──アアアアアッ!!
ヴァジュラの出没が予測されたポイントまで、あとおよそ2km。そんな場所でエリナたちは小型アラガミの群れに襲われた。
「援護する! チハルは前へ! エリナはチハルの死角を埋めて!」
「あいあい!」
「は……はいっ!」
チハルが駆けだすのに一瞬遅れて、エリナも走り出す。ヒリヒリとした戦場の空気が肌を焼き、未だに慣れない特有の緊張感がエリナの体を包み込んだ。
敵の総数は……わからない。わからないけど、目の前にしかいないことだけは確か。今だってほら、後ろから撃ちだされたオラクル弾が自分たちに飛び掛かろうとしていたそいつらを軽快に吹っ飛ばしている。
もうコレ、援護ってレベルを超えているんじゃないかな──だなんて、エリナはぼんやりとそう思った。
「よいしょぉーっ!」
轟と風を切る音。ほんの一拍ほどそれに遅れて、何か柔らかいものを叩き潰した音と、奇妙な甲高い断末魔がほぼ同時にエリナの耳に飛び込んできた。
──ガァァァァッ!!
「吠えるねえ、ワンちゃん!」
オウガテイル。小型アラガミに分類されるとはいえ、それでも2mほどの体長をもつ凶暴なアラガミだ。その大きく発達した顎と鋭い牙による一撃は見た目通りの破壊力があるし、大きな尻尾から繰り出される強力な一撃は、生半可なガードだと盾ごと吹っ飛ばされるほど重い。
自分の身長は、この極東に住んでいる人──日本人の同年代で見れば平均的だというのがエリナの認識だ。高いわけではないが、決して低いわけでもない。だから、オウガテイルと真正面から対峙した時に、その凶悪な相貌を見上げることになってしまうのも、別におかしい話ではない。
だけれども。
「どっせぇぇぇいっ!」
──すごい、なあ。
自分より年上の、されど自分よりも明らかに頭半分は小さい──十歳かそこらの身長しかないチハルが、自分の身の丈を超えるほど巨大な刀身を玩具のように振り回してオウガテイルを屠っているのは、何度見ても目を疑うような光景だった。
「エリナちゃんっ! 自分のタイミングで好きにやっちゃってっ!」
「は……はいっ!」
まだ残っているオウガテイルは全部で三匹。その三匹を同時に相手取りながらも、チハルは一切引けていない。それどころか、呆然としている自分に気を使う余裕さえ見せている。
今だってほら、そのバスターブレードを思いきり叩きつけてオウガテイルを怯ませている。神機使いに年齢は関係ないし、偏食因子が投与されている以上、見た目以上のパワーを持っているのは不思議でも何でもない話なのだが、それにしたって信じがたい光景だとエリナは改めて思った。
「ええいっ!」
「いいよぉ、その調子っ!」
なんだかちょっぴり悔しくなったエリナは、その気持ちをぶつけるように神機──オスカーと名付けたチャージスピアを振るう。未だに技術面では実戦レベルに一歩届いていないと言われているエリナだが、怯んでほぼ動けない
訓練室のシミュレーションでは決して得られない、ぐにゅりとした特有の手ごたえ。未だに慣れないその感触に少しばかり顔をしかめながら、エリナは素早く次の獲物を見定める。
──残るは二匹。二匹ともチハルが相手取っている。ならば自分がやるべきは。
「こっちは、私が!」
横からちょっかいをかけるように、チャージスピアによる鋭い一撃をオウガテイルに叩き込む。生憎すんでのところで急所から外されてしまったが、それなり以上のダメージを与えることはできたのだろう。先ほどまでチハルに向けられていたその凶悪な眼には、今はエリナだけしか映っていない。
「私だって……! 私だって、華麗に戦えるんだからッ!」
突き、突き、薙ぎ払い。
チャージスピア特有の長いリーチと機動力を活かした、ヒット&アウェイによる堅実な戦い。今のエリナにできるのは、そんな基本に忠実なスタイルだけだ。
まだ導入段階で実戦データを集積中であるこの武器は、他の武器と違って今までに蓄積されたノウハウが無い。故に実戦における最適な使い方なんてものはまだ誰も知らず、初心者がいきなり手を出すには少々敷居が高い武器だと言って良い。
しかしエリナは、設計思想に基づいて作成された戦闘スタイルのシミュレーション映像──その華麗な動きに一目ぼれした。だから自分が一番にこの武器を究めてやると誓ったし、無理を押し通して極東では初めてとなるそのテスターに志願したのだ。
「これで、おしまいっ!」
避けては突いて、避けては突いて。
何度目になるかもわからないそんな攻防の後、とうとうエリナは全力の一撃を放つ。
たたらを踏んで崩れた体勢に放った、渾身の一撃。見逃すにはあまりにも大きすぎるその隙は、誰がどう見ても勝利の確信を抱くほど致命的なものだ。
「いっけぇぇーっ!!」
それに──何故だか、体が凄く軽い。体の奥底から力が湧いてきて、今ならどんなことだってできそうな気分。
そんな風に、調子に乗っていたのがいけなかったのだろうか。
──ガァッ!!
