GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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58 五本の缶(後)

 

 

 

「──ルーくんは、ラケル博士のことをずっと前から知っているみたいだね」

 

 

 

「……」

 

 何を言われたのか、一瞬リンドウは理解ができなかった。

 

 ルーというのは、つい最近見つかったばかりのアラガミだ。それも現状確認されている限り、この世界で一体しか存在しない特殊過ぎるアラガミだ。初めて人間と出会ったのもあの春の日──チハルが死にかけた教育訓練の日が初めてのはずで、実際その前提の下で今まで調査を進めていたはずだ。

 

 なのにいったいどうして、今ここにきてそんなことを言い出すのか。

 

「まず前提として言っておくが……以前キミだけに話した、ルーくんがアラガミ化した元人間である可能性。今から話すことに関しては、それは関係ない」

 

「それは……あいつが人語を理解しているのか、それとも感応現象で心を読んでいるのかは関係なく進む話ってことか?」

 

「その通り」

 

 もちろん、全くの無関係とも言えないけどね……と軽く前置きをして、榊は語りだした。

 

「あの時、私はキミに【ルーくんがラケル博士に興味を示さないとマズい事態だ】と言ったわけだが、この「興味を示さない状態」とはすなわち、その物事に対して無関心であると言い変えることが出来る」

 

「……」

 

「では、無関心とはどういう状態なのだろう? いったいどういう時に、我々は無関心でいることが出来るのだろう?」

 

「どうって……」

 

 どうと言われても、正直困るというのがリンドウの本音だった。興味を示すとか示さないなんて話は理屈で説明できるものじゃないし、そもそもとして何に興味を示すのかは人によって千差万別だ。自分のように酒に興味を示すものもいれば、チハルのようにバンダナに強い関心を示すものもいるのだから。

 

 つまりそれは、人の意志でどうこうできる領域に無いものだ。少々表現は大げさかもしれないが、各個人の本能的な何かによって決まるものと言ってもいい。

 

「なるべく気にしないようにする……とか? あるいは、あえて知らないふりをするとか」

 

「ふむ……ちょっと惜しいね。行為としてはその通りなのだが、その行為の前提にあるそれはなんだろう?」

 

「……」

 

「──ここで一つ、例を挙げてみよう。この前ここに来てもらったとき、キミはこう言ったね……【シオは、最初は好奇心で近づいてきたようだ】と」

 

「……ああ」

 

「この好奇心とは、つまりは興味だ。すなわち、無関心の正反対にある状態だよ」

 

 あの時。腕輪を失い、半ばアラガミ化しかけて倒れていたリンドウの元に確かにシオはやってきた。ただ、それは倒れている誰かを助けようとしたために近づいたのではなく、何か珍しいものがあるのが気になって近づいたという……いわば、純粋な好奇心の発露のためである。

 

「見知らぬものが目の前にあったとして、興味を示さないということは基本的にはない。無論、そもそも気付いていないだとか、見えていないといった場合は除くが……今回のように、目の前に突き出されている状態であれば、必ず興味を示す」

 

「……普段のルーの様子を見れば、それはほぼ間違いないってか」

 

 シオと同じかそれ以上の知能があり、人慣れしていて穏やかな性格をしている。そんな存在が、今まで見たことのない人間と新たに出会えば……大なり小なり何かしらの反応をする。それは今まで何度も実証されてきたことだ。

 

「なのに、ラケル博士の場合は最初は興味を示さなかった……なんでだ?」

 

「なんでだと思う?」

 

「それを俺が聞いてるんだよ……」

 

 そうだったね、となんの悪びれも無く笑って。

 

 そして榊は、未だ机の上にある五本の缶を示した。

 

「先程キミに示した、この五本の缶……すなわち、配給ビール、かつての時代のビール、水、初恋ジュース、青春ドリンクだが」

 

「……」

 

「一つだけ、【仲間はずれ】がある」

 

 一つじゃなくて、二つだろ──という言葉をかろうじて飲み込んで。リンドウは、半ばヤケクソ気味にその一本を指した。

 

「……【水】か?」

 

「なぜ、そう思った?」

 

「……これだけ、味が付いていない。ただの水だから?」

 

「……………………うむ」

 

「やめてくれよ、その反応……こっちはマジで無い知恵絞って考えてんだから……」

 

