GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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57 五本の缶(前)

 

「うーむ……」

 

 支部長執務室。いつぞやと同じくたった一人この部屋に呼び出されたリンドウは、目の前でうっすらと眉間に皺を寄せて唸る部屋の主──ペイラー・榊を見て、今日この後自分がたどる運命をうっすらと察してしまった。

 

「これは……何というべきか……」

 

 榊が見ているのは、先日のアラガミの調査に関する報告書──ブラッドとルーの接触に関する報告書であった。より正確に言うならば、それは報告書としての体裁をあえて整えていない下書きのようなもので、さらに突っ込んで表現するならば、榊が目で追っているのはブラッドではなくラケルとルーの接触に関する記述である。

 

「なぁ、榊博士」

 

 どうせまともに答えてはくれないんだろうな、と半ば確信に近い思いを抱きながらも、リンドウは聞かずにはいられなかった。

 

「結局アレは……何だったんだ? ルーとラケル博士を引き合わせるっていう試みとしては成功……で、いいのか?」

 

 ルーとラケルの初接触。ルーがラケルの顔面を思いっきり舐め回し、そしてあっという間にお開きとなってしまった先日の調査。

 

 いくらルー自身に敵意が無いとはいえ、神機使いでも何でもない人間がアラガミに顔を舐め回されるという事態が真っ当だとは言えないし、何より他でもないジュリウスがこれ以上の継続を──少なくとも、何かしらの納得できる見解が出るまでは取り止めとしてほしいと強く願い出たためである。

 

「レア博士に対する反応は上々。チハルたちの話じゃ、先行していたブラッドにも良い反応を見せていた。あのあとだって、敵意を抱いていてもおかしくない大尉殿やギルに対しても普段と同じ……友好的な反応を見せている」

 

「……」

 

「ラケル博士だけだぜ、あんな風にされたの。だが、アレが敵意によるものなのかどうか……それが、俺にはわからない」

 

 アラガミに顔を舐め回される。なるほどたしかに、聞いただけでも背筋が凍りそうになるほどの恐怖体験だろう。もしかしたら、下手にもったいぶられるよりもいっそのことさっさと噛み砕いて欲しいと思う人だっているかもしれない。

 

 しかしながら、相手はあのルーだ。そして事実として、それは舐め回すだけ(・・)で終わっている。もし本当に敵意があるのだとしたあの場で頭を噛み砕いているだろうから、ああ見えて敵意ではないのかもしれない……が、特別な反応であるということはわかっても、それ以上のことはリンドウにはさっぱりわからなかった。

 

「あれからラケル博士はどこか上の空で、逆にルーはいつも通り。レア博士の話じゃ、ラケル博士がぼーっとするのは昔からのことで珍しいわけじゃないらしいが……俺ァ、大尉殿の胃がマジで心配だよ」

 

「……」

 

「……で、あんたは何かを掴んでいるんだろ? 今日は結論から……いや、結論からだと俺の頭じゃ理解できないから、要点を搔い摘んで、順序だてて簡潔に、俺にわかるように説明してくれ」

 

 ジュリウスの胃が心配なのは紛れもない事実。そして、榊がいったい何を考えていたのかが気になるのもまた事実。

 

 だから──リンドウは、迂遠な言い回しなどをせず、自分にもわかるようにはっきりと事実を伝えてくれと言った。それが榊に対する最も適切なアプローチで、そうでもしないとこの目の前で胡散臭い笑みを浮かべる男の考えなんてさっぱりわからないと断言できるからだ。

 

「ふむ。なかなか難しい注文だが……私とキミの仲だ、善処しようじゃないか」

 

 これはたぶん話通じてねえな──と、リンドウは心の中でため息をついた。

 

「だが、その前に……長丁場になるし、ここまで(・・・・)の分の報酬を渡しておこうか」

 

「……ん?」

 

 椅子に座ったまま、少し体を屈めて榊は机の下に手を伸ばす。どうやら足元かどこかに何かを置いていたのだろう。生憎リンドウからはその「何か」を見ることはできなかったが、がさごそ、がさごそと──そう、まさしく紙袋を漁っているような音が聞こえ、そして。

 

「……おっ!」

 

 ごとり、と机の上に置かれたそれ。

 

 片手で持つのにしっくりする大きさの、あまり飾り気のない円柱。パッと見た感じは配給の缶にしか見えないが、しかしリンドウは、それがただの配給の缶でないことを知っている。

 

「おいおいおい……! こんな真昼間からいいのかよ……!?」

 