「──え」
全力で放ったはずの一撃が、空を切る。
真正面に捉えていたはずのオウガテイルが、どこにもいない。
いや。
正面じゃない──真上にいる。
「うそ、やば──」
──アレはたたらを踏んでいたのではなくて、尻尾を使って大きく飛び上がろうとしていた。そう気づいた時には、その巨大で凶悪な大顎が面前に迫り、太陽をすっかり覆い隠してエリナを飲みこもうとしていた。
「させねえよ」
──ギャアアアアア!?
ぎゅ、と目を瞑るよりも前に。
横合いから飛んできた強力なオラクル弾が、そのオウガテイルを吹っ飛ばしていた。
「大丈夫か、エリナ?」
「隊長……」
ぴくぴくと痙攣して倒れ伏すオウガテイルに銃口を向けたまま、コウタはエリナに優しく手を差し出す。この時になってようやく、エリナは自分が腰を抜かして座り込んでいることに気付いた。
「最後はちょっと惜しかったけど、なかなかいい動きだったと思うぞ」
「……でも、隊長がいなかったらきっと今頃」
「何言ってんだ、お前はまだまだ新人で、でもってこれも俺の仕事の一つだ。それに……もし俺が居なくても、その時はチハルがどうにかしてた」
「あ」
すっかり戦闘に集中していて気づかなかったが、すでにチハルはもう一匹のオウガテイルを片付けている。いつのまにやら神機を銃形態に切り替えていて、コウタと同じように油断なくオウガテイルに銃口を合わせていた。
きっと……というか間違いなく、チハル自身は素早くあのオウガテイルを片付けて、何かあった時にいつでも割って入れるようにしていたのだろう。
そう──自分が一人でこのオウガテイルを相手取っていたわけじゃない。こんな小型のアラガミ一匹でさえも、先輩たちのお膳立てがたくさんあって、それでなお自分一人じゃ仕留めきれなかったのだ。
「……っ!」
堪らなく悔しくて、エリナは奥歯をかみしめた。何に対して悔しいのかなんて自分にもわからない。でも、そうでもしないとこの目の奥に感じる熱いものが、止めどなくあふれ出てきてしまいそうなのだ。
「え、エリナちゃん? その、私が言うのも何だけど……入ったばかりなのにすっごく動けていると思うよ? 私が入ったばかりの頃なんて、右往左往して先輩の邪魔にしかなってなかったんだから!」
「いきなり完璧に仕事するなんて無理だし、俺だって新人の内はこうやって先輩に迷惑かけまくってたからさ。お前もこれを糧に強くなって……んで、同じように後輩を助けてやってくれよ」
「……迷惑どころか、完全にお荷物ですよね、私」
「や、だからそんなことは……」
「……チハルさん、隊長に戦闘中に回収したオラクルのアンプル渡してましたよね。それに最後の瞬間……ううん、途中から、私を
「よ、よく見てるね……」
「……第二世代の神機使いの、基本ですから」
第一世代の銃型神機使いは、その弾薬ともいえるオラクルエネルギーを単独で回収することができない。故に携行品としてオラクルアンプルを持参するか、あるいは同行した剣型神機使いがアラガミから回収したオラクルを受け渡してもらう必要がある。当然、準備するのも難しく使ったらなくなってしまう携行品での回収よりも、仲間の神機使いがオラクルを受け渡すほうが推奨されている。
歴戦の猛者で隊長とはいえ、コウタはそんな第一世代の銃型神機使いだ。だから本来は、エリナの方から積極的にコウタへオラクルを受け渡さなければいけなかった。
加えて第二世代の神機使いだけができることとして、神機の連結開放がある。これをすれば部隊としての総合的な戦闘能力が跳ね上がるため、第二世代神機がある程度普及してきた今となっては、なるべく早くの神機連結開放を行うことはマニュアルにも載るほど定石として知れ渡っている。
なのにエリナは自分の事しか頭になくて、そんな基本すらできなかった。
ヴァジュラをひとりで倒して一人前になるどころか……そんな、神機使いとしての最低限すらまともにできなかったのだ。
「は、はは……ダメだなあ、私。チハルさんみたいに、なれる気がしないや……」
「な、なあチハル……! なんかエリナのやつすげーネガティブ入っちゃったんだけどどうすりゃいいんだ……!? 俺、こういうのよくわかんないんだよ……!」
「んー……まぁ、ありきたりなことしかできないけど……」
いつもとは様子の違う落ち込み方に若干狼狽えるコウタ。こういうのはむしろ年の近い同性の方が──いいや、実力がありすぎるコウタよりも自分の方が良いだろうと思い至ったチハルは、念のためもう一度オウガテイルの死体に視線を向けてから──。
