミはどこか女性的で母性を持っている──とは榊博士の推測だが、それにしたってここまで露骨にする必要なんてないんじゃないかと、チハルはやりようのない気持ちを抱く。
「……ルーちゃん」
──ルゥ?
戦闘範囲まで、あとおよそ5秒。チハルは、声も枯れんばかりに叫んだ。
「やっちゃえッ!」
──ルゥゥァァァァッ!!
最初の落雷で、取り巻きであったオウガテイルもどきが全滅した。自分が何をされたのかもわかっていなかったことだろう。辺りが白く閃いた瞬間、真っ黒こげになってしまったのだから。これから少し先の未来のことを考えると、まだしも彼らは幸せであったのかもしれない。
──キィィ……!?
そして気づけば、そのアラガミ──後にイェン・ツィーと呼ばれることになるそいつの右の翼が、ばっさりと断ち切れていた。とーん、とまるで重さを感じないほどに高く打ち上げられたその翼は、一拍置いてから地面に大きく叩きつけられ、びくびく、と細かく震えている。
よくよく見ると、鋭利なその切断面が黒く焦げ付いていることが見える。こうなるともう、いかにオラクル細胞と言えど再生にはそれなりの時間がかかってしまうことだろう。
──ルゥゥ……ッ!!
──キイィ……ッ!!
一瞬の硬直の後に始まるにらみ合い。先んじて動いたのは──ルーの方だった。
──ルゥゥッ!!
轟、と唸る風。凄まじい加速に体が引っ張られたとチハルが感じた次の瞬間には、景色ががらりと切り替わっている。視界の端には血液によく似た液体状のオラクルが飛沫を上げており、そしていつのまにやら、ルーの口にはとても新鮮で美味しそうな翼があった。
──ギャアアアアア!?
あえて確認するまでもなく。
ルーが、残った左の翼を食い千切ったのだろう。
いくら感応種と言えど、結局はシユウと大して変わらない相手なのだ。接触禁忌種を同時に相手取ってなお余裕で相手をあしらえるルーにとって、この程度は朝飯前でしかない。
今だって、ほら。
「……美味そうに食ってるな」
「あ、あはは……」
がつがつ、むしゃむしゃ、くっちゃくっちゃ──と、ばかに丁寧にルーはその翼を咀嚼している。そしてそんなルーの尻には、イェン・ツィーがこれでもかと氷の矢を打ち込んでいるが、当の本人はまるで気にした様子を見せていない。
「痛みを感じてないのか、こいつは」
「煩わしい、とは思ってるみたいですけど。元々氷には耐性あるし、リッカさんとの訓練の時に何度もお尻は齧られているから……」
とはいえ、翼を食べるのにそこまで時間がかかるわけでもない。性懲りもなく撃ち込まれてきた氷の矢を尻尾の一振りで鬱陶しそうに振り払ったルーは、口の端からオラクル片をぼたぼたと零しながら振り返った。
──ルゥ。
──キッ……!?
ルーに乗っているチハルでさえ、ほとんど理解することができないほどの速さ。ずん、と体が重力に引っ張られたと思った次の瞬間には、その妖艶なシユウがルーに組み伏せられている。
──キィィァァァァ……!
「ひんっ……!?」
「耳障りな鳴き声だ」
横倒しになったそいつの頭を左のガントレットで、下半身の所を右のガントレットで押さえつけて。翼が両方とも捥がれている以上、組み伏せるにはそうするほかない。
「……」
じたばた、じたばたとわずかに伝わってくる振動。
露わになっているのは、チハルが憤怒の念を抱くほどに豊かな胸部と、これまた羨ましいくらいに滑らかで白い素肌……そして形の良いおへそ。この場面だけをそのまま切り取るならば、なんだかとってもイケナイことが始まってしまいそうな雰囲気だが、それはある意味、このアラガミにとってはその通りのことなのだろう。
──ルゥゥ!
──ァァァァッッ!!?
アラガミが痛覚を持っているとして。
おそらくそれは、筆舌に尽くしがたいものであったのだろう。
チハルはあえて見ないようにしているが、おそらく──というかほぼ間違いなく、ルーのその鋭い牙はそのアラガミの腹部を貫いている。とてもじゃないが言葉で表現できないほどの悲鳴があたりに響き渡っているし、なにかこう、硬い蹄のようなものを地面に狂ったように打ち付ける音も聞こえる。
ついでに──金切り声に混じって酷く聞き取りづらいが、ぴちゃぴちゃ、ぐちゃぐちゃと妙に水っぽい音も聞こえる。つまりは、そういうことなのだろう。
──キィィ……ッッ!!
