「あ……っ! あああ……っ!」
エビの揚げ物、ウィンナー。名前のわかる食べ物はそれくらい。ジャイアントコーンが普段支給される食事であることを考えると、それでさえも滅多に食べられないご馳走なのに……今ここには、それ以外の名前も知らないご馳走が文字通り山ほどある。素材の名前はかろうじてわかるものから、もはや何をどうやって作ったものなのかわからないものまで。唯一はっきりしているのは、その場にあるどれもが、煌びやかで、美味しそうで、とてもとても贅沢で幸福なご馳走であると言うことだけだ。
「こっ……ここが……人類の理想郷……?」
ナナが言葉を失って目を輝かせるのも無理はない。このご時世、神機使いであっても十分に満足できる食事にありつける保証はどこにもない。一応三食食べることはできるが、その量自体はまちまちだし、質ともなれば本当に最低限でしかない。あまり味はしないけど腹持ちだけは良いジャイアントコーンを食べるのが常で、それでさえも世間一般からしてみれば十分に恵まれていると言って良い状況だ。
なのに。
だというのに。
「極東って……! 最高じゃないですか!」
文字通りの、美味しそうなご馳走。ナナの貧相な語彙ではそうとしか表現できないほどの、今までに見たことも想像したことも無いご馳走が、大きなお皿の上に山盛りになっている。
「うっひゃあ……すっげえ美味そう……! こんなのフライアでも見たことないぞ……!?」
「食事もそうだが、なんだあの酒のラインナップは……!? ちゃんとしたボトルであんなにそろえられてるの、初めて見たぞ……!?」
普段は冷静なギルでさえも驚愕するほどの事態。嗜好品の中でもとりわけ入手のしにくい酒類が、バーカウンターの中できらきらと静かに煌めいている。それも、配給で回ってくるような安っぽいビールではなく、ウィスキーやブランデーといった本格的な酒だ。たった一本手に入れるだけで相当なお金が──お金だけでなく、それ相応の地位と伝手も必要となるものが、そこには当たり前のように陳列されている。
「隊長……これは?」
「いや……俺にも、何が何だか……」
『さあさあフライアのみなさん、どうぞ真ん中まで!』
行こっか、とジュリウスの肩をヒロが優しく叩く。もはやなされるがままのジュリウスは、釣られるようにしてラウンジの真ん中へと歩き出した。
『本日は足元のお悪い中、極東支部にお越しくださいまして誠にありがとうございます!』
はっきりとわかるほどの、全く疑いようのないストレートな歓待の言葉。もちろん多少は社交辞令的な側面もあるのだろうが、いわゆる偉い人達同士が行うそれでは決してみることが出来ない本気の雰囲気が、マイクを持ったその人──コウタの言葉から感じ取ることが出来た。
『まずはブラッドの皆さん! 改めて、ようこそ極東支部へ!』
そう、それは紛れもなく歓待の言葉だ。挨拶として半ば儀礼的に差し込まれるものではなく、本当の意味での歓待の言葉だ。
そして……飾り付けられたオシャレな室内に、もはや無視することなんてできないご馳走の山。元々このラウンジにいた人間たちはどこかそわそわしながらも片手にグラスを持っていて、誰一人として、ブリーフィングに必要なもの──具体的には、資料の類や筆記用具などの堅苦しいものは持っていない。もちろん、ホワイトボードなんてつまらないものもここには存在しない。
それが意味することは、つまり。
「ま……まさ、か」
『これから一緒に戦う仲間として、ジュリウスさん! 何か一言ご挨拶頂きたいと思う次第です!』
明るくて爽やかな笑顔と共に向けられたマイク。ちょっと手を伸ばせばすぐにでも受け取れるそれのはずなのに、ジュリウスは腕を上げることができなかった。
「まさか、本当に歓迎会だったのか……!?」
五歳児でさえもわかるはずの答えを、ジュリウスは受け入れられずにいた。ここは秘密裏に怪しい研究をしている人間たちの本拠地で、どれだけ警戒しても足りないくらいのはずなのに、いったいどうしてこんなにも和やかに歓迎され、そして挨拶を求められているのか。