 たぶん、答えは【水】であっている。リンドウは自身の直感がそう告げているのを確かに感じている。そして実際、榊の反応からしてそれは間違ってはいないのだろう。

 

 だけど、肝心の理由がわからない。わかっていたら、リンドウはここまで頭を悩ませていない。

 

「実はだね……これら五本の飲み物は、二つの属性によって分類することが出来る」

 

「二つの属性?」

 

「うむ。一つは【好き】か【嫌い】か。ビールは二つとも【好き】で、初恋ジュースと青春ドリンクは【嫌い】となる。水については……まあ、正直どっちでもいいんだけれども」

 

 どっちでもいいものをわざわざ選択肢に入れた理由。おそらくそれこそが本当に大事なポイントであるのだろう。難しいことはよくわからないリンドウでも、それくらいは察することが出来た。

 

「もう一つの属性が大事になる……ってことか?」

 

「その通り。その属性とは……【知っている】か【知らない】かだよ」

 

 例えば。

 

 配給ビールであれば、【知っている】もので【好き】なもの。

 かつての時代のビールは【知らない】もので【好き】なもの。

 水は【知っている】もので【好き】でも【嫌い】でもあり得るもの。

 初恋ジュースは【知っている】もので【嫌い】なもの。

 青春ドリンクは【知らない】もので【嫌い】なもの。

 

 榊の言う二つの属性に当てはまると、机の上にある五本の缶はこのように分類される。

 

「繰り返しになるが、何かを目の前に突き付けられて、興味を示さないということはありえない。好意を示すか、警戒するか……嫌うというそれさえ、興味を持っているからこそ。そう、興味とは何もポジティブな反応だけでなく、ネガティブな反応にも適用されるものだ」

 

「実際、さっき俺は榊博士の言った通りの反応を示した……ってか。じゃあ、水が仲間はずれなのは……」

 

「水だけは、キミが【興味を示さなかったから】。言い方を変えると、水に対してだけはキミが無関心だったから」

 

「……この水が、ラケル博士ってことか? さっきのアレは、俺をルーと見立ててブラッドとの接触を模擬的に再現した?」

 

 ここまでくれば、リンドウにも察しが付く。目の前に出された五本の缶はそれぞれあの日接触予定だったメンバーを示していて、そしてリンドウ(じぶん)こそがルーを……より正確に言えば、ルーの反応を示している。

 

 重要なのは二つの属性というのであれば、たったこれだけであの場面の状況を再現できるのだ。

 

「その通り。では、その上で……あの時全くキミが反応を示さなかった、【無関心】である水はどういう属性になるだろう?」

 

「どうって、それ、は──」

 

 例えば。

 

 配給ビールであれば、【知っている】もので【好き】なもの──つまりは桜田チハル。

 かつての時代のビールは【知らない】もので【好き】なもの──初めて会ったブラッドメンバー。

 初恋ジュースは【知っている】もので【嫌い】なもの──片桐キョウヤとして。

 青春ドリンクは【知らない】もので【嫌い】なもの──こちらについては、現状では該当なし。

 

 そして、水は。

 

 ルー(リンドウ)が反応を示さなかったラケル()は、この分類で表現すると。

 

「【知っている】もの、か……!?」

 

「その通り──キミが示して見せた通り、知らないものに対してはポジティブな反応もネガティブな反応も起こり得る……良くも悪くも、何らかの反応を起こしてしまう。だが、既に知っているものに対しては何の反応も起きないことがある」

 

「そりゃそうだ……! だって既に知ってるんだもんな……! 知っているから、興味なんて持たないんだ……!」

 

 ポジティブな反応は、対象が既知であろうと未知であろうと起こり得る。

 ネガティブな反応も、対象が既知であろうと未知であろうと起こり得る。

 

 だけど、無関心については。

 

 無関心だけは──対象が既知でないと起こりえない。

 

「嫌っている、だったら【知らないけど嫌っている】ケースがあるが、無関心はラケル博士のことを知っていないと起こりえない反応……! だから、【興味を示さないとマズい】……俺達の知らないところで、ルーはラケル博士と接触していたってことか……!?」

 

「うむ……しかし、【ルーくんはラケル博士を知っている】とすると、新たな疑問が二つほどでてきてしまった」

 

「あん?」

 

「【ラケル博士はルーくんのことを知っているのか?】と、【なぜルーくんはラケル博士の顔を舐めたのか?】の二点だね」

 

「……」

 

