──なんだか妙なことになっちまったな。
それが、嘘偽りのないリンドウの本音だった。
「神機兵とは何か……まずはそこからになりますが、端的に言えば人型神機と呼べる存在です。神機使いに代わるアラガミへの対抗手段であり、これの運用が実現すれば、神機を封じる感応種にも対抗できますし、赤い雨が降っていようとも活動に制限はされません」
つい先ほどまでは、榊がラケルを追い詰めていたはずだった。ラケルの明らかな不審な行動に対して、みんなの前で堂々と問い詰めることでその事実を白日の下に晒すことが出来るはずだった。そうでなくとも同じブラッドのメンバーから不審に思われることは間違いないし、何やらキナ臭くて後ろめたい事実があるのは間違いない──フェンリル関係者なら絶対誰しも抱えているそれを突いて、こちらが有利に話を進めることが出来るはずだった。
なのに、どうだ。
「この神機兵ですが、その運用方法で大きく二つに分けられます。私と九条博士が開発を担当している無人神機兵と、お姉様が開発を担当している有人神機兵です」
いったいどうして、神機兵の講義が始まっているのだろうか。
「有人神機兵については、今回の本題……【どうして私が極東の報告書を読んでいたのか】という疑問に対しては関係ないので割愛させて頂きますが」
「……う、うむ」
こちらの旗色はかなり悪い。榊が何か大きなミスをしたのは間違いないし、この場の主導権は間違いなくラケルが握っている。
ついでに言うと、ラケルの方が話がわかりやすいし【分かっている】。少なくとも榊は、こんなふうに話を最初から割愛してくれることなんて滅多にない。それだけでもう随分と好感が持てる……と、リンドウはどこか他人事のように思った。
「無人神機兵ですが、これは文字通り、神機兵を無人制御する運用です。こちらはアラガミ討伐における人的被害が無くなるというのが最大のメリットです。……わかりますか? もう、ケガをすることも、毒に侵されることもない。仮に神機兵がアラガミに破壊されたとしても、誰も傷つかない……誰も殺されないのです」
【人にやさしい】最先端の兵器と言ってもいいかもしれませんね──と、ラケルは穏やかに笑う。その隣では、耳が痛いわね──と、レアがなんとも言えない表情で苦笑いをしていた。
「無論、無人制御にも問題が無いわけではないです。その最たるものが、自立制御の明確な目途が立っていないことでしょうか。九条博士が尽力して下さっていますが、技術的にかなり難しく……そして、アラガミの行動は有機的でどこまでも進化し続けます。事実として、極東のみなさんから頂いたアラガミの行動原理のデータが無ければ……いいえ、それがあっても、まともな戦闘を行えるようにするにはまだいくらかの課題が残っています」
既に、この場にいる全員がラケルの話に聞き入っている。そうなっていないのは、【反撃】を喰らっている榊と、そもそもそんな余裕なんてなかったであろうジュリウス、そして最初からまともに話の聞く気が無い
「さて。そんな無人神機兵ですが、強みでもあり弱みでもある特徴があります。それが──神機兵同士の、高度な連携です。人間ではなく、機械だからこそ実現する超高精度の作戦行動の有益性はもはや語るまでもないと思いますが……」
ちら、とラケルは部屋の中にいる人間を見渡す。
ロミオはさっと目をそらして。
ナナはぶんぶんと顔を横に振った。
元々あまり期待はしていなかったのだろうか、どこかそわそわしているシエルを目で優しく抑えてから、ラケルは続けた。
「……ただし、これらは神機兵同士および作戦本部との通信が遅滞なく、正確に行われているという前提が必要です」
「「……あっ」」
部屋に響いた、いくつかの声。
ここまで言われれば、リンドウだって気づいてしまう。
そう、この無人神機兵の強みであり弱み……その、弱みとは。
「通信障害は、天敵ってことか……!」
無人神機兵はコンピュータ制御であるという特徴を生かし、人間にはできない高度な連携行動を可能とする。しかしそれらは、神機兵の個体ごとによる相互での通信と、作戦全体を統括・指揮する作戦本部との通信が成立していないと成し得ないものだ。無人神機兵単体での運用もできないわけではないが、それではオペレーターによる支援を受けられない神機使いをひとりで孤立させるのと何ら変わらない。
