「──いったいどうして、偽装工作していたはずの……何の変哲もない報告書をあんなにも入念に調べていたのかな? どうかそれを、我々が納得できる形で教えていただきたい」
唐突につきつけられた、その言葉。穏やかな口調の裏に確かに潜む強い意志と、ジュリウス自身でさえも気づいてしまった確かな違和感。
「ら、ラケル先生……」
「……」
例えようのない不安感を隠せずに、ジュリウスは……人形のようにその車椅子に座る彼女を、縋るようにして見つめてしまった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「え? 今からブリーフィング……ですか?」
「ああ。榊博士が何か新しいことを発見したらしくってな。関係者全員集めてくれって言われたんだよ。悪いが、ブラッドにはあんたから声をかけてくれないかい?」
「それは……構いませんが」
始まりは、一時間と少し前だった。
先日の一件があってから、ジュリウスはミッションには参加せず、ひたすらに過去の報告書を読み漁ってルーの行動形態を探っていた。
あの時のルーの行動がどこかおかしかったのは明らかで、そしてラケル以外にはルーは報告書に書いてある通りの行動しかしていない。つまり、自分たちが気づいていない何かしらの要因がラケルにあるのはほぼ間違いなく、その「何か」を明確にしない限りは、ラケルとルーを再び接触させることは絶対にできないからだ。
そう、ジュリウスは一刻も早くその「何か」を見つける必要があった。今でこそ、あまりにもショックだったのかラケルは部屋に閉じこもってぼーっとしているが、何がきっかけでその熱意が再燃……想像の斜め上を超える無茶ぶりをやらかすかはわからない。普段のラケルであれば冷静で落ち着いた人間であるとジュリウスは胸を張って言うことが出来るが、今回に限っては、何をしでかすか分かったものじゃない……とてもじゃないが庇いきれない前科があるのだから。
故に、今日も今日とてジュリウスはブラッド隊に宛がわれた部屋で資料を漁っていたわけだが。
「リンドウ殿。それは……その、ラケル先生も?」
「……ああ。むしろ、ルーに関する報告にあの博士を呼ばない理由がないだろう? あんたらはそのためにここに来てるんだから」
「……」
「まぁ、気持ちは分からんでもないが……案外、これがきっかけでまた元気になるかもしれないじゃないか。変に部屋に引きこもっているよりも、無理やりにでも引っ張り出して刺激を与える方が良いこともある……って、これはちっと無責任な発言かな?」
「いえ……そのお心遣い、感謝いたします。どのみち先生であれば同席を希望するでしょうし、下手に除け者にして後々拗ねられる方がよっぽど厄介です」
「……俺ァ、こう見えてもマジであんたには同情してるんだ。だからその……なんだ、先に謝っておくよ」
「……? いえ、元々無茶を言っているのは我々の方です。どうかお気になさらず」
リンドウからの、なんだかちょっぴり違和感のある発言。言葉通りの同情の念の裏にわずかに隠された、ほんのちょっぴりの罪悪感。気のせいで片づけるにしてははっきりしすぎているそれに、ジュリウスは内心で首をかしげながらも当たり障りのない言葉を返した。
「エイジスにいる連中にはもう連絡した。アナグラのメンバーにはこっちから連絡を入れる。そっちの……」
「ヒロ、ロミオ、ギルはレア先生と一緒にフライアの方で仕事をしています。とはいえ、ポーズのための仕事なので呼び戻すのに支障はありません。ラケル先生については今から私が」
「了解。……一応言っておくが、あんたのことを心配しているってのはマジだからな。あんま根を詰めすぎるなよ」
「はぁ……」
そう言って、リンドウが部屋から去っていく。そのことに少々いぶかしみながらもジュリウスは端末の電源を落とし、そしてラケルの部屋──ラケルが引きこもっている部屋へと歩を進めた。
「……ラケル先生、私です」
こん、こんとノックする。
部屋に気配こそあれど……返事はない。
「……失礼します」
