GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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50 『まさか』

 

「──あと二時間ほどで、極東支部に到着する」

 

 独立機動支部──またの名を、移動要塞フライア。そんなフライアの一室で、ブラッド隊の隊長であるジュリウスは部下たちの前で宣言した。

 

「極東支部での大きな目的は、神機兵無人運用のためのデータ収集……具体的には、アラガミの行動原理の解析および極東支部からのデータ供与の打診をすることにある」

 

「はいはーい! それって、普通にデータ送信でお願いします……ってお願いするだけじゃダメなの?」

 

 元気よく手を挙げて質問したのは、少々幼げな顔立ちをした神機使いの少女──香月ナナだ。天真爛漫でいかにも人懐っこそうな笑みを浮かべおり、その質問も、本当にただ純粋に気になっただけ……裏の意図なんてものは無いのだろう。

 

「良くも悪くも、極東ほどアラガミの多様性に満ちた場所はない。我々が直接現地に赴いた方が都合の良いケースもあるし、ブラッド隊としての運用実績を積むという意味もある。あとは──」

 

「データだけタダで寄越せ、じゃ体面が悪いから【労働力】としてアラガミ駆除の手伝いをするってところか?」

 

 言葉を飾らず本質だけを言い切って見せたのは、切れ長の瞳の長髪の男──ギルバート・マクレインだ。キャリア五年のベテラン神機使いであり、ジュリウスを除けば最も経験豊富な神機使いと言って良い。

 

「……極東支部の神機使いたちは、他の支部とは比べ物にならないほどの激務であるという。そこに訪問して調査の協力を仰ぐのだから、出来る限りの協力はすべきだろう?」

 

「そーだよ! どのみちアラガミと戦うことには違いないんだから、そっちのほうがお得じゃん!」

 

 少々子供っぽく宣言して見せたのは、たくさんのバッジがついたニット帽が特徴的な金髪の少年──ロミオ・レオーニだ。やっぱり人助けの精神は大事だよね──なんて、ギルに向かって自慢げな顔をしているものの、ただ単に鼻を明かしたかっただけだろう。

 

「……ともかく、現地の神機使いと行動を共にする機会は大きく増えることだろう。また、極東でも感応種の目撃例は増えている。我々ブラッド隊の力が必要とされることもあるはずだ。各員惜しみなく、その力を奮ってほしい」

 

「……本当に、それだけでしょうか?」

 

 ジュリウスの言葉に静かに疑問を呈したのは、落ち着いた……ともすれば、冷たい印象すら受ける銀髪の少女──シエル・アランソンだった。物言い自体は静かであるものの、ナナとは違ってただの質問で終わらせる気は無いらしく、ジュリウスの目をじっと見つめている。

 

 ああ、やっぱりシエルには勘繰られたか──と半ばあきらめの境地に立ちつつ、ジュリウスは散々悩みぬいた結論を告げた。

 

「神機兵のためのデータ収集というのは、表向きの理由となる。そちらももちろん実施するが、本当の目的は──ラケル先生の護衛だ」

 

「「えっ」」

 

 声を上げて驚いたのが二人。静かに目を見開いたのが一人。ほら、やっぱり──と言わんばかりに表情が変わらないのが一人。

 

 最後の一人に、ジュリウスはちらりと目を向けてみる。

 

(……ん?)

 

 どういうわけか、彼の眼は少しばかり泳いでいた。

 

「隊長。当然、説明して頂けるんですよね?」

 

「ああ。……今回についてはラケル先生もこのフライアから離れ、現地入りして調査活動を行うことになっている。ただ、いささかきな臭いというか……不穏分子の噂もあってな」

 

「……不穏分子? なんだか穏やかな話じゃねえな」

 

「アナグラは広く一般にも開放されていてな。フェンリルに対する反対派……具体的には、マスコミやその手の活動団体すらもある程度自由に出入りできるらしい。俺達ならまだしも、ラケル先生がそんなのに付き纏われたら大変なことだろう?」

 

「なるほど……念には念を、ってことだね。まさか神機使いの本拠地で暴れ出す奴なんていないだろうけど」

 

「どうだかな。本当にヤバいやつらにとっちゃ、格好の場所じゃねえか。たしか、終末思想のヤバいカルト団体も極東に本拠地があるんじゃなかったか?」

 

「うぇー……そんなのいるのぉ……?」

 

