GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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5 極東の神機使いたち

 

「──よしっ! 今日もばっちり!」

 

 お気に入りの赤いバンダナをくるりと頭に巻いて、そして桜田チハルは鏡の前でにこっと笑った。

 

 十三歳の時にこの極東支部にゴッドイーターとして配属されてから早二年。配属当初はいつ死んでもおかしくないこの仕事に毎日泣きそうになっていたチハルだが、今やすっかりそれにも慣れて、こうして毎朝お気に入りのバンダナの具合をチェックできるくらいには成長している。

 

 ゴッドイーターのキャリアで二年というのは、ある種のラインと言ってもいい。順当に問題なく成長していれば、ちょうどこのくらいから一人前扱いされて一人での仕事も増えてくる。まだまだお世話しないといけない新入りから、ようやっと仕事仲間として頼りにされるような──そんなラインだ。

 

 もっと現実的に言いかえるなら、成長する前に退職(・・)する人間と、真っ当に使い物になる人間の見極めができるのが、この二年という数字である。

 

「うーん……やっぱりこの腕輪は邪魔だよなあ。せめて、もうちょっと小さくできると良いんだけど」

 

 仮に腕輪が小さくなったところで、ファッションに気を使えるほどの余裕はチハルにはない。世間一般からしてみれば稼いでいる方だが、それでも裕福とは言えないのが現状だ。だからチハルは、手軽で簡単、そしてバリエーションも豊富でいろんな使い方が出来るバンダナが好きなのである。

 

「先輩たちはすごいよねえ……あんなに可愛いカッコして戦ってるんだもん。やっぱりお給料もすごいんだろうなあ」

 

 いつか自分もそんな風に成れるのかな──なんて考えて、チハルはぶんぶんと頭を振る。どう考えても、あんなに派手で露出の多い格好をするのなんて絶対無理だ。心情的にもそうだし、なによりああいった格好をするにはチハルの体付きは少々(・・)貧弱すぎる。

 

「……まだ成長期だもん。それにきっと、あんな服着てるのは……そうだよ、普通の服だと腕輪が通らないからだって」

 

 どこにもいない誰かに向かって言い訳をして、チハルは自室を出た。神機使い専用のこの居住区フロアからエレベーターをいくつかと長い通路をいくつか経由すれば、目の前に広がるのは──神機使いやオペレーター、その他フェンリル関係者で賑わうエントランスである。

 

「あっ、キョウヤくん! おはよう!」

 

「よぉ、チハル……今日は赤いバンダナか。お前、それ好きだよなあ」

 

「お気に入りだからね! ……ねね、そろそろキョウヤくんもバンダナやってみない? このバンダナ、今日のミッションの時に着けてればきっと似合うと思うんだあ」

 

 布教用の青いバンダナを手にして、そしてチハルはじりじりと相棒──片桐キョウヤへと迫る。チハルより二つ年上なこの男は、チハルと同期入隊のため、なんだかんだで行動を共にすることが多くなり……こうして今も、一緒にミッションに赴く仲なのである。

 

 ちなみに、片桐キョウヤという少年はちょっぴり大人っぽく、そして悪ぶるタイプの人間だ。チハルがお近づきの印で渡したバンダナも、「そんなの子供っぽくてダサいのは俺には似合わない」とばっさりと否定したという過去を持っていたりする。

 

「あー、そのことなんだけどな」

 

「ぬ?」

 

 だから、今回も憎まれ口を叩きながらバンダナを拒否するんだろうな……なんて思っていたチハルの考えは、意外な一言で否定されることとなった。

 

「わり、しばらくミッション行けなくなっちまったんだ」

 

「ええっ!?」

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「今日は一緒にミッション行くって言ったじゃんっ!」

 

 キョウヤがミッションにいけなくなってしまった理由。理由は実に、単純であった。

 

「しょうがないだろ、神機が整備中なんだから」

 

 神機使いの唯一にして最大の武器──神機。アラガミに対して唯一対抗できるこの武器がなければ、ゴッドイーターとしての仕事を果たせるはずもない。それはもう、チハルが泣こうが喚こうが変わらない事実で、太陽が東から昇って西に沈むのと同じくらい当然のことだ。

 

 問題なのは、そうなってしまった理由の方だ。

 

「……昨日、一人で小型アラガミの討伐ミッション受けたんだって?」

 

「まぁ、そういうふうに捉えられないこともないな」

 

「……ミッション終了後、すぐに帰投しないで寄り道したんだって?」

 