「結論から言うと、前者についてははっきりとした答えは出せない……ものの、個人的には【知っている】可能性が高いと思っている。こちらについてはまた別途おいおい詰めて考えていくとして」

 

 なんだか妙にはぐらかしてきたな──と心の中だけで呟いて、そしてリンドウは榊に続きを促した。

 

「【顔を舐める】、ねえ……この事実から、あんたはどんな結論を導き出したんだ?」

 

「…………やっぱり、ルーくんは元人間なんじゃないかって。それも、おそらく──」

 

「おそらく?」

 

「──私と同世代くらいの。少なくとも、キミよりかはずっと年上だね」

 

「…………えっ」

 

 ルーが元人間である可能性。それそのものは突拍子も無いし確たる証拠もない。しかし笑って否定するのは憚られる程度には筋道が通った説明が出来るため、榊とリンドウの間でだけ可能性として認識を共有しているというのが現状である。

 

 結局あれからまともに話は進められていないはずなのに、いったいどうしてまたそんな話が上がってくるのか。しかもその上、元の年齢までわかったというのか。

 

「正直に言ってほしいんだが……ルーくんがラケル博士の顔を舐めた時、どう思った?」

 

「どうって……」

 

 改めて、リンドウはあの時の光景を思い浮かべた。

 

「正直、やっちまったかなって思った」

 

「だろうね」

 

 いくら人慣れしていて穏やかな性格をしているとはいえ、アラガミはアラガミだ。ましてやルーはアラガミの中でも体が大きい方で、そしてその相貌はそこらのアラガミとは比較にならないほど凶悪なものである。

 

 そんなアラガミの大きな口があの華奢な女性のまさしく面前にあって、あんなにも盛大に舐め回されていたのなら……次の瞬間には【イタダキマス】されている可能性の方が高いだろう。

 

「実際、ルーくんは今まであんな行為をしたことはなかった。あれは間違いなく、ラケル博士が初めてだ」

 

「……ん? 待てよ、確かキョウヤのやつはルーに片腕しゃぶられてたって話だぜ。それってつまり、ラケル博士はキョウヤ以上に嫌われている……ってことじゃないのか?」

 

 リンドウは何度か、腕から妙な匂いを放ちながら帰還したキョウヤを見ている。衣服は明らかに戦闘のそれとは異なる理由で汚れていて……というかヨレヨレになっていて、シャワールームで懸命にそれを手洗いしている背中も見たことがあった。

 

「そこなんだがね……私としては、キョウヤくんはルーくんには嫌われていないと思っているよ」

 

「……そうなのか?」

 

「ルーくんは非常に賢い。今までだって、相手に合わせた行動をしている所は何度も確認されているだろう? アレはルーくんなりの愛情表現というか、喧嘩友達としてのじゃれ合いみたいなものだと思うんだ」

 

「……そう言われれば、そう……なのか?」

 

「まぁ、嫌がらせに近いものはあると思うが。本気で嫌っていたのなら、キョウヤくんはとっくに殺されているよ。尻尾であしらわれただとか鼻でどつかれたとか言っているが、それらはすべて、怪我をしない程度に加減されているんだよ?」

 

「……」

 

「そのうえで、舐めるという行為はキョウヤくんにしかやっていない……コミュニケーションの範疇として、これくらいなら大丈夫、愛情表現で誤魔化せるという認識──否、分別(ふんべつ)がルーくんにはある」

 

「……」

 

「言い方を変えると相手によってどこまで、何をしていいのかルーくんは理解している。チハルくんと仲が良いのはもちろんのこと、ルーくんはキョウヤくんとも親交度は高いんだ」

 

 親交度が高いから、他の人には見せない反応を示してくれる。一見友好度が高そうに見える人間が相手でも、親交度が低いと……俗っぽい言い方をすると、相手に遠慮をするせいでよく見られる最低限のありきたりな反応しか示してくれない。多様かつ独自の反応をいくつも引き出しているというその点において、ルーとキョウヤの親交度は高いと言えた。

 

「……それで、結局ラケル博士が顔を舐められたのは何だったんだ?」

 

「……推測になるのだが」

 

「……」

 

「アレは純粋な嫌がらせ……だと、思う」

 

 やっぱ嫌われてるってことじゃないか──と心の中で呟きつつも、リンドウは続きを促した。

 

「…………理由は?」

 

「【体を舐める】のが特殊な愛情表現だとして。なぜ、愛情表現なのにチハルくんにはやっていないのだろう?」

 