すなわち……通信障害が起きた瞬間に、無人神機兵の戦力としての価値は激減してしまうのだ。
「もちろん、EMS*1も含めた既存の一般的な通信障害対策は行っているつもりです。ですが、あらゆる意味で多様性に溢れるこの極東では、事実として最新の設備を導入していても通信障害が発生している。だから私は、FMEA*2も兼ねて対策のために極東での通信障害の事例を調査して……そして、奇妙な事例に気付いたのです」
「それってルーのジャミングのことか……! 確かにあの時の通信障害の原因はルーだったもんな……!」
思わずといった様子で、コウタが口に出す。それに気を良くしたのか、ラケルはくすくすと上品に笑いながら榊を見つめた。
「その通り……藤木隊長が仰った通り、まさかと思って報告書類を調べたら、【スプリング・フェスティバル】にはしっかりと【ジャミング】と書いているではありませんか」
「……」
「思えば、本当の意味で確信を抱いたのはあの時かも」
「……」
「あとは、関連書類やほかの状況証拠から推定される事実をつなぎ合わせれば──自ずと、その【真実】は浮かび上がってくる。
「……」
「今まで見たことが無いくらいに高度な偽装で、とても勉強になりましたわ」
ラケルは神機兵の無人制御の研究をしている。
その無人制御の天敵は通信障害である。
だから、その対策のため通信障害に関する報告書を片っ端から読み漁り……そして、例の報告書に辿り着いた。
「さて。少々長くなりましたが、これこそが私が報告書を読んでいた理由になります……こちらの答えで、満足して頂けましたか?」
穏やかで優しげな言葉。しかしながら、その口調には有無を言わせない迫力がある。もしこれで「満足しない」なんて言ったとしても……いいや、そんなことなんて絶対に言わせないという確かな気迫が、ラケルの言葉には込められている。
対する、榊は。
「──いやはや、言われてみればその通りだね。私としたことが、すっかり失念していたよ」
意外なほどあっさりと、その事実を認めてしまった。
「あら……意外ですわね。てっきりもう少しくらいは、
「完全にこちらの早とちりだったからね……。あんな風に開示請求をされたものだから、こちらも内心ではピリピリしていたのだよ」
「うふふ、それを言ったら……あんな風に報告書を偽装する人たちがどんな人なのか、私も内心ではずっとドキドキしていましたわ」
「……とてもそうは、思えないがな」
突如割り込んできた声。
先ほどまでは黙って話を聞くばかりだったソーマが、腕を組みながらはっきりと告げた。
「報告書を偽装する悪党どもがいるここに、あんたは単身で乗り込んできた。あれだけデカくておっかないツラをした
「……」
「まさしく、心臓に毛が生えている。儚げな御令嬢──みたいに澄ましちゃいるが、そこらの神機使いよりよっぽど肝が据わっている……いいや、俺と同じで、混ざって壊れた匂いがする。……あんたはどうも他人な気がしない」
「ふふっ、光栄ですわ……ですが、
「……すまない、冗談だ」
「まあ」
怒ってはいない。顔は笑っている。そして事実として、口調も優しげでまるで母親のように慈愛の雰囲気に満ちている。
なのになぜか、リンドウは……ラケルのその様子に、どこか薄気味悪いものを感じずにはいられなかった。
「随分とつまらない冗談を仰るんですね……もしかして、それが原因で」
「……」
「お相手に月まで逃げられてしまったのですか?」
「……っ」
「冗談です」
その言葉の意味を、その裏に隠された真意を理解できたのは、果たしてこの部屋に何人いることだろうか。ただの意味深なやりとり……意味深どころか、傍から見ればまるで意味の分からないラケルのその言葉は、しかしリンドウたちにとっては言葉にできないほどの衝撃となる。
幸いなのは、ジュリウスを始めとしたラケル以外のフライアメンバーはその意味することを理解していないという所だろうか。何を言っているのかわからないと言わんばかりの困惑とした表情を隠せておらず、そしてそれは、クレイドル以外の極東メンバー……三年前のあの出来事を知らない極東メンバーと同じ表情であった。
「……あんた、どこまで」
「さて、なんのことやら……ですが、こんな冗談を言う方がいるんですもの、警戒する気持ちがあっても不思議は無いでしょう?」
「……」