「大丈夫だよ、エリナちゃん」
「チハルさん……!?」
泣きじゃくる子供をあやすように、慈愛の笑みを浮かべてエリナを優しく抱きしめた。
「大丈夫。エリナちゃんはよくやってるよ。まだ配属されて間もないのに、オウガテイルとやりあえているってだけでもすごいことなんだから。他所の支部だったら、オウガテイルの単独討伐が一人前の証だからね?」
「で、でも……! 私、戦闘の基礎でさえ……!」
「んーん。私だってそれをできるようになったのはつい最近。それが出来て初めて中堅の神機使いって言えるレベルだよ。……いきなりエリナちゃんがそこまでできちゃったら、先輩としての立つ瀬が無くなって困っちゃうなあ」
「チハル、さん……」
「あとね、ナイショだけど……」
「……?」
「──私、初めてミッションに出撃した時はちょっとその……チビっちゃったんだよね」
「え、ええ!?」
「ちなみにキョウヤくんは盛大に漏らしてたからね? もう、ズボンがびっちゃびちゃ!」
チハルの腕の中で、エリナが真っ赤になって動揺している。先ほどまでの陰鬱な雰囲気が嘘であるかのように……というか、知ってしまった衝撃の事実に情報の処理が追い付いていないのだろう。
「わ、わわ、わわわ……!?」
「……ふふっ。私が言ったってこと、内緒だからね?」
優しく摩られる背中と頭。耳元でささやかれた信じがたい事実。すでにエリナの頭の中からは先ほどの事なんてすっかり吹き飛んでいる。
「大丈夫。大丈夫だよ、エリナちゃん。お世辞でも何でもなく、エリナちゃんはよくやっていると思う。それでなお不安だっていうのなら……いくらでも訓練に付き合ってあげるし、強くなるためのとっておきの秘密を教えてあげる」
「ひ、秘密……? 本当にそんなの、あるんですか……? ……あ」
最後にもう一度優しく抱きしめて、チハルはエリナから体を引き離した。ほんのちょっぴり名残惜しそうな顔をしているエリナを見て、これで本当におしまいと言わんばかりに、愛おしそうにその頭をなでる。
そして。
「──はい、これ!」
「……え」
チハルは懐から取り出したオレンジ色のバンダナを、エリナに手渡した。
「え……これって」
「ふふふ! 良い色合いでしょ! いつものその帽子も可愛いけれど、エリナちゃんの髪ならこのバンダナが似合うだろうなって、ずっと思ってたんだ!」
「いや、あの」
「──めっちゃ強くて頼りになるコウタさんはバンダナをつけてる。ここまではいい?」
「あ、はい」
「そして、私もバンダナを着けている……ここまでも、いいよね?」
「……」
「──つまり! 強い人はみんなバンダナをつけてるってこと! だからエリナちゃんも、バンダナをつければきっとすぐに強くなるよ!」
いや、そうはならんだろ──と、黙って事の成り行きを見守っていたコウタは心の中でツッコミをいれる。なんだかとってもいい感じに収まりそうな雰囲気だったのに、結局はこのバンダナ大好き少女による布教活動でしかなかった。陰鬱な雰囲気はすっかりなくなったとはいえ、どうしていい雰囲気のままで終わってくれなかったのかと、そう思わずにいられない。
「……なんだろ、悩んでいたのが一気に馬鹿らしくなってきちゃった」
「でしょう? バンダナがあれば気分もアガるもんね! 早速効果ありってわけだよ!」
「……ふふっ、そうかもですね!」
とはいえ、エリナの表情が元に戻ったのは紛れもない事実。自分一人だったらこうも上手く立ち直らせることはきっとできなかっただろう……なんて思いながら、コウタは神機を担ぎ直した。
「よっしゃ、なんか上手くまとまったことだし仕事に戻るぞ。ヴァジュラの出現予測ポイントまでそう遠くない。しっかり気を引き締めていかないとな」
「「了解!」」
▲▽▲▽▲▽▲▽
そうして、ヴァジュラ討伐ミッションを再開したエリナたちだったが──結論から言えば、【ヴァジュラの討伐】という目的を達成することはできなかった。
「ひでーな、こいつは……」
「な……なに、これ」
「何をどうやったら、こうなるの……?」
──討伐対象であるヴァジュラは、既に物言わぬ残骸と化していたのだ。
ミッションコードは独自解釈となります。
さすがに毎回ゲームのようなオシャレな作戦名があるとも思えないので、ここでは通常業務(?)の範疇であるミッションはあっさりとした名前とし、コードによって識別している……としています。