「何を言っているのかよくわからないが、キミはあくまで「友人」としてプライベートで雑談しに来ただけだろう? 古来より、こういうもの(・・・・・・)が出ると普段はできない話ができると言われているし、友人の部屋で出されたものをそのまま頂くことに何の問題があるというのかな?」

 

「榊博士……! あんた、やっぱり最高だよ……!」

 

 以前、口約束とはいえ確かに約束していた報酬の配給ビール。少々温くなっているのは若干のマイナスポイントではあるものの、それが今、リンドウの目の前にあるというのは紛れもない現実だ。

 

「どうせここには私たちしかいないんだ。遠慮なくやってくれたまえ。……一応聞いておくが、酔っぱらったりはしないでくれよ?」

 

「今更ビール一本で酔っぱらったりはしないっての。……いや、もう一本あるとちょうどよくほろ酔いになって、話が思いのほか弾むかも……な?」

 

「ははは、キミもなかなか強かになったね……もちろん、【ごほうび】が一本だけじゃ物足りないからね。僭越ながら、他にも用意させてもらったよ」

 

「マジかよ。案外言ってみるもんだな」

 

 配給のビール一本でさえ、手に入れるのはなかなか難しい。ビールに限らず、嗜好品は全般的に入手しづらい傾向があり、それは神機使いであっても変わらない。一般人に比べたら手に入れやすい方ではあるが、そもそもとして生産自体がほとんどできていないのだから、それはどうしようもない事実である。

 

 だから、この一本だけでも十分嬉しいというのに……榊は、他にも用意しているという。

 

「あと四本ほどあってね。長話のお供として、喉を潤すものは必要だろう?」

 

「四本? あんた、そんなに貯め込んでいたのか? 前回の配給も随分前だったと思うが……」

 

「まあ、見ればわかるよ」

 

 がさごそ、がさごそ。

 

 何やら妙に時間をかけて、榊は足元を探る。かちん、ごちんと缶と缶がぶつかる硬質な音が何度が響き、そしてその瞬間は訪れた。

 

「──ほら、これ」

 

「……う、ぉ」

 

 どん、どん、どどん。

 

 机の上に置かれたのは、事前に言われていた通り四本の缶だ。

 

 ただし、つい先ほど渡されたばかりの配給ビールではない。

 

「これ、は……」

 

 一本目は、水だ。普段の配給でよく見かける、保存性を第一に考えられた水の缶だ。給水タンクで支給されるそれとは違い、飲料水としての品質が保証されたものであるため、物としては同じ普通の水であっても、【安心して飲める】というそれが保証されている何気にすごい水である。

 

 ただまぁ、どこまでもいっても水は水だ。リンドウの目を引いたのは、残りの三本である。

 

「すっげー豪華なビール……だよな?」

 

 たぶん、ビール。

 きっと、ビール。

 おそらく、ビール。

 

 リンドウが断言できなかったのも無理はない。だってそれは、普段の配給ビールとはあまりにもかけ離れた姿をしているのだから。

 

「なんだコレ……!? 缶、だよな……? なのに綺麗な銀色で、金の模様で……ビールの泡が、写真みたいに……!」

 

 そのビールの缶には、精巧な絵が描かれていた。より正確には、絵では無くてデザインだろうか。銀色をベースに黄金の模様が描かれており、真ん中には大きく飾り文字でBEERと書かれている。無駄に凝っているというべきか、飾り文字の後ろには写真をそのまま焼き付けた……いいや、それ以上に綺麗で見事な泡が描かれていて、眺めているだけで思わず喉がごくりと動くほどである。

 

「今でこそ武骨で味気ないが、昔はビールの缶と言ったらこういうデザインのものがほとんどだったんだよ。カッコいいし、飲んでみたくなるだろう?」

 

「ああ……! 噂には聞いたことがあったが、まさか実物はこれほどまでとは……!」

 

「……本当に、嬉しそうだね?」

 

「そりゃあな。かつての時代のビールなんて、この先一生飲めるかどうかわかんないんだぜ? ……本当に貰っていいんだよな?」

 

「もちろん。私はビールは飲まないし、持っていてもしょうがないからね。であれば、キミに飲んでもらうほうが有効活用というものだろう。今机の上に置いた四本すべて、キミのものだ」

 

「…………」

 

 榊のその言葉に、リンドウは口をつぐむ。そして、先ほどまでの様子が嘘であるかのように眉間に皺を寄せた。

 

「どうしたのかね?」

 

「あんた、分かってて言ってるだろ?」

 

「何のことか、言ってくれないと分からないね」

 

 こいつ絶対わかってて言ってやがる──と心の中で悪態をついてから、リンドウは忌々しげに四本目の缶を指した。

 