 それだったらどれだけよかったことかと、ジュリウスは心の中で愚痴る。相手がただのヤバいやつだというのなら、それこそ正当防衛として実力行使をすれば済むだけの話だが、本当に警戒すべき相手はまさにこれから乗り込もうとしている極東支部そのものだ。

 

 できることなら、本当のことを言いたい。これから自分たちは、明らかに何か疚しいことをしている人間たちの本拠地に乗り込み、それを問い質すという虎の尾を踏みつけに行くに等しい行為をしにいくのだと告げてしまいたい。それがジュリウスの嘘偽りのない本音ではある……が、言うわけにはいかない。

 

「加えて……どうも、アナグラの動きに妙なところがある。独立支援部隊クレイドルが、なぜか今このタイミングで、本来の任務を放棄してまでアナグラに集まっている。お前たちには、その理由をそれとなく探ってほしい」

 

 これが、今のジュリウスにできる精一杯のこと。お互いに公開されている範囲の情報で違和感なく実施できる、唯一の行動。白いアラガミのことに直接探りを入れるのはあまりにも危険すぎるし、ラケルの意にもそぐわない……となれば、間接的な調査と警戒をするしかない。

 

「……それは、クレイドルが集結しなくてはならないほどの事態が起きているということでしょうか? 諜報任務というのであれば、本格的な行動方針を定めるべきだと思いますが」

 

「いや、そう言う類のものではない。あくまで現地の神機使いと親交を深める中で、怪しまれない程度に聞きだすくらいで構わない。……アナグラとは事前にいくらかやりとりしているが、彼らはその件については触れてこなかった。言う必要が無いと思っているのか、こちらに聞かせたくないのか……どちらにせよ、放っておいていいとは思えない」

 

 向こうのメンツもあるから、深入りはしない。だけど、何もしないで放置して良い問題でもないので、あくまで常識の範囲で探りを入れる。ラケルの護衛のために極東の情勢を探るという名目で、不自然さを出来る限り無くして警戒心を抱かせる(・・・・)。 

 

 少なくともこれなら、たとえ後でこの動きが向こうにバレたとしてもある程度の言い訳が出来る。何事もなかったらそれはそれで良い事なのだから、やって損なことではない。

 

「とにかく、クレイドルに関する聞き込みについてはあくまで手段の一つ。最優先はラケル先生の安全だ。たとえ俺の指示が無くとも、常に二人以上はラケル先生の傍にいること。基本的には俺が傍についているつもりだが、極東では何が起きるかわからない。努々油断だけはしないように」

 

「んー、わかったけどぉ……なんだか今日のジュリウス、ちょっとピリピリしてない?」

 

「確かに、他所の支部に出向くだけにしては妙に気が立ってる気がするな……」

 

「実はまだなんか隠していることとかあったりしてー?」

 

 ナナ、ギル、ロミオのその言葉。悲しいことに、三人の言葉のどれもが正解だ。

 

 正直ジュリウスはピリピリしているどころか胃がキリキリしているし、これから向かうのは仲間の拠点ではなく敵の本拠地だ。そして、意志の疎通が出来るかもしれないアラガミの存在という、前代未聞の信じられない秘密をジュリウスは抱え込んでしまっている。

 

「……して、隊長」

 

「どうした、シエル」

 

 ジュリウスを思考の縁から引っ張り上げたのは、何気ないシエルの一言であった。

 

「ラケル先生はどちらに? 現地入りする前に、簡単にこの後の動きのすり合わせをしたいのですが」

 

「……ん?」

 

 なぜか。

 

 どういうわけか。

 

 その言葉にものすごい勢いで目を泳がせ──そして、冷や汗をダラダラとかき始めた人間がいる。

 

「ラケル先生なら、もう間もなくこっちにやってくるはずだが……どうした、ヒロ?」

 

「あ、あはは……」

 

 ブラッド隊副隊長──神威ヒロ。あらゆる意味でジュリウスが頼りにしている見るからに純朴なこの好青年。

 

 そんな彼のぎこちない笑みを見て、ジュリウスの脳裏に嫌な予感がよぎる。あるいは、例えようのない胸騒ぎがしたと言い変えてもいい。

 

 そして悲しいことに。

 

 こういう嫌な予感というのは、たいていの場合は当たってしまうものなのだ。

 

