GOD EATER:救雷の神鳴   作:ひょうたんふくろう

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62 綻びの機知

 

「──大成功だったね」

 

「ちょっと待て」

 

 支部長執務室。つい数時間前まではこの部屋にあんなにもたくさんの人間がいて、そしてあんなにも張り詰めた空気で満ちていたのに……今この場には、配給の缶ビールを片手に持ったリンドウ(じぶん)と、そして相も変わらず胡散臭い笑みを絶やさない榊しかいない。

 

 何よりおかしいのは、ほとんど勘違いで相手に突っかかり、そして見事なまでの【反撃】を喰らったはずの榊が妙に上機嫌でいることだろう。もちろん、榊が酔って上機嫌であるということもないし、リンドウの勘違い……リンドウがたった一本の缶ビールで正常な思考を保てなくなるほど耄碌しているというわけでもない。

 

 それが意味することは、つまり。

 

「なぁ、榊博士……さっきの、アレは」

 

 素面で聞いてたら身も心も持たないと踏んだリンドウは、自分を勇気づけるようにそのビールを一気に呷った。

 

成功(・・)だったってのか? 俺には、思いっきりやり返されたようにしか見えなかったんだが」

 

「ああ。百点満点の結果ではないものの、私個人としては……そうだね、九十点くらいは貰ってもいい結果だと思ってるよ」

 

「マジかよ……」

 

 数時間前。榊はまさにこの部屋で、【いったいどうして何の変哲もない報告書をあんなにも入念に調べていたのか】とラケルを問いつめた。アナグラのメンバーも、フライアのメンバーも出そろっている……つまり、逃げも隠れもできない状況で、真正面から堂々と切り込んで見せた。

 

 が、必殺の一撃となるはずだったその質問は──【自分が開発を担当している無人神機兵の欠点の対策法の調査をしていたためだ】という、至極真っ当で順当で当然な切り返しにより、見るも無残に返り討ちにされてしまった。少なくともリンドウにはそう見えたし、そして事実として、あの場にいた人間の全員がそう思ったことだろう。

 

 そう。

 

 あの場の主導権を握っていたのは確かにラケルで、やりこめられたのは間違いなく榊の方だ。

 

 なのに榊は、大成功だと言っている。

 

「一体何が大成功だったってんだよ? ……結論から、短く簡潔にまとめて教えてくれ」

 

「──彼女は嘘をついている」

 

 いくらなんでも、それはあまりに端折りすぎてはいないか──と、リンドウは心の中で呟く。どうせ今回もまた長話に付き合わされるのはわかりきっていることなので、再びビールで喉を潤してから、視線だけで続きを促した。

 

「正直に言うと……薄々キミも察していただろうが、ある瞬間までは私は『やってしまった』と思っていたよ。自分の考えに囚われすぎて、それ以外のことがまるで見えていなかった。常に物事は客観的に、俯瞰的に捉えるべきだ……なんて自分自身に言い聞かせているつもりで、全然それが出来ていなかった。……言い訳でしかないが、考えることそのものにのめり込みすぎていた」

 

「……」

 

「だけど、あの時……あの一言のおかげで、彼女の【壁】が崩れた。それが無ければ、完全に私の負けだった。はっきり言って、今回の功績の九割九分は私ではなく──」

 

 楽しくて楽しくてたまらないとばかりに、榊はにっこりと笑ってその名を口にした。

 

 

 

「──コウタくんの、ファインプレーだ」

 

 

 

「……えっ?」

 

 唐突に出てきたその言葉。あまりにも意外過ぎるその名前。リンドウの口から思わず声が漏れたのも、ある意味ではしょうがないことなのだろう。

 

「待て待て待て……なんでそこでコウタの名前が出てくる? あの時喋ってたのなんて、ほとんど榊博士とラケル博士……精々がソーマと、おまけしてチハルくらいだろ?」

 

「たしかにそうだが、コウタくんも話していたじゃないか」

 

「話したっつっても、ほんの一言くらいだったろ? それだって……」

 

 

 ──それってルーのジャミングのことか……!

 ──確かにあの時の通信障害の原因はルーだったもんな……!