『あ、あのー……? じゅ、ジュリウスさーん……?』
「……ジュリウス、ジュリウス。ほら、マイク」
「あっ……あ、ああ」
ヒロに声を掛けられて、ようやくジュリウスの頭が動き始める。差し出されたマイクを放っておくのは何よりも相手に失礼だ──とどこか冷静な部分が瞬時に判断を下し、マイクに手を伸ばすと同時に素早く室内を観察。およそ全ての人間が自分に注目していることを確認して、そしてさりげなく、ラケルから離れるように二歩ほど前に躍り出た。
『──本日はこのような会を催していただき、誠にありがとうございます』
ちら、とジュリウスは室内にいる人間の様子を伺い見る。
先ほど支部長執務室で顔合わせをした人間を除けば、追加でいるのはクレイドルが一人に神機使いが数名。例の報告書に名前のあったメンバーは全員この場に参加しているようで、そして不思議なことに、部屋の隅には一匹のカピバラがいる。
『極致化技術開発局所属ブラッド隊隊長、ジュリウス・ヴィスコンティです。極東支部を守り抜いてきた先輩方に恥じぬよう、懸命に任務を務めさせていただきます』
──本当にただの歓迎会か?
みんな、自分に注目している。注目してはいるが、そこには悪意の類は感じ取れない。ただ純粋に、何か物珍しいものでも見たか、感心しているような様子にしか思えない。一部の人間に至っては、目の前のご馳走に気を取られてそわそわする素振りすら見せている。
『ご指導ご鞭撻のほど……何卒よろしくお願いいたします』
ぺこりと頭を下げると、パチパチ、とちょっと控えめな拍手の音が響く。歓迎されていないというわけじゃなくて、どこまでしっかり拍手して良いのか決めあぐねているというのが正しいところだろう。見るからに貴族然とした男──エミールが穏やかに拍手する様子を見て、周りにいた神機使いたちが慌ててそれに合わせている姿がジュリウスにははっきりと見て取れた。
「すごーい、隊長っぽーい……コウタ隊長も見習ってほしいなー」
『エリナ、うるさいよっ! ……ジュリウスさん、ありがとうございます!』
(いきなり無茶ぶりしちゃってすみませんでした!)
マイクを切ってから、小さな声で申し訳なさそうに告げてくるコウタの姿を見て。
ジュリウスはどうしても、ここが怪しくて危険な組織の内部であるとは思えなくなってしまった。
「ね、ねえっ! ジュリウス! たっ……食べて、いいんだよね……!?」
「こ、こーゆーのって下手に遠慮するのは逆に失礼って言うよな……!?」
既にナナとロミオの二人は目の前の料理に釘付けだ。ジュリウスでさえも見たことが無いくらいに目をキラキラと輝かせていて、その瞬間を今か今かと待ち構えている。もし、これで「おあずけ」なんてしようものなら、今後一生恨まれることになるのは間違いないだろう。
『おうおう、好きなだけ食べちゃってくれ! 極東支部のメシはうまいぞー! ……あ、でも、自己紹介とか親睦を深めたりとかそっちも忘れずにやってほしいな! これからしばらく一緒に仕事する仲だし、遠慮は一切なしの無礼講で! ……って、これは俺が言って良いことじゃないかもだけど!』
「いえ……そう言うことなら、遠慮なく。……ナナ、ロミオ、行ってこい。ただし、自己紹介が先だからな」
「やったああああ!」
「ひゃっほおおお!」
ナナとロミオは、一目散にご馳走へと駆け出した。
シエルはジュリウスが言った通りラケルの傍にぴったりと寄り添っているが、チラチラと部屋の片隅のカピバラを気にしている。
ギルは表面上はいつもと変わらないように見えるが、酒のボトルが気になるのかそわそわとした様子を隠せていない。
そして──ラケルはいつもと同じ様子でくすくすと笑い、レアはカウンターの椅子に座ってボトルの吟味をしていた。
「……榊博士、これは一体どういうことですか?」