「……ま、さか」

 

「……実はここに来る前に、ラケル博士とすれ違って」

 

「……頼む、嘘だと言ってくれ」

 

「『ジュリウスによろしくね』って……いや、そうじゃなくてアレ、『ジュリウス()よろしくね』ってすごい笑顔で言って……」

 

「なあ、本当に頼む……ッ!」

 

 ジュリウスの必死の懇願。しかし悲しいかな、現実というのはどこまでも残酷で、一度起きてしまったものは決して覆ることはない。

 

 とてもとても困ったような顔をして、ヒロはジュリウスが最も聞きたくない言葉を申し訳なさそうに告げた。

 

 

 

「『先に行って待ってるわ』って、ヘリポートの方へ行っちゃいました……」

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

 

「……ぬ?」

 

 極東支部、とある連絡通路。あと一時間もしないうちにはブラッドがやってくるという頃合い。ミッションに出向くわけにもいかず、かといって自室で何もしないでいるということもできず、ただアナグラ内を落ち着きなく歩き回っていたチハルは、見慣れぬ人物が前方にいることに気付いた。

 

「ねえキョウヤくん……アレって車椅子だよね?」

 

「だな……カスタム入ってる車椅子なんて初めて見たけど」

 

 大きな大きな、あまり見たことが無いタイプの車椅子に乗った長い金髪の女性。儚げで落ち着いた雰囲気をしていると言えば聞こえはいいが、なんというかこう、少々陰鬱で幸が薄い感じがしないこともない。パッと見る限り体のセンは悪い意味で細く、病弱なお嬢様みたいだな──という印象をチハルに抱かせるには十分すぎるものだった。

 

「なんだろ、どこかのお偉いさんかな?」

 

「まぁ、物見遊山の一般人ってことはないだろ」

 

 車椅子に乗っている……が、最近怪我をしたというわけではないのだろう。それにしては身なりが綺麗すぎるし、細身の若い女性であることを加味してもそのスカートから覗く足が細すぎる。つまり、もう随分長い間自分の足で歩けていないことは明らかで……何より、つい最近歩けなくなった人間がカスタム品(?)の車椅子を持っているはずがない。

 

 おそらく、小さい頃から足が不自由なお金持ち。上品でどことなくおしとやかな感じがするのも、きっとエリナやエミールみたいな──もしかすると、もっと格式の高い家の出身だからだろうとチハルはぼんやりと思った。

 

「……あら」

 

 そんな綺麗な女性(ひと)と目が合って。

 

 優しそうな人だな、なんか睫毛がすっごく長いな──なんて思っているうちに。

 

「──ねえ、そこの可愛い神機使いのお嬢さん」

 

「……は、はィっ!?」

 

 にこりと優しく微笑まれて、チハルの喉から自分でもびっくりするくらい裏返った声が出た。

 

「ちょっとお願いがあるのだけれど……聞いてくれるかしら?」

 

「わ、わわ、私で良ければっ!」

 

 チハルと同じくらい細い腕を以って、彼女は車椅子のハンドリムを回す。大きさが大きさだから、それ相応の力が必要になるのだろう。ゆっくり、ゆっくりと後輪が周り、そして彼女はチハルの前に止まってにっこりと笑いかけた。

 

「どうも、道に迷ってしまったみたいで……さっきからずっと、ぐるぐると同じところを回っている気がしてならないの。道案内をお願いしてもいいかしら?」

 

「ああ、ここって迷いやすいですもんね……車椅子、押してもいいですか?」

 

「ふふ、ありがとう……あなたみたいな優しい娘にあえて、本当に良かった」

 

 思った以上に大きな車椅子。チハルの身長が身長だから、手押しハンドルを握った姿は少々不格好になってしまう。さらにはチハルが想像していたよりもはるかにこの車椅子は重い……おそらくは、モーターの類の電動的な補助機構も組み込まれているのだろう。もしチハルが神機使いではなく、見た目通りの力しかなかったら、きっと満足に押すことはできなかったはずだ。

 

「うわ、結構手ごたえ重いな……その、一人でここまで来るの、大変じゃありませんでしたか?」

 

「待ち合わせの時間にはだいぶ余裕を持っているから大丈夫……と言いたいところだけれど、本当のことを言うと、腕がもうあんまり言うことを聞いてくれなくて泣きそうだったの」

 