どうせ見知った仲だ。それに、ノックはきちんとした。もしこれで部屋の中でラケルが倒れてでもいたらそっちの方が一大事なわけで、これくらいなら許される──むしろ、許されるべきだという気持ちがジュリウスの中を駆け巡る。
「ラケル先生?」
「……」
いつもの車椅子に座ったまま、朝に見かけた時とほとんど変わらない体勢でラケルはそこにいる。自分が部屋に入ってきたことにも気づいているのかいないのか、どこか遠いところを見つめたままぼーっとしている……あの日、ルーに顔を舐められた時からほとんど様子は変わっていない。
「私に先生の気持ちはわかりませんが……水分補給はされていますか? 食欲が無いのはしょうがないかもしれませんが、水分だけはきちんと取らないと」
「……」
ラケルがこんな風になること自体は、別にそこまで珍しい話ではない。どこか遠くを見つめながらぼーっとする姿をジュリウスは何度も見かけたことがあるし、話しかけても反応が悪いことだって割とよくあることだ。今みたいに、聞き取れないくらい小さな声でブツブツ呟いているのも昔からしばしばみられる……そう、ラケルの癖のようなものである。
ただ、今回はその期間が長い。いつもだったらほんの一瞬、せいぜいが小一時間程度の、集中力が維持できる時間が限度のはずなのにあれからずっと続いている……というのは少々異常と言えた。
「……ガミ。あ……が? でも、そ……は」
「……」
「晩餐には……早すぎた? いいえ、そもそも
「……」
「あんなものが……あんなものが、アラガミなわけ……」
「……」
この人は何を言ってるんだろう、とジュリウスは思った。昔からそうだが、ラケルの言葉は難解過ぎて、ジュリウスでも時々意味が分からないことがあるのだ。
「ラケル先生。さきほど、榊博士から連絡がありました。何でも、ルーに関する新たな発見があったとかで、約一時間後に執務室に集まってほしい……と」
「……新たな、発見?」
ようやく引き出せた、まともな反応。
もしかして、呆然としていたんじゃなくてあれからずっとルーに関する思考に耽っていただけなのではないか──という、あまりにも突飛な考えがジュリウスの頭によぎる。
ただ、否定できないのもまた事実。何と言っても、目の前の彼女はジュリウスと五つかそこらしか変わらない年齢でありながら、フェンリル随一の頭脳を持つと言われるほど優秀な科学者なのだから。
「ええ。私の所感となりますが、こうしていきなり呼び出したということは、それなりに重大な何かを掴めた……のかもしれません」
「……」
「どのみち、ルーに関しては彼らの方に一日の長があるのです。一人で考え込むよりも、意見を交わしたほうがより有意義な時間となるのではありませんか?」
一人で部屋に引きこもってブツブツ呟かれるよりも、誰か周りの目がある状況のほうが絶対に良い。この極東の人間ならば誰であっても気にかけてくれるだろうし、もし何かラケルが無茶をしようとしても、きっと止めてくれることだろう。
というか、そうであってほしい。これこそが、ラケルのことを真剣に心配するジュリウスの心からの本音であった。
「……あなたに諭されるなんて。時が経つのは早いものですね」
悪くない反応。普通に会話ができたというそれだけのことが嬉しくて、ジュリウスの言葉も少しばかり弾んでいく。
「私ももう、初めて会った時のような子供ではありませんからね。良いことも悪いことも経験してきたつもりです。先生が思っている以上に、私は大人なんですよ」
「……大人?」
「……まぁ、先生からしてみればいつまで経っても子供なのかもしれませんが。それに、大人なら自分で大人とは言わな──」
「……そうね。大人……たしかにそう。あの子はまだ生まれたばかり……それなのに、ヒトと触れ合ってしまった」
「……先生?」
「だからまだ……自覚が足りない? 本当の自分を……本能を、衝動を知らない? いわばまだ、未成熟の……導くべき子供ということ……なの?」
「……」
「子供……如何様にも変化し得る可能性の塊……ならば、導き、試練を与え、正しき道を示すのは……