「この小さな胸が張り裂けそうになるくらいには、本当にドキドキしていましたわ……」
わざとらしく両手に胸をあてて、そしてラケルはにっこりと笑う。どこか忌々しげな表情をしたソーマは、何も言い返せずに黙ることしかできない。
この時点で、【極東には何か後ろめたいことがある】……と、ブラッドの面々はそんな印象を抱いてしまう。何やら明らかな隠語でやりとりしているが、少なくともこうしてソーマが言い負かされた以上、それに足り得る「何か」があることには間違いないのだから。
そして。
「しかしながら、そちらも」
「……はい?」
ここにきて、何やら思案した様子の榊が口を開いた。
「──昔からお人形遊びを嗜んでいるようじゃないか。少なくとも五、六体くらいは内緒のお人形をお持ちであると見える。それも随分、高価なお人形のようだね」
「……っ!」
例の裏金のことだろうな──と、リンドウはあたりをつける。証拠なんてどこにもないのだが、こちらから突ける向こうの粗なんてもはやそれくらいしか残っていない……少なくとも、リンドウが知っている限りではもうそれしかないからだ。
ちょっと不思議なのは。
「そ、それは……っ!」
その言葉で見るからに動揺したのは、ラケルではなくレアのほうだったというところだ。
「アレは別にそんなつもりじゃ……いえ、違くて──」
「お姉様」
レアの言葉をぴしゃりと遮って。
そしてラケルは、穏やかに笑いながら榊に語り掛けた。
「あらやだ、榊博士ったら……そちらは、マグノリア=コンパスに持って行ったものじゃないかしら?」
「だろうね。しかし、子供が遊びで使うお人形にしては少々高額じゃないかい?」
「うふふ。最近のお人形って意外と高いんですよ……でも、子供の健やかな生活には必須なものです。だからこそ、私が用立てる必要があったのですよ」
「ははは、そういうことか……それは知らなかったよ」
「うふふ、榊博士でもわからないことってあるんですね」
「ははは」
「うふふ」
榊とラケルは、和やかに笑いあっている。一方で、レアのほうは顔面が真っ青になっている……というか、もはや土気色を通り越して死人のような顔色だ。リンドウからもはっきり見て取れるほどに額に冷や汗が浮いて出ているし、先ほどから落ち着きなくそわそわと体を揺らしている。
どうやら向こうも、まさか裏金についてこの場で言及されるとは思っていなかったらしい。そしてこの様子を見る限り、裏金についてはレアが主体で、そして知っているのはあくまでラケルとレアの二人だけなのだろう。
──よくわからんけど、裏金を養護施設の運営に回してたってことか?
会話の内容から何となく察せたその事実。それくらいなら別にいいじゃねぇかと、リンドウとしてはそう思わないこともない。
「あの、その……!」
「……うん?」
なんだか妙に膠着してしまった空気を打ち消したのは、今までのやり取りをはらはら、あるいはおろおろしながら見守っていたチハルであった。
「その、私、正直難しいこととかよくわかんないんですけど……! その、もしかしてお二人はケンカ、してるんですか……?」
今にも泣きそうな、潤んだ瞳。この後聞かされる答え如何によっては、その大きな瞳からポロポロと涙がこぼれるのは疑いようがないだろう。今この瞬間でさえチハルの声は震えているし、なんというかこう、不安げなその声音が余計にそんな印象を強くさせてしまっている。
さらに言えば、チハルは年齢の割には体がかなり小さい。だからなんだか小さい子供を虐めてしまったかのような気分になってしまうし、そしてリンドウもいまや立派な一児の親である。昔はまだしもこの手のことに耐性はあったが、最近はすっかり弱くなったという自覚があった。
そしてそれは、どうやらバチバチにやりあっていた二人にとっても同じだったらしい。
「いやいや、そんなことはないよ」
やっちまった──と言わんばかりの榊が、バツの悪そうな笑みを浮かべて。
「ごめんなさい、私も冗談を言いすぎてしまいました──つい、楽しくなってしまって」
そしてラケルも、今度こそ普通の……誰から見ても慈愛に溢れる、優しそうな笑みを浮かべた。
「け、喧嘩なんてしないですよ、ね……? み、みんなで仲良く……仲良くいっしょに、やっていけるんですよね……?」