「これだけデカけりゃ、電動式だろうと大変なことには変わりない……か。付き添いの人とかいないんすか?」

 

「本当はいるのだけれど、ちょっと色々あって黙って先に出てきちゃって……ふふ、きっと後で、こっぴどく叱られてしまいますね」

 

 その時は、庇ってもらえると嬉しいわ……なんて、その女性は上機嫌に微笑む。どうやらかなり親しみやすい性格らしく、なんとなく暗い雰囲気だな──というチハルの第一印象はあっという間に吹っ飛んでいった。

 

「どちらまで行かれますか?」

 

「とりあえず、エントランスまでお願いします……出来ればその間、お話に付き合ってもらえる? アナグラ(ここ)のことを、もっと知りたいの」

 

「アナグラのこと、ですか?」

 

「ええ……今の所、優しい娘がいるってことと、早急にバリアフリーを進めるべきだってことしかわからないから」

 

 後者については、フェンリルの上層部に強く主張しておかなくてはなりませんね……とその女性はくすくすと笑った。

 

「ところで……お姉さんは、何をしにこちらへいらしたんですか?」

 

「もし観光か何かだって言うなら、ちょっと時期が悪かったっすね……うん?」

 

「……お姉さん?」

 

 先ほどまでは上機嫌に話していたはずのその女性が、不意に口をつぐむ。はて、どうしたのだとチハルがその顔を覗き込んでみれば、その女性はハッとした顔をしてひらひらと手を振った。

 

「いえ、ちょっと新鮮な響きだったので。……悪くないですね、【お姉さん】」

 

 そう呼ぶことはあっても、呼ばれるのは初めてだとその女性は穏やかに微笑んだ。

 

「それで……時期が悪いというのは?」

 

「あーっと……この後、外部からの視察があるんですよ」

 

「まあ。……でも、ただの視察なのでしょう? 何か、困ることでもあるのですか?」

 

「べ、別に疚しいことをしているわけじゃないんですけどぉ……。なんかいきなり決まったって話で、ちょっとその……感じが悪いというか」

 

「偉そうな連中がいきなり乗り込んでくるんですよ。どこぞのエリートって話だから、きっと口うるさくて神経質そうなやつらなんだろうなって。どんないちゃもんつけられるのかわかったもんじゃないです」

 

「……それは何とも、おっかない話ですね。私の付き添いと、なんだか気が合いそう」

 

 怖い怖い、とその女性はわざとらしく体を震わせる。ただ、言葉の割には妙に楽しそうな雰囲気で、本気で怖がっているわけではないらしい。この人の付き添いの人はいろんな意味で苦労しているんだろうな……と、チハルはなんとなく思った。

 

「でも神機使いのあなた達なら、どんなにおっかない人が相手でも大丈夫なのでは?」

 

「いやぁ……俺達みたいな下っ端は権力には逆らえないっすよ。アラガミ相手の方がまだ気が楽です。ましてや今回は、そいつらのボスのおっかない人も直々にやって来るって話で」

 

「……おっかない人?」

 

「ええと、厳格で頭の固い神経質おばさん……みたいな?」

 

「運が良くても、アラガミ大好きなヤバい解剖おばさんってとこっすね」

 

「……へえ」

 

 なんだか妙に背筋がぞくりとしたな、とキョウヤは思った。

 なんだか妙に空気が重くなったな、とチハルは思った。

 

 相も変わらず、車椅子の彼女はにこにこと楽しそうに微笑んでいる。それ自体は間違いないはずなのに、物理的な圧迫感というか、まるでアラガミと対峙したかのようなプレッシャーを二人はなぜだか感じ取ってしまっている。

 

「あの……お姉さん?」

 

「……それは何とも、ゾッとする話ですね」

 

 そのまましばらく、無言が続いて。

 

 なんとなく、別の話題を切り出すこともできなくて。

 

 そして気づけば──チハルたちは、エントランスへと至るエレベーターの前までやってきていた。

 

「あら……もう着いちゃった。もっとおしゃべりしたかったのに……」

 

「あの、お姉さん……」

 

「──どうもありがとう。ここまでくればもう大丈夫。……最後に、ちょっと前まで来てもらえる?」

 

 ちょいちょい、と肩越しに手招きされて、チハルは言われた通りその女性の前へと歩を進める。

 

「……?」

 