「あの……」
変化は、実に唐突だった。
「──行きましょう、ジュリウス。何かわかったというのなら、これほど僥倖なことはありません。私たちは一刻も早く、あのアラガミのことを知って……そして、導かないといけないのだから」
もう、ラケルの目はまっすぐジュリウスを見つめている。瞳にはしっかりと意志の光が宿っていて、先ほどまでの陰鬱な様子がまるで嘘のよう。これこそがジュリウスの知っている──科学者としてのラケルであり、そしてこの状態になったラケルは、もう誰にも止められない。
「さぁ、早く。時間は有限なのですよ、ジュリウス。それに榊博士をお待たせしてしまうのはしのびないわ」
「……ええ、そうですね。ですが、御髪だけは整えさせてください。レア先生に朝に整えてもらってから、直してないでしょう? 後ろの所が少々乱れていますよ」
「私は別に、気にしないのだけれど……」
「私が気にするんです……ほら」
元の調子に戻って、果たして本当に良かったのか。一抹の不安を覚えながらも、ジュリウスはラケルの髪を整えるべく部屋の片隅に置いてあった櫛を手に取った。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「やあやあ、みんな揃ったようだね」
支部長執務室。内密に話が出来る場所がそこしかなかったとはいえ、ブラッド隊に極東の神機使いたち……あの日の歓迎会に参加したメンバーが揃っているとなっては、いくら室長執務室とはいえ手狭に感じないこともない。
しかしながら、誰もそのことについて不満を言わないのは、これから伝えられるであろう衝撃の事実が気になっているからだろう。普段は何かとエミールに噛みついてぎゃあぎゃあと騒いでいるエリナでさえ、どこか落ち着かない様子で口をつぐんで、じっとその時を待っている。
「ラケル博士も……意外と元気そうで何よりだ。食事もとっていないと聞いていたから、心配していたんだよ」
「ふふふ、御心配おかけして申し訳ありません……おかげでようやく、吹っ切れることが出来ました。……でもそう言われるとなんだか、すごくおなかが空いている気がしますね。このブリーフィングが終わったら……チハルさん、一緒に夕餉はいかがかしら?」
「わ、私ですか!?」
「……だめ?」
「だ、ダメではないですけどぉ……! わ、私テーブルマナーとか全然わかんないですぅ……!」
「ふふふ、そんなの今は良いのよ。家族で楽しむ晩餐だもの、素敵な時間を過ごすことが出来れば、それが一番なの……」
なんだか妙に元気になりすぎてしまったな──と、ジュリウスはぼんやりと考える。このバンダナの少女には申し訳ないが、これくらいであればまだ許容範囲内……いいや、きちんと人間らしく食事をしてくれるというだけの話なのだから、ジュリウスからしてみればむしろありがたいくらいであった。
「そういうわけで、榊博士。出来れば簡潔に、手短にまとめてほしいのですけれども……」
「ふむ……では、簡潔に」
あまりの物言いに、ジュリウスは内心でぎょっとする……も、榊はまるで気にした様子もない。どうやら研究者同士妙に気が合うというか。互いに通じるものが有るらしかった。
「まず、ラケル博士が顔を舐められた件だが……おそらくだが、アレは極度の愛情表現なのではないか、と私は結論付けた」
「まあ」
「ジュリウスくんに抱きかかえられていたラケル博士には、通常通りの愛情表現をすることが難しかったからね。そのうえで、ラケル博士は……おそらくこの中で誰よりもか弱い、ルーくんにとっての庇護対象だ。故に、実行できる最大級の愛情表現として顔を舐めた、というのが真実だと私は考えている」
「おいおい、本当かよ……いくらなんでも、相手はアラガミだぜ? 単純に、味見をしていただけじゃないのか?」
「あの時も言ったが、顔を舐めるというのは愛情表現としてはメジャーなものでね。かつての時代の生物……そう、犬や狼といった動物の習性としてよく知られているものだったんだ。アラガミの性質上、形態の元となった生物の習性を備えていることに不思議はないよ」