「ああ、もちろんだとも。所属こそ違えど、我々は同じフェンリルだ。その究極的な目標……すなわち、アラガミから人類を守り、平和な世界を築くというそれは同じだよ」
「ほら、こっちにいらっしゃい……チハルさん」
チハルは動かない。いや、動けない。
それを理解したのだろう。ラケルは自らその車椅子を動かし、チハルの前に赴く。
そして。
「もう、ホントに酷い顔……女の子がこんな顔しちゃ、ダメよ?」
「わぷ」
にこりと優しく微笑んだラケルは、チハルの頬を両手で優しく包んだ。
「ごめんなさいね。あなたを不安にさせるつもりはなかったの。私はただ、榊博士と本音で話し合いたかっただけ……そして、榊博士もそれは同じ。私たち、仲良しですよ……ね、博士?」
「うむ。少々驚かせてしまったかもしれないが、研究者としてはこれくらいのやりとりは普通なのだよ。それに、どんなに意見が対立したとしても、それはあくまでその時だけのもの。議論が終われば元通り……そのまま一緒にランチに行く、というのが普通さ」
「……ほんと?」
「ええ、本当よ。私があなたに嘘をついたことがありますか……?」
そもそもろくに喋ったことがないだろ──というツッコミを、リンドウはかろうじて飲み込んだ。
「信じられない? そうね、例えば……私とお姉様は、神機兵の開発という観点で見ると、運用方法の違いという意味で対立しているわ。商売敵というか、政敵と言ってもいいくらい」
「……え」
「でも、私とお姉様は仲良しよ? これなら信じられる?」
有人制御か無人制御か、最終的に量産採用されるのはどちらかでしかないもの……と、ラケルは何でもない事のように笑う。当然、採用された方には莫大な権益とそれに見合った名誉が贈られるが、採用されなかった方は何も得られない……今までの努力が、全て水の泡となりかねない。
だが、ラケルとレアは紛れもなく仲の良い姉妹だった。元々姉妹として仲が良いというのはもちろん、やり方が違うだけで、二人とも目指しているところは同じなのだから。
「じゃ、じゃあ……! ケンカしてないってことは、このまま仲良くできるってことだから……つまり、その……」
「うふふ。緊張しなくていいの。落ち着いて、ゆっくり聞かせて……?」
「……ルーちゃんのこと、内緒にしてくれる?」
ラケル──というか、フライアのそもそもの訪問目的。それは、極東支部が秘密裏に確保したらしき白いアラガミを確認することである。そして、その白いアラガミは秘匿されていた……つまり、フェンリル本部には報告されていないわけで、だいぶ黒よりのグレーでこそあれど、本来であればきちんと報告しないといけないものである。
そう、ルール的には一応罰則はない。
が、真っ当に考えたら報告すべき。
すなわち、アナグラはこの時点で深く言及されると言い逃れが出来ないことをしている。チハルがお願いしているのは、これをどうにか見逃してくれないか……ということだ。
「……それは、できません」
ラケルの口から紡がれたのは、そんな言葉だった。
「大人として。規則を破るようなお願いに【はい】と答えるわけにはいきません……この件は、きっちりフェンリル本部に報告します」
今度こそ、チハルの目から涙が溢れそうになる──その前に。
今までに見たことが無いくらいに穏やかに笑った──なぜだか、リンドウにはそれが
「ですが……中途半端は良くないですよね?」
「う、あ……」
落ち着かせるような声音。ぽん、ぽんとラケルがチハルの背中を優しく叩いている。
「フェンリル本部には、しっかりきっちり調査をしてから報告することにします。……綿密な調査となるとかなりの時間を要することになりますが……それにどれだけの時間がかかるかは、私でもちょっとわからないですね」
報告はする。
が、すぐにするとは言ってない。その調査にどれだけの時間がかかるかわからない……すなわち、いつ報告できるかはまるでわからない。
ラケルが言っているのは、
「うぁぁん……! ラケル博士ぇ……!」
「ああもう、涙でぐしゃぐしゃ……女の子がそんな顔しちゃダメって、さっき言ったばかりでしょう?」
「うう……!」
自らの服の袖で──袖が汚れることを気にした様子もなく、ラケルはチハルの涙を拭いとる。その様子はまさしく聖母のようで、ついさっきまでドロドロとした大人同士の陰険なやり取りをしていた人物であるとは、リンドウにはどうしても思えなかった。