「んっ……!?」
「……へえ」
がくん、とチハルの体が重くなる。倦怠感とはちょっと違う……そう、例えるならこの瞬間だけ重力が三割増しになったような。どうやらそれはソーマも同じらしく、さっきまで肩に担いでいたはずの神機を、今はだらりと下げてルーの背中に下ろしてしまっている。
「な、なにこれ……まさか、これが?」
「神機を封じる力だな。まさか、瀕死の状態でやれるとは思わなかったが……お前も感じたのか?」
「は、はい……なんか変な違和感みたいなのが……あっ!?」
──ガァァァァァッ!
突如として現れるオウガテイルもどき。創造主であろうその妖艶なシユウを助けるべく、都合五匹ほどが低い唸り声を上げながら一斉にルーに向かって飛び掛かり、そして。
──ルゥ。
雷を纏った尻尾の一振りで、五匹全てが消し炭となった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「みんなぁ、大丈夫ーっ!?」
「チハルさんっ!」
アラガミの方をルーに任せて、チハルとソーマは救護対象の捜索──つまりは、コウタたちの捜索に入る。幸いというかなんというか、三人はアラガミが闊歩していた場所からかなり近い場所に潜んでおり、チハルたちがルーから降りた時にはもう、その手を大きくぶんぶんと振っていた。
「うわわ……エミールくんもエリナちゃんもボロボロじゃんっ!?」
「わ、私達は全然平気なんですけど……隊長が……!」
見るからにボロボロな状態のエリナとエミール。大きな怪我こそしていないものの、見ていてなんだか悲しくなってくるくらいには酷い有様だ。相当な激戦であったことは想像に難くなく、せっかくの一張羅もあちこちが傷んでしまっている。
「よお。思ったより元気そうじゃねえか」
「おかげさまでね……いやごめん、やっぱ全然大丈夫じゃないや」
最も重傷であるコウタは、力なく笑いながらソーマの肩を借りている。きっと、救援が来たことで緊張の糸が切れたのだろう。何とか気合で立ってこそいるものの、膝は面白いくらいに笑っていて、ソーマの助けが無ければすぐに倒れてしまうであろうことは誰の目にも明らかだった。
「お前がここまでやられるなんてな……何があった?」
「やー、神機を封じるのもヤバかったし、なんかあのシユウっぽいやつ、オウガテイルっぽいのを生み出す能力があるみたいでさあ」
「……」
「でもやっぱ……ルーは、普通に動けんだな」
チハルたちからおよそ30mほど離れたところで、ルーは未だにそのアラガミを貪り続けている。尻尾を大きくぶんぶんと振り回している所を察するに、よほどそのアラガミがお気に召したのだろう。
──……ィ……ィィ……。
──ルゥ!
「……まだ生きてるね、あのアラガミ」
「う、うむ……どうやらルーは、あのアラガミの生肝を食しているようだな」
「……あんな状態でも生きてるんだね」
「ま、まぁ……コアさえ無事なら、厳密には死なないと言われているしな」
未だチハルたちを襲い続ける倦怠感。ずしりと重く、言うことを聞かない神機。先ほどよりかは随分マシになってきているとはいえ、それはそのアラガミが未だに生きていることを示している。
こうなるともうチハルたち神機使いには成す術がないわけだが──しかしアラガミであるルーは、そんなのお構いなしに哀れなるそのアラガミを貪り続けていた。
「あいつ、わざと止めを刺さずに喰い漁ってるな」
「……で、ですよね」
ソーマのつぶやき。自分でもちょっとドン引きしかけているだけに、チハルはただ相槌を打つことしかできない。
「オウガテイルもどき、さっきから何度も現れてるな。現れる度に、丸のみにしているな」
「……あ、あはは」
「……極東には【食べ放題】、あるいは【わんこそば】なる文化があったと聞いたが」
「えっとぉ……ウロヴォロスを食べ損ねたから、その分を取り戻そうとしているのかも」
チハルのその推測は間違っていないのだろう。基本的にルーは、食事については味そのものよりも量を好むタイプだ。アラガミの部位の中ではコアが一番好きだという傾向こそあるものの、だからといって特別味わって食べるようなそぶりは見せない。一気に食らい尽くして、次の瞬間にはまた別の獲物に食らいついている。
そんなルーが、このアラガミに限ってじっくり味わって食べるなんてことはないだろう。それなのになぜ未だに喰らい尽くさずにいるのかと言われれば──この、いくらでも湧いてくるオウガテイルもどきで腹を満たそうとしているからにほかならなかった。
「……生殺しにしていたぶってまで腹を満たそうとするのは、さすがに悪趣味が過ぎるのでは?」
「しっ! エミールのばかっ! 思っても言っちゃいけないことがあるでしょ!」
とはいえ、アラガミ相手に人間としての倫理や常識が通じるわけがない。被害者もアラガミだというのなら、困る人間はどこにもいなかった。
「る、ルーちゃんっ! 食べながらでもいいから、みんなの回復よろしくっ!」
──ルゥ!