「聞いていたよりもずっとアラガミが少なくてな。どうにもおかしかったから、ちょいとそこらを見回りしていたら……ザイゴートの群れがいてなあ。人々の平和を守る神機使いとして、放っておくわけにはいかないだろ?」

 

「……“ちょいとそこら”なのに、20kmは離れているみたいですけど?」

 

「……あっはっは」

 

「撃ちたかっただけじゃん! この銃撃狂(トリガーハッピー)!」

 

「しょうがないだろ! 撃てると思ってたのに全然撃てなかったんだから! 神機使いがアラガミ倒して何が悪い!?」

 

 キョウヤの反論に、チハルはぐ、と奥歯をかみしめた。

 

 この片桐キョウヤという男は、いわゆるトリガーハッピーと呼ばれる類の人間であった。銃を撃つのが何よりも好きで、そのためにならなんだってするし、逆に銃撃ができないとどんどん不機嫌になって、どうにかして銃を撃とうと無茶なミッションの予定を組んだりする。

 

 今回の件は、フラストレーションの溜まったキョウヤが、その不満をぶつけるようにアラガミを撃っていたために……通常のオーバーホールでは対応できないほど神機を酷使してしまったというのがその真相であった。

 

「もういいよ、わかったよ……キョウヤくんはそういう人だったよね。私との約束なんかよりも銃の方が大好きな人だもんね……」

 

 ただまぁ、アラガミを排除していたというのは間違いないわけで。そういう意味ではキョウヤの行いは至極真っ当であり、むしろゴッドイーターとしては模範的とすらいえる。チハルに責められる謂れはないと言って良い。

 

「バンダナ娘がいっちょまえに膨れやがって……。だいたい、それを言うのならお前だってバンダナ(ハッピー)だろうが。実益を兼ねない分、よっぽどタチが悪いぞ」

 

「バンダナの良さが分からないキョウヤくんのセンスが終わってるだけですぅー。……ふんだ、キョウヤくんなんてリッカさんに怒られちゃえばいいんだ」

 

「安心しろ、チハル。すでにこってり絞られた」

 

「それ自慢げに言って良いことじゃないからね……?」

 

 はぁ、とため息を吐いたチハルはこれからのことを考える。キョウヤと一緒にミッションに行くことはできずとも、それ以外にもやれることは腐るほどある。防衛任務の手伝いでもいいし、適当にフリーミッションをこなすのもいいだろう。

 

 あるいは、誰も受けずに残ったミッションを片付けるのもいいかもしれない。そう考えたチハルは、何かいいミッションが無いかオペレーターの所へ確認に向かおうとして──。

 

 

「──納得できませんっ!」

 

「ぬ?」

 

 

 聞き覚えのある大きな声。つられてそちらを見てみれば。

 

「あいつが居なくったって問題ないじゃないですか! 私一人でやれますからっ!」

 

「うーん……そうは言ってもなあ」

 

 困ったように笑う人の良さそうな少年と、不満そうな顔を隠そうともしない少女──チハルの年下なのにチハルより背が高い──が、ミッションの受注処理をするカウンターの所で何やら話しこんでいる。いや、より正確には少女の方が少年の方に食って掛かっていると言った方が良いだろう。少年の方は、そんな少女をなんとか宥めすかそうとしているのが見て取れた。

 

「何度も言ってるだろ? 元々このミッションは三人で受けるつもりだったんだ。欠員が出た以上、予定変更になるのはしょうがないことだろ」

 

「だから、それが納得いかないって言ってるんです! これくらいのミッションだったらあいつがいなくても……! 私一人でも十分だし、二人もいれば余裕じゃないですか!」

 

「確かに、二人もいれば問題ないと思うけどさ。万全を期すとなるともう一人欲しいんだよ」

 

「でも──!」

 

 なお食い下がる少女に、その少年は意志の籠った口調ではっきりと告げた。

 

「隊長としての、俺の判断だ。……いいな、エリナ」

 

 極東支部第一部隊隊長の藤木コウタと、その第一部隊に所属するエリナ・デア=フォーゲルヴァイデ。コウタのほうはチハルの先輩で、エリナのほうはチハルの後輩にあたる人物だ。所属部隊が違うから常日頃から一緒に活動するわけじゃないが、ただでさえ人手不足な職場である都合上、一緒に仕事をした回数は決して少なくない。

 

「……なんか、あったのかな?」

 

「どうだろうなあ。あの娘がキャンキャン騒いでいるのはそう珍しくはない事だが……いや、待てよ」

 

 エリナは比較的最近配属された神機使いである。故に歴戦の猛者であるコウタ──第一部隊の隊長の元で指導を受けているわけだが、コウタの元で指導を受けている神機使いはもう一人いる。