後ろからゆっくりと近づいてきた気配。振り返りもせずに、ジュリウスは静かに呟いた。
「何って、歓迎会だろう? 事前に通達し、人数も聞いたはずだが。もしかして社交辞令だと思っていたのかい?」
「まさか本当に歓迎会があるだなんて思わないですよ……それに先ほど、ブリーフィングだと仰っていたじゃないですか」
「てっきり、部下の人たちにはサプライズとして黙っていたのかと」
そう言われれば、そういう風に捉えられてもおかしくはない。ジュリウスが「歓迎会」のことを伝えていなかったのは確かだし、あの時のやり取りを振り返ると、それを察することは決して難しくはないだろう。むしろ、瞬時にそう判断して機転を利かせた榊のほうが褒められてもおかしくないくらいだ。
「ともあれ、この歓迎会で少しでも親睦を深めたいと我々は本気で思っているよ──と、その前に」
楽しい楽しい歓迎会。そのはずなのに、顔を真っ青にした二人が榊の傍らに立っている。
「私の部下が、ラケル博士に謝罪をしたいと言っている。……少し、時間を貰っても?」
「ああ……ヒロ、シエル、ギル。お前たちもあっちに混ざってこい。俺も後から向かうから、俺が行くまで俺の分まで頼むぞ」
やや遠慮がちにこの場を離れる三人。遠回しに人払いをしたいというジュリウスの意図を組んだのもあるだろうが、やはり目の前のご馳走やお酒やらが気になって仕方ないのだろう。この場ではむしろ、そうする方が自然なふるまいであるようにジュリウスには思えてならなかった。
「えっと、そのジュリウスさん……じゃなくて、ラケル博士ぇ……!」
「俺ら、知らなかったとはいえとんでもなく無礼なことを……!」
「あらあら、そんなの……気にしなくて良いし、間違ってるわけでもないのに……」
涙目で泣きそうになっている少女が桜田チハル。その隣で真っ青になって冷や汗を流しているのが片桐キョウヤ。今回の件のキーパーソンとその相棒である神機使いがこうしてわざわざ向こうから挨拶に来てくれる……のはいいとして、いったいどうしてこんな様子になっているのか。
くすくすといつになく楽しそうに笑うラケルを見て、ジュリウスの胃がきりきりと痛み出した。
「謝罪云々の前に、まずは状況を確認したい……ラケル先生、あなた、なにをやらかしたんです?」
「あら……ジュリウスってば、私がやらかしたって決めつけるの?」
「ラケル先生」
「うふふ、こわぁい」
不思議なことに。
九割九分、原因はラケルにあるであろうことがジュリウスにははっきりとわかった。
「──ちょっと目に入った、可愛い神機使いさんたちをからかって遊んだだけよ?」
「ラケル先生ッッ!!」
▲▽▲▽▲▽▲▽
──こんな雰囲気で酒を飲むのなんて、何年ぶりだろう。
カウンター席。会議室にある椅子とは違い、足が届かないくらいに高さのあるその椅子に座りながら、ギルバート・マクレインはぼんやりとそんなことを思った。
自分の目の前にあるのは、いかにも高そうな酒のボトルの数々。普通の配給じゃ絶対にお目にかかれないそのラインナップは、ほんの一時とはいえ、彼に任務のことを忘れさせるには十分すぎるほどのものだ。
「……あ」
椅子に座って、そして気づく。カウンターの中に、いるべき人がいない。
そう、普通だったらこういう時、
──まさか、勝手に取っていいわけじゃないだろうし。
給仕の格好をした人間はいない。一番それっぽいのがオペレーターの格好をした──というかまさしくオペレーターである、自分たちの案内係をした女だが、まさか給仕の役割まで担っているわけじゃないだろう。実際、彼女は他の参加者たちと同様にグラスを片手に、にこにこと楽しそうに料理とおしゃべりを楽しんでいる。
「よお……こいつをご所望かな、お客人?」
誰か人を呼ぼうと辺りを見渡したギルに声をかけたのは。
「……ハルさん!?」
随分前に一緒にチームを組んでいた、言葉じゃ表現できないほど世話になった先輩であった。