 

 

 ただの肯定の言葉。それも、榊ではなくラケルの言葉の肯定なわけで、決して榊への援護射撃には成り得ない。ついでに言えばその内容もただの事実の確認でしかなく、既にあの場にいた全員が知っていることを改めて口にしただけに過ぎない。

 

 これのどこが【ファインプレー】となるのか。どれだけ考えても、リンドウにはさっぱりわからなかった。

 

「コウタの言葉の何が──」

 

「あの時。ラケル博士は……コウタくんの言葉を肯定して(・・・・・・・・・・・・・)、確かにこう言ったね」

 

 リンドウの言葉を遮るように──というよりも、言いたくて言いたくて堪らなかったのだろう。そんな様子を隠そうともせずに、榊は上機嫌に告げた。

 

「『まさかと思って報告書を調べたら、【ジャミング】と書かれていた』……と」

 

「それがどうしたんだよ? ここ最近の通信障害の原因はルーのジャミングだったってのは、もうみんな知っていることじゃないか」

 

 

 

 

「通信障害の調査をしていたのに、どうしてアラガミの調査結果を読んだのだろう?」

 

 

 

 

 一瞬何を言われたのか、リンドウは理解が出来なかった。

 

 より正確には──本当だったら気づかなければいけなかったその事実を、少し前であれば当然の常識として認識出来ていたはずのそれを全く疑っていなかった自分のことを、リンドウは信じることが出来なかった。

 

「通信障害がルーくんのジャミングであったのは紛れもない事実だ。だけど、通信障害の原因調査をしていてアラガミの調査報告を読むということは本来ならあり得ない」

 

「……普通だったら整備班の報告書を見る。結果としてアラガミが原因だったとしても……神機使いが書いた任務の報告書は、読まない。そんなもの見てもまともな答えが書いてあるわけがないし、時間の無駄だ」

 

「そうだね。そもそも……アラガミのジャミングは、通信設備の不良を起こすものでも、通信障害を引き起こすものでもない」

 

「……」

 

「アレは、神機使いの感知能力が一時的に乱されることによって結果としてそうなるというだけのものだ。ジャミングという名称こそ使っているものの、厳密には知覚機能障害とでも言うべきものだね」

 

 そうだ。

 

 だから、アラガミによってジャミング状態にされても、アンチジャミング剤を服用すれば直ちに解除できる。

 

 だから、アラガミによってジャミング状態にされても、神機や通信設備そのものの修理やメンテ、再調整の必要はない。

 

 ジャミングというのはあくまで神機使いから見た場合の現象で、作戦本部の人間からしてみれば、通信障害でも何でもない。レーダーを使えなくなった神機使いが戦場にいるというだけで、それ以外の情報……音声や、バイタルなどの腕輪からの情報については普通にやりとりできているのだから。

 

「本来の、工学的な意味でのジャミング……レーダー波に対する電波妨害と、アラガミのジャミングは明確に異なる。……異なっていた、というのが正しい表現になるかな」

 

「今までそんなアラガミはいなかった……! 工学的なジャミングをしたアラガミは、ルーが初めてだ……!」

 

 アラガミのジャミング。そして、ルーがしているジャミング。通信障害を引き起こしたのがルーのジャミングであるのは紛れもない事実で、そして実際、例の報告書にもルーがジャミング領域を展開できることも書かれている。

 

 しかし。

 

「ルーの存在を知らない人間が、通信障害でアラガミのジャミングを調べるはずがない……! あの時点のラケル博士じゃ、絶対にするはずがない行動だ!」

 

 ルーのジャミングと従来のジャミングは名称こそ同じであれどその本質は全く異なる。ルーの存在を知らないはずの人間が、工学的なジャミングに関する調査でアラガミの生態に関する記述を読むことなんてありえない。

 

「あの報告書には閲覧制限がかかっていた。目次に【ジャミング】とは確かに書いてあるが、普通だったらコクーンメイデンのジャミングのように個人に対して行われる知覚機能障害だと受け取るはずだ」

 

「……」

 

「それに、彼女も言っていただろう? 神機兵であれば、ケガをすることも毒に侵されることもないと。当然、神機兵はジャミングにはかからない……神機兵に搭載されているレーダーやセンサは、アラガミのジャミングの影響はうけない。少なくとも、従来知られているアラガミにそんな能力を持つものはいない。つまり、それを調べても何の意味もない」

 

「そんなの、専門家であるあの博士自身が一番よくわかってるはずだ……! 本来調べるべきはもっと別の場所なのに、コウタの言葉を肯定してあんなことを言ったのは……!」

 

「最初から、ルーくんが工学的なジャミングを出来ることを知っていないと出来ないことだ。既にルーくんのことを知っている【今】であるからこそ誰も違和感を抱かなかったが……あの理由そのものが、時系列的に考えるとありえないんだ」

 

「じゃあ、コウタのファインプレーってのは……」

 