「あっ……そういえば、お父様のお友達のお屋敷に白い大きな犬がいたっけ……。その子も顔を舐めていたような……」
「えっ」
「一種のステータスとして愛玩動物を飼うことも、よくあることだったからね。……尤も、これらのことを知っているのは、この中じゃ私くらいだろうけれども」
「……やめとけって、ギル。昔のことはあっちの人たちの方が詳しいんだからさー」
「うるせえぞロミオ。お前だって昔のことは知らないだろうが」
「ははは、私は他の人よりたまたま少し長生きしているというだけの話さ。……ギルくんに限らず、疑問があれば遠慮なく聞いてほしい」
「で、では……もし、ラケル先生がまたルーと接触した時は……」
「加減を覚えただろうから、今度はあそこまでされることはないだろう。あるいは力ずくでも止めれば、【これはやっちゃいけないことだ】と学習して止めるはずさ。その程度の知能があるのは、報告書を見ればわかるだろう?」
「……確かに」
一時間と少し前までは抱えていたはずのジュリウスの悩みの種が、あっという間に解決した。明らかに敵対行動にしか見えない【顔を舐める】という行為にそんな意味があっただなんてジュリウスは知らなかったし、かつての時代の生き物の習性なんて知っているはずがない。その概念すら知らないのであれば調べるということも無理なのだから、一人で悩んでいたらいつまでもたっても答えに辿り着けなかった可能性さえある。
そして……やはりというか、榊は根っからの研究者だ。その知識量はジュリウスとは比べ物にならない。同じ一つの事象を見ているはずなのに、ジュリウスでは想像すらできない角度から、ジュリウスでは見いだせなかった事実を当たり前のように見出している。
「今回の結果より、ルーくんには明確に人の状態を見抜く力があると推測される。ジュリウスくんに抱きかかえられたラケル博士を荷物ではなくヒトであると明確に認識し、そしてラケル博士がか弱い存在であることを見抜いたからこそ、今までにない愛情表現をして見せた。いったいどうやってそれを判断しているのか、はまだわからないが……おそらく、感応現象の通じやすさで判別しているのではないか、と思われる」
「感応現象の、通じやすさ……? それは例の、ユーバーセンスのように扱っているという、あの?」
「うむ。端的に言うと、感応現象の通じやすい、すなわちオラクル細胞を持っている存在は【強い】、そうでない存在は【弱い】と判断している……のかもしれない。あとは視覚や嗅覚による判断も複合しているだろう。今後の検証は必要になるが、ルーくんはラケル博士のことを【一人で歩けないほど弱っている】と判断したのではないだろうか?」
「なるほど……確かに、知能確認訓練においても非神機使いと神機使いに対するリアクションは明確に異なりますし、視覚判断については足を痛めたチハルという実例がある……頭部の負傷による出血もあったのだから、嗅覚による判断もしていた可能性が高い……」
「……随分資料を読み込んでいるようだね、シエルくん」
「それはもちろん。これほど重要な案件ですし、事前の共有情報は可能な限りインプットしておくべきですから。……尤も、この前の歓迎会の後から確認し始めたので、まだ完璧とは言い難いのが現状ですが」
「……ねえヒロ、関連資料って読んだ? 私、ほとんど見てないんだけど」
「安心して、ナナ。俺も概要しか見てない」
できれば、そういうことはもっと小さな声で言ってほしい。あと、「俺も俺も!」って笑顔で追従するのも止めてほしい。あれだけの量の資料をこの短時間で細部まで読み込めないのはしょうがない……それこそシエルくらいしかできないことだったとしても、せめてギルのように、他所の人の前では黙って体裁を繕ってほしいというか、あまりに恥ずかしい真似はしないでほしい。
ぼんやりと、そんな風に考えてしまって。
「資料の読み込みと言えば……ジュリウスくん」
「はい?」
「キミにちょっと聞きたいことが……いいや、ラケル博士の方が詳しいのかな」