 静かな雰囲気の、優しそうな女性。チュールレース越しにチハルのことを穏やかな……いいや、どこか慈愛の籠った瞳で見つめている。身長の低いチハルからしてみれば、明らかに年上のお姉さんが同じ目線で自分のことを見つめてくるというのはなかなかに得難い体験ではあるが、それを抜きにしても、どこか心が落ち着かないような、なんとなく気恥ずかしい気分になって。

 

(……やっぱり、綺麗な人だな)

 

 たっぷり、五秒ほどは見つめ合ったことだろうか。やがてその女性はくすりと笑い、そしてパッと腕を開いて──。

 

「……えい」

 

「わぷ!?」

 

 チハルのことを、ぎゅっと抱きしめた。

 

「ふふ……あなたもまた、愛すべき子供の一人……。他でもないあなたが選ばれたのだから、きっとそれは運命なのでしょう……」

 

「むーっ!? むーっ!?」

 

「どうか私とあなたの道が、一つに交わることを願っているわ……」

 

 ──本当に、心の底から。

 

 チハルの耳元で、そっと呟かれた一言。密着していてかろうじて聞き取れたくらい……チハルでさえも気のせいと思うほどの小さな囁き。

 

 もし、誰かが彼女の面前に立っていたのなら。

 

 きっと──先ほどまでの雰囲気とは全く異なる、ともすれば妖艶ともいえる妖しい笑みを彼女が浮かべていたことに気付けただろう。

 

「ありがとう──それではまたあとで、チハルさん(・・・・・)

 

 最後に名残惜しそうにぎゅっとチハルを抱きしめたその女性は、穏やかな笑みを浮かべてエレベーターの中へと入っていく。

 

「わ、わ……!?」

 

「おーおー、見かけの割にはアグレッシブというか、なんとも積極的なおねーさまだったな」

 

「う、うひゃあ……!?」

 

「見事に真っ赤になってら……おうチハル、ぎゅってしてもらった感想は?」

 

「……あ、あったかくて、やわらかくて」

 

「ほお」

 

「すっげー良い匂いしたあ……!」

 

「そりゃよかったな……なんかお前ばっかりズルいというか、役得多くない?」

 

 俺が車椅子押せばよかったよ──と、キョウヤは冗談めかして呟く。一方でチハルはと言えば、いきなりの衝撃に未だに頭が混乱の真っ最中だ。ほとんど不意打ち気味にいきなり抱きしめられたのだというのだから、それもある意味当然のことだろう。相手が綺麗なお姉さんだというのなら、なおさらの話だ。

 

「……ん? ちょっと待て、何であの人……お前の名前知ってたんだ?」

 

「え……そりゃ、キョウヤくんが私のことを呼んだからでしょ?」

 

「呼んだっけ、俺?」

 

「たぶん……?」

 

 ようやく冷静さを取り戻してきたチハルが、首をひねる。なんだかいつも名前で呼ばれている気がするし、そうじゃないような気もする。そもそもとして少し前の会話の細かいところなんて覚えているはずがない。

 

「そもそも、あのお姉さんって結局何しにここに来たんだろ……?」

 

「なんか不思議な感じの人ではあったが……フェンリル関係者って感じはしないよな。どこぞの財閥とかスポンサーとかじゃね? ……いや、待て」

 

 エレベーターの、上の方。ぴこん、ぴこんとゆっくり点滅していたその表示──エレベーターが現在通過しているフロアを示すその表示が、ある場所でピタッと止まった。

 

「……支部長室のフロア、だな」

 

「あのお姉さん、この後待ち合わせがあるって言ってたよ……?」

 

「……俺達もこの後、支部長室でブラッドの連中を迎えることになってるよな」

 

「あのフロア、支部長室以外に何かお客さんが訪れる場所ってあったっけ? ブラッドの人がやってくる以外で、何かイベントとかあったっけ?」

 

「いや……それ以外、ないはずだが。連中以外に知られたくないから、支部長室に集まるってことにして、それ以外の一切の予定は入れないって話だったはずだが」

 

「……」

 

「……」

 

 チハルとキョウヤは、顔を見合わせて呟いた。

 

 

「まさかね……?」

「まさかな……?」




 ラケル先生の車椅子、よく見てみるとだいぶ不思議な構造してるんですよね……。どうやって動かしてるんだろアレ……。
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