「なぁオイ、こいつぁいったいなんなんだ? なんでこれ(・・)がまだここにある?」

 

「……」

 

これ(・・)は──【初恋ジュース】は、この世から完全に始末したはずだぞ」

 

 極東支部の究極の禁忌。かつて、榊がその権力を私的利用し、生み出してしまった禁断の液体。それを口にした誰もが【マズい】と断言し、仲間であるはずのアナグラの面々にさえ【汚水みたいな味】、【作ったやつはどうかしてる】、【全てを阿鼻叫喚の渦に叩き込む殺人ドリンク】、【ああいうのを二度と作らせるな】と言わせて見せた、ジュースと呼ぶのも烏滸がましい悍ましき何か。

 

 三年前、神機使いたちの総力を挙げて殲滅したはずのそれが、リンドウの目の前に確かにある。

 

「冗談でもやっていいことと悪いことってあるだろうが?」

 

「そんなに露骨にイヤそうな顔しなくても……」

 

「あんたに反省の色が少しでもあれば、こんな顔しなくて済んだんだがな」

 

 リンドウは、見たくもないと言わんばかりに最後の五本目の缶を指した。

 

「……それがどうしたのかね?」

 

「とぼけるなよ、博士……なんだよ、この【青春ドリンク】ってのは」

 

「……」

 

 【初恋ジュース】とよく似たパッケージデザインのそれ。見た目だけは水色と黄緑を基調としたとても爽やかで明るい印象であるものだが、しかしリンドウの生命としての本能が、その背後に潜む底なしの悪意を感じ取り、かつてないほど全力で警鐘を鳴らしていた。

 

「……普通のジュースだよ?」

 

「俺の目を見て言え」

 

 ただでさえ細い榊の目が更に細くなり。

 

 そして榊は、何かを誤魔化すようにしてリンドウから視線を逸らした。

 

「おい」

 

「……」

 

「あの時……【失恋フレーバー】とかいう第二弾を開発していると聞いた時は、とうとうトチ狂ったのかと思った。【初恋ジュース】でさえあんな状態になったんだ、絶対それだけはこの世に生み出しちゃいけないと思って、俺達は団結して立ち上がった……そして、未曽有の災害が起きる前に止められたと、思ってたんだが」

 

「……」

 

「まさか、陰に隠れて第三弾を開発していたとはな……!」

 

 榊の悪癖の中で、全く擁護が出来ない文字通りのマイナスポイント。それさえ無ければ少々変人でありながらも頼れる大人であるはずなのに、これがあるせいでリンドウは榊のことを素直に尊敬することが出来ないのだ。

 

「いいか、榊博士。これは友人としての忠告だ──今すぐ、【初恋ジュース】も【青春ドリンク】も全て廃棄処分しろ。それが大人のケジメってもんだ」

 

「そ、そこまで言われるとさすがに少々傷つくんだが……リンドウくん、キミ、最初の目的を忘れていないかい?」

 

「……あん?」

 

 ごほんと大きく咳払いをした榊は、今度こそリンドウの目を真っすぐ見つめながら言葉を紡いだ。

 

「キミが言ったんだろう? 【俺にもわかるように説明しろ】って」

 

「……」

 

「もっと言えば……そうだね、ルーくんがラケル博士に興味を示さないとマズい事態だってのは、いったいどういうことだ──というのも、気になるんじゃないかね?」

 

「それは……」

 

 全くもってその通りなので、リンドウは反論することが出来ない。分かるように説明してくれと言ったのは紛れもない事実だし、言葉にこそ出さなかったものの、あの時榊が自分にだけ伝えてきた忠告の意味も知りたいと思っていた。

 

 しかしながら、それが今この状況といったいどういう関係があるのか。やっぱりリンドウには、そこのところがさっぱりわからなかった。

 

「端的に言うとね……今のキミのこの反応こそが、私が推定し、そして実際に起きてしまったことなんだよ」

 

「……」

 

「まだ第一段階に過ぎないが。しかしそれでも、辻褄だけは合ってしまう。突拍子もない考えではあるが、明確に否定することはできない……明確に断言することもまた、出来ないのだがね」

 

「……もういい、わかった。降参だよ。だから頼む、結論を言ってくれ」

 

 リンドウのその言葉を聞いて。水の缶のプルタブをひねり、喉を軽く潤した榊は、その胡散臭い笑みを崩さないまま言い切った。

 

 

 

「──ルーくんは、ラケル博士のことをずっと前から知っているみたいだね」




 本文中に記載のある初恋ジュースの評判ですが、ゲーム本編および公式アンソロジーから引用しています。つまり私個人の感想ではなく、公式の見解です。
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