「なんでって、そりゃあ……」

 

 体を舐めるのが愛情表現だとして、今までかたくなにそれをやらなかった理由。そこにはきっと何か明確な理由があるはずで、ルーのこれまでの行動傾向と併せて考えてみれば。

 

「顔を舐めるのは、さすがに怖がられると思ったから……?」

 

「その通り。基本的にルーくんは、我々を威圧するような行動は一切取っていない。むしろ、我々を思いやるような行動をとることが多い。少なくとも、自分が顔を舐めたら怖がられると分かっているからこそ……キョウヤくんへのちょっかいも、すぐに引っこ抜ける腕に留めているのだろう」

 

「それがルーが持っている分別ってか……なのに、ラケル博士にはその分別が利いていない? いや、そもそもあいつはラケル博士のことを……」

 

「それについてはまだわからないから、今は【顔を舐める】という行為に絞って考えようか。……結論から言うと、ルーくんがあの場にてラケル博士の顔を舐めたのは、私があの場にいたから(・・・・・・・・・・)という可能性がある」

 

 体を舐めるのは、おそらく一種の愛情表現である。しかし、顔を舐めるのはさすがに怖いと思われるから、ルーは顔を舐めるようなことは一切してこなかった。だけどそのはずなのに、あの時は初対面で誰よりもか弱いはずのラケルに対して、ルーは顔面を舐め回すという奇行をして見せた。

 

 その理由を、榊は自分がその場に居たからだと言ったのだ。

 

「実はだね……あの場でも言ったが、あの手の獣が愛情表現として顔を舐めるというのは決して珍しい話じゃない。それどころかよくある話で、かつての時代では、そういう風にコミュニケーションを取ることに憧れを抱く人間は少なくなかったんだ」

 

「は……? 顔を舐められるのに、憧れるってことか……?」

 

「そう。舐められれば舐められるほど愛情深い行為であるわけだからね。……キミたち(・・・・)からしてみれば、想像もつかない話だろう?」

 

「想像がつかないというか、何というか……顔を舐められているってのは、喰われかける一歩手前だろ? かつての人間たちってのは、マゾヒストばかりなのか?」

 

「……生き物をアラガミしか知らなければ、そう思うのも無理もない。キミたちは──愛玩動物という概念を、ほとんど知らないわけだから」

 

 リンドウが生まれたのが2045年。アラガミがこの地球上に発生し、人類に壊滅的な被害を与え始めたのが2050年。つまりリンドウは、五歳の時までは平和な生活を送っていたわけだが、物心がつく前の話なので当時のことはほとんど覚えていない。

 

 そして2074年現在、リンドウは29歳なわけだから……かつての平和な時代のことを少しでも覚えているのは、30歳以上の人間に限られていると言ってもいいだろう。

 

「【顔を舐めたら相手は喰われると思う】、【顔を舐めたら相手は怖がる】。この認識があるから、ルーくんは今まで相手の顔を舐めなかった。一方で、その認識を持ちながらキョウヤくんの腕を舐めるのは【親交度の高い相手であれば、ちょっかいという特殊な愛情表現として受け入れてもらえる】という認識があるから。故に今まで、キョウヤくんにしかやっていない」

 

「……」

 

「そこまで理解しているのなら、ラケル博士の顔を舐めたらどう思われるかなんてわからないわけがない。それでなおそうしたのは……【これが愛情表現である】ということを理解している存在が近くにいたからではないだろうか?」

 

「……」

 

「ルーくんは、ラケル博士のことを【知っている】。だが、【知っている】で【好き】ならば、あのように興味を示さないということはないだろう。つまり、ルーくんの彼女に対する評価は……【心底どうでもいい】か、【関わり合いになりたくない】、あるいは【うっすら嫌っている】と言ったものだと思われる」

 

「……」

 

「あの時、ラケル博士と対面することになって。最初は無視で乗り切ろうとしたが、そのままじゃ終われないと察したルーくんは……普通の人間からしてみれば【嫌がらせ】としか思えない行為として彼女の顔を舐めた」

 

「あの人、二十代後半……まぁ、俺よりかは年下のはずだもんな。あれを愛情表現だとは思わないはず、か」

 

「一方で、私はアレが愛情表現であると知っている……そういう風に証言することが出来る。かつての時代の人間(わたし)があの場に居なければ、ルーくんはあんな行動はできなかった」