 

 その「もう一人」とエリナはすさまじく相性が悪い。いや、そいつ自身はエリナのことを妹のように思っているのだが、エリナの方がそいつを毛嫌いしているのだ。エリナがそいつに食って掛かって癇癪気味に喚き散らすのなんて、もはや日常茶飯事と言ってもいい。

 

 故に、エリナが騒いでいるときは大体そいつのせいなのだが……今回についてはエリナの不機嫌である元凶のそいつが、どこにも見当たらない。

 

「そう言えばいないね──エミールくん」

 

「エミールぅ……?」

 

 チハルのつぶやきに、ぎぎぎ、と油の切れた機械のようにエリナが振り返った。

 

 そして……天啓を得たとばかりに、ぱあっと明るい笑みを浮かべた。

 

「チハルさん! ちょっとお時間、よろしいですか?」

 

「お、おう……」

 

 さっきまでの不機嫌そうな顔が嘘であったかのような満面の笑み。こんな素敵な笑顔ができるのなら、あんな風に眉間にしわを寄せるなんてやめた方が良いのにな……なんて思いながら、チハルはエリナの元へと歩を進める。

 

「どうしたの、エリナちゃん。何か困りごと?」

 

「ええ、それはもう! あのバカがやらかしてくれまして! 今日は大事なミッションに行くって予定だったのに、腹痛で出撃できないとか直前になって言い出してきたんです!」

 

「腹痛なんていつだって突発的なもんだろ。気をつけようも無いし、むしろ出撃前で良かったじゃねえか」

 

「そういうことじゃないんですっ! キョウヤさんは黙っててくださいっ!」

 

「すまん、キョウヤ……こら、エリナ! ちゃんと先輩や年上に対する敬意は持てって何度も言ってるだろ」

 

「ううん、いいんだよエリナちゃん。キョウヤくんなんてキョウヤくんだもん」

 

「お前は俺を何だと思ってるんだ?」

 

「気を付けられる要因で、突発的でもない理由でミッションをドタキャンした悪い子?」

 

「ははは、何も言い返せねぇや」

 

 大して気にした様子も見せずにへらへらと笑うキョウヤと、がっくりとうなだれながらため息を吐くコウタ。当のエリナはそんな二人の事なんてまるで気づいていないかのように、チハルに問いかけた。

 

「チハルさん……私と一緒に、ミッションに行ってくれませんか?」

 

 チハルが返事をする前に、エリナはコウタに向かってちょっぴり悔しそうな口調で語りだす。

 

「問題なのは人数が足りないこと、なんですよね? まだまだ経験の浅い私一人じゃ不安だから……だから、何があってもフォローできるように人が欲しいんですよね? 別に、あいつである必要性は無いんですよね?」

 

「う……いや、その」

 

「いいんです。今の私じゃ実力が足りないって……隊長がそう判断するってことは、きっとその通りなんですから。……だったらなおさら、同じ新入りのあいつよりもチハルさんに同行してもらったほうが安心でしょう?」

 

「……」

 

 うーん、とコウタは心の中だけで考えを巡らせた。

 

 エリナの言っていることは概ね間違っていない。まだエリナ一人で仕事をさせるのは心もとないし、そして万が一を考えるともう一人頭数を増やしておきたいのは紛れもない事実。その「もう一人」が神機使いとして一人前のキャリアを持つチハルであれば、エミールを連れていくよりも万全な体制となるだろう。

 

 ただ、エリナとエミールの親交を深めて、部隊としての連携を取れるようにしておきたかったという面もある。というかむしろ、今の現状を考えるとそっちの方がメインだ。

 

「まぁ、処理しなきゃいけないミッションなのは間違いないんだよな……」

 

 ミッションはこなさなきゃいけない。

 エミールは腹痛で出撃できない。

 二人での出撃は少々の不安が付きまとうのでやりたくない。

 最悪一人でも問題なくこなせるが、そんなことしたらこの後輩は間違いなくブチ切れるだろう。

 

 となれば、隊長としてのコウタの選択はもはや決まったようなものだった。

 

「……チハルが良ければ、一緒に受けてくれないか? もちろん、断ってくれてもいい。キョウヤとの予定もあるだろうし」

 

「チハルさん……!」

 

 第一部隊隊長からの直々のお願い。可愛い後輩から向けられる、うるうると潤んだ瞳。この時のエリナは、自分より背が低いチハルを上目遣いで見つめるという謎の高等技術を披露していた。

 

「──いいよ! 可愛い後輩の頼みだし、コウタさんは同じバンダナ仲間だからね!」

 