「やっぱりギルじゃないか……! 極東に来てんなら言ってくれりゃいいのに。……というかお前、いつの間にブラッドになんてなったんだよ?」
「ブラッドになったのはついこの前ですよ。こっちに来るのも急に決まったことで……そういやハルさん、極東出身でしたね……」
まるでそれが当然であると言わんばかりに、ハルオミはカウンターの中に入ってボトルを一本拝借する。迷うそぶりを一切見せなかったことから、かなりの頻度でここに飲みに来ているらしいということをギルは何となく察した。
「普段はムツミちゃんっていう可愛い娘がここを取り仕切っているんだがな。今日は内容が内容だから、俺のお酌で我慢してくれよ……ロックでいいよな?」
「相変わらずっすね、ハルさん……ありがとうございます」
トクトクトク、と注がれるそれ。しばらくぶりに嗅ぐアルコールの香り。ここまで芳醇な香りは滅多に楽しめるものでなく、そして誰かと一緒に酒を飲むというのもギルにとっては本当に久しぶりのことだった。
「再会を祝して」
掲げられたグラス。グラスとグラスがぶつかる、硬質な音が静かに響いた。
「再会を祝して……って、なんからしくないっすね」
「かもな。……懐かしい顔に会えて、感慨深い気持ちになっているんだろうよ」
喉を焼く特有の感覚。カランカランと心地よく響く氷。なんだか最近いろいろあったが──今日だってなにやら色々ありすぎたような気がしたが、それらすべてがどうでもよくなってくるような気分。しかも、傍らにいるにはかつての大先輩だというから最高だった。
「しっかしまあ……いろいろ言いたいことも話したいこともあるが、いざ話そうとすると何からにするべきか迷うなあ……」
「それは俺も同じですよ。……まさかここで会えるなんて思ってもいませんでしたし」
「本当にな」
このブラッドに配属されるまで、ギルはグラスゴー支部で神機使いとして働いていた。ハルオミはグラスゴー時代のギルの先輩で、一切の遜色なく、ギルはハルオミから神機使いの何たるかを学んでいる。一番一緒に戦った時間が長い人間は間違いなくハルオミだし、誰か一人と一緒に組んで仕事をしなくてはいけないのだとしたら、ギルは間違いなくハルオミを指名することだろう。
「それにしても、良くも悪くも見違えたよな。……まさかお前が【待て】が出来るなんて思わなかったぜ。すーっかりいい子ちゃんになっちまって」
昔のお前じゃ絶対にありえないから、最初は別人じゃないかと思ったんだ──と、ハルオミはグラスをカラカラと鳴らしながら笑った。
「そりゃ、いくら歓迎会って言ったって、いきなりガッつくわけにはいきませんよ。そんなことしたら上司の顔を潰すことになりかねませんし」
「そうかあ? お仲間さんは、そんなこと思ってもないみたいだが」
ちら、とハルオミがギルの背後に目を向ける。
──えーっ!? コウタさんもシプレのファンなんですか!?
──ああ……! もう、言葉で表現するのが逆に失礼なくらいに最高に”イイ”よな……!
──じ、実は俺も! なんかもう、シプレは人生の”答え”っていうか!
──……! わかってるじゃん! 今日はもう、語り明かそうぜ……!
「すげえ馴染んでるな。まるで、小さい頃からの親友みたいだ」
「ロミオ……! あの野郎……!」
──お、美味しい……! 美味しすぎるよぉ……!
──ふふふ、たくさん食べてくださいね。実はこっちのお菓子は、私が作ったんですよ!
──そうなの……!? じゃ、じゃあ! 貰いっぱなしも悪いし、私もおでんパンを!
──いいんですか? わあ、とってもおいしそう!
「おーおー、良い食べっぷり。健康的で実に良い……けど、あのおでんパンってなんだ?」
「ナナ……あいつ……」
──あの……その、壁際にいるあの子は……。
──あー、あのカピバラ? 気になるなら触っても大丈夫だけど……。
──では遠慮なく……ふふ、可愛いですね……いたっ!?