 

「そういう風に言ってくれる人間がいなければ、神機使い(おれたち)に攻撃されるから、か……」

 

 おそらく、ルーはラケルのことをうっすらと嫌っているか、関わり合いになりたくないと思っている。だから、なるべく穏便かつ効果的に嫌われることで距離を取ろうとした。その方法として、今の時代の人間であれば特大級の恐怖体験であり、そしてかつての時代を知る人間であれば愛情表現として受け取られる【顔を舐める】という行為を──その場に榊がいたからこそ可能となった、今まで一度もしなかった行為をして見せた。

 

「【無視】が通じなかった段階で、ルーくんがラケル博士と距離を取るには何かしらの嫌われる行動をしなくてはならなかった。しかし露骨に嫌われるような行動をすれば、自身はもちろん、チハルくんや我々の立場が悪くなりかねない」

 

「……」

 

「しかしながら、顔を舐めるというのであれば……相手に対する嫌がらせになりつつ、愛情表現でもあるわけだから──私がそう証言するわけだから、立場が危うくなることはないし、迷惑をかけることもない。少なくとも、露骨な嫌がらせをするよりかはずっと良い」

 

「腕でも体でもなく、顔を舐めたのはそれが愛情表現としてメジャーであるから……それを愛情表現だと知っているのは、いいや、あの瞬間にすぐにそれを愛情表現として思い浮かべることが出来るのは、あんたと同じくかつての時代の人間しかいない……ってことか」

 

 それこそが、あの時ルーがラケルの顔面を舐め回した理由。一見するとよくわからない奇行にしか思えなかったそれも、その一つ一つの背景を丁寧に紐解いていくことで、ここまでのことが推測できてしまう。言われてみれば簡単に気づけてもおかしくないのに、そうであるからこそ全く思いつくことができないそれに──榊は、たった一人で至ったのだ。

 

「だけどよ、博士。理屈はわかったし辻褄もあっている……正直、すげえと思ったよ。でも」

 

「どうしたんだい?」

 

 ここまでの長い長い説明。なんとかかんとかかろうじてついてくることが出来たリンドウだからこそ、思いついてしまったその疑問。

 

「いくらルーが賢いからって、本当にここまで考えてるのか? あいつはもっとこう、能天気で難しいこと考えずに呑気に生きてるような気が……いくらなんでも、立場云々までは理解してないと思うんだが」

 

「ふむ。確かにキミの言うことも尤もだ。私の考えはあくまで行動を観察した結果から推測したものに過ぎないし、少々都合が良すぎるというか、【答え在りき】で話しているところもないわけではない。また、もし私の推測が本当だったとしても……単純に、【ケガしない程度におちょくってやろう】と考えていた可能性もある」

 

 ジュリウスくんが抱きかかえていたから、あの場ではそれくらいしかちょっかいをかけられなかっただろうし──と、榊は何でもない事のように告げる。

 

 そして、イタズラが成功した子供のようににっこりと笑って見せた。

 

「だけどね、リンドウくん──ラケル博士と接触する前のルーくんの行動を覚えているかい?」

 

「あん?」

 

 ラケル博士と接触する前。それすなわち、先行していたブラッドたちとの接触──ではなく。

 

「そりゃあれだろ、レア博士にじゃれつ、い……!?」

 

 リンドウは、気付いてしまった。

 

 というか、今までどうしてそれをスルーしてしまっていたのか、逆に不思議に思えてくるくらいだった。

 

 そう。ラケルと接触する直前、ルーにかけられた最後のその言葉。

 

 

 

 ──チハルの言うこと聞かないと、チハルの立場が悪くなんぞ。

 

 

 

「言ってるじゃねえか! キョウヤが思いっきり立場が悪くなるって言ってるじゃねえか!」

 

「ラケル博士の受け入れ態勢はばっちりだったのに、無視して。レア博士があれほど懇願してもなお、無視して。そしてあのチハルくんがお願いしても──無視して。今までチハルくんのお願いを無視することなんて一度も無かったのに……」

 

「友好度が一番低いはずのキョウヤの言葉なのに、その一言を聞いた瞬間に受け入れてる……! 気まぐれや偶然なんかじゃない、はっきりとその意味も状況も理解して動いてやがる……!」

 

「これを見ると、中に人が入っているようにしか思えないよね……。無論、細かい粗はあるだろうが、こうも状況証拠が揃っているとなると……」

 