チハルの一声に反応し、ルーの体から緑色の雷が放たれる。それは文字通り、雷の速さでコウタたちの体を貫いて……そして、ボロボロになった体を確実に癒していく。
「ふー……効くなあ、これは。普通の回復弾よりも効果がありそうな気がする」
未だソーマの肩を借りたままのコウタは、上機嫌にアラガミを貪るルーを見ながらつぶやいた。
「しかしまあ……本当に、ルーがいてくれて助かったよ。いくらなんでも神機が使えないとアラガミは倒せないし……ルーの運用方法もほぼ定まったんじゃないかな?」
「運用方法、ですか?」
「うん。正直な話、ただ強いってだけならそれこそ
「それって、つまり……」
「──そう、対感応種の秘密兵器。たぶんだけど、ルーはこれからそういうポジションになるんじゃないかな」
まだ感応種に対する明確な対抗策は打ち出されていない。感応種の目撃情報自体が少なく、研究が捗っていないというのはあるが、いずれにせよ今の極東では感応種が現れてもそれを討伐することは非常に難しい。
そんな中で、唯一神機を使わずにアラガミを討伐することができる──アラガミ同士の共食いという形でそれを成すことができるルーは、唯一無二の存在と言って良いだろう。
「神機封じの影響を受けないってだけでもすごい。そのうえで大抵のアラガミをあしらえる実力に、すぐに現場に向かえる機動力……うん、考えれば考えるほど、まるで感応種を倒すために生まれたみたいだ」
「……感応種に対抗するために生まれてきたかどうかは知らねえが、今後こいつの力が必要になるのは間違いないだろうな。これからどんどん感応種の出現も増えるだろうし」
「ああ、それは確かに。そう考えると、技術陣には早いところ
「え……感応種が増えるって、なんで二人ともそんなのわかるんですか?」
チハルの問いかけに、ソーマとコウタは表情を変えず、ごくごく当たり前のことのように言い切った。
「「経験則」」
「イヤな経験則だぁ……」
そうこう話している間に、ルーの方での食事が終わった──あるいは、とうとう例のアラガミの気力が尽きたのだろう。チハルたちを襲っていた倦怠感はすっかり失せて、いつのまにやら神機を普通に動かせるようになっていた。
「お。……悪いけどエリナ、エミール。あのアラガミの素材の回収よろしくな!」
「それはいいですけど……チハルさんも一緒にお願いできますか? さすがにちょっと、食事の割り込みするのは勇気がいるというか」
「あはは、いいよー! 確かに食べてる時のルーちゃん、けっこー怖いもんね!」
自分たちから離れていく三つの影。これでようやく今日の仕事は終わりだと悟ったのか、いくらか気の緩んだコウタは、ソーマだけに聞こえる大きさでぽつりとつぶやいた。
「……でもマジな話、感応種が増えるってのはだいぶヤバいよ。いくらルーがいても、対応できる量には限界がある」
「一応、神機封じをされてもやってやれないことはなかったが……
「例の連中? ……ああ、直轄支部で立ち上がったすんげー大技使えるってやつらか」
感応種に対する、現状では唯一の対抗策。感応種は神機を封じるため通常の神機使いでは倒すことはできないが──神機使いの身でありながら、感応種の【神機を封じる】という能力そのものの影響を受けない特別な神機使い。
「なんだっけ、名前」
「たしか──」
フェンリル極致化技術開発局に所属する彼らは、彼らだけが使える新たなる異能──【血の力】にあやかり、こう呼ばれている。
「──ブラッド隊だ」
コウタくんたちは鉄塔の森で任務を受けていました。資料によると、嘆きの平原から鉄塔の森までは40km無いくらいです。ルーさんの移動速度を120km/hと仮定すると(地上最速と言われるチーターの速度は110km/h)、単純計算で20分くらいで到着できるということになります。
なお漫画版では、感応種により神機を封じられたはずのソーマさん(喚起前)が、気合で神機を動かして攻撃を行っておりました。また、感応種に対する打開策として神機兵の導入が進められていたことから、【感応種による神機封じはメカ的に作用するものではなく、感応波(偏食場パルス)により神機使いのオラクル状態を不調にすることで神機を制御不能にさせるもの】……と、ここでは解釈しています。