「……いいのかね? それについては、他の
「まあ、榊博士ったら。先ほどご自身で仰っていたではないですか。我々の目指す場所は同じであると」
「……」
「であれば……私がこの結論に至るのも、不思議は無いでしょう? それに、余計な口出しをされたくないというのは、現場を知る人間としては同じ思いですから」
「……それもそう、か。どうやら私は、少しあなたのことを誤解していたのかもしれない」
「あらやだ……本当にそれは、誤解なのでしょうか?」
「……」
「冗談です──私も、同じ気持ちですよ」
その言葉を最後に、執務室の中の空気が見るからに弛緩していく。二人から発せられていた重圧のようなものが確かに霧散して、今まであったはずの息苦しさが確かに無くなり、そして心なしか、部屋が少しばかり明るくなったような気さえした。
未だ残っているのは……ラケルの腕の中で静かに泣いている、チハルの声だけだ。
「……ひとまず、この場は一旦お開きにしませんか? 随分長くなりましたし、話したいことは大体共有できたでしょう? それに、この娘もこんな状態ですし」
「そうだね……すまないが、チハルくんのことを任せても?」
「ええ。……ふふ、こう見えてもこの手このことには慣れているんです。おっかないおじいちゃんに任せるよりも、自信はありますよ」
「おじいちゃん……いや、計算上は無くはないのがわかっているが、一応これでもキミたちの御父上よりも6つほど年下のはずなんだがね……キミたちからしてみれば、大して変わらないか」
「「えっ」」
「……年の割には老けて見えると、よく言われるよ」
そんな何とも言えない空気のまま、ひとまずその場はお開きとなる。
長い長い【話し合い】の空気に疲れたのだろう。コウタやエリナはぐっと大きく伸びをしているし、キョウヤはエミールともう夕餉の話をしている。気を抜いているのは極東の人間だけでなく、この場をなんとか無事に乗り切れたジュリウスはほっとした様子を隠そうともしていないし……そしてブラッドの面々は何かを聞きたそうにしながらも、空気を読んでラケルに続いて部屋を退室していく。
当然、チハルはラケルに引き連れられたままで、そんなチハルを……より正確に言えば、まるで我が子の手を引くようにチハルの手を握るラケルのことを、アリサが女の子がしちゃいけない表情で見つめていた。
「……まぁ、なんにせよ無事に終わったってことなんだよな?」
なんとなく口から漏れ出た、そんな言葉。
誰かに問いかけるというよりかは、自分自身に言い聞かせるために……それを実感するために呟いたはずのリンドウのその言葉は、榊にはしっかりと聞こえていたらしい。
「それなんだがね」
「うん?」
「このあと、反省会も兼ねて晩酌を行いたいんだが……」
「…………」
「付き合って、くれるね?」
絶対嘘だ。
反省会を兼ねた晩酌じゃなくて、申し訳程度の酒が付いてくる反省会だろう。
今のリンドウには、はっきりとそのことが理解できる……も、断るわけにはいかない。できることなら全力でお断りしたいというのが本音であるが、そうもいかないというのが組織人としての辛いところであった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
大きな大きな満月が昇り、夜の静寂が世界を満たす頃。
「──大成功だったね」
「──やられた」
別々の場所で呟かれた、その言葉。一方は満足そうに頬を緩め、そしてもう一方は、背筋がぞっとするほど心を荒ぶらせながら。
「──彼女は嘘をついている」
「──たった一言で思考を誘導された。そのことに
世界を護ろうとする叡智と、世界を喰らい尽くそうとする奸智。まったく真逆の彼ら二人が口にしたのは……奇しくも、全く同じ人物の名前であった。
「──コウタくんの、ファインプレーだ」
「──藤木コウタ……! やはり彼が、最も警戒すべき人物だった……!」
・ゲーム本編にて、ソーマはラケルせんせーから『そんなんだからお相手に月に逃げらたんでしょ(意訳)』って言われてしまったわけですが、あれはマジでソーマが悪いと思うの。初対面かつ普通に真っ当に挨拶をしていたラケルせんせーにあんな「冗談」なんて言ったら、そりゃまあ嫌みの一つも言われますわっていう……。
・GEB時代の榊博士、ああ見えてまだ40代なんだって知った時はびっくりした。