 もはやすでに、リンドウはルーのことをアラガミとは思えなくなってしまっている。姿形が獣であるだけで、ヒトの言葉を発することが出来ないだけの人間としか思えなくなってしまっている。ここまでくるともう、かつてアラガミ化していた自分よりもはるかに人間らしいのではないかと思えてきてしまうほどだ。

 

「で、どうするんだよ博士? まさかここまで来て何もしないってわけじゃないんだろう?」

 

「うむ。さっきも言った通り、【ラケル博士はルーくんのことを知っていたのか?】という疑問がまだ残っている。まず間違いなく元々知っていたと思うんだが……しかし、明確な根拠はない」

 

「……明確な根拠は無いが、ある程度理屈が通る推測はあるんだろ?」

 

「一応、ね。それにほら──偽装工作を施した報告書を見破られた件もあるだろう?」

 

「普通はわざわざ調べないはずの報告書を、なぜか理由もなくじっくり読みこんでいたってやつか……ん? それって、ルーのことを元々知っていたからってことじゃないのか?」

 

「なんで、知っていたんだろうね?」

 

「……」

 

 【ラケルはルーのことを知っていたのか?】 というその疑問。例の報告書の偽装工作の件と併せて考えると、【ルーのことを知っていたから報告書をじっくり読んでいた】という推測もできるが、それはあくまで経緯の説明であって、【どうして知っていたのか】という疑問の答えには成り得ない。

 

「……わかんねえな。いや、それよりあんたの推測ってのを教えてくれよ」

 

「私はぜひともキミの考えを聞きたいのだが……」

 

「正直もう、考えるのは疲れたんだよ……」

 

 なんだかんだで、もう結構な時間が経っている。さっきから握るばかりでプルタブをひねるタイミングを失っていたビールはすっかり温くなってしまっているし、気付かないうちに喉もすっかり乾いてしまっている。

 

「ふむ……では、簡単に」

 

「絶対簡単じゃないだろ、それ」

 

「未だに解決していない問題も含めて説明できる【推測】がある。全ての物事の辻褄も会うし、状況証拠ではなく、記録としての証拠も見つかった」

 

「……えっ」

 

「ただし、完全ではない。必要条件とは成り得るが、十分条件ではない」

 

「…………なんだよ、その証拠って」

 

「彼女の周りで見つかった、長年にわたる不自然な金とオラクル資源(リソース)の流れだね。かなり巧妙で、バレにくいように少量を少しずつ、名義も含めてロンダリングを徹底して行われている。……それこそ、興味を持った人間が、それを徹底的に調べてようやく気付けるかどうか、といった具合だ」

 

 奇しくも、彼女が我々の報告書を調べたときみたいな感じだね──と、榊はあっけらかんと言い放った。

 

「裏金と資材の横流しってか……あの博士が汚職をしているのかどうかがそんなに大事なのか? こういっちゃなんだが、フェンリル関係者で本当の意味で潔白な人間なんていないだろ……俺も、あんたも」

 

「それを言われると耳が痛いね……というか、下手をすると我々の方がよっぽど悪党になりかねない。真っ当に考えると、彼女のそれは善行ともいえるものになるだろう。……しかし私はどうしてもそれが引っ掛かった」

 

「だけど、現状だとこれ以上はもう調べられないし、決定的な証拠は見つからない……ってか?」

 

「その通り。いやあ、実に困った」

 

「……………………おい」

 

「だから、ここは一つ素直になるとしよう。ちょうどいい先駆者(・・・)がいるのだから、それに倣おうじゃないか」

 

 その効果は、他でもない我々が一番体験しているからね──と榊は何でもない事のように笑う。

 

 そして、とんでもない一言を当たり前のように言い放った。

 

 

 

「──みんなの目の前で、直接聞いてみようか。どうしてあの報告書を読んでいたんだって」





2024年1月7日  ペイラー・榊 出生
2045年10月12日 雨宮リンドウ 出生

 GEの発売日が2010年、GE2の発売日が2013年です。主人公さんはかなりゲームをやりこんでいると思われるので、当時高校生くらいであると仮定すると、ざっくり計算で2010年で16歳……つまり、1994年生まれとなります。多少の誤差があったとしても、GEシリーズを普通にプレイしていたというだけで【榊博士と同年代か、リンドウよりずっと年上】という条件には当てはまりますな。
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