 思わず漏れ出たリンドウのその言葉。悪戯が成功した子供のように、榊はにっこりと笑った。

 

「ラケル博士からあの言葉を引き出したこと。(われわれ)からの絶好のキラーパスに思わず彼女は乗ってしまったが、彼女はこれを肯定してはいけなかった」

 

「……」

 

「しかし彼女は、そうであると言った──言ってしまった。あの時点で彼女が知らないはずの情報を持っていないとできない行動を、肯定してしまった」

 

 既にみんなが知っている事実だったから。会話の流れの中で、全くおかしいものではなかったから。何より、自分の陣営からではなく、自分が説き伏せようとしている相手側からの言葉だった──相手に決定打を与えるのにこれ以上はないものだったから。

 

 だから、ラケルは肯定してしまった。本当だったら渡ってはいけない橋を、そうと知らずに渡ってしまったのだ。

 

「それがなければ……そうだね、【通信系統に電磁的な影響を及ぼす可能性が高い、雷を操る新種のアラガミを調査していた】ならば、私は何も言い返せなかったよ。例えばウコンバサラはまさしく最近観測され始めた新種だし、あの背中のタービンからの放電に耐えられる機械なんてそうそうないだろうから」

 

 彼女も内心では相当焦っていたんだろうね──と、榊は何でもない事のように笑う。

 

「もし、全く別の理由で調べていたのだとしても……それでもやっぱり、あの時の言葉は嘘になる。我々には隠している何かが、彼女にはある」

 

 気づけば、ビールの缶の中はすっかり空になっていた。どうやら、話を聞くのに夢中になるあまり──いいや、判明してしまった事実があまりにも衝撃的すぎて、自分でも気づかない間に飲み干してしまっていたらしい。悲しいことにリンドウには全くビールを飲んだ記憶はなく、そして一缶飲んだはずなのに未だに喉が無性に乾いている。

 

「なぁ、博士……まだあるだろ?」

 

「む? 渡すこと自体はやぶさかではないが、随分と呼吸も早くなっているし顔も赤いような。もう結構酔っているんじゃないかい?」

 

「ビールのせいじゃないっての。……話はまだまだ続くんだろ? 飲まなきゃ途中で倒れちまうって」

 

「ははは、キミも随分面白い冗談を言うようになったね」

 

 渡された二本目のビール。プルタブを一気に捻り、そしてリンドウは今度こそそのほろ苦くさわやかな風味が喉を、鼻を抜けていく感覚を楽しむ。

 

 茹だったように熱かったはずの頭が一気に冷えて、なんとも言えない心地よさがゆっくりとやってきた。

 

「ふぅー……」

 

「美味しそうに飲むねえ。……それ、かなり苦いと思うのだがね」

 

「美味いからな、実際。あと苦さについては慣れたらクセになる」

 

 ごくり、ごくりと──見る人が見れば、思わずその缶を奪いたくなってしまうほど美味しそうに喉を鳴らしたリンドウは、幾許か冷静になった頭で改めて榊に問いかけた。

 

「よくよく考えてみたらよ……例の死亡事故報告書からスプリング・フェスティバルの報告書を見るのは別におかしくないんじゃないか?」

 

「……ふむ?」

 

「死亡事故報告書には、通信障害のことが書いてあった。だからラケル博士がこれを調べるのに不思議はない。んで、スプリング・フェスティバルの報告書には死亡事故報告書が関連書類として記載されている」

 

「……」

 

「単純に、関連書類を追って読んでたら気になるところがあっただけだ……って言われたら、どうなる?」

 

「……やはりキミを話し相手に選んで正解だったよ。こういう風に、確かめ合うということができるからね。……良くも悪くも、支部長(わたし)相手に本当の意味で遠慮なく意見してくれるのは、もうキミとソーマくんくらいしかいない」

 

「あんまそれ、褒められてる気がしねえなァ……」

 

「そのうえで、回答させてもらうと……」

 

 あ、これは完全に否定されるパターンだな──と、リンドウはぐびぐびとビールを飲みながらぼんやりと思った。

 

「先程述べた通り、通信障害を調べているのにアラガミの生態に着目するということが不自然だ。閲覧制限がかかっている状態では、ルーくんのジャミングはコクーンメイデンと同様のジャミングにしか思えないからね。コウタくんの言葉を肯定してしまった点も考慮すると、やはり工学的なジャミングだと分かっていた……ルーくんのことを知っていた可能性が高いと思う」

 