「……あ、ありがとうございますっ!」

 

 手を取り合ってきゃっきゃと笑いあう二人。そんな二人に妹の姿を重ねながら、なんとか無事に物事が進めることができてコウタは胸をなでおろした。その隣では、今日の予定をすっぽかしてしまったことを有耶無耶にできたキョウヤも安堵の息を吐いている。

 

「では、チハルさんもミッションの出撃メンバーにアサインしますね」

 

 そしてこの場にいたもう一人、カウンターの中で事の顛末を見守っていたオペレーター──竹田ヒバリは、ミッション出撃情報にチハルのコードネームを入力しながら、ちょっぴり不安そうにコウタに小さな声で問いかけた。

 

「ところでコウタさん……実は、その」

 

「ああ……これも例の件の可能性が高いって話っすよね。それも込みでちょうどいいって考えてたんで大丈夫です」

 

「承知しました。では……出撃は予定通り三十分後になります。手続きはこちらの方で済ませておきますので、コウタさん、エリナさん、チハルさんは出撃準備を整えた後にゲートのほうまでお願いします」

 

 いつも通りのスムーズな処理。ここまでくればもう、後は携行品の確認などを済ませてゲートの前に行くだけだ。神機については整備班が保管庫から持ち出して現地への移動手段──トラックかヘリコプターであることが多い──に積んでくれるので、チハルたちですることは特にない。

 

「あ……そう言えば」

 

 ここにきてようやく。チハルは、出撃するうえで最も大事なことを聞いていないことに気付いた。

 

「今更ですけど、何のミッションなんですか?」

 

「ああ、そう言えば言ってなかったな」

 

 隊長(コウタ)一人でも問題なく対応できる。

 新人(エリナ)一人に任せるのはまだ難しい。

 

 そして、隊長と新人の二人で挑むのは万が一を考えるとちょっと不安が残る……そんなミッションは、チハルにとってある種の懐かしさを覚えるものであった。

 

 

 

「ヴァジュラの単体討伐だよ」

 

「一人前になるための、“トーリューモン”ってやつです!」

 

 

 

 雷を操る大型アラガミ──ヴァジュラ。この極東支部においては単独討伐を以て一人前と認められるそのアラガミは、他の支部ではほぼ総力戦を以て対処にあたらないと甚大な被害が発生するという強力なアラガミであった。




【NORN】

◇桜田チハル
 桜田チハル(15)
 2072年フェンリル極東支部入隊。現在の階級は上等兵。
 出生:3月24日 身長:144cm

 座学、戦闘能力、戦術知識の全てにおいて平均程度の能力を持つ、一般的な神機使い。欠点らしい欠点が無く、得意/不得意に関係なくどんな任務でも参加できるが、際立って高い能力も無いため、専門的な能力を必要とする高難度任務への参加が課題となっている。本人の性格として面倒見がよく、周囲へのサポートも積極的なため、あらゆる状況に対応できる万能サポーターか、教導部隊としての活躍を期待されている。
 非常に小柄な体格で子供と間違われることが多いため、同行者は常に注意し適宜フォローすること。特に、フェンリルに倫理道徳に反した児童強制労働の疑いをかけられた場合は必ずその場にて確実に訂正を行うこと。
 片桐キョウヤと同期入隊であり、彼とのミッション同行回数が最も多いほか、彼と出撃したミッションの成功率はほぼ100%となっている。
 神機:バスターブレード・ブラスト(第二世代)


◇片桐キョウヤ
 片桐キョウヤ(17)
 2072年フェンリル極東支部入隊。現在の階級は上等兵。
 出生:1月11日 身長:178cm

 銃の扱いに長け、狙撃訓練で非常に高いスコアを記録するほど技術力もあるが、本人の気質として銃弾を乱射することを好むため、特に近接戦闘をメインとする同行者は注意されたし。瞬間的な火力は目を見張るものがあるため、特別な事情が無い場合、彼に合わせた作戦を立案することが推奨されている。単純な戦闘能力だけを見れば既に曹長以上の実力があると言われているが、部隊運用を考えた時の柔軟性に著しく欠けることが課題となっている。
 第二世代の神機使いだが近接戦闘はほとんど行わず、銃撃ばかり行って神機を消耗させるため、整備班から何度か厳重な注意をされている。また、一般市民の前で彼の銃撃戦闘は極力見せないように同行者は注意すること。
 桜田チハルと同期入隊であり、彼女とのミッション同行回数が最も多いほか、彼女と出撃したミッションの成功率はほぼ100%となっている。
 神機:ショートブレード・アサルト(第二世代)
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