気を緩めてしまったのが、ジュリウスの失敗であった。
「──いったいどうして、偽装工作していたはずの……何の変哲もない報告書をあんなにも入念に調べていたのかな? どうかそれを、我々が納得できる形で教えていただきたい」
「……っ!?」
唐突につきつけられた、その言葉。穏やかな口調の裏に確かに潜む強い意志と、ジュリウス自身でさえも気づいてしまった確かな違和感。
そう……自分たちがこのアナグラに来ることになった発端。ヒトと友好的で、ヒトと意志の疎通が出来るアラガミというとんでもないイレギュラーを巧妙に隠した──偽装工作された報告書。この報告書の偽装工作をラケルが見破ったからこそ、開示請求という逃げも隠れもできないやり方を通して実際にそのアラガミを……ルーを見ることが叶ったわけだが。
そもそもとして。いったいどうして、ラケルは何の変哲も無いはずの報告書を読んでいたのか。あの時ジュリウスは一切気づかなかったが、どうしてラケルは極東のよくあるつまらない報告書を読み漁っていたのか。
何らかのきっかけがあるはずなのに……ジュリウスにはその「何か」を知らされていない。ラケルには何か、未だに隠しているものがある。
そしてそれが良いことなのか悪いことなのか、ジュリウスにはまるで判断が出来なかった。
「ら、ラケル先生……」
「……」
例えようのない不安感を隠せずに、ジュリウスは……人形のようにその車椅子に座る彼女を、縋るようにして見つめてしまった。
「……やっぱり、発端はラケル博士のようだね」
「……」
「ジュリウスくんの今までの態度を見て、どうにも腑に落ちなかったんだが……今ので確信したよ。
既に榊は、ジュリウスのことを見ていない。今回の件を主導したのがラケルであるということに確信を抱いたのだろう。実際、ジュリウスがやったことと言えばラケルの思考の整理のための話し相手になり、そして名前を貸したくらいで……最初から最後まで、自分から動いたということは無かった。
それどころか、ラケルがどうしてこんなことをしたのか……という本来真っ先に考えるべきそれさえも、まるで気にしていなかったのだ。
「さあ、答えてもらおうか」
ジュリウスは動けない。そんな資格はどこにもない。そしてそれは他のみんなも──レアも、シエルも、ヒロも同様だ。レアはおそらくジュリウスと同じ思考の袋小路に陥っている……それどころか、ラケルと「共犯者」である自分がこんなにも狼狽えているのを見て内心では余計に混乱しているであろうし、シエルだってある程度の事情を類推していそうな気配はあるが、だからこそ余計な真似をすることが出来ずに動けない。そしてヒロ、ギル、ロミオはそもそもとしての事態を理解できていない。
もちろん、アナグラのメンバーが助け舟を出してくれる……なんて都合のいいことがあるはずもない。というか、パッと見る限りほとんど全員がヒロたちと大差ない表情をしている。
──先に謝っておくって、こういう意味だったのか……。
心の底から申し訳なさそうな顔をしているリンドウを見て、ジュリウスは今自分が置かれている状況をほぼ正確に理解してしまった。
「それとも何か、我々には言えない事情があるのかな?」
「……」
優しげで、しかしそれでいて毅然とした榊の言葉。
そこに込められた意志は強く、有耶無耶にして誤魔化すことなんて決してできないというのは、火を見るよりも明らかだった。
「ラケル、先生……」
「──お答え、しましょう」
いつもよりも儚い雰囲気で、ラケルがくすくすとほほ笑む。
──どういうわけか、ジュリウスの背筋がぞくりと粟立った。
「──私の研究者としての本分を、お忘れですか?」
「………………あっ」
緊張感で静まり返った執務室に響く、榊の間の抜けた声。
そのことに気を良くしたのか、ラケルは口元に手を当ててわざとらしく笑う。そして、母親がいたずらをした子供を優しく叱るような口調で、はっきりと宣言した。
「それでは──僭越ながら、無人神機兵の運用とその課題についての講義をさせて頂きますね」