「……アレは? なんだっけ……そう、前にコウタが言ってたぞ。ルーはジャミング状態で移動していたから、レーダーで見たときにオラクル反応の空白地帯が出来てたんだよな。それがあったから、ルーと出会う前からルーの存在そのものはなんとなくわかっていたんだって。だったらラケル博士も、同じように推測できるんじゃないか?」

 

「強大なアラガミの存在だけだったら、推測可能だろう。しかし、これもやっぱりルーくんの能力を知っていることが前提になってしまうね。事実として、最初はステルス能力を持ったアラガミが周囲のアラガミを喰い尽くしているものと推定されていた。……すごく有機的に、滑らかにその領域が移動していたからね」

 

「……」

 

「オラクル反応が無いのは周辺のアラガミを喰い尽くしたためではなく、ジャミングによる通信障害のためだと判明したのは──そういう風に認識できるようになったのは、ルーくんの存在がわかってからさ」

 

「……」

 

「通信障害じゃ見られない挙動で、アラガミの能力としての前例もない。この件については報告書にも記載はしていないから、アラガミのオラクル反応の消失とジャミングを結び付けるのは……まあ、無理だろうね」

 

「よーし、わかった。つまりどう考えてもあの博士が嘘ついてるのは間違いないってことだ」

 

 あっという間に無くなった二本目のビール。リンドウが催促するまでもなく、既に三本目が机の上に置かれている。リンドウの働きを労わってくれたのか……あるいは、まだまだ今夜は離さないぞという榊の気持ちの表れか。いずれにせよ、リンドウがそれを手にしないという選択はない。

 

「やっぱアレだな、ビールがあるとあんたの話でもずっと聞いていられる気がするぜ」

 

「……できれば、もっとゆっくり飲んでほしいのだがね。一応、今夜は五本用意したが……たぶん、このペースで飲んでいると持たないと思うよ?」

 

「……」

 

 勢いよくプルタブをひねろうとしていたリンドウの手が止まり。

 

 そして──何かの覚悟を決めたかのように、リンドウは改めてゆっくりとそのプルタブをひねった。

 

「そういや、まだあの博士が嘘をついているってことが分かっただけで……肝心のことは、全然だったな」

 

 前回の打ち合わせの際、榊は『全てを説明できる推測がある』と確かに言った。全ての物事の辻褄もあうし、その証拠として裏金とオラクルリソースの横流しの形跡も見つかったと言っていた。

 

 しかし、結局のところリンドウはまだその【推測】とやらを聞いていない。ここまでの長い話はラケルが白か黒かであるかを見極めただけで、ラケルの目的やその背景についてはまだ何もわかっていない──それは、これから語られるはずのことなのだ。

 

「最後の方にやっていたよくわからん人形云々のやりとり……あれって、例の裏金の話だろ? 上手くはぐらかしちゃいたが、レア博士の様子を見る限りじゃ推測は当たっていた……ってことだよな?」

 

「うむ。人形……つまり、神機兵を五、六体は作れるくらいの金とオラクル資源を横流ししてるだろう、と突いたつもりだったんだが」

 

「マジか……アレって確か、一体作るだけでもめちゃくちゃ金がかかるって話じゃなかったか? 神機兵を導入するよりも、既存の神機使いの装備を整えたり支援を充実させた方が採算が取れるって反対意見が出るくらいには」

 

 具体的な金額はわからない。が、誰が見ても人道的に優れた兵器であるのは明確なのに反対意見が出るくらいには、神機兵には金がかかる。神機兵一体と神機使い一人を天秤にかけると余裕で神機兵の方に天秤の皿が傾く……と言われるくらいには金も資源もかかっているわけで、そんなものを五体分ともなれば、【ちょっと予算をちょろまかして作った裏金】にしてはあまりにも莫大だと言わざるを得ない。

 

「まさか、プライベート用の神機兵をこっそり作ってるってか? いや、そうだとして……ルーの件とどう関係がある?」

 

「……落ち着いて、聞いてほしいのだが」

 

 落ち着くためには、やっぱりビールを飲むしかない。空きっ腹に流し込まれたビールによってわずかに酔ったリンドウの脳ミソはそう判断する。

 

 リンドウ、あるいは榊にとって運がよかったのは。

 

 その言葉の方が、ビールを口に含むよりも早かったことだろう。もしそうでなかったら、きっと双方にとって大変なことになっていたかもしれない。

 

 

 

 

 

「ラケル博士は──終末捕喰を起こそうとしているのかもしれない」




 ジャミングの原理については【35 能力確認実地訓練】を参照してください。
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