──だ、大丈夫? おっかしいなあ、噛み癖とかなかったはずなんだけど。
「ふむ……雰囲気はお堅いが、見た目相応に可愛いところもあるじゃないの」
「というか何でラウンジでカピバラなんて飼ってるんですか?」
──あの、どこかで会ったことってありますか……?
──いえ、無いはずですけど……。
──で、ですよね! すみません、変なこと聞いて……どうも、友人とすごく雰囲気が似ているから気になって。
──はあ……。
「なんかすごいな、彼は……。目立ってはいないのに妙に馴染んでいるというか、アリサの方から話しかけに行くなんてかなり珍しいぞ」
「……アリサさんって人、神機使いにしてもすごい格好してませんか?」
「極東じゃ普通だ、普通」
最初の緊張はどこへやら。既にブラッドの仲間は部屋中に散らばって、各々極東の人間と親交を深めている。美味しい料理に舌鼓を打ち、グラスを片手に、おしゃべりの花を咲かせて。きっとみんな、
こういう社交性の高さは俺には無いものだよな──なんて思いながら、ギルは再びアルコールが喉を焼く感覚を楽しんだ。
「ブラッドだなんてエリート連中が来るってんだからヒヤヒヤしたもんだが……蓋を開けてみればお前がいて、そしてみんな親しみやすそうなやつばかりだ。……お前に良い仲間が出来たようで、俺は嬉しいよ」
「はは……俺だって、いつまでもハルさんに心配ばかりかけさせる
「んー……それだな」
「はい?」
ぐいっと一気にグラスを呷って。ハルオミは、追加の酒を注ぎながら上機嫌に呟いた。
「まだついさっき会ったばかりだが……お前たちを見て、どうも俺は【仲間】であるように思えなかった」
「いや……正直、ちょっと前は俺のせいでギスギスしたこともありましたけど。今はもう、胸を張って同じ部隊の仲間って言えますよ。……ハルさんにはどう見えたんですか?」
「……【家族】かな。さしずめ、あの隊長さんが兄貴で、お前たちが弟妹。あの儚い系の博士が母親って所で……あっちの派手な色っぽい博士が悪いコトを教える叔母さんか?」
「ごほッ!?」
ある意味で妙に真に迫っているハルオミの言葉。ギルが思わずむせてしまったのも、しょうがないことなのだろう。
「おいおい、どうした? この程度の酒を飲み慣れてないってことはないだろ?」
「い、いや……まさか、ハルさんから【家族】と言われるとは思わなくて」
「そんなに変なこと言ったか? あの二人が隊長さんに許可を取る姿も、隊長さんの物言いもそれっぽく見えたが。あのラケル博士も、なんとなくこう……甘やかしてくる雰囲気があるというか、お茶目な母親みたいな感じがしないか?」
「それが割とマジで、あの人俺のことをそういう意味で子供扱いしてくるんですよ……。年齢的には五つかそこらくらいしか変わらないはずなのに。他の連中に対してならまだわかりますが、会って数か月も経ってない俺を、ですよ?」
「ほぉ……お前、そう言うのが趣味だったのか? 言葉の割に満更でも無さそうじゃないか」
「……」
「いいや、悪くない。悪くないと思うぞ、ギル」
おそらく、というか間違いなく。ここで何をどう言い返したとしても、この飄々とした先輩は楽しそうに言い返して自分のことを弄んでくるのだろう。そう断言できるほどにはお互いがお互いのことを知り尽くしているし、そして同時にまた、久しぶりにそうやってからかわれるのも悪くないとさえギルは思っている。
「正直、最初は儚い薄幸の未亡人……あるいは、深窓の令嬢か何かだと思っていたが。どうしてなかなか、お茶目な所もギャップがあって良いんじゃないか?」
「……あの人も、もしかすると今日ははしゃいでいるのかも。普段はハルさんの想像通り、もっと静かで穏やかな、落ち着いた人ですよ」
「お? そうなのか?」
「ええ。少なくとも……あんな風にはしゃいで、あんな風に笑っているのは初めて見ました。正直、今でもちょっと驚いているというか」
「ふーむ……まぁ、あんなナリでも博士ってことなのかね」
(……ん?)
ふと、ギルの中で何かがひっかかる。普通に会話していたはずなのに、何かがかみ合っていないような気がする。
(……まぁいいか)
ただ、そこまで気にするようなことじゃない。懐かしい顔と楽しく酒を飲んでいるときにわざわざ言うことでもない。アルコールによって普段よりだいぶ鈍くなったギルの思考はそう判断し、再びその、二人きりで会話を楽しむ作業に戻った。
「ま、なんにせよブラッドの連中が親しみやすいやつらでよかったよ。お前が仲間だって胸を張って言えるんだから、俺も仲良くできそうだ」
「なんですかそれ……それを言うなら俺だって。ハルさんがいてくれて、だいぶ助かったというか」
「おいおい、お前が人見知りだったなんて聞いてないぞ?」
「そうじゃなくて、肩の荷が下りたというか……ああもう、ハルさん相手に変に隠し事してもしょうがないから言いますけど」
「おう、言って見ろ。何だ、好きな女でもできたのか? 俺に恋愛相談するなんて、わかってるじゃないか」
「じゃなくて、俺たちがここに来た理由というか、目的というか」
「…………あん?」
ギルは気づいていない。久しぶりにハルオミと話せたのが自分でも思った以上に楽しくて、酒を飲むペースが随分と早くなっていることに。飲酒自体は当然初めてではないし、ある程度飲み慣れているとはいえ……空きっ腹に肴も無しにロックで数杯も飲んでいれば、それなり程度に酔っぱらうのは当然の話である。
「ジュリウス……ウチの隊長が言ってたんですよ。極東はヤバいから気を付けろ、油断するなって」
「そりゃ、グラスゴーとかに比べればこっちのアラガミはだいぶヤバいが……」
「そうじゃなくて……なんかこう、危険思想の団体とかヤバいマスコミとかが普通にいるから注意しろって。アナグラの中であろうと必ずラケル博士の護衛はつけろ、片時も目を離すなって。それこそ、あんな風に人目を憚らず説教するくらいにはピリピリしてました」
「……」
「あとなんだっけ……そうだ、クレイドルだ」
「……クレイドル?」
酒気でほんのりと染まった頬。自分でそれに気づかぬまま、ギルはグラスを一気に呷った。
「クレイドルが
ギルは純粋に、事前にジュリウスから言われていたことを実行しようとしただけだった。しかし彼にとって幸か不幸か、昔馴染みで絶対的に信頼できる人間がここにはいてしまった。そして他でもないジュリウス自身が、本当の意味での事の重大さをギルに伝えていなかった。
何か一つでも、違ったのなら。きっとこんなことは起こらなかったのだろう。
重要なのは──「悪い人」なんて、どこにもいなかったというその事実だけだ。
「何って、お前……」
ぎょっとしたように目を見開くハルオミ。
もしギルにいつも通りの冷静さがあったのなら。ほんの数メートル先でジュリウスが悲壮な表情でこちらを見ていることに──そして、ラケルがとてもとても楽しそうにこちらを見ていることに気付けたかもしれない。
「お前たち、意思の疎通が出来るアラガミ──ルーのことを調べに来たんじゃないのか?」
漫画版ジュリウス「過剰なほどの歓迎を受けてしまったな。歓迎会があるのなら事前に言ってほしいものだが……」
ゲーム本編でも、歓迎会が終わった後にジュリウスに喋りかけると似たようなセリフを言っていたような記憶があるのですが、確認しようにももう私のPSPは動かなくなっちゃったの……。ともあれ、「ちゃんと事前に歓迎会がある旨をジュリウスに伝える」というやりたかったことの一つが出来て、私は満足です。
あとゲーム本編にて、ハルさんが初登場するのは歓迎会の少し後なのですが、最初の会話シーンでなぜか「なんかこの人すぐ死んじゃいそう、GE2のエリックポジションかな」